2003年12月18日発行

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-2004年を待ち受ける-

 せつなくなるくらい時の流れが速いと感じます。時は待たない、全然待ってくれない。「ひどい」と泣き崩れて もね。どうしょうもないしね。よし気持ちを切り換えて前向きに年をとって行こう。介護保険へのカウントダウ ンを始めよう。12月
今年一番のシーンは、もやいのレクレーションに初デビューの麻衣子さん。田主丸での巨峰狩りで一番輝いていたのは、葡萄でもなく、 秋の陽射しでもなく、雲一つもない空でもなく、君の笑顔でありました。

公園の前にある珍しい場所
色んな人が訪れる
ご機嫌な人 不機嫌な人 笑う人 怒る人 絡む人
色んな思いがやってくる
色んな課題がやってくる
何の力もないけれど
あーでもないこーでもないと
話して動いて又話して
気づいてみたら今年も終わり
小さなため息ひとつつき
2004年を待ちうける

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-復活!!SOSバンド-

SOSバンドCDで二千四年に・復活 SOSバンド遺言 二十世紀にグットバイ だから今夜はダンスパーティー 踊りあかそうぜ

  • ■収録曲/全10曲
  • ネオンサインはマイナス100℃ 詞:有松温之/曲:歩 利雄
  • 2ヵ月遅れの盆踊り 詞:曲/歩 利雄
  • 肩より高く頭を挙げて 詞:曲/歩 利雄
  • 空中SEX 詞:曲/歩 利雄
  • あの星の数だけ 詞:古賀佐和子/補作詞・曲:歩 利雄
  • 9月のブルース 詞:曲/歩 利雄
  • にやがんな 詞:曲/歩 利雄
  • ムーンエレジー 詞:曲/歩 利雄
  • 高級座布団 詞:曲/歩 利雄
  • タタミ一枚のベッドの青春は 詞:大場和正/曲:歩 利雄
  • 製作・編集SOSプランニング
  •  
  • 2004年販売/定価1000円(売上利益は障害者自立生活活動へ)

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-復活!!SOSバンド2-

十八年の時を越え ことのは達よ
差別が降ろうと 傘もささず 人へのあゆみを 止めることなかれ
1960年代後半
圧倒的な支配者文化のもと
隔離された障害者たちの中から
小さな闘いの狼煙が上がった
それは
船室を選ぶ自由ではなく
航路を選ぶ自由を求める
闘いの始まりだった
鳥は空へ人は地域へ
狼煙を見た全国の障害者の中から
闘う障害者が出始めた
ある者は施設を飛び出し
ある者は親がかりから飛び出し
ある者はデモを行い
ある者は抗議活動に没頭し
ある者は歌を歌った
闘う障害者は口には出さなかったが
大地の下の名もない多くの仲間の
はがいさを背負ったのだ
そして21世紀
そのはがいさの落とし前はついていない

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-今年一年本当にお疲れさまでした-

  みなさま今年一年本当にお疲れさまでした NPO法人SOSは本当に小さな法人で、障害者の自立に向けて、当事者の視線・視点から物事を組み立て、学 び直していくのですが、その動きはゆるやかで、頼りなく、細々と続いてきました。しかし20年やってきて思 うに、一定のスピードと成果を求める場所からはみ出した私たちが、またそのはみ出した場所で、スピードと成 果を求めても、つまらないし面白くもありません。最近スローライフなるものが語られます。よく私たちの生き かたに似ています。わたし達の存在そのものがスローライフだなと思います。社会的には、私たちのスローさを 変えろとも言われてきましたし、テンポが合わないので別の場所でやってくれとも言われてきたわけですけど、 ここのところ少し社会も成長して、一本調子のスピードではどうも潤いがないし、高齢化社会にも不似合だとい う雰囲気が満ちてきました。よくハード面にかぎってですが、ユニバーサルデザインという用語が使われます。 しかし、この用語にはもっと広くソフト面も含めた、ライフスタイルのデザインを意味します。もちろんその中 には、様々な人々のスピードとテンポがお互いを認め尊重し合うデザインも必要不可欠です。 こうして考えてみると、「君のスピードで僕のテンポで」を合言葉にしてきたわたし達の歩みも捨てたものでは ないと思えるから不思議です。 ともあれ、スローライフでの旅を続けられるのも、多くのみなさんのそれぞれのスピードとテンポでのご支援、 ご協力のお蔭です。本当にありがとうございます。また来年もよろしくお願いします。

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-2004年もみんなの力でGO-

自立マップ

 障害者の自立を進める社会資源の紹介を、分かりやすい形で紹介した小冊子を作成中。好評だった、「福祉マッ プ」の続編です。特に介護派遣事業所の情報は事業所にアンケートを敢行。当事者の視点から必要情報を絞り込み ます。15年度中に発行。

音楽CD

 SOSバンドの代表曲10曲の音楽CD。20年の時を越えて復活させます。SOSプランニングでは、さらに 新しい形での音楽と演劇と映像のコラボレーションを目指して遊んでいきたいと思います。「20世紀にグッド バイSOSバンド遺言」2月発売。

ARTカレンダー

 障害児の多様な作品。池田さんの絵。久冨さんの写真に続く第4弾は、現在検討中です。障害当事者の文化を表 現する小さなステージとして大切にしたいと思います。10月発売。

障害者研究

福祉の枠を越えた社会学としての障害学の学習をコツコツと続けて行きます。この基本を、ケアマネジメントや ピアサポートなど地域支援にいかしていきたいと思います。

コラボレーション

 ほっとかんという大きな場所ができたので、ここを中心に色んなネットワークができてくると思います。私達も 積極的に多くの人達と色んな事をやっていけるように頑張って行きたいと思います。

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-活動報告-

  • 12月
  • 2日 ケアマネ会議
  • 4日 SOS会議 新しい事業展開について、連続学習会を始めました。
  • 6日 共同作業所研修職員を派遣しました。
  • 7日 ケアマネ忘年会
  • 8日 アンテナショップ会議
  • 9日 障害者の日学習会 当事者が語る夢や悩み第2弾がありました。
  • ケアマネ会議
  • 11日 SOS会議
  • 施設ピアカウンセリング 案浦さんがやりました。
  • 12日 住まいの街づくり忘年会 担当の有松ゆが出席しました。住まいづくりの取り組みに拍手。
  • 16日 協議会運営委員会
  • 23日 SOS忘年会Vol.20
  • 24日 クリスマスイブ 恒例となりましたクリスマスイブ。今年もやるよ。
  • 27日 大掃除/活動納め

みんなみんな本当に今年1年お疲れさまでした。

編集後記

 ダイエーが日本一になったので、言うことがありませんが、来年は大丈夫かなと心配になります。選手がエンパ ワーメントできる状況を作ろうとしないフロントは止めて欲しいと思いますよね。現場で頑張る選手の皆さん、今 年はドームに応援に行きますので、気分一新。いいプレーを見せてくださいね。

2003年11月30日発行

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ヘルパー利用者の会

紅白オタクのわたくしは、けっこうこの時期、出場者が気にかかるのであります。出て欲しかった「女子十二楽房」 出場とのこと。よかったと思います。彼女たちの曲が年末聞けるのはうれしい限りです。願いが込められた曲が 多くて、これで年が越せそうであります。 11月 セルフヘルプグループ ヘルパー利用者の会  ヘルパーを利用する当事者の会である「ヘルパー利用者の会」の忘年会が開かれた。長く長く続く「当事者のた めの組織」の都合による福祉から、「当事者の組織」による必要な福祉の展開へと変えていく歩みの一つだ。難 しい理屈は棚にあげて、とにかく盛りあがりました。協力いただいた介護者の人達にもお礼を言いたいと思いま す。今年もセルフならではの活動を、早くゆっくり進めていきますので、よろしくお願いします。

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忘年会情景

生きよ 我が歌より強く 常に痛む者の世界を 傍らに置き

普段歌わない人が歌ったりと、カラオケ大会は、ただそれだけで盛り上がったのであります。ゲームで景品がも らえなかった人は残念でしたが、そこそこに盛りあがりました。世の中に忘年会は山ほどあれど、自力で集まれ ない人々が集まる忘年会は、そのこと自体にすごく意味があるような気がします。少しでも楽しい時間が今日出 来てとても幸せな一日でした。

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お茶と写真

お茶
  気にはなってても、会議は長引き、お通夜に駆け付けた時は、9時を過ぎていた。お線香を上げお参りし、帰ろ うとした時、その人は静かに出てこられた。小柄なその人は大切な連れ合いを亡くされた哀しみをその身に沈め、 とても穏やかに、控えめに頭を下げられた。
時に人は、様々な出来事に翻弄されながらも、長い時の体積の中で、人を包みこむ大きさとやさしさを我がもの とする事があるが、その事自体を意識せず、誇らず、自然にさりげない佇まいを持つ人と、初めて出会ったと思 う。
その人は、連れ合いが加齢の為に、自己の世界にとらわれ、夜中であろうと大きな音を立て続けても、その騒ぎ が静まるのをじっと待ち、静寂が訪れた午前2時に、一杯のお茶を入れ「お父さんお茶にしましょうか」と向か い合われたという。
午前2時の静けさの中で、差し出されたお茶の湯気が昇り、何十年と苦楽を共にしてきたご夫婦が向かい合うシ ーンに、言葉はもはや必要なく、二人にだけ分かる安らぎの時が流れるのだ。
なんという美しく素敵な時間だろう。
斎場を後にしながら、僕は亡くなって10年になる父のことを考え始めていた。
写真
 様々な演説を聞いてきた。関心する講演にもいくつか出会ったことがある。しかし、本当に素直に自分の中に受 け入れられた講演の記憶はない。いつもそこには、ちいさな作為があり、誇りがあり、強さがあった。それが悪 いわけではないが、魚の小骨が引っかかる様に、ストンと胸に落ちないのだ。ところが、ストンと落ちる講演に 出会ってしまった。
その人は、淡々と喋られた。自分の願いも弱さも、同じように喋られた。そして何より、重度の重複障害当事者 の持つそれぞれの魅力を、穏やかに喋られた。これはなかなかできない事だ。これが出来るという事は、単に重 度の重複障害者の魅力に触れたから出来るのではない。きっと彼女の持つ魅力に、重度の重複障害者もまた触れ たのだ。触れ合ったものは相互に共鳴する。その時に、単なる知られざる世界をレポートするレポーターではな く、共に認め合った大切な友を紹介する一人の人になれたのではないか。そんな気がする。
その人は言った。この写真が私は一番好きです。
その写真は母親が、医師に禁止されながらも、命の終わりを迎えようとする我が子を最後にと抱きしめた写真だ。 不思議な事に表情のないはずの子が笑っていた。
その人は言葉で語れないものの存在を知り、写真を多用した。人である事にうぬぼれない人なのだと思う。その ことはとても大切で素敵なことなのだと思えた。

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活動報告

  • 11月
  • 1日 サンアビ祭り けっこう続くよな。今年も販売に行ってきました。
  • 4日 ケアマネ事務局会議 来年のピアカン学習会について話を詰めているところです。
  • 5日 協議会・生活支援部 「当事者の発言第2弾」の取り組みについて大枠内容が決まりました。
    12月9日 の障害者の日におこないます。詳しくは「ほっとかん」に連絡してね。
    SOS・事務局会議
    自立MAPの編集会議が続いています。
  • 6日 手芸全体作業 知的障害の人も参加してにぎわいました。
  • 11日 ケアマネ事務局会議 来年のピアカン学習会について話を詰めているところです。
  • 13日 SOS事務局会議 自立MAPの編集会議が続いています。
    協議会・生活支援部研修 熊本は山鹿の
    「小規模多機能施設・いつでん・どこでん」を学んできました。
  • 15日 車椅子講習・大正小学校 もやいからも参加しました。
  • 17日 アンテナショップ会議 今後の展開を進めるために、具体的な方法をみんなで決めました。
    作業所や施 設で作られた作品を販売する専門の作業所づくりに向けてGOです。
  • 18日 ケアマネ事務局会議 来年のピアカン学習会について話を詰めているところです。
  • 20日 SOS事務局会議 自立MAPの編集会議が続いています。
  • 22日 ヘルパー利用者の会会議と忘年会 最後は「バンザイ」で終了。いい感じです。
  • 25日 ケアマネ事務局会議 来年のピアカン学習会について話を詰めているところです。
  • 27日 SOS事務局会議 自立MAPの編集会議が続いています。事業所の紹介だけでなく、社会資源リスト
    も新たな形でバージョンアップ予定。完成した冊子で一人でも自立に向けた応援が出来ればよいなと思います。
  • 29日 SOSバンド録音。かつて、抗議文を出され、靴を投げつけられながらも時代を挑発しつづけた、
    SOSバンドの音程を外した歌声が、呼ばれもしないのに20年ぶりにCDになって帰って来ます。ムーンに続 く、
    SOSプランニングが送り出す「文化ゲリラ第2弾」発射であります。
  • 30日 SOSバンド録音
  • 編集後記
     今年はとてもすてきな女性2名に会えた月でした。一人はお通夜の席で、もう一人は講演会の席で。
    この世は、どんな場所でどんな人に会うのかまったく予想が出来ませんが、すてきな人と会えると、やっぱり人 生の幅広さを感じます。
    さてさて、もう一息がんばってみるか。

    2003年10月29日発行

    ページ1

    自立マップの作成がはじまります

     もう少しすれば、街もクリスマスの雰囲気が漂い出し、なんだかバタバタと2003年が過ぎてしまいそうです。 毎年この時期焦ります。なぜだか知りませんが、何となく焦ります。今年は落ちついてクリスマスをと思います が、23日が忘年会。また焦るよな。  10月
    自立MAP作製にGO 心に自立の種を蒔け
     もう何年前になるのでしょうか、障害者の自立に向けて、外出のための福祉マップを1年かけてつくり、多くの 障害者やその家族の方に利用してもらい好評でした。さてさて、その福祉マップに続く自立マップに向けた第2 弾「自立MAP」つくりが始まりました。
    相変わらずお金も人手もないのですが、じりつのためならエンヤコラでありまして、さまざまな社会資源や、介 護派遣事業所のわかりやすい紹介などを盛りこんだMAPを目指しています。当事者がほしい情報を当事者が選 択し、提供する「メイド・イン・当事者」方式です。
    なかなか大変ですが、大変さを楽しむのにも慣れていますので、できれば今年中に完成させようと思ってがんば っています。
    みなさまのご協力をお願いしたいと思います。
    よろしくお願いします。

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    SOS忘年会のお知らせ

    2003年運命のルーレットは
    どんな出会いと
    別れを用意したのでしょうか
    ともあれ忘年会です
    夢は咲いたか自立はまだかいな
    とはじまったSOS忘年会
    今年も下記の要領でおこないます
    この忘年会はこれだけしか忘年会がない人が何人か来ます
    どうか多くの人に参加してもらい
    2003年の打ち上げを盛り上げてもらえればと思います
    なつかしい顔お待ちしています
    はじめての顔お待ちしています
    いつもの顔お待ちしています
    とき 12月23日(火)午後6時30分スタート
    ところ ホテルまるよし
    会費 大人4000円 夫婦ペア7000円 学生2000円 小中生 無料
    申込み 56-0115

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    シネマで愛して−死ぬまでにやりたい10のこと−

    コンピューターは壊れ、胃は痛み、腰は軋み、あげくの果て今年はシネマをみてねえよ。あー、人は最悪の状況 の時こそ、その値打ちが試されるのだと、自己を鞭打ってテンションを高めようとしても無理。出るのはため息 と愚痴。こういう時って無理は禁物と言い聞かせ、週刊誌読んでると、記事の片隅にこのシネマの記事と写真が 載っておりました。何のことはない写真でありますが、目を奪われ、タイトルに気を奪われ、「感動を求めて泣 かせてっていう人には肩透かしの作品」という批判っぽい記事に心を奪われ、見たいと思ったのです。まだ見た 事のない作品を取り上げて申し訳ないのですが、とてもいいシネマの気配を感じるのであります。
    失業中の夫と2人の娘と暮らす平凡な女性アンは、ある日突然余命2カ月と告げられます。彼女はそんな告白を 受けた後、夜を徹して「死ぬまでにやりたい10のこと」を書き上げます。
    いいシーンです。本当にいいシーンになると思います。いいなこんな発想が出来て、うらやましい。
    アイデアはいいのに泣けねえよ。などとほざく感動帝国主義の官僚主義者には多分このシネマはもの足りないで しょうが、感動を演出する作為を捨てた真摯さが一つの気配を生み出す事もあるのであります。
    それにしても、「死ぬまでにやりたい10のこと」という言葉が静かに静かにわたくしの痛む胃の隣のハートに 沁みこんで、本当の自分に再会できそうな気がするから不思議であります。
    私の「10のこと」を自分なりに考えたいと思うのであります。まずその1は、もちろんこのシネマを見ること であります。うん、納得。

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    差別の果てにも物語りは生まれる 施設百話その六 真夜中の忘年会

     真二郎さんは中途障害で、小さな頃から障碍者が多いこの施設では、少し煙たがられていました。気に食わない と職員にも文句を言いました。職員には逆らってはいけないと思いこんでいる他の障碍者には、そのこと自体が 怖くもあり、誰も真二郎さんには近づこうとしませんでした。
    真二郎さんは酒が好きでした。しかしこの施設では、酒が飲める曜日と時間と場所が決められていました。
    その事に不満だった真二郎さんは、近づく施設の忘年会の日は、一日中飲むぞと張り切りました。演歌が好きな ので、ギターの練習をし、本番で歌ってみんなを驚かせ、みんなと仲良くなるきっかけにしようと密かに思って いたのです。
    真二郎さんが待ちわびた当日、忘年会にはお酒が出ない事が分かりました。しかもお酒が飲める曜日でもないの で、この日一滴のお酒も飲めないことが分かりました。
    真二郎さんは職員室にお酒を出すように言いに行きました。「俺達は子どもじゃないぞ」真二郎さんが叫びまし た。若い職員が笑いながら言いました。
    「子どもじゃないから今すぐ施設を出て生きてみたらどうですか」
    「嫁さんに逃げられ、子どもも寄りつかんのにどうして暮らしますか」
    真二郎さんはもう何も言いませんでした。うなだれて部屋に帰り、ギターを窓の外に投げ捨てました。
    盛りあがらない忘年会も終わり、消灯の点呼も終わった後、布団をかぶっている真二郎さんの元に2、3人の障 害者が訪れ、呼び出しました。
    洗濯場の裏に出ると、10人位の障害者が集まっていました。真二郎さんは緊張しました。車椅子の陽平が言い ました。
    「真二郎さん本当の忘年会を今からしましょう」
    良く見ると、昼飯のおかずの残りや、忘年会の残りもののつまみが揃っていました。女性の障害者が作った手作 りの品もあります。
    「とにかく乾杯だ」
    陽平が言うと、真二郎さんにもコーラのビンが渡されました。飲んでみると、コークハイでした。2杯3杯飲む と、真二郎さんもみんなも顔が赤くなり、笑顔が出始めました。
    「なぜこんなことを」
    と真二郎さんが聞きかけると、言語障害のある義男が言いました。
    「今日職員室で真二郎さんが俺達って言ったのを聞いて、みんなで何となくこういうことをしょうって・・・」 忘年会は真夜中まで続きました。その間真二郎さんは歌を3曲歌い、小さな拍手を浴び、3度ほど涙を見せまし た。

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    活動報告

    • 10月

    • 1日 アンテナショップ会議 担当の有松ゆが参加しました。

    • 2日 サンアビ会議 11月の1〜2日の2日間の祭りの打ち合わせに久冨が参加。
         事務局会議
    • 3日 共同作業所連絡会本人部会 クローバー春日であり、末藤・久冨が参加しました。
    • 4日 ほっとかんオープン 全員で参加しました。
    • 7日 ケアマネ会議
    • 8日 共同作業所連絡会交流会 筑後のわかたけであり、久冨が参加しました。
    • 9日 施設ピアカウンセリング 案浦が行きました。
    • 10日 共同作業所連絡会と県の懇談会 県庁に行ってきました。
    • 11日 ケアマネ通信会議  次号の打ち合わせをしました。
    • 14日 ケアマネ会議
    • 19日 バザー 諏訪公園で恒例の「おもしか市」に今年も参加しました。
    • 20日 アンテナショップ会議
    • 23日 市民フォーラム ほっとかんで「人が真ん中の街づくり」というフォーラムがあり何人か参加してきま した。

    • 25日 いきいきふれあい祭りでバザー出店 協議会のほうで、障害者も健全者もともに歌おうということで、
      カラオケグランプリが開催され、りんどう学園の障碍児をはじめ、いっぱい参加があり、盛りあがりました。天
      気も良く、井筒屋前という街の真ん中で歌えたのはとても良かった気がします。日常的にすべての障害者が外に
      出れる日を早く実現したいものです。

    編集後記
    カラオケグランプリで境麻衣子さんが「運命のルーレット」を熱唱しましたが、聞きながら「運命」なるものに ついて思いが向かいました。
    秋ですね、ついつい「もの思う」時間が訪れるのでありました。いくつかの失恋も「運命」のせいにしとくか。 さてさてルーレットは回ってる。どこに玉は落ちつくのかな

    2003年9月29日発行

    ページ1

    秋立ちぬ

    みなさまお元気ですか。変わった夏が終了。なんとか秋がやってきました。ARTの季節であります。ARTカ レンダーも販売。よろしくお願いしますね。もやい所属の協議会の「ほっとかん」もオープン。みんなの場所で す。みんなで楽しい場所にして行きましょうね。 9月
    秋立ちぬ
    ニーズにイエスの
    街づくり

    秋である。と確認しなくとも秋である。と決めつけなくとも秋である。
    秋立ちぬである。と確認しなくとも・・・しつこいからやめよう
    「ニーズにイエス」の街づくりに向け障害者総合相談ネットワークと自立マップづくりやケアマネジメント事業 に取り組んでいる。
    キーワードは「ニーズにイエス」当事者の望む生活の実現だ。
    当事者以外が作るニーズではない。
    本物のニーズ。これを志にしていざ、秋立ちぬ世界へGO。

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    アートカレンダー第3弾発売!

    ARTカレンダー第3弾販売開始
    二千四年は久冨宏二で楽しもう
    撮ロッキストが 撮る もうひとつの大牟田
    2001年 障害児の作品を使用したARTカレンダーきらめきキッズ発売
    2002年 重度障害者池田邦博が足で描くARTカレンダーマイライトフット発売
    2003年 障害者久冨宏二の写真を使用したARTカレンダー撮ロッキスト久冨宏二の正体発売
     久冨宏二 Hisatomi Khoji
    社会の決まり事と相性が合わない人がたまにいる。いやいたと言ったほうが正解かもしれないほど最近は見かけ ない。久冨宏二はそういう意味では稀有な存在なのだ。得意技は忘却。色んなことを忘れる。忘れたことさえ忘 れる。しかし借金は必ず返す。平日は仕事を平気で忘れる。しかし台風の日は一人でも出てくる。「一体なんな んだ」と思う。決まりごとに依存しすぎた僕たちの日常を一瞬だかき乱すトロッキストは、不思議にやさしい。 そしてたまに鋭い。
    彼の視線は何に向かっているのか、その手がかりのひとつがこのカレンダーである。
    ■1966年7月24日生まれ、重度の脳性小児麻痺、電動車椅子にて移動。願い施設経験を経て自立。独身。好きな 言葉「CP屋」
    ■定価/1000円
    ■販売/もやい・ほっとかん

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    恵愛まつりに出店

    9月15日・バザー賑わいました
    秋晴の中、恵愛園において、もやいのバザーを出してきました。秋の新作のビーズを中心に、ヘルパー利用者の 会の分も合わせて販売してきました。お手伝いしてくれたのは、誠修高校の学生さんお二人。真面目にそして元 気に手伝ってくれたのでありました。ありがとう。もやいのみんなを代表して心からお礼を言います。また手伝 って下さいね。参加した皆さんご苦労さまでした。/有松ゆ

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    マイ・ネーム・イズ・まい

     秋はブドウでしょう。ブドウは巨峰でしょう。巨峰は田主丸でしょう。という単純な3段論法で、もやいのレク レーションといて巨峰狩りに行って来ました。最近のもやいに毎日顔を見せてるまいさんも参加。暑い中巨峰狩 りに初挑戦。
    ブドウ畑の中、まいさんのさわやかな笑顔が輝いていたのであります。
    帰りには、田主丸養護学校の隣の耳納学園でトイレを拝借。田主丸養護学校出身の人達が張り切ったのでした。

    三万八千人のヘルパー充実の署名提出

     多くの方のご協力をいただいた、「ホームヘルプ・ガイドヘルプ充実の署名」2万8千人分が、協議会より提出 されました。ご協力いただいた皆様に心より御礼申し上げます。ありがとうございました。
    市の方は、この署名を重く受け止め、努力したいという返答がありました。今後の推移を見守りたいと思います。 また、もやいも提出していた「3障害統一要望書」もあわせて提出されました。福祉課だけでなく、色んな課に またがっているので、各課で検討してもらい、10月の半ば頃に、協議会との懇談会がもたれることになりまし た。
    署名や要望書に関する動きがあれば、この紙面できちんと報告して行きたいと思います。

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    差別の果てにも物語は生まれる-施設百話その五-一瞬の夏

     隣の空白のベッドは、なんだか場違いな空気を作り出していた。あと3日もすれば恒夫に代わる障害者が入所し、 いつもの空気に変わるのだ。そう、いつもの空気。深いあきらめの中の安定ってやつだ。怖いものは退所だけ。 恒夫はその空気を象徴する存在だった。
    ここには季節がなかった。心にそよ風が吹くこともなく、己れを焼き尽くす夏もなく、傷痕を包む秋もなく、明 日を思う冬もなく、訪れぬ季節は平板なひらひらした心だけを生産し続ける。
    恒夫はひらひらと行き抜いていた。人の悪口をバランスよく言いふらし、職員への告げ口はCIAの潜入捜査並 みに絶妙を極め、恒夫の位置は職員への覚えめでたく、入所生からは畏怖され万全だった。
    長い施設暮らしは恒夫の処世術に磨きをかけ、このまま施設でひらひらと一生を終えて行くのだと誰もが思って いた。いや、恒夫自身がそう確信していたはずだ。
    その恒夫が職員にナイフを向けた。職員の傷は大したことなかったが、権威を犯されたことに、また有りうべか らざる季節が訪れたことに管理者たちは怒り、そしてうろたえた。
    原因は隠され、恒夫はその日に家に帰され、翌日恒夫が最も恐れた退所が決定した。その夜、空白になったベッ ドを眺めていると、あの日の恒夫のまなざしが思い浮かんだ。
    コーラにウイスキーを入れ消灯後恒夫と喋っていると、恒夫は珍しく酔い、家に帰るくらいなら死んだほうがい いと吐き捨てた。そのフォーク歌手が「生きてるって言ってみろ」というフレーズを繰り返した。恒夫に言った。 俺たち生きてるかな。その時の恒夫の深いまなざしは、タブーに触れた者を諫める悲哀が感じられた。
    翌日から自分に対する職員の態度が変わった。恒夫のCIAが働いたのだとすぐ悟った。
    「あいつのことだから別の施設でまたCIAをやるのさ」
    向かいのベッドの男が言った。
    強い陽射しがベッドを突き刺して施設は死んだように静まり返っている。季節のない心を選んだ恒夫に、何故一 瞬の夏が訪れ、ナイフがきらめいたのだろう。
    3日後、新しい入所者が家族や職員と共にやってくる足音が聞こえてきた。ひらひらひらひらとそれは近づいて 来た。

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    活動報告

    • 9月
    • 2日 ケアマネ会議 ケアマネ編集会議に向けて話をしました。
    • 3日 生活支援部会議 当事者が語る夢や悩みの第2弾をやろうということと、多機能な取り組みをしている
      と ころに研修しに行く事が決まりました。
    • 4日 アンテナショップ会議 販売のためのルールやレイアウトの方法について打ち合わせ。
    •    SOS事務局会議 障害者の日記念事業や自立MAPについて。
         手芸全体作業
    • 5日 共同作業所連絡会当事者部会 クローバー春日であり、久冨・末藤・境が行きました。
    •    アンテナショップ会議 ルールをだいたい決めました。
    • 7日 ブドウ狩り 田主丸に巨峰狩りに行って来ました。初参加のマイちゃんを中心に楽しんできました。
    • 9日 ケアマネ会議 ピアカウンセラー養成講座のやり方について
    •    協議会運営委員会会議 ほっとかんオープン記念式典の話が中心でした。
    • 10日 ピア久留米訪問 ピアカウンセラー養成講座の協力のお願いに行きました。
    • 11日 SOS事務局会議 自立MAP用の書類の整備をしました。
    • 13日 ケアマネ通信編集会議 10月発行の「はな通信」の大まかなレイアウトが完成。残りの原稿の打ち
      合 わせ等を行いました。
    • 15日 バザー出店 恵愛園のお祭りに参加、けっこうビーズが売れました。
    • 16日 ケアマネ会議 ピアカウンセラー養成講座の開催について話しました。
    • 18日 サンアビ会議 久冨が参加しました。
    • 22日 SOS事務局会議 障害者の日イベントについて。
    • 25日 SOS事務局会議 自立MAP作成の打ち合わせをしました。
    • 27日 SOS集会 自立MAPについてや、ほっとかんのオープンイベントについて、今後の日程について打
      ち合わせや確認をしました。

    編集後記
     つい最近、自閉症の子を親が殺した裁判があり、執行猶予が確定しました。時代がどんなに変わっても、深いた め息をつかねばなりません。大阪では、緊急の集会が開かれたとのこと。誇大のヒルコの神話が思い出されます。 時代は2000年過ぎても、僕らの心のありようは、ヒルコを未だに引きずっているのかも。

    2003年9月4日発行

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    ジョンレノンにはなれないけれど平和をつくる思いをポケットに

    サッカーの東西戦を見た。そこには36歳になったキングカズがいた。オールJAPANに選ばれる事もなく、体 力の衰えの隠せないキングカズは、しかし誇りをもって夢中でサッカーを楽しんでいるように見えた。そしてゴ ールを決めた。グランドにピュアな風が吹いた。 8月
    ひたすらペダルを漕ぎ「ナガサキ」を目指すピースサイクルの人達の流す汗の量は膨大だ。汗は流れ落ち、大地 を濡らす。
    2003年夏。
    差別の果てに「イクサ」が存在する事を知った私たちは、ノーマライゼーションもまた「イクサ」の中から生ま れたことを知る事が出来た。その時から、平和と向き合えた。
    ジョンレノンにはなれないけれど平和をつくる思いをポケットに
    2003年4月春。築町のアフガンの障碍者支援ライブで「アフガンの夜空に」を歌ったストリートミュージシャ ン「キヨミ」はこの夏再び舞台に立ち、歌った。
    イクサを生み出す正体である差別をなくすために、ペダルを漕ぎ、ギターを弾き、そして平和への思いをポケッ トに入れる人々がいる限り、私たちは希望の尻尾を見失う事はない。
    そう思ったらセミが鳴いた。

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    ようこそもやいへ

    もやいを訪れた夏のお客さまの一人、筑後養護学校は高校2年生今村拓也君。筋ジストロフィーで場面完黙症。 養護学校の先生とお母さんと訪れてくれました。最後まで一言もしゃべらなかった卓也君でしたが、きっと何か を感じてくれたはず。
    私たちの取り組みが、少しでもこれからの卓也君の力になればと思います。又来てね。お待ちしてます。

    障害者福祉情報 ちょっといいニュース
    詳しいお問合せはヒューマンスクランブル「ほっとかん」へ
    電話57-7161
    担当/おおば
    ★NTTドコモの携帯の基本料金が半額に
    精神保健福祉手帳・療育手帳・身体障碍者手帳をもっている人で、NTTドコモの携帯電話をもってる人は、そ の基本料金が9月から半額になります。やった!しかも手続き簡単。やった!
    ★重度障碍者の代筆投票が可能に
    重度障碍者でも代筆投票が出来ませんでしたが、国会で法律が改正され可能になりました。
    来年から実施です。これでまたひとつ差別条項が廃止されました。やった!
    ★ITフレンド養成講座が大牟田で開催
    パソコンを習いたい重度の障碍者にパソコンの使い方を教えるボランティアを養成する講座です。障碍者も参加 でき無料です。10月後半から「ほっとかん」で開始。身体障碍者や視力障碍者対応のパソコンも導入します。
    やった!

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    残暑お見舞い申し上げます

    残暑お見舞い申し上げます
    みなさま方におかれましては
    お元気でお過ごしのことと思います
    さして暑くない夏が
    終わろうとしています
    ヘルパーの上限設定問題で始まった
    2003年も秋の気配
    時だけは正しく動いていきます
    そんな中僕らは
    自立と解放のネットワークづくりを
    あきらめもせずあせりもせず
    早くゆっくり進めています
    いつも色んな所から色んな形で
    応援していただくみなさま
    不安定な気象が続きます
    どうぞお体ご自愛下さい

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    障害学-フォビア/その3

    人はだれもタイムマシーンを持っている。過去には記憶が未来には夢が連れて行く。

    兄と外出するのは初めてだった。とてもうれしく、幼い私はわくわくしてホームに立っていた。どこかの子ども が、半ズボンから出た私の両足を覆う補装具を指し示し、少し騒いだことも、周囲の見て見ぬふりのまなざしも 気にならずにいた。
    電車の中は空いていた。横一列に伸びた座席に人影はまばらだった。真向かいに誰も座らなかったので、これで 景色が見やすいとまたうれしくなった。久留米の駅についたあと、次はどこに行き乗るのか兄にお聞こうと左を 向いたとき。兄はすぐ横にはおらず、3人分くらい離れたところにいた。
    やがて電車は動き出した。兄は私の方を向くこともなく、視線が合うこともなかった。
    その時の、何だかはぐれたような、遠ざけられたような感覚が今もどこかにある。その瞬間に、言葉や形で表す ことの出来ない空気を私は確かに吸った気がする。暑い夏がやってくるたびに思い出す。そこにドラマがあるわ けでもないのに不思議だと思う。小学校1年生がそんなことを思うのかと、疑われるかもしれないが、その瞬間 確かに、自分のあり様が分かったのだと思う。兄はとにかく私にはやさしすぎるくらいやさしくしてくれていた。 しかし、やさしい兄も、こういうところでは、私を恥じているのだ。そして恥じていることに恥じて、なおさら 私にやさしくしてくれるのだ。私は兄が恥じれば遠ざかり、恥じたことを恥じたときには、近づいてそのやさし さをもらえばいいんだ。
    今言葉にすればそういう事を悟っていたのだ。そしてその悟りは、何十年も私の奥底にあり、料理のかくし味の ように、時々生きるためのスキルとなって浮上してきた。
    たかが90センチ離れて座ったことくらいでといわれるが、兄はその時私が予感したように、久留米駅まで一言 もしゃべらず、視線を合わせず、乗り換えた電車でも同じことを繰り返したし、帰宅したその日は、いつもに増 して、私にやさしかった。
    私の物語を語ってもしょうがない。言いたいことは、ホームに剥き出しの補装具と松葉杖で私が現れた時に起き た、いや正確に言えば、いまそこにあった穏やかな空気が私の登場で変わる音がしたことと、90センチの距離 が取られた時に、私と兄に流れていた空気が一瞬にして変化したことだ。
    私はこの日の出来事の現場に44年ぶりに戻ってきた。それはそこに、私を縛ってきた、いや私を造ってきた正 体のかけらがあるからだ。
    人は心におきたフォビアの感情をその瞬間どう受け入れ、生きていくのか。そして、フォビアの感情ゲームの対 戦車に指定された者はどう応え、生きていくのか。そしてフォビアとは何か。知りたいと思う。
    踊る大捜査線ではないが、現場に証拠が残っているのではないか。

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    施設百話その4−MIYUKI

     次から次へと相手が変わった。あるときは松葉杖のケチな男だったり、車椅子のほらふきだったり、すぐに入所 者の女に手を出す小太りの職員だったりした。男がいても、新しい男の入所者には必ず手を出した。
    女たちは蛇蝎のごとくMIYUKIを嫌ったが、まるでゲームのように男を手玉にとるMIYUKIに、恨みもつら みも届くことはなかった。
    半年ほどするとゲームオーバーになって、次のゲームが始まる繰り返しに男たちも切れたが、MIYUKIは淡々 としていた。
    「つまんない男をわざわざ選んでほれてるみたいだね」
    そう言った僕の頭を、すーと睨んだMIYUKIの透明な視線が夏の朝を少し涼しくした。
    「つまんないけどさ、つまんないからもしかしたらって」
    そう言って少し笑った後矢を放った。放たれた矢は、小鳥の鳴き声を突き抜けて畳に張られた的の中心部に着地 した。
    車椅子の肘掛に座して、アーチェリーをするMIYUKIは寡黙で、立ち現われる過去を射る時の狩人に見える。
    「もしかしたらって言うと」
    「つまんないけど、もしかして、つまんないんじゃなかって思ってしまう」
    「じゃぁ、最初からつまんなくない奴に惚れればいいじゃん」
    「つまんない奴って、もしかしたらって思う」
    次の矢をつがえないから、MIYUKIはいらついたように吐き捨てた。 「何が、もしかしたらだよ」
    二本目の矢が放たれた。小鳥たちを威嚇するような勢いで飛翔したが、的を外れた。 「あんたには言ってもわかんない」 7時とはいえ、温度が上がってきていた。MIYUKIのかさついた唇に汗が吸い寄せられていた。夏に朝などな いのだ。
    「何で半年ごとに男変えるんだ」
    3本目の矢を放つ寸前のMIYUKIの目はもう的しかみていなかった。
    裏口の方から矢を引きずる音が聞こえた。退屈なアーチェリーの練習に人が集まりはじめていた。この矢が放た れたら、多分俺もゲームオーバーだ。矢が放たれた。俺はMIYUKIの顔を見た。
    的を得たのかどうか、表情からは窺い知れなかった。唇がぬれていた。

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    活動報告

    • 8月
    •  
    • 5日 実践交流会 生活支援部会 市同和研究推進協議会主催の実践交流会も7回目です。最近は障碍者関係の
      レポートが増えています。SOSからは有松ゆが司会で、協議会からは研究協力者として大場が参加しました。
    • 6日 ピースサイクル来も 平和をお願い鹿児島から長崎まで自転車で走るピースサイクルのみなさんが今年も
      もやいを訪れ、しばし休息をとられました。もう10年以上も続いています。炎天下本当にお疲れ様です。
      生活支援部 有松ゆが参加。当事者主体を再確認し、12月に「当事者が語る夢や悩み」第2弾を開催する事が
      決まりました。また次回の部会には当事者部員以外の当事者にも参加してもらい、気楽な感じでお話しをする事
      となりました。
    • 7日 手芸作業 手芸のメンバーで久しぶりにレクレーションをしました。
        アンテナショップ会議 もやいは現在出店しているよらんかんをやめて、協議会のほっとかんだけに出店するこ
      とになりました。障碍者の文化を感じさせるアートな作品を販売して行きたいと思います。
      事務局会議 ドリームハート博多の取り組みについて研究をしました。
    • 11日 ケアマネ会議 ケアマネ通信の編集会議がほっとかんで行われました。通信の名前も「花」と決まりま
      した。スマップの歌う「世界に一つだけの花」にこめられた想いにあやかったネーミングです。全員参加でそれ
      ぞれにこの想いを大事にし、ケアマネジメントの広がりを創り出して行きたいと思います。多くの方の応援をお
      願いします。
    • 12日 協議会運営委員会 ほっとかんでのITフレンド講習会の開催のお知らせとか、統一要望書の確認など
      が行われました。
    • 19日 サンアビ祭り実行委員会 久冨が出席しました。11月の本番の打ち合わせ会議です。
    • 21日 手芸作業 9月のバザーや、ほっとかん開店に向け新作作りに励みました。
    • 22日 事務局会議 障碍者の自立マップのアンケートの最終確認などをしました。
    • 23日 SOS集会 各取り組みや福祉情報の紹介、メンバーの近況などを話し合いました。 共同作業所福岡県連絡会研修 大牟田ハイツであったので、もやいとエンゼルと福祉作業所で協力して用意をし
      ました。

    編集後記 涼しい夏でありました。どうした事でしょう。しかし、多くの方に「辻ひさしデザインTシャツ」を買ってもら いました。まだ売っていきますのでご希望の方はお電話下さい。10月からはいよいよARTカレンダー第3弾 を発売します。2004年をこのカレンダーと共に過ごして下さいね。

    2003年8月16日発行

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    夏の研修7.18/19報告(1)

     花火大会、そして大蛇山と大牟田の夏の始まりを楽しませてくれたでしょうか。いよいよ8月。セミもその命の 限りを尽くして夏を彩ります。ひと夏の青春、ひと夏の恋愛。人それぞれに夏だけの物語が音連れると思います。 体に気を付けてお過ごしくださいね。8月

    小規模多機能作業所キャンパスの風
     年に一度、元気な人や、取り組みをしているグループをたずねる研修をやっていますが、2003年の今年お邪魔 したのは鳥取県は米子市。CPの大羽さんが率いる小規模作業所「キャンパス」。遠すぎるぞと思いつつ車を走 らせる事8時間。たどり着いたキャンパスには、大羽さんの笑顔と、思いを持った素敵な取り組みが待っていて くれました。こじんまりとした2階建ての民家にはキャンパスだけでなく、「まちくら」という名(街で暮らす という志がこめられています)の社会福祉法人の事務所があり、精神障害者の自立の応援をやっていました。1 階にはキャンパスの隣の部屋に精神障害者の通所施設「しえすた」があります。お中元の売り込みにメンバーは 出払っていて、2、3人の方しかおられませんでした。トイレやキッチンは共有スペース。船体的に狭く感じま すが、思いがこもっているのでOK。何と言っても「まちくら」の四文字に嘘のない思いがこもっているのを感 じました。「まちくらが今手を上げて、3障害統合の支援事業をやろうとしています。そうなったら僕はケアマ ネージャーやろうと思っています」大羽さんの言葉にも嘘のない飾りのないストレートな思いがこもります。 小さな法人と小さな作業所の焦らず競わぬマイペースになんだかうれしくなりました。

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    夏の研修7.18/19報告(2)

    ゲゲゲの鬼太郎が迎えてくれたのでありました
     研修の翌朝、寝ぼけまなこでホテルのロビーのパンフを見ていたら、片隅にゲゲゲの鬼太郎のイラスト。それが 始まりでありました。近くの境港市に鬼太郎の記念館あり。「行くか」ってな乗りでいざ出発。鬼太郎の作者水 木しげるさんは、片腕をなくした障害当事者だよなと誰かが言う。ケアマネジメント講座で講演してもらった山 口大学の志村さんは障碍者差別の取り組みで漫画を研究する中で鬼太郎は全部読破したといってたよなと誰かが 続ける。鬼太郎にまつわるお話をしつつ到着。雨も上がり、長い商店街の鬼太郎ロードを満喫。記念館では時間 を忘れて見入ったのでありました。
    細長い商店街にはもうひとつの出会いがありました。なんとアンテナショップのお店が堂々と営業中。全員でお 店の中に入り、いろいろとお話を伺ったのであります。鳥取県全域の作業所などの連携と県の協力で県内に4カ 所のお店がオープン中とのこと。不思議なめぐり合わせに驚きつつお買い物。いろいろな製品があふれていまし た。
    最後に立ち寄った所は、なんと出雲大社。全員はじめての場所でありました、広い敷地を電動で走り回ったので した。
    マイペースで行く研修で、とても元気になる出会いと、楽しさを体験しました。

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    シネマで愛して- たそがれ清兵衛の決められたリズム

    シネマを見た後、しばらくして陽水のライブで主題歌「決められたリズム」を生で聞いたのでなんとなく取り上 げました。
    しかし、しかし、このシネマ唯一私が苦手とする山田洋次監督の作品でありまして、取り上げたものの、気が進 まないのでありました。じゃあやめればいいじゃん。正解。しかし、しかし、他にネタもなしということでお付 き合い下さいませ。
    ストーリーというよりコンセプトがついて行けないのであります。「雨上がる」という時代劇シネマを前に見ま したが、それと同じで、乱暴に言えば落ちぶれた冴えない男がすごすぎる人斬りの技を持っていて、その特異な 才能が社会の評価を得て、最後は男の状況を救うのであります。基本的にはこの2つのシネマは愛の物語なので すが。つまりその卓越した才能があるかどうかに集約されます。ここだよなと思います。このパターンが障害者 カテゴリーに適用されているよな。だから見てて息苦しいと感じてしまうのであります。「決められたリズム」 なのです。
    まあ、それはともかく、いいんです。真田広之と宮沢りえ。特にりえちゃん。男と女というより、人と人として ひたむきに思い合う姿勢、凛としたまなざしを演じる2人の美しさだけでこのシネマが存在してほしかったので あります。
    特異な才能を創り出し無理に状況を救わなくても、二人は充分救われていたのよ!なんで社会の評価が出しゃば るのよ!特異な才能を要求するのよ!と、思わずおすぎ風になってしまうのでありました。
    でも最近の日本シネマ、何故時代劇なのでありましょうか。まあともかくそれもよし、黒沢の呪縛からスコーン と抜け出した面白いシネマが出てくればいいのであります。でもそれがなかなか出てこないのが寂しいのであり ます。座頭市に期待しましょう。

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    障害学 フォビア/その2 嫌悪のジョーは、明日のジョーではないだろう

     普通、他人と向き合うとき、なんとなく私たちは自然に振舞う。なんとなく相手を理解し、相手にふさわしい態 度やまなざしや挨拶や、会話を交わす。私がそうであるように、また出会った他人も私と同じように対応してく れる。なんだかとても安全安心というか、予定調和的時間が流れる。そこに理解不能な時間は訪れない。私たち は、そのようなふるまいが出来るのは、大げさに言えば、同じ文化に裏打ちされたうまく生きるためのスキルを お互いが身につけているからだ。
    逆の言い方をする。たぶんそれは、いろんな違いを持つ他人が、いきなり私の世界に侵入し、私を脅かす理解で きない行動をとることを避ける自己防衛の装置なのだ。
    目の前に居る他人をどう理解するかは、心理ゲームではない。実際の普段の暮らしの中でお互いにどんな関係が 結べるかという、お互いの営みにかかわる問題だ。
    その他人を理解する世界に、突然理解不能な他人が現れる。うまく生きるためのスキルを使ってもうまく行かな い。それどころか、どうも文化そのものが違う。そうだ違う。相手の文化が理解できない。どうすればいいんだ ろう。
    そういう世界が出現したら、それは怖い。そう怖いのだと思う。関係の構築はその時吹っ飛ぶ。その次に来るの は、どうにかしなきゃという恐怖の除去だ。
    恐怖の除去が前提となって、恐怖を克服するさまざまなメカニズムが始動し始める。恐怖ではないと自分に言い 聞かせる。相手は弱いのだと見下してみる。可哀想なのだと保護してみせる。いや尊い存在なのだと見上げて見 せる等々、理解不能な極端な違いを持った人々の割合を規定して安心を作り出す作業が続いていく。文化が違う ということへの嫌悪の情がその営みを下支えしていくのだ。
    障害者への嫌悪の情は誰にもあるのではないかと思う。そう、障害者自身にも存在する。特に途中で障害を持った 人は自分自身の嫌悪の情が自分自身に降り注ぐように見える。
    よくこの嫌悪の情=障碍者フォビアを、生理的出来事として、又、心理的説明で了解しようとするインテリの人 たちが居る。実感のない人のもっともらしい理屈ほど信用できないものはない。それにまどわされれば差別の正 体は見えなくなる。見事な理屈はマジックのようにタネのない手を見せ付けるだけだ。タネのある手は、地味で 目立たない手の方にあるのだと思う。
    目立たない普段の暮らしのなかの実感から憎悪の情はみえてくるのではないか。
    そう例えば。次のように。
    小学生になる前、私は血のつながってない兄と西鉄電車に乗った。兄は大学生だった。西鉄電車は空いていた。 どこに行こうとしたのかも覚えていない。ただその電車の中で心に刻んだことがあった。(続く)

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    施設百話その三 弁慶 差別の果てにも物語りは生まれる

     その男は「弁慶」と呼ばれた。大柄な体は、その左腕と左足が失われていても、車椅子の上で右手を水平に広げ、 酒焼けのどす黒い顔でにらみつけられると、誰もが息を飲んだ。
    食堂や授産の仕事場と、寮をつなぐ廊下は、寮に向かって穏やかな坂になっており、屋根はあるものの左右の壁 はなく、開放的な空間は、風を通し、時には横殴りの雨も運んだ。その施設において一番人の行き交う廊下は、 京の五条大橋になぞらえられ、毎週決まって土曜日の夜に酒に酔い、突然人の前に立ちはだかり、行方をさえぎ る男は弁慶となった。
    退くようにいえば言うほど、弁慶はにらみをきかした。女たちの中には泣き出すものもいたし、威勢のいい男た ちの中には怒鳴り、殴りかかるものもいた。職員がやってきてそのたび混乱を収めはしたが、毎週土曜日必ず騒 ぎは起こった。
    強制退所にならなかったのは、普段はおとなしく、元大工の腕前をもって入所者の頼みごとに応じては壊れ物を 修理したからだ。修理の際のその男の横顔は、施設で見られることのないプロの真剣なまなざしが支配し、その 頼もしさと腕のよさは入所者のみならず、職員も一目置かざるを得なかった。
    「奥さんに逃げられたようだ」「元ヤクザらしい」「重度のアル中で入院させられるようだ」
    ジグソーパズルのように、噂や憶測の体積はその男の「人生の形」をつくり、男を迎え入れる物語はほぼ完成し たが、何故人の前に立ちはだかるのかというピースがなく、ジグソーパズルは完成することがなかった。
    「肝硬変でね。死ぬ前は全然酒は飲まなかったらしいけど、病院でも弁慶の役はやってたらしいよ。相変わらず 土曜日にね。」
    何度か男に殴りかかったYは、しんみりと言った。私が男のいた施設を出て15年が経っていた。
    一度だけ男が立ちはだかったことがあった。あの時視線が合った。なぜあの時私は恐れたのか。突き刺すような まなざしに私は躊躇した。いやたじろいだ。男は無言で問うのだ。その時、私はわれを捨てて問わねばならぬも のを持たないことを一瞬で悟った。
    「酒はほどほどにしないとな」
    Yはため息をついた。
    男は何を問うていたのだろう。言葉にならなかった問いは、最後のピースを探す男の旅ではなかったのか。Yが 電話を切った後、しばらくして私は弁慶と同じ年になっていることに気づいた。

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    活動報告

    • 7月
    • 1日 共同作業所会議 8月に大牟田で開催される、福岡県共同作業所連絡会の「職員研修会」の打ち合わせで
      大牟田で加盟しているもやいとエンゼルと福祉作業所3つの作業所で集まり会議をもちました。
    • 3日 SOS事務局会議 研修についてなどを中心に話しました。
    • 4日 夏祭り会議 案浦さんが代表して出席。総踊りの打ち合わせでした。
    • 5日 共同作業所連絡会本人部会会議 春日野クローバーで開催され、久富さんと末藤さんが参加。久富さんが
      役員に選ばれました。本物の当事者中心を求めて行きたいと思います。
    • 6日 もえの会 案浦さんと有松由里子さんが参加。もえちゃんは元気そうでした。
    • 7日 アンテナショップ会議 障碍者協議会の事業所がオープンするのでその対応などについて。
    • 8日 ケアマネ事務局会議 実行委員会や従事者会議に向けた話し合いをしました。
    • 9日 生活支援部会 障碍者協議会の中の専門部会として立ち上がった「生活支援部会」副部長として中西チサ
      コさんそして有松由里子さんも部員として参加。ケアマネ事業もこの部会担当です。
    • 10日 共同作業所連絡会会議 春日のクローバーでの研修がありました。職員を出席させました。
          SOS事務局会議 障害当事者が利用者として介護派遣サービスを使いこなすための意識について学習しました。
    • 11日 ケアマネ実行委員会 日本一のケアマネ事業をやって行こうと盛り上がりました。
    • 12日 ケアマネ従事者会議 障碍者の自立を進める本物のソーシャルワークや共生を創り出すケアマネ通信を出
      して行こうということになりました。
    • 18日〜19日 研修 詳しくは記事を読んでね。
    • 21日 ヘルパー利用者の会 より良い介護派遣に向けて当事者の視点から意見交換を行いました。
    • 22日 障害者協議会運営委員会 有松由里子さん出席
    • 25日〜26日 障害者協議会合宿 研修1は「障害者実態調査」研修2「当事者の声」をリフレスおおむたで行い
      ました。

    編集後記
    陽水のライブを見た。なんだかとても不思議な心地のよさが訪れた。幻の名水のシャワーを浴びたようで気持ち いい。井上陶酔状態なのであります。特にオープニングの「傘がない」はヨイ。梅雨どきに聞いたのでさらにヨ イ。さのヨイ状態だ。有名人に弱いな。

    2003年7月23日発行

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    製品づくり盛りだくさん

    オリジナルTシャツ、ART]はがき、ARTカレンダー、皆既月食映像版DVDの制作と、秋を前にARTな取 り組みが進みます。ビーズ製品も夏の新作づくりが・・・・。まあ楽しければいいか。     6月

    辻ひさしの 夏を着た サザンのメロディーが 寄せて来た

    共同作業所もやいオリジナル/障害者の自立活動支援TシャツVOL・X
    辻ひさしデザインART Tシャツ800円

    Tシャツの売上げの一部は、当事者を中心に大牟田で取り組まれている障害者の総合的自立支援「ケアマネジメ ント事業」に寄付されます。また今年のTシャツの素材は、デュプリーチ(吸湿速乾)機能加工を施した cotton100%で、汗をかいてもさらっと快適な優れもの!
    2003年の夏をもやいオリジナルTシャツでお楽しみ下さい。
           企画・NPO法人大牟田障害者応援センターSOSプランニング
           製作・販売/大牟田共同作業所もやい TEL/0944−56−9142

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    ARTな秋を待ってられるか!

