2015年12月10日発行

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-卒業-GRADUATION-

 

  「心身共に健康」は不必要!インクルージョンにしたら!卒業−グラデュエーション−菊池桃子さん発信す!  恥ずかしながら写真集まで買ってしまった山口百恵さんや、独特の詩と高速のダンスで一世を風靡したピンク レディさんが引退し、70年代のアイドル時代が終了。少々落ち込んでいたら、松田聖子さんがデビュー。それか ら堰を切ったように80年代の芸能界は、アイドルで満ちたのであります。
 その中で、派手でないことで目立っていたアイドルが居たのであります。考古学者になる夢を持った少女は、 絶叫しがちなアイドルと違い、どちらかというと、話しかけるように、ささやくように詩の世界を伝えようとし ていましたし、衣装も地味で自然でありました。叫ばず、ギンギラギンでもない、静かなアイドル菊池桃子さん はその静けさにおいてワタクシの記憶に残っているのであります。
その菊池さんは現在、短大の客員教授として学生さんに労働問題の講義をされているのであります。そして、 「一億総活躍社会」の実現を目指し政府が立ち上げた「一億総活躍社会国民会議」の民間議員になられたところ であります。
 その会議の中で、なるほどと思う発言をされているのであります。こういう会議初体験でなかなか発言できる ものではないのですが、彼女には、発言せざるを得ない切実さや思いがあるのであります。子供さんの障害をカ ミングアウトされていますがその子供さんの教育の場の経験上、教育機関への入学条件や労働の場の雇用条件に 必ずと言っていいほど記載されている「心身共に健康であること」という項目は、障害のある人や病気の人を心 理上排除しかねないので削除して欲しい。また、「一億総活躍社会」というネーミングは「インクルージョン (誰も排除しない包摂社会)」に変えたらどうか?などなどであります。さすが当事者の親御さん!名曲「卒業」 聞き直したいと思うのであります。

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-歴史と景色と方程式?『熊本でゆったりしてきました!』-

 

    秋のレクリェーションで熊本は水前寺成趣園と熊本城に行ってきました。天気もよくて、レクリェーション日和で ありました。歴史ある園内はひろくて、阿蘇の湧水が流れ込んでいる池には、それはそれは、私のたいどより大き な鯉が気持ちよさそうに泳ぎ回っていい景色でした。みんな園内を一周しましたがあまりに「ひろ〜い」ので驚き ました。平日なので、少しお客さんが少ないようでしたが、緑をいっぱい見て、いい空気をいっぱい吸うと気持ち よくなるという、幸せの方程式を実感しました!

水前寺成趣園
鳥居をくぐると広がる東海道五十三次を模した桃山式日本三大名園です。
漢文の詩から「成趣園」と名付けられた日本三大名園の一つであります。東海道五十三次を表した眺めは必見!電 動でも周りをゆっくりと回れる散策コースがあるのであります。
一服のお茶のような渋い感動をどうぞ。

出水神社
西南の役の後、細川家旧藩士らにより平和を願って建てられた神社。
西南の役で、城下は焼け野ヶ原となりました。旧藩主を敬い慕っていた旧藩士たちは、藩主の御霊を祀り、荒んだ人 心を安定させ、熊本の町を発展させようとの願望から協賛者を集い、細川家に関係の深い水前寺成趣園の地を選びこ こに社殿を創健したのであります。

古今伝授の間
桂宮智仁親王の書院を兼ねた茶室を細川家が移築したのであります。
四百年前、京都御所の中に建っていたもので、宮智仁親王の書院を兼ねた茶室。細川幽斎公が桂宮智仁親王に「古今 和歌集の解説の奥義」を伝授されたことからこの名前がつき、明治に細川家に譲られ大正元年に水前寺講演正面の現 在の地に昔の型通り移築したのでありました。

熊本城
江戸時代初期にかけて加藤清正が現在のような姿の熊本城を築いたそうです。日本三名城の一つとされ、石垣の上に 御殿。大小天守、五階櫓などが詰め込んだように建てられ、一大名の城としては「日本一」であります。
※熊本城メモ
入場者全国一の城ですよ。
別名「銀杏城」と言われています。
昔は「隈本城」でしたが、隈は「おそれ」ということなので、加藤清正が「熊本城」と名付け直しました。
西南戦争で、熊本城に立て籠った官軍は、西郷隆盛の反乱軍の攻撃を耐え抜きました。攻めきれず退去した西郷隆盛 はこう言いました。「わしは官軍に負けたのではない、熊本城に負けたのだ!」 いろんなことがあったのですね!

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-秋はバザーの季節であります。-

 

10月31日〜11月1日 サンアビ祭。天気に恵まれて良かったです!
11月15日      荒尾自動車教習所フリーマーケット初参加!
          長洲町高齢の金魚祭りへ!