    もやいのオリジナルTシャツのデザインを描いた
    辻ひさしのART葉書 7・1販売

    障害者のARTよ
    アナログのメールとなって飛び回れ
    二千三年の夏は
    辻ひさしの暑中見舞いが
    キット
    元気を運ぶだろう
    5枚組3百円
    辻寿彩嗣●TUJI HISASHI
     2003年大牟田養護学校卒業。在学中はたびたび共同作業所もやいに実習で訪れ、有松温之と共にパソコンの 技術に磨きをかけ、現在その技術を生かして就職。合わせて車の免許も取得し社会人として活動中。パソコンを 使った趣味のグラフィック作品は、そのタイトルと色彩のユニークさで現在多くのファンを獲得中。
    皆既月食DVDとVHS販売
    2002年12月28日に大牟田文化会館で上演された、劇団ポリCラスト公演「皆既月食」を5台のカメラで追 い、最新の編集PCを使い映像化した「DVD・皆既月食」とVHS版が完成しました。20世紀中盤マハラバ 村から発せられた「母よ殺すな!」が、落とし前のつかなかった世紀を超えて21世紀に甦るストーリーは、浮 遊する言葉に魂が責任を持たない時代の正体を果たして捉えられたのか。DVDとVHSに封印されたストーリ ーを夏の夜、ひもといてもらえれば幸いです。
    7月1日販売
    DVD−VHS共に1000円

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    障害者ケアマネジメント報告書完成

    昨年の10月からスタートした障害者ケアマネジメント施行事業がついに終了しました。その経過や課題や提案 をまとめた「報告書」も完成。なんと100ページを超える労作となりました。恐ろしいことに日本一を目指した 報告書作りは困難を極め、果てしのない議論が交わされたり、徹底したこだわりがあったりで、それなりのドラ マも生まれましたが、こうして完成してみると、日本一かどうかなどはどうでもよく、ベストを尽くした充実感 とみんなで苦労した仲間意識が、けっこう心地よく疲れた体に染み渡る気がします。ご協力頂いた皆さんに心か ら感謝したいと思います。
    補助事業のケアマネジメントはこれで終了ですが、補助がなくてもケアマネジメントを必要とする現実が目の前 にあるので、私たちのケアマネジメントは終わりません。ケアマネの技術は未熟でも、ケアマネジメントの終着 駅にあるセルフケアマネジメント目指して、今回の事業で出会った人たちの力を借りながら進んでいきたいと思い ます。

    雨の中の街頭署名1500人集まる

    署名です。しかも街頭です。久しぶりに身をさらしてのアクションでありまして、なんだか懐かしいモードなの です。少々声を嗄らして道行く人に訴えるというのは、気合が入ります。
    6月14日。100名を超える参加者がゆめタウン前に、松屋前に、グリーンベル前に、マルショク前に集合。一 斉に署名活動を展開しました。こんなに大人数での署名活動は初めてです。多くの人が歩みを止め署名をしてく れました。雨も、そして少々の寒さも乗り越えて、みんな一生懸命の活動でした。
    テーマは、障害者の生存にかかわるホームヘルプ・ガイドヘルプの上限設定と利用制限の見直しですが、それは 福祉の問題の枠を超えて、人権や雇用を守るこの街のありようを提案する作業となりました。参加者のみなさん 本当にお疲れさまでした。

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    障害学 フォビア/その1

     大阪の障害者人権白書は、障害当事者の聞き書きで構成されていて、生々しい障害者差別の実態が報告されてい る。自分のライフヒストリーと重なる部分もあり、読み通すのが少しつらくなる。
    しかし、読み通した後に気づくのは、それぞれの事例を「偏見」としてくくり、この偏見を使用禁止にし、「使 用してはならないという正しい意識」を確立させることで完結しているということだ。
    そこには、差別=人権侵害という硬直した図式があって、表面的な解決が図られ、ひとはどのように差別をして いくのか、またどのような関係の中で差別があいまいにされていくのか、情緒的排除と、能力的排除とどのよう につながりあうのかなど、差別の正体に近づいていく道筋が遮断されている。
    そのことは、差別の正体を解読することから得られる人間関係をつくりかえていき、人々が真に共生できる地点 に向かう可能性を閉ざしているといえる。
    では、差別と向き合うとき、僕らはいったい何に向き合えばいいのだろうか。
    ここで前回の分も含めて少し整理をしたい。
    問題は、障害者差別を単に人権侵害とした整理し、それを生み出す偏見を「使用禁止」にする啓発を行うことで 一件落着するという社会的態度だ。さらに「使用禁止」によって差別は減ったという言説が定着する底の浅い社 会的文化のありようだ。
    そういった社会的態度と社会的文化の支配の中で、当事者の実感や、皮膚感覚が捉える差別は、あり得ないものと して扱われ、それぞれの心の奥底に沈められていく。
    「越えていけそれを越えていけそこを」「今はまだ人生を語らず」で、拓郎はしつこいくらいにこのフレーズを 繰り返した。拓郎が何を越えたかったのかは知らないが、障害学は明確に「ここを越える」ことなくて先には進 めない。
    障害者差別は二通りあるのではないか。一つは、非障害者が一見整然とした理論の元で(例えば・お困りでしょ うから施設を作りましょう)障害者を地域からあるいは自らの生活から切り離していくという差別(これはすで に当事者より優生思想批判。能力主義批判が重ねられ大きな成果が上がっている)
    そした、もう一つ、アンタッチャブルになっている部分。常識的な推論の中では説明できないような「情緒」か ら発生していると思える障害に対するあるいは障害者に対する「嫌悪の情」だ。
    この「嫌悪の情」を詳細に解読していかなければ、非障害者は障害者と日常的にお互いに一人の人間として出会 えないのではないか。出会いを巡るさまざまな常識を解体すること。差別した結果への批判ではなく、差別した 過程それ自体を解読していく必要がある。
    「嫌悪の情」障碍者フォビアの現象を具体的に解読していこう。  (続)

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    シネマで愛してー 17才のカルテ

    タイトルって大事でもあります。いや、大事であります。「もっとつけようがあったでしょうに」とシネマを見 終わって思うのでした。
    それにしてもアンジェリーナ・ジョリーです。リサという精神障害をもつ役そのものも魅力的だったのですが、 存在感のある役者さんであります。トゥームレーダーでの派手なアクション振りを先に見てきたので、こん な役もこなせるんだと驚きました。女優ってすごいです。
    さてさてシネマの内容は、基本的にはあの名作「カッコーの巣の上で」の女性版と見えます。17歳の主人公ス ザンナは、ボーダーライン・ディスオーダー(境界型人格障害・自己のイメージや長期的な目標や価値観に自信 が持てない症状をいうらしい)で精神病院に入院し、同世代の病者の女性たちと出会い、自由と管理、裏切りと 信頼、異常と正常の境界線で自分が何者かを感じていくドラマなのです。
    思春期病棟の女性たちのセクシーさと好奇心は、いろいろ印象に残るシーンを作っていきます。笑えるし、泣け るし、驚けるし、考えさせられるのであります。やはり、当事者が書いた原作が本物の実感に裏打ちされている からでしょうか。
    シーンは95%は精神病院が舞台となれば、やはり古いシネマ「カッコー」とダブります。しかし、カッコーは 「自由と管理」をキーワードに有名なあのラストシーンを作ったのですが、このシネマのキーワードは「異常と 常識」ではないかと感じます。なにが異常で、なにが正常か。その境界線はどこにあるのか。主人公のスザンナ も、そしてリサやその仲間たちも存在を掛けて問いかけます。正常とは何か、異常とは何か、その基準とはなに か、そして私は誰か。問いを手放さない少女たちは異常と正常の境界線を、少女と大人の境界線上から見据えて いるようにも思えます。
    カッコーは不条理な社会にまなざしを向けたのでありますが、このシネマは不条理な価値観そのものにまなざし が向かうのでありました。
    聞くところによると、アンジェリーナ・ジョリーはインタビューに答え、自分が演じたリサを「私は異常とは 思わない」と言い放ったそうです。あっぱれです。益々魅力的に思えてくる彼女の新作が見たいなと思います。

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    活動報告

    • 6月
    • 4日 署名活動協力要請 ホーム・ガイドヘルプ充実の署名協力要請で各団体を回りました。
    • 5日 SOS事務局会議 事務局会議は夜に開かれるようになりました。SOSの「夢は夜ひらく」の
      でしょうか。
    • 7日 障害者協議会総会 今年度から組織のあり方も変わり、全員参加型の仕組みに変わりま
      した。いろんな人と力を合わせて、障害者の自立と解放を目指したいとあらためて思います。
    • 9日 アンテナショップ会議 商品カタログも完成し、少しづつ動きが加速してきたアン
      テナショップの会議には、担当の有松ゆが出席しました。
    • 11日 ケアマネジメント事務局会議 ケアマネ通信を出そうということで、みんな
      で話しました。
    • 12日 SOS事務局会議 今週は特別にビデオ鑑賞。何のビデオかは内緒ですが、とても懐かしく
      拝見したのでした。
    • 14日 街頭署名 100名を越える参加があり、市内4カ所で一斉に署名活動を展開しました。雨の中
      でしたが、この日1日で1500名分集まりました。参加者の皆さんお疲れ様でした。最終目標5万人まで道は遠
      いのですが頑張りましょう。
    • 16日 協議会新栄町事務所ほっとかん仮オープンセレモニー
    •   協議会の事務所が完成しました。本格オープンは少し先ですが、2人の専従職員が常駐します。みんなの事務所
      なのでいっぱい障害者が来てくれる事務所にしましょう。
    • 17日 ケアマネジメント事務局会議 ケアマネ通信や、新しい試行事業について話
      しました。

    編集後記
    6月の活動の中心は署名活動。毎日訪問しては署名をお願いしたり、頼んでいた署名を回収したりと土曜日曜も なく、東奔西走の毎日でした。ケアマネも心をこめた100ページの報告書が完成。7月から新たな形でのケアマ ネ活動を開始します。
    予算がない中でケアマネジメントに取り組んでいますが、ケアマネ通信を出そうと言うことになりました。切手 代を稼ぐためにもTシャツを売らねばと思います。なんだか暑い夏になりそうです。こんなときは吸湿速乾のも やいTシャツで乗り切ろう。では。

    2003年6月20日発行

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    5万人署名へGO!

     心を浮き立たせるように、百花繚乱の花が咲き乱れた季節から、心の奥底に響くベースのリズムのように、若葉 が瑞々しく寄せてくる季節に移り「息吹」という言葉を手の平に乗せてみるこの頃。しおかしいつのまにか梅雨 が目の前に。あー時の速さに呆然。
    支援費制度開始を前にした12月末、厚生労働省はホームヘルパーの上限設定に向けて動き始めました。もちろん 障害当事者は無視され、動きは極秘に進められました。そのあまりにひどい裏切りに、厚生労働省の内部から障 害者団体にリークされ、さらにインターネット等を通じて情報は駆け巡り、全国の障害者が知ることとなり、障 害者の生存権を犯す暴挙に、かってない抗議活動が取り組まれました。そして、ついに厚生労働省は上限設定を 断念しました。だが、しかし。地方ではどうなっていくのかという不安が募りました。そしてその不安は、全国 的に現実となり、ホーム・ガイドの利用制限や上限設定が各地で推し進められています。そして私たちが住むこ の大牟田の街でもです。
    ガイドヘルパーの利用者の3分の2にあたる人の利用者切り捨て。さらにホームヘルパーの上限設定が、障害当 事者に事前説明もなく決定されました。
    大牟田障害者協議会と福祉課との間に数度の話し合いがもたれましたが、平行線に終わりました。
    支援費制度になってもサービス低下はないと断言していた態度を変え、説明責任も果たさぬままでの問答無用の 施策推進は、許されものではありません。
    会議では、5万人署名に取り組むこととなりました。私たちも全力を尽くしたいと思います。
    市の今回のやり方は、今後の市政の進め方や、市政と市民の協働の街づくりの基本となる「信頼」を壊してしま います。この街がそんな街であってはなりません。そう思うとき、今回の問題は市民すべての問題となります。 障害の有無に関わらず、この街を思うすべての人に5万人署名への協力を呼びかけます。

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    シネマで愛して- 〈海辺の家〉にみる歴史のもやい直し

     「アメリカ映画は、伝統的に母娘ものより父と息子のドラマの方が上手い」本当にそう思っちゃうのであります。 それにしてもめちゃくちゃな父親に、正しく反抗したまじめな不良息子。そこに生まれる一つのドラマ。うーん。 お涙頂戴の感動巨編にしては物足りない。などという声もありますが、ノージャンプ!とーんでもない。静かに 静かに胸に寄せてくる波のようなものの正体は何でありましょうか。見終えた後、ひたひたと己の過去を問う時 間が訪れたのでありました。
    ある日突然、長年勤めていた建設事務所を解雇されたうえ、ガンで余命数カ月と宣告された父親は、残された時 間を手つかずにほおっておいた海辺の家を建て直そうと決意するのです。別れた妻に引き取られた息子はドラッ グに溺れた生活を送っているのですが、父親はその息子と家を建てることを人生の最終目標に思い定めます。 反抗する息子と再婚した妻。いろんな人が吸い寄せられるように、父親の「海辺の家」の建設に加わっていきま す。刻一刻と完成に近づく海辺の家。刻一刻と失われて行く命。どちらもひたひたと、始まりと終わりの波が打 ち寄せてくるのでありました。
    立ち上がる家の前に、古い家を父親が壊すシーンがあります。いつしか息子も手伝い始めます。別れた妻もハン マーを振るい、古い家を、かって3人が暮らした家を壊すのです。
    このシーン、忘れがたいシーンなのです。わがままな生き方を通し、妻に愛想をつかされ、息子に憎まれ、孤独 を抱きしめて生きてきた父親。ガンの発病で倒れ、入院。看護師から肌を触れられ、その久しぶりの肌のぬくも りに唖然とする父親。その瞬間父親は生まれ変わり出すのです。生まれ変わるために、今まで生きてきた歴史の 象徴である古い家を壊さねばならなかったのだと思います。生きてきた歴史を自分で作り直すために。家を壊し 更地にする必要があったのであります。更地の上に新しい歩みを踏み出す象徴として「海辺の家」が建てられて いくのでありました。涙が出ます。そして父親の有り様は息子も別れた妻も変えていくのです。父親が死んだ後 に家は完成します。父親が目指した思いは、息子に見事に受け継がれたのでしょうか。
    どうぞラストシーンの建てられた海辺の家の行方を見届けてください。

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    旧友フォーエバー

     バザー用品を提供してくれたみなさんありがとうございました。久留米のバザーは旧友フォーエバーでありました。 5月11日、久留米の福祉祭りのバザーに行って参りました。ケアマネの報告書作り居残り組に変わって、ここは とばかりに、組長の末藤伸也さんと久冨宏二さんの電動車椅子コンビが参加し、暑い中頑張りました。何はとも あれ、バザー用品を提供して下さった皆様方、本当にありがとうございました。おかげさまである程度の売り上 げを上げることが出来ました。
    もやいのテントは、何故かいろんな懐かしい人が訪れてくれました。CIL久留米の皆さんをはじめ、売るのも手 伝ってもらい、楽しいバザーとなりました。
    久留米の古川さんも稲益順さんも元気、大宰府の森田俊介君も元気でした。中山義人さんは少し元気がありませ んでした。楢木聖一さんは元気でした。
    また、久留米の市会議員選挙に初挑戦して当選した藤林さんも来てくれました。精神障害者と共に進めてきた活 動の広がりの中での当選です。本当に心から拍手を送りたいと思います。
    これからバザーの季節です。もやいも恒例のオリジナルTシャツやオリジナルカレンダーなどの製作を進めてい きたいと思いますし、ビーズ製品も新作の夏物の製品の試作を行いたいと思います。
    売れようが売れまいが、心をこめたオリジナルを世に送り出していきたいと思います。
    さてさて、又バザーの時は不用品の提供をお願いする事となります。その時はよろしくお願いします。

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    障害学ー形ばかりの人権宣言と、やさしさばかりの福祉言説にさよなら

     ノーマライゼーションを誰もが口にし、心のバリアフリーが盛んに語られるようになりました。障害者をめぐる 問題は、自立を可能にするサービスの充実や、障害者を理解し共感できる心の育成という、福祉の世界の出来事 として固定され、普段の暮らしの中で、それが当たり前の常識となっています。
    また、人権啓発の中においては、障害者差別は偏見に基づく対応が問題とされ、偏見を正す意識の変革が説かれ ます。
    福祉はやさしく、人権は正しくという言説が満ち満ちている中で、やさしさ正しさに違和感を感じることがあり ます。そう「感じる」のです。実感というやつです。
    この実感というやつがやっかいで、言葉に出来にくいのです。それが言葉に出来なくても、何故そう感じさせら れるのかは、解明しなければなりません。まさに差別のまなざしを実感した瞬間。自分の被差別の歴史一瞬にし て高速で巻き戻されるあの瞬間から逃れるには、それをせざるを得ないと思います。
    福祉にしろ人権にしろ、障害者に対するイメージが偏ります。昔風の哀れみの対象としてのイメージは少なくな りました。今は、障害者の自立の意味が社会に広がるにつれ、自立を実現した「がんばる」「努力する」かっこ いい」障害者に象徴される、肯定的で積極的、明朗闊達な障害者イメージが流布されています。
    問題なのは、そのことだけに焦点をあてて、イメージが刷りこまれていくと、そこに新たな偏見が生み出されて いくことがあることです。その偏見は、昔の差別とまったく違った表現を用意ながら、昔風の差別とまったく同 じ構造の差別のまなざしを作ります。こういった中にあって、実感する違和感や差別のまなざしに異議を唱える のは難しくなります。正しさとやさしさに異議をはさむ者は疎まれてしまうのです。
    今の社会は、そんな障害者と非障害者の関係が基本となっています。しかし、このままでいいのでしょうか。 障害学の旅を続けたいと思います。
    誤解があるといけないので言っておきます。人権啓発や福祉の在り様を無意味とは思いません。しかし、それら が引き起こす反作用として差別が隠されていくという事態が起きています。誤解を恐れずに言えば、差別の正体 を知ることから始まる物語が封印されていくのです。
    おそらく、差別をする瞬間に差別する人の再生の瞬間があるのです。差別される瞬間に差別される人の再生の瞬 間があるのです。その貴重な瞬間の、いま、ここから、その現場に降りて行きたいと思います。しばらくのお付 き合いを。


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    施設百話その三 -ルビーの指輪- 差別の果てにも物語りは生まれる

     T雄は、外出というものをしなかった。障害はそれほど重度でもなく、仕事もそこそこ出来、職員の覚えもめで たかった。しかし、ほとんど口をきかず、自己の世界に閉じこもるので、人からは嫌われた。金もほとんど使わ ず、年金の貯金額はよく噂になり、ケチ雄と呼ばれた。年に2回T雄は倒れた。てんかんだった。倒れるたびに T雄の性格は狷介になっていき、もうほとんど誰もT雄の笑顔を見ることはなくなった。T雄が施設に入所して 22年が経ち、T雄は不惑の年を迎えていた。
    L子はその施設に来るボランティアの中では少し変わっていた。派手な衣装と化粧は職員の反感を買っていたが、 誰彼の区別なく、気安く声をかけ、入所生からは慕われていた。
    L子はT雄にも声をかけたが、T雄が声を返すことはなかった。L子はそんなことには無頓着な様子で訪れるた びに声をかけた。何故か私とT雄の部屋は居心地がいいらしく、かっぱえびせんをポリポリと音を立てては私と オセロをした。勝てば笑い、負けても笑った。笑うと肩がゆれ、かなり大きな胸も揺れた。ひとしきりの幸せが 満ちてくる気がした。T雄が外出でもすればいいのにと何度も思ったが、T雄はつまらない顔でL子がいる間は 部屋を出ることは一度もなかった。
    大学を卒業し、関西に就職が決まったL子がボランティア仲間と最後に挨拶に来た日、いつものように派手な衣 装でL子は私たちの部屋にやってきた。その時私に電話がかかり部屋を出て戻ってみると、珍しくT雄がいなか った。L子が初めて見せる真剣なまなざしで私を見た。
    「指輪をもらっちゃった、もらえないというんだけど、彼泣いてて、言えなくてごめんなさい。あなたから返し て下さい」
    L子の手のひらの指輪のきらめきにぼうぜんとしていると、廊下で誰かが叫んだ。走っていく職員の足音が私の 鼓動と重なったときT雄のてんかんの発作だと直感した。
    あれからL子が現れることはなかったし、手紙が来ることもなかった。あの日きらめいた指輪をT雄に返せなか った。いつかと思いつつ2年が経っていた。T雄も相変わらずだった。ただ、一度だけT雄の笑顔を見た。流行 っている寺尾聡のルビーの指輪をTVで見ていたT雄が、笑った。いとおしそうな笑顔だった。もしかすると、 T雄は指輪を渡すことで恋を手に入れようとしたのではなく、失恋を手に入れようとしたのではないか。一瞬そ う思えた。


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    活動報告

    • 5月 
    • 11日 久留米ふれあい福祉バザー 3面を読んで下さいね。
    • 21日 企画・政策部 協議会の体制がかなり変わる仕組みをみんなで話し合いました。また、署名も街頭署名の
      日時が決定しました。
    • 22日〜24日 NPO会計セミナー  久留米で社会保険労務士の人が教えてくれる会計セミナーが開かれ、木下・
      大場が参加して、3日間徹底的に勉強してまいりました。
    • 29日 障害学 ケアマネ事業のため停止中の障害学の学習会が帰ってきました。もやい新聞でも連載再開しまし
      た。少しでも人であることの真実に迫られたらと思いますし、「差異」に新たな意味を付与する障碍者の文化を
      引き出したいと思います。差別の本質、障碍者フォビアからまずはスタートです。興味のある人は4ページを見
      てね。よければ批判、反論、質問、意見等、ホームページで寄せてもらえればうれしゅうございます。

    編集後記
    半年を超えたケアマネ事業の報告書づくりに追われ、連休も吹っ飛んだ感じの5月ではありました。また、署名 活動も同時並行的にすすめていますのでもやいもバタバタとしています。ケアマネの報告書は100ページを超え るいい報告書が完成すると思います。多くの人の協力のおかげです。署名の方は6月いっぱい続きます。電動車 椅子で市内を駆け巡り署名を取りまくったり、介護ローテーションを組んで在宅訪問をしています。「お出かけ ですか」とレレレのおじさんに見送られて今日も署名とりに走り回ります。協力よろしくお願いいたします。そ れと、有松温之さんがこの1カ月近く自宅引きこもり的在宅勤務で制作にいそしんでおりました「皆既月食/ DVD」いよいよ完成いたしました。「有松ちゃん生きてたザンスか。シェー!忘れてたザンス。DVD売れないと は思うけど売るザンス」よろしくお願いいたします。

    障害者協議会の拠点がもうすぐ新栄町に仮オープンします。本格オープンは秋になります。どんな事務所になる かではなく、するかという姿勢で、もやいも構成団体の一員として関わっていきたいと思います。言葉だけでは ない共生の文化を発信したいものです。

    2003年5月19日発行

    ページ1

    「アフガンの障害者と子ども写真展」へのご協力本当にありがとうございました

    中心商店街で、やさしい街づくりと平和を願うイベントが出来たことがとてもうれしいのであります。大牟田の 空とアフガンの空が繋がれた日、桜の花は満開で、若いストリートミュージシャンの歌声が響き、その瞬間、僕 らはたしかに人が真ん中の街にいると感じたのでありました。
    「アフガン障害者と子ども写真展」へのご協力本当にありがとうございました。
    写真展実行委員長 古庄 和秀
    募金総額248,875円
    多くの皆さんのご協力で、上記の金額が集まりました。ありがとうございました。全国的な募金も予算額集まり、 4月中にアフガンの障害者協会に車椅子と文房具を輸送致します。ご協力頂いたすべての個人・団体にお礼申し 上げます。

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    哀しみを止める愛よ満ちてこいアフガンの夜空に

    4月4日から6日までの3日間にわたって開催した「アフガンの障害者と子ども写真展」が終了しました。松屋、 築町・銀座商店街や新栄町商店街の皆さんを始め、多くの方のご協力を頂いたお蔭で、写真展を通して、アフガ ンの今の実情を理解してもらったり、車いすを贈るための募金をしてもらったりと、盛況のうちに終了すること が出来ました。紙上を借りて心からお礼申し上げます。
    1枚の写真に切り取られた、撮る人の願いと、撮られる人の願いが共鳴した宇宙は、多くの人の足を釘づけにし ました。涙をぬぐう人。3日間連続で来てくれた家族。深いため息をつく人。手を合わせる人。訪れた人々の心 に、何かを伝えることができたことをうれしく思います。
    大牟田発の、人を思い、街を思い、平和を思う写真展終了です。

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    憎しみを止める星よ満ちてこいアフガンの夜空に

    中心商店街に人を思い、街を思い、平和を思うメロディが満ちた日
    マラソントークに、戦争体験を持った人の代表として登場した田中さん。
    悲しい記憶がよみがえり、言葉にならず、泣き出されました。流された涙と、言葉にならない哀しみこそ、私たちが学び、引き受けなければいけないものなのかもしれません。 つらい記憶をたどってもらい、申し訳ない気がします。

    そして、キュートなサウンドを披露する「四葉」の「心の旅」のカバーはなかなか。
    築町商店街振興組合のフルーツの荒木さんの平和と街づくりのアピールは感動的でした。
    「マウンテンゴリラ」の、命と平和の歌は、参加者の心を温かく包みました。

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    人権を大切にする「人が真ん中」の街をつくっていこう。

     ヘルパー上限撤廃と、ガイドヘルパー利用者の切り捨てに反対し、安全・安心と賑わいの街づくりを進め るために、五万人の署名活動を進めよう。人権を大切にする「人が真ん中」の街をつくっていこう。
    支援費制度への切り換えに乗じて、ホームヘルパーに上限を付け、さらにガイドヘルパー利用者を3分の2も切 り捨てようとしている市に対し、NPO法人大牟田障碍者協議会で反対の署名活動が始まります。私たちが求めて いるのは、最低限度のホームヘルパーの利用です。国はその利用に上限を求めてはいけないと言ってます。また、 ガイドヘルパー利用者も、外出が困難なものと認められるものは利用してよいし、補助金も支給しますと言って ます。国の言う通りにしてほしいと思います。ホームもガイドも、かかる費用の4分の3は国と県が負担します。 そのお金で雇用が生まれ、大牟田の街に賑わいが生まれています。最低限の暮らしと、重度化や2次障害を防ぐ 通院を難しくする市の方針には納得できません。事前の説明もなく問答無用のやり方は反省してほしいと思いま す。人が真ん中の街づくりに向けて、署名活動へのご協力をお願いします。

    バザー用の不用品の提供をお願いします。
    皆様には、いつもご迷惑をおかけしますが、5月11日に久留米にてバザーを出店します。つきましては、家で眠 っている使えるけど不用な品物があれば、提供していただければ助かります。
    申し訳ありませんがよろしくお願いします。もやいに持ってきていただければ助かりますが、お電話いただけれ ば、取りに行きます。
    電話/56−9142・もやい

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    アフガン写真展 番外編 実況中継古舘風

     おっと、初司会の紀子さんと、初トークの子どもたち、しゃべる新鮮野菜の様であります。素朴な司会と素朴な トークは、心をあっためるホカロンであります。ファッションにご注目下さい。センスの良さが光ります。3人 ともしっかりと写真展を鑑賞して、心で受け止めて舞台に挑んでおります。さすがの心構えであります。
     おっと、花の受付であります。まるでショムニのお姉さんたちの20年後かと思わせる、ただならぬたたずまい であります。さすがのDPIのつわものスタッフ3名も神妙にしております。油断すると大阪ラプソディーを歌い だすと言われております。100戦練磨のアマゾネス、火の国女のど根性。福祉の金さん銀さんとも言われており ます。しかしながら、花の受付嬢2人。朝から夜まで頑張ったのであります。
     おっと、スマイル、スマイル、スマイルであります。植木等さんではありません。築町商店街は呉服店の岡本さ んであります。びしっとスーツで決めております。ロマンスグレーでかっこよく決まっております。笑う商店街 の柳生博状態であります。胸には真っ赤な「NO・WAR」のカードが光っております。平和のワンポイントであり ます。後方の古庄実行委員長の真っ赤なネクタイと連動して、街づくりと平和への願いを象徴しております。さ すがであります。

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    活動報告

    • ■3月
    • 15日 SOS集会 ヘルパー上限問題についてや、写真展や花見の打ち合わせの話を行いました。
    • 18日 福祉課と話し合い ヘルパー上限問題について話し合いをしましたが、平行線でした。ただ、事前
      の説 明責任を果たさなかった点については、非を認め福祉課が謝りました。
    • 20日 連絡調整会議打ち合わせ 第2回連絡調整会議に向けて、精神支援センタ潮さんも入っての事前の打ち
      合わせをしました。
    • 24日 協議会事務局会議.第2回 この事業も3月で終了なのですが、県も続けたいということですし、参加
      団体も同じ意見ですので、事業終了後もやっていくということになりました。
    • 25日 福祉課と話し合い ヘルパー上限問題はついに平行線で決裂しました。切り捨ては人権問題として本当
      に許せません。 協議会理事会 ヘルパー上限問題は、署名活動を行うこととなりました。そのほか、事務所開設や、
      ケアマネ事 業の推進等、15年度の事業案が承認されました。
    • 28日 写真展の件で記者クラブ訪問 写真展の取材をお願いするために、記者クラブで主旨や日程について
      レクチャーしてきました。
    • 29日 ケアチーム会議
    • 30日 SOS花見 60名を超える人が参加してくれました。今年の特徴は、ケアマネ事業で知り合った人達が参
      加してくれたことです。桜も満開で本当によかったです。
    • ■4月
    • 1日 アフガン写真展スタッフ会議 最終打ち合わせでした。松屋や商店街の全面協力がとても助かります。
    • 3日 アフガン写真展用意 DPIより3名のスタッフが到着。写真展の陳列に追われました。松屋の会場だけで
      なく、商店街の中にも写真パネルを展示。いい雰囲気となりました。
    • 4.5.6日 アフガン障碍者と子ども写真展 1.2.3面を読んでね。
    • 7日 福祉課と意見交換 ヘルパー上限問題について、新しい部長・次長・課長と話しました。
    • 10日 協議会事務局会議
    • 12日 ケアマネリーダー+事務局会議 事業の総括をかねて懇談会を行いました。

    編集後記
     4月は出会いと別れをつくり出す月であります。もやいに研修に来てくれた養護学校の辻君が就職が決まり、ス ーツを着て挨拶に来ました。見間違える彼の姿に、嬉しさがこみ上げてくるのでありました。しかし、多くの障 碍者が卒業後行き場がなくて、自宅に閉じこもらざるを得ない現実は続いています。気持ちを新たに哀しみを止 める活動を進めます。では、また来月。

    2003年4月20日発行

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    松屋にてアフガン写真展開催!

    三月弥生は花の時。一期一会の夢吹雪。何だか眠たい日が続きます。春の欠伸はのどかで、回りの者まで眠たく します。春眠暁を覚えず。さてさて、今年は桜は早いでしょうか。SOSの花見は4月3日。ぽかぽか日和の中で大き な欠伸を。 3月
    戦争が終わると
    その国の名を忘れることがある
    しかし戦争が終わった時
    その国では新たな
    戦争が始まっているのではないか
    1000万個の地雷
    物乞いをする移動のために
    車いすがいるのだと
    つぶやく人々そして子どもたち
    この国では何も終わっていない
    この国では何も始まっていない
    アフガニスタンより
    世界中の支援から外された
    障害者たちのSOSが発進された
    耳を澄ませてほしい
    募金活動 3/1〜4/6写真展4/4〜6・松屋6F催場 ご協力をお願いします
    ■募金活動を職場であるいはグループ内でやってやるという人ご連絡を。募金袋をお渡しします。写真展の会場 でも行いますので、当日でも募金できます。
    ■写真展への参加呼びかけをしてやるぞというかたご連絡を。ポスターとチラシ用意しています。
    ■文房具を提供するぞというかたは直接写真展会場におもちください。
    ■余分な空気入れを提供するぞというかたは直接写真展会場におもちください。

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    松屋にてアフガン写真展開催!(2)

    アフガニスタンの障害者と子ども写真展 入場無料
    アフガニスタンの障害者に車いすを贈ろう
    アフガニスタンの子どもに
    文房具を贈ろう
    2003年4月4日/金〜6日/日
    10:00〜18:30
    松屋6F催場
    募金はすべて支援に使用します
    主催/DPI(障害者インターナショナル)日本会議・AJU自立の家・愛の実行運動本部
    共催/NPO法人よかよかネットワーク・NPO法人福祉で人がよみがえる会・NPO法人おおむた障害者応援センター
    /大牟田市職員労働組合
    後援/外務省・JICA・日本財団・NHK厚生文化事業団・テレビ朝日福祉文化事業団。朝日新聞厚生文化事業団
    ・ AJU車いすセンター・中日新聞社会事業団・大牟田市・大牟田市教育委員会
    協力/松屋・築町商店街振興組合・NPO法人大牟田障害者協議会・ニュー株式会社

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    松屋にてアフガン写真展開催!(3)

    アフガニスタンの障碍者と子ども支援の
    写真展に協力をお願いします
    写真展実行委員長 古庄 和秀
     アフガニスタンの戦争は、多くの障害者を生み出して終了しましたが、戦争の忘れ物である地雷が全土に1000 万個もあり、1日10人の方が被害にあっていると言われています。今回、アフガニスタンの障害者協会からの支 援要請を受けて、車いすや文具を贈る活動を展開されてるDPIインターナショナル日本会議を始めとする団体と 協働で、アフガニスタン障害者とこども支援の写真展を開催することとなりました。
    私も車いすを使う障害当事者として、また、安全・安心の街づくりを進める一員として、今回の写真展実行委員 長を務めています。ノーマライゼーションが、戦争への深い反省から始まったように。障害者の人権を守ること や街づくりを進めること、そして平和を守ることは、すべてつながっていると思います。
    私たち若い世代はもちろん。子どもからお年寄りまで、多くの方のご来場をお待ちしています。どうぞよろしく お願いします。
    −大牟田市民の皆様へ−
      アフガニスタンの障害者協会より、支援要請を受け障害者スタッフが現地に行き、大勢の障害者と直接語り合い ました。昨年札幌で開催したDPI世界大会に、アフガニスタン障害者協会員2名を招待し、緊急アピールを受け ました。これを受けて、DPI日本会議も外務省の後援のもと、アフガニスタン障害者支援プロジェクトを立ち上 げ、朝日新聞映像センターの武田剛さんの協力を受け、「アフガニスタンの障害者と子ども写真展」を全国各地 で開催し、合わせて、募金活動を展開中です。アフガニスタンの障害者に車椅子300台と、子どもたちに文房具 を贈りたいと思っています。車いすを贈るだけでなく、車いすの修理工房を設立し、障害者の働く場もつくりた いと願ってます。毎回、大牟田市内の市民活動団体の皆さんが協働で募金活動と写真展の開催に取り組んで下さ ることとなりました。本当にありがとうございます。大牟田市民の皆様、どうど主旨をご理解の上、協力を心よ りお願い申し上げます。
    DPI日本会議議長 山田 昭義

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    ヘルパー利用者切り捨て緊急報告

    ヘルパー利用者切り捨て緊急報告
    4月から始まる支援費制度の用意で、今、障害当事者が福祉課を訪れ、新しいサービスへの切り換えを行っていま す。「支援費制度になっても従来受けていたサービスは下回らない」と大牟田市は言っていました。
    しかし、切 り換えの現場で、次々にガイドヘルパー利用者が切り捨てられています。
    またホームヘルパーやガイドヘルパーを 合わせた利用時間も、上限らしき数字が出され、切り捨てられています。市の職員の態度も横柄で、平気でプラ イバシーを侵し人権を侵す発言も飛び出しているようです。切り捨てられ、泣きながら相談する人も出てきてい ます。福祉課に緊急に状況説明を求め、3月1日に開催しましたが、「財政難」という一言で片付けられました。 又。支援事業で私たちを応援するハーツの予算も切り捨てられようとしています。
    1.障害者の生存権を犯す切り捨てなのに何の事前説明もない
    2.障害者に対して人権侵害と思える発言がある
    3. サービスは下回らないという最低限のルールを自ら犯した。
    4. 財政的には厚生労働省が調整金28億円を準備し不足した街には充填する事になっていることには触 れない
    5.ハーツは市が運営したら約4000万の仕事を1500万円でやっているのにデフレを理由に予算を切り捨 てる
    6.結果において障害者の生存権を守るヘルパーの働く場を奪う
    など、納得できない理由は山ほどあります。ノーマライゼーションの基本が犯されようとしています。人権がな いがしろにされた街に明日はあるのか、そのことを問うために、SOSも署名活動をスタートしたいと思います。 心ある人々のご協力をお願いします。

    ヘルパー利用者の切り捨て/ヘルパー利用時間の切り捨て/ハーツ予算の切り捨て

    3つの切り捨てを撤回させて 私たちは地域で生きていくことを宣言します。
    「私たちは」は、全ての障害者を意味します。そして、私たちは、私たちの一番近くで私たちの人権を守る仕事 をしているヘルパーの人達の人権を守るために彼ら、彼女らと共に3つの切り捨てと戦います。私たちの願いは、 市民としてこの街で生きていくために、私たちそれぞれが必要とするヘルパーの利用と、私たちの自立を支援す るハーツの正当な予算の確保という最低限の要求を実現することです。

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    活動報告

    • ■2月
    • 5日 市長訪問 協議会の理事長と事務局数人でリサイクルプラザの委託のお礼と報告に行きました。他に議長
      や関係当局を回りました。
    • 7日 協議会事務局会議
      障碍者雇用連絡会議 大場が出席し、リサイクルプラザの状況を報告しました。
    • 8日 SOS集会 アフガン写真展への取り組みを決めました。
    • 11日 SOS事務局会議 花見の予定などについて話しました。
    • 13日 企画政策部会 今後協議会でケアマネジメントに取り組んでいくことを提案しました。
    • 18日 松屋訪問 アフガンの写真展の会場の件で松屋さんを訪問。気持ちよく6Fの催場を4日間無料で貸して
      もらえることとなりました。
    • 19日 ケアマネ事務局会議 報告書策定に向けた打ち合わせが中心でした。
    • 24日 協議会事務局会議
    • 25日 SOS事務局会議
    • 28日 DPIより訪問 アフガン写真展の打ち合わせで、名古屋のAJU自立の家より、障害当事者の方1名が来
      牟。
    • ■3月
    • 1日 ヘルパー切り捨て緊急集会 ガイドヘルパー利用者の大量切り捨ての動きに対し、行政に説明を求めま
      した。しかし、納得できません。抗議活動の用意が急がれます。
      ケアマネ全体会議 3チームの報告レポートが発表されました。
    • 5日 議会傍聴 SOSの大場最後の代表質問があり、ガイドヘルパー切り捨て問題も質問すると言うことで何人か
      で傍聴しました。
    • 6日 アフガン写真展協力依頼 CIL久留米・柳川の宝箱を訪問、協力を願いしました。
    • 10日 議会事務局会議3年度活動方針や事業企画の素材作りを中心に話しました。
    • 11日 SOS事務局会議 花見の介護手配についてなど。
    • 13日 協議会企画政策部会 事業計画と予算案の提案を検討しました。

    編集後記
    最近中川透さんや月山さんが、もやいに来ます。お二人とも何だか生き生きされております。不思議なものでガ イドヘルパーの人も生き生きしているように思えます。切り捨てられようとしているヘルパーの時間数や利用資 格。絶対守らねばと強く思います。多くの障害者の協力と市民の応援もらって、戦いたいと思います。そして勝 ちたいと思います。

    2003年3月5日発行

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    日比谷公園集会ー私たちは地域で生きたい!ー

    体内の脂肪を削り、手のひらの蜜をなめながら冬眠する熊たち、寒さの中でわずかな食物を求めさまようカモシ カたち。それぞれの冬を越す方法を選択した生き物たちの森は、生きかたの文化があふれている気がします。な んだか僕らは選択できない森にいる気がするな。
    2週の間闘いに僕らはとりあえず負けなかった。
    マイクを握った車椅子の女性が言った。
    すべての障害者が自立できる本物の勝利がほしい。
    マイクを握った知的障碍者が言った。
    僕は怒ってます。
    今回全国組織の4団体が初めて共闘を組んだ。
    その信頼関係は最後まで揺るがなかった。
    僕らは新しい勝利の方程式を手に入れたのかもしれない。

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    速報U!

    ヘルパー上限設定を阻止しました!
    一人ひとりの取り組みの成果です。

    ヘルパー利用の上限枠設定を強行しようという厚生労働省と、障害者の生存権を奪う暴挙だと反対する私たちと の、二週間にわたる激しい闘いは、全国の障害者の連携と信頼と協働で、最終決着が予想された二十八日の前日 に、実質撤回となりました。この結果はすぐ全国にメールなどで知らされ、二十八日に予定していた五千人の抗 議集会は中止となり、当日は五百人の報告集会が日比谷公園で行われました。
    1月25日新宿。午後2時からDPI日本会議の常任委員会に出席した。会議は夜の8時まで続いた。詳しい経過報 告と、状況報告の後、今後の見とおしや、粘り強い交渉で獲得すべき最低限の案を練り続けた。10日間以上の連 日の抗議活動で、全員くたくたのはずだが、最大の危機感を持って挑んでいる重度の障害者が多く、長時間の会 議にも関わらず、緊張の糸が切れずに熱い会議が続いた。
    1月26日新宿。午後10時より会議開始。昼過ぎ厚生労働省より、極秘で最終の交渉がしたいとの打診があり、 受ける事とした。代表に一任し送り出す。私たちが一歩も譲れない点は以下のとおりである。
    1. 上限枠の撤廃
    2. 障害者を入れた検討委員会を作り、ホームヘルパー制度や、切り捨てられる支援事業のあり様を検討してい くこと。
    3. 現在のホームヘルプサービスの量を低下させない事。
    そもそも、今回の問題で見えてきた厚生労働省の問題は3つに集約されます。
    1. 障害当事者を無視して方針を決めた
    2. 支援費制度の理念を自ら裏切った
    3. 自立生活の意義がわかってなかった

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    速報U!(2)

    だから障碍当事者の人権を侵す方針をへっちゃらで出してきたわけです。
    1月27日。厚生労働省は私たちの3点の要求をのみ、障害者4団体も了承できたので、28日の5000人の抗議行 動は中止となった。その旨全国の団体に、メール等で連絡が行く。28日は、日比谷公園で「報告集会」を開催す る事となった。
    1月28日。日比谷公園。早朝より障害者が集まり始める。10時30分。参加者は500人を超えた。次々と団体の 代表がマイクを取りアピールがつづく。上限を付けさせなかった事やサービスの低下を防いだ事、みんなのネッ トワークで戦えた事を祝う熱い拍手が続いた。
    約2週間。重度の障害者にとっては、心身共にとてもきついたたかいでしたが、その結果
    ■上限の設定はしません
    ■現在受けているサービスは支援費になっても低下させません
    ■今後検討委員会を作り、障碍者団体も入って今後のヘルパー制度や支援費事業のあり方を決めていきます
    という取り決めがなされ、私たちの主張が通りました。しかし、今後またどんな形で方針転換がおこなわれるか もしれません。厚生労働省のの検討委員会でホームヘルパー制度と支援事業の充実策を求めて行きたいと思いま すし、同時に、大牟田においても、障碍当事者の協力と連携で、一人ひとりのニーズに応じた支給決定と、支援 事業のさらなる充実を求めて行きたいと思います。
    大牟田の報告集会開催
    2月1日に、今回の報告集会が開かれ、約80名の参加があり、市にホームヘルパーと支援事業の充実の 要望書を提出することとなりました。また、今回みんなで力を合わせで自立施策を推進させていくことを 確認しました。

    ページ4

    シネマで愛して-禁じられた遊び-

     人の記憶と、とってつけたような女のやさしさは、何だか怪しいのであります。特に、記憶は確かに怪しい。古 い記憶ほど怪しい。今現在の自分に都合よく脚色されやすいのであります。
    あえて断っておくのは、40年前に見たシネマを語るからです。何故、40年前に見たシネマを語るからです。何 故、40年前のシネマかというと、パソコンを打ちながら、ラジオを聞いていたら、ナルシソイエペスのギターが 流れてきたからであります。その曲はこのシネマで流れた主題歌でありまして、パソコンを打つ手が止まったの でした。
    「ミッシエル!」「ママ!」
    ラストシーンで、少女が叫ぶ姿が鮮やかに甦ったのです。
    ストーリーの全部は思い出せないのです。たぶん、生まれて初めて見た外国のシネマでありまして、そのことに 興奮していたことを思い出します。
    戦争だったと思いますが、両親をなくした少女と、ミッシエルという名の男の子の物語でありました。
    何故か二人は、子犬の墓つくりに熱中し、教会から盗んだ十字架を立て続けます。それを知った大人たちは、「禁 じられた遊び」を許さず、二人は引き離され、ラストシーンへとつながります。
    何故二人は墓をつくり続けたのか、40年後に考えてみたのであります。
    好きな言葉じゃありませんが、多分どこかで自分の哀しみを癒す作業をしなければ生きていけなかったのだ。い や、哀しみそのものを埋葬していたのではなかったのか。などと想像が翼を拡げます。何故大人達はそれを許さ なかったのか。戦争で彼らの両親を奪ったのは、大人達ではなかったか。大人達は悲しみをつくり出し、そして 哀しみを癒すこと許さないのだ。ただひたすら悲しみが深まっていく不条理に、なすすべもない子供達。アー。 なぜか、戦争で傷つき傷害を負わされたアフガニスタンの子供たちの姿がダブります。彼らは禁じられた遊びを やってしまうのでしょうか。いや、大人たちはそれを許しているのでしょうか。
    52年前の古い古いシネマが、いろんな事を考えさせてくれるのであります。記憶はあやふやでも、製作者の思い は時を超え、鮮明に胸を直撃するのであります。
    シネマの持つ伝えるパワーを実感しつつ、いざ、ビデオ屋へ、あるかな。

    ページ5

    緊急に介護ボランティアを募集しています!