 秋はバザーの季節であります。売れる売れないは関係なく、天気さへ良ければ、お出かけしきすどこまでも!って いう感じであります。
 売り場を交代して付近をうろつくと、日差しの暖かさや、空気の透明さや、日陰のありがたさや、緑の懐かしさや 水のしずけさなど、色んなことを感じたり気付いたりする時があります。外に出るというのは、体や心に眠っている ものを呼び覚ますのであります。

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-障害学/愛は沈む夕日のその先に-

 

 私たち障害当事者は、あらかじめ奪われた様々なものを、私たちのものとし、障害のない市民と同じように「平等で 公正な機会均等」の社会をつくりだすことを目指しているのであります。
しかし、障害者差別の一断面として、「これは差別ではなく、あなたのためを思っておこなうものだ」という愛を盾と したやっかいな現実が、いつも立ちはだかってきました。私たちは子供扱いされたり、住む場所や役割を決めつけられ たりと「パターナリズム」という方法論で言わば植民地化されてきたのですが、その背後には、正義の実践を伴う愛の 存在がありました。人は愛に基づく正義の実践と思えば、まじめに本気で取り組むものであります。その愛のありよう へクレームをつけるのは、簡単なことではないのであります。多くの人の反発も招きますし、一方で愛のありようを自 分の中に取り入れ、長い間依存してきた私たち自身も、その心地よさから抜けられないというジレンマも抱えています。 だからこそやっかいなのであります。
 自分のことは自分で決める。自分は自分らしく生きる。という「当たり前」に行き着くには、この愛のやっかいさと 向き合わなくてはならないのであります。それは私たちが常に福祉という領域で語られてきたやっかいさや、経済の領 域で語られてきた不自然さと向き合うことにつながることでもあります。  私たちが、あるいは社会が、語られる福祉や経済の前に、障害者と健常者のあいだにある不平等で不公平な関係性の 中でやりとりされる愛のありようについて語り出さねばならないのであります。
 知的障害当事者の言葉の中に、ワタクシの好きな言葉があります。
「わたしの前に立たないで、わたしはあなたに従ってしまいます。わたしの後に立たないで、わたしはどうしていいか らなくなります。どうかわたしの横にいてください。」
 切実で、そして実感に基づいた嘘のない見事な表現であります。問題の多くは人と人の間にあるのですが、その「間」 を産み出す人と人の関係性を、支配被支配でなく、優位劣位でなく、支え合い信頼し合う場に変えていく願いに溢れて います。
 この「みんなちがって、みんないっしょ」という世界観を共有し、私たち障害当事者は、半世紀にわたってそういう 人と人の関係性の変革を、自分自身の変革を進めてきたのであります。
 そしてそれは、障害者権利条約や差別解消法を産み出しました。この条約や法律を社会全体のものとするキーワード は、障害当事者の「意思表明」であります。この意思表明が、積み重ねられて、社会のまなざしや障害当事者のまなざ しが文化を司るとき、愛はゆっくりと静かに、差別に加担しない、人を活かす本来のありようを発揮するのであります。 今、愛は沈む夕日のその先にあります。私たちはいつか夕日に追いつき、出会える気がします。何故なら、希望の匂い がするからであります。

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-一人の手/本田路津子-

 

♪みんなの手と手をあわせれば 何か出きる 何か出きる♪

 確かイギリスのお医者さんの詩にピート・シンガーが曲を付けたOne man's handsという歌が原曲であります。 原作歌詞は、政治犯を救うために「刑務所をぶち壊せ!」などと、当時のアメリカの社会改革や公民権運動の闘いを象 徴して、とても過激でありましたが、その過激な詩をやさしい日本語に訳して本田路津子さんが歌われたのがこの歌で あります。わたくしはこの歌を施設で知るわけであります。当時のわたくしは、無力感や無常観につつまれ、それはそ れは暗い青春を送っていたのであります。そんなわたくしでありましたので、この歌が心に寄り添ってくれるのが自然 なのであります。しかし、若気の至りで、寄り添って欲しいくせに「人生を甘く見て、きれい事で着飾った歌である」 と決めつけ、遠ざけたのでありました。当時のワタクシは素直ではなく、面倒くさい若者だったのです。
 そして今、面倒くさい老人になって気付くのであります。施設を飛び出して36年、ワタクシの活動を支えてくれてき たのは、おそらく♪一人の小さな手 何も出来ないけど みんなの手と手をあわせれば 何か出きる何か出きる♪  というこの歌の世界観であります。遠ざけたはずのこの歌が、どんな時も近くにいてくれたのだと思い知るのであり ます。
 長い施設暮らしを終え、大牟田に帰ってきて歌手の名前を知ったのであります。そして彼女が大牟田生まれであるこ とも。不思議な縁であります。差別解消法が始まる今、歌い継がれる必要がある歌なのであります。