     このたび母が病気のため入院となり、至急ボランティアを探すこととなりました。皆様のご協力をお願いしたい と思っております。この際、自立をして母を安心させてやりたいのです。
    中川透
    トオルとゆかいな仲間たち−愛の絆
    緊急に介護ボランティアを募集しています!
    ■ボランティアの時間 午後9時〜午後9時半
    (作業時間は10分くらいです。時間が余ったらお話ししましょう)
    ■介護内容 リモコンの設置・寝る支度・テレビタイマー・火の始末・消灯・以上です。
    ■一カ月にきてほしい回数 2回くらい
    ■来てほしい人 老若男女
    ■連絡先 もやい/56−9142
         ハーツ/59−0803
         自 宅/51−9450
    自宅の場合は毎朝8時〜9時・夜6時〜7時の間にお願いします。
    中川さんの「地域で生きたい」という思いを支援する輪を広げて行くために中川さんが作ったビラを掲載してい ます。是非ご協力をお願いします。

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    活動報告

    • 1月
    • 14日 障害者協議会 リサイクルプラザの雇用の選考基準などについて話しました。
    • 15日 障害者協議会事務局会議
    • 18日 障害者協議会選考委員会 障害者従業員の選考基準について話しました。
    • 21日 SOS事務局会議
    • 25日〜28日 DPI常任委員会 ホームヘルパー上限設定への抗議活動への参加が中心になりました。報告を読
      んで下さいね。
    • 27日 ケアマネージメントリーダー会議 3チームのリーダーと事務局で、現時点での様々な課題を出し合い
      ました。
    • 28日 ケアマネジメント実行委員会 経過報告と、今回の事業終了後のことについて話しました。事業が終
      了しても、ケアマネジメントを続けて行くために、実行委員会として、障害者協議会に提案していこうというこ
      とになりました。
    • 29日 ケアマネ事務局会議 30日の連絡調整会議に備えた打ち合わせ確認と、東京のヘルパー上限問題の報告
      がありました。
    • 30日 連絡調整会議 様々な団体や、県と市も入っての会議です。ケアマネの中の課題の検討と、今後の社会
      資源の改善や開発等を行っていくつもりです。その第1回の会議でした。
    • 2月
    • 1日 ヘルパー上限問題の報告集会 3ページを読んでね。
    • 福祉フォーラム おおば和正とふるしょう和秀の対談が行われ、100人を超す参加がありました。ギャグもいっ
      ぱい飛び出す面白いトークショウでした。でも、深いところには、差別への怒りがあり、人間への信頼があり、
      街づくりへの願いがあることがわかりました。選挙という名の反差別・共生のネットワークを広げて行く取り組
      みが始まりました。
    • 3日 リサイクルプラザ試運転 長年の取り組みの結果、いよいよ委託事業のスタートです。雇用された障害者
      の人達を中心に成功させていきたいと思います。
    編集後記

     白梅を見ました。冬景色の中で見る白梅は、なにかはかないようでもあり、凛々しくもあり、地味な花なのに美 しくもあり、なかなかいいのです。雪と合うなあと思いました。春咲き誇る花もいいのですが、冬を彩る花たち も、味があるのですね。2月、白梅、細雪。恋しい人の横顔よ。などとロマンチズムが香ります。では、みなさ んロマンチックな2月を楽しんで下さいね。

    2003年2月5日発行

    ページ1

    2003年の歯車が動き始める音が聞こえた

    みなさん、どんなお正月を過ごされたでしょうか。4日は雪が降ったりと、お正月の雰囲気も出て、 よかったような気がします。不況は続き、戦争の匂いもしますが、時代状況はどうあれ、今年1年 健康に過ごせたらと思います。いざ、2003年へ。
    1月11日
    正月の外泊の最終日にあたるこの日
    もやいの近くを通り
    夕方灯がついているのを見かけたMさんは
    自転車を漕ぎ自宅へ帰ると電話をかけた
    今からもやいに来ていいですか
    やって来たMさんは
    ずいぶん痩せていた
    「病院を脱出してきたよ」とお約束のギャグがうれしい
    体中の骨を鳴らして見せたり
    兄弟舟をアカペラで熱唱してくれたりと
    一瞬
    明日温泉に行ってそれから又病院たいと切り出した
    一瞬
    二つの一瞬が心に染みたとき
    2003年の歯車が動き始める音が聞こえたのでした
    2003年がスタートしました。本年もよろしくお願いいたします。また、多くの方から年賀状をい ただきありがとうございました。紙上をかりてお礼もうしあげます。今年も、「君のスピードで、 僕のテンポで」速くゆっくりやっていきたいと思います。
    もやい新聞も、20年目となります。ここまできたら、面白くなくても、義理と人情で読んで下さ いね。そして、よかったら何か書いてもらえるとうれしいです。

    ページ2

    シネマで愛して-アイ・アム・サム-

     この手のシネマは、もう無条件にOK。しかも、全編ビートルズナンバーが流れるのでありますか ら、もう絶対OK。そのうえ、女の子の可憐さときたら、もう何がなんでもOK。ショーン・ペンの ダスティン・ホフマンを超えた演技、もうとにかくOK。知的当事者の絶妙の演技が笑わせそして ホロリとさせるのですから、もう完全にOK。
    今年になって初めてのシネマは、アイ・アムイ・サムとなりました。内容はあまりわからず、知的 障碍者がでるシネマらしいという程度で、なんの予備知識もなく、見たのであります。知的障碍者 関係のシネマは、イギリスの「8日目」という、ダウンの当事者主演の、すごくいいシネマを見た のが最後で、2年前にこの欄に書いたのでありました。今回のシネマは、私も想像した事のないシ チュエーションです。7歳の知能しか持たないというサムドーゾンとその一人娘ルーシーの物語で あります。
    二人のちょっぴり大変だけど、幸せな生活。そのまわりには、魅力的な人々がいます。しかし、成 長するルーシーは父の知能を抜く事に罪悪感をいだき、無意識に学習を避けるという、切なくて抱 きしめたくなる時がおとずれます。
    お節介な社会は、この二人をほっとかないのであります。親子は福祉という名のもとに引き裂かれ ます。しかし、サムはたたかいはじめます。愛するルーシーと暮らすという、当たり前の夢に向か って。
    やがて、かなりやり手の女性弁護士が現れてサムを助けるのですが・・・・・。
    サムのセリフにグットきて、やり手の女性弁護士が虚勢をすてて、サムと抱き合うシーンにグット きてと、いちいち胸をつかれてしまいました。よく見てると、サムの存在がまわりの空気を少しず つ変えていくんです。
    うまく言えませんが、不必要なものを心にまとい、その事に疲れた人の心を楽にさせる楽にさせる 空気。うん、よく分かりませんが、私たちはなにかしら余計なものをみにつけすぎたのかも知れな いという気になりました。
    ルーシーを取り戻そうとするサムに、社会は、何が出来るかの証明を求めます。サムは戸惑い、立 ち尽くし、翻弄されます。しかしサムには誰にもできない事がただ一つあるのです。それが何かは シネマを見て自分で感じるしかありません。
    見終わって、スターバックスのコーヒーを飲みたくなりました。

    ページ3

    ノーマライゼーションに逆行する介護の上限設定を廃案に

    大変な事態を迎えました
    正月明け、DPIのメールマガジンには目を疑い、本当に腹が立ちました。こんな怒りは久しぶりで す。
    厚生労働省が、ヘルパー(ガイドも含む)利用時間に上限を求めるというのです。1日4時間です。 身体介護なら1日2時間です。もうめちゃくちゃです。障害者の生存権を犯すものです。
    ヘルパーの上限を求めてはならないというのが、厚生労働省の今まで言ってきたことです。それを まもらない市町村に通達を出してきたのに、突然の裏切りです。厚生労働省の若手の官僚が、あま りにひどいとDPIに知らせてくれたので発覚しました。
    1000人を超える緊急抗議活動
     1月16日には、DPIを始め4団体が中心になり、緊急の抗議活動が行われました。寒空の中、重度 の障碍当事者達を中心に、厚生労働省に押しかけました。
    しかし、事態は最悪です。厚生労働省は、何とか誤魔化そうとするばっかりです。明らかに今回の 上限設定は、障害を持つ市民の市民生活の権利を剥奪する差別です。新障碍者基本計画でも、施設 偏重から地域生活への転換を明示しながら、その生命線である介護を切り捨てようとしています。 権利は与えられるものではない
     じっと待っていて与えられるものは、権利ではありません。それは施しと言います。施しは状況に より、取り戻されます。
    権利は当事者がたたかい取るものです。たたかい取った権利は不変です。
    やはり私たちは、相手が巨人であろうと、状況が不利であろうと、人であるためのたたかいの中で 不変の権利を手に入れねばなりません。
    25,26日に東京に行きます。九州の仲間もバラバラですけど東京に向かいます。新しい情報がいれ ばまた報告します。
    私たちは障害をもつ市民として介護の切り捨てとたたかいます

    ページ4

    ノーマライゼーションに逆行する支援事業補助金打ち切り

    支援事業補助金打ち切りへ
     障害者の地域での自立を支援するための「市町村生活支援事業」と「障害児(者)地域療育等支援 事業」の補助金打ち切りが突然決定されました。
    国は、来年度支援事業を拡大する方針でしたが、突然の方針転換です。
    4月からは、支援費制度が始まり、障害者必要なサービスを選択することになり、支援事業が一番 必要な時を迎えるのに、当事者や関係者に情報も与えず、意見も聞かず、問答無用の突然の補助金 打ち切りは、納得がいきません。
    支援事業の予算はどうなるのか
     補助金はなくなるので、結論として、各市町村が自由に決めていい事となります。予算を減らすも、 増やすも市町村次第となります。しかし、多くの市町村は財政が苦しいので、予算は減らされて行 く事になりますし、予定されていた支援事業の立ち上げが中止になったり、いまある支援事業が途 中でなくなることも起きてます。
    補助を出すから、どこの市町村も支援事業始めてくださいと勧めておきながら、突然の打ち切りに、 全国どこの市町村も混乱しています。
    一番困るのは障害者
     支援事業の予算が減らされれば、あるいは支援事業がなくなれば、本当の意味で困るのは私たち障 害当事者です。
    このまま手をこまねいていては、予算が減らされて行きます。
    予算は大牟田市が立てます。3月の議会で予算が通ればどうにもできません。
    お隣の久留米市では、いちはやく来年度の支援事業の予算は減らさないと約束しました。大牟田市 ではどうなるか全くわかりません。
    SOSとしてもケアマネジメントメンバーとしても、また大牟田市障害者協議会としても、支援費制 度を目前に、支援事業予算の減額はしない約束を行政に求めて行きたいと思います。
    障害当事者の人権の確立に向け支援事業予算確保を要求しよう

    ページ5

    皆既月食エピソード

    ノブ君が「何故、何故」って言うセリフがあるでしょう。あそこで涙が出て止まらんとよ、 それにハイジの沖中さんよかった。(小森君と沖中さんをよく知るHさん)

    ハイジが出てくるときマトリックスみたいだった。(市職員Mさん)

    いやーよかったですよ劇「快気祝い」(Kさん。皆既月食といってほしかった)

    お疲れさまでした。(そう言うとHさん劇終了後フロアにいたスタッフ全員に対して一人で心のこ もった拍手をされた。とても感動的シーンでした)

    カーテンコールで初めて泉田君がJ鈴木だったとわかってびっくりしました。(泉田君の友人 の方々)

    この劇はあの後どうなるんですか。(多くの人々から問われました)

    懐かしいね泣いたよあのフイルムのシーンと障碍者たちの投げつけるセリフに。(障害当事者 のFさん)

    この2日間本当に楽しかったな。(カメラ担当で協力してもらった教師のMさん)

    こういう形で参加できてとても楽しかったです。(コーラスの一員Kさん)

    劇が終わって幕が閉まって煙の中のみんなの顔を見たらすごくみんないい顔をしてましたね。 (J鈴木の役をしたIさん)

    あの踊り子すごく上手ですね誰ですか。(Eさん)

    みなさんに笑ってもらえたシーンがとても嬉しかったな。(ハイジ役のOさん)

    重たい宿題を持って帰ります。(ジプシーローズを歌ったUさん)

    最後に僕の名前を言うのを忘れただろう。(ANNNOURA役のIさん。ほんとにごめんなさい)

    ムーンよりわかりやすかった。(三橋のTさん)

    刑事役の人が面白かった。(中学生のNさん)

    前回見ていないけれど、それでもストーリーはよくわかりました。とてもかっこいいシーン が多くて、特にローズの赤い靴や赤いバラがきれいでした。(Pさんのメール)

    なぜこれが最終公演なんですか、次の作品見たいです。(2作品を見たDさん)正直言って内 容はよく分からなかったんです。でも、残るんですよね、劇の中のなんてことない一言がで すね。不思議ですね。「おまえを行かせねいように雪が降るんだ」とかですね。(大学生のW さん)

    音声ガイドはよく聞こえました。ありがたかったですよ。(視力障害者のRさん)

    あっという間に時間が過ぎてしまい、もう少し見たかったと思いました。舞台の背景がない 芝居は初めて見ましたけど、情景が浮かんでくるんですよね。こういう劇もあるんだと思い ましたし、ラストの銃声のあとどうなったのか自分なりに考えてて、ふと思いましたけど、 こういう形で私も劇に参加してるんだって。ちょっとおおげさですけど。(女子大生のQさん) 何度も練習を見てきて本番を見たら、練習の時とみんな全然違って、びっくりしました。人 間が最後の最後に出す力ってすごいですね。(スタッフZさん)

    暗い劇でした。意味もよくわからん。(中学生のEさん)

    お疲れさまでした。どうしても書かねばおさまらない物語だったのだと思います。その思い ひしひしと伝わりました。(柳川のKさん)

    劇を5台のカメラで追ったDVDの皆既月食を楽しみにしてます。(スタッフJ)

    皆既月食上演にご協力いただいたすべての皆さんと、当日見に来てくれたすべての皆さんに、 心より感謝いたします。          劇団ポリC一同

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    活動報告

    • 12月
    • 1日 ケアマネモデル説明会 モデルになってもらった皆さんに、事業の詳しい説明を行いまし
      た。
    • 5日 ケアマネ演習ロールプレイ 事務局全員でケアマネ演習本番に備えた演習を実践してみま
      した。本格的にケアプランも立てたので、とてもいい参考になったと思います。
    • 8日 ふれあい福祉祭り 寒い中バザーを出しました。
    • 劇・合同練習 コーラス隊や、簡単な照明を入れてのリハーサルをやり ました。
    • 14日 ケアマネ練習本番 とてもいい講師にも恵まれて、なかなかいい演習が実践できました。
    • 21日 ケアマネとモデルの懇談会 ケアマネ従事者とモデルの顔合わせを行いました。この後、
      モデルの希望するケアマネ従事者の希望を聞き、それに沿って組み合わせを作りました。
    • 22日 SOS忘年会 劇の取り組みで、用意にあまり時間が取れずに申し訳なかったのですが、そ
      れでも100名近い人に参加してもらい盛り上がりました。久留米の古川さんの「旅の宿」や、りん
      どうの園長北野さんのフィンガーファイブの歌、石橋県議の神田川や古庄君の歌、また、なつかし
      い見田村さんや松山さんなどの歌も聞けて最高でした。
    • 24日 一人ぼっちのクリスマスを迎えた人中心のささやかなクリスマス会
    • 25日 障害者協議会企画製作部会と忘年会
    • 27日 劇・リハーサル 全スタッフも集合し文化会館の舞台での入念なリハーサルをしました。
    • 28日 皆既月食上演 年末の忙しい中、やく350名の方に見に来ていただきました。3年間かけ
      た「劇団ポリC」としての活動は終了です。協力いただいた方ほんとうにありがとう。また、別の
      形で何かやりましょうね。その時は一緒に遊んでね。
    • 29日 活動納め 劇やカレンダー作成、協議会活動、DPI加入、NPO法人取得、ケアマネの取り
      組みなど、何かとにぎやかな1年でした。
    • 1月
    • 6日〜10日 ケアマネ事務局連続学習会 モデル事業に備えて気合を入れて出発です。
    • 7日 活動開始 さやかにウーロン茶で乾杯。今年もみんなで力を合わせていこう。
    • 11日 坂梨さんのお母さんよりぜんざいの差し入れ ありがとうございました。
      第1回ケアマネ全体会議 ケアマネージャー14名全員参加の会議を開き、3チームの編成と、そ
      れぞれにリーダーを決めました。これからは、ケア会議、ケア全体会議、リーダー会議などを通じ
      て情報を共有し、課題をみんなで解決していきたいと思います。
    • 編集後記
       紅白の中島みゆき、歌詞を間違えてもかっこよかったぞ。女性のトリの石川さゆり、最後の顔は怖 かったぞ、あれじゃ石川さそりだ。小林幸子、とにかくおつかれさん。アムロナミエ、何を怒って たんだ。中森明菜、懐かしかったぞ、しかしどうせなら少女Aが聞きたかったぞ。若いミュージシ ャンの諸君、みんな名前を知らないぞ。などとぶつぶつ言いつつ年を越しました。

      2002年12月5日発行

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      -ケアマネ養成講座終了。いざ、モデル事業発信!-

       冬です。凛とした風が吹いていきます。好きな季節ではあるのですが体にはきついので苦手な季節でもあるし、 なんだか不思議な季節なのです。心と体の意見が違うとけっこうやっかいですよね。
      さてさて、みなさま風邪だけは気をつけて。

       11月4日から始まった「ケアマネ養成講座」は、定員をはるかに超える募集があり熱気の中4回に及ぶ質の高い講 座が11月24日に終了しました。
       当事者を中心とした講師陣もアンケートの結果によれば、反響はよく追加の資料料などもあり事務局も嬉しい 悲鳴を上げたのでした。100名の参加者のみなさんも、本当に熱心で頭が下がりました。
      事務局の不手際もあり、いろいろご迷惑もおかけしましたが無事終了いたしました。各方面でご支援頂いた個人 ・団体のみなさんに心より御礼申し上げます。
      この熱を今から始まるモデル事業につなげ、本当の意味で障害当事者の立場に立ったケアマネジメントをやりた いと思います。さらに、来年3月でこの事業が終了しても、何らかの形でこの事業の成果を引き継ぎ、障害者のケ アマネジメントがやれるようにしていきたいと、事務局では学習会をしていこうと思っています。
       多くのみなさんのご支援をお願いします。
                                      ケアマネ事務局一同

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      -開演のベルが鳴る前に-

       ひとつの物語が生まれたとき、「それは誰が書いたのか」という問いには意味がありません。「物語がそこにある」 だけです。生まれた物語に命を吹き込むのは表現者です。しかし、「誰が演じるのか」という間にも意味がありま せん。「どのように演じられるのか」が大切なだけです。
       桜が咲く頃に始めた「皆既月食」の練習も、いつの間にか時を重ね、はや紅葉も散り尽くしていつの間にか町は クリスマスの用意にいそしんでいます。2000年の1月に生まれた物語は、その長さ故に前編として「ムーン」という 名で2000年12月に上演され、今年は後半としての「皆既月食」が取り組まれ、まもなく上演されます。
       物語の誕生から3年。今ゴール目前です。全くの素人集団である劇団ポリCは、素人であるゆえに何の制約も受 けずに自由に劇を作ってきました。関わってくれたメンバーも物語を表現するために、さまざまな困難を乗り越 えてきました。そして最終公演まであと1ヶ月を切りました。
       何度も何度もくり返されるセリフの練習や音合わせ。くり返されるたびに少しづつ物語に寄せる心の温度が上 がっていきます。それはせつなくなるくらい地味な作業なのです。しかし、上昇する温度は開演のベルが鳴り響 く時、舞台にはもう誰も知らない物語の住民しかいないのです。劇団ポリCの世界へようこそ

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      -ブルースが泣き レゲエが叫ぶとき 皆既月食がはじまる-

      ブルースが泣き レゲエが叫ぶとき 皆既月食がはじまる
      ローズ、俺たち二人の 東京オリンピックをやるんだよ
       刑期を終え、帰って来たハイジは娘月の眠る甘木山に向かう。月の父であることを知った金田もまた甘木山に向 かう。決意を秘めた二人の道行きには同級生の刑事秋山が待ちかまえていた。
       大牟田出身の伝説の踊り子、ジプシーローズが一世を風靡したあのグラインドに託した哀しみとはなにか、ピア ニストの願いとはなにか。そして、ついに障害者たちの心の奥の封印が解き放れた。
      登場人物のライフヒストリーが語られ絡まりあり得ない皆既月食が立ち現れたとき、一発の銃声が鳴り響く。 それはクーデターへの祝砲か、はたまた鎮圧なのか。
       劇団Cの入魂のラスト公演「皆既月食」は、殺す愛と抑圧する正義をたったひとりの女、月を通して、いまここか ら問いなおす辺境からのラブレターである。月は死なない、月は殺さない、月は踊る月は歌う。何からも自由なス テップで人生の不思議を解くために。

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      -レポート-

      −レポート1−  今回、福岡県障害児教育研究会に初参加しました。一番印象に残ったのは僕はあんまり知的当事者のことがよ くわかりませんでしたけど、この講演を聞いて自分たちの仲間が集まって活動していることが良かった。やっぱ り自分たちの本音を言うのが当たり前と思います。
       もうひとつ勉強になったのが、午後からの分科会でのバリアフリーの話でした。僕が思ったのは先生とこども 、親とこどもじゃなくて、こどもたちで色んなことを学んでほしいと思いました。あんまり難しいことはわかり ませんけど、みなんなで助け合うバリアフリーになったらいいと思います。
          食欲の秋をエンジョイしている案浦丈晴でした
      −レポート2−
       NPO法人大牟田市協議会では、大きな動きをしていますのだ現在の取り組みを報告しておきたいと思います。
      障害者の自立に向けて「就労と生活支援システムの構築」を目指しています。就労の面では、最低時給と各種保険 整備をした「社会的就労」をめざしてきましたが、その第一弾として、リサイクルプラザの委託を市から受けるこ とになりました。長年の取り組みがついに実になりました。
       15名前後の雇用ができそうです。近いうちにハローワークで募集がはじまりると思います。障害者と健全者 が応募できる「責任者」と「支援者」と障害者のみ応募できる従業員の雇用となります。公平で公正な選考をおこな いたいと思います。
       障害者の全国の雇用率の平均20%といわれています。ということは、失業率は80%ということになります。働 く意志と力をもっていても、それ以外の面での理由で雇用されなかったりする差別が続いている状況を変えて行 くには、こういった社会的就労の場をつくり広げていく事が重要と思われます。
       また、協議会自体の幅広い活動(それは自立生活の推進や障害者文化の発進やユニバーサルのまちづくり、それ を創っていく前提となる障害者のエンパワーメント)を展開していくために、専従職員を設置する事になっており 12月には初の職員が雇用されます。CILの理念をいかして次年度には、障害者と健全者の2名の専従体制が取られ たらなと思います。事務所の開設については、今年いっぱいは社会福祉協議会に置きますが、その後は、商店街 の空き店舗を借りて、当事者からの視点からの本格的タウンモビリティーや文化の発進を、商店街や行政と協働 でおこなえる拠点にして行きたいと思いますし、その中「ケアマネジメント」を展開し、障害者の自立と各社会資 源のネツトワークステーションづくりができるように行動して行きたいと思います。

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      -活動報告-

      11月

        2日 サンアビ祭
           寒い中、今年もバザーを出しました。結構売れました。
        4日 ケアマネ養成講座T
           連続養成講座の1回目で緊張しましたが無事好評のうちに終了し安心しました
        7日 ホームヘルパー養成講座派遣 SOSより大場を派遣しました。「障害者の共感的理解」について話しました。
        8日 劇練習 ハイジユニットの動きとセリフと、立ち位置の練習。
        9日 劇練習 ローズユニットの動きとセリフと音響のタイミングを中心に。
       10日 ケアマネ養成講座U 大阪よりカンパックさんが講師として駆けつけてくれました。参加者の評価がすごく高くてよかったです。またハーツの中西さんも具体的な事例を交えた講義が好評でした。講演デビュー成功です。
       11日 協議会事務局
           アンテナショップ会議 担当の有松由里子が参加しました
       12日 ホームヘルパー養成講座講師派遣 「障害の特性と理解U」について話しました。
           SOS事務局会議
       16日 支援費制度学習会講師派遣 筑紫野市の5団体共催の学習会。支援費の仕組みや問題点と今後の障害者運動の方向性について話しました。
       17日 ケアマネ養成講座V 障害当事者が次々と講師として登場。当事者の実感に基づいた話が好評でした。
       21日 劇練習 ハイジユニットの練習。キム・ジョンオクは仕事で欠席。
       24日 ケアマネ養成講座W 久留米の取り組みの報告講演でした。養成講座はこれにて終了。あとはケアマネ演習とモデル事業の取り組みです。
       29日 劇練習 ローズユニットの練習でした。
       30日 ヘルパー利用者の会の集い セルフヘルプグループの話と、終了後みんなで食事をして交流をしました。
      ★編集後記★
       有松ちゃんの首の骨が5ミリずれているのが発覚。ショックを受けた有松ちゃん。普段以上に無口になりました。 恐るべし2次障害であります。みんな2次障害に気をつけて無理はよそうね。ぼつぼつまいりましょう。できれば ソーシャルワーカーの人達、2次障害については基礎知識を持ちましょうね。北欧では2次障害の理解が深いのです くないそうです。では。また来月。

      2002年11月5日発行

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      -シネマで愛して・・ビューティフルマインド-

      -真理は愛の方程式の中にあるのです-
       あらゆるものを方程式で表すことに一生をかけ、探し、求め、謎を解き続けた天才数学者ナッシュ。重いプレ ッシャの中で、悩み、迷い、心を病んでいくその生きかた。
      うーん。すごい。生きかたそのものの魅力もすごいけど、それを映像化したシネマ手法がすごい。ディスイズ・ エンターティメントであります。何の予備知識もなく見た、私は心をわしづかみにされもてあそばれました。
      ハラハラドキドキ。これってどんなシネマなのだと、自問自答。しかし、後半からは本当に見入ってしまったの でした。いやー。アカデミー賞をとったからって、いいシネマということにはなりませんが、これは素直に賞を 取るだけの作品だと納得したのです。
       ラッセル・クロウは、前作「グラディエーター」で見せた肉体の演技から反転し、今回の魂の演技を見せてくれま した。たいした役者です。アメリカシネマの底力を感じます。相手役の女優さんも嫌味がなくシネマにすーっと 入っていけます。ナッシュが最後に発するメッセージには心がぐらり。ハンカチの扱い方に涙がぽつり。
       ブロンド美人の獲得をめぐり、アダムスミスの150年続いた経済論を打ち破る新理論を作ったナッシュ。プリン ストン大学で未来の若者にいまも情熱をもって授業を続けているのです。

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      -DPI世界会議プレ大会IN福岡-

      博多リバレインに当事者と支援者の元気が集合!
       今、日本の障害者運動団体の中で、きちんと当事者の立場から差別を問い、人権政策を提起できる団体としては、 DPIしかないのではないか、という事でSOSも加盟しています。そのDPI世界会議が札幌で開催されるのを記念して 複数のグループで実行委員会が作られ、10月6日「プレ大会」が福岡は博多リバレインで開催されました。
       当日は、SOSを代表してDPI日本会議の常任委員になった大場が記念講演を行いました。終了後、世界大会へ参 加する障労連(障害を持つ自治体職員で構成)の人達が次々と紹介されたり、各団体からアピールがあったりしまし た。また女性でCPの障害者で教壇に立つ教師からも、学校現場の障害児排除の状況が報告されたりと、活発で元気 な議論がかわされました。雨の中、参加者も多く、このプレ大会をきっかけに新しいネットワークがつくられるか なという気もします。国連の唯一の障害者団体の諮問機関であるDPIの存在は、さまざまに問題や課題をもちつ つも、これからの日本における障害者運動をリードしていくと思われます。

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      -すべての障壁を取り除き、違いと権利を祝おう-

      DPI障害者インターナショナル
       DPIは、1981年シンガポールで誕生しました。日本からも多くの障害者が参加し、1986年DPI日本会議が誕生し ました。SOSは2001年正会員として参加しました。DPIは国連の社会経済理事会やWHO(世界保健機構)に大きな影 響力を持っています。宇都宮病院事件を機に日本の精神病院内の虐待が国連で取り上げられたのもDPIの働きか けがきっかけでした。
      DPIの活動基本は
      1,障害当事者の集まり
      2,障害の種別を超えた集まり
      3,人権問題・社会問題として障害者問題を考える集まり
      この3点です。150カ国゜でDPIが創られています。「恩恵」より「権利」。「保護」より「自立」。福祉サービスでなく 障害を持つ市民の権利として新たな文化を作りあげていこうとしています

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      -障害者ケアマネジメント体制整備推進事業始まる-

       今回の事業の実行チームである事務局は、障害当事者でピアカウンセラーの人と、常勤職員の2名で構成されています。 平均週一回の会議が開かれています。障害当事者を中心にした事務局と実行委員会で大牟田の福祉のエンパワー メントを目指します。この事業はNPO法人大牟田市障害者協議会が再委託を受け行うものです。
      来年の4月から、福祉サービスの多くが今までの措置制度から「支援費支給制度」に変わります。行政がすべてを 決めていた時代が終わり、障害者が直接福祉サービス事業所や福祉施設と「契約」を結び色んなサービスを自分で 組み立てて自分の願う生活をして行く時代になりました。難しくいうと、自己選択(サービスを選び)、自己決定 (自分で契約する)ということになります。
      ただ、障害者にとって大きな問題が2つあります。ひとつは障害者自身がサービスを見つけ組み立てることが できない時どうするか。ということです。もうひとつは、色んなサービスがきちんとあるかどうかです。この2 つのの問題を解決するために、サービスの使い方を障害者自身で出来るようになるまで応援する「ケアマネージ ャー」を養成する講座を開きます。そして実際にモデルになってくれる障害者とケアマネージャーとで、サービ スの組み立てをやってみます。
       そしてもう一つの問題解決に向けて「連絡調整会議」を開き、県や市からも参加してもらい16の団体で今後の福 祉サービスのあり方や地域福祉の向上に向けて話し合いをし報告書にまとめ大牟田市の福祉に役立てていきます。
       今回の事業で障害者を支援するケアマネージャをつくりだし、障害者が自立できるための福祉サービスをつく りだすことを目指したいと思います
      また、この事業を障害当事者中心にやっていくことで、障害者のエンパワーメントも行なっていきたいと思いま す。いろんな思いをこめて今回の事業が始まりました。障害者の地域での自立を目指す私たちにとって大切な事 業です。
      不充分ながらも、この間ピアカウンセリングを実践してきたわたしたちにとって、本当にいい学習体験になると 思います。多くの人の参加をお願いします。
                                          事務局一同

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      -活動報告-

      10月

      1日 バリアフリー住宅士養成講座 講師として大場を派遣しました。
      5日 もえの会 もえの会は地味に続いているのです。もえちゃんは元気です。みなさん参加してくださいね。
      6日 DPI世界大会プレ福岡集会 2面3面を読んでください。
      9日 ケアマネ事務局会議 講座募集を目前にひかえ長時間にわたっての会議となりました。障害者にとってい いい事業にしたいので、みんなで知恵を出し合いました。当事者の力をあわせればできない事はないのだと思いま す。
      10日 劇団ポリC/ハイジユニット ケアマネで残業が続く中で練習となりましたが、双方必死なので無事練習が できました。差し入れの豚マンがおいしかったのであります。
      11日 劇団ポリC/ローズユニット セリフの温度が少しづつ確実に上がっているローズユニット。練習後舞台衣 装の打合せで盛り上がりました。
      15日 ケアマネ講座外回り 講座のおしらせの活動スタート。3チームに分かれ市内を一斉に走り始めました。
      ★原稿募集★
      さてさて、原稿募集です。マンネリを避けるためには新鮮な文章が必要です。旅行したらこんなバリアフリーの 旅館があったよ・・なんて記事があったらいいなと思います。
      福祉系以外の記事もOK。待ってます。メールでもOKです。  よろしくね。
      ★編集後記★
      ここのところみんな忙しかったので、こういうときは気分転換だ。あそぼうと何人かで阿蘇にすすきを見に行き ました。すすきの穂波もよかったしコスモスもとてもきれいで、パソコンに疲れた目を休める事ができました。 田楽料理も堪能して胃もリフレッシュ。疲れたときには阿蘇で阿蘇ぼう。なによりも空気がおいしく感じたのです した。

      2002年10月15日発行

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      -この頃の動き-

       障害者ケアマネジメント体制整備推進事業が大牟田で始まった。障害者当事者が力を合わせて取り組む体制も 整った。あたり前の革命、ノーマライゼーションに向けみんなで力を出し合いたいと思います。
       人づくりが街づくりの前提なのですから。

      --カレンダー原画展・終了--
       絵の前で立ち尽くすの人は、いったい何をみているのだろう。それは目の前にある絵に違いないのだが、立ち つくす人を少し離れたところから見ていると、絵に誘われて色に包まれて遙か彼方へ旅立った抜け殻のように見 える。彼は、彼女はどこにいるのか。再び絵の前に戻ってこれるのだろうか
      残暑という夏の後ろ髪と、秋の移り香が交差する9月7日より10日間にわたって開催した「池田邦博個展」には、 実に多くの方においでいただいた。心を癒されたとつぶやく方も数多くおられた。
       多くの方ご協力で個展は無事終了し、個展と同時発売の「ARTカレンダー・マイ・レフト・フッド」もお陰様で売れていま す。来年池田さんの絵が多くの方の机の上に飾られることがとても嬉しい気がします。ご協力いただいたみなさ まに、こころより感謝します。

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      -死んだおんなより もっと哀れなおんなは 忘れられたおんなです-

      --皆既月食/12・28・ON-- 
       秋の鈴虫風の声、ススキの穂並みにあおられて、見てはならなざるものを見て、聞いてはならざるものを聞き 、言うてはならざることを言う。漂うばかりの人の世に、浮いて生きるも人ならば、業も重しに飛び込んで、堕ち ていくのも人なりて、忘れられし名をこそを、我ら今こそ呼びとめん。月と名のりし薄倖の、女が生きていたこ とを、精魂込めて叫びたり。ひとつ人のためならず、ふたつ普通のためならず、みっつ未来のためならず、己が 己であるたろに、みっつのならずを従えて、皆既月食そろうよに、愛と正義のクーデター、企てる首謀者は、姓 は劇団名はポリシー、異端と破綻はご愛敬、文化のぶの字も縁がなく、まごう事なきアナーキー、二年ぶりの復活 で、無道非道の振る舞いも、正気の沙汰と笑い捨て、心広きこの娑婆の、奥の深さを知るように、古今東西のみな さまに、お引き回しのお願いを、隅から隅までずずいとおん願い奉りまする。
      劇団ポリC一同合掌

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      -皆既月食/チケット配布開始-

      秋岡、撃て。物語を終わらせるんだ。
      ローズ、俺たち二人の 東京オリンピックをやるんだよ
      二千二年十二月二十八日 
      あり得るはずのない 皆既月食を観測せり
      皆既月食/チケット配布開始
       金も時間も威厳も専門性もない地点から劇団ポリCは出発しております故に、金も時間も威厳も専門性もない 時点で解散するのは必定です。つまり今回がラスト公演となります。そのラスト公演を成功させようと、春先か ら新しい役者の参加を得て、新しい発見を重ねつつ地味な稽古が続けられております。役者やスタッフの思いの 熱にあおられて劇は最終段階へと進んでいます。
      10月より、ぜひ多くの方に見ていただけるよう願いを込めて入場チケットを配布します。必要な方はご連絡の ほどをお願いします。チケットは無料です。出来れば多くの方におすすめしてもらえれば幸いです。

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      -シネマで愛して・・・ガープの世界-

        十数年前、夜中にビデオを見るのが密かな楽しみでありA級、B級を問わず、その物語に心を任せてひととき倖せ な時間を過ごしていたのですあります。とはいえ、睡魔に勝てずにけっこう途中で寝たりしておりましたが、こ のガープの世界は、目は冴え気は立ち、おまけに腹は減りってな感じでかなり興奮したのでした。
      見終わった後、うーん、原作のアービングの小説が読みたい、いや読まねばならぬと誓ったのでありました。
      それから十数年後、シネマで愛してでも取り上げたサイダーハウスルールを見た夜も原作が読みたい、アーピン グの小説を読まねばと決心したのです。が、しかし、人間は弱いのでありまして、未だ誓いも決心も、あの夜の 闇の中に置き去りのままであります。あー
       さて、ガープの世界です。このシネマで初めてロビン・ウイリアムズと出会ったのでありまして、いやこの方 大変いいのです。出会いは大切であります。アービングの作品の底流をなすのは、血のつながった家族愛のよう なものでありまして。そのどこが私の琴線に触れたのかはわかりませんが、笑いながら胸を熱くして見たのであ りました。
       インパクトのあるセリフ、シーン、ストーリ「あーいい。とてもいい。本当にいいの。見なさい。おかまの役 者が素敵なの」と、思わずおすぎとピーコ調になってしまいます。
      アーピングの原作を読んでない事に引け目を感じて参りましたが、要は気の持ちよう。先日もやいで最後の晩餐 に何を喰うかという話しで盛り上がったことがありますが、それより最後の読書で何を読むかが問題であります。
      死ぬ前に読む本。そうだ、アービングだ。私にはこれがある。そう思えたとき最高の楽しみを手に入れたうれし さがこみ上げてきたのであります。なんと強引。なんといい加減。まぁいいかこれも人生だ。シネマ万歳だ。

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      -施設百話2・・・差別の果てに物語は生まれる-

      --スクランブル交差点--
      その朝、男子寮と女子寮が交差する、スクランブル交差点と呼ばれている場所にA子の姿はなかった。いつもA子 はそこにいた。誰よりも早く誰よりも遅くまで居続けた。そこに居れば施設内の人々の行き来がすべてわかった。
      リクライニングの赤い車椅子のA子にとって、そこは居場所になっていた。そして20年がすぎていた。
      A子のいない交差点は、みんなに不思議な感覚を与えた。A子のいた空間には誰も車椅子を止めることなく、まる でそこにいるかのように振る舞った
      噂が流れた。片思いの相手はそれぞれ違っていても、思いが届かぬことを悲観した自殺未遂だということで一致 していた。職員は一笑に付した。「べットから落ちただけよ」判を押したようにいった。しかし、障害者たちはA子 のために物語を作りはじめていた
      A子は生まれつきのCPだった。5歳のころから施設にあずけられた。親の面会は10代後半になると途切れ始め、
      ここ4,5年は途絶えていた。スクランブル交差点のA子の場所からは玄関が見えた。それでもA子は面会者を待っ ていたのだと訳あり顔で言うものがいた。
      いや、思い定めた人の行き来を見てるのだと言う者もいた。A子の入院は意外に長引いた。その間障害者の間では 物事は完成していた。Mが相手に確定した。Mは否定したが園はこの事態を受け、わざわざ園長じきじきに、ベット からの転落事故である旨の通達をおこした。
       A子は半月ぶりにそこにいた。コミュニケーションが取れないA子はいつものようにそこに居た。恋をしたA子の 物語をつくった障害者たちは、右手首に包帯を巻いたアイドルの帰還を静かに喜んだ。

      もの思う秋は、物売る秋でもあります
      バザー報告
       まだ、かすかに夏の暑さが残る9月。太田裕美の「セプテンバーレイン」を口すさんでも、雨も降らずに汗をか いてのバザーとなりました。荒尾の成田山。恵愛園。文化センター。と三ヶ所でおこないました。ビーズ製品や 劇支援のTシャツなども売りました。
      みなさんご苦労さまでした。

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      -活動報告-

      9月

      2日 連続人権学習会5 シリーズ最終回はピアカウンセラーの人たちによるピアカウンセリングの意味と、施設の利用者 のよりよいピアカウンセリングへの環境整備についてでした。
      3日 住まいまちづくり会議 有松ゆが参加。
      3日 支援費制度説明会 市の方から説明を受けました。
        ヘルパー利用者の会会議 支援費制度を迎え障害者はどのように対応すべきか、障害当事者の立場か らの話しがありました。
      池田邦博・個展スタート 10日間にわたる個展のスタート。担当者の案浦さんと久冨さんはこの日 まで大変でした。
      8日 ピープル交流会 池田さんを支えるピープルも結成して八年目突入。個展会場で絵を見てもらいなが らの交流会となりました。
      10日 協議会会議 リサイクルプラザ委託の環境整備についての話が中心でした。
      13日 ケアマネ養成試行事業事務局会議 市からの委託事業でケアマネ養成事業を協議会がやることになり、 有松さんを中心に事務局が作られ第1回目の会議をしました。ピアカウンセラーで構成された事務局と当事者団体で構 成された実行委員会で推進していきます。当事者の思いのこもった事業にしたいと思います。
      15日 バザーIN荒尾 荒尾の成田山でのバザーに参加しました。
      16日 バザーIN恵愛園 毎年恒例のバザーに参加しました。
      17日 サンアビ会議 久冨さんが参加11月のサンアビ祭の打合せでした。
      19日 共同作業所連絡会会議 県庁で障害福祉部との話し合いに久冨さんと末藤さんが参加しました。
      21日 SOS集会 池田さんの個展の報告や、ケアマネ事業の説明等とプチ障害学では「セルフケアマネージメント」 についてヘルパーの方と一緒に学びました。
      22日 ケアマネ事務局会議 事業計画案や予算案の検討・確認と、ケアマネのモデル事業の基本的あり方の 考えをみんなで共有しました。
      23日 劇団ポリC通し稽古 久しぶりに全員参加の通し稽古を長洲の未来館で行いました。昼から夜遅くまで厳し い稽古が続きました。
      ★編集後記★
       最近、若いヘルパーの人と話す機会が増えた。年のせいか若い人と話すとおもしろい。特に僕の知らない世界 を持っている人の話はなかなかに素敵である。みんないいものを持っている野だと思う。福祉の枠を越えてつき あえば、もっとおもしろくなる。
      どうでしょう障害者のみなさん。もっと人間が見えるおつきあい始めませんか。

       
      2002年9月5日発行

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      -ことばが見事になっていく・・ いま、ここから思うこと-

       もの思う秋の前に、もの思うこの頃であります。それにしても今年の夏を象徴する歌がないですよね。歌え ば2002年の夏が鮮やかに蘇るって歌ないよな。仕方なくサザンでごまかす夏でした。

      好きだよ、愛してる、君が最後の女だ、と男の言葉がだんだん見事になっていく時2人の幸せ度はぐんぐんと上 がっていく。しかし、時に言葉の見事さと、いまここからのギャップに気付いた女は一人もの思いにふける時 間が増えてくる。なあーんてこともあるのである
       どうも話しのイントロがまずくて申し訳ないのですが、さて福祉です。
      来年度から大きくそのありようが変わります。変わるのはいいのだけれど少々心配があるのです。故に、ギャッ プに気付いた女ではありませんが、もの思いにふける今日この頃です。
       新しい制度の中で、障害者は「利用者」であり福祉サービスとなり、利用者主体や権利擁護など見事な言葉が踊 っている。幸せ度はぐんぐんと上がっていくはずである。しかし、と思う。
       いまここからの実感として、下に見下され遠くに排除され操作され誘導され自己決定権を侵犯されている基本 的構造が変わらないままでは、見事な言葉を無邪気に受け入れられないのであります。
      今回の制度改革は、北欧のようにその基本構造と格闘し返り血を浴びながらも、自分をけっして棚にあげなかった 人々のように、いまここから福祉が目指されているわけではないのです。
      ヘルパーの曜日の変更をするのに、ある種の決心を要求される土壌の中で、はいあなたが主役ですなどとのせ られても山口百恵のように「ぼうやどこで教わってきたの」と突っ張りたくもなります。
       言葉だけが見事な薄っぺらな男にため息つきながら、ここはやはり自分がいい女に変身し男と対等な立場から ものを言っていきたいなと思うのであります。
      そう、時間がかかっても自分たちの支えあいの中で、私たちは本物の主役になっていきたいとのであります。 そして自分を棚に上げぬ人達と議論を交わしながら進みたいと思うのでした。

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      -平和の夏と人権の夏-

      平和の夏
      夏の太陽に照らされて平和を願い、自転車で被爆地の長崎に向かう「ピースサイクル」の人々が、もやいでしばし の休息をとることになって13年目の夏。水俣から熊本市を越えて今年も元気にやってこられました。もやいと縁 のある大澤さんも参加されてたので驚きました。還暦直前なのにこの情熱。夏の太陽より燃えてるぞ。道中の無 事を祈ってみんなで見送りました。
      人権の夏
       愛し合う親と子が殺す側と殺される側に引き裂かれる不思議。正義の名のもとテロや戦争が起きる不思議。色 んなものを手に入れた私たちは、いまだ殺さぬ愛と正義を手にいれていないのです
         
      (ムーン試写会へのメッセージ・劇団C)

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      -障害学・・・こころのおばけ その4-

      3匹のキツネのお話あい
       森の生き物たちに自分の存在感を証明するためにキツネは3つの方法をつかいました。でも「ごまかす」こと に疲れ、がんばる事に疲れ悪口を言うことに疲れてしまいました。そんな時出会った変わり者のキツネと年老い たキツネはそれぞれにこう言いました。
      「無理せず今のありのままを証明すればいいのさ」
      「証明しなくてもいいんだよ」
      それを聞いたキツネは変わり者のキツネに聞き返します。
      「でも、ありのままの自分はブドウも取れないダメなやつなんだ」
      「ダメな奴って誰が決めたんだい」変わり者が笑いながら続けます。
      「僕もブドウが取れないからダメな奴と思ってたけど、この人に会って考えを変えたんだ。取れなくても恥ずか しくない。そうだ、誰かに頼めばいいんだ。そう思ったら楽になったし、自分はダメな奴だとは思わなくなった よ。そのかわり変わり者と呼ばれたけどね」それを聞いた年老いたキツネがニコッとしました。そして言いまし た。「今はそう思われているけど、少しずつ森の生き物たちも、わかってくるはずじゃ、ブドウは取れないけどダ メな奴じゃないってな」
      「本当に」とキツネは聞きました。
      「本当さ。みんなダメな奴って決めつけても自分はだめじゃないって自分を信じるんじゃ。そうするとみんなも ダメじゃないってことにきづくものさ」
       なんだかキツネはキツネにつままれた気になりました。コーンコーンと鳴きながら考えはじめました。変わり 者のキツネと年老いたキツネはお腹が減ったので、赤いキツネと緑のタヌキを取り出すと食べ始めました
      ツルツル、コーン。ツルツル、コーン。森の中にツルツルコーンが響きます。その音に誘われて何匹か他のキ ツネが集まってきました。
      年老いたキツネが静かに口を開きました。
      「何が出来るとか、役に立てるとか、そんな存在感を証明しなくていいんじゃよ。みんな存在してるではないか。 生きているではないか。それでいい。そのことをまるごと認めればいいんじゃよ。あーうまい。キツネうどんは 最高じゃ」集まってきたキツネたちがパチパチと拍手をしました。考えこんでいたキツネはなんだかうれしくな って、一番大きな声で鳴きました。コーン。

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      -施設百話1-

      --差別の果てにも物語は生まれる「ひかりのラブレター」--
       その日、いつまでも号泣するB男の前で職員は途方にくれたという。同じ入所者のA子の死を哀しむには激しす ぎた。入所者の中でも最重度の二人は、建物も分かれ施設内で顔を合わせることは年に一回あるかないかである。 なのにB男の嘆きはしばらく続いた。
       B男の同室のK朗は深夜目覚め深いため息をつくB男に話しかけた。聞き取りの難しいB男との会話は長引いたが、 A子に対する深い思いが伝わってきた。
      A子もB男もそれぞれの部屋の窓際のベットにいた。わずかに右手の自由がきくA子は、そこから見えるB男のいる 部屋をながめていた。クリスマス会で見たおとなしいそうな目をしたB男がそこにいることは知っていたが、会い にいくことなどかなわなかった。ある日、小さな鏡で光りを反射してB男の窓に当ててみた。ちょっとうれしか った。なんだか自分の分身が窓を叩くような気がした。やがてひらがなで字を書いた。「こんにちは」相手に伝 わるかどうかは自信はなかった。しかし、その日から、雨の日や曇りの多い日以外、A子は光りの字を送り続けた。 「げんき」そのたび胸がキュンとした。人には話さなかった。初めて秘密が持てた気がした。それがとてもほこ らしかった。一年が経った。「いつかここを出ようね」光の文字には希望がこめられはじめた。その矢先、病魔 はA子を襲った。
       ある日、部屋替えでB男のベットを移動しようとした時おとなしいはずのB男は食事を拒否して頑強に抵抗した という。それから五年後B男は呼吸困難で死亡。

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      -活動報告-

      8月

      1日 手芸全体作業 夏向きのビーズ作品の制作が進みました。
      3日 SOS集会 取り組みの報告と、ミニ障害学「障害者のエンパワーメイト」について勉強しました。
      5日 連続学習会第2回目 障害学が解き明かす障害差別の社会学という事で、縦の差別と横の差別などについて 勉強しました。
      6日 SOS事務局会議 個展の準備や今後のことについて話しました。
      12日 障害者協議会事業部会 事業委託に備えた話し合いでした。
      安田友美さん来牟 約20年前SOS創世期、ジャンヌダルクの女子高生だった彼女も3人の子持ちのお母さんにな り大宰府の作業所で働いております。お盆で大牟田に帰省しもやいを訪ねてくれました。お盆に事務所に訪ねて くるのもすごいけど、行き場がなくお盆に事務所にいた私たちもすごい(というよりひどい)。なんと友美嬢目的 は福祉の勉強なのだからすごすぎる。そして私も嬉々として応えてしまうのだからすごすぎないか。いやひどす ぎないか。かくて、お盆に2人の学習会が催されたのでした。必死にメモる姿はさすがで頭がさがったのであり ました。
      18日 古川克介さん来牟 障害者の当事者性や幅広い連帯という視点から見ると、全国的に注目を集める久留米 の福祉の牽引車といわれている古川さんが呼びもしないのに現れました。
      4時間ノンストップのトークは、障害者運動に始まり政治に宗教に経済に女性にと跳ねまわるのですが、すべて の話の到着点を障害者運動につなげるというのはこれまたすごすぎないか。しかも自己のアイディンティティと なっている強引なギャグを連発しながらというのは。さらに誰よりも大きな声で自分のギャグに笑い暗に笑いを 強制するギャグのスターリン主義。うーん完璧にすごすぎる。私は笑いながら、突然この人は今も昔もこれから も、障害者たちが大好きでありつづけるのだと再確認したのでありました。マジな話それって本当にすごい。
      19日 連続人権学習会第3回目 障害者を職員の都合のいいように扱う「操作主義」の仕組みを中心に学習を深 めました。又全員参加のロールプレイをおこないました。
      26日 連続人権学習会第4回目 人権エンパワーメントとセルフヘルプグループの歴史と理論と実践について学 習しました。
      28日 NPO法人障害者協議会総会と理事会 協議会の専従態勢や事務所の開設など、今後の具体的取り組みを話し 合いました。
      ★編集後記★
      死者を迎えるお盆の迎え火や、祭りのエネルギーを象徴する松明の炎、夜空を焦がす幻想的な花火。
      よく考えればあつい夏は、あつい火の季節であります。その火の季節が終わろうとしています。皆さんの夏はど うでしたでしょうか。心の中の炎が燃え立つような出来事と巡り会えたでしようか。
      朝夕はかなり涼しくなりました。風邪に気をつけてね。

      2002年8月8日発行

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      -僕はこれおかしいとおもいます-

       あがた森魚さん(知ってる人少数)がバラエティーのコーナーに出演中、わけありの若いミョュージシャン志望の人たちと 歌作りに挑むのですが、これがおもしろいのです。司会者や視聴者はそれを笑ったり楽しんだりするのですが、 あがたさんは本気です。そこがいいなと思います。

       時々、遠くの地でおこったニュースが元気をくれるときがあります。「いいぞー」ってな感じで心の栄養を吸収 する感覚を実感するのです。その逆のニュースもあるのですが、希望のもてるニュースは、悪いニュースの暗 雲を取り払う力がたしかにあるのです。
       知的障害者の福祉施設で入所者の障害年金が、施設管理者に何年にも渡って強制的に取られて、その莫大な 金額は職員達の私的な贅沢に使われていたことが分かりました。ひどい話です。「オーマイゴッド」と十字を切 るか「ファックユー」と指を立てたい気分です。そんな時知った今回のニュースは次のようなものでした。
       ある町の「障害者計画」の策定委員に知的障害当事者も参加していました(この事自体すごい)。その会議の中 で彼は「障害の発生予防」という表現に対して「僕はこれがおかしいと思います」とただ1人発言しました。その結 果「疾病の発生予防」に書きかえられました。
       多くの専門家のそろう中でなぜ彼だけがその指摘ができたのでしょうか。しかも、知的障害という一般的にIQ が低いと位置づけられた彼が。今、この国でも知的障害者たちの間で「ピープルファースト」という本人主義の 活動が進められています。その障害の特性故に専門家や関係者や親御さんなどの意向が絶対とされた歴史に今、風 穴が開くかすかな音がします。
       発言をした当事者も、そのピープルファースト運動の先頭に立つ人です。権威や権力にささえられた専門性に かわり当事者の実感が、当事者の望む福祉をつくっていくのが自然だと思います。
       代理の人達で決められていくことにさよならして、本人主義に向かう活動に元気をもらいながら、私達もさら に活動を進めていきたいものです。