編集後記

お寒うございます〜。みなさま、お変わりありませんか?寒さに弱い障害者の人、風邪ひいちゃダメですよ。暖かくなる まで頑張りましょうね。桜の咲くころには、差別解消法がスタートです。「やっとここまできたか」という思いと、「さ ぁこれからだ」という思いが交差しますね。ただこれだけは言えますね。「ここではないどこか」へわたしたちはいくの だと・・・。だからここで風邪をひくわけにはまいりませぬ。
「布団を敷いても風邪ひくな、共に生きるの幕引くな」であります。

 
2015年5月10日発行

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-合理的配慮という新しい道理を!-

 

  ほととぎす 鳴くや五月のあやめぐさ あやめも知らぬ 恋もするかな
 「ほととぎす鳴くや五月のあやめぐさあやめも知らぬ恋もするかな」の五月です。「あやめ」とは道理のこと をいうので、この和歌「あやめぐさ」にひっかけた駄洒落のようで、まるで座布団が行き交う笑点のようであり ます。
 しかし、道理を知らぬ恋とは何でしょうか?世間が許さない恋に違いありません。昔、切なく切実に人権とい うものに恋をしたワタクシは、この道理という言葉に過剰反応するのであります。
 考えれば、ワタクシたちは、この道理なるものが、万人が人らしく生きていけるよう正しい道筋を示す道しる べではなく、地域という共同体の同一性を守らんとして、ささいな人の違いを口実とした排除のまなざしを産み 出すものだという体験をしてきたのであります。この違いを認めずみんな同じであるべきという同一性を強いる 道理は、歴史的に厳しい隔離や差別を産み出してきました。それは、それは多くの障害当事者とその家族が、本 来なら輝く才能や、目指す夢や、まっすぐな恋や、やりたい仕事や、何気ない平凡な幸せなどを生きられずに、 無数の希望は星屑になったのであります。だから夜は悲しいのでありましょう。
 自分らしく生きようとすれば「あやめも知らぬ恋もするかな」的な扱いを受けてきたのでありますが。しかし、 長年の運動の積み重ねの上に、この道理のありよう自体を変える権利条約が発効しました。  みんなちがってみんないっしょという条約のもつ世界観は、合理的配慮という新しい道理も生み出しました。こ の道理を本当の道理とするには、ワタクシたち自身が変わらねばならないのであります。あきらめの方程式から解 き放たれて、希望をカタチにするための意思表明を!「あやめを知りて恋もするかな」であります。

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-満開の桜の下で弁当を-

 

   桜を国花だと思い込んでる人もいるくらい、桜はこの国を象徴する花のようであります。化石の発見により、数 百万年前から桜は咲いていたことが実証されているのですが、桜の下で食をなす「花見」という行為あるいは、文 化はいつごろから行われているのでありましょうか?ひらひらと桜が舞い降りて食を彩り、酒を彩り、緩やかな桃 色の世界に人々は心をほどいていく・・・なかなかいい風情であります。
 また桜は門をくぐりぬけ、新しい門をくぐる別れと旅立ちを彩る象徴でもあります。しかし、障害のある人々す べてに門が開かれているわけではないのであります。機会均等の門を開かねばなりません。そのためにも権利条約 を私たちのものにせねばと、桜吹雪の下で思うのでありました。

桜花 夏に芽を成し 冬に耐え 春はここぞと 咲きて 散りゆく

 4月2日。続いた雨が止み、穏やかで温かい花見日和が出現。もやいはレクリェーションとしてみんなで近くの公 園に移動。満開の桜の下で弁当を開きました。
野外で食べる弁当はなぜこんなにおいしいのでありましょう!そし て、何気ない会話がいつもよりなぜ楽しいのでありましょう!さらに、心がこんなになぜほっくりするのでありま しょう!いくつもの「なぜ」を産み出す桜は桜は何も語らず、ときたま吹く風に愛おしい桃色の花びらを散らし、 そこにいる人々の肩に、髪の毛に、手のひらに、背中に、つま先に、そして車いすに静かに寄り添うのでありまし た。「弁当の真ん中にある椎茸太さぁ〜て思いよったらぼたもちやったばい!」とだれかが言い出し、貴重?な 情報提供に笑いの波がゆっくりひろがるのでありました。あー、「春うらら」であります。

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-2015もやいオリジナル合理的配慮拡がれTシャツ-

 

  2015もやいオリジナル合理的配慮拡がれTシャツ〔2014障害者権利条約発効・2016障害者差別解消法施行〕

デザイン【1】虹(にじ)
にじのむこうの ほんとのあしたに だれもしらない ドラマをつくろう
そしていうんだ さよならさべつと そしていうんだ あえたねきぼうと

デザイン【2】壁(かべ)
かべのむこうに ひろがるせかいを コークかたてに みんなでみようよ
そしていうんだ さよならさべつと そしていうんだ あえたねきぼうと

 皆様、毎年Tシャツ販売へのご協力、本当にありがとうございます。
 2015年もやいオリジナルTシャツは、昨年発効した「障害者権利条約」と、来年施行される「障害者差別解消法」 に明記された障害者と健常者が共に生きるための工夫「合理的配慮」が、この街の隅々まで拡がっていくことを願 って、デザインしました。
 このTシャツが、合理的配慮を考え、実践するきっかけになれば幸いです。どうぞ、本年もご協力よろしく願い いたします。