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      -バザーだ!祭りだ!-

      バザーIN飯塚
       七夕の日、飯塚にバザーで行ってきました。バザーではあちこちに行ってはいるのですが飯塚に行くのははじ めてでした。暑い中、少人数で行ってきたのですが、しかし、私たちのイメージとは違い会場を見た瞬間「これ は売れない」とわかりました。フリーマーケットの情報の中にもいろんなものがあって実際現地に行かないとわ からないものです。
       しかし、来たからには少しでも楽しんで行こうと、応援に来てくれた学生さんも含めて、同時に開催されてい た住宅展示場のモデル住宅のトイレを借りたついでに家も見学。段差がなかったり手すりがついてたりと、さす が今どきの家と感心したのですが玄関はバリアがあって残念。有松由里子さんが関係者にその点を提案してきま した。想像通り売れなかったけど、参加者の皆さんお疲れ。これにこりずにまた。
      夏まつり・艶姿
       夏祭りといえば、粋な浴衣姿のお姉さんたちの艶姿であります。もやいのお姉さんたちも何人かは浴衣に着替 え粋なお姉さんに変身。今年も夏祭り市民総踊りにもやいも参加。
      介護者も含めて約30名で踊ってきました。思い起こせば、6年前夏祭り実行委員会において「障害者も市民総踊り に参加できるようにすべきだ」とある女性委員が発言し、他の委員も賛成し参加が決定したのでした。あれから6 年。毎年の恒例行事となり、福祉関係者も500名近い人が参加し、夏祭りを楽しむようになりました。
       参加者のみなさんお疲れさまでした。踊り疲れて腕が痛くなった人もいると思いますが、これも夏の思い出のひ とこまにしてください。では来年も多くの人の参加をお待ちします。

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      -障害学・・・こころのおばけ/その3-

      キツネの存在証明ゲーム
      「自分はだめなキツネだ」と思いこんだ、いや思いこまされたキツネはこのままでは生きられません。森の生き物 たちに自分の存在感を証明するために、いろんな方法を試みます。 まず、自分はこんなにいいキツネで役に立つ キツネだと「みせかける」ことにしました。
      最初はそれでよかったのですが、だんだんみせかけがばれてきました。根が正直なキツネは自分で自分をごまかし ていることにも疲れてきました。
       次にとった方法は「頑張る」という方法でした。自分のやりたくないことでも、朝から夜まで何かを頑張り続け てやれば森の生き物たちが認めてくれると思い、来る日も来る日も頑張りましたが、根が病弱なキツネは体を壊し 心も苦しくなりました。
       さて、ここで問題です。困ったキツネが考え出した次の方法とは一体どんな方法でしょう。次の3つからお選びく ださい。(クイズ番組かよ!)
       キツネが取った方法はちょっと卑怯なものでした。ほかのキツネがどんなにだめなキツネかをふれまわることで した。あのキツネは、このキツネはと悪口を言いまわりました。他のキツネの評判を落とせば自然と自分の存在感が 光るぞと思いました。しかし、根がやさしいキツネはやがてそのことに耐えられなくなりました。
       コンコンコン。キツネにはもうどうしていいかわからなくなりました。おまけに風邪までひいて咳がひどくなりま した。コンコンコン。森の中でキツネの悲しい鳴き声が響きます。コンコンコン介護者コン(なんのこっちゃ)
       うなだれて歩いていると変わり者のキツネと年老いたキツネと出会いました。なんとなく3匹で話しているとぶどう の話になりました。変わり者も年老いたキツネも同じ経験をしていました。
      でも2匹ともゆうゆうとしています。キツネは不思議でした。彼等はどんな風に存在感を証明しているのかをしりたく なりました。ついにキツネはその話を切り出して聞きました。
       変わり者のキツネは言いました「君もいろんな方法を使ったんだね。でもね、無理しなくていいんじゃないの。自分 は自分。背伸びしたり人を傷つけるより今の自分のありのままを証明すればいいさ」年老いたキツネは言いました「存在 を証明しなくてもいいんだよ」「エッ」キツネはびっくりしました。

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      -シネマで愛して・・・あぶないCP-

       今回に限りまして、短編でなんとSOSの忘年会用に作られた15年前の作品「あぶないCP」を取り上げるのであります。
       どこかで上映された訳でなく、評判になった訳でなく50名くらいの人しかみたことのないシネマとは言えない存在な のですが、それでも自分的にはシネマであり続けているのであります。自画自賛、我田引水との批判は覚悟の上。しば しのお付き合いを。
       このドタバタ劇、「あぶない刑事」のパロディであるのですが、脚本はひどくギャグもよく分からないのです。しかし ながら何となくおもしろいのです。その原因のおおかたは若き日の有松温之さんと久冨宏二さんの存在感であります。 今、国際的評価の高い障害者劇団「態変」風にいうと「身体障害者の身体の動きは宇宙とつながっているのだ、そして、楽 しさに溢れている」ということになるのであります。
      いいな、こんな発想今まで誰も持ちえなかったのであります。まさにコンペルニクス的展開の極地であります。少しテン ションが上がっておりますが、15分のこのシネマ主役の二人の内側か喜びがにじみ出てくるのです。だから、見ていてこ ちらもその一挙一投足を楽しんでしまうのかもしれません。あまりおもしろくはないけれど、ギャグに挑戦する、自然な 乗りが本物のB級シネマの気安さにつうじるものがあり気持ちを優しくしてくれます。
       また、ほかの見どころとして施設入所の中のOさんのリアルな演技や、在宅の障害者のNさんやTさんの演技も本当におも しろいのであります。
       なんだか障害者というカテゴリー化された中で、そのことに無批判な地点から作られる「感動」と「涙」の錯覚シネマが多 い今日この頃であるのですが、特に人権啓発もののシネマには本質を隠したいハッピーエンドが幅をきかせています。
       そういう中にありカテゴリーの中で、あっけらかんと楽しんでみせるこのシネマは肩もこらず肩肘もはらず自然でいい のではないかと思います。
       「なかよしこよしはなんだか怪しい」と昔、井上陽水が歌いましたが怪しい正しさより気楽な楽しさがあふれるほうがい いよな。
      出演者のほとんどがCPというこのシネマ。宇宙とつながっているのかどうかはわかりませんが、幻のB級ドタバタ劇として 悪夢のように私の脳裏に現れるのでありました。

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      -暑中お見舞い申しあげます-

      暑中お見舞い申しあげます
      みなさまお元気のことと思います
        セミ時雨を聞きながら木陰で涼をとっていると
      アリたちの動きに目をうばわれます
      その小さな動きに心がとらわれます
      暑さを忘れる一瞬はそんな形ででも訪れます
      早いもので今年も半年が過ぎて行きました
      お盆が近づくと 
      SOS活動の中で知り合い語り合い
      亡くなっていった人達の
      なつかしい記憶がよみがえります
      しばし感慨にふけりながら
      残った私達はそのアリのように
      動き回ることしかできないなとつぶやきます
      時々木陰で涼をとりふっと息をはきながら
      さてさてと
      今年の後半に向けて腰を上げたいと思います
      この夏を乗りきってくださいね
      いつもご協力ありがとうございます
      今年もよろしくおねがいします
      特0定非営利活動法人おおむた障害者応援センター
             おおむた共同作業所もやい 

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      -活動報告-

      7月

      2日 SOS事務局会議 現在取り組み中の報告と夏祭りなどについて話しました。
      6日 もえの会
      7日 フリーマーケット 飯塚であったのですが、場所も規模も思惑と大違い。ヒェーってな感じでさんざんでした。おまけ に暑くて大変でした。ここは笑って誤魔化すしかないな。参加者のみなさん本当に本当にご苦労さん。
      8日 協議会事務局会議 今後の協議会の活動スケジュールを決めました。
         アンテナショップ会議 担当の有松ゆが参加しました。
      16日 SOS事務局会議 個展に向けてや各種学習会の方向性について。
         人権講演 有松ゆが右京中で行いました。
         ピアカン学習会 ケアマネ養成試行事業について久留米の古川さんを迎えての学習会。パワーポイントを使っての説明 とおなじみのギャグを交えた解りやすい学習会となりました。
         サンアビ会議  担当の久冨が参加しました。11月のサンアビ祭りに向けての会議です。
      22日 ヘル友ハーツ学習会 会話分析にみんなで挑戦。支配文化から行う「切る排除」と「包み込む排除」の仕組みを学習しました。
      25日 劇・合同練習V 徐々に魂が注入されつつあります。
      28日 市民総踊りに参加 おどらなそんそん。
      29日 ピアカウンセラーと施設スタッフ学習会 連続5回の学習会の1回目は「差別と自己執行カテゴリー」でした。差別を見抜き反差別の意志と 出会う学習会です。
      ★編集後記★
       子供の頃、夏休みとは「夏が休む」と思い込んでいた。いつ休むのかと思っていたが夏休むことはなかった。休むことはない のに「夏が休む」と結構長い時期思い込んでいた。思いこみというのはかなりすごい。自分だけで思いこんでいるすごい思いこ みは誰でも持っているのでしょうか。それにしても暑い。やはり夏にも少し休んで欲しいよな。

      2002年7月8日発行

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      -「いま、ここ」という事-

       雨雨ふれふれ母さんが/蛇の目でお迎え/来るはずない/無視無視/無理無理/こんこんこん♪
      などと、情けない替え歌を歌ってた施設時代。雨が降ると思い出すのでありました。みんな雨に濡れて風邪をひ かないようにね。

      いま、ここからものごとを見ていこう  ずいぶん前になるのですが、水俣での出来事が頭を離れないのです。それは水俣病の患者さんと支援者の学習会 の集いでした。年老いた患者さんのぼそぼそと実感に基づいた話が終わった直後。支援者の大学教授が言い放ち ました。「もっと勉強しなさい。それで人権問題を訴えればいいんです」僕は体がカッとしました。カッとしたけ ど、その教授にすぐ反論できる理屈が表現できず、うなだれた患者さんに今でも申し訳ない気がしています。
       あれから20年、何故僕はカッとしたのか、教授の正論に何故反論しようとしたのか。今少しわるような気がします。 多分僕は「いま・ここ」で問題を抱え解決しようと取り組んでいる人に対して、その場にいない専門家が偉そうに 解決の処方箋を与えてあげる、それが当然だという幻想がそこに確かに存在していると感じたからと思います。 いや、もっと言えば「いま・ここ」で差別に苦しみ日々の暮らしの中で差別と戦っている人々の具体的な体験に、 外側から持ってきた普遍的な論理を押しつけ、一人一人の人間の体験や哀しみの意味を無力化させるように見えた のです。そして、その背後には「いま・ここ」で生きている人々への蔑視が見えたからです。
       切ない事に、この20年の間にも、この水俣を思い出させるシーンに何度も何度も出会ってきました。そしてパタナ ーリズムや、知的権力がいかに当事者を傷つけているのかを知りました。
       科学哲学者ファイヤアーベントは「専門家より問題を抱えた人々が優先権をもつ」という市民発議を提唱していま す。「いま・ここ」にいる人々に呼びかけます。自分や同じ境遇にある人たちに敬意を払い「いま・ここ」からもの ごとを見ていきましょう。

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      -シネマで愛して・・・アパートの鍵貸します-

       セリフがちょっと知的なんだけど、小難しくもなくユーモアもありのこのライン。結構難しいのだ。しかし、そ んなしゃれたセリフがポンポンと重ねられて少しづつ心の温度が上がっていく感じで、このシネマとてもいいの であります。
       ジャックレモンの男の哀愁と可愛さ、かたやシャリーマクレーンの素敵さ、とにかく粋なシネマなのです。いな せだねっていう感じです。
      「僕はこの町をさまよっていたロビンソン・クルーソーだ。ある日、人間の足跡を見つけた。それが君だ」ヒェーっ て思います。言えねえよ。けど、言ってみたくもある。そそるよな。
      「私はついてない女よ。初めてキスした場所が墓地だもの」ヒェ―墓地だったのか。鬼太郎に見られなかったか。ねず み男に見つかったら厄介だ。マクレーンがレモンを愛してることに気づきアパートに駆けつけるクライマックスシ ーンは、本当に心が和んでしまいます。満面の笑みを浮かべたマクレーン、しかしその瞬間、鳴り響く一発の銃声。 観客にまさかと思わせる監督のB・ワイダー、うますぎるぞ。これで照れずにクライマックスを迎えられたと思うの であります。いいなこの気遣い。照れずに幸せ感が倍増するのです。>br>  確か1960年位の作品と思うのですが、今見直してもこのシネマのよさは不変です。
      昔、昔。紙芝居に心躍らせ小さな胸に幸せをもらった気分になりましたが、このシネマも少々年老いた疲れた胸に、 あの日のような幸せを与えてくれる気がします。>br>  さてさて、なぜこのシネマを取り上げるかというと、友人の一人が恋を失ったのであります。失われた恋の切なさ について考えておりましたら、ついついこのシネマにたどり着いたのであります。わたくし思いますに、失われた恋 の切なさを抱えた多くの人が、このシネマで笑いそして泣いたのではないか。あ〜出来の悪い文学より、出来のいい 娯楽が恋への信頼を復活させるのです。

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      -障害学・・・こころのおばけ/その2-

       前回、心のおばけについて考えました。今回は、そのおばけをつくる正体に迫りたいと思います。
       キツネがぶどうをあきらめたのは、結局ぶどうが自分の手に届かないからでした。森の中のほかの生き物たちは手が 届くので、手の届かないキツネがあきらめるのは「あたりまえ」と思いこみます。すると、「あたりまえ」とする考えが 大多数となります。手の届かないキツネが劣っているのだという思いは、森の生きものみんなのまなざしになって 、キツネにふりそそぎます。そうすると、そのまなざしを受けたキツネは、だんだんまわりのまなざしと同じまなざし で自分をみはじめます。そしてついに思うのです。「僕は他の生き物より劣っているダメなやつなんだ」 「あたりまえ」という生き物たちの考え方を「森の支配文化」とします。この支配文化をキツネは自分の中に入れ込みます。 これを内面化といいます。内面化された思いが自分自身を責めます。これはとてもつらいものがあります。キツネは 思います。「キツネでいることが恥ずかしい」これを自己否定といいます。
       あーなんだかせつなくなります。昔の自分とまったく同じです。
      ほかの生き物は、すべてキツネに対して「かわいそう」「気の毒」「守ってあげねば」「能なし」「劣った人」とレッテルをはり つづけます。支配文化の力はとてもとても強いのです。ほとんどのキツネの心の中に入り込みキツネの心を支配します。 怖いのです。目に見えないだけになお怖いのです。なんだか強い国が弱い国を植民地化するのに似ています。さてさて、 多くの生き物たちの「支配文化」のまなざしに負け、内面化し、ついには自己否定までしてしまったキツネたちはそこから どうするのでしょう。このままではとても生きられません。
       キツネ達は考えます。悩みます。少しでも楽になるために一体どうすれば・・・。
      このままではこの森の中で、みんなに子供扱いされ馬鹿にされ一生引け目を感じて生きていくことになるぞ・・・。 キツネ達は、いくつかの方法で自分を救おうとここみるのです。
      「俺はここにいるぞ」という存在証明をして、森の生き物たちにも認めてもらおうと思います。そう、キツネは必死 なのです。そして、片方では自分はダメだという自己否定、片方では俺を認めてくれという自己主張を始めます。 ゲームオーバーのない存在証明ゲームの始まりです。

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      -「劇団ポリC−皆既月食予告-

      愛と正義のクーデターを決行せよ
      皆既月食
           2002年12月28日/ON
      貧乏に犯され差別に打たれ
             大牟田文化会館小ホール 
        惚れた男も産んだ子も  
            pm6:30会場/pm7:00開演
      地獄の底に叩きこむ  
                 入場料無料
      鬼の心に蛇の体  
               音声ガイド・字幕・保育有り
      ジプシーローズたあ私のこったい  
              劇団ポリC
      劇上演支援Tシャツへのご協力をお願いします
       まことにまことに申し訳ありませんが、今年12月28日に劇団ポリC演劇ワークショップ「ムーン完結編・皆既月食」を 上演する事と相成りました。つきましては、上演に向けての最低限の資金確保に向けて、前回同様「支援Tシャツ」を制作 いたしました。
      よければ是非、今年の夏に着れるTシャツの1枚としてご購入のほどよろしくお願い申し上げる次第です。色は白1色。 腕と胸にイラストと英字のメッセージ入りで、価格800円です。よろしくお願いいたします。
      劇団ポリC一同

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      -祝・連続当選/池田さんおめでとう-

                                        池田さんが昨年に引き続き「青々水彩展・奨励賞」を受賞されました。おめでとうございます。うーん、日頃の精進の 賜物でしょうか。連続受賞です。
       連続受賞とARTカレンダー完成記念を兼ねて9月に「池田邦博個展・マイライトフット」を計画中です。池田さんの独自の色 使いを多くの人に見ていただきたいと思います。
       そして、ARTカレンダーをお土産に購入していただければと願っています。
       当日は池田さんも会場入りし、一人一人に小さな花を描いてプレゼントしたいと張りきっておられます。その時は みんな来てね。
      エコサンク完成記念バザーに参加してまいりました。
      暑かったです。応援ありがとう。
       女子大生3人の助っ人を得て、炎天下みんなでがんばりました。
       夏用のビーズ新製品が好評でした。みなさんお疲れ様でした。

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      -活動報告-

      6月

        3日 事務局会議 今後の全体的な動きについて打合せをしました。
        6日 企画・政策部 障害者協議会の夏の合宿について話しました。
        8日 大学生研修  福岡の香蘭女子短期大学より2名が一泊二日の研修に来られました。初日は「障害学」を学んで もらいました。夜は自立生活をされている荒巻さんの介護についてもらい、有松ゆさんも合流、食事つくりか ら入浴介護を体験してもらいました。夜遅くまで会話が続けられ盛り上がったとのことです。乱入を計画して た案浦さんや久冨さんは阻止されました。翌日はもう1人学生が合流しバザーの手伝いをしてもらいました。
        9日 バザー エコサンク完成記念のバザー参加要請を市から受けましたので参加しました。
        10日 ヘル友とハーツ学習会 「スタッフコードとカテゴリー1」についてと、障害者の存在証明の基本的パターンについて学び ました。
        13日 施設ピアカン 案浦さんが担当しました。
            合同演劇ワークショップ 3つのユニットが揃っての合同の2回目。緊張感があってなかなかいいのです。
        18日 事務局会議 集会の打合せを中心に話しました。
        22日 SOS6月集会 具体的な活動報告とその問題点や課題について話しました。
        プチ障害学は「支援費制度について2」を学びました。
        25日 事務局会議 支援Tシャツの販売策についてARTカレンダーの販売に向けての企画についてなど。
        27日 協議会合宿 恒例の合宿です。SOSから4人程度参加します。支援費に伴う実践調査のあり方がテーマです。
        28日 ピアカン学習会 生きてきた歴史(ライフヒストリー)と当事者組織(コミュニティー)についての続きです。 
      ★編集後記★
       CD屋から流れくる不思議な裏声に心ひかれ、うーん。恥も外聞もなくどなたの歌声かをピアスのお兄ちゃんに聞けば 「元ちとせ」ですとのお答え。つい買ってしまったのでした。奄美大島の出身の彼女の歌唱は、なんともいえずいいのであ ります。いい歌を手に入れたうれしさはうっとうしさをしばし棚上げにしてくれそうです。

      2002年6月8日発行

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      -シネマで愛して・・・愛は静けさの中で-

       お元気ですか。5月はよく雨が降りました。梅雨も目前またしばらくは雨とのつきあいが続きます。雨が降ると
      僕等の移動は大変になるのですが、雨が持つ雰囲気も捨てがたいですね。  
         恋愛という、人と人がかなり接近する距離でのいい思い出など一つもないので、せめてシネマぐらいメルヘンチ ックであってくれよなと強く思うのであります。しかし、障害があるとそう簡単にはいかないという現実がある ので、やだねったら、やだね。と氷川きよし状態になるのです。
       アカデミー賞にもノミネートされた「愛は静けさの中に」は、女流監督ランダヘインズの86年度の作品です。
       ある聾唖者学校に赴任してきた教師リーズと、その学校の卒業生サラとの愛の物語なのですが、この二人の葛藤に は「暗くて深い河」があるのです。リーズは聾唖者サラに言います。「自分の名前を呼んでほしい」サラは言います「哀 れまないで」。
       それぞれのライフヒストリーに根ざした違いとひとつになりたい愛という情念。大げさに言えば文化のぶつかり 合いが起きるのです。片方の文化に同化する形で愛が統合するのか、それとも両者の文化が共生しながら統合される のかと興味を持ってみていたのです。
      そういう意味では僕にとってスリリングなシネマとなったのでした。
       それにしても、サラ役の女性の手話の美しさは幻想的でさえあります。いい役者さんです。二人が愛を確認する 場所もすごく印象的というか暗示的であります。この監督なかなかです。果たして二人の愛は同化統合に着陸した のか。それとも共生統合という新地平を切り開いたのでありましょうか。
      いや、結局愛は統合されずに終了したのでしょうか(うーん、引っ張るよな)。結論が気になる人はビデオを借りて 見て下さいね(引っ張ったあげくがこれかよ)
       久し振りに懐かしい合いについて考えさせられたシネマでした。

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      -ふれあいバザーin久留米-

       この時期、定例となった「ふれあい福祉バザー」。今回場所を百年公園に移して行われました。もやいもちろん参加。 今回は「ヘルパー利用者の会」の資金調達のバザーも兼ねました。天気も良く大変な人出でにぎわいました。いろん な人たちがもやいのテントを訪ねてくれて話が弾んだのでありました。参加者の皆さんおつかれさまでした。
      辻君がやって来た
       二度あることは三度ある。三度あることは何度でもあるというけれど(言うかそんなもん!)
      三度目の研修で高校三年生になった辻君がやってまいりました。
       前々回、そして前回とステップアップした辻君。今回もメビウスのノートパソコンを片手にさわやかに登場。今回の ミッションインポッシプルは、辻君のホームページで公開され、好評のパソコンを使ったARTデザインと手書きの水彩 画を使った。辻君オリジナルの「ART絵葉書」の作成であります。
       三度目の再開を喜び合う有松師匠と辻君。このコンビで何とかやりとげて欲しいと思います。二週間の短い研修では ありますが、パソコンの技術アップやいろんな人との出会いを楽しんでもらえればと思います。
       来年はいよいよ卒業を迎える辻君。その才能を生かせる場が見つかることを祈りたいものです。

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      -障害学・・・心のおばけについて-

       なぜかイソップ物語です。
       おなじみの「キツネとぶどう」のお話しです。障害者バージョンで参ります。しかし、誰にでも思い当たる事があるか もしれません。心に自分でも気付かないおばけがいるのではないか。と思うのです。
       キツネがいます。目の前に大好物のぶどうがあるのですが届きません。イライラがつのります。取ろうと努力(個人的 対応)をします。でもだめです。とても悔しくて悲しいのであることを思いつきます。「あのぶどうは酸っぱいのだ、 そうに違いない」と負け惜しみが始まります。でも甘いかも知れないと心がささやきます。又イライラがつのります。 再び思いつきます「ぶどうは甘くても酸っぱくても食べてはいけないんだ」とやせ我慢を始めます。「ぶどうは食べては いけない」とキツネはやせ我慢を続けました。やがて「ぶどうは食べてはいけない」という思いは、キツネの自然な考え (道徳・価値観)となりました。
       まわりの動物は、キツネはぶどうがきらいだと決めつけました。キツネは一生ぶどうを食べずに終わりました。イソッ プには悪いけど少しお話を変えています。
       さてさて、このお話からいろいろ見えてくるものがあります。ぶどうが大好きなキツネがぶどうを嫌いになるのですか ら不思議です。やはり、おばけがいるのでしょうか。
       ぶどうは何に言い換えてもいいと思います。とりあえず障害学なので自立と言い換えてみます。まず、最初ぶどうをと る工夫(木を揺する・石を投げる等)をするのですが取れません。個人的努力には限界があります。次は、本当に欲しいと 思ってる自分の心をごまかしていきます。最後はごまかしでなく本当にぶどうが必要ないと思い込みました。
       さらに、まわりはキツネにぶどうが必要ないものとして接します。そうすると、ますますキツネはぶどうが必要なくなり、 ぶどうが嫌いなことに喜びさえみいだすようになっていきます。
       やはり人の心におばけがいて僕たちは時々ごまかされて、本当に自分が必要としているものを手放し、欲しくないものを 大切にさせられているのかも知れません。おばけのQ太郎(みんな知らないと思うけど)みたいな、楽しいおばけならいい けど、どうやらそうではないようです。いざ、おばけ退治の心の旅へ。

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      -もえっこクラブ通信-

                 創刊号
                                 2002年4月18日
                                     編集・発行
      □ もえっこクラブが始まるよ!□
      皆さん 入学おめでとうございます。もう、それぞれの学校になれたかな。
      お友達も たくさんできたかな。
       さて、天領保育園のもときりん組のなかまが集まって遊んだり、おしゃべりしたり、時にはお料理にチャレンジしたり、 工作をしたりできるそんな場ができたらいいなあということで、この《もえっこクラブ》をつくりました。
       どうして《もえっこクラブ》という名前をつけたのかというと、言いだしっぺがさかたもえのママだからです。もえは、 多くの友達や保育園の先生方にかこまれて、とても楽しい保育園生活を3年間送ることができました。たくさんの人の中 でとても大きくたくましく成長することができました。車椅子に乗った障害のあるもえのことを、当たり前に受け入れて くれたきりん組の仲間たちと、たくさんの思い出をつくることができました。
      もえの家族としては、せっかくできたもえの友達と、せっかく生活しているこの川尻小学校区を大切にしたいという思いか ら、川尻小学校への入学と三川学童保育所への入所を希望していたのですが、やっぱり障害があるということで、おことわ りをされてしまいました。もえが大好きだった天領保育所のお友達とすべて別れることになってしまいました。
       もえは、スクールバスで天道町にある大牟田養護学校に通うことになりました。放課後は、あちらこちらにおじゃまして お母さんの帰りを待つ生活です。もちろん、養護学校でもお友達はできましたが、やっぱり、あの明るい「もえちゃ〜ん!」 という声がなつかしいのです。
       障害のある人もない人も、同じ時間を同じ空間でいっしょに過ごすこと〜本当にこれが
      当たり前だと思うのです。小さいころからいっしょに過ごしているからこそ、おたがい分かり合えるやさしい社会ができる と思うのです。そんな願いをこめて《もっえこクラブ》を始めることにしました。学校5日制始まり、毎週土曜日と日曜が お休みにもなります。
      もし、時間がとれれば《もえっこクラブ》に参加して下さい。子どもだけの参加や、兄弟などの参加も、もちろんOKです! 皆さんの参加を待っています!

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      -ARTカレンダー2003My right foot-

      記憶された風景が心に落とされ
      地下水のように満ちてくると
      右足の指に挟まれた絵筆が
      キャンパスを飛躍する
      My right foot
      いくつもの色たちの
      輝きを解き放つ
      ただ今製作の真っ最中です。池田ワールドがCD型カレンダーに変身だ
           担当/案浦・久冨

           報告です。

      DPI障害者インターナショナル日本会議
             正会員へそして常任委員へ

       SOSは、NPO法人DPI障害者インターナショナル日本会議の賛助会員になっていましたが、今回、正会員の手続きを取りました。 これに伴い日本会議の常任委員となります。
      時々、東京での会議に参加したり、九州のDPIのつなぎ役としての使命もでてきます。
      かなり大変とは思いますが、DPIは人権の視点で頑張ってる団体なので、ベストをつくしたいと思います。
      DPI世界会議in札幌/2002年12月/大会テーマ
      地域から障害者の権利確立。社会参加実現のうねりを
      すべての障壁を取り除違いと権利を祝おう!

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      -活動報告-

      5月

        7日 事務局会議 連休明けの最初の事務局会議は今後の動きについてや、養護学校の研修生の受け入れについて話 をしました。
        9日 自立問題研究会ファロスのメンバー来も ストレッチャーを使用されてる田島さんと覚知さんが来られました。
      柳川の地で自立生活の有り様を考え行動する会ができたことはとても大切な動きと思います。27才の田島さん
      の若さと自立にかける思いにふれ元気が出ました。また、覚知さんのエンパワーメントやセルフヘルプグループなどに対する思 いや真摯さにも触れ久し振りに胸が熱くなりました。
           ピアカウンセラーと施設の会議 恵愛園にピアカンに行ってる人と恵愛園側と利用者の自立に向けた取り組みの 話し合いがありました。
        10日 施設ピアカン 有松ゆが担当しました。
        12日 バザー 久留米の百年公園で「福祉ふれあいバザー」があり、もやいも参加しました。またヘルパー利用者の会事 務局の要請を受けて一緒に参加しました。
        13日 劇中歌録音 演劇ワークショップ「ムーン完結編・皆既月食」に使用するオリジナル曲2曲の録音を1日がかりで 行いました。
            養護学校研修生受け入れ 本日より13日間にわたり研修生を受け入れるようになりました。2面の記事を読ん で下さい。
        14日 事務局会議 集会の打ち合わせ等。
            住まい街づくり会議 有松ゆが出席しました。
        15日 企画・政策部会 協議会の今年度の事業計画等について話がありました。
        16日 ボランティア2000来も 16名の方が来られました。
        17日 ヘルパー利用者の会とハーツ学習会 具体的事例をどうとらえ実践につなげるかという学習をしました。
        18日 もえっ子クラブ みんなで今後も頑張ります。4面を読んでね。
        25日 SOS集会 支援費制度に向けた調査事業やケアマネ養成講座について話しました。
      ★編集後記★
       もやい新聞を出し始めて15年。様式を変え6面になって丸4年になります。時の移ろいは早くあっという間のような気がし ます。ひと月に1回発行というのも結構大変で、いつも「今月は間に合わない」と追い詰められながらも、なんとか凌いでき たのでした。いざいざ自転車操業で5年目。通算16年目に入ります。今年もよろしく。

      2002年4月30日発行

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      -成瀬君のこと-

      ゴールデンウィーク目前。自由な時間をどう使おうかと悩みます。一冊でもいいから本でも読めたらなと思うので
      すが、どうなる事やら。いい連休を!
                                               まなざしで君への距離を測ってる
      幸せに まにあうかもしれない
                おと虫たち
                  幾重にも
               積み重なる音の層のここそこの
                 瞬間に生きる虫たちよ
                互いの顔を知ることもなく
               音の奏でる愛の調べを糧にして
                   そのうえなおも
                    飢えに苛立ち
                 絡む足に罵声を浴びせ
               自らを呪おうとしてそれをできない
                   愛すべきおと虫よ
                  過去をもたぬ果報者よ
                  歌え 明日のおまえは
                 生まれたばかりの湿った羽で
                 音をかき消してしまうだろう
      11年ぶりの再開というのは劇的とは言えないし、かといって平静ではいられない。なんだか中途半端に興奮する感
      じだ。しかし、わざわざもやいを訪ねてくれるのだから、とてもうれしい。11年前、彼は高校生で学校を終えると
      、よくもやいで時間を過ごしておりました。卒業後は「アメリカに行きます」が彼の口癖だった。そしてその通りに
      なった。彼はジャニーズ系で女の子によくもてた。でもどこか内面的で物静かに本を読む姿が似合っていたのです。
      あ〜かっこいい。
      29才になった彼が、一冊の自作の詩集と、デザイナーのフィアンセを連れてあらわれた。その詩集の帯には谷川俊
      太郎の推薦文が。あ〜かっこいい。
      「今ぷーたろしてます。これから詩を書いて生きていきます」成瀬君はそう言った。彼の詩集を一晩かけて読んだ。
      成瀬君。君は自分の手のひらで人生をつかんだんですね。

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      -SOS・4月集会は大阪レポートが中心!-

       4月の集会は、障害学の大阪視察篇。NPO法人の障害者支援センターと中部障害者解放センターで重度障害当事者が
      運営する支援センターと、グループホーム、介護派遣センターの取り組みの報告でした。
      重度の障害者たちが、自分の体験と他の障害者への思いをこめて、職員として働く姿はとてもすてきでした。電動で
      電車通勤する介護派遣のコーディネーター、ピアカウンセラー、グループホームでは若い障害者の人が多くの事を学び、
      そこから自立して職員になったりと障害者同士の連携がとても大切にされています。そこに障害当事者の主体性を理解
      したすてきな健全者ががっちりとスクラムをくんでる感じです。24時間介護が必要な人「施設に送るな」からはじまった
      運動が見事に生かされています。報告を聞いて元気がでました。
      鳥は空へ人は地域へ!
      花はなくてもいいじゃない、とやせ我慢なり
       人の思いが通じないのは、宝くじと天気であります。全く「雨かよ!」とむっとしつつも「花はなくとも」と気分を切り替え
      花見に挑んだのです。福祉センターは雨にも関わらず50名を越す参加者があり、みんなで心地よい時を過ごしてまいりました。
       久しふりに会える人が居るのもレクレーションのいいところです。懐かしい人としゃべっていると嬉しいものがありました。
      また、精神病院から参加してくれた古い仲間の人たちのカラオケを聞いていると本当にのどかな気分になるのでありました。
       来年は、満開の桜の木の下でやりたいものです。参加者のみなさん、雨の中お疲れさまでした。ビンゴが当たらなかった人
      、 事務局ばかり当たってごめんなさい。来年はきっと当てて下さいね。
                       事務局一同

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      -障害学・・アベレージ幻想にさよならを ユニバーサルデザイン・考-

       東京や大阪で地下鉄で移動していると、よく車いす障害者に出会う。路線バスもノンステップで誰もが乗りやすそうだ。
      移動しながら何となく街づくりを考えた。
       3年前、ユニバーサルデザインをと行政に要請した。その時は「それって何です」てな感じでしたが今や我が町大牟田の街づ
      くりのキーワードに据えられた。さすが大牟田。
      あとは、この理念をどう実際にいかすかが問題だ。それも「市民と行政と協働」でってとこが大切だ。
       いままでの街づくりというのは「アベレージ/平均」にあわせて作ってこられた。平均にあわせようとがんばってきたが、 それからはずれると不利な扱いを受ける。だから、多くの人は平均からはずれるのは嫌なことだと思っている。
       しかし、多くの人が平均から外れたケースがある。例えば阪神大震災だ。大多数の人は会社に行けない。学校に行けない 。トイレも使えない。普通に送っていた社会生活が送れなくなった。社会環境が壊れたためにそれまでの生活ができなくな った。そこから考えていくと、私たちは日頃生まれたままの人間として暮らしているのではなく、誰もが社会的支えを受け ながら暮らしているということが見えてくる。そしてそれに重ねてこれまで社会的支えを受けられなかった人がいたという 事実があることに気付く。そのありきたりな社会的な支えでは漏れてしまった人たちを「障害者」と呼んできたのではなかっ たかと思う。
       従って、カバーされてこなかった人たちをどのようにカバーしていけばよいのかということが、街づくりのポイントにな らなくちゃっと思う。アベレージに合わせたまちづくりに人があわせていく。という流れを変えて、人を真ん中に、多様な 状況に対応できるまちづくりをすすめていく。その方法論がロンメイスが提唱するユニバーサルデザインだ。
       それは多分、車いすマークを増やすバリアフリーを超えて、きっと、安全・安心・快適を基本に「あなたと私の境目をな くす」まちづくりとなるはずです。
       そう、特別扱いや無視にさよならして自然に生きていきたいよね。

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      -もやいがアメリカになった-

       4月19日午前11時。その時は各人用事があり午後から来る人が
       多い日で、その時もやいにいたのは五人と犬二匹だった。まさかこの日に
       どうしてブルースが突然流れるなどと思うだろう。非常時は突然やって来る。
      もやいがアメリカになった
               SOSバンドが存在してたころ、もやいには時々ギターと歌が響いていた。もやいの借金を返すためライブに行くときは、女性 陣がつくった和紙のしおりを持っていき売った。過激な歌を歌っていたので抗議文をもらったり靴を投げつけられたりもした が、買ってくれる人もいてとても助かった。もやいからギターの音が消えて12年以上になる。もやいでは二度とそれはないは ずだったのだが、先日SOSの企画の必要性から、懐かしい古びた歌とあたらしい歌の練習が取り組まれた。ギタリストの哲心 童子さんを迎えて、狭いもやいは12年前にタイムスリップしたのでした。
       その日、遊びに来てた精神障害のKさんが急に「ジョージアオンマイマインド」弾けますかといった。
      哲心童子さんのギターが滑り出す。ブルースのいかした音がいい感じでもやいをつつむ。
       Kさんが歌い出す。哲心童子さんが少し遅れて歌い出す。あー何だかとてもいい。
      もやいがアメリカになったのであります。
      19世紀半ばに、アフリカから奴隷としてアメリカに連れてこられた黒人が生み出したリズムアンドブルース。セブンスコード にのって、心の奥に不時着する恋愛や苦悩の歌たち。
      時を超えて、形を変えて現在のミュージシャンに手渡されたR&B。 Kさんと哲心童子さんの歌が終わった後自然と拍手がまき おきたのであります。
       たぶん19世紀半ば、一人の黒人が日々のつらすぎる暮らしの中で、ついに魂を突き破って振り絞った声が歌になり、周りに 黒人たちがハモリ始め歌い終わったときR&Bという人間の歌が誕生したのではなかったか。と僕は夢想するのでありました。
      そういえば、エンパワーメントのソーシャルワークを提唱したのも、スラム街の黒人を支援する黒人のソロモンでありましたっけ。
       ウタダヒカルにも受け継がれているR&B。いいよな。今夜は哲心童子さんのCDを聞いて眠りにおちよう。

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      -もえちゃんレポート-

      もえちゃん一年生に
       もえちゃんは保育園で一緒だった友達と、地域の学校に通いたかったとおもいます。
      でも、もえちゃんに届いたのは養護学校への入学通知でした。また、学童保育も断られました。とても悔しいです。でも、もえ ちゃんの人生は始まったばかりです。いろんなことにぶつかりながら、それでも障害を子ども達の未来に、いろんな風を吹かせ てあげたいと思います。
      もえの会は
      1, もえちゃんのサポート体制を考える場
      2, もえちゃんと地域の子供たちが遊ぶ場
      3, 障害児の親・教師・当事者などいろんな人が語れる(考える)場
       もえっこクラブとして、今後も続きます。
      もえっ子クラブ次回集い
      5月18日(土)午前10:00 福祉センター作法室           多くのご参加お待ちしています                   有松 由里子

      メールでGO
      ★ 滋賀県で福祉施設に勤務するものです。月刊福祉4月号に掲載されたNPO法人おおむた障害者応援センターの「自立と解放の ピアカウセリング」を拝読しました。胸にストレートに突き刺さりました。これからも勉強して行きたいと思っています。 よろしくお願いします。  ツリーラブ
      ★ 鳥取大学医学部の学生です。IT技術の在宅介護への対用について話し合っています。
      在宅介護における悩み・不安・問題点などがありましたら聞かせて下さい。 
      ★ みなさん、こんばんは!!大牟田の三池小で障害児学級を今年も担任することになったむつごろうです。これからも、ちょく ちょく障害児学級でのできごとを書き込みます。今から楽しみにしています。  むつごろう
      ★ はじめまして!! 有松君に連絡とりたくてここに書いてみました。有松君元気ですか?
      せきそんセンターで一緒だった柳原です。僕はあれから腰も随分良くなって普通に働け
      ています。もしよかったらメールでもください。  さとし
      ★ 千葉県八千代市の知的障害施設の作山更生園と申します。この度ホームページを以下のアドレスに作成しました。是非遊 びに来て下さい。掲示板を皆さんで盛り上げて下さい
                                        作山更生園

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      -活動報告-

      4月

        2日 SOS事務局会議 花見の最終打ち合わせをしました。
        5日 協議会事務局会議 NPO法人申請状況についての打ち合わせをしました。
        6日 SOS花見 53人の参加でした。レポート2面を読んでね。
        8日 アンテナショップ会議 有松が出席しました。もっとアンテナショップとしての主体性をもって活動していきたいと 思います。
        11日 施設ピアカン 案浦が行きました。
        12日 ピアカウンセラー学習会2 ライフヒストリーの語りと意味について学びました。
        13日 NPO会計学習会に参加 NPOを支援するNPO主催の学習会が福岡市で開催され会計処理の仕方をみっちりと学びました。
        15日 21世紀SOS障害学 障害者差別の基本構造と歴史について学習しました。
        16日 SOS事務局会議 SOS集会の打ち合わせを中心にしました。
        17日 宝箱より訪問 柳川の宝箱より障害当事者のNさんと職員の覚知さんが相談に見えられました。ピアカウンセラーで
      集合して話を聞きました。ロールプレイをおこない皆で問題を考えました。
        19日 哲心童子さん訪問 4面を読んでくださいね。
        20日 SOS集会 各取り組みの報告と大阪視察の報告が写真とPCを使ってありました。(12面を読んでね)
        22日 ハーツとへル友の合同学習会2 ライフヒストリーと自己覚知について、又交流分析のワークショップを行いました。
        23日 SOS事務局会議 DPI日本会議からSOSより常任委員を出してほしいとの要請について話し合いました。
        24日 企画政策部会議 協議会の総会報告について。
      27日 ヘルパー利用者の会 第2回目の集まりを持ち障害者の交流を進めました。
      ★編集後記★
       プロ野球もスタート。阪神とダイエーファンの皆さん、好調なスタートおめでとうございます。でも、先は長いのでどうなるの
      かわかりませんが、最後まで面白い野球を見せてほしいものです。さて、新年度も始まりSOSも気持ちをあらたに活動を進めて
      いきたいものです。野球と同じで一生懸命さがドラマを生むのかもしれません。寺原君ファイトだ。

      2002年3月28日発行

      ページ1

      -もえちゃんに桜咲け-

         そよふく風に包まれると、風の温泉に入ってるようですごく心地いい。日、一日と温度が上がり緑が芽生え春が満ちてくる様子は、僕等の目指すエンパメントに似てるよな。
      三月十六日「もえの会」会議。障害児の就労に向けて、親・教師・ソーシャルワーカー・ボランティア・障害当事者等、さまざまな立場から意見や思いが出される。縦に横に布を走る思いの糸は、障害児たちの希望の絵柄を描き出そうと、したたかにしなやかに走り続けます。
      障害児就学を考える「もえの会」  障害児の就学を考える「もえの会」が、月に一度のペースでこつこつと続いています。参加した親ごさんたちからは「いっ ぱいの刺激の中で育ってほしい」「介護者さえいれば普通校にいけるのに」という、率直な思いや、先生方の現場での悩みな ども出され、いろんな立場の思いを重ね合わせる場なっています。
       例年より10日以上早く桜が咲いています。もえちゃんはいつ桜が咲かせられるのでしょうか。3月25日には結論が出ると いう話です。すでに、多くの子ども達には当たり前に届いている入学通知は、もえちゃんの手許には未だ届いていません。 現状は厳しいのですが、もえの会に集う人たちの思いはきっと大切な力になると思います。(有松 由里子)
                                        次会「もえの会」おしらせ
       3月30日(土)10:00〜福祉センター
       報告と今後について話し合いたいとおもいます。

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      -SOS集会/ミニ障害学・ガイドヘルパー制度-

         今月は、各取り組みの報告とミニ学習会を行いました。
      学習会は、ガイドヘルパー制度と単身入居についてでした。二つとも自立に向けたとても大切な制度なので、充実させていか なければという事になりました。次回は、当事者主体のグループホームと介護派遣事業についてです。多く方の参加をお待ち しています。
      月刊福祉4月号/SOS活動レポート掲載
       全国社会福祉協議会出版の「月刊福祉4月号」に、SOSの活動レポート「自立と解放のピアカウンセリング」が掲載されました。  また、NPO法人全国コミュニティライフサポートセンター(CLC)より、街づくり雑誌「JUNTOSU」への原稿依頼があり、SOS活動 「街の最大のごちそうは人間だ」が掲載されました。
      御 礼
      事務所を改装し、広くなりましたと先月号で報告したら何人も人が立ち寄ってくれました。記念にと絵やサボテンの差し入れまでいただき、ありがとうございました。
       また、同じく先月号にバザーの品物の提供をお願いしたところ、何人もの人から不要品のカンパを頂きました。おかげさまで助かりました。
      いつも気にかけていただき本当にありがとうございます。
      事務所の改造にあたっては、茂見建設さんに大変お世話になりました。色々無理を聞いてもらった上に、完成後SOSにカンパまで頂き恐縮しました。
       紙上で失礼ですがみなさんには心より御礼申し上げます。

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      -花はなくとも出会いの中に花を見る!-

           4月6日12:00/延命公園
       今年のSOSの花見は、もしかしたら桜がないかもしれないと思いつつ、まあ、それでもいいか、暖かい陽射しの下で弁当食べ、ちょっとビールをあおって久しぶりに会える人と話の花が咲いて笑顔 の桜がみれれば。と、50名を超える参加予定者が書かれた表の前で、思うのでありました。みなさ ん、今の内に今年の桜ゆっくりながめて楽しんで下さいね。
      では、 4月6日お待ちしています。
                                     事務局一同
      福祉祭りへ参加しました
       24日、福祉センター「福祉まつり」が開催されました。障害者協議会も全面協力しているので、もやいもバザーを出させてもら いました。
      暖かい日が続いていたのですが、あいにくこの日は、うす曇りで少し肌寒い一日となりました。しかし、いろんな食べ物も用意 されており、多くの人が訪れてとても賑わいました。
       もやいも、ビーズ作品を販売しました。末藤さんの作品など中心に、もやいとしてはかなり売れました。買ってくれた人たち、 ありがとうございました。
       催し全体のスタッフのみなさん、お世話になりました。そして、もやいのスタッフ、お疲れ様でした。明日は代休です。ゆっ くりやすんで下さいね。

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      -シネマで愛して・・・マイ・レフト・フット-

       アメリカ映画に多いけど、シネマが始まる前に「これは実話に基づいた作品である」なんていうクレジットがよく流れる。ちょっ と緊張する。そのシネマが福祉系だったりすると、ため息まで出てくるのは何故だろう。
       子どもの頃さんざんこの手の映画を見せられて、親と言わず、教師と言わず、必ずほらほらほらと頑張る障害者像の押しつけを 受け続けたせいかもしないのであります。
       じゃあ見なきゃいいのにとお思いでしょうが、これがついつい見てしまうのであります。どうせ障害者はこうあってほしいとい う幻想の総合商社(お前は辻本か!)を想像していたら、、そうでもなく、かなり等身大の人間が描かれていたシネマでありました。  貧しい家庭の10番目の子供として生まれた重度の脳性麻痺のブラウンが、ある日、左足にチョークを挟み文字を書き始めます。 これが外の世界と彼を結びつけることになるのです。思春期に経験する挫折、失恋、自殺未遂などと、さまざまな体験を積み、画家 として小説家として成長していくのです。父の死後「マイ・レフト・フット」と言う自伝を書くのですが、これを読んだ看護婦のメリー は彼のプロポーズに応え結婚することになります。
       人としての苦悩とか、弱さとか、わがままとか、せつなさとかが描かれていて、すごく人間的でいいのです。たぶんこれを見た多く の人たちに、古典的な障害者像の転換を迫るかもしれません。いいなと思います。シネマなのですから人間のドラマが描かれなければ いけません。そういう意味では「ウォータダンス」よかったな。「静かな生活」最高だよね。「八日」アカデミー賞やらなきゃね。と、最近 は福祉系にもいいシネマが続々であります。
       さて、このシネマを見ながら、やはり思い浮かべるのはSOSの「マイ・ライト・フット」と言われる(誰が言ってんだ)池田さんの事であ りました。右足に筆を挟み独自の色使いで、風景や花を描いてきた池田さんの世界にもいろんなドラマがあると思います。シネマにし てみたいと思いますよね。
      僕らではシネマはつくれませんが、カレンダーならということで、今、池田邦博2003年ARTカレンダー「マイ・ライト・フット」を計画中 です。「これってこじつけのMCじゃないですか」と思われたみなさん。正解。ごめんなさい。

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      -障害学・・・バリアフリー-

       バリアフリーなる言葉はかなり市民権を得てきたと思います。BUT、しかし、しかし、その捉え方に至っては単なる物理的なものに限 定したり、当事者の切なる願いにはほど遠いところにあるのです。哀しいことにソーシャルワーカーや肝心な障害当事者にも思い込みが はこびり、ため息を落としたくなる時があります。
       物理的なバリアは誰が見てもバリアであり、バリアフリーにしていくのは当然だし市民的共感も得られると思います。しかし、人の暮 らしにとって意識や制度など形のないソフトなバリアの存在がとても大きいのです。
       障害者と健全者、男と女等、社会意識や制度はかなりバリアフリーだ。特に高齢者や障害者は、保護という名目で隔離されバリアの中 に閉じ込められてきた。最近は「誰もが住み慣れた町で一緒に暮らそう」という共生が模索されている。が、再び「しかし」。それは単 に「物理的な町の中」を意味していないか?すり替えられていないか?
       施設を出て、あるいは親もとを出て町の中で暮らすことは、実は「物理的な町の中に居ること」ではないはずだ。それはきっと「当た り前の人間関係の中で暮らすこと」であるはずだ。この「あたりまえ」の5文字を僕らは未だ手にしていない。バリアの出処はわかった けど、BUT、しかし、このバリアフリーには恐ろしく時間がかかると思われる。
       バリアフリーを言うときに同じ市民として、対等な権利をもち、けして、子ども扱いをされたり弱者と名付けられることなどないよう に「一人の人間同士としてつながりあえる暮らし」という思いや願いをその基盤に据えなければと思う。
       古代ローマ人は、死の有り様をこう定義したと言います。「人々の間にあることをやめること」。このローマ人の死の定義は僕らにと って身に沁みる言葉です。逆説的に言えば「人々の間にあることこそが生きている証ということになります。
       バリアフリーは、けして人を人から隔離(それは死を意味する)しないために、人と人との間の精神的、物理的バリアを取り除き、人と 人を水平につなぐ実践的課題。つまり、人が人であろうとする営みといえると思います。
       そしてもうひとつ、障害者を「福祉」というバリアから解き放つ意味をもった概念でもあると思います。

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      -活動報告-

      3月

         2日 大牟田養護学校創立30周年記念式典 研修生を受け入れてたご縁で、もやい代表の久冨が出席しました。式典の後交流会 もありました。
         4日 支援センターの職員とヘルパー利用者の会事務局学習会 SOS事務所にて学習会が行われ、セルフヘルプグルーブ活動や本来 の支援事業のありようなどについて話し合いました。
         9日 もえの会集い ファミリーサポート事業について、社会福祉協議会の職員の方より説明を受けました。障害児のお母さん方や 米の山病院の村上さんも、研修生の人と共に参加してくれました。
         12日 SOS事務局会議 各担当の取り組み状況やピアカウンセリングのあり方や、花見やバザーに向けての話をしました。
         16日 もえの会集い 第一面の有松由里子のレポートをお読みください。次回の日程も書いてあります。できればご参加をぜひお願 いします。
            SOS集会 第2面に報告文が載っています。読んでくださいね。次回は4月20日(土)午後10時より福祉センターです。どなたでも 参加自由大歓迎です。
         19日 SOS事務局会議 ピアカウンセラーの学習の必要性とソーシャルワーカーとの必要性について話をしました。
         24日 福祉祭りへ参加 社会福祉協議会の福祉祭りへ、もやいとして参加してバザーをやりました。参加者のみなさんお疲れ様でした。
         26日 障害者協議会事務局会議 次回企画政策会議への対応について話をしました。
            SOS事務局会議 「ARTカレンダーU」制作に向けてや、ピアカン学習会のやり方についてなど。
         28日 大阪障害者センター研修 障害当事者主体の総合相談のあり方について学びました。
         29日 中部障害者解放センター研修 当事者主体のグループホーム・介護派遣事業等を学びます。