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-「ごうりてきはいりょ」ってな〜に?-

 

「ごうりてきはいりょ」ってな〜に?  「合理的配慮」という言葉をご存知でしょかか?2011年に改正された障害者基本法に初めて登場しました。一言 で言えば「障害者ひとり一人の必要なニーズ考え、その状況に応じた変更や調整などを、お金や労力などの負担が かかりすぎない範囲で行うこと」となります。

 例えば、行政や事業所の窓口に発達障害のある人手続きに訪れたら、普通の言葉の説明だけでなく、メモや図な ども加えて、ゆっくり確認しながら進めるなど「障害の多様性に対応する配慮」のことをいいます。
 2016年には、障害者差別解消法と改正障害者雇用促進法という2つの法律が施行され、暮らしの場での「合理的 配慮の提供」が行政は義務。民間事業所は努力義務(雇用の場では義務)となります。お金や労力などの負担がか かりすぎない範囲という制約はありますが、これからは合理的配慮を求める側の障害者も「社会参加するためにこ ういう合理的配慮をお願いしたい」と具体的な意思表明をおこない、求められた側も、当事者と一緒に様々な工夫 を試みることが必要となります。
 合理的配慮というと難しいと思われるかもしれませんが、筆談、メニューの読み上げ、棚から商品を取るなどの 配慮。多様性を理解し柔軟な考え方をすることでできる配慮。休める場所を確保する配慮。手話や点字などスキル を身につけることでできる配慮など、誰にでもできることはいっぱいあります。
 合理的配慮が地域の隅々にまで広がることは、障害者も機会均等を得て、誰もが希望のもてる地域づくりにつな がると思います。
【「ごうりてきはいりょ」とは だれひとりさべつしない まちづくりのレシピです!】

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-シネマで愛して
    柘榴坂の仇討-

 

意地なのか、矜持なのか、自分でもよくわからないのですが、自分の在り方をどうしても変えられないところがあ るのであります。例えばそのことで損をしても、他者と溝ができても、それは宿命みたいなものでしょうがないのだ と思ってしまうのであります。もうそろそろ宗旨替えてもいいのではないか?誰が見るわけでもないだろう?と自分 わ甘く誘ってもダメなのであります。頭にきて、変えない理由はなんだ!と自分に強く怒鳴っても♪答えは風の中ね♪ と松田聖子になって、よくわからずに終わります。
 このやっかいな自分というものを持て余しながらここまで生きてきたのでありますが、先日何気にTVを見ている と、コメンテーターが只ならぬ覚悟を秘めて、打ち合わせを無視し、あることを訴え始めたのでありました。最後に 彼は、ガンジーの言葉を引用したのであります。「語るのは世界を変えるためではなく、世界を変えられないためで ある」と・・・。
 たぶんこのコメンテーター、今後TVに出演できなくなると思います。しかし語ることの真偽はともかく、語るこ とへの覚悟には敬意を払いたいと思うのであります。この人もまた、自分を変えようとしてダメだったのでありまし ょうか?いや、それとも、変えようとさえ思わなかったのでありましょうか?しかし、久しぶりに「ひとりでもやる! ひとりでもやめる!」という、言葉を思い浮かべたのでありました。
 自分が何故自分かということを考え始めると、やっかいさが増すばかりでありますが、そんなことを頭の隅っこで 考えている人に見てほしいシネマであります。
 しかし、主役の中井貴一さん、あの「ふぞろいの林檎たち」から、見事に成長されて、いい役者さんになっておら れました。ストレートで生真面目な設定で、尚且つ少なめのセリフという中での演技は難しいでしょうが、じわっと 醸し出す雰囲気で物語の奥深さを見事に表現してくれたのでありました。

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-相子 高田渡-

 