      ★編集後記★  SOS活動初期のメンバーの宮本恵さんのお母さんが先日亡くなられました。心よりご冥福をお祈りいたします。家に居ても寂しいのでと、
      先日は事務所に出てこられました。少しでも気が紛れればいいなと思います。亡くなられたお母さんにはカンパを頂いたり差し入れを頂いた
      りと、大変お世話になっていました。
      本当にありがとうございました。 黙祷

      2002年2月25日発行

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      -風-

      以外と暖かかった二月が終わります。このままいけば今年の桜は早く咲くかもしれません。
      花見のお知らせも載せますので、ぜひ当日はご参加下さい。みんなで満開の桜を愛でたいと思います。
       風
       乗るな/ 待つな/ 風になれ
       吹くな/ 飛ぶな/ 風になれ
       泣くな/ 笑うな/ 風になれ
       行くな/ 来るな/ 風になれ
       ゆめを/ 起こす/ 風になれ     SOS詩集「林檎」より
      就学猶予で学校に行けず、外出もままならなかったBさんは、電動車イスを手に入れてから、たぶん風になったのだ。 待てど暮らせどそよ風さえも吹き込まなかった人生にケリをつけて、たしかに風になったのだ。
      プロレラスラーの入場のように、BGMを響かせて事務所に登場するBさん。古舘一郎ならこう実況するだろう。 「おっと。長渕の曲にのって入場して参りました。教育の機会も奪われ、人生の戒厳令の中差別を超えて生き直しを始 めたB。まさに現代の巌窟王であります。今ゆっくりと花道から自立のリングへと進んでおります。思いやりのバック ドロップ、面倒見のラリアートという必殺技をひっさげて今ロープをくぐります。おっと。チロであります。小さいな がらも乱暴者のチロが膝の上で吠えております」なんてね。
      アイウエオ・カキクケコと呪文のように唱えながら、町の看板のひらがなの字を読みとろうとするBさん。
      Bさんの風を受け僕らも元気になるのだ。

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      -少し広いと少しうれしい-

      一度もやいを訪れた人なら、きっとその狭さに驚かれたと思います。心やさしき人たちは口にこそ出しませんが「何これ」 というのが正直な感想だと思います。そのもやいが少し広くなりました。だからみんな少しうれしいのです。おそらく日 本で一番狭い作業所であったと思います。ギネスに申請すれば良かったなと思います。
      さてさて、狭かったもやいの歴史が懐かしく甦ります。今も昔も僕らには金と力はあるはずもなく、ローンを組んでもやい をつくろうにも、障害者当事者にお金を貸してくれる金融機関はなく、途方にくれたり、危機、危機、危機の樹木きりん状 態。何度も何度ももやいの中で重いため息を落としたのであります。
      僕らの活動は、貧乏と無力さと身銭を切るというスタイルなので、多くの人が去っていったり、誤解を受けたりと寂しい思 いをいっぱいするのですが、その寂しさを埋めてくれる友が新たに現れてくれるから人生は捨てたものじゃないのです。 しかし、その友が何人も亡くなってしまい、せつなさがいくつももやいに封印されました。もやいも引っ越そうという意見も ありましたが、亡くなった人や精神病院に長期入院している友を思うと立ち去れないのであります。
       ということで、少し広くしようと改造したのです。動きが少し楽になりうれしいのですが、もっとうれしいのは、色んな人 が訪れてくれることです。
       もやいの隣の自動車登録センターの人から改造祝いにと、観葉植物をいただきました。
        情けが身に沁みます。少し広くなったもやいで子犬や小鳥もうれしそうです。これもひとえに、色んな形で支援してまらって いるみんなのお陰です。感謝します。近くに来たらみなさんふらりと立ち寄って下さいね。お待ちしています。

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      -花見-

      2002年  SOS花見  楽しい出会い、楽しい話、きれいな花
                    延命公園  日付:4月6日(土)
          参 加 費                12時からスタート
         大  人 1500円            ☆雨天の場合は瓦町福祉センターで行います。
        高 校 生 1000円            ★参加しめきりは 4月1日までよろしくね!!
        中学生以下  500円

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      -バザー用 不用品提供のお願い-

        3月12日に、大牟田市と商工会議所主催のバザーが諏訪公園であります。
      もやいは今年も参加します。バザーの度に恐縮ですが、ご家庭にある不用品等ありましたらご提供をお願いしたいと思います。
      よろしくお願いします。
      売上金は障害者の記念イベントの資金になります。お電話いただければ取りに伺います。
       電話/56−9142 よろしくお願いします。

       もやいアンテナショツプへどうぞ!! 製品も用意しました!
       築町商店街の「よらんかん」に障害者協議会のアンテナショップがあるのですが、もやいも外国産ビーズを使用したオリジナ
      ル製品を販売しています。
       春の新製品として、チャイニーズノットの根付けを好評販売中です。是非立ち寄ってくださいね。もやい以外の作業所の製品
      もいいのが揃っています。よろしくね。水曜日はもやいが店番なのでもやいのメンバーがいます。よろしくお願いします。

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      -障害学 キム・マリの演激-

      世界的に評価の高い大阪の重度の身体障害当事者劇団「態変」の最新作は「マハラバ伝説」だ。劇団を引っ張るキムマリが、多 分新境地を拓くだろうなという予感がする。
      20数年前結成されたこの劇団は、重度の障害者が舞台に立ち恨みつらみの情念の海で暴れまわるというインパクトを与えた。キ ムマリは「見られる障害者」から「見せる障害者」に転回することを演劇という表現で見事に切り取った。しかし、上演を重ね ながら劇のあり様が変化していく。セリフがなくなり、身体表現と音楽と照明で全てを表す現在に行きついた。
      重度の障害者の身体の動きは健全者の法則を超え、いくつもの物語を紡ぎだす。その存在感と人の身体の不可思議性は、幻想化 され芸術へと昇華していくようだ。
      そう、アンチ健全者文明から出発したキムマリは、今、まっすぐ芸術へと向かっている。過激な障害者解放運動の先頭に立ち、 ジャンヌダルクのように剣を取った女性は、時を超え、歳を重ね、おだやかな瞳で人のなし得る所業を受け止め、そして祈って いるのではないかと思える。
      在日の重度の女性障害者というレッテルは、もはや彼女には通じない。彼女は一人ぼっちで自己の文明革命をなし得、地上を飛 び立ったのだ。
      そのキムマリさんが障害者解放運動の原点とささやかれる「マハラバ伝説」に挑む。
      そして、偶然僕等劇団ポリCも原点回帰の作品に挑もうとしている。
      おそらく20世紀という、化学と文明の世紀においても落とし前のつかなかった心の迷宮に、再び僕等は向かうのだと思う。キム マリは障害者の身体表現で幻の都をつくり、僕等は言語表現で仮の宇宙をつくるのだ。
       マハとは大きな、ラバとは叫び。僕等の大きな叫びマハラバは、21世紀の文化とぶつかり摩擦をおこし、その熱は原始、弱い 生き物であった人が初めて火を起こした時のように、命の平等性を普遍化した新たな文明の松明となるのだろうか。

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      -活動報告-

       

      2月

        2日 身体障害者相談員研修会 支援費支給制度について、県の福祉部職員の話があり参考になりました。
        4日 協議会事務局会議
        5日 協議会/常任委員会と臨時協議会総会 協議会のNPO法人化が決定しました。今年の7月頃には認証される予定です。
        8日 施設ピアカウンセリング 有松ゆが担当しました。
        9日 もえちゃん就学 もえちゃんの就学を考える集まりもこつこつと続いています。まもなく弥生3月。入学式が近づい
      てきました。多くの方の参加をお待ちしています。次回の集まりは3月9日(土)午後2時から福祉センターです。
        12日 ガイドヘルパー利用者の会の事務局会議とハーツとの意見交換
           事務局会議 SOS集会の打ち合わせや花見の話が中心でした。
        14日 CIL久留米所長古川さん来も NPO法人について意見交換をしました。相変わらずギャグに執念を燃やされていました。
      一番笑われたのは本人さんでした。職員の石井さんお疲れ様でした。
        15日 障害者就労で意見交換 恵愛園をお借りして、数人で意見交換を行いました。
           協議会事務局会議 お昼ご飯を食べながら今後の日程についてを中心に話をしました。
        16日 SOS集会 支援費支給方式の最新情報の学習会とセルフヘルプグループ活動について学びました。
           教育を語る会 養護学校の先生や親御さん達の学習会で支援費支給方式について説明してきました。
        19日 ガイドヘルパー利用者の会事務局とハーツとの意見交換 ソーシャルワーカーの基本的あり様と基本知識の確認学習会
      をしようということになりました。
        24日 支援費支給制度の学習会への参加 CIL久留米主催の学習会で、解りやすくためになる学習会でした。
       ★編集後記★  元XJAPANのTOSHIのライブをSOSでしませんかというお話を頂きまして、視聴用のCDも送ってもらったのですが、日程が合わずに幻
      となりました。残念。又の機会にと思います。TOSHIさんは今精神障害者のボランティア活動などもやってるそうです。CDを聞いたら、
      あの澄み渡るボーカル健在でした。さすがだなあと思います。

                     
      2002年1月20日発行

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      -Kさんの結婚-

       2002年のスタートです。今年もよろしくお願いします・みなさんどんな新年を迎えられたでしょうか。
      今年こそはと、期するものが誰にもあると思います。希望が叶えばいいですよね。
            一月一日 Kさんは彼女の運転する車からにこにこと足を振ったなんだか毎年お正月らしさがうすれてる気がして「こいつはぁ春から縁起 がいいわい」といってみたくなるよな出来事があればなと思っていたら、旧友のKさんが彼女を連れてやってきたのです。話を聞けば結婚 をしたいとのこと。きた、きた、きたってなもんで。僕は盛りあがったのです。Kさんは自分の身の回りのことは全て足で行う重度の脳性 マヒ者で熊本で若い重度障害者たちと「共同作業所」を営んでいてそのリーダー格です。今年年男の彼が結婚の相手と思い定めた彼女は若 い学校の教師で優しそうな人なのです。いいね、いいね。と思いつつ障害者と健全者の結婚となると「多分」と思ったら案の定周りで反対 の声が出ているとのこと。うーんめでたさも半分。しかし、当事者は結婚に向けてやる気十分。
      偶然にも僕の友人に同じような状況におちいって障害者がいたので、急遽電話で呼び寄せたのです。偶然とは恐ろしいものでやって来た 障害者HさんもKさんと同じ年男。情報交換やら今後の取り組みについて話をしたのであります。ふと気がつけば、なぜ元旦に会議みたい な感じになったんだろうと思いつつ、僕も話の輪の中にいたのでした。
       彼女のKさんへの信頼のまなざしがすごくいい感じで、二人の幸せを祈りつつ帰りを見送ったのです。車が動き出し、手を振る僕らにK さんはにこにこと足を振って去りました。

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      -2002年の活動開始-

        一からはじめて十を知り十からかえりて一を知る
                       千利休の言葉をかかえて
                               SOS活動開始
      8日より活動を再開しました。
         SOS・もやいにたくさんの年賀状をいただきありがとうございました。
      新年早々、全国社会福祉協議会より、SOSホームページを通じて「月刊福祉・4月号(3月発行)」の原稿依頼を受けSOSのピアカウンセリング の取り組みを中心にメールで原稿を提出しました。
      インターネットショッピングでもやいの作品を売り、インターネットを通じて寄付金をいただけるシステムを作っているところからNPO法人 としての参加のお誘いを受け、その手続きをしたりと、ITを通じた動きから2002年がスタートしました。こういう時代なんだとしみじみ思 います。
      さて、今年もSOSの基本姿勢にのっとり、素朴な原点を忘れず豊かな広がりを求めて、さらにエンパワーメントしていきたいと思います。 日本一狭い共同作業所もやい改造中です。ほんの少し広くなります。近くに来たら寄って下さいね。では、本年もよろしくお願いします。     事務局一同

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      -障害学Y /セルフヘルプグループ わかちあい・ひとりだち・ときはなち-

           最近とみに福祉系の業界で横文字がふえました。うーん、社会全般で横文字ふえてるよなと、ためいきをつきつつ「セルフヘルプグループ」 などと言い出す自分がいます。まいったなとぼやきつつ、最近注目のこの用語に密着します。直訳すると「本人の会」という事になります。 ナチスが猛威をふるっていた時代の、ユダヤ人の集まりが発祥だという説があります。アルコール中毒や同じ病気に罹患した人、一人暮らしの 高齢者や、連れ合いを亡くされた方、虐待を体験した人、障害を持った人などなどそれからさまざまな本人の会がつくられて活動しています。  一言で言えば共通の問題を抱え、共通のゴールを目指す当事者の集まりということになります。この会のキーワードは3つです。 共通の体験を通して気持ちがわかってもらえる、情報を得られる考え方の広さがわかる。というわかちあい
      自分の事を誰にも遠慮せずに決めていくこと、自分で選択すること、社会に関わっていくこと。というひとりだち。  自分を卑下せずに尊敬すること、社会への働きかけを行うこと。というときはなち
      いわゆる僕等が言ってる解放運動。
      この3つのキーワードがそれぞれからみあって本人の目指すゴール(目標)にむかいます。
      本人の主体性をもっとも大事にする事が基本になります。
       仕事として本人や本人の会と関わる人や、専門家やボランティアは、この本人の会のあり方自体に干渉したり指導したり操作したり、支配した りするのではなく本人の会の主体性を認めたうえでの支援が必要になります。これをセルフヘルプ・クリアリングハウス(また横文字かよ)とい います。欧州では常識ですが、日本ではこれがうまく行かない時が多いです。おそらく本人の会のあり方がよく理解できてないのだと思います。
      大牟田では、ガイドヘルパーを利用する当事者の会が昨年の末に出来ましたが、これも立派な本人の会(セルフヘルプグループ)です。いいぞ。 三つのキーワードで少しづつ進んでいって欲しいものです。

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      -自分らしくオンリーワン   シネマで愛して/素晴らしき哉人生-

       それはそれは古いシネマでありまして、多分「イッツ・ワンダフル・ライフ」というのが原題だったと思うのであります。役者の名前も思い出せ ませんし、世間の評価もそんなに高くないシネマであるに違いありません。しかし、なぜか時としてふっと思い出すシネマであります。
       主人公の子ども時代、彼は左の耳が聞こえないのですが、それを知ってる彼に好意を寄せる女の子が彼の聞こえない左の耳にそっとこうささや くのです。「あなたが大好き」もちろん主人公には聞こえないのですが、こんな形でのl loveouもあるんだと記憶に残るシーンとなりました。スト ーリーは、人間賛歌と言うか、愛は勝つというか、ひたむきに生きていく主人公と、あのl loveyouをささやいた奥さんが絶体絶命の危機に陥り 主人公は自殺を決意するのです。「いったいどうなってしまうのか」と、カチンコのナレーションが入りそうですが、しかし、しかしという感じで 最後にハッピーエンドが用意されるのであります。さすがアメリカシネマなのであります。
       このシネマ、主人公の生き方が、他人と競争してナンバーワンを目指すのではなくて、けしてそうではなくて、ポリシーは自分らしくオンリー ワンの人生なのであります。ナンバーワンのハッピーエンドではなく、オンリーワンのハッピーエンドが心を癒してくれるのであります。
       「自分らしく」このキーワードはとても大切のように思えます。最近の若いミュージシャンの詞にも、数多くこのメッセージがかなり素朴な表現で 現れているのであります。
       自分らしくあるためには、エンヤコラと過去の自分に遡る旅が必要な気がします。それは未来を創る旅ともなるかなと密かにつぶやくのでありま した。

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      -もえちゃんに さくらの花は 咲くのだろうか-

        静かに静かに近づいてくるのです
       風は少しづつ温度をあげて
      そよふく用意をはじめ
      陽射しはすこしづつながくなり
      きぼうを照らす準備をはじめ
      大地はすこしづつやわらかくなり
      たびたちを祝う練習をはじめ
      そして
      さくらはすこしづつ芽を息吹きはじめ
      幸せのロードを作りはじめる
      萌えの国が生まれくる鼓動がひびき
      弥生の空の下
      ランドセルを抱きしめた少女がかけぬける
      その時こそ
      春が来たのだと知る

       もえちゃんの就学をみんなで考えようと話し合う場をつくって半年が過ぎました。 もえちゃんのことを考えていくということは、重度の障害児全体のことを考えていくということとイコールです。もえちゃんという存在を中心に親 ごさんや学校の先生方、障害当事者や福祉関係者などで月に一回集まっています。それぞれの立場からの視点や思い出を出し合ったり、もえちゃん の就学に向けた経過報告を聞いたりが中心になるのですが、今までの障害児の就学の取り組みにありがちな硬直した議論でなはなく、柔軟で今後の 展開が広く開かれた方向を目指した議論が進んでいます。
       具体的に普通校への就学の道筋が見えているとはいえませんが、もえちゃんのこれからの長い人生を視野に入れた息の長い取り組みが必要になる と思えます。
       もうあと2ヶ月もすれば桜が咲き誇ります。多くの子ども達が門を入ったり出たりと希望が広がる季節です。が、しかし、門をくぐる事が叶わぬ 子どもや、くぐるために大変な艱難辛苦をしいられる子どももいるのです。障害のありようで分けられる子どもたち。それは希望の選別とも言いか えられると思います。命の平等性と希望の機会均等を奪う資格は大人にはありません。ではどうすればと考えられずにはいられません。
       もえちゃんの存在がいろんなことを考えさせてくれます。それは自分のありようにも、学校のありようにも、社会のありようにもおよびます。とも に生きるための知恵を絞りたいと思います。次回の集まりは下記のとおりです。どこからでもそして誰でも参加自由です。
      どうぞ、一度のぞいてください。
        2月9日午後2時〜福祉センター

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      -活動報告-

               

      1月

      8日 事務所開き 今後の活動開始ということで、ささやかにウーロン茶で乾杯、新年の抱負やそれぞれのお正月の披露などで盛り上がりました。
      アンテナショップ会議
      9日 協議会会議と新年会 協議会も活動開始です。今年も去年以上のハードな活動が予定されています。担当は当事者として頑張っていきたいと思います。
          事務所改造スタート
      10日 もやい手芸教室新年会 昨年は創作ビーズをやり遂げたもやい。今年も頑張ろうという事で新年会は
      盛り上がりました。新作のチャイニーズノットのねづけの練習も始まりました。
      春先には新製品として登場の予定です。
       11日 全国社会福祉協議会より「月刊福祉4月号」原稿依頼 SOSにピアカウンセリングを中心に、地域生活支援に関する原稿依頼を受けました。この本を知ってる方は四月号読んで下さいね。
           久留米障害者雇用センター訪問 CIL久留米の紹介で、障害者雇用の助成金制度についてレクチャーを受けました。
       15日 事務局会議 SOS集会のことについて話し合いました。
       17日 施設ピアカウンセリング 案浦さんが担当しました。
       19日 SOS集会 新年の抱負をいいあいました。
           もえちゃん就学 もえちゃんの入学まであとわずかとなりました。
       21日 協議会事務局会議
       22日 協議会合同部会
            事務局会議
       29日 バリアフリー住宅士養成講座講師派遣
          事務局会議 そろそろ花見の話をしましょう。
      ★編集後記★
        みなさん新しいお正月をいかがお迎えでしょうか。春まではいま少し時間がかかります。インフレエンザが猛威をふるっていますので、くれぐ れも風邪に気をつけて下さいね。
      今年も1年間楽しみながらいいニュースを送り出したいとおもいます。
      みなさんにとっていい年でありますように。では。

      2001年12月25日発行

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      -バリアフリーの恋をして-


      君の言葉が 聞き取れなくても 思いが聞こえるよ
      君の体が 動かなくても 世界は手にはいるよ
      恋のマジックは 可能の王国を つくり出すさ
      バリアフリーな恋をして 僕はひとつ 幸せになる
       恋なるものだけは自由なのだと思いこんでいた。が、しかし、少しづつ人生の不思議が見えてきて、自分の中 にも恋する前に恋していいのかどうなのかという前提があることに気付き始めた。
      十代の頃はそれで頭がいっぱいだった。二十代には、恋に臆病になった。後年僕のつきあっていた女性は本を出 版した。その中で僕は恋の臆病者と書かれていた。ヒェーッ。何て奴だと思ったが、僕も後年、彼女との顛末を 「にやがんな」という歌にした。何て奴だ。恋愛における差別はややこしく悲しい。そして変わらない。
      フー。バリアフリーが必要だ。

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      -12月1日 障害者の日記念イベント-


      障害学のススメへの参加と協力、本当にありがとうございました。これからもよろしく
      俺達が本当に望むのは 船室を選ぶ自由ではない 航路を選ぶ自由なんだ
               SOSバンド「肩より高く頭を挙げて」より
       私たちが福祉の枠に止まれば、船室の選択の自由だけが与えられる。私たちは自分を人と名付け、市民と名付 け、人権の視点から、いかに生きるかという航路を選ぶ自由を手にしたいと思う。そのことが共に生きる初めて の一歩になるのだと思う。
       多くの人の協力で「障害学ノススメ」は100人を超える参加者を得て無事に終了しました。十分な議論が尽くせ たとは思いませんが、私たちには精一杯のイベントでした。今年一年だけでも何回となく、障害学と名付けた学習 会を少ないときは2、3人でやってきましたが、今年最後の学習会を拡大版でやれて本当に良かったと思います。
      来年もミニ学習会をコツコツと続けていくのですが、一方でまた多くの人に参加してもらえるような場をつく っていけたらと思っています。
       朝から会場づくりに汗を流してくれたみなさんをはじめ、スタッフのみなさんにもお世話をおかけしました。
      改めてお礼を言います。ありがとうございました。
       また、講師の金さんパネラーのみなさん。有意義なお話をありがとうございました。来年の障害者の日のイベ ントは何にするかまだ白紙ですが、おもしろいものができたらな思っています。
       その時はご協力よろしくお願いします。講師の金さんから参加者のみなさんによろしくとのメールをもらった ことを報告しておきます。

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      -テレビファソラシド-


      めったなことでほめたりすることのない有松温之さんがほめたので「プロジェクトX」なる番組を見ました。主 題歌のフレーズ「人は空ばかりみてる」が、身にしみて、中島みゆきの濁る事なき魂に胸が熱くなりました。いい よな。この人。オールナイトニッポンの「ガハハ女」の時も良かったけど、歌うたってるのが一番かっこいいです。 番組には心が引きつけられました。そして何故か昔の事が懐かしく甦ったのでした。施設時代(またかよ!)小学 生の頃、僕は友達と稲荷津ずしと巻きずしどちらがうまいかでもめて、なんとアンケートを取って決着をつけた のです。結果は覚えていないのですが、僕はいなり派で、結構いい戦いをしたと思います。そして長崎の施設で は中島みゆきとユーミンどちらがいいかで又もめてアンケートへ。これは負けました。僕は女は中島みゆきで男 はたくろうに決めていましたのであまりショックはありませんでした。みゆきは負けた方がかっこいいのですか ら。それともう一つ、熊本の施設での僕はプロジェクトX体験がいまだに尾を引いています。その施設の寮長は入 所している障害者で職員べったりの管理主義者でした。権力を背景に威圧的でした(障害者同士を向き合わせる管 理者達のやり方は、後に部落史を学ぶなかで知りました)寮長を変えねばと思いました。形だけでも年に1回選挙 選があります。むろん今でも誰も立候補など考えたこともありませんでした。秘かに立候補者を決め多数派工作 を開始。結構みんなびびって協力をいやがりましたけど説得しました。小差で僕等は勝つ数を集め選挙に挑みま した。立候補の手が上がったとき事務長の顔色が変わりました。勝ったと思いました。が、しかし、事務長がこ う言い放ったのです。「じゃ決を取る。誰が誰に手を挙げたのがわかると気まずいだろうから全員下を向いて手を 挙げろ」と。そして事務長ひとりで数を数え僕らが負けたのです。果たして本当はどちらが勝ったのかわかりませ ん。子供だましの奇策にやられました。僕等のプロジェクトXは番組のようにハッピーエンドにはなりませんでし た。あれから30年。障害者同士を向き合わせる手法と、子ども扱いは続き僕らのプロジェクトXは未だ現在進行 形なのだと思います。
      最終回はいつくるんだ。「私たちのドラマに最終回なんてないでしょうが」とムーンのセリフが甦るのでした。

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      -シネマで愛して/ 今を生きる-


      監督のピータ・ウイアーはハリソンフォード主演の「刑事ジヨンブック/目撃者」をつくつた人ですが、こういう のもつくるんだと少し驚きました。
       さて、あのロビン・ウイリアムが教師役で主演といえば、これはもうお約束のアメリカ版金八先生だと思いつ つたのであります。
       だいたい金八的ではありますが、なかなか哲学的でもあります。いいセリフがいっぱいあるんです。絵もきれ いです。紅茶でも飲みながら深夜ゆっくり見たいシネマなのです。タイトルがストレートすぎて気恥ずかしいや ら、ちょっと抵抗を感じたりはしますが、それはそれ。要は内容なのですから。
       物語は、高校生が全寮制の高校に入り、そこに元卒業生のロビンが教師としてやって来るところから始まりま す。伝統と格式と権威として機能します。学校や親の意向が優先し若者たちはだんだんと飼い慣らされていくの ですが、ロビンの存在がその流れを変えようとします。生きること死ぬこと存在することなど、ロビンの語りか けは若者をエンパワーメントさせていきます。若者たちは自分の頭で心で物事を捉えようとします。生き生きと しだすのです。自分本当にやりたいことに行き着いた1人の若者は、それを許さぬ親との葛藤の中で自殺します
      その責任をロビンがとらされ学校を去って行くのです。
       こころがせつなくなるシネマなのです。組織という権威というかそういう非人間的なものが人間を苦しめてい くというせつなさと、せっかくエンパワーメントした若者が、志をディスバワーメントさせられていくのではな いかというせつなさが紅茶をにがくします。
       やりきれないまなざしで生徒に別れを告げるロビンを振り向く者などもう1人もいないのです。ロビンが去ろ うとするその時、1人の若者が机の上に立ちロビンを見送ります。教師の静止を振り切って又一人、そして又一人 机の上に乗りロビンに敬礼をするのです。金八先生ならここで中島みゆきの「世情」が流れるよなと思いつつ、涙 がぽろりと落ちたのであります。

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      -独断と偏見と自己満足で送る2001年-


      SOS・10大ニュース
      1.障害児ARTカレンダー見参 障害をもつキッズ達の感性がきらめくカレンダーが完成。来年から市長の机の上 や買ってくれた多くの人の机の上できらめくぞ。
      2. 養護学校研修生辻君見参 礼儀正しい辻君登場。有松師匠と共にパソコンのホームページ作成や動画のソフ   トに挑戦。永ちゃんファンのお父さんとやさしいお母さん差し入れありがとう。
      3. 末藤組長見参 つい組長と呼びたくなる雰囲気十分の末藤さん晴れた日は名犬チロと共に毎日もやいに登場。   就学猶予に在宅45年。やっと電動車椅子で娑婆へ。優しい人なのです。
      4, ビーズ作品見参 何気なく始めたのにプロの教えを受けて上達し、今やもやいの主力製品に。奇跡です。買   ってくれた人ありがとう。
      5, インターネツトオークション見参 もやいでは今年よりインターネットオークションに参加し開店。ビーズ   など色々売ってます。パソコンで遊びに来てね。
      6, 障害学ノススメ見参 障害者の日記念としての学習会は久々です。コツコツと来年も少人数でも続けていき   ます。
      7, NPO法人見参 障害者の地域での自立と解放を目指してエンヤコラってな感じです。正義のつまみ食いと成り 替わり主義のパターナリズムVS共に生きる革命を目指す当事者のエンパワーメントの戦いは続くのであります。
      8, ケアマネジャーリーダー養成講座中央研修見参 タイトルがながいぞ。厚生労働省主催の講演に参加。来年   の大牟田開催に大きな弾みとなります。いいぞ。
      9, プロジェクトXのパロディー見参 何で忘年会の余興に命張るわけ。などと野暮なことはいいっこなし。10年   前のあぶない刑事のパロディー「あぶないCP」に続く映像編で今年は勝負をかけます。
      10, SOS合コンに見参 障害者の集団見合いの枠を超え障害あろうがなかろうが誰でも集え、そして出会えってな   もんで、久留米の障害者支援センター主催の合コンがあります。24日クリスマスイブの日誘われてふらふら。
      SOSもクリスマス難民を集めて行ってきました。
      もやい新聞今年最後です。いつも読んでくれているみなさんありがとう。直接は会えなくてもみなさんの存在が 励ましとなり新聞ができあがります。来年もよろしくお願いします。良い年を。

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      -活動報告-

       

      12月


        1日 障害者の日イベント 100名を超える参加者で有意義な学習会ができました。
        2日 ガイドヘルパー利用者の緊急会議 ガイド利用者の半分以上の人が使えなくなる状況になっていると
           いうことで緊急に集まりをもち、改悪反対の要望書を出す事となりました。
        3日 池田さん三池小学校で講演 
        4日 事務局会議      有松さんと池田さん白川小学校で講演 大場さん倉永小学校で講演
        6日 協議会会議 ガイド利用者の人達と共に改悪反対の要望書を提出する事と今後の協力を確認しました。
        9日 障害者の日のイベントに参加
       10日 ガイドヘルパーに関する要望書提出
       11日 事務局会議 同推の教師の人達と意見交換 今後の人権への取り組みについて話し合いをしました。
       18日 事務局会議 各人の取り組み報告と忘年会の障害者の介護手配などについて話しました。
       23日 SOS忘年会
       24日 合コンに参加 久留米市役所で障害のあるなし関係なく出会いをつくる合コンにいきます。
           事務局反省会 今日の反省明日への自信
       27日 事務所お掃除 狭いかららくです。
       28日 冬休み 気分転換に遊びきわろう。一年のおつかれもとってね
      1月
        8日 SOS・もやい2002年の活動再開 ウーロン茶でささやかな出発式をやりました。今年の干支は馬。
           うーん。跳ねまわってみよう
      ★編集後記★
      新世紀の1年。みなさまいかがでしたか。もやいも今年は無事に新聞をだせました。顔を合わせられない人達と この新聞でつながってると思うと手はぬけません。見えない思いが背中を押してくれます。来年もこつこつと出 し続けたいと思います。よろしくお願いします。
       では、よいお年をお迎えください

      2001年11月30日発行

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      -夢の扉を開く鍵は誰もが持っている-


      お元気ですか。12月1日の用意に追われています。多くの人に訪れてほしいのです。
      みなさんよろしくお願いします。街はクリスマスバージョン白い恋人たちの季節ですね。エンジョイして下さ い
      その人は、薬害で両手の機能をなくした。以来食事は両足を使用する、レストランではテーブルの上で食べる。
      自国のレストランでは入店を断られる。しかし、アメリカのレストランではADA法(障害者差別禁止法)の影響で 断られることはない。その女性は弁護士になった、今自国で活躍中。そのうち彼女の国でも差別禁止法ができる のだろうか。
       バリアフリーが進んだ先進国で1つの裁判があった。動物園で観光の楽しみを壊しす気味の悪いもの(重度の障 害者)を見せられたとして慰謝料を要求する裁判だ。訴えた人は勝訴した。一体その人は何に勝ったのだろう。
       システムができる制度が進む。が、しかし、少し楽になっても幸せの温度は上がらない。どうすれば幸せの実 感ってやつに出会うのだろう。その鍵はどこにあるのだろう。

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      -生きてることに乾杯!!-


      クリスマスイブの前日だと 君が言ったから今年の SOS忘年会はクリスマスイブなんてね
      おおむた障害者応援センター並びに共同作業所もやいの2001年の活動おつかれさまでした。陰に日に私たちのつ たない活動を支えてくれた多くの皆さん。ありがとうございました。心よりお礼申し上げます。
      ささやかながら年に一度のお祭り、恒例のSOS忘年会を行います。ぜひご参加いただきますようお願い致します。
      ラッキーな年だった人もそうでない人も集まって下さい。森羅万象、四面楚歌、自問自答、七転八起、百鬼夜行、 誠心誠意、何があっても何がなくても、とりあえず生きてることに乾杯!

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      -秋は盛りだくさん-


      芸術の秋/池田邦博さんおめでとう!
       秋の美術展に作品を出展した池田さん。なんと「古賀秀一賞」を受賞されました。おめでとうございます。
      素敵な色使いで大胆に素直に花の生命力が表現されています。
      バザーの秋/みんなお疲れ様でした!
       サンアビ祭りは雨が降らないという神話はもろく崩れ初日は雨なのでした。その上寒いのでした。ヒェーって な感じです。しかし、しかし、頑張ってバザーはやってきました。久冨さんや末藤さんの作品が売れたりとそれ なりの成果がありました。翌日は晴れ。お祭りの抽選会でなんとなんと、久冨さんは抽選で米10キロ獲得。松本 優子さんは食器洗いをゲットしたのであります。障害者同士の結婚式などもあり、記憶に残るサンアビ祭となり ました。みなさんお疲れ様でした。

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      -シネマで愛して/ 仁義なき戦い-


      うまく説明できないけど「好き」って言うことがあるのであります。それでも「何故」って問われると「好きなも んは好きだからしょうがないのである」と言わざる得ないのであります。自分でもわからないことを説明できる 訳がありません。このシネマ理屈ぬきに大好きであります。大好きなものはそれだけで価値があるので、大切な 恋人のように人にお勧めしないのがよろしいと思います。でも言わずにはおれないのであります。
       古い古いシネマとなりましたが、年に1回は必ずビデオで見直しているのであります。シネマが好きになると きというのは、その時代の中で自分が無意識に探しているものとリンクする作品と出会ったときではないかと思 うわけです。うーん、やくざ映画がどうリンクするんだと自分でも思いますが、多分私はこのシネマを「東京物 語」という家族のありようの日常を淡々と描いた名作と同様にとらえていたのであります。
       盃を起点とした疑似家族に温かさと安心を求める男たちの心情も痛いくらいにわかりました。逆にその関係を 利用した利己主義的な義理人情の押し付けに対する若いやくざたちの暴発にも共感を覚えます。
      悶々とした施設暮らし。疑似家族化される管理体制。不満はあっても仁義の前にうなざれるしかない現実。
      今で言うパターナリズムの極地ですごしていた私は、画面の中の若いやくざと同じ年でありまして、いろいろ感 じたのであります。しかし、感じたことを自分の中でまとめあげることなどできるはずもなく、単純な私はスク リーン全編を彩る広島弁を使う事によって、このシネマと一体化した気になったのでありました
      何はともあれ、一つだけ思い定めた事は外から押しつけられた義理人情よりも、自分の内から湧き出る義理人情 を大切にしようということでありました。

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      -障害学X・劇団MAM-


      捨てたんだよ、あんた捨てたんだよ! 「 LINE・歌え自分の歌を」より
      障害や障害者というと、福祉の枠内でしか捉えられないし語られないという現実があります。それは人間関係に も影響して、障害のない人となかなか対等になれなかったりするものです。しかし福祉という軸をずらしてみると 障害や障害者という存在から社会や文化をとらえ直すと違う世界がみえてくると思います。
       私たちが昨年演じた劇「ムーン」の縁で知り合った、日本初の精神障害者劇団MAMの北九州演劇祭出場作品を戸畑 市民会館で鑑賞してきました。レッテルをはられ、決めつけられがちな当事者たちが舞台という場を得て、表現す る意志と情熱でレッテルを投げ返すというよりも、レッテルをいったん引き受けて抱きしめながらも、なおかつそ の意味を無意味化し、さらにレッテルをはることで存在証明を行う人々へ「そんなことはしないでもあなたはあな たとして存在している」という空気を送りだします。それは舞台から会場へ、会場から社会へと流れ出していくよ うに思えます。そう空気のようなもの、それを文化と呼べばここには障害当事者がつくり出した共に生きる文化が 見事に存在しています。
       主役を務めた藤井さんは言います。「観客の拍手を聞いたとき、自分の中で何かが変わった」と。
      レッテルや福祉の枠をずらし自己表現によって社会に登場する当事者の文化たち。なんだかうれしい。なんだか誇 らしい。エンパワーメントする当事者の表現活動にわくわくするのです。
       藤井さんの「睡眠薬を飲んだことありますか」で始まる独白のセリフの重さ。出演者全員がひとり一人希望を語り 出すシーンは胸をうちました。まさにMake A Move(動き出そう)という劇団名にふさわしい劇でした。2週間後の山 口での公演を控えているMAMの皆さんの成功を祈りたいと思います。

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      -活動報告-

               

      10月


       31日 バリアフリーワークショップ 100名を超える参加で中心街のバリアをチェックしてきました。もや
          いも協議会の一員として参加しました。バリアフリー基本構想に活かしてほしいものです。

      11月


         1日 講師派遣 糸島郡前原中学校にて「健康と福祉」について講演してきました
      3〜4日 サンアビ祭り バザー出店しました。
        6日 講師派遣 ホームヘルパー養成講座で「共感的理解と基本的態度」について話しました。
           SOS事務局会議 各種取り組みや12.1イベントについての打合せをしました。
        7日 協議会事業部会 委託事業の委託に向けての話し合いをしました
       10日 劇団MAM公演激励 ムーンを通じて若干の交流ができた精神障害当事者劇団「劇団MAM」の北九州演
           劇祭での公演が行われ激励をかねて観劇してきました。劇はとにかく良かったです。
       13日 SOS事務局会議 12.1イベントと忘年会についてを中心に話しました。
       14日 企画・政策部会 いきいきふれあい祭りに関してなど。
      17〜18日 いきいきふれあい祭り バザーをおこないました。
       20日 ユニバーサルデザインシンポ 市主催のシンポにパネラーとして有松ゆ出席。
           講師派遣 ホームヘルパー養成講座で「疾病の理解」にさいて講演。
       22日 行政と協議会意見交換会 提出していた要望書に基づいての全体の意見交換。
       24日 SOS集会 活動報告と意見交換
       27日 障尊塾救援コンサート 久留米にてCIL八女、CIL浮羽の救援コンサート。
           SOS事務局会議
      ★編集後記★
      寒くなりました。みなさん元気ですか。今年もあとわずか早いですね。さて、渡辺さんがもうすぐ鹿児島に引 っ越しされます。寂しくなります。お母さんも含めお世話になりました。長い間ありがとうございました。遠い ですけど時々遊びに来てもらえればと思います。体を大切にお過ごし下さい。
       では、みなさんも風邪に気をつけて下さい。では。

      2001年10月30日発行

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      -ブルーライトヨコハマ そして東京砂漠-


      お元気ですか。イマジンの詩が身に沁みる時代です。逃げまどう難民の人たちの悲惨さと、逃げることも難し い障害を持つ人の悲惨さに心が向かいます。憂愁の季節です。みなさん風邪に気をつけて下さい。

      初めての横浜は夕暮れで、ちらほらと灯りがともり始めておりましていい感じでありました。「街のあかりが とてもきれいねヨコハマ」と思わず懐メロがでるとこが悲しい所であります。さて、障害者援護協会という障害 者やその親たちを中心にした組織が行政から色んな委託事業(年40億)を受け、注目すべき取り組み(共同作業 所・デイサービス・人権擁護・生活支援センターなどなど)を行っているとのこと。ずーと行きたいところの1つ でありました。今回やっと行くことができました。
      担当の人とゆっくり話をしました。協会の基本的原則は3つあります。当事者性・運動性・開拓性です。この原 則を大切にして、けして行政の言いなりにならずイコールの関係で、当事者の真のニーズを施策化し運営してい くことが実践されています。
       今後の協会の方針として人権擁護の活動を強めたいと言うことでした。翌日は東京でDPI障害者人権擁護セン ターや、支援センターハーツの職員と合流し参議院会館に堀議員(全盲の障害者議員)を訪ねました。
      その後、なせか新宿をさまよったのです。久しぶりの東京で超低床バスを頻繁に見かけたり、大江戸線のバリ アフリーなどを体験。しかしなにより人の群れのすざましさと、誰一人知らない人々に囲まれ頭痛発生。
      薬を飲むのに水を探しました。うーん。まさに東京砂漠だ。

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      -DPI訪問そして障害者の日イベント-


      本の町神田、地下鉄のすぐ目の前にある総評会館の1Fに、DPI日本会議の事務所はあった。資料の山に埋もれ て金さんはワープロをたたいていた。福岡から東京に移り住んでもう何年たったんだろう。時の流れは速い。
      障害者スタッフは、来年に迫った札幌でのDPI世界大会の準備に追われている。隣の事務所は障害者総合情報セ ンター。ここでも重度の障害者スタッフが全国の活動家への情報発信に追われていた。闘う空気に包まれて元気 をもらってきたのでした。
      21世紀最初の障害者の日イベント もう一度人権からはじめよう
       今回で15回目になる「障害者の日記念イベント」。振り返ってみるといろいろやってきたなと思います。多く の人に支えられて、やってこれたんだなとあらためて思います。今は亡き砂田明さんの鬼気迫る水俣一人芝居 「天の魚」。小室等さんのコンサート。知的障害者の世界を描いた「しがらきから吹いてくる風」。大牟田高校の吹 奏楽と障害者の手紙ジョイント。そして昨年のムーン。色んなシーンが頭を巡ります。
       そして迎えた21世紀最初の障害者の日イベント。会議を重ねた結果SOSで昨年から始めている「障害学」という 名の学習会と運動する形で、ちょっと大きな学習会をやろうということになりました。
      福祉が大きく変わるときです。ソーシャルワークのありようも障害当事者のあのようも変革が求められています。 また、21世紀は人権の世紀といわれます。わかったようでわかりません。人権とは何か。人権を支える文化とは なにか。わからない時は語り合うしかありません。「もう一度人権からはじめよう」そう思います。
       ソーシャルワークを志す学生さん。現場で立ち働く施設職員の方、地域のヘルパーの方、障害当事者のみなさ んや親御さんたち、福祉に興味ある方など。ぜひ多くの人に参加してほしいと思います。心よりお待ちしています

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      -ヒューマンライフ・スクランブル-


      SOS・10月集会の報告
       横浜の援護協会の取り組みの報告が資料を使って説明されました。予算や各種事業の取り組み状況などSOS活動 に参考になる話でした。
      12月1日の「障害者の日イベント」は、チラシと資料引換券をみんなで分け、宣伝していこうということになりま した。そのほか、サンアビ祭り、バザー、アンテナショップ、カレンダー販売などの各取り組みの担当者から報 告やお願いがありました。
       課題が多くて、今回のミニ障害学「セルフヘルプグループ活動」の学習は次回に回すこととなりました。
      参加者のみなさまおつかれさまでした。

      もえの国から
       20日の土曜日のお昼から、第4回目の「もえちゃんの就学を考えるつどい」が行われました。
      前回は、障害児のお母さんたちや教師のみなさんなど参加者が多かったのですが、今回は、少し参加者が少なか ったです。しかし、もえちゃんが小学校の運動会でかけっこに参加したことなど、その後の報告やこれからの取 り組みに向けての知恵が出されまた。

      セルフヘルプグループ活動への第一歩
       はやく、ゆっくりまいりましょう

       ヘルパーを利用している障害者同士が顔見知りになって、ヘルパー制度を自分たちの制度としてもっと自由に 使いたい。そんな思いで何人かの人と一緒にヘルパー利用者に呼びかけました。
      10月13日、30人近くの人たちが集まりました。1回目ということもあり自己紹介くらいで終わってしまいました
      けど同じ団地の人の顔がわかったり、障害によって使える制度に差があるという意見が出たり、話を深めるとこ ろまではいかなかつたけど、これからのきっかけにはなったかなとは思います。
       障害も年齢もいろいろで気づかない事や失敗も多かった1回目でしたが、次回は来年3月〜5月頃になります。

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      -短歌で啖呵-


      生きよ我が歌より強く 常に病む者の哀しみを 傍らにおき

      かへるでのまさをなる葉は風に揺れつつ
            仰ぎてわれは 深く息吸う

      街路樹の淡き葉影の揺動を
            踏みつつ歩む春 あつき真昼

      潮ひけば濁る川底あらはれて
            形崩れし 廃船のあり

      ふたたびは帰り得ざると思いつつ
      橋渡りゆく 明日はあるべし

      はるかなる君より来たる手紙読む
      若かりし日の 裏切り苦し

      作者Fさんについて PARA2


       2回にわたりFさんの短歌を楽しませてもらいました。中間色の彩りの淡さが詠んだときに  な空間を与え てくれます。いいなーと思います。前回の5首に比べてゆきすぎる季節と立ち止まる恋が具体的にうたわれて て、前回の人生そのものをゆるやかに抱きしめているのとは趣がちがい記憶に残ります。短歌といえば寺山修 司や道浦母都子しか知らないのですが、両者の緊張感を強いる間合いみたいなものもいいけど、五木寛之風に 言えば「大河の一滴」風なFさんの短歌は癒やし系の音楽みたいで気が楽になる気がします。
       などと勝手に解釈しております。みなさんはどう思われたのでありましょうか。これからも時々短歌を書いて ほしいなと思いますし、エッセーなども披露してほしいなと思います。Fさんどうでしょうか。

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      -活動報告-


      9月


        29日 障害者フォーラムに参加 障害者協議会で取り組んだフォーラムは300名を超す参加者と、当事者
            や関係者のアンケートに基づいた議論や参考にすべき先進地の報告講演が行われました。
        30日 NPO会議

      10月


         2日 SOS事務局会議 各種取り組みの報告や12・1名義後援やポスターチラシ等について話を深めま
            した。   バリアフリー住宅士要請講座へ講師派遣 ノーマライゼーションの起源や理念について
            話してきました。
         5日 肢体協会研修旅行参加
          9日 SOS事務局会議 各種取り組みの報告や今後の予定についての確認。
         11日 CILくるめ古川所長来訪 今後の障害者施策の動向についての意見交換と12月1日の障害者の日イ
            ベントの打合わせ。
        12日 協議会の要望書を市長に提出 2001年度の協議会の統一要望書を市長に提出するのに参加しまし
            た。今後、行政とこの件についての意見交換をする事になっています。
         14日ー17日 横浜・東京訪問 SOS並びに協議会の今後の展開の参考に、横浜市の援護協会の取り組み
                やDPI日本会議の取り組みを学びに行ってきました。SOSの方は集会で報告しましたが、
                協議会は11月の企画政策部会でおこなおうと思っています。
          20日 SOS集会 次回11月集会は24日(土)午前9時30分から福祉センター。
            もえちゃん就学 しなやかにしたたかに、元気に知恵を出そう。
          23日 12・1イベント外回り すこしでもヒューマンライツを拡げようとイベントの宣伝に動き始めました。
             SOS事務局会議 事務局体制になって10年目ということは、500回近い事務局会議が行われたと
            いうことです。SOSは金と力は気持ちがいいくらいありませんが、会議だけは気絶するくらいあ
            るのでした。
      ★編集後記★
      末藤さんの愛犬チロ失踪事件発生。末藤さんは落ち込みみんなは心配しましたが、もやいの大家さんの犬好き のネットワークが活躍し奇跡的に発見しました。チロは家を出ておそらくもやいを目指して来たのでありましょ う。途中でヒモが何かにひっかかり保護されたとのこと。しかし、もやいを目指すチロの姿を思うとグッスン。
      泣けてきます。

      2001年9月30日発行

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      -障害児カレンダー旅立て-


      障害児ARTカレンダー「きらめきKIDS」が皆さんのご協力で少しずつ売れ、現在200枚を超えました。
      子どもたちの作品がいろんな所へ旅立ちます。これからカレンダーの季節。多くの人に宣伝して、さらに拡げて いきたいと思います。

       シネマで愛して/ドライビング・ミス・デイジー

       人は覚えたものを糧に明日への扉を開いてきた


      ちょっとうれしい事があると、頭の片隅で流れるメロディーはビートルズだ。それも初期の頃のちょっとボッ プな奴。これが定番だ。確かこのシネマを見たときもそうだった。その気分にさせてくれたのは、主演のジェシ カ・タンディの演技と存在でありました。見た人も多いと思うけど、いいよなー。素敵に可愛い女性なのです。
      アカデミー賞、そりゃ取るでしょうよって感じです。このシネマしゃれてますもんね。日々の暮らしの中で人は コツコツと何かを覚え、積み重ねてささやかな幸せを築きあげようとするわけですが、しかし、時に差別や偏見 という名の迷路に迷い込みます。悲しいことに人は迷いこみます。
       ユダヤ系の未亡人もまた、迷路の中にあり、黒人の運転手との間に、滑稽なほどの誤解が生まれ笑いさえ誘い ます。そう、この黒人の運転手のモーガン・フリーマンも演技に味があるのです。未亡人が少しずつ迷路から抜 け出し、そしてついに出会いから25年。80才と90才を超えた二人の心は見事に通い合うのです。そのラストシー ンの何気なさは本当に自然で美しいのでありました。うーん、このシーンが、ビートルズにつながるんだなと思 うのであります。
       考えてみたら、僕らも他者も受容の信頼を求め、迷路の中でドライブを続けているようなものかもしれません。
      さてさて、忙しさにかまけてシネマを見る暇もないとは思いますが、皆さま、季節は秋。心が何かを吸収したが る季節です。しばし時を止めて素敵なシネマをいっぱい見て下さいね。
      そして、心をちょっとポップにして、好きな歌を口ずさんで思いっきり秋にしましょう。

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      -障害者就労フォーラム/夢をあきらめないで-

       一人でも多くの人に来てもらえるよう呼びかけます


      もやいも参加している障害者協議会主催で、上記のように「障害者就労フォーラム」を開催します。
      現在、協議会としてみんなの力を集め、障害者の働く場・生きる場つくりを始めていますが、今回の催しは、も ちろん行政の出席も得て、みんなで協働で社会的就労の場を作ろうとするものです。400人を超える人の思いを 集めたアンケートを中心に議論を進めます。また、障害者団体と市民と行政が協働して色んな働く場をつくり出 している大阪の取り組みも報告されます。一人でも多くの人に集まってほしいのです。いそがしいとは思います が、ぜひ、当日会場へきてもらえませんでしょうか。心よりお願いします。

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      -ヨーヨー・マのグリーンデスティニーを聴きながらローヤルでも飲めたらなと思います-


      ☆☆ 13年前キム・ジョンオクさんは松葉杖をついてやってきた
         狭いアパートに気兼ねしていたが
         その日は泊まってくれて語り明かした
         そして、今年12月に再びやってくる
         DPI障害者権利擁護センター所長として
         車椅子に乗って明日のために☆☆
       真夜中、パソコンを打ちながら、喉が渇くとヤクルトを飲んでいます。何故、ヤクルトなんだと思いつつ、ち ょっと絵にならないなとため息をつきます。夜のため息はいけませんね。一気に心が重くなります。パソコンの CDからはマイナーな曲が流れ、見事に心は盛り下がる一方なのです。こうなってはいけません。暗い思い出がよ みがえったりします。トラウマアゲインなのです。咳払いをし、流れを変えようとCDを変えてみました。ちょっ と楽になりました。
       秋の夜長、どんな音楽を聴くかもけっこう大切です。モーニング娘でもかまわないと思いますが、夜中男が一 人で聴くには少々恥ずかしく、ある日偶然手にしたCDを聴いたらこれがいいのです。いろんな人の作品が入って ますが曲だけなので、詞を追いかけてパソコンが止まるということがありません。今はこのCDのお陰で仕事が少 しはかどってきましたし、一服して真夜中の考え事にも少し余裕が出てきました。曲の中に偶然、僕の好きな「 サイダーハウスルール」という映画のメインテーマ曲が入っていました。いいシネマだったのでシネマで愛して でも取り上げました。それと、ヨーヨー・マの曲もいいのです。この曲に合わせてヤクルトをサントリーロイヤ ルに変えようと思いますが、僕は酒が飲めませんので、せめてミルミルに変えようと思います。(何のこっちゃ)  長いメールになりました。キムさん障害者の日のイベントはよろしくお願いします。