♪人様の分まで盗ってはいけんぞと母は言い ひもじい日々を形見にしてくれた♪
 SOSが立ち上がった頃というと、もう30年以上前になるのですが、お願いしたら高田渡さんが来てくれて歌って くれたのであります。80人ほど人が集まり、渡さんはお約束のほろ酔い加減で「俺の歌なんてみんな同じようなもの だから・・・」と、早くライブを終えようとし、観客はそうはさせじと拍手と声援に力をいれるという、「高田渡ラ イブ」となったのであります。確か何人かの観客は「やる気が見えない」と帰ったのでありました。わたくしは尊敬 する渡さんの歌とトークに初めて生で触れて、酒は飲めないくせに酔ったのであります。歌は、色んな詩人の作品に 渡さんが曲をつけたものでありました。けしてアジらず、叫ばず、訴えず。人の日常の哀しみと、可笑しみを語るよ うに歌う渡さんの歌は、古くなっても着やすくていつまでも着ているセーターみたいに、自然と心になじむようであ りました。
 渡さんが選んだ詩人の言葉に曲がのると、言葉が言葉を取り戻すというか、血が通い始め、まとわりつく手垢をそ ぎ落とし、言葉が本来の色彩につつまれるのであります。詩人たちの言葉には不必要な言葉はないので、歌はすべて 短い歌なのですが、ふわ〜っと心に不時着する言葉たちが溢れていて、時々無性に聞きたくなるのであります。その 詩人の中に、放浪の詩人と言われる人がいて、それは新鮮で素敵な言葉を紡がれるのであります。この歌もその熊本 出身で現代の山頭火といわれる方の詩なのであります。渡さんの曲と声と生き様が詩に重なり、わたくしの名曲とな りました。
言葉は人にとって最大のご馳走であります。

編集後記

 今年の春の天気は寒暖の差が大きくて体調を崩した人も多いと聞きました。みなさん大丈夫でしたか?もやいのメ ンバーも二次障害や病気や寒暖の差で体調を壊す人が多く、元気な人が少数派という感じです。あらためて健康の大 切さを思いしります。これから梅雨を乗り切り、夏を乗り切らねばなりません。何か体にいいものを食べて、季節を 楽しみながら乗り切りたいものであります。

 
2015年2月10日発行

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-権利条約を筆として差別解消法を笛として-

 

   高齢者福祉と障害者福祉の有り様の決定的な違いはどこにあるかというと「当事者主権」にあります。民 主主義という多勢に無勢のルールは、愛と正義の旗の下、少数者にとって差別の固定化をもたらすことがあ ります。少数者が社会の空気を作り出す源の多勢に向かい、異を唱えるには、勇気と覚悟が求められるので ありますが、一部の障害当事者やその家族や支援者は、「当事者主権」を打ち出し、「私は人である」とい う運動を長年続けてきたのであります。
 そして今、その到達点として、権利条約が発効し差別解消法の施行が迫っているのであ ります。
 たったひとつの条約で、たったひとつの法律で、オセロゲームのように一瞬で世界は変わりません。しか し、長年のわたしたちの運動が積み重ねてきた思いが込められた条約と法律が施行することで、今まで出逢 わなかったより多くの人々と会えて、話して、共に解決策を考えて、実践する広がりができるのであります。  「障害があるのだから障害がない人と平等にならないのはしょうがない」という考え方から解き放たれて、 「障害があってもどうすれば障害のない人と平等になれるか」という考え方を出発点に据え、さらにこの 「どうすれば」を「みんなでつくり出していこう!」という空気が満ちる街をつくりたいと思います。
 障害者運動第1章は、当事者主権にたどり着くまでの道のりでしたが、障害者運動第2章は、当事者主権を 基本に、幅広い人々といっしょに「この街の中から誰ひとりも遠ざけない・この街の中で誰ひとりも見下さ ない」という社会文化、世間の空気をつくり出す「社会施策の展開」であります。
 筆持てば書を成し、笛持てば音を成すように、事を通じれば心が動くといいます。
 権利条約を筆として差別解消法を笛として、2015年初めの一歩をいざ!

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-佐嘉神社八社参りに行ってきました-

 

   佐嘉藩10代藩主鍋島直正と11代藩主鍋島直大を祀る神社であります。直正は藩政改革を行い、大隈重信・ 江藤新平らの人材を育成したのであります。直大は戊辰戦争で官軍として戦い、明治2年には版籍奉還を申し 出ました。直正没後の明治6年直正の威徳を賛え、鍋島家の祖先を祀る松原神社に南殿を造営し、直正を祀っ た。昭和4年直正を祀る別格官幣社・佐嘉神社の創建が決定。昭和8年に現在地に社殿を造営し、松原神社の 直正の霊を遷座。昭和23年松原神社南殿に祀られていた直大の霊が佐嘉神社に合祀されたのであります。  佐嘉神社境内には「文化・交通・学問の神」を祭る一番社佐嘉神社のほかに「礼道・芸道・学問の神」 を祭る二番社・松根社・日峰さんで知られる三番社・松原神社を始め八社が鎮座しているのであります。 各社がそれぞれ違った御利益があるとされ、一括して願いが叶うスポットとなっております。
 我々には大助かりでありました。2015年の新春に、皆で八社参りを行い、初春の健康を祈ったのでありま した。  神社内には、一部バリアがあったのでありますが、三井製作所の労働組合からいただいた寄付金で購入し た“持ち運びのスロープ”が大活躍!なんとか乗り越えたのであります。
改めて寄付金のありがたさに感謝なのでありました。
 背中の少年は、心配だったのでありましょう。皆が渡り終えるまでじっと見届けてくれて、渡り終えると 母親に「良かったね」といっていました。ありがとう少年A君!

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-赤い羽根共同募金フェア−1月25日総合福祉センター
それから上官校区第2回防災運動会-

 

   アンテナショップとして「むつごろう」さんと一緒に出店しました。あまり売れませんでしたが、寒い中が んばってきました。
上官校区第2回防災運動会に参加しました!面白かったです!
 防災運動会がありました。ボクは興味があったし、もやいも同じ校区なので、災害があったときのために何 か役に立つと思って参加しました。
 この防災運動会は今回が2度目で、去年の第1回目は、福岡県では初めての防災運動会だったようです。すご いなと思いました。中身は、ゲーム感覚で、災害が起きたときに必要になる大声をあげることや、バケツリレ ーに挑戦するようになっていて、楽しみながら学べて、とてもいいなと感じました。
 ボクが一番楽しみにしていた非常食の昼食は、梅干しを使ってあって「まいう」でした。めったにできない 経験ができて、ごちそうさまでした!本当は、おかわりしたかったのですが、がまんしました。
 スタッフのみなさん、参加者のみなさんお疲れ様でした。
[どこでも行くぞ!案浦レポート=1月18日・上官小学校=]

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-シネマで愛して!
人生ここにあり/未来は自分で照らすのさ-

 

   名もない役者の名演技に出会ったときの喜びは、どう表現していいのかわかりませんが、とりあえず幸せを感 じるのであります。このシネマに出てくる元精神科病院の患者たちを演じるすべての役者がとてもリアルな演技 を見せて、「実話に基づく」を支えております。おかげで最後まで感情移入ができて、共に惑い、笑い、怒り、 悲しみ、疑い、夢み、落ち込み、悩みながらも、ラテンの乗りで、作品のメッセージである「やればできるさ」 がわたくしの身体にしみこんできて、心を晴れやかにしてくれるのでありました。
 このシネマ一言で言えば、イタリアのミラノの精神科病院を舞台に、元患者が協同組合のもとで、就労の場を 自分達で作り社会参加を進めていく物語で、精神疾患の治療を受けつつ、人生の再構築をめざす生き様をコメデ ィータッチで描く社会派ドラマということになるのであります。
 一つ一つのエピソードがとてもリアルに心を揺さぶり、一つ一つのセリフが深く心を励ますのであります。  精神障害者の労働の問題が根っこにあるのですが、このシネマの時代から30年。精神障害者だけでなく、労働 の現場から排除されがちな人々も含めた協同組合方式は、イタリア全土に広がり、2500の組合で3万人が働いてい るのであります。就労困難者を真ん中に据えたこの協同組合方式は、ヨーロッパではソーシャルファームと呼ば れ、日本では社会的事業所と呼ばれ、新しい労働の文化を形作ろうとしているのであります。
 「物事の捉え方や、枠組みを転換しようよ。そこには混乱も起きるけど、やればできる!新しい文化がきっと 産まれるさ。だから間違っても♪おまえのオールを任せるな♪」と、シネマがラテンの乗りで歌い出すのであり ました。

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-灰皿の前で=東俊裕さんかく語りき=-

 

  ●熊本も大牟田もそうだけど、全国でコツコツと障害者運動続けてきたことが、権利条約の批准につながったとよ。

●障害者施策は中央だけに任せとくとだめ!地方が声をあげて実践していかんといかん

●あんたと最後に会ったとは何年前かね・・・あんた思いださん?俺も・・・場所はどこやったかね?あんた思い ださん?俺も・・・お互い年ね。

●タバコに福祉税かけて、それを障害者福祉に使うなら、俺はがんばってもっと吸うよ!

●全国を講演で回ると疲れるけど、色んな障害者に会うので、それで元気がでるね。

●差別解消法も完全じゃない。法律は変えていけるので、いい形にみんなで進化させていかんとね。

●お互いポストポリオ(二次障害)で苦労するね。ポリオを知らない医者も増えたしね。

●あんたを振った女の人は俺も知っとるよ。火の国の女の人は強い人が多いよね。

●これからの運動は、責めず、焦らず、あきらめず、相手の立場に立った説得力が必要になるね。

●障害者福祉から介護保険に移行する際サービスが低下する現象は障害者にとっては自由の制限になる。いずれ全 国的訴訟に発展していくかもしれんね。それぐらい重要な問題やもんね。

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-TRAIN−TRAIN=ブルーハーツ=-

 