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      -秋のバザーシーズン/第一弾IN恵愛園-


      こんなにさわやかな風が吹いたバザーはめったにありません。いつも寒すぎたり、暑すぎたりとかなり苦戦して いるのです。今回はラッキーでした。チームを組んだ若いボランティアの人たちもすごく良かったし、製品もず いぶん売れたし、秋のバザー第一弾は、いい船出ができました。今年の初めから始めたビーズ作品も、みんなで 楽しみながら工夫して、作品も増えつつあります。とびっきりいい素材で、オリジナルティーにこだわった作品を つくり続けたいと思います。今後もよろしくお願いします。参加者のみなさんお疲れ様でした。

      辻君研修アゲイン


       今年の春、大牟田養護学校からもやいに研修に来た、元気印の辻君が再び秋の研修生として帰ってきました。
      前回の研修でホームページの作成を取得した辻君。今回は新しく買ったノートパソコンを持ち込んで、ホームペ ージのパワーアップや動画のマスター、さらにもやいと合同でのチラシづくりもこなしてくれました。担当の有 松温之さんの教え方にも慣れ、息はピッタリ。うーん美しい師弟愛なのであります。やさしいお母さんと永ちゃ んの大ファンのユニークなお父さんも時々訪ねてくれます。差し入れありがとうございます。
      ぜひ、みなさんも辻君のホームページにGOしてくださいね。

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      -啖呵で短歌-

      *生きよ我が歌より強く 常に病む者哀しみを 傍らにおき*


      ◎碧落に桜は映えてわれは病み
                  ひとりしなれば暗き春かな

         ◎遂げ得ざる恋を思へばせつなきに
                  ひと焼く煙なびく夕空

         ◎心病む若き女の首ほそく
                  照る秋の陽にさらされており

         ◎捨てられし古き机や木の椅子の
                  月にほのかに華やぎており

         ◎ふかぶかと黄昏にわれはつつまれて
                  世界はいまやひとつの母胎
      作者/HFさんについて
       心の奥深いところから言葉が紡がれる時、怒りや哀しみが渦巻いているのでしょうが、たぶんHFさんはそこか ら遠い地点で歌を詠むのだ。静かに静かに言葉が積み上げられて歌となる一瞬。その一瞬には、それでも人であ ろうとする身もだえの擦れる音がするのだろうか。どんなに静かな短歌でも、諦念の彼方からやってきた短歌で も、それはひとつの存在証明のために土壇場で切られる啖呵ではないのか。などとつい思ってしまう。精神障害 当事者として、ふらりふらりともやいに訪れるHFさん。凪いだ海の様におだやかな時をつくりだしては、ふらり ふらりと帰路につかれる。かって荒れた海をこなした漁師の背中で・・・。しばらくはHFさんの短歌を楽しんで ください。それにしても僕らは何を傍らに置いて生きているのだろう。もの思う秋なのです。

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      -活動報告-

               

      9月


      1日 協議会合宿
               合宿2日目は、障害者就労フォーラムに向けての事前学習会をやりました。
               両日とも前回を上回る参加者で熱気につつまれました。
           もえちゃん就学問題
               2回目の集まりがもたれました。近く3回目がもたれます。
        4日 SOS事務局会議
               バザーの手配や協議会の取り組み等の報告がありました。
        6日 全体手芸
               9月15日のバザーに向けて制作
        10日 養護学校研修生受け入れ
               前回研修生としてもやいにきてくれた辻君が元気に2回目の研修にやってきました。今回は          9日簡。パソコンの動画の操作ともやいの仕事でチラシ作りをやりました。
        11日 企画・制作部会
               就労フォーラムに向けて最終的な詰めをおこないました。
        13日 全体手芸
              バザーに向けての最終調整作業をしました。
        15日 恵愛園バザー
              前日の雨で、天気を心配しておりましたが晴れ。しかも涼しい。バザー日和となりました。久         しぶりに津留さんも手助けに駆けつけてくれました。玉名の銀河ステーションのリレートーク         の参加者の女性も手伝ってくれて助かりました。手芸教室の皆さんお疲れ様でした
        17日 アンテナショップの会議
              商店街の入り口に福祉施設や作業所の製品を販売するアンテナショップが10月1日からオープ
              ンするのに伴い参加団体での運営会議があり有松由里子さんがもやいを代表して参加しまし
              た。

      ★編集後記★
      ここ数年で、もやいに来てくれてた精神障害者のFさん、Sさん、Tさんと亡くなられ寂しい思いをしています
      とくに秋になるとなおさらです。他のメンバーも長期入院が進んでいます。時々の差し入れと電話のつながりだ けしかできません。つらいものがあります。僕らはもっとエンパワーメントしていきたいと思います。
      では、みなさん又来月。風邪に気をつけて。

      2001年8月30日発行

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      -銀河ステーション・解放区-


      残暑です。なんとなく季節のはざ間が続きます。みなさん、夏の疲れと思い出は整理できたでしょうか。
      松尾さんの子どもの名前が「夏海(なつみ)」ちゃんとつけられたとのこと。サザンの曲が聞こえそうでいい名前 だな。

                                            


             「銀河ステーション・解放区」と名付けられた、24時間リレートークは
                    8月4日セミ時雨の中12時スタート
           知的障害者の通所施設の施設長であり障害者の親でもある阿部さんの
          どうにも収まりのつかない深淵の彼方からの「怒り」が作り上げた祭りは
                 5日セミ時雨の昼下がりに終了しました
             大学教授陣や市民グループの代表そして障害当事者と若者たち
                   24時間投げかけられた言葉と思い
                    形にならないもどかしさの中で
                  奏でられたのは若者に対する希望の歌と
                タテからヨコへ人のつながりへの願いありました

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      -よかったすよ。うん、たのしかったです。かなり。-


      24時間を完走した原田君は、ファミレスで遅い昼食をたべながら、左のような感想を述べたのでした。
      案浦さんが発言し、それを間違って受け止め、議論を進めていた大学教授に、訂正を求めたり、障害者の性にま つわる疑問を会場に投げかけたりと、物怖じしない態度は見事に解放区にありました。
       特別セッションで、重度の女性障害者のダンスが幻想的におこなわれ、それが障害者と芸術の議論を呼び、さ らに、有松さんの「障害者の恋愛と性」についての提起で恋愛論へと、リレートークは深夜に佳境へとはいって いきました。
      福祉とはなにか、ボランティアの義務化は是か非か。課題はつきません。最近、福祉系の学生が、実習先での現 場の矛盾に突き当たり立ち尽くしたり、就職後矛盾に押しつぶされ、やめていくケースが増えています。
      バーンナウトと名付けられたこの現象は、若者の特性故にふえています。
       矛盾の壁の前で、間違ってるのは自分の方だと思い込む人、思い込めない人、いろいろですが、思い込めない 人に、あなたは間違ってはいないこと、そして、そこからもっとしなやかに、したたかに矛盾と格闘して行こう よと呼びかける声が、いろんな人から形を変えて会場に投げかけられました。
       主催者の阿部さん怒りをあらわにした施設の虐待の実態。仙台から来られたユニークな市民活動特に宅老所活 動で知られている池田さんは、弟さんが障害を持っていたことから感じた社会的な怒りの表現をされるなど、心 が凛とする話が散りばめられた24時間でした。
       「これから久留米に花火大会を見に行きます」原田君はこともなげにいってのける。若さに圧倒されつつ、一 刻も早く眠りたいと、SOSの参加者はこれにて解散ということで、ファミレスを後にしたのでした。

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      -夏祭り こころ浮かせる 闇を待つ-

      秀島さんの元気がみんなを引っ張り、市民総踊りの夜は大いに盛りあがりました


      恒例になった、市民総踊りへの参加。今年ももやいは30名で参加しました。久しぶりの山道さんや初めて参加 してくれるヘルパーさんたち。それに昨年度欠席だった秀島さんが今年は参加。「花火がドーン」が復活し、楽 しい踊りとなりました。みんなで宣伝のために着た「きらめきキッズ」のTシャツも好評でした。
       参加者のみなさん、おつかれさまでした。

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      -ケアマネージャーリーダー養成講座・中央研修IN神奈川-


      一昨年、久留米でのケアーマネージャ養成講座に参加していた関係で、福岡県の方から、今年の中央での「リ ーダー養成講座」への参加の要請があり、これを受けて有松由里子さんが、サポーターの沖中久美子さんと共に 19日から5泊6日の講座を受講してきました。
       おそらく、来年は国の試行事業として大牟田でのケアマネージャー養成講座開催という事になるようです。そ の時は、有松さんと沖中さんが主導的働きをするようになります。乞うご期待です。多くの障害当事者の受講と 人権を中心に据えた、いい講座にしてほしいと思います。お二人ともお疲れ様でした。

      SOS8月集会報告


       めずらしく朝早くからの集会となりました。夏の集会はその方がいいのかもしれません。
      各活動の報告は、障害者協議会の活動報告や今後の予定。ケアマネージャー「リーダー養成研修」の報告。カレ ンダー販売の状況。夏祭り総踊りの件。などなど。
      障害者の日のイベントの案も検討され「障害学ノススメ/日本そして世界のヒューマンライツ」という、学習会 をおこなうこととなりました。また、ホームヘルパーの派遣に関しての要望が出されみんなで話を深めました。
      次回の9月集会は22日(土)9時半から福祉センター。参加お待ちしています。

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      -もえの国から・・2001-

      ワーキングみほママのもえ'Sヒストリー!


      携行品には、着替えなどはもちろん1日2回の定時に服用している薬、とっさのときの座薬、携帯用酸素ボンベ 体温計、紙おむつ、食事をすりおろすためのおわん(すり鉢)とすりこぎ、スプーン、小さなカップなどなど、準 備になかなか大変である。それでも、車に乗って出かけることが好きなもえは、車に乗ると目をらんらんと輝か せてはしゃぐ。「眠ってたまるか」とばかり、大きな声をあげる。車椅子で歩き回るときも足をバタつかせてお おはしゃぎだ。その後、南阿蘇、霧島温泉と泊まりの旅行へとチャレンジしてきた。この夏、どこにいこうかね? もえ。本当に年々、たくましくなったもえの成長ぶりに驚いている。
       もえのような染色体の異常のある子どもたちがつながってできたFOURーEAVESーCLOVERS(FLC/四葉のクローバ ー)という組織がある。染色体異常と言うと、ダウン症は良く知られているが、実に様々な異常が存在している。 思えば23本が2対、つまり46本もある染色体のどこか一部が入れ替わったり、少し多かったり少なかったりする のもうなづける。
       小さい頃、記念グランドで四つ葉のクローバーを必死で探していた。本当に見つけたときは、本当に幸せがき たような気がしたものだった。この四つ葉のクローバーもまさに染色体異常そのものである。
      もえも、私たちに幸せを運ぶ四つ葉のクローバーなのかもしれない。

        ★2000年1月号からスタートした「もえの国から」も、20回の連載となりました。
       もえちゃんも来年小学校。時の過ぎるのは早いものです。さてさて、就学前のもえちゃんのヒストリー  は、これで一段落となりました。まとめて読み返したい方は、ホームページで一括してお読み下さいね
       もえちゃんの小学校編をいつかまた、書いてほしいと思います。
       今まで読んでくれたみなさん。ありがとうございました。いろんな人が読んでくれてて、連載が終わると  淋しいという声も聞きます。必ず連載開始をお願いしたいと思います。
       もえちゃん。君は四つ葉のクローバーですよ。ではまた★

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      -活動報告-

      8月


       2日 障害者協議会ヒアリング
              協議会として行政に提出する要望書作成のため、参加団体の要望を聞く。有松由里子さんが出         席し、SOSの要望を説明しました。
       3日 市同研主催の実践交流会
              研究協力者として1名派遣。会場では障害児ARTカレンダーの販売もしてもらいました。
       4日 24時間リレートーク
              玉名の銀河ステーションのお誘いで案浦さんや原田さんなど4名参加。熱烈バトルにもくわわ         り完走しました。
       6日 ピースサイクル来訪
              毎年恒例のピースサイクルの皆さんが立ち寄られました。交流の後、猛暑の中を自転車で長崎         目指して出発。もやいのビーズ作品を買っていただきました。うーん。ピースサイクルという         よりもビーズサイクルだ。ありがとう。
       7日 研修
              杷木で1泊2日の研修をしました。「エンパワーメントとパターナリズムについて」
       10日 夏祭り反省会
       19日〜24日 ケアマネージャーリーダー養成研修IN神奈川
       20日 バザー
              文化会館の「母と子の映画を見る会」でカレンダー等を販売させてもらいました。
       21日 事務局会議
       22日 企画政策部と事業部合同部会
        研修や就労フォーラムに向けた話し合いをしました。
       25日 SOS集会
        ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
        ☆ 視点は人権、視線は共生/SOS障害者の日記念学習会・障害学ノススメ ☆
         ☆    スピーチ 「日本そして世界のヒューマンライツ」      ☆
        ☆       DPI障害者権利擁護センター所長・金 政玉       ☆
        ☆   ガチンコトークセッション 「人権文化をいかにつくるか」    ☆
        ☆          パネラー5名VS参加者全員            ☆
        ☆        12月1日(土)午後1時スター              ☆
        ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
                ★編集後記★
      西山敦子さん、月山和彦さん、松尾ご夫婦、それぞれ素敵な暑中お見舞いありがとうございます。
      木のはがきだったり、夏海ちゃんがセブンイレブン生まれ?だったり、引っ越しされたりと、いろんな情報や工 夫があって、楽しませてもらいました。それでは、みなさん秋に向かってエンヤコラと歩き出しましょう。

      2001年6月30日発行

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       梅雨が明ければ、大蛇の山のお囃子の音がどこからとなく聞こえ始め夏を実感します。今年の夏もいっぱいの 汗が流されるのでしょうが、夏の終わりに希望のしっぽでもつかまえられたらうれしいものがありますよね。
      では、よき夏を!!

      -シネマで愛して・・・サウンド・オブ・ミュージック-

      「君は若いしナチの本当の正体を知らない。私たちといっしょに行こう」


      ミュージカルシネマと人参は苦手なのであります。あのマドンナが数年前「エビータ」でミュージカルシネマ に出たときも、心は揺らいでも結局見なかったのです。ただ、10代の後半、なぜかこのシネマだけは見たのです。 主人公のマリアとトラップ大佐との恋愛や、子どもたちとマリアのふれあいのあまりの純粋さと正しさに、なに か恥ずかしさを感じながらも、劇中歌「エーデルワイス」と、舞台の背景になっていたナチスの侵略や、その不 当性と戦うトラップ大佐の凛とした生き方は記憶に残ったのであります。
       その日から十年以上の時が過ぎ、僕がノーマライゼーションの父といわれた、デンマークのニッケルセンの生 い立ちを知ったとき、このシネマが記憶の底から浮上したのです。シネマと同じナチスと戦い、収容所に入れら れたニッケルセンは、そこで人権を剥奪され人間の悲惨さを体験し、終戦後、同じようにナチスと戦い収容所に 入れられた多くの障害児の親たちと力を合わせ、障害者を特別な場所に隔離せず、全ての人と共に地域の中で生 きていくべきであるというノーマライゼーションを唱え実現しました。
       そして今、ノーマライゼーションという人が人であるための革命は、障害者に限らず全ての人の隔離を許さな い思想に成長し、世界中に静かに共感の和を拡げています。
      サウンド・オブ・ミュージックは、アカデミー賞を受賞した作品なので、多くの人が見てると思います。
      ドレミの歌はあまりにも有名で、ジュリーアンドリュースも超有名。監督のロバートワイズは、その後「スター トレック」のシネマ版も制作。しかし僕にはそんなことより、何となくノーマライゼーションを連想するシネマ として再記憶された不思議なシネマとなったのでありました。

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      -サマーキャンプ今年度中止のお知らせ-


      サマーキャンプで
       どれだけ夏のともだちをつくってきたことだろう
       どれだけ夏のおもいでをつくってきたことだろう
       毎年毎年大変な作業に追われても僕らはどこかで楽しんでいたのだ
       懐かしい顔との再会と新しい顔との出会いがそこにあったから
       しかし
       2001年サマーキャンプのない夏を迎えることとなりました
       残念な思いをもたれる人のことを思うと心が痛みます
       中止の理由は複雑です
       一つは事務所を広くするための改造を行うこと
       一つは新しい障害者の社会的就労をつくり出す動きを起こすこと
       一つはサマーキャンプのバージョンアップを検討すること
       などなどです
       メールや電話でサマーキャンプの問い合わせがあります
       皆さんに報告が遅れて申し訳ありません
       2001年のサマーキャンプは中止とさせてもらいます
       よろしくお願いします
       また来年心機一転必ずお誘いをさせてもらいます
                                

       SOS事務局


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      -SOS6月集会とフリマ報告-


      狭い事務所での集会は久しぶりでした。20名を超えると身動きもできませんが、それもまたよし。要は気合い と思いかもしれません。
      話の中心は障害者協議会の取り組みの説明と、各取り組み等の報告。協議会主催の9月「障害者就労フォーラム」 に向けてみんなで頑張ろうということになりました。また、NPOや事務所改造の件、キャンプ中止の件、ヘルパ ー利用者の会の立ち上げの意味や経過について、さらには、国のガイドヘルパーや単身入居の規制緩和を受けて、 この街もそうなるように活動を強めようということになりました。
       ソーシャルワークのありようについても意見がでました。狭い事務所には、その日思いがあふれたのてした。
      次回の7月集会は14日(土)になりました。時間と場所も含めて後日連絡します。多くの人に参加してほしいと思 いますので、よろしくお願いします。

      フリマ第2弾/鳥栖



       暑い、売れない、しかし、これもフリーマーケットにはありがち。これしきのことと思えど暑い1日でした
      ニコニコドーの駐車場。みんなでニコニコとはいかなかったけど、みんなお疲れ様でした。

      障害児ARTカレンダー発売


       1月から用意にかかっていた「障害児ARTカレンダー」が完成し、7月1日より発売開始となりました。
      早くも10枚預かるよなどと、声をかけてもらってます。ありがたい事です。
      CD型の卓上カレンダーを買ってくれるかた、また、何枚か預かって売ってみていいよと言われるかた、ご連絡お 待ちしています。定価は1000円。売上げは「障害者の日イベント募金」となります。よろしくお願いします。
      障害をもつ子どもたちの、可能性や元気を、CDケースにパックして多くの人々の机の上に届けたいと思います。

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      -障害学/エンパワーメント-


      ★「エンパワーメント」という言葉が、このごろよく使われるようになった。どうも外国からやってきたらしい  せっかくならしっかりと意味や成り立ちを学びたいと思い学習会を始めました。うーん。学ぶほどにむずかし  い。でも、自分の身にひきつけてみたら、HO、すこし見えてきたぞ。★
       エンパワーメントとは、スティグマ化されている集団の構成メンバーであることに基づいて加えられた否定的 評価によつて引き起こされたパワーの欠如状態を減らしパワーを回復し自己肯定による自己決定を獲得すること。 うーん、なんだか全然わからないのである。顔中スジだらけ状態である。しかし、言い換えてみるとこうなる。
       
      エンパワーメントとは、障害者だからダメだといわれて「わたしはダメだ」と思いこまされているのを。ダメ じゃないじゃん。とあたりまえの自分にもどすこと。
      障害者を女性や、子どもや高齢者など、権利を奪われがちな人達にも言い換えられる。このエンパワーメントが 福祉の仕事をする人達にひろがって25年くらいになる。しかし、正しく理解され実践されてるはいえない。それ どころか、逆に福祉がエンパワーメントできないような状態をつくりだしている。
      「マジッすか?」「マジッす!」こういうときは、はじめにもどること。そう、双六のように振り出しにもどって 出なおしである。そもそもエンパワーメントが福祉の世界にデビューしたのは、1960年代アメリカ。
       当時のアメリカは「公民権運動」という差別された人たちが中心となった差別をなくす活動が活発に行われて いた時代でした。ボブディランが歌い、キング牧師が静かに、マルコムXが過激に戦っていた時代でした。
      その時代、ソロモンは、黒人に対する偏見差別の戦いの中で学び考えながら、大学院で黒人問題に対応する福祉 の仕事のやり方を研究していました。
       そして1976年。一冊の本を書き上げます。
      黒人は、白人から差別抑圧されている暮らしの中で、「ダメな奴ら」と扱われパワーがけずりとられている。パ ワーを強めていくことを福祉の仕事の中心にしなくてはいけないという。「黒人のエンパワーメント」という本 です。それが始まりでした。   (つづく)
       

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      -明日があるさ-


      施設を出ていく奴がいる/施設に残った俺がいる
          焦ることないさ/焦ることないさ/心に言い聞かす
             明日がある/明日がある/明日があるさ
       イソップ物語が心にしみる時ってありませんか。普通ないよなー。けどわたくしには時々ありまして、例えば 「キツネと葡萄」がそうです。自分の手に届かないところに葡萄があると、キツネは「あの葡萄はおいしくない のだ」と決めつけることで、手に入らない悔しさを紛らわす。これって人間もありがちです。いわゆる負け惜し みって奴です。さらにこれが進化すると、手に届くとこにあっても「全ての葡萄はおいしくない」となります。 いわゆるやせ我慢って奴です。さらにそれが進化すると、葡萄を食べてはならないという常識・道徳・思想・文 化がつくれます。おー息苦しい。さてさて、葡萄は人によって何ものかに言い換えることができます。僕らの場 合「自立」に置き換えると、リアリティーがありすぎます。葡萄は届かない、だから焦る、しかし欲しいものは 欲しい、焦ることない、明日があるさと、自分の夢を隠さずにしっぽをピンとたてたキツネでいたいなと思うの であります。
      今度のヘルパーは20代/やさしそうで明るそう
          これはチャンス/これはチャンス/大事に育てよう
             明日がある/明日がある/明日があるさ
       人間関係は難しい。そうかなり難しいことがいっぱいある。自立障害者の一番身近な他人はヘルパーだったり しがちだ。そのヘルパーといい関係が結べるかどうかはこれまた大きな問題なのだ。ここでいい関係が結べれば 、ほかの他人との関係に自信がもてたりする。「他人の関係」は、けっこう人生を左右したりするものかもしれ ない。世代が全然違うヘルパーとの関係。考えたら色々パターンがある。自立したてだと、けっこう関係をつく るのにしくじったり、誤解を受けたりと大変だ。なかなかきちんと話せなかったり、指示ができなかったり等々 。落ち込んだり、焦ったり、ため息ついたり、天を見あげたり。自立生活がうまく進んでいくには、人間関係の ひろがりが欠かせない。そしてその入り口がヘルパーとの関係だったりする。だとしたら失敗はゆるされない。 しかし緊張しすぎても良くないよな。ぼちぼちいこう。今日の反省明日への自信!明日があるさ。

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      -活動報告-

      6月


      1日 就労Aチーム会議
              障害者の就労に関する資料づくりを行いました。
        2日 障害者施策セミナー
              2003年度から始まる「支援費支給制度」の学習会がクローバ春日であり、案浦さん他3名が勉         強してきました。超満員の会場は熱気にあふれてました。
        3日 フリーマーケット
              福祉系のバザーだけでなく一般のフリマに進出しようということで「トリエス久山」という巨         大なショッピングモールに行って来ました。
        5日 事務局会議
              SOS集会の用意が中心となりました。
        6日 就労Aチーム会議
      10日 街づくり講座に講師派遣
              先進的な取り組みをしている「すみよか街づくり」の依頼で1名講師を派遣し「ノーマライシ         ョン」について話をしました。
          NPO法人よかよかネットワーク総会
              声をかけてもらったので行って来ました。「常に自己検証が必要だ」という話や「見学」とい         う言葉の意味についてなど有意義な話が聞けました。
      就労Aチーム会議
      13日 企画・施策部会議
              福祉課も参加しての学習会や「事業部会」の設置の確認とメンバーが決定しました。いよいよ         本格的な就労問題へと活動が始まります。
      15日 就労Aチーム会議
      16日 SOS集会
              約20名の参加で、NPO法人SOSとしての活動や、今後の行事について話をしました。次回は7月         14日(土)です。今回参加出来なかった方も次回はお待ちしています。
      17日 フリーマーケット
              鳥栖のニコニコドー駐車場でありました。
      18日 県福祉課と打ち合わせ
              ケアマネの中央研修と次年度のケアマネ養成講座モデル事業について話をしました。
      19日 事務局会議
              取り組みの報告や、障害児ARTカレンダーの配布の計画を立てました。
              7月1日から発売予定でする
      23日 就労Aチーム会議
      24日 ミニ交流会
              門司のレトロに行って来ました。
      ★編集後記★
      障害者の就労に関する取り組みが本格化してきました。働く場のノーマライゼーションに向けて大きな風が吹 くかもしれません。さてさて、話は変わりますが陽水の最新CD「カバー」が泣かせるのです。
      まるで陽水と一緒にカラオケに行った気分になります。では、また。夏に。

      2001年3月30日発行

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      ありがたきは人の情けであります。バザーの呼びかけにいろんな方が提供品を持って来てくれました。ありが とうございます。心よりお礼申し上げます。みなさん。きれいな桜を楽しんで下さいね。

      満開のさくらの樹の下で


      きらめきキッズのコレクション静かに静かに発進であります

      桜を見ると思い出すのであります。養護学校中学部の卒業式。僕は答辞を読んだのであります。卒業後行き場 のなかった僕はやけっぱちとなり「僕には行くところがありません」と答辞で言ってしまいました。一部の親が 泣き出しました。式終了後呼び出され、怒られると思いきや放送室で答辞の録音をさせられました。未だにその 意味がわかりませんが、桜が満開になると、自然と僕と同じ後輩達へ思いが至るのであります。
       先日、県庁の帰りに入院中の案浦さんのお見舞いに我が母校を38年ぶり訪ねました
      子供たちが色んな歩行器で、車椅子で、松葉杖で、ベンチレターで元気に遊んでいました。きらめく子供たちの 行き交いに、僕はタイムスリップした気がしました。桜は咲けど、きらめきキッズの旅立ちを拒む社会の有り様
      21世紀初めての桜を愛でつつ、あらためて「はがいさ」を噛みしめるのであります。
       さてさて、年明けの事務局会議で、今年の活動の大筋が決まりましたが、その中のひとつの取り組みで「障害 をもつキッズたちのプロジェクト」がたちあげられました。子供たちの「きらめき」がキーワードなのでありま す。大牟田養護学校のご協力のもと作業が進められています。自分たちの後輩とともに作る作業は、やはり楽し いものがあります。「きらめきキッズのコレクション」今年の6月頃には完成です。その時は、みなさんのご協力 をお願いいたします。
       梅は咲いたか桜はまだかいな。
      僕等の本当の意味での花見が出来る日に向けて、いざ。

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      -ムーン久留米公演報告-


      2月25日、久留米市民会館大ホール。ボランティア80名が配置についた。朝早くからリハーサルをこなしたム ーンチームもスタンバイ。副音声のアナウンサーも位置についた。障害福祉課の課長さんの挨拶が終わり、つい にブザーが鳴った。久留米公演スタート。
       前日夜遅くまでの通し稽古で疲れた体を引きずり、午前9時前にはほとんど全員が市民会館駐車場に集合。
      各人ゴンビニで手に入れたパンやおにぎりをパクツキながら、寒さに震え会場が開くのを待つ。10時リハーサル 開始。主催のピア久留米のスタッフは前日も当日も本当に動きがよく多方面に気を使ってもらいありがたい。
       リハーサルは、字幕も副音声も照明も音響も映像もこまかくチェック。聴覚障害者と視覚障害者にも参加して もらい当事者の視点から指導していただいた。セリフや動きや段取りが久留米バージョンになっているので役者 も大変だ。
       午後1時。聴覚障害者の松尾さんの上手な司会でスタート。
      ピア久留米運営委員会の小野会長の挨拶に続き、来賓の障害福祉課の課長さんの挨拶を受ける。福祉課の職員の 人も何人か見に来られている様子。ちなみに、来賓というと、すぐ引き上げるのが多いのですが、課長さんは劇 を最後まで観劇され「いい劇でした」と感想を伝えていかれた。お見事。
      80人のボランティアも、なるべく劇を見たいという事で会場に入ってもらう。劇は順調にスタート。役者の熱演 が続く。照明や音響等、スタッフもいい仕事で熱演に応える。
       午後三時ムーン終了。
      カーテンコールに応える役者に主催者より花束贈呈。代表してパソコ役の荒巻さんが受け取る。続いて、わざわ ざ大牟田から来てくれた宮本さんから花束が。
      つめかけてくれた700人のお客さんに感謝しつつ、ムーン終了。
      後片付けのあと、近くのお店でささやかに夕食と打ち上げを兼ねて乾杯!!

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      -CINEMA THE ムーン-


      ☆障害者等が人間の存在を問うオリジナル劇を公演
      ●朝日新聞筑後版より
      ☆新しい文化がまたひとつうまれました
      ●市の広報誌より
      ☆この劇はすべての人に向けて作られた文化です
      ●FBSニュースより
      ☆この劇は少しむずかしかった。
      ☆FMの副音声とパソコン字幕などの配慮に感心しました。
      ☆月と共に泣いたり震えたり・・・
      ☆すごい迫力!内容、セリフ、すばらしかった。
      ☆泣きました。言葉が見当たりません。深いです。
      ●会場のアンケートより
        

      劇団ポリC入魂の久留米公演完全収録ビデオ発売


       劇団ポリCの久留米公演をカメラ4台で追った「CINEMA THE ムーン」が今月中に完成します。
      生の舞台とはひと味違ったムーンが見れると思います。主題歌もSOSバンドの完全オリジナル変更しました。
      4月から販売します。「買ってやろうじゃないか」という方はご連絡下さい。インターネットでの販売も開始し ます。一人でも多くの人に見てもらえればと思います。よろしくお願いします。
        ムーン映像監督/有松は
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       春うららバザー

       新製品の手作りストラップも登場したぞ


      21世紀共同作業所もやいのバザーは、弥生3月春うららの日曜日。大にぎわいの諏訪公園。もう今年で何回目 でしょうか。なんだかかいを重ねるごとに大きなイベントになっていく感じがします。
      いろんな人の協力でバザーの品物もいっぱい揃いました。手作りの品物も出しました。新製品の「手作りスト ラップ」も実験的に出させてもらいました。これは、今後もやいで力を入れてコツコツと作っていきたいと思い ます。ウーン大牟田中の携帯にぶら下げたいなと、夢は大きな少年剣士なのです。
       参加者の皆さん、介護者の皆さん、お疲れ様でした。次のバザーもよろしくお願いします。
         

       希望を手放すな!!

          

      シネマで愛して・・・サイダーハウスルール


       それはそれはせつないシネマなのです。タイガーマスクがそうであったように、施設で育ったシネマの主人公 もまた哀しみを背負って生きているのです。施設を飛び出してもう一つの現実に飛び出した主人公は、貧しい季 節労働者の黒人たちとりんご園で働き始めます。彼らの寝床はサイダーハウス。何もない小屋なのです。若い主 人公は初めて自由と恋愛と働く喜びを手にします。未来は輝くと思えました。しかし、人であることの現実が襲 いかかってくるのです。いやになるくらい絶望的な愛や、思いを翻弄する宿命なるものに打ちのめされます。
       ドラマチックな展開の中で、何気ないシーンに心が奪われる時があります。このシネマもそうでした。サイダ ーハウスの中に、黒人たちが守るべきルールが書いた紙が貼ってあります。経営者が貼っているのですが、黒人 たちは字が読めずに主人公が読みます。それを聞いた黒人のリーダー格の男が、哀しみや怒りを押し殺した静か な声で言い放つ言葉が、僕は胸が震えたのでした。
       Iさん、君に見てほしいシネマなのです。元気でいますか。元気でなくてもかまいませんが、希望を手放しては いけません。このシネマの主人公のように。最後、彼は施設に帰ります。育ての親の先生は死んでいないのです が、施設の子どもたちが、雪の中で彼を迎えるのです。孤児院という名の施設の子どもたちの喜びの表現に、僕 の人生がフラッシュバックして涙がポロリ。ヤバイ!年だ!

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      もえの国から・・・2001

         

      ワーキングみほママのもえ'S History


      「大牟田にはほかにもこういった子供のための施設がありますよ」「児童相談所はご存じですか」などなど、 ていねいに話しかけてくる。ここで、何もわからずに相談に来た障害児の親なら、その勧めにうまくのっても本 当に不思議ではない。(こんな親たちをつないでいく組織があればなあといつも思っています)
       わたしが聞きたいことは、どうしたらもえが居住地にあるT保育所に通えるようになるか、そのためにどんな ことが必要なのかということだった。加配をつけてもらえないか。給食の工夫(ミキサー食など)段差の改善(ス ロープ)など、具体的なことを話すには直接T保育園を訪ねることしかないと、半分覚悟していた。そのせいか、 福祉課からも特別障害児児童手当の申請をすることで、加配1名が確保できることなど聞き出すことができた。
      とにかく手続きを急いだ。仕事をしながらの申請はなかなか大変で、その度ごと職場に年次休暇を出し、時間を 作って病院に行ったり、市役所に行ったり、病院の証明にはお金がかかったりなど、途中でもういいやなどと、 あきらめる人もいるのではないかと疑ってしまうほどだ。(ここでも相談にのってくれる組織でもあればなあと 思いました)
       一方、福祉課のほうはいい顔をしなかったが、直接T保育所の所長さんに会ってみることを許可してもらった。 あとは行ってみるだけ。もえの運はいつもついているのか、このT保育所の所長さんは、わたしが前任校での保 護者で、学級の役員まで引き受けられたお母さんでもあり、わたしのことを知って「もえちゃん連れてこんね」  と、見学をすぐOKしてくれたのだ。
      4月号につづく

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      活動報告

      2月


      24日 ムーン久留米公演リハーサル
              かなりハードなリハーサルをやりました。
        25日 ムーン久留米公演本番
              大勢の人の協力で公演ができました。何より観に来てくれた700人のお客さんに感謝です。主         催者やボランティアの皆さん本当にありがとうございました

      3月


        1日 クローバ春日出張
             県内の共同作業所の研修と助成金の授与があり、もやいから1名参加しました。
        4日 ムーン主題歌録音
              ムーンビデオ制作のため、オリジナル曲SOSバンドで録音。悪戦苦闘のすえアコーディオンバ         ージョン完成。
        5日 「きらめきキッズコレクション」スタート
              大牟田養護学校の先生や校長先生と全体のうちあわせをおこないました。
        6日 県庁出張/事務局会議
              花見の打ち合わせや各取り組みの報告と相談をしました。
      9日 村上みかさんお通夜
              CIL久留米の村上みかさんが急に亡くなられ急遽3名でお通夜に主席。ご冥福をお祈りします。
           研修生1名来も
              施設のありようについて話が深まりました。
           施設ピアカン
          有松ゆりこが担当しました。
        12日 県庁出張
          県の職員と個別に学習会をしました。
        13日 事務局会議
              バザートの打ち合わせを中心に話がはずみました。
        15日 ストラップづくりスタート
              ますば材料をそろえようと言うことで、みんなでお買い物。
        16日 キッズコレクションづくり
              久冨さんを中心に制作作業をおこないました。
      18日 諏訪公園バザー
              うららかな日差しの中で、バザーがんばりました。
      21日 障害者協議会企画政策会議
              当事者の真のニーズについて出し合いました。
        23日 課外研修ミニ交流会
              博多に行ってまいりました。
        25日 はやめ天満宮バザー
              初めての経験ですが天満宮でバザーを出しました。
        27日 佐賀よりもやい見学
              ムーンを観られた障害児のお母さんと教師の人達がやってきました。おもに劇の話を聞きたい         とのことでした。
      ★編集後記★
       ホームページの訪問者がついに1万人を超えました。嬉しいものがあります。この新聞もいろんな人が見てく れてると思うと、力がでるのであります。春真っ盛り、空の広さを確かめながら自分の翼で飛んでみたいとなと 思います。では、また来月。風邪に気をつけてくださいね。

      2001年2月15日発行

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      「梅は咲いたか桜はまだかいな」っていう時期になりました。木の枝の先をじっと見ると、小さなつぼみが見 えました。春の用意が進んでいます。春を歌った歌は多すぎるほどありますが、皆さんはどんな歌を口ずさまれ るのでしょうか。

      可能の王国へ/シネマで愛して・・生きる

      厚生労働省社会援護局障害保健福祉部障害福祉課長補佐補佐・宮原さんは「介護保険制度と障害者施策」とい う与えられたテーマから意図的に脱線し、障害福祉の今後の有り様を熱を込めて話した。そう、人権をキーワー ドに、話は熱を帯びた。一方、国土交通省総合政策局交通消費行政課交通バリアフリー対策企画官・水信さんも又、 省内で孤立しながらも、パブリックコメント等を活用しながら、当事者の意見を集約しバリアフリー法に生かし切った 経過を真摯に話した。
       少数であれ、戦う官僚は、自分の持ち場で凛とした政策を貫らぬこうとしている。大きく福祉が変わる。昨年 その前兆が相次いだ。
       バリアフリー方が施行され、福祉法も改正された。総合教育も法的に位置づけられた。いや、そんな大きな事 だけでなく障害者市民の移動の権利を確保する、ガイドヘルパーの利用を規制していた要綱が改められた。単身 入居の差別条項も改められた。
       近年、システムが整っても、障害者市民の「幸せの実感」はわからない状況が続いている。今回のいろんな改 正も現場の運営主体が何もしなければ、このままなのだと思う。障害者市民に一番密接な問題を置き去りに、人 権は語られるだけで、形作られることはない。
       僕らは、「幸せな実感」を物差しに身に沁みる課題と格闘して行きたいと思う。戦う官僚からボールは僕らに 投げられた。早くゆっくり僕らのペースで僕らのテンポで戦いを進めていこう。
       カーテンを開くと、シーホークホテルから海が見えた。夜景は未来都市を照らし、光の流れが雨で滲み、そこ から幻の舟が現れそうな気がした。その舟には、疲れ切り、窪んだ眼孔を愛用の帽子で隠した、あの人が乗って いるのではないかと思えた。あの歌を歌いながら。
        1952年の作品「生きる」はシネマではない。生き物である。見ようとすれば、心の奥のスクリーンで、 今も見ることができる。

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      -障害者議員全国ネットワーク会議IN熊本-

      もっこすの里で議論百出!


      先月の28/29の2日間。全国の障害者議員ネットワーク会議が熊本で開かれたのであります。早いもので大牟田 で開催したのが3年前、九州で2回目の開催となりました。熊本には車いすの県会議員と市議会議員がいて用意を 整えてくれました。
       初日は午後より「交通バリアフリー法と自治体」のテーマで、基本構想のありようなどについて議論を進め、 議論の後、超低床の市内電車の乗車体験を行いました。夕方からは、交流会がもたれ、ざっくばらんな全国の情 報の交換に話が弾みました。
       2日目は、「介護保険と障害者」というテーマでしたが、2003年の利用者契約方式をひかえて、当事者中心の介 護派遣事業、ケアマネージメントの展開の必要性などが議論の中心となりました。2002年からは精神障害者施策が、 2003年からは知的障害者施策が、自治体の行政事務に代わります。自分の住んでる街を当事者中心にどう作って いくかが問われます。
       最後は、今後の参議院選挙に、車いすの戸田二郎さんと、樋口恵子さんが立候補されるので、議員ネットとし て推薦決定を行って終了しました。私たちの仲間では国会議員は全盲の堀さんだけなので、二人にぜひがんばっ てほしいと思います。
      報告/おおば

      バザー用品提供をお願いします


       桜吹雪とはまいりませんが、3月18日の日曜日。春一番が吹き抜ける諏訪公演を会場に、朝礼、号令、恒例の。 恵比寿フリーマケット。商工会議所のお誘いを受けてもやいも一仕事。
      と言うわけで、今年もバザーに頑張ります。もし、ご家庭に不用品がございましたら、何はともあれご提供頂け れば助かります。よろしくお願いいたします。
       できれば3月15日ぐらいまでに提供してもらえれば嬉しいです。

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      -ムーン-


          あなたは私の娘です。目をそらしてはなりません。見るんです。
          精子の着陸地が、母親を決めるのではありません。
          あなたが娘であらねば、命が成り立たない哀しみを抱いたものこそ母親なのです。
          あなたは私の娘です。耳をふさいではなりません。聞くんです。
          あなたは私の娘です。口を閉じてはなりません。呼ぶんです。
         久留米市市民会館大ホール

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      -もえの国から・・2001-

      ワーキングみほママのもえ'S History 16の1


      口蓋裂の縫合と小さな副耳の除去手術もすみ、1998年9月13日、ほぼ20日ぶりに家に帰って来た。退院したと はいえ、指を口の中につっこんだりしては、再手術にもなりかねないから、まだまだ「てかせ」といわれるもの をはめての生活である。
       私の方は、1998年度から始まったばかりの「看護休暇制度」が、申請通り二ヶ月間認められ、二学期そうそう の忙しい時期を、もえの看護にゆっくりあたることができた。この年はちょうどお兄ちゃんの六年生最後の運動 会もあり、たまたま看護休暇中のため、応援に行くことができた。職業がら、わが子の運動会は見れないものと 思っていたのが、小学生最後の運動会〜応援団、鼓笛隊、騎馬戦、組体操などなどじっくり応援できた。これも もえのおかげ!
       11月、私はまた元の職場にもどり、もえはまた家で、Hお姉さんと過ごす毎日にもどった。その一方で、4月か らの保育所入所のために動き回らねばならなかった。保育所入所は市役所の福祉課と決まっているが、昨年度の いきさつもある。ちょっと簡単な気持ちなんてとんでもない。なんと言われるか、こんなこと言われたら、どん な風に切り返そうかなどと考え考え、福祉課へ足を運んだ。
      「障害があるその子のために」「その子にあった」というのは、あまりにあちらこちらで聞かされる言葉なのに、 多くの場合、その裏に「排除」の思想があることが多い。もえのことにしても窓口での対応はまさにそのものだ った。保育園の入所に関する法律が改正されたのを契機に保護者が保育園を選択できるようになった。それは、 障害の有無に関わらずに認められるべきなのだ。

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      -活動報告-

      1月


      28〜29日全国障害者議員ネットワーク会議
        熊本市役所を会場に障害者政策について議論をしました。
                 今年の夏の参議院選挙にメンバーの2名が出馬する事としました。
       30日ムーン練習/ハイジユニット
        交流ホームで地味な練習を重ねています。

      2月


        6日 ムーン練習/奈美恵・施設ユニット
       文化会館のリハーサル室でおこないました。
          バリアフリー住宅士養成講座講師派遣
                 全国初の取り組みの第2回目の講座に講師を派遣。ノーマライゼーションと居住福祉を            話しはなしました。
        7日 事務局会議
       オリジナルカレンダーやムーン久留米公演の打ち合わせなどについて話しました。
         花見の日程についても話しました
        8日 障害学/単身入居とガイドヘルパー
                 障害学実践編として身近な課題を取り上げました。市民の権利として、国の交渉の味改            正させた要綱を、今度は現場で実践させていく事が大切ということになりました。
        9日 施設ピア・カウンセリング
       有松ゆが行きました。
        13日 事務局会議
       パラリンピックの予選についてや、久留米公演の配車計画などについて話しました
           ムーン練習/ハイジユニット
                 小山内刑事は練習日を忘れて少し遅刻しました。ハイジは突然セリフが増えてショック            を受けたのでありました。しかし、大牟田公演を上回る出来であります。乞うご期待
        14日 手芸教室
        とは名ばかり、この日はチョコレートが乱れとんだのであります。バレンタインデーク            ライシスを迎えた某おじさんもめでたくチョコをGET。胸をなでおろしたのであります。
        15日 もやい新聞づくり
                 もえの国からの原稿をGET。1日かけて新聞2月号を作りました。考えたらこの新聞もも            うすぐ20年。ヒェー!
      ★編集後記★
       今度のムーン久留米公演を見に養護学校の恩師が来るとのこと。ヤバイ!ヤバイ!よなと思ってたら、メールが  届いた。久保田恵も来るという。ヤバイ!なんか知ってる奴が来ると照れるよな。まいいか。こうなりゃ養護  学校の同窓会だ。ではまた。

      2001年1月15日発行

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      あけましておめでとうございます。
      多くの方から事務所に年賀状いただきました。ありがとう。心がこもっておりました。
      今年も「もやい」出し続けます。よろしくお願いしますね。では、21世紀よーいドン!

      空を超えて/星の彼方

      いくぞアトム/ジェットの限り!


       21世紀がやってきたのであります。
      私たちは、遠くにあった21世紀をどんなイメージでとらえてたのでしょうか。「鉄腕アトム」で「ウルトラマン 」で「サンダーバード」で「スーパージェット」で?イメージとは違ったかもしれませんが、まあ、とりあえず 21世紀は総ての人にやって参りました。
      20世紀の経験の一つとして、私たちは、当事者の切ない素朴な思いが、非当事者で権戚や権力を持った人たち に抑圧された歴史を知ったのであります。
      ならば、アトムよ、私たちが超える空とは何か。目指す星の彼方とは何かを、歴史の経験から導きだし、あな たの世紀を進まねばなりますまい。そう、アトムよ、あなたのように10万馬力で、そしてジェットの限り!
       てなわけで、SOSの21世紀の歩みを始めたいと思います。時に議論をぶつけ、共に悲しみ、共に笑い、人間な るものと格闘しながら、365日の同伴旅行者として、今年もよろしくお願いいたします。
      2001年1月

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      -シネマで愛して・奇跡の人-


      普通校に行っていた小学校2年生の時、遠足の日は障害者の自分は外され、自宅でごろりごろり。見かねた父 が三交代で寝てないくせに、自転車に私を乗せシネマに連れて行ってくれたのであります。
       大きなスクリーンで見た股旅ものは、それは素敵な世界でありました。どんなに苦しくても必ず正義が勝つ世 界。その日がシネマを愛した瞬間でありました。
       その後、数は少ないが、シネマの旅を続けて参りました。たとえおもしろくない映画に当たっても、惚れた弱 みで最後までのおつきあってな調子であります。
       でも何故か障害者関係のシネマだけは見たくなかったのです。しかし、気は進まずとも見らされることもある わけで、「奇跡の人」もその一遍であります。
       小学校の高学年、反抗期に近づいていた私にとって、それは重たいシネマでありましたし、予想通りに、シネ マの主人公と私は比べられ、「あなたも頑張らないと」と、親や先生に怒られる始末。子ども心にも何かおかし いレトリックが使われていると思いつつ、そこは子ども、反論できずにうつむくばかりであり、大嫌いなシネマ となりました。
       しかし、40年後私は知るのです。聞こえないしゃべれない見えないという、三重苦を抱えながらそれを克服し た「奇跡の人」が、実は、女性の性に悶々とし、その情熱から駆け落ちするなど、まさに、与えられた教科書的 な役割としての、奇跡の人としてでなく、等身大の女性として、人間として、精一杯生きていた事実を。
       その事を知ったとき、木や草の匂いで、風のざわめきで、海の響きで、光の熱で、水の冷たさで世界を感じた 少女のヘレン・ケラーの、40年間という上映時間の長い長いシネマが終了したような気がしたのであります。
      そして気づくと、私は、このシネマをいつのまにか愛しておりました。
       ともあれ、パティーデュークの熱演と監督アーサーペンが後に「俺たちに明日はない」を作り、このシネマに 夢中になった記憶が懐かしく甦るのであります。

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      ->第15回 SOS忘年会報告-


      お陰様で、約百名の参加で忘年会はにぎあいました。子ども達の参加も多く、とても嬉しく思いました
      20世紀も多くの人と共に打ち上げられたことを感謝したいと思います
      今年もみんなで汗を流して楽しい忘年会を!
      ○毎回あいさつに趣向を凝らす有松代表。今回は腹話術の人形に挑戦。ソニーちゃんとして見事なデビューを果  たしたのであります。
      ●今回の忘年会は子ども達が主役となりました。21世紀の主役の子ども達が盛り上げてくれたのでした。
      ○長期入院が続く松山さん。それでもキャンプや忘年会は必ず参加してくれます。松山千春を熱唱したのです。
      ●SOSの初期からのメンバーで長期入院が続く見田村さんと毎回忘年会を盛り上げてくれる田中先生の大人のデ  ュェットでした。
      ○長岡さんと金納さんの演歌の真髄。長岡さんの歌の上手さと金納さんの踊りの熱演はカラオケ大会のハイライ  トとなりました。
      ●カラオケ大会優勝は渡辺恵美さんでした。一緒に歌ったお母さんも大喜び。20世紀最後の記念となりました
      ○手に汗握るテーブル対抗ゲームが会場を沸かせました。ここでも主役は子ども達。優勝は久井原まさき君。
      ●病気をされてましたが、元気に回復された鳥越さんとお母さん。久しぶりに登場された岩元さん。
      懐かしい顔がそろうと嬉しいのであります。

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      もえの国から・2001

      ワーキングみほママのもえ'S History その15


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      -活動報告-

      12月


      3日 ケア・マネ養成講座/久留米市民会館
           奥野・有松ゆ最後の講座に参加。2名とも全過程終了証明書を頂きました。
       5日 ムーン全体練習/文化会館
                小ホールを使い本番を想定した通し稽古を行いました。
       7日 サンアビリティー祭り反省会/サンアビ
                  担当の久冨が出席しました。
       9日 障害者協議会イベント/リフレス
                設立1周年記念イヘントに参加。
      10日 ムーン全体練習/文化会館
                照明の取り付け作業と全体の通し稽古
      12日 ムーン上演/文化会館
      14日 有明新聞取材
                  ムーンについての取材を受けました。
      20日 障害者協議会会議/福祉センター
               有松ゆが出席しました
      23日 SOS忘年会
                 今年も多くの人に参加してもらいありがとうございました。
      26日 事務局会議
                 毎週1回やりつづけている事務局も今年最後。いろんな感想を言い合いました。
      28日 大掃除
              たぶん日本一狭い作業所と思いますが、それでも掃除は大変。狭いところほど掃除がしにくいと言       う事実を今年も体験したのでした

      1月


       9日 事務所開き/事務局会議
           今年も心あわせていこうと言う事で盛り上がりました。
      11日 街つくり会議
               有松ゆが出席しました。
        人権講演
              平原小学校の人権講演に講師を派遣しました。
      14日 久留米公演打ち合わせ
              スタッフ6名で雪の中、市民会館スタッフと打ち合わせ。続いて「ピアくるめ」のピアカウンセラ       ーの会議で挨拶と説明をしました。
      ★編集後記★
       21世紀初めての発行と言うことで、21世紀のヒーローをカットに使いました。全部ヒーローの名前がわかる人 たいしたものです。賞品はありませんが、拍手を送ります。みなさん、今年も良い年にして下さいね。
      では、風邪などに気をつけてください。成人式を迎えた人、おめでとうございまーす。

      2000年12月30日発行

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      今年1年「もやい」を読んでもらってありがとうございました。
      いよいよ松本いよ、違う。いよいよ21世紀です。
      皆さんにとっていい1年であります事を祈ります。また、来年もよろしく。

      劇・ムーン終了!