♪世界中に定められたどんな記念日なんかより
          あなたが生きている今日は、どんなに素晴らしいだろう。♪


 障害者運動というのは、やりたくてやるのではなく、人としてあたりまえに生きたいと思えば、やらざるを 得ないようなものであります。しかし、やりだせば、けっこう心も身体も傷つくものでありますし、さらに終 わりの見えないようなものでもあります。そのたびに、天秤ばかりが「やめる」に傾くのですが、しばらくす ると「やろう」と逆のほうに傾くのであります。不思議なことに、「やめる」「やろう」どっちに傾くかをき めるのは、どちらとも人の存在であります。
 落ち込んで、人にも会いたくないと思う夜に現れるのは、会ったこともない最重度の障害者であります。1 ミリたりとも動くことも叶わず、意思の表明も困難な状況で生きている人々であります。そんな夜、わたした ちの運動は会ったこともないこのような人々とつながっているのだと感じるのであります。そして、翌朝には 最重度の障害者施設を見学した有名な某政治家が「彼らは生きてるって言えるのかね」と発言したニュースを 聞いて、この国にある命そのものに寄せる敬意の貧弱と浅ましい空気を変えねばと「はがゆさ」を抱きしめる のでありました。
 80年代後半、天秤ばかりの傾きに一喜一憂していた頃、ストレートにわたくしを支える歌がひとつありました。 その歌は、命を祝う思いに溢れておりました。
 そして今、世界の障害者運動の到達点として障害者権利条約が発効し、差別解消法施行が迫った2015年の始ま りにもっともふさわしい歌として、再び、わたくしの胸の奥に鳴り響くのであります。

編集後記

 1月17日某法人主催、大障協講演のシンポジウムで、講師を務めた東さんと再会したのであります。何年ぶりの 再会なのか?最後に会った場所どこだったのか?お互い思い出せないのでありました。40年前の若い頃の話はお互 い鮮明で盛り上がったのですが、直近の記憶の怪しさに衝撃を受けたのであります。あー・・・しかし、東さんの 講演やシンポジウムの助言はさすがでありました。

2014年10月10日発行

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-募金百貨店-

 

募金百貨店PプレイベントINゆめタウンへ初参加

 大障協のアンテナショップ関連で、もやいもいろんな場所に出店させてもらっていますが、9月15日は、初めて「ゆめタウン」に出店させてもらいました。募金百貨店としてもやいも調印しましたので、この日のもやいの売り上げの一部は、自動的に赤い羽根共同募金に寄付されました。少しではあるのですが、もやいとして社会貢献ができたので、とてもうれしく思います。  もやいは、重度の障害者が多いので、作業に限界がありますが、アイデアと工夫とPCを使って、アートな作品を産み出していきたいと思います。これからは、もやいの作品を買えば、その一部は赤い羽根共同募金に使われます。どうぞよろしくお願いします。

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-巨峰摘み 秋風の歌聞こえしや 田主丸なり 楽しまるなり-

巨峰摘み 秋風の歌聞こえしや 田主丸なり 楽しまるなり

9/11お約束のぶどう狩りは上天気でありました!
 毎年恒例のレクレーションの中でも、人気が高い「ぶどう狩り」今年は雨ばかり続くので、ダメかも?
と思っておりました。しかし、「まぁ、なんということでしょう!」的な上天気の日を迎え、無事決行となったのでありました。いざ、リフトカー2台連ねて、毎年気持ちよく迎えてくれる田主丸の「林巨峰園」へ!  途中、三連水車に寄り新鮮な空気を吸い、食う気が満ちていたので、道の駅で弁当を購入。野外で弁当を開いたのであります。いつも狭い事務所ですので、開放感満喫。身も心も癒されたのであります。そして巨峰と再会。みんな夢中で巨峰とたわむれ楽しんだのでありました。  さて、田主丸の開祖は菊池丹後という人であります。その丹後の往生観である「我極楽世界楽生」の「我楽しう生まる」から「たぬしまる」の名が付いたと伝えられているのであります。そのため、現在でも高齢者の人々は「たのしまる」と呼ぶ人が多いと聞いたことがあります。あー。なんとすてきなエピソードでありましょうか。「たのしまる」うーん。すごくいい!のであります。  みなさま、「存命の喜び日々たのしまる」で参りましょう!

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-シンさん、還暦おめでとうございます!-

還暦の 年まで命いただきて 楽しむざらんや 差別を超えて
 シンさんが見事に?還暦を迎えたのであります。気持ちばかりの、ささやかな祝宴が開かれました。サプライズだったのでシンさんは、驚き、照れながらも、写真のように、それはそれはすてきな笑顔を見せてくれたのであります。教育も奪われ差別の辛酸をなめてきたシンさん。差別を超えて、少しでも人生を楽しんで喜怒哀楽って奴の帳尻を合わせて欲しいのであります。

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-もやいオリジナルTシャツ販売ご協力ありがとうございました-

『障害者権利条約発効記念』
      もやいオリジナルTシャツ販売後協力ありがとうございました。

 Tシャツをお買い上げいただいた皆さんに感謝いたします。また、購入を取りまとめていただいた皆さんにもお礼申し上げます。
 毎年、思いを持ってオリジナルTシャツをデザインし販売していますが、今年は、世界の障害者が参加して作り上げた「障害者権利条約」を日本が批准し発効したことを記念してのTシャツだったので。思いも深く、多くの人にこの条約を知ってもらえたらと願ったところです。
 お蔭さまで多くの人に届けることができました。街の中で見知らぬ人がこのTシャツを着ているのを見たときは、とてもうれしいものがありました。共に生きる街づくりを一緒にやっているのだという気になって少し幸せでありました。  この条約はゴールではなく、新しいまちづくりのスタートを告げるものです。今までのようにコツコツと皆で活動を進めてまいりましょう。 お蔭様で多くの人にご購入いただき障害者権利条約の周知に役立ちました。
                           来年もよろしくお願いします。