      立ち見でホールいっぱいの拍手の中カーテンコールが終わり、存在しない「ムーン/山本月」紹介されると10 人の役者達が月を取り囲んだ。
      光りと煙の中で、尾崎豊の「I love you」が流れ、役者達が振り向くと同時に幕が静かにおり始めた。1時間45 分のオリジナル劇/ムーン終了。
       12月12日の文化会館小ホール、午前9時。スタッフと役者が、緊張感漂う中で作業を開始。当日の朝はコーヒ ーの味などしない。積み重ねた練習の日々が頭を巡る。しかし、次々と作業が続き、スタッフが合流する。
       午後7時。超満員の観客を眺め、多くの人の協力のありがたさが心に沁みる。
      7時8分。映像と音響監督の有松が左手で高だかとOKサインを挙げる。携帯で照明室や音響室と舞台袖の役者に電 話をかける。「ムーン始めます」。7時10分開演のベルが鳴った。
      脚本と演出を手がけた者として一言。
       私の稚拙な脚本や演出などはるかに飛び越えて、この日ムーンの劇はそこにあった
       観客の一人として、心から役者やスタッフや協力者に、拍手を送りたい。
      歩 利雄

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      -ムーンは小さな文化です-


      ムーンは、役者とスタッフとボランティアと多くの協力者。
      そして寒い中、見に来てくれた人(518名)で共に作り上げた12月12日の小さな文化です。

      ※受付を担当してくれた成光さんとお孫さんの良太君。そして通称「ラン」ちゃん。
       開場前から多くの人が訪ねてくれました。
      ◎開場が始まる中、楽屋ではチーム滝沢の必死のメークが続きます。緊張と空腹をゆるめるように差し入れの手  作りサンドイッチが届きました。
      ※開場と同時に、次々と席が埋まっていく場内に観客席の作者歩利雄も感激の様子。
      ◎真っ赤な照明と衣装が印象に残る奈美恵ユニット。観客を物語へと引きずり込んだ鬼子母神の奈美恵と刑事秋  岡のファーストシーン。
      ※劇の中で強烈なインパクトを与えられたとの声が多く、架空の施設シーンユニット。
       存在しない「山本月」の存在感を見事に浮き立たせた彼らの演技と思いこみこそが銀河流星群を突き抜けたの ではなかったか。
      ◎刑事秋岡と小山内とハイジが舞台最前線で一直線に並ぶハイジユニットのシーン。
       重ねられるセリフの体積が徐々に物語の温度を上げていく。
      ※ブルーの照明の中で上弦の月を背中に、月への思いを叫ぶハイジ。月は私の命。私の業。私の愛。逆光の照明  が静かに消え、シーンは施設ユニットへ。
      ◎秋岡と小山内とハイジのキャラクターがぶつかり合い、ラストシーンが近づく。ハイジの独白が続く中でハイ  ジが流す一筋の涙が照明に光って美しかったとの声。

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      -劇団ポリシー初公演御礼-


      ムーンを見にきてくれた全てのみなさん、本当にありがとうございました。
      これを力に、又いつの日か、新しい劇を作り上げます。その時また見に来ていただければ幸いです。
      では、よいお年をお迎え下さい
      当日楽屋に差し入れしてくれた皆さん、花を届けてくれた皆さん、また、カンパをしてくれた皆さん、そして、 僕らが気付かないところで応援してくれた皆さん、本当にお世話になりました。ありがとうございました。
                                    

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      -ケアマネージャー養成講座報告-


      12月3日障害者の日のケア・マネージャー連続養成講座が終了しました。
      2005年からは、障害者も介護保険にくみこまれるので、今回はそれにそなえて開かれたわけです。
      私としては、障害者のケア・マネージャの講座ということで、ともかく参加できればいいという感じで5回の講 座に出席しました。修了証書もいただき、無事に終わったわけですが、講師のほとんどが当事者というのがこの 講座の面白さであり、私にとってはとても力になる話しを聞かせてもらいました。
       ニュース等で表面的に得る部分や、ケア・プランのための表だけを見てみると、障害者の生活管理表そのもの で、現在のケア・マネージャーの仕事は実際そうなっていると私自身も思ってはいました。しかし、障害者の持 っている力をひきだし、思いや希望をかなえることが、ケア・マネージャーの仕事で、思いや希望が1一つずつ かなっていくこと、障害者が本当の自分を取り戻していくことが、この仕事の醍醐味だといってた講師の人がい ました。自分もこの人のように本当に心から言えるようになるのか、自分が障害者当事者であることの重みと、 力のようなものを考えた講座でした。
       朝早くから介護で講座に付き合ってもらった介護者のみなさん。本当にお疲れ様でした。
      有松 由里子
       11月から12月にかけて障害者のケア・マネージャーの養成講座が久留米でありました。自分も講座にいきまし た。最初に障害者のケアマネと聞いて、いろんな人に会えると楽しみにして行ったんだけど、残念ながらほとん どが健全者で少しがっかりしました。でも、たくさんの障害当事者が講師で話をしてくれた事がすごく良かった です。自分のわからない部分が多く、とにかく視力障害者の気持ちとか、内部障害者の人の話を聞かせてもらえ たことが、自分自身の勉強になりました。
       2005年からは障害者も介護保険にはいります。その時に、障害者の立場しかわからないので、障害者のケアマ ネは必要だと思いました。
      当事者が毎日の生活をできるようなプランを一緒に考えていけたらいいなと思いました。
      奥野 英男

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      -SOS事務局より/T年間お疲れ様でした-


      障害者の皆さん20世紀最後の年をいかが過ごされましたか
      ついに私たちが一市民としての権利を握りしめることができなかった
                 20世紀が行きます
               戦争の世紀でありました
         それはとりもなおさず差別の世紀であったことを証明します
                     しかし
           その中にあって静かに希望の種は心ある人々によって
                  蒔かれているのです
              この国の片隅の私たちの街においても
               希望の種は蒔かれているのです
        疲れた体でバリアフリーの住宅士養成講座を受講する人の背中に
        タウンモビリティーの試みに静かに汗を流す介護者の汗の中に
       閉ざした心の隙間からそれでも0.1%の希望を抱く人のまなざしに
      学校現場で誰も受け入れぬ障害児を受け入れる挙手をするその指先に
                 蒔かれているのです
                  21世紀が来ます
             権利を奪われた替わりに与えられた
              保護収容管理を20世紀に置いて
            権利とそして責任を私たちは手に入れ
       希望の種を蒔く人たちと21世紀を歩いて行きたいと思います
          さりげなくどうどうと歩いて行きたいと思います

      2001年Keep walking

      来年もよろしくお願いします。

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      -2001年幕開けに!-


      2001年幕開け早々
      全国の障害者議員と障害者運動の仲間が集う

      障害者議員ネットin熊本開催

      1月28/29日

       交通バリアフリー法は街を変えるか
      障害者の介護保険とは何か
             詳細は次号で
      ★編集後記★
       雪が見たいなと、先日山鹿の露天風呂に生まれて初めて入って、空を見ながら切実に思ったのでありました。
      酒はほとんど飲めませんが、雪見酒のまねごとをしてみたいです。
      ではでは、良いお年をお迎えくださいね。
      2000年11月10日発行

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      -障害者の日記念イベント特集-


      今回は障害者の日記念イベント特集号となりました。当日入場整理券もつけてますので切り取って当日見に来て もらえばうれしいです。
      早いもので今年もあとわずか2000年の365日の旅はいかがでしたか。 11月号

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      -見事に自分って奴を裏切ってみせるさ口笛を吹きながら明日のジョーになるんだ-


      障害者の日記念イベントは、この15年間20人程度から500人の参加者まで大小数々のイベントを行ってきまし た。今は亡くなられた砂田明さんによる水俣の悲劇の中での人間像を表現した一人芝居「天の魚」の上演
      全盲の歌手長谷川きよしさんの透き通った歌声と神業のギターのテクニックに酔いしれたコンサート。知的障 害者でおおらかでゆったりとした世界を映し出した「しがらきから吹いてくる風」の映画上映会。
      一昨年の大牟田高校吹奏楽部の皆さんと障害当事者の手紙のジョイント「そよ風の贈り物」等々。
       そして、今回20世紀最後のイベントは、今までのあり方と違ったコンセプトで挑戦です。,br> 障害者の日のイベントといえば、ボランティアする者される者、啓発する者される者とに分けられがちでした。
      しかし、今回はそれを裏切りたいと思います。無謀とは思いますが障害者と健全者が共に劇をつくり演じ、それ を多くの方に見てもらうことでひとつの劇が完成する共同作業を試みたいと思います。とはいっても劇などが自 分にできるはずがないと自分が自分を守ろうとします。夢はいつも寝床に置いとくもんだと自分がささやきます
       しかし、遠く近くかすかに口笛が聞こえてくるのです。「そんな自分を裏切っちまうのさ」と声がするのです。
      振り向けば「あばよ」と、泪橋のむこうに背中を向けて走り去る矢吹丈の影がありました。
      舞台に立つ者も、それを支えるスタッフも、できるのだろうかと問いかける自分自身を見事に裏切るために稽古 というリングの中で格闘が続きます。
      12月12日舞台の幕が下りた時、真っ白に燃え尽きた明日のジョーになるために。
      劇団ポリC一同
         みなさまへ
       正月、真夜中にキーボードを叩き続け生まれて初めての戯曲を書き上げました。
      それは、自分が自分でなくなるような、いや、本当の自分に出会うような不思議な体験でした。
       完成した戯曲に、障害者と施設職員とホームヘルパーで作った「劇団/ポリC」が300日の時をかけ心を吹きこみ ました。
      あとは、みなさんに見てもらいそれぞれ感じていただくことで魂を吹き込んでもらえたらと願います。
      寒い中恐縮ですが「愛とは何か」、「人間とは何か」という問いに一点の思いがあれば、ぜひお出かけいただ きたいと思います。
       どうぞ、よろしくお願いいたします。

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      -ワーキングみほママのもえ'S History -


      その14−2  退院後、しばらくは通院での定期的な検診もいる。食事訓練もある。この口蓋裂の手術後は指しゃぶりなどで 口の中に指を突っ込んだりしたときに、縫合したあとが破れてしまうことがあるため、丸い手作りのつつ状の 「手かせ」をしばらくつけて過ごすことになる。その管理もいる。・・・などなどの理由で夏休み明けの9,10月 の2ヶ月は学校を休むことにした。
       もえにとっては、またまたラッキーなことに昨年度までは「看護欠勤」という制度しかなかったのが、1998年 度春から「看護休暇」制度スタートしていた。
      南筑後教育事務所管内では、初めてという制度利用者として、2ヶ月使う事にした。
       「初めて」というのが幸いしたのか、初日の9月1日より終了するのは10月31日までの2ヶ月の間、1日も空白の 日がなく代替えのクラス担任が配置されることになった。しかし8:30〜17:00の完全なる常勤講師だ。
       夏休み明け早々の学校は、運動会の準備で忙しい、その中、常勤講師の配置は本当に嬉しい。(とはいっても これが当たり前に運用されるべきだと思うが・・・)
       暑い8月の終わり、もえと私は、新しく届いた水色の「小さな車いす」とともに聖マリア病院形成外科病棟に 入院し、その生活が始まった。
      ※読書のみなさん。
       いつも読んでくれてありがとうございます。今年の1月から始めた連載も1年が経過しようとしています。
      来月よは活動報告特集になるので1回休ませてもらいます。2001年T月号からふたたび「もえの国から2001」 として連載します。来年もよろしくお願いします。よいお年を。

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      -20世紀を打ち上げよう SOS 忘年会のお知らせ-


      20世紀を打ち上げよう SOS 忘年会のお知らせ
         初めてのSOS忘年会は、僕らが手にした初めてのお祭りでしたる
      街の中で、店の中で、知らないお客が行き交う中で、初めて乾杯したときの高揚感は幸せと名付けてもおかしく なかったのです。あれから17年。随分と時を重ねました。SOSの活動は当事者性真ん中にすえていますので、各駅 停車のゆったりとした歩みしかできませんが、それでも、多くの人々が「それでいいじゃない」と支援してくれ ます。遠く近く、いろんな場所で、いろんな形で、たとえばこの新聞を読んでくれることで、僕らを支えてくれ ています。そういう人々に、僕らはうまく感謝の言葉を伝えることができませんが、日々の活動を続けていくこ とで、つながる事ができると信じています。
       ささやかですが、18回目の忘年会をやります。日頃会える人はもちろんこと、なかなか会えない人も、初めて の人も、ぜひぜひご参加下さい。
      去っていく20世紀と、やってくる21世紀の狭間で、なんの縁があってか、知り合うことのできた人々と乾杯できれ ば嬉しい限りです。
      ★編集後記★
       学校での人権講座は、事務局の障害者で手分けしておこなっています。けっこう皆んな子ども好きなのです。
      僕らの思いが少しでも子ども達に伝わればと思いつつ、講演のお礼のお菓子をみんなで食べるのであります。
       では、みなさん、忘年会で会いましょうね。風邪に気をつけて過ごして下さい。

      2000年10月30日発行

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      北の国ではもう雪が降っているとのこと、九州では紅葉の時期なのに・・・日本は南北に細長い島だなと改め て思います。皆さんお元気でしょうか。風邪に気をつけて下さいね。

      -銀河流星群を突き抜ける日-


      10月18日。お昼のニュースで北海道は旭川で初雪が降っている映像が流れた。早いよなーと思いつつ弁当を食 べていたのですが、降る雪に北海道の車椅子の少女の事を思い出しておりました。
       会ったことはないのですが、この世で会いたい女性の一人なのです。中学まで普通校に通ったその少女は、当 然高校も普通校を目指したのですが、そうはさせない壁が立ちはだかり少女の高校への進学の夢は裁判という場 に持ち出されたのです。少女は成績のよい子でした。本人一人の入学なら裁判は100%勝利の見通しでした。
       しかし、少女は弁護士や周りの静止を振り切って自分一人の入学を争う裁判ではなく、すべての障害者の高校 への入学の機会均等を訴える裁判を望み戦いました。当然裁判は負けました。
      この少女のことが僕は頭から離れません。雪が降るたびに浮上してくるのです。
       95年。厚生省が毎年出す「厚生白書」は、僕にとって衝撃的でした。冒頭こう書かれていたのです。「私達は今 まで障害者に超人的努力を要求してきたのではないか」と。
       社会システムや差別法をそのままに、個人的な問題は超人的な個人努力で解決し甘えるな。という価値観の前 に多くの障害者の努力が評価されず人生が奪われてきたことか。
       冒頭の言葉を書いたのは一人の厚生省職員でしたが、周りの職員や上司から表現を変えるように随分圧力がか かったといいます。しかし、彼は最後まで突っ張って戦ったのです。弱視の彼は厚生白書を通してメッセージを 送りたかったのだ思います。それに、少なくとも確かに僕の胸に届いたのです。人が思えば人に届くものです。
      車椅子の少女といい、弱者の厚生省職員といい、二人とも自己の体験と他者へのまなざしを重ね、そのかたま りが思いとなり心の宇宙にある銀河流星群を突き抜けたのだと思います。解き放れた思いはきっと心ある人々の もとへと到着するのです。
       さてさて、12月12日の障害者の日記念イベントに向け、繰り返される練習と伝えたい思いを重ね、僕らは当日 銀河流星群を突き抜けることができるでしょうか?そして、訪れた人の胸に僕らは着陸できるのでしょうか?
      つかれた体を引きずって今日も練習へ。いざ!

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      -今SOSのホームページがおもしろい-


      この新聞もホームページで毎月更新していますが、好評連載中の「萌の国から2000」は要望に応えバックナ ンバーを用意しました。第1回目から連続して見れますのでご利用下さい。
       また、12月12日の「障害者の日記念イベント/ムーン」のページも完成しています。劇/ムーンに関しては「E・福 岡ネット」がリンクして劇の宣伝をやってくれています。福岡・山口の市民団体の幅広い活動を紹介しているペー ジでとてもおもしろいです。こちらも是非アクセスを。SOSのホームペーシーのアクセスも今年中に10000の大台 を突破するのではないかと思われます。福祉マップや作業所の製品の販売に、そして私達の自立への熱い思いを 伝える場として今後も進化しますので、どうぞアクセスを!
      ケア・マネージャーに挑戦
      当事者主体の地域自立をつくろう

      世界中で障害者が求めているのは、介助者を自己管理して生きがいのある自由な人生を送りたいということです
      その夢を満たす方法の一つは、当事者自身がプランを作るセルフマネジドケアです。当事者がプランを立てら れないときはピアカウンセラーが同じ立場からケアコンサルタントとして支援します。今回、その夢に近づくための学 習として久留米の障害者支援センターの「ケアマネ養成講座」をSOSより2名が受講することとなりました。
      11月5日より12月3日までの毎週日曜日に講座があります。朝9時より5時までびっしり詰まっています。
      講師陣も、SOSにゆかりの深い姜さんや志村さん。それに大牟田から大場と内部障害の当事者として高田さんも 参加されます。そのほかにも、精神・知的・身体の当事者達がそろった良い企画となりました。ピア久留米のセ ンスが光ります。SOSを代表して事務局の奥野と有松ゆが学んできます。日曜日がつぶれて大変ですが、地域自立 を進めるために二人でみんなの分もがんばります。
      ムーン支援Tシャツへのご協力ほんとうにありがとう
      お陰様で400枚完売しました。

       劇上演に向けてのカンパとして「ムーンTシャツ」販売したところ多くの方に買っていただき本当にありがとう ございました。心よりお礼を申し上げます。皆さんのご協力に答応えるためにも、当日は心を込めて演じるつも りですので見に来てもらえればうれしい限りです。よろしくお願いします。

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      -劇団ポリC公開練習は「13日の金曜日」という不気味な日に行われたのでありました。-


      「ヒューマンライツ」という学習会の中の企画で、シネマライブの第3回目として13日の金曜日に劇の公開練習 を行いました。20人くらいの参加者で(部屋の広さからいってこれくらいが限界でした)畳の部屋でやるもので すから役者もやりにくかったのですが、参加者の皆さんもきっと見にくかったと思います。ごめんなさい。
       しかし、真剣に見てもらったお陰で役者もいい緊張感をもって全力投球ができ、今の段階の練習成果はすべて 出し尽くせたのではないかと思います。
       メークも衣装もスモークも映像も字幕も照明もない中でセリフの熱だけが問われる状況でしたがいかがだった でしょうか。交流会では色々意見がもらえてとても参考になりましたし、今後それらも何らかの形で取り入れ、 もっといい劇に仕上げていきたいなと思います。
       20世紀最後の13日の金曜日という不吉な日ではありましたが、皆さんのおかげで本当にいい練習ができました。
      ありがとうございました。本番まであとわずかの日数となりましたが完成目指し頑張りたいと思いますので、で きれば劇の宣伝よろしくお願いします。

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      -回転饅頭だけが確かに在った。-


      バザーへの協力ありがとう!
       何故か秋はバザーが多いのです。荒尾のキャーギャラ市に始まり、諏訪公園のバザーよかもん市、そして最後 は商店街の大文化祭の一環として行われるタウンモビリティーバザー。先月号で不用品の提供のお願いをしたと ころ早速電話をいただいたり事務所まで持ってきていただいたりと多くのご協力をいただきました。
      とても助かりました。ありがとうございました。
      手作りの手芸品や、いただいた品物や手作りのTシャツやCDやカレンダーなどを売りました。
       当日、ボランティアとして動いてくれた皆さん、お疲れ様でした。けっこうバザーはつかれますよね。私も応 援に駆けつけたのはいいけど、具合が悪くなり車の中で延々と寝ておりました。うーん。邪魔しに来たようなも のだと反省。年のせいにしてはみたものの皆さんには申し訳なかったです。お疲れ様でした。
      回転饅頭だけが確かに在った。
       Nさんのお母さんが逝かれてもう4年がたつ。小さな体に背負いきれないものを背負いながら凛として生きられ た人だった。お母さんの死後、Nさんは地域の中で頑張って生きていたのだが、地域の支援体制の不備に押しつ ぶされるように市内の精神病院に長期入院して2年がすぎた。久しぶりにNさんの好物の回転饅頭を持って訪ねる とNさんは恐ろしく痩せていた。僕自身を誰だか解ってもらえずに、切ない空気が流れるのだが回転饅頭を食べ る横顔に一瞬笑顔が浮かんで少しほっとした。
      いつももやいで皆を笑いの渦に巻き込んでいたNさんはそこにいなかった。会えただけでも何故かほっとしたけ ど帰りの車の中で心が座り込んでしまう。中島みゆきのファイトが頭を駆けめぐる。社会的入院を余儀なくされ ている人は多い。地域の支援施策と彼らを迎え入れる文化をつくり出すために、ファイト!

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      -萌の国から・2000-

      -ワーキングみほママのもえ'S History -


      その13
       1998年を迎える頃から、もえの介護を中心的にしてくれたSさんの出産もあり、新たなもえの介護人探しが始ま った。いつもの綱渡り状態というか泥綱式というか、いろんな人のつてで子ども劇場などに関わっているHさん。
      その知り合いのMさん。Nさん。
       寝返りだけは上手になってきたもえは少しずつのども広くなってきてミキサー食から少しずつ卒業していった。
      とはいえ、まだまだ食べさせるのはむずかしい。(口蓋裂のため口の中に「オプチュレーター」というものを常時 はめている)新しい出会いの中でも適応力が早いというか、はたまた悲しいかな親と他人との区別がつかないのか、 もえは誰に抱っこされても平気でアーウーニャンニャンマンマンマンなど嬉しい声も挙げるようになってきた。
      その年の春、身体障害者手帳を申請。(療育手帳は後回しにした)姿勢保持のための車椅子も申請。
      その14
      1998年夏、聖マリア病院で口蓋裂をふさぎ小さな副耳を3つ切除する手術(全身麻酔をかけるなど)であるため、 手術に直接かかわる形成外科だけでなく麻酔科、新生児科、耳鼻咽喉科などのドクターとの連係をとっての手術 になった。入院は、8月31日=夏休み最終日の前5日より3、4週間ほどの予定。手術しばらくは一般病棟でなく、 完全看護のある小児ICUで過ごす予定ですすめられた。

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      -活動報告-


      9月


       29日障害者協議会会議出席<
        障害者の日のイベントのあり方についての話でした。有松ゆが出席しました
         シネマライブ2上映会<
        「2つの地平線」を見ました。参加者は少なかったけど、とても熱い思いやひた                むきさが感じ取られるシネマでした。
       30日「えんとこ」上映会に参加<
      多くの人が見に来てくれました。人と人とは出会い思いは形となり人である                 ことが輝き始めるシネマです。

      10月


        3日事務局会議<
       この月はバザーや出張や監査もあるので全体的な流れを確認しました。
        住まい街づくり/講座へ講師派遣<
       バリアフリー住宅士の養成講座でノーマライゼーションをパソコンを使って説明しました
        5日ムーン練習<
       恵愛園をお借りして特訓を積みました。
        7日ムーン練習<
       福祉センターで長時間練習に励みました。
       10日事務局会議<
       バザーの具体的な打ち合わせを中心に行いました。
       ムーン練習<
       恵愛園を借りて13日の公開練習に向けた特訓を積みました
       11日UUクラブ懇談会<
       ピア・カンメンバーと担当職員との意見交換会を行いました。
       ムーン練習<
       公開練習に向け文化会館練習室で特訓しました。
       13日シネマライブ3特別編/ムーン公開練習<
       リフレス大牟田で20名を超える参加があり緊張の中で90分の劇が行われました。そのあと感想を出し合っての交流会が行われました。
       15日荒尾バザー/キャーギャラ市
       毎年恒例のバザーです。久しぶりに横田かよこさんも応援に駆けつけてくれました。
       17日事務局会議<
       10月後半の日程の打ち合わせを中心に新聞の内容やバザーの人員配置の打ち合わせをやりました。
       22日諏訪公園バザー<
       恒例のバザーみんなで頑張りました。
      ★編集後記★
       若い人と久しぶりに真剣に話をしました。人とあろうとするエネルギーが自分自身のありようにぶつかり少々 苦しそうではありましたが、彼の話は襟を正して聞かねばならないひたむきさに満ちておりました。
      ノーストップの5時間。言葉の海の航路は刺激的でありました。もの思う秋に乾杯。

      2000年9月30日発行

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      インターネットで月暦を見ると、いつ上弦の月が出、下弦の月が出るのか。いつ満月になるのかがすぐわかり ます。平井和正のウルフガイ犬神明ではないので満月に向かって吠えたいのではありませんが・・・
      みなさんもきれいな月をみてください。

      -シネマで愛して・・・/エレファントマン-


      早いもので、もやいのホームページを立ち上げて3年が経つのであります。「石の上にも三年」のことわざとい い「3年経ったのに」をリフレインする泉谷しげるの「帰り道」といい、3年というのは何か意味があるのかもしれ ないのであります。
       そういえば、先日3年目にしてインターネットでもやいの手作り品を見も知らぬ東京の人から注文が受け発送
      インターネットビジネスを体験したのであります。
       僕らは今、日日常的にEメールで連絡を取り合っていますが、昔は文通というものがあったのです。天から落 ちてくるひとひらの雪のように、施設に舞い降りる一通の手紙が壊れかかる心をとどめてくれた日もあったので あります。活字に弱い僕はよく送られてくる通信に通しますが、ある日、不登校と関わっている水俣の友からの 通信にこんな話が載っていました。不登校の子ども達が集会を開きその中で壇上に立った当事者がこう宣言した のです。「僕が不登校になって親も、学校も、周りの人も、僕が人間じゃなくなったように見ます。僕は確かに学 校に行けなくなりましたが、僕は今も人間であり続けています」
       プレイバック・プレイバック、今の言葉プレイバック(いつも古い歌を引きだしてすいません)「僕は今も人間で あり続けます」この言葉に僕は胸を突かれたのであります。これは不登校のレッテルを貼られた子の「水平社宣言」 ではありますまいか。
       そして、ふいに古いシネマのセリフがプレイバックしたのです。
      異形の者故、群衆に追いかけられ公衆トイレに追いつめらたメリックが叫んだあの言葉。
       lm not an animal l m a human  そう「エレファントマン」です。私は人間だ。というギリギリの自己肯定。
      あまり気が進まないままに見たこのシネマで、唯一残ったこの一言がよみがえったのであります。人という共通 の種に存在しながらも、あまり違うことの真実の前に人はどうあるべきかを問うシネマでありました。

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      - 見る前に飛ぶ女性が始めた上映会-


      最近無茶な人をみかけない。思い一つを胸に抱き砂塵を巻き上げ突っ走る人。周りは大変だけど思い一つにか けるいさぎよさが他者をして「いざ、助太刀を」という気にさせる人。いないよな。と思っていたら「見る前に跳 ぶ」女性が現れました。砂塵を巻き上げるというより、砂をきれいに松葉箒で掃除するといった感じのもの静かな 女性なのですが思いの深さは圧倒的です。
      思われたのは左のチラシのとおり「えんとこ」なる映画です。重度の障害者の自立とそれを支える若者達のドキュ メント。どのシーンが彼女の心の琴線をかき鳴らしたのか定かではありませんが、いずれにしても、上映会をせ ねばと彼女は思い定めたのでしょう。
       その日から、悪戦苦闘が始まったことと思います。夏の日差しは陰りを見せ、木枯らしの到来の近さを予感さ せる9月。気がつけば上映会までほんのわずかな時間となりました。
      みなさん。いざ、助太刀を。人を跳ばせたこの映画。見に来て下さいね。

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      -障害者の日記念イベント/稽古不足を幕は待たないぞ-


       言葉の量と意味と間合いみたいなものに振り回されつつ、少しづつ身についてくる言葉。身についた言葉達が 少しづつ織っていく物語。劇団ポリCの稽古は続きます。
      不安・ためらい・後悔・自信・ため息・拍手・叱責・不満・可能性・発見・変身・心中で発光する思いは星とな り見えざるものを照らし出す。その時役者は役者になるのです。
      あ・え・い・う・え・お・あ・お 「じゃ、最初からいきます。よーいスタート」

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      -障害学/小浜温泉宿発-


      2000年キャンプが終わった後、5人で帰る途中で小浜に立ち寄った。頭の片隅に2年前沖中さんや四牟田さん と福岡に聞きに行った「タウンモビリティー講演会」でジェトロ(日本貿易振興会)の菊池さんの話から、小さな温 泉街の小浜がタウンモビリティーへの挑戦を始めた事が頭の片隅に残っていたからだ。ちようど昼飯時であり食 事の場所を求めて商店街をさまよっていたら、その中に車椅子利用者も使える「多目的トイレ」がドーンとありま した。それだけでなく、大きな温泉ホテルの前では従業員の人たちが電動カートの実習を楽しそうにやっていま した。
       小さな温泉宿におじゃまして海を眺めながら昼食をとりましたが、何だかこの町の目指しているものが感じら れて食事もよりおいしく感じました。温泉宿を出るとき店のご主人と偶然話ができました。彼は語りました。み んなでタウンモビリティーに取り組んでいること、厚生省の補助金で商店街の真ん中に多目的トイレを作ったこ と。通産省の補助金で電動カートを15台用意したこと。障害者のために福祉センターに温泉を作ったら、当事者 から普通の温泉街がいいといわれ、当事者の思いは当事者に聞かねばならないと感じたこと。情熱を込めて話す 彼の顔を見ながらこういう市民を作り出すことができるということが、タウンモビリティーの取り組みの大きな 成果ではないかと思いました。最後に大きな温泉卵をプレゼントされたから言うわけではありませんが、又行きた くなる町として記憶に深く焼き付けました。始まったばかりの小さな温泉町の大きな実験はすべての人を大切に しようという試みでもあります。

      不用品提供のお願い・・秋のバザー続々
      作業所もやいは秋のバザーシーズンを迎えました。諏訪公園/サンアビ/長洲/銀座商店街と続きます。ご家庭で 不用な品物等ありましたら、申し訳ありませんが提供よろしくお願いします。電話で連絡もらえれば伺います。

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      -萌の国から2000ワーキングみほママのもえ'S History-


      その12
      もえs Historyノートは、この日から「書き手(記録者)」が増えた。朝食は何をどのくらい食べたかとか。ウン チはしたのか。熱はどうか。お昼寝は?そして、もえの様子は?など。その時に入った人が記入していく。それを 次の人にバトンタッチしていく。1日のうち3、4人の筆跡のある日もある。
       でも、言葉で自分のことが伝えられないもえにとっては、このノートは生命線の一つとも言える。時々、忘れ かけたころに起きるけいれん発作に対しても、このノートの冊数が増えるたびに対応の仕方にちょっぴり余裕が もてるようになった。とはいえ、このけいれん発作がいつ起きるかわからない。もし昼間介護に入っている人の 前で起きたら?との不安もある。それについても話をして部屋の壁に病院への電話(電話番号。Drの名前など)救急 車への電話とその言葉まで貼りだした。「○○町の○○○の横の坂田もえ、0才の女の子です。今、けいれんチ アノーゼを起こしています。かかりつけ病院は市立病院です。すぐきてください。」実は、もえ10ヶ月の時始めて けいれんチアノーゼを起こし呼吸困難になったとき、あまり取り乱し「ちょっと救急車に電話して」と、あわてる 私に上のお兄ちゃんが「お母さん、お母さん、救急車は電話番号は何番?」と、忘れてしまったという経 もある。
      (不幸中の幸いというか、このけいれん発作は朝夕2回飲むフェノバールという薬の血中濃度が落ちてくる夕方過 ぎに集中しててたため、全く介護の人が救急車を呼ばなければならないといった場面はこれまでには起きていな い。さすがもえなりの知恵か)   つづく

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      -活動報告-


      8月


      19日キャンプ地視察
      奥野・久冨・案浦の3名がCIL久留米主催のキャンプ参加という形で大分のキャンプ場を見学              に行って来ました。お疲れ様。
      20日キャンプ場視察
      大場・有松ゆ・木下・池田の4名が天草の海のキャンプ場を見に行きました。お疲れ様。
      22日事務局会議
       いろいろな取り組みの報告やキャンプ場の視察の報告と検討を行いました。
      26日ムーン練習
       福祉センターで10:00〜15:00までみっちり練習しました。
      29日事務局会議
      秋のミニレクレーションについてや、SOS集会の日程について話しました。

      9月


        1日研修/長洲未来館見学
      障害者の日のイベントにそなえ舞台照明の実演とお話をききました。
        2日ムーン練習
      1日練習しました。
        5日事務局会議
      SOS集会で使う資料の整理などをしました。
      障害者協議会/企画・政策部会会議
      主に障害者の日イベントについての話でした。
       7日SOS集会
      いろんな取り組みの報告や、キャンプの感想やレクレーションのアイデアについて出し合いました。
        9日ムーン練習
      1日練習でした。久留米より2名劇を見に来られました。
       11日ムーン練習
      夜の特訓を積みました。
       12日事務局会議
      ケアマネ養成講座の打ち合わせなどをおこないました。
       13日学習会参加
      SOSの「打ち上げ学習会」でやったことのある「成年後見人制度」について3名で学んできまし      た。いい復習となりました。
       15日バザー出店
      恵愛まつりに参加しTシャツを中心に手作り品や本を売りました
       16日ムーン練習
      長洲未来館の小ホールで初めて舞台での通し稽古をやりました。
      ★編集後記★
       シドニーオリンピックがもりあがっています。スポーツの秋だなと思います。終了後、パラリンピックが開催 されるのでしょうが、これもテレビ中継してほしいなと思いますね。一度も見たことがないので一度は見てみた いものです。では、風邪に気をつけてください。

      2000年8月30日発行

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      キャンプ終了後、山門高校の亜紀子さんと恵さんが手作りのクッキーを持ってもやいを訪ねてくれました。
      バザー用の作業まで手伝ってくれた二人に感謝。又のお越しを待っています。夏っていいな。

      -子どもはキャンプの王様だ-


      キャンプにご協力いただいた団体や個人の皆さん
      2000年キャンプ/子供達を中心に120名の参加で無事終了しました。
          ほんとうにありがとうございました。
        そして参加者の皆さんお疲れ様でした。
       スタッフの皆さんゆっくり疲れをとってくださいね。

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      -シネマで愛して・・・遠い夜明け-


      「夜明け」っていう言葉の響きに弱いのであります。10代中頃訳もわからず読み上げたあの本も「夜明け前」とい うネーミングにつられたし、10代後半「夜明けのスキャット」という歌を口ずさみ、やがて「夜明けは使いよ」をリ フレインする「友よ」という歌のキダーコードの反復練習に明け暮れたのです。
       何故でありましょうか。夜明けなるものをどこかで待ち望んでいたとするのは、あまりに単純にすぎるでしょ うか。施設の闇は深かったことだけは確かであります。地域に出て狭いアパートで地域の闇と出会ったとき、歴 史はくり返すといいましょうか。再び「夜明け」にすがったのであります。30を超えて出会った「夜明け」は、デン ゼルワシントンの「遠い夜明け」というシネマでありました。
       俳優の名前を覚えるのが不得意な私は、黒人俳優といえばシドニーポワチェとエディーマーフィーくらいしか いえなかったのであります。しかし、このシネマにおける演技でデンゼルワシントンが加わる事となりました。
       シネマのラストのクレジットで、虐殺された黒人達の名前が次々と出てきて、一つ一つの名前がアパルトヘイ トの差別を打つのであります。
       切ない、苦しいシネマであるのですが、解放運動のリーダーピコとしてデンゼルワシントンが語るセリフのひ とつひとつが心の奥に着陸するのです。
       差別する者達へ差別される者達へ語りかけるピコの人として凛としたもの、それこそが「夜明け」ではなかった かと真夜中に一人思ったのであります。
      シネマの後半はヒッチコックかと思うようなサスペンスへと展開するのですが、これもまたシネマであります。
      手に汗握って堪能いたしました。
       今、デンゼルワシントンは新作シネマで脊髄損傷の障害者の役を熱演中であります。この役作りため障害者と 寝起きを共にしていろんな話をしたとのことであります。さすがであります。レインマンにおけるダスティーホ フマンやレナードの朝におけるロバートデニーロや楢山節考における坂本スミ子を彷彿させます。
       「夜明け」を持っている方は必見です。夏の夜デンゼルワシントンと出会って下さい。遠いけど夜明けはあるこ とがしみじみと伝わってくるのであります。

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      -もえの国から・2000-

      ワーキングみほママのもえ`S History


      その11
      その後、保育園を訪ねることがありこのことを聞いてみた。当時、大牟田の保育園で看護婦の免許をもった保 育士がいる保育園は2、3ヶ所しかなかった。(この看護婦の免許にこだわるのには理由があった。養護学校で 今まで在宅だとされた子どもも毎日学校に通いたいといった運動が展開されてたころ、吸入、吸引などは医療行 為だから、養護学校の担任教師などがやってはだめだと言われた事があったから。医療の目覚ましい進歩の中で は吸入、吸引はまさに「生活行為」であるととらえられている。が、しかし文部省管轄の学校はなかなかそうは考 えてくれない)
       そうこうしているうちに、もえのことを看護していいよとOKをだしてくれる人がいた。Sさん。養護学校で一 緒に勤めたことのある若いお母さんである。なかよし会のお母さん3人。ダウン症の子どもをもつ3人のお母さ んである。連れ合いの看護欠勤の期限が切れる前にはもえのことをいろいろ知ってもらう必要があった。
       夏休みには早速ローテーションを決め介護に入ってもらう。こうしてもえは1才6ヶ月を迎える頃より新しい 出会いの中育てられることになった。

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      -活動報告-


      7月


      23日夏祭り総踊り
      今年も女性は浴衣を着て皆で元気に踊ったのです。
       24日キャンプ作業
      キャンプに向けて山ほどある作業に取り組みました。
       25日事務局会議
       キャンプが中心課題の会議でした。その他いろんな報告がされました。
       26〜28日キャンプ拡大実行委員会作業日
      夕方より夜遅くまで取り組みました。
       29日交流キャンプ
       30日交流キャンプ
       31日講師派遣
      セキアヒルズにて福祉基礎構造改革についての講演

      8月


         1日事務局会議
      キャンプ関連の今後の作業の打ち合わせの会議となりました。
       2日手芸全体作業日
      バザーに向けていろんな製品作りに取り組みました。
       3日市同研実践交流会
      文化会館で行われ研究協力者や実行委員として動きました。
       6日キャンプ反省会
       いいところ、悪いところを出し合い来年にいかす会議となりました。
        ピースサイクル来も
            今年も立ち寄られました。冷たい麦茶とらっきょでお出迎え。
       7日キャンプ参加の高校生来も
           いってらっしゃーい。又おいで。
       8日事務局会議
           今後の打ち合わせ
       9日バザー
           福教組のお誘いで文化会館で
      夏祭り反省会
           福祉センターでありました。奥野さん参加
         住まい街づくり会議
           担当の有松ゆが参加。
      10日研究生来も
           3名の方が来ました。障害の概念という基本的な事を話しました。
       ゆうゆうクラブ
           案浦さんが担当しました。
      ★編集後記★
       残暑お見舞い申し上げます
      皆さん夏を乗り切りましたか。後は秋の枯れ葉に身を包むのみです。先日インターネットを通じ福祉マップの注 文を受けました。あれから4年が経つのですね。はやいよなー。
       福祉マップの作りかえの時期が近づいています。

      2000年7月20日発行

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      -ゴダイゴが夏祭りにやって来る!-


      今年の夏祭りに「ゴダイゴ」が再結成でやって来ます。ガンダーラ・ガンダーラと思わず口ずさむ懐かしさ。
      うーん。夏目雅子フォーエバー。夏の蜃気楼。政治の森善郎よりロマンがあるよね。
       先日もやいを訪れたキッズ達からお手紙が届きました。メールもいいけど手紙の文章ってさすがにいいよなー と思います。高山はやと君はじめお手紙をくれたみんなありがとう。夏休みは目の前だ。残された一学期頑張れ

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      -シネマライブのお誘い-


      暑い日が続きますがお元気ですか。
       さて、SOSでは昔から色んな形で学習会を重ねてきましたが、ここのところみんなに呼びかけての学習会とい うのはありませんでした。しかし、20世紀も後わずかとなったこの時期、SOSと縁のある「リボン社」が70年 代に制作した障害者の8ミリ映画をビデオ化し販売を開始しました。アメリカやイギリスや北欧から障害者の自 立生活が始まったというのが福祉業界の定説となっていますが、このシネマを見てもらえればどの国よりも早く 、この日本で70年代前半に障害者達が自立生活を開始し、共感する健全者達がそれを支えていることがわかり ます。SOSもこのビデオを入手しました。このビデオをみんなで見てそれぞれが何かを感じてくれたり、人の熱 みたいなものに触れてもらえればと思い「シネマライブ」と名付けた久しぶりの学習会を企画しました
       ひと月1回、3ヶ月連続の学習会になります。人権問題に取り組んでいるヒューマンライツの事務局にも協力 を求め了承を得ました。多くの人達に集まってもらいあの時代についての疑問や質問や感じたことなどを話し合 えればと願います。

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      -障害学/見えないもの-


      SOSの「青年H」さんが行政交渉を前に、目の色を変えて資料を集め分析し理論武装に必死になっていたのは何年 前だろう。結局、行政交渉も個人的な行政へのアタックも無に帰したけど、あの思いは宙を舞い続けて今日にい たり酒の席で突然爆発したりもする。
      その、宙に浮いたHさんの思いは時を超え、7月10日建設省での政令改正となり11日の閣議決定となった
      「一人暮らしの要介護の重度障害者の公営住宅への入居」が可能になったのだ。
       Hさんならずとも全国の自立を目指す重度の障害者が拒まれてきた。差別法の一つが実質崩壊した。つい先日も SOSの「欠格条項学習会」で取り上げたばかりだったので何か因縁を感じてしまうる
       バリアフリー・ユニバーサルとハードの面では時代は確かに進んできたが、ソフトの面では時代が進まない。
      建物は見える分だけ理解が容易なのだろう。しかし、Hさんの思いは見えるわけでもない。見ようとしなければ見 えないものがこの世に多すぎる。
       逆に言えば見せようというのは大切なことではないかと思う。障害者劇団「変態」が障害者の身体を舞踏によっ て見せるように、又、障害者プロレスが常識をラリーアートで粉砕する格闘技を見せるように、高橋竹山が津軽 三味線で障害者の昇華された情念を見せたように、乙武くんがあっけらかんとした明るさを見せたように・・
      見せないと治まらない障害者の「思い」は山ほどあるのだから。

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      -萌の国から・2000-

      ワーキングみほママのもえ'Sヒストリー!


      その10
      実はこの3ヶ月は、その後のもえをどうするかについて動き回った日々でもあった。
      まず市役所福祉課。とにかく口蓋裂の手術まではいろんな病気に感染するおそれのある場所へあずけれない。
      風邪一つでもこじらせたら救急車で搬送し2週間の入院は必死だ。在宅でなんとか見てくれるような制度はない ものか?と考えたからである。答えはNO!自分でベビーシッターさんを探して下さい、家政婦協会などがありますよ という返事だった。小さな「障害」児がいるのに、しかも父親の収入もあるのに、なぜ母親が働くのか「障害」児の 看護は母親の仕事だ〜言葉としてははっきり出さないが、そう言う思いがひしひしと伝わる。
      家政婦協会に電話。「障害」がある子どもへのベビーシッターが必要だと告げる。できれば急な対応も必要なので 看護婦の免許のある方をとお願いする。
       ところが毎日でしかも長時間にわたるので、必ずしも同じ人か毎日対応できないかもしれない。看護婦の免許 を持った人が少ない。何よりその費用が膨大になることがわかった。いろんな知人・友人のつてでもえを見てく れる「人」探しが始まった。
      その間、久留米の聖マリア病院新生児科に設けられた療育相談に行ってみた。
      久留米市では、各保育園にはいろんな子どもに対応できるようにと必ず看護師の免許をもった保育士がいるのだ そうだ。もえをみてこのくらい元気だったら保育園でも大丈夫ですよと、ひとしきりに話されて「大牟田の保育園 ではどうですか?」と、質問が返ってきた。  つづく 

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      -活動報告-


      7月

      1日SOS集会
         キャンプの実行委員会を兼ねた集会となりました。西村さんより「知的障害者のヘルパー」
         大場さんより「障害者のディーサービスとショートスティーについて」の情報提供。
       3日大牟田小学校交流授業
         奥野・案浦・久冨・有松ゆ参加。福祉マップの発表。
       4日事務局会議
         キャンプ・夏祭りを中心に話しました。
       5日ゆうゆうクラブ職員との懇談会
         おもに障害当事者の心の部分についての意見交換を行いました。メンタルヘルスの必要性を全員で認識しました。
       7日大牟田小学校交流授業
         奥野・案浦・久冨・有松ゆ参加。ゲームを通しての参加。
       8日演劇「ムーン」の全体練習
         12/12の公演に向けての努力が続いています。現在台本読みの段階。
         大牟田住みよい町づくり推進協議会会議
         有松ゆ参加。バリアフリーからユニバーサデザインへ。この町をハードの面から変えていく会議です。これから先期待がもてそう。
       9日ヒューマンライツ事務局会議
         シネマライブについての検討を行いました。
       11日事務局会議
         キャンプと夏祭りに全力投球の会議となりました。
       16日平和の集いでもやいバザー
         共同作業所もやいのバザーも出させてもらいました。
       18日事務局会議
            キャンプの最終打ち合わせ
       19日夏祭り総踊りの会議
         社会福祉協議会にて各団体最終の打ち合わせ
       20日キャンプオリエンテーション
         学生と障害者それぞれのオリエンテーション。
      ★編集後記★
      キャンプの用意で毎日バタバタしています。梅雨なのに意外と雨が少ないなと思いつつキャンプ当日の天気が 気になります。今回のキャンプは子どもが多いので、元気でゆったりと楽しめるキャンプを作りたいものです。
      参加予定のみなさんよろしく。

      2000年6月30日発行

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      -好奇心キッズ もやいを占領!!-


      夜空を見上げると陽水の歌「傘がない」とKくんの愚痴「金がない」を思いだすのであります。
      梅雨真っ盛り、みなさんいかがお過ごしですか。ここまで書いたらもう「後がない」のでありました。

      狭い事務所でごめんね。と心で詫びつつ、6月23日もやいは小さなしかし多いお客様をお迎えしたのでした。
      好奇心いっぱいの大牟田小学校のキッズたちは福祉マップを作らんと奮闘中。ならば協力せざるを得ますまいと もろ肌脱がしていただきました。
      その小さき体には、みんなが住みやすい街をいざ作らんと大きな志。うーん。あっ晴れキッズなり!この街がた とえバリアフリーになったとしても、それだけでいいのかな?となにやら難しい宿題をだしつつも「君たちの好奇 心と率直こそが僕らの希望です」と、つぶやくのでありました。
       少しは勉強になったかな。みんなおつかれさまでした。また遊びにおいで。

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      -シネマライブ・T U-


      シネマライブ・T 1972年 モノクロ・1時間10分
      カニは横に歩く

      閉ざされた日常との決別を目前にして、重度脳性マヒ者たちが街に身体をさらし、言葉を放つ。
      障害者解放運動の先駆をなした群像の記録。
      ※Sさんは疾走する車を眼下にしながらひとり歩道橋を登っていく。
      「これがオレの歩く手法だ」自己肯定への歩みが始まった。
      ビール片手に/20世紀打ち上げ
      シネマライフ゛

       SOSが取り組む学習会でシネマ3本と「演劇」公開練習の企画です。
      早ければ8月より月1回のペースでやろうと今調整中です。決定したら次回の新聞7月号で連絡します。
      シネマライブ・2 1975年 カラー 1時間12分
       何色の世界

      不安としがらみの海を渡って「自立生活」を始めたある女性障害者。24時間介護が必要とする彼女が在日と言う 過去と現在を背景にして見据える社会はどんな色彩をおびているのだろう。
      ※『カニは横に歩く』が密閉された場から「大脱走」の記録だとしたら『何色の世界』はその後理念として「障 害者の自立と解放」を具体化し、新天地を開こうとする「開拓史」ということができるだろう。

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      -シネマライブ・V/番外編-


      2000年 劇団ポリシー公開練習 1時間20分
      銀河流星群を突き抜ける ムーン 男と女の道行は

       刑事秋岡と対峙したハイジは過去と向き合わざるをえず、過去への旅は現実の奥にあって人を突き動かす心の 最深部への旅となった。一方、身体を所有しない「X」は魂を所有し、刑事秋岡の身体を借り受け叫ぶ。
      「なんでてめえが生きてんだ」
      ※これら、3本のシネマの「芸術」としての完成度はともかく、情念に立脚した障害者解放運動の社会的影響力や  その高揚期の有り様は21世紀を目前に控え閉塞感とあきらめに対するメッセージとしてのエネルギーです。
       ぜひ、このシネマを熱く迎えてください。また、番外編として運動の一端を担ったと自負する私たちも、多く  の亡くなっていった仲間たちのレクイエムとして、原点に立ち戻り「演劇」という新たなる表現活動に挑戦しま  す。ビールを片手に人の熱をつまみに楽しくやりましょう。若干のカンパも要請しますがよろしくね
      シネマライブ・4 1977年 カラー・T時間22分
       この二つの地平線

      教育が与え奪ったものは何か。車いすのバス乗車を拒否し障害者を自殺に追いやる社会。"79年養護学校義務制化 を前に障害者の戦いが始まる。
      ※1977年、川崎市に全国から障害者が集まった。障害者たちがバスに乗車すると以前から車いすでの乗車を拒否  していたバス会社は他の乗客をバスから降ろしバスの運行を中止した。川崎駅前は車いすの障害者を乗せたま  ま動かないバスで埋まる。障害者解放運動の歴史に名高い「川崎バス闘争」である。動かないバスの窓からハンドマイクを突きだし市民の理解を訴える障害者達。

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      -中止と延期のお知らせ-


      サマースクール3/ 夏休み子供達と一緒に陶芸や手作りの手芸をつくったりと好評だった「サマースクール」 は準備が進んでいましたが残念ながら今年は中止となりました。来年は装いも新たに何らかの形でサマースクー ルをやりたいと思っています。その時はご協力よろしくお願いします。
      SOSツアー2000/ 第1回目は昨年「北海道ツアー」を行いましたがとても好評でした。今年もということで韓国ツ アーを企画中でしたが、担当者が健康上の理由でしばらく安静が必要となり、残念ながら実施時期を来年に延期 することとのりました。積み立てしていた人にはご迷惑かけます。

      -障害学/障害者の仕事-


       その子が3歳の時、お母さんは外に連れ出していろんな音を聞かせ物に触らせた。子どもはある日サ ッカーの試合に興味を示し、お母さんがボールを触らせると彼はボールをポーンと蹴った。子どもがスポーツと 出会った瞬間だ。いいシーンだなと思う。生まれつき全盲のその子どもは、今、成長しテレビ・ラジオでスポー ツ解説者として働いている。素晴らしい解説に全国から電話が殺到するという。中国の話だ。
       障害者の仕事の固定観念を気持ち良く裏切ってくれていると思う。
      障害者の就労が進まない。雇用率が上げられジョブコーチ制度も検討されている時代にあってそれは何故なのか。 その理由は複数あるが、一つには障害当事者と健全者双方に、障害者の「仕事」に対する固定観念が強すぎるので はないかと思う。労働=物の生産に限定され、そして健全者の価値観から評価がくり返される中で就労は停滞し ているのではないか。ピアカウンセリングや相談事業への障害者の就労に見えるように、これからは生産中心の 与えられる仕事より、人間中心につくりだす仕事が就労の形態を変えていくだろうし、物理的な能力をすべての 判断・評価に結びつける価値観をも変えていくだろう。
       一方的に押し付けられた価値から抜け出し、本来あるべきおおらかな価値の取り戻しを進めていきたいものだ。
      大牟田市も職員もメンタルヘルスを支援する職員配置の取り組みや障害者の雇用を具体的につくりだす動きが始 まりつつある。
      就労にかかわる障害者の人権無視の発想を抱く流れを完全に断ちきるための一歩にしよう。

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      -萌の国から・2000-

      ワーキングみほママのもえ'S History


      その9
      思い出してみると、私が養護学校に勤務している時に出会った多くの「障害」児の母親は仕事をしていなかった。 たまに勤務の仕事をしている母親は同居の祖母などが子どもの面倒を引き受けていた。父親と別れる家庭も多く 、ほとんどの場合、母親のもとに「障害」児が引き取られる。生活のために保護をもらおうとすると自家用車が使 えなくなる。重度の「障害」児にとっては車は必需品なのにである。ならば何か仕事でもと相談する。「保護をもら わずに仕事に出られるのなら、お子さんを施設に預けるしかありませんね」と、冷たく言われたと語ってくれた母 親がいた。
       バリアフリー・「障害」者にやさしい街づくりとはいうが、「障害」児の母親もまたバリアフリーでなければなら ない。そのために行政が何をするか、ではないのか。
       ともあれ、1996年4月私の職場復帰。もえ1歳3ヶ月。先天性の股関節脱臼を治療するためリーメンベルトをは め、口蓋裂手術のための診察。その他リハビリなどなど。病院の治療カードや予約カードがさいふなどに到底入 らない。もえ専用にと手帳を買い予定を入れこむ。大牟田市立病院小児科・聖マリア病院新生児科・形成外科・ 言語治療科・小児歯科・耳鼻科・米の山病院小児リハビリ・小児科。予定を立て通院するのが、もえにとっても 「楽しいお出かけ」である。気になっていた「聞こえ」のことも詳しく検査し中等度難聴と判明。補聴器での効果が 大と言うことで補聴器をつける。
       1才の誕生日にはすっかり、口からうまく飲み込む食事がようにはなっていたが、ていねいにミキサーをかけ る必要があった。1回の食事30分。おやつ2回も含めると1日目5回。
       このような、すべてにおいての介護は、私から連れ合いにバトンタッチされた。当時できたばかりだった「看 護欠勤」は、最長3ヶ月しかなかった。私がダメなら次は父親しかないのだ。こうして、私の職場復帰と同時に、 父親によるもえの看護欠勤が始まった。

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      -活動報告-

      7月


      3日 障害者セミナー  クローバ春日にて「介護保険と障害者」の学習会があり参加しました。色々問題山積みだなと思いました。
       6日 事務局会議  主に自立プログラムについての話が中心でした。
       8日 ゆうゆうクラブ取り組み  個人個人とピアカウンセラーが話し込みプログラム作成の基礎づくりを行ないました。
       10日 障害者の日イベントプログラム  中央公民館において練習を行いました。まだまだ公開までには時間がかかると思います。
       11日 結婚チャレンジワークス報告  SOSで取り組んだ「結婚チャレンジワークス」が終了し報告をまとめた本           も完成。この日は福岡にて研究発表を行いました。
       13日 事務局会議  キャンプについての話が中心でした。下見や実行委員会の立ち上げの時期などの打合せが行われました。
       14日 ゆうゆうクラブ来も  今後の動きについて話し合いました。この日は手芸の日でもあり合わせて13名が集合。狭いもやいでは酸素不足になりました。
       17日 人権教育の打ち合わせ  「萌の国から」の作者坂田みほさんの要請で小学校の取り組みを行うようになりその事前の打ち合わせを行いました。
       20日 事務局会議  「70年代の障害者解放運動」のドキュメントシネマが手に入るので連続上映会をやる話が中心になりました。多くの人の参加をお待ちします。詳しくは来月号で。
       23日 大牟田小学校来も   小学生がもやいに勉強に来ました。とてもにぎやかな日になりました。
      ★編集後記★
       電動車椅子でよくもやいに遊びに来る末藤さん。その末藤さんのお供していたゴロが先日もやいの前で事故に 遭い死にました。末藤さんの肩が落ちるのを見るのがつらかったです。もやいのみんなとも慣れてきていたゴロ だけに残念です。 黙祷。

      2000年5月30日発行

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      今年は10日ほど遅れて沖縄が梅雨入りしました。まもなく九州も雨の世界が広がることでしょう。せっかくな ら雨の世界を楽しみたいのですが、どんな方法があるのかな。あったら教えてほしいと思います。

      -シネマで愛して・・あー君にお説教して私が目がさめた-


      泉谷の歌じゃないけど意味もなく「眠れない夜」があるのであります。そんなとき人はどんなことを思うのであり ましょうか。何故か先日不覚にも「瞳がウルルン」した自己史をひもといたのであります。子供の頃、長谷川伸の 人情劇に、てもなく引っかかりグスングスン。かとおもえばキックボクシングの二流の選手が沢村の前座で観客 も注目していない中、何度も倒されながら起き上がったとき、涙がジワリ。長渕剛のオルゴールをワンパターン とぼやきつつラストの父と子が駆け寄り抱きしめ合うシーンに不意をつかれたようにウルウル。そうこうしてい るうちに、何故かチャップリン「ライムライト」が浮上したのであります。
       悲観して自殺未遂をするバレリーナと、絶望のあまり酒におぼれる老コメディアンの物語は、ストーリをたど る必要もないほど有名だしありがちな題材でもありますが、なぜか、目頭をぬぐった記憶があるのであります。
      ウーン何故だ。と思うとますます眠れなくなったのであります。
       シネマの前半、老コメディアンがバレリーナを支えます。しかし、後半は関係が逆転します。バレリーナが老 コメディアンを支えるのです。援助する側とされる側が入れ替わり、それぞれの魂の後ろ側に隠れた希望を分か ち合うのです。引き出しあうのです。
      「あー君にお説教して私が目が覚めた」老コメディアン、チャップリンがつぶやくセリフが秀逸であります。
      他者との関係の中で自己が形成されていく様や、他者を裏切らないしみじみとした情感が全編をつうじて伝わっ て、当時の自分の乾いた部分に水分を与えてくれたのでありましょう。ウーン、しかし泣いた話ばかりじゃね。
      次に「眠れない夜」がやってきたら今度は笑いの自己史をひもとこう。またチャップリンが出てきたりして。

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      -バザー/ピープル/ミニ交流会-


      5月の連休のバザーや、交流会、そしてピープル5年目への出発を祝うパーティーなどフォトエッセイ風に
      ご報告したいと思います。
      ★4月30日、佐賀のバザーは雨で中止。急きょミニ交流会に早変わり。唐津城見学としゃれこんだのであります。
       なぜか夫婦で参加していた有松温之さんと由里子さんにとっては、ちょうどよい結婚記念日となりました。
       SOSでも「結婚チャレンジ」という障害者の結婚問題の研究に取り組みましたが、数字化できない部分にこそ問題  の核心があるのかもしれません。ともあれ仲良きことは美しき哉。車椅子後方は忙しい中、介護に駆けつけた  U子嬢と「ハーイ・ハイ」のI君。
      ◎日傘を見ると、時代屋の女房のファーストシーンの夏目雅子を思い浮かべます。
      5月4日のバザーは、何故か金  魚の郷長洲。それはそれは暑い日だったのです。帽子と日傘のバザースタッフ。この日は奥野ファミリーも顔  を見せてくれました。ブルーシートの上で暑さに耐えて日傘をくるくる回していると、なんだか私たちが金魚  になったような感じですといえば「そんなはずはないだろう勝手に決めつけるなフン!」と金魚が怒るかもしれ  ません。こういうのを「金魚のフン!」というのかな?「いうはずないだろう!」
      ★5月21日久留米。久しぶりに福祉系のバザーです。
      大がかりなバザーで色んな障害者団体やボランティア団体  が参加していて新鮮でした。最重度の障害者の参加も見受けられ、親御さんたちの積極性に拍手。もやいに関  係のある色んな障害者達と話ができて非常に有意義でした。瀬戸島さんも参加。そして大学生になった野中君  も偶然大学のボランティアとして参加していて、私達のテントに昼飯を食べにやってきてくれました。先客万  来のテントは暑さもあって少々疲れましたが売上げは上々でした。
      ○ピープル活動が始まって丸4年。
      5年目へと入った21日、日頃ピープルとして顔を合わせることのないメンバー  に集まってもらいささやかな宴が催されました。現在の公的介護保障だけで池田さんの自立生活が成り立たな  い状況が続く限り、ピープル活動が必要なのですが、単に介護だけの物理的な応援だけではなく、ピープルの  持つ意味はもっと人間的なものへと広がりをもつものと思えます。大げさに聞こえるかもしれませんが、鍋の  湯気の向こうに池田さんの見え隠れする中でそんな実感をもちました。
       池田さんという一人の重度の障害者に、縁あって様々な人々が連れなり鍋を囲み酒を談笑する。そんな時間を  共有できることがうれしいし、毎日の地味な活動の上にその時間があることが、ほのぼのとして正直で少しの  充実感があっていいのです。
       ピープルはささやかに5年目に入りました。池田邸にある「ピープルのーと」には、池田さんの自立生活の記録と  自立生活を共に歩むピープルのメンバーの静かで確かな言葉が咲いています。読んでいると皆で旅をしている  気分になります。5年目の旅もよろしく。
      障害学/ろう文化宣言
       ニュース23で先日放映された「R4」というろう者の劇団は、言葉がすべてのコミュニケーションで手話はその補 助手段だ位に思いこんでいる僕らの価値観に心地よいインパクトを与えてくれた。「ろう」のRと4人の劇団員から 取られたネーミングもおもしろいが、劇自体も生命力にあふれおもしろく、満員の観客のろう者の人々も生き生 きと笑い転げ、終演後、音のない大拍手が送られた(見た人にはわかると思うけど)
       「日本語で翻訳できないんで台本はありません」。「今度産まれたときももろう者でありたいです」。代表者の数々 の発言の向こうから、たとえば日本語と異なる言語を操る「言語的少数派」として自己を位置づけた誇りと自信が 立ちのぼってくる。それに裏打ちされた独自の文化を創作する者たちの矜持さえ立ち現れる。そうか、文化はこ うして産み落とされるのだと実感する。思わず僕はテレビに向かい拍手をしてしまった。音のある拍手ではあったが
      ※1995年の「ろう文化宣言」は、自らを障害者としてでなく日本語とは異なる言語少数派として規定しました。
       このことは「聴覚障害者」の教育や福祉に携わる人々に大きな衝撃を与えました。しかし、「ろう文化宣言」を支  持するろう者の声は止むことがありません。

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      -萌の国から・2000-

      ワーキングみほママのもえ`S History


      その8
      まず、6月の風邪をこじらせ肺炎になり大牟田市立総合病院に入院。10月、嘔吐と共にチアノーゼから呼吸停 止に陥り、初の119潘通報(この119の救急車の我が家への出勤はその後も続き通算15回くらいになるだろうか。最 近では我が家のタクシーがわりとなっている感もあるかな)
       そんな時、その年から公務員に導入された「看護欠勤」と巡りあった。また管内でも何件はしか前例のない制度 ではあったが、これは使わない手はない。さっそく、事務の先生と打合せ。医者の診断書、その他準備すると最 高の90日「看護欠勤」が認められた。この時の制度はまだまだ不十分なところが多く、あくまで「欠勤」にこだわり 代替の職員は一切採用しないとのことであったが粋なはからいというか「看護欠勤」にもかかわらず、非常勤なが ら代替の職員が配置された。ほんとにたまたまでありラッキーとしか言いようがないが、我ながらうまく綱渡り をやっているもんだと感心してしまう。
       とにかく私の職場復帰は、もえ1才3ヶ月の春、1997年4月へと延期させた。   つづく

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      -活動報告-

      5月


      4日 長洲バザー  もやいのバザーは連休中でもやるのです。熱い中関係者はご苦労様でした
        8日 障害者協議会  2000年度の事業計画や予算案が検討されました。今年度は学習会中心の活動が組まれ             ました
        9日 事務局会議  サマースクールやキャンプなど夏のイベントの打合せを中心に話を進めました。
       16日 事務局会議  各取り組みの報告やお知らせ、検討はキャンプだけにしぼり当面の動きを話しました。            この日よりカンパ・参加のお願いで外回りを開始。
       17日 ゆうゆうクラブとの合同会議  一人一人の状況に合わせた自立生活のプログラムを作ることと、当事者・地域の障害者・それに施設がそれぞれの役割を果たす事が必要との話合いでした
       18日 企画政策部会学習会2  前回の精神障害者問題に続き、今回は知的障害者の問題を取り上げました。
       20日 講演会への参加  木村ケイさんの誘いで障害者当事者の講演会に参加しました。
       21日 もやいバザー  恒例の久留米の福祉バザーに参加しました。懐かしい人達の顔が見れて楽しかったです
       23日 事務局会議  ヒューマンライツのあり方に関してが話の中心になりました。運動は形を変えてその魂を伝えて行かねばならないと思います
       24日 ゆうゆうクラブ担当職員との意見交換  地域自立を作り出すために今何が必要かを本音で話し合いました。地域の障害者ができること、当事者ができること、施設ができること、それぞれの役割がなんなのかを 見極めて実践することが大切のように思えました。今後も定期的に職員との懇談。利用者との懇談を行っていきたいと思います。
      ★編集後記★
       SOSのホームページは、開設以来約7000人の人が訪れました。この新聞も毎月更新されています。
      どんな人が読んでくれているのかと想像すると楽しいものがあります。見も知らぬ人へ、また会うこともない人 へ、心を込めていくばかの思いを発進し続けたいと思います。では、また6月に。

      2000年4月30日発行

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       桜からツツジへ。ツツジから菖蒲へ。花で季節を追うようになったのは年のせいかなと思うこのごろ。汗ばむ 日が多くなりました。こういうとき風邪ひくんだとよな。気をつけて!

      -老夫婦のため息はどこに落ちていくのだろう補償努力なるもの-


      「そして僕は途方に暮れた」。そんな歌を聴いたのはいつの頃か忘れたけど、「途方に暮れる」というフレーズは 心の現実の奥にあって僕を突き動かす場所に不時着したらしく今も頭を離れない。
       桜の花が咲くとき、途方に暮れた記憶もまた咲く。行き場のない15の春。その中で、軽度の障害を持った者 は、それなりの行き場を持ったのだ。重度の僕は当時それをうらやみながら生き始めた。暗いよな。しかし、行 き場にたどり着いた者たちが待たざるをえなかったものが「負けない」という祈りにも似た志であり、「負けない ため」のぎりぎりの背伸びをくり返すことでの存在証明だった。体はきしみ、心は悲鳴を上げても自分を変える補 償努力なるものが続く。そして35年。リストラで首を切られた友は、長年の無理がたたり障害の重度化で寝たき りとなる。いったい彼は、何に負けてはいけなかったのだろう。いや、そう思わなければやつていけないと思わ せる周りのまなざしは、友に何の証明を求めたのだろう。
       「私の71年の人生は何も楽しいことはなかつたですよ」
      つい先日、障害年金の受給を希望するKさんに、法的な壁があり受給できないことを告げたとき、Kさんは突然言 った。中学を卒業し洋服屋に弟子入りし辛酸をなめ尽くした末に、店を持ち子供を育て上げたKさん
       「私は足がこげんあるし中学しかでとらんけん、子供だけはと思うて大学ば出したとです。障害も重くなって 仕事もできんし、障害年金もらえんなら国民年金の3万円でどげんして暮らすですか」うつむく奥さんを見やった 後、大きなため息が一つ落ちた。今は仕事もされていない小さな洋服屋で、老夫婦を前に僕は途方に暮れていた
      咲き誇った桜が散り尽くした物足りなげな桜木を見上げるとき、また桜が満開になる21世紀の春も、僕はたぶん 同じように途方に暮れてるのだと思えた。

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      -連休が終われば梅雨が明ければ2000年キャンプの幕が上がるぞ-


      福岡県内の障害者団体のキャンプに参加させてもらった時代。複数の団体と共催という形でキャンプを行った時代。
      そして、15年前よりSOSキャンプとして障害当事者が中心となり、多くの健全者や学生の協力のもとキャンプを作って きました。
       振り返れば、いろんな夏のドラマがあったのです。夏のドラマは甲子園だけではないのです。熱い思いを持つ 人間がそこにいればドラマはうまれるのです
      高良山山上でのキャンプで行われた、車椅子同士の結婚式は、静かな感動を呼びました。数え切れないくらい の高校生が障害者と共にキャンプを体験してきました。台風に悩まされたキャンプもありました。
      公共交通機関を使ってのバリアフリー体験型のキャンプもやりました。ウーン。思い出は尽きないのです。
      マンネリ化したぞ、との声も聞こえますが、キャンプの原点とドラマを思い浮かべると、こころの奥の方から力 が湧いてくるのです。
       さて、2000年キャンプ。早くも昨年のキャンプ終了後、下見を済ましキャンプ場を選定。今年に入って2月には 予約成功。今年の実行委員長は奥野。副委員長は有松温に決定。現在様々な書類づくりや関係団体への依頼等を 完了。連休明けには、いよいよ市内を動き回っての参加要請や、カンパ要請活動が始まりす。
       そして、、梅雨が明け。大蛇山のお囃子の余韻の中。いよいよ2000年キャンプが!

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      -今年のキャンプはここが違う-


      例年、参加してくれる学生向けにオリエンテーションをやってますが、今年は「参加障害者向けのオリエンテー ション」もやりたいと思います。そして、両者の顔合わせも同時にやって、キャンプでの交流につなげていきた いと思います。協力よろしくね。
      今年のキャンプはここが違う
       同じキャンプ場では、例年「長崎脳性麻痺者協会」の人達がキャンプをやられています。ボランティアを含め1 00人規模です。固定キャンプ場は、SOSと脳性麻痺者協会での貸切状態となりました。交流は難しいかもしれませ んが、一緒の場所でやれるので楽しいキャンプになりそうです。

         サマーキャンプブルース/歩 利雄
       男と女を遠ざける/さだめと言う名の時のマジック
      障害者と健全者を遠ざける/差別と言う名の人のマジック
         男と女を遠ざけても/愛が二人をほっとくものか
       障害者と健全者を遠ざけても/夢が二人をほっとくものか
           だからサマーキャンプ同じ時を使い
             だからサマーキャンプ同じ夢を探し
            だからサマーキャンプあんたとおいらの
               心こすれるブルース奏でよう

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      -伝言板 皆さん連休楽しんでね-


      伝言板 皆さん連休楽しんでね
      ○今年も「サマーキャンプ・もやい」をやることになりました。今年で3回目となります。
       今回は、陶芸オンリーで「皿と壁掛け」を子供たちと一緒にワイワイガヤガヤと作りたいと思います。
       ボランティア等の呼びかけもさせてもらいます。その時は協力よろしく。
      ●「結婚チャレクジワークス」では、皆さんに大変ご協力いただきありがとうございました。研究調査はお陰様で  終了し、6月にはアンケート調査の発表会がクローバ春日であります。
      現在どんな形で発表するか実行委員会で検討中です。  結婚チャレンジワークス
      ◎宮原の末藤さん。電動車椅子で時々もやいに参上。ほのぼのとした笑顔と愛犬ゴロウの組み合わせもよし。う  らうかな陽射しとともに現れて、しばらくみんなと話しては、去って行くのでありました。
      ○瀬戸嶋さんのお父さんが3月亡くなられました。また、つい先日、宮本恵さんのお父さんも亡くなられました。
       ご冥福をお祈りします

      障害学ノート/T


       参加者は少ないけど、「20世紀打ち上げ学習会」と名付けた学習会を去年から定期的に始めているのです。これ があと8ヶ月でおわります。2001年からは「2001年夢中の旅」と名付けた。「学習会」なるもの始めようと現在資料を あちこちから集め始めたところです。障害当事者が作り出してきた、文学・音楽・演劇・コミニュケーション・ 価値観・デザイン・プロレス・心理・映画・法律・解放運動・自立生活・ピアカウンセリング・存在証明等々。 様々なジャンルに及ぶ文化の総ざらえを、1年簡かけて議論や分析を通して、一つの学問として僕らの手のひらに 乗せたいものです。できようができまいがを超えて少し胸がわくわくします。
       障害学と言えば、反施設運動から始まったイギリスが先頭を走っているようですが、最近は、アメリカを始め 他の国でも取り組みが強められています。大学においても「障害学」は、「障害学講座」から「障害学学科」設置に向 かっています。障害当事者たちの取り組みは進んでいます。福祉と医療の枠をはずし、文化としての障害、障害 者として生きる価値から始め直す学問は僕らも望む所です。  次回へつづく。

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      -萌の国から・2000-

      ワーキングみほママのもえ`S History


      その6
      もえが産まれてからつけ始めた「もえ`S History」と名付けたノートも、この春15冊目を数える。その1ページ、 1ページはもえと我が家の一日一日の歴史でもある。
       事実、退院してからもえのいる生活は息つく暇もなかった。1日6回の授乳。時間をかけて特殊な乳瓶で飲ま せ、その残りを注射器で肩の中に注入。そしてその消毒。ちょっと泣くと喉が細いため、軽いチアノーゼのよう になるため、泣かせまいとあやす。股関節脱臼治療のためのリーメンベルトのためおしめもお風呂も一苦労
      定期的に通院するのも一日がかり。家族のスケジュールはもえを中心に動く。でも、これが我が家では当たり前 のことになっている。
      その7
       T年後の育児休暇がきれるときまでにはなんとかなるだろう。漠然とかなり楽観的に考えていたものの、実際、 「障害」児の母親がフルタイムの仕事をするとなると、社会には大きな壁ばかりがあるのに直面した。退院の時、 1年の内には体重も増えるだろうし、口蓋裂の手術もできるでしょう。股関節脱臼の方もめどがつくのではなどと いわれていたので、この1年間さえ頑張れば、という甘い考えもあった。もえのマイペースは、そんな私の計算を 計算をことごとく破っていった。  つづく
      1996/4/4(木)
      もえ3ヶ月と20日。桜は満開。でも肌寒い。もえが産まれたのは真冬。聖マリア病院まで通う車窓の風景は、ほ とんど色のない世界だった。今年の冬は例年より寒かったのだが、その12月、1月、2月をすっかり20℃で管理さ れたNICU.GCUですごしたもえ。しかし、季節の移り変わりは確実にやってきた。久留米まで通う道では、麦は小さ な緑の緑色の穂を出し始めたし、「かちがらす」の巣があちらこちらで完成しているし、色とりどりの草花。木々 の新緑の葉が顔を見せてきた。
      延び延びになっていたもえの退院も、栄養チューブと注射器、携帯用酸素ボンベとともに4月6日(土)に決まった。 でも、これからが大変だ。

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      -活動報告-

      4月


      4月
        1日 SOS花見  恒例の花見は、今回は玉名の蛇谷公園でおこないました。満開の桜の下でゆっくりと時を過をごしました。場所取りのため密令をおびた案浦さん一行、真夜中から泊まり込みで根性を見せる。
           4日 事務局会議  「サマースクール3」や花見の反省会などの話をしました。
        8日 20世紀打ち上げ学習会3  障害者の社会参画を拒む欠格条項について学びました。次回は「介護保険と障害者」の予定です。6月は合宿で「地方分離化の市町村の動き」「福祉基礎構造改革」「介護福祉部と機構      と役割」「介護保険と障害者パート2」「精神障害者の歴史と施策」「障害学とは何か」の集中学習会でした。
        9日 障害者の日イベントに向けての打合せ  コツコツとその日に向けてミューティングをやっています。
       11日 事務局会議  ピープル5周年交流会の打合せや今後のバザーの予定やパソコン購入などについて話す
       13日 障害者協議会企画政策部会  精神障害者の自立と社会参加のテーマで学習会を行いました。
       15日 ふれあい後援会  恵愛園主催の恒例の講演会に参加してきました。
       18日 事務局会議  キャンプに向けた打合せやサマースクール3の日程やSOS集会の連絡網づくりなどについて話しました。

      ★編集後記★
      アメリカのトルーマン元大統領は、車椅子を利用するポリオの障害者だったことは知らされていません。
      今アメリカの障害者団体がトルーマン元大統領の銅像は車椅子姿をと要求しています。それが自然だよな。
      自然に生きたいのに、そうは簡単にはいかない世の中がつづきますね。

      2000年3月30日発行

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      春をながめる余裕もなく、泉谷しげるは名曲「春夏秋冬」で歌いましたが、春をながめる余裕ぐらいはもちた いものです。桜もう目の前です。

      -花が咲いたらプレイボール-


      弱小チームホークスが起こしかけていた昨年9月。オリックス戦。山口からきた脊髄損傷の車椅子の家族。福岡 養護学校の後輩の車椅子の友人。そのほか重度の障害者数名。福岡ドームはホークスに夢をかけた障害者の声援 が飛び、延長十回裏サヨナラ勝ち。その後奇跡の優勝へ。さてさて今年再び優勝できるかな。
      負けたよなと思っていたのであります。ところが9回同点に追いつき、なんと10回裏、柴原の打った打球は僕ら の車椅子の障害者のいるスタンド近くにグーンとやってきた。全員が立ち上がり見守る中、次の瞬間。大歓声! 前の座席にいた感情の起伏を表すことのない介護者の池田君が僕を振り返りガッツボーズ。さよならホームラン でありました。僕は、ホームランと池田君のガッツボーズに驚きながら、横を見ると障害者達も車椅子をたたい たり重度の人は首を振ったりとガッツボーズのノーマライゼーションでありました。
       弱さには定評があったホークスが優勝できた一つの要因には、12球団でただ1球団ホークスのみが、選手の精 神面を支えるメンタルトレーナーを導入したことがあると思うのであります。選手たちが生き生きと活躍できた のにはわけがあったのであります。こころが元気になって自分を信じることができた選手は、のびのびと才能を 発揮し日本シリーズでは予想を覆し、中日を破り日本一となったのであります。
       さてさて、大牟田でも障害者の心を元気にする当事者によるピアカウンセリングが始まりT年半になろうとし ています。長い差別偏見の中で自分の可能性にふたをした自分から抜け出し、本来の自分の可能性というホーム ランをかっ飛ばすために、共に悩み、共にコンプレックスを一つ一つはぎ取っていくのであります。
       自分らしく生きるためのプレボール!どうぞ気楽にピアカウンセリングを。

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      -二千年バザー発進! 浮羽の里で「いってらっしゃい」-


       福岡県内のボランティアの研修会場(浮羽)でのバザー出店。これが「もやい」の2000年バザーの第1弾。手作り の人形や陶器。そして、福祉関係の書籍も売れました。お金を手にうつむいているけど喜びが隠せぬ小百合嬢
      「おつりは間違えないでね」と冷静な直美嬢。
      バザーが終わればミニ交流会に早変わり?大分はひな人形の里「豆田町」におじゃま虫。ミニ交流会初参加の優子 嬢。そして匿名希望の介護者B君もエンジョイしたのであります。こころが安まる街づくりがうらやましいと思い ました。

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      -共同作業所もやいのバザー日程と不用品提供のお願い-


      エマックス・フリーマーケット
       3月26日新栄町のエマックスにおいて、始めてのフリーマーケットだそうです。
       がんばって参加したいと思います。
      いつもいつもご協力ありがとうございます。またまたご迷惑かけますが、近日中に、上記のように
      大きなバザーがあります。もし不用品がありましたらご連絡下さい。よろしくお願いします
      東京へ行って来ました・JIL加盟手続き報告,br>  「方言は使わんめえね」「うんそげんしょう」「わかっとったい」と方言丸出しの女性三人組が、全国自立生活セン ター協議会加盟のための手続きで東京出張。珍道中を繰り広げながら無事帰って来ました。SOSは運動団体の色 彩が強いので加盟は一時保留となりました。5月に再度話し合いを待つこととなっています。
       三人の方、おつかれさまでした。

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      -萌の国から・2000-

      ワーキングみほママのもえ`S History


      その4
      インフォームドコンセントというのか、医者と患者との会話が大切なのはわかるけど、もえの担当の若い女医 さんは淡々ともえの最悪の事態を話す。あとでこの担当の新生児科医者だけでなく、形成外科、整形外科、耳鼻 咽喉科、小児歯科、言語治療室などなど実に様々な医者などに出会うことになるが、話し方の差はあれ、必ず、 予想しうる最悪の事態を保護者に伝えた。その時は打ちのめされた気がしたが、今にして思えば「大丈夫ですよ」 などとぬか安心させられるより、はるかによかった。
       最近、ヒトゲノムの研究とかで、22番目の紫色体が解明されたそうだが、もえは、この22番紫色体と11 番紫色体のT部が多く、それがくっつき合って小さな1本ができているそうなのだそうだ。通常46本といわれ る人間の紫色体が、もえの場合は47本なのであね。聖マリアを退院するとき紹介状として渡されたもえの症状 の欄に詳しく記載されている。この紹介状をコピーしてお母さんもきちんと見て、持っていてくださいと渡され たのには感心した。子供にとっての一番の医者は親だと言ってるのは毛利子来さんだが、なるほどとうなずける し、それを認める医者もありがたい。
      その5
       もえの症状はすべて紫色体異常に起因するものらしい。紫色体異常と言うと「ダウン症」しか知らなかった。で も、考えてみれば45本もある紫色体だ。どこかの1本ぐらいおかしいことはそう珍しくはないのではないか。 医学の進歩は反面、おそろしい。
      合併症として、軟・硬口蓋列裂、喉頭骨軟化症、股関節脱臼、副耳、あとでわかるのだが中程度の難聴、そのほ か全身の筋肉の緊張がなくぐにゃぐにゃしていること。何度か心電図を取ったりしたが、心臓や内臓には合併症 はみられなかった。発達については、本当に前例がないということはありがたいことか、困ったことか、医者も 「わからない」と言う。この子が成長したいように成長していくでしょう。この子のペースでつき合ってください
       養護学校の教師として、はたまた多くの障害者の知人として、人より多くの障害児・者とすごしてきたはずな のに、わが子となるとどうにも分からない。前例がないことは、希望が持てることなのだと自分に言い聞かせる日 々が続いた。とにかく、合併症の方は、一つ一つクリアするための治療をしなければならないのだ。ワーキング マザーとして働き続けたいという思いだけはあったので、とにかく育児休暇の切れる1才のもえの誕生日までには、 なんらかの見通しが立ってほしかった。そんな親の思いとはうらはらに、もえはすでにマイペースを決め込んで いるようだった。   つづく

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      -活動報告-

      2月


       20日 松尾さん野村さん結婚式 セキアヒルズにてて賑やかに二次会まで行われました。
       21日 経済対策補助金交付 クローバ春日に出席。共同作業所もやいに国より補助金交付。学習会用にビデ      オプロジェクターを購入することになりました。
       22日 SOS事務局会議 キャンプの担当や障害者の日のイベント等について話しました。
       23日 障害者協議会企画政策部会 来年度の運動方針案がまとまりました。身体・知的・精神それぞれの状      況を知り合うための学習会が中心となりました。
       27日 もやいバザー出店(浮羽)
       29日 SOS事務局会議 花見の件を中心に話しました。

      3月


        4日 人権講演会講師派遣 大川工業高校で障害者の人権問題について話をしました。
           介護保険のビデオ作りの編集会議 ルポライターの牧坂さんを迎え深夜まで続きました。
        5日 JIL加盟手続きのため東京出張
        7日 SOS事務局会議 キャンプに向けた各種手続きの打合せと作業を行いました。
       10日 安積遊歩さんと懇談会 ピアカウンセラーを中心に夕食をしながら色んな情報交換を行いました。
       11日 安積遊歩講演会 自立生活プログラムの最後を飾って講演会に多くの人が参加してくれました。
       14日 SOS事務局会議 花見やピープルやバザーやSOS集会のことや東京の報告などがありました
      ★編集後記★
       忙しいからできないと言ういいわけを言う人は、忙しくないときに何もしない人である。という厳しいことわ ざがありますが、そりゃそうだと思いつつ桜の開花を待つ日々です。花見の時にはゆっくりと花を愛でましょう ね。 では、その日に。

      2000年2月15日発行

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      SOS活動が始まって15年目を迎えています。手書きで始まった新聞も通算200号を超えました。内容はともかく 300号を目指していざ、思いの一歩を進めたいと思います。

      -シネマで愛して・・・「幼児語を使わないでください。もう十六才なんです」-


      介護保険がいよいよ始まるのであります。高齢者を中心に据えたシネマも花盛りという感じですが、なんとな く思い出すのが「東京物語」という、それはそれは古いシネマであります。淡々と家族の日常を描いたこのシネマ は、高齢者を意識して作られたものではないのですが高齢社会の今こそ見るべきシネマだよなと、つぶやきたく なるのであります。
       邦画もいいよなという気分で見たのが「学校B」山田洋次の世界。長崎の施設にいた頃「幸福の黄色いハンカチ」 を見た。武田鉄矢のうるさい演技と健さん静かな演技と桃井かおるのけだるい演技がぶつかりあって面白かった のであります。
       今回のシネマは良くも悪くも大竹しのぶの独壇場あります。
      何かを失った中高年の悲哀と焦りと再生を縦軸に、大人の恋愛と自閉症の青年の存在が横軸としてからむのであ ります。レインマンほどその演技性において障害者が演じられている訳ではないけれど、障害者を取り巻く社会 状況は少々リアルに表現されています。
      「幼児語を使わないでください。もう十六才なんです」 道路の真ん中を自転車で行くことが好きな自閉症の青年 が車に跳ねられ入院。母親の大竹しのぶが意を決し看護婦にいうセリフであります。
       このシーンの母親の葛藤、当たり前のことをいうのに意を決しなければならないせつなさを、目で演じれる大 竹しのぶはやはりすごいのだと思うのであります。 明石家さんまも野田秀樹もそのことは認めざるを得ないのでありましょう。さだまさしが苦手な私としては彼の 登場でちょっとたじろぎましたが、ラストシーンが山田シネマにしては珍しく単純なハッピーエンドではなく、 淡い希望と不安がいい感じで表現されておりました。
      クレジットとともに中島みゆきのあの歌声が流れ〆はOK。いい感じで眠りについたのであります。

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      -ヒューマンライツ姜博久(カンパック)宣言報告-


      障害者と健全者はわかりあえないというところから、始めていかないといけないと思うんです。
       「九州に初めて足をふみいれたんですわ」と、姜さんは少しタバコの煙がけむたそうに目を細めた。障害者運動 に携わる人は何か独特の迫力を持っている人が多いし、まして本場の大阪の人だからという、僕の勝手な思いこ みを姜さんはひょうひょうと裏切ってくれる、ヒューマン二度目の一泊学習会に参加した20名を超す誰よりも物 静かで落ち着いていた。修羅場もくぐった人がたどり着いた地点なのだと思う。「障害者問題は人権の問題だ」
      「カンパックという本名宣言は解放運動の仲間がいたからできたと思う」ソフトな口調から繰り出される実感から 導き出された数々の言葉たち。「介護保障と人権」という本に、姜さんの障害者だけでなく高齢者への思いもかい ま見え、僕らの運動の裾野のひろがりを感じる。
       在日の障害者故に無年金差別を受けている現実なども語られ、質問もいくつか出て交流会へと突入した。
      翌日は、一部のメンバーと共に柳川の川下りに挑戦した姜さんにヒューマンライツはどう映ったのだろう。
       とにもかくにも、2000年のヒューマンライツが始まった。知識教養を増やすだけか、魂を耕す場になるのかと いう間に一人一人が答を探す旅が続く。

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      -萌の国から・2000-

      ワーキングみほママの もえ S History


      その2
       もえは、町中の開業医の産婦人科で帝王切開にて産まれた。12月15日の午後から手術しましょうという、いわ ば計画出産である。まあ、9年前の出産で中毒症のため急遽微弱陣痛の段階で帝王切開に切り替わった経緯もあ ったし、もえの場合は子宮ないで10ヶ月過ごした割に、2500gほどしかなく、かえって子宮内で育てるよりも外 に出してあげましょうとのことだった。こう言う場合、産婦人科の医者としてのカンみたいなものがあるのだろ う。もしやということが頭の中でよぎっていたに違いない。なぜなら、この9年のうち、立て続けに流産したた め、習慣性流産の検査の紹介状をもらって大学病院まで通ったことがあったからだ。
      帝王切開とは手術台の上とはいえ、下半身のみの麻酔のため、すべてのことが瞬時に理解できる。会話もはっ きりわかるし、辺りの様子も察しがつく。確かに、もえの産声は弱々しかったが聞こえた。血まみれわが子との 対面も医者からの「元気な女の子やったよ」の言葉とともにすぐにできた。そのあと、連れ合いや母や父をぼーっ と見ながら病室で眠りについた。
      その3
       誕生のその夜、手術の痛みが出てきた深夜、突然の医者の来客。祝い酒でいい気持ちになっていた連れ合いに 連絡。聖マリアから救急車が来る。「口蓋裂」がありミルクを飲み込む力がない。とりあえず聖マリアに搬送して 他の検査もするとのこと。ベットから動けないため、新生児室の保育器のわが子との対面もできない。その思い も感じてか当直の若い看護婦さんがポラロイドカメラで写真をとって来てくれた。
      すやすやと気持ちよく眠っているもえとの2度目の対面だった(これからあと、とうとうポラロイドカメラを購入 するはめになった)。
       寂しく病室でおっぱいを絞り出す毎日。二学期もあと少しという忙しい時期、その冷凍した母乳を、近道を探 しながら運ぶ連れ合い。入院していた私を気遣ってか、その時聖マリアのNICUでもえが何度か呼吸困難に陥り、 危ない状態だったことはあとで聞かされた。
       1995年の暮れ、退院したその足で聖マリアへ。ずらりと並んだ赤ちゃん。保育器の中で小さな紙オムツ一 つ。心電図などをとるコードがベタベタと貼られ、鼻から胃まで管を通してここから母乳を注入する。
      ただ、黙って立ちすくむことしかできなかった。(続く)

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      -連絡のーと-


      ☆障害者協議会
        大牟田市内の約20の障害者団体の連合組織(精神・知的・身体含む)障害者協議会が昨年12月設立。今年1月に「企画・政策部会」が開かれ、 三つの障害がひとつになったのだから、協議会でなければできないことを活動の基本にする事が確認されました。21世紀の大牟田の地域福祉 づくりに向け協議会の動きが注目されます。
      ☆サマーキャンプ2000・速報
        2000年キャンプは、早くもキャンプ場予約に成功しました。99実行委員会の最後の仕事として昨年キャンプ終了後、候補地の下見をし第 一希望地を選び、2月5日には現地に泊まり込んで予約に成功。2000年キャンプは「長崎は雲仙の諏訪の池キャンプ場」に決定。ほっとしました。7月29日・30日の土、日です。これで、今年   の実行委員会に引き継ぎが出来ます。当日は、長崎の「脳性麻痺者の会」のグループ(約100名)とSOSの貸し切り状態になります。皆さん 参加してくださいね。     99実行委員長 案浦 
      ☆全国自立生活センターJILにいよいよ加盟です
        SOSの新しい動きとして、全国の自立生活運動のグループと連携をとって行くために、いよいよJIL(全国自立生活センター協議会)に加盟 の手続きをとるため3月7日東京に行きました。ピア・カウンセリング、ILP(自立生活プログラム)や障害者の権利擁護など、当事者主体の活 動をさらに進めていきたいと思います。
      ☆もやいスクランブル交差点          やっぱり人間の最大のごちそうは人間だ!
           ●三池工業3年生の野中君。希望通り佐賀の某大学に合格。元気な顔を見せてくれました。●バレンタイデーの横田舞さんからSOSにチョコレートの差し入れありがとうございました。●毎日顔を見せてくれる藤吉さんパソコン上達中。●自転車で倒れ足を怪我した西田さんお大事に。●風邪で入院した跡部さん無事退院めだたし。●精神病院からよく電話をくれるNTさん。MNさん。MYさん花見に来てね待ってます。●津留ひとみさん手話の勉強を開始。がんばれ。●恵愛園より長岡さん来も。話が盛り上がる。同じく堀田さん事務局会議に特別参加。この日も盛り上がる。

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      -活動報告-

      1月


      13日 SOS新聞「もやい1月号」完成 新年号が完成し発行作業をおこないました。「萌の国から」の新連      載がスタートしました。
       14日 障害者協議会会議 事務局と企画部会の部長との打ち合わせ会議を行い、1回目の「企画政策部会」      の持ち方を決めました。
           福祉で町がよみがえる会会議 ルポライターの牧島さんを中心に高齢者問題の映画を作るための打ち      合わせをしました。
      18日 SOS事務局会議 それぞれの今年の担当を決めたり、T年間の行事計画を決めました。
       21日 ハーツ運営委員会 障害当事者の立場から少し意見を述べました。
       23日 池田さんと有志の新年会 池田さん宅で、お姉さんの手料理などをご馳走になりました。
       25日 SOS事務局会議 ガイドヘルパー制度を障害当事者が使いやすくするために話合いを行いました。
      26日 手芸教室新年会 今年もみんなで力を合わせてやっていこうと新年会を開催。
       27日 障害者協議会企画・政策部会 来年度の活動方針と予算を決めるための前段の基本方針を話合い、協      議会でしかできないことを本気でやっていこうという事を確認しました。
       29日 ヒューマンライツ合宿 大阪より羹博久さんを迎え在日と障害者の視点から話を聞き交流をしました。
           ILP:自立生活プログラムT ピア・カウンセラーで連続3回講座の第1回目を開催しました。

      2月


        1日 SOS事務局会議 奥野さんのレジメで各取り組みの報告やキャンプの予約について話しました。
        6日 自立セミナーIN久留米 久留米の支援センターの招きで交流も兼ねて参加しました。
      ★編集後記★
       風邪が猛威を振るっていますが、みなさん大丈夫でしょうか。梅のつぼみがもう開いているんですね。
      もう、桜も近いなと思います。風邪をひかずに満開の桜の木の下に立ちたいなと思いましたが、風邪をひいてし まいました。どなたも風邪にご用心。
       

      2000年1月30日発行

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      -船室を選ぶ自由に GOOD BYE 航路を選べ二千年-


      こんなに暖かいお正月は珍しいよなと思いつつ、おせちに飽き、テレビに飽き、泉アキ(誰も知らないよな)街 を眺めておりました。
       ミレニアム2000年の騒ぎとは関係なく、Y2Kの心配とも無縁で街は「御伽草子」のように穏やかでありました。
      皆さんどう新年を迎えられたのでしょうか。子どもたちはお年玉に一喜一憂し大人は福袋に一喜一憂し、ささや かな歓声とちょっと切ないため息がお茶の間で交差したのでしょうか?
       さてさて、たかが2000年、されど2000年。福祉のありようが大きく変わります。20世紀は、与えられた船室を 選ぶ自由を手に入れるために、一喜一憂した世紀といえるかもしれません。
       21世紀は、当事者がどこでどのように生きるか、また福祉サービスのあり方を自分自身で決める「航路を選ぶ世 紀」にしなければと思います。
       春一番が吹く頃、安積遊歩さんがやってきました。「I LIKE ME」彼女のメッセージを帆にして。長い差別や偏見 の中で、ともすれば自尊心や自信を見失いがちな障害当事者や親御さんが、航路を選び始めるとき人と人の変わる 文化が芽吹くのだと思います。
      古い船に新しい水夫が乗り込んでいくだろう!少々波風を立てながら針路は共生です。
      2000年。僕らは僕らのペースで早くゆっくりと参ります。陰に陽に応援してくれる皆さん。今年もよろしくお願い します。                              SOS事務局一同

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      -'99SOS活動打ち上げパーティー みんなの協力で盛り上がったぞ!!-


      99年の打ち上げパーティーは午前10時よりスタッフが会場設定を開始。けっこう裏方は大変です。
      しかし、みんなで楽しむためならと、頑張るのであります。映像のチェックに余念がない有松代表ご一行。
      ☆ご存じ久井原ご一家の手話による歌今年はお母さんも舞台の上に。お父さんは腕を組みをしてにこにこ顔で見  学だ。
      ☆総合司会は案浦さん。元気のいい司会でした。その横に久冨さん。短い気合いの入った挨拶が好評でした。
      ☆その横はほのぼのと乾杯の音頭をとった西山さんであります。
      ☆オープニングの舞台は、木村ケイさんの詩吟。みんなで荒城の月を熱唱したのです。
      ☆参加型ゲームの司会は秀島さんと有松由里子さんの名コンビで進行。色んな人が舞台に上がって盛り上げてく  れ たのでした。ジェスチャーゲームに挑むヘルパーチーム熱演。
      ☆オカリナの音色が流れたとたん、会場がカーネギホールと化したのだ。というほど大げさではないけどいい感  じの雰囲気が流れたのであります。
      ☆こうきたか。恵愛園!!「てめえ。なめんじゃないよ」とも思ったけど妙におもしろかったです。コスプレ系の真  骨頂発揮であります。この日の「ダメダメダメ!」がSOSでは流行になっとります。来年も期待がもてるぞ。
      ☆見、見、見たくなかった!という意見も一部あったのですが、この努力!ハーツのパワー爆発だ。
      ☆SOS事務局は映像と郷ひろみの「アッチッチッ」で勝負をかけました。

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      -萌の国から・2000-

      ワーキングみほママの もえ S History


      2000年を機に新シリーズ「萌の国から」を始めます。車椅子に乗った小さな命から見える世界はどうですか。
      不思議な国からの一通目の便りです。

      ちまたでは、もえのことを「重度心身障害児」と、呼ぶのだそうだ。もえがいることは我が家の暮らしの中では当 たり前の日常なのだ。そして、私もそんな子どもが居ても、朝八時から夕方五時過ぎまで働く。普通のワーキン グマザーなのだ。
      そんなもえのいる我が家のこの四年間の歴史をちょっぴり紹介する機会を与えてもらった。書き出すとあれもこ れもと長くなってしまう。
       しばらくの間(いつまでだろう・・?)おつきあいのほどを
      その1
       西暦2000年まで後一週間という日曜日。我が家では恒例の《もえのbrithday&Xmesパーティー》が開かれた。
      もえは、1995年12月15日午後1時22分産声をあげた。一才の誕生祝いで「もちふみ」をさせたいというおばぁちゃん 誕生日のその夜から一人、久留米の聖マリア病院のNICUに入院したまま100日以上も過ごした初の女の孫がいとお しかったのだろう。
      一方、8年間以上も一人っ子として、我が家で大きな顔をして、わがままし放題過ごしてきた兄の光平としては、 24日のクリスマスの方が気にかかる。この二つの難問を見事にクリアできる、まさにグッドアイデアとしてこの パーティーを始めた。二人のおじいちゃん、おばあちゃん、そして父、母、兄。司会進行、プログラム作りはも っぱら兄の役目。今年はうなぎにしようか。おすしにしようか。ケンタッキーの予約とケーキにビールに・・と 母の方は忘年会気分。結局、もえは酒の肴に甘んじているのが事実。
       1999年12月。もえは4歳になった。
       大きなチョコレートケーキにろうそく。
      光平がもえの横から吹き消す。全く何があっているのか訳のわからないもえだが、いつもになく、にぎやかな我 が家の様子を全身で感じているのか、手足を思いっきりばたつかせる。「あ〜あ〜」と発生練習。不思議なもので、 4年も年月がたつと、この一連の仕草を見るだけで、もえの体調や具合が病院のどんな医者よりも的確にわかる 気がするから不思議だ。

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      -二千年の初風が もやいのポストに メッセージを届けたぞ-


      ★あけましておめでとう。今年もがんばります。★今年もどんどん遊びに行きます。★キャンプお世話になりま  した。今年も子供を連れていきます。★様々な企画楽しみにしています。忘年会のビデオ面白かったです。
      ★今年はなるべくお手伝いしたいと思うので電話をして下さい。★障害の重い仲間が地域でいきていくために作  業所の役割は重要です。今年もよろしく。★昨年はお世話になりました。★SOSにとっていい1年になりますよ  うに。★みんなの力をあわせて「人が真ん中」で頑張っていきましょう。★いろいろな関わりをしながら。なかな  か寄れないけど・・。★二千年です。お互い頑張りましょう。★みなさんお元気ですか。今年も輝く1年であ  りますようにお祈りいたします。★あけましておめでとう。今年もよろしく。★初春のお喜びを申し上げます。 ★皆様の仲間としていつもお手伝いできればと頑張っておりますので、よろしく。★今年は大蛇の年。おおむた  の年だ。暴れまくって楽しい風を。我が家のアイドル萌共々よろしくお願いします。

      たくさんの年賀状 ありがとうございました。

      茂見建設さん・大羽さん・小堺さん・西村さん・佐藤愛子さん・地域福祉を考える会さん・自立生活センター久留 米さん・全日本国立医療労働組合大牟田支部さん・むつごろう作業所さん・岩元さん・ピースサイクル加茂さん・ タキ商会さん・下川さん・松山鳴成善さん・お弁当の「おきん」さん・心身障害者育成会さん・広津さん・銀河ステ ーションさん・社会福祉協議会さん・久井原さん・わかたけ作業所さん・三井東圧化学労働組合大牟田支部さん・ 福岡県身体障害者福祉協会さん・障害者労働センター連絡会さん・共同作業所ごろりんハウスさん・郵政九州労 働組合さん・ピースサイクル長崎ネットワークさん・支援センターハーツさん・稲垣さん・恵愛園さん・恵愛ワー クさん。

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      -活動報告-


      12月


        16日 打ち上げパーティー 100名を超える参加者で盛り上がりました。ビデオを見たい方は事務局までご連絡下さい。
        27日 事務所大掃除 思い切っていらないもの処分して随分すっきりしました。みんな近くまで来たら寄ってね
       

      1月


         7日 事務所開き ウーロン茶でささやかに2000年の旅たちに向け乾杯。奥野さんも活動開始。久留米の古川さんも駆けつける。
         9日 結婚チャレンジワークススタッフ新年会 ガーデンホテルで中華料理をつついての新年会となりました。別のスタッフは早朝より打合せのため山口県立大学へと雨の中を走らせる。大変。大変。
        11日 事務局会議T 各担当部門の報告やら今年の大まかな行事の確認等を話しました。小堺さんの手作りカレーをみんなで食べました。中辛のうまいカレーでした。
            障害者トイレデザイン会議 行政からの働きかけでアイデアをポケットに入れてSOSからも参加しました。
        12日 手芸教室仕事始め 作業所部門の活動開始です。2月には「浮羽バザー」とのこと。今年も楽しくやっていこう。
        14日 障害者協議会事務局会議 来年度に向けての打合せの話し合いです。
            福祉で街がよみがえる会議 映画制作の打合せについての話し合い
        15日 ハンド…トークス開始 地道に続いてるハンド。今年もいろんな人の参加お待ちしています。
        17日 福祉で街がよみがえる会議 宅老所にて、映画制作についての話し合い。
        18日 事務局会議U 前回の会議の積み残しや取り組みの報告など、レジメ担当は中西さん。
        21日 ハーツ運営会議 いろんなアイデアを持ち寄って当事者が基本的人権を守られ、主体生を持って自立生活を送れることを基本に、そのためにハーツはどうあるべきかを考えます。
      ★編集後記★
       石丸菜見子さん城野未知子さん井上泰孝さん成人おめでとう。♪おとなの階段上がる・・。この歌も古い。
      「20歳の原点」と言う本を僕は成人する前に読んだのを思い出します。これも古い。
      とにかく、大人の世界へようこそ。