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-シネマで愛して!
セント・オブ・ウーマン/夢の香り-

 人生が肯定できずにいると、心がささくれ立つのは人の常でありますが、このシネマの主人公である全盲の退役軍人スレード中佐も気むずかしく、人を拒絶し、エキセントリックに毒舌を吐き散らしながら、深い孤独に沈み、自殺の旅へ出るのであります。聞き分けの良い、そして他者への気遣いや感謝を忘れない障害者像を期待している人には、不愉快な人物設定でありますが、わたくしはその設定に引き込まれたのであります。そのスレード中佐(アル・パチーノ)の旅の介護をアルバイトでするのが、人のいい気弱な学生チャーリーであります。  こういう設定での物語の作り方は、アメリカシネマはとても上手であります。さらに、存在証明をかけた主人公の生き様を演じるアル・パチーノの演技がとても素敵で、特に、瞬きを見せず、心情を表さない目の演技は、人を物語に強く引き寄せる力があるのでありました。  主人公と学生の距離は、世代を超え、障害者非障害者を超え、経験を超え波のように寄せたり引いたりを繰り返すエピソードが散りばめられるのであります。見る人にとってどり公が女性と踊るダンスシーンと音楽がとても気に入ってしまったのであります。そして主役が発するセリフのひとかけらが、心をあたためてくれるのであります。
 「足が絡まっても、踊り続ければいい」
この瞬間このシネマはわたくしの中で名画になったのでありました。あーシネマには夢の香りが溢れているのであります。  シネマの勢いというものでありましょう。しかし、たとえラストシーンがないとしても、このシネマ、十分成立しているのであります。盲導犬を傷つけたり、視覚障害者の女性を傷つけたりというひどいニュースがここのところつづきました。ため息をつきながら、このシネマを見直そうと思ったのでありました。

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-いつでも夢を=橋幸夫・吉永小百合-

♪はかない涙を うれしい涙に あの娘は かえる 歌声で♪
 記憶に残る歌というのは、いつ聞いたのかが重要でります。この歌は、養護学校の寮でラジオで11歳の時に 聞いたのであります。とてもわかりやすい詞とメロディーで、すぐに口ずさむことができました。なによりタ イトルがさわやかで前向きで気に入っていたのであります。具体的な夢など思い浮かばなかったのですが、い つでも夢をもっていいんだという気にさせる歌でありました。しかし、養護学校を卒業後行き場のない状況に 直面したり、また、大人になって様々な差別事象にぶつかるたびに、この歌から離れていったのであります。 いや、嫌いになったのであります。長い期間口ずさむことはありませんでした。だが再びしかし、であります。 いつのまにか気がついたら何人かの障害者と障害者運動なるものを始めていたのであります。差別と向き合い、 人権に恋をし、自分を否定しながら生きてきた自分史を見つめ直す中でふと気づきます。差別は人から言葉を 奪い、誇りを奪い、仕事を奪い、教育を奪い、外出を奪い、経験を奪い、恋愛を奪い・・・と何でも奪うので すが、何より人が生きていること生きていくことを支える夢を奪うのだと実感したときに、わたくしたちの戦 いは「わたくしの夢」を見ることであることにも気づいたのであります。その瞬間において、長年忘れ去って いたこの歌が、リバイバルソングとして蘇り、再会したのでありました。「いつでも夢を」どんな状況であろ うと、どんな状態であろうと、いつでも、どこからでも、人は夢をつくり出せると歌ったこの歌を、わたくし は一生手放さないと決めたのであります。吉田拓郎もこの歌をカバーしているのであります。さすがです。

編集後記

 しめっぽい雨が多く、なんだか変な夏が去ってしまい秋本番。みなさまお元気でしょうか?ゆっくり本など 読みたいのに、なにかと雑用に振り回されてはいませんか。PCやスマホの画面ばかりみても飽きがきますよ ね。ここは、本という紙を見て秋の夜長を想像力で飛び回って見たいものです。色んな人生、色んな人間、色 んな物語と色んな言葉と出逢う秋を楽しんでくださいね。

2014年6月10日発行

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-よかもん商店街-

 

  ■よかもん商店街出張販売に初参加

こもれび/3.25 道の駅/3.29

■苦節10年!天はもやいを見放さず!

福祉車両いただきました。ありがとう/3.11

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■藤に酔い/4.24

  藤棚の 下で歌った アベマリア などと記憶を 引き寄せたりし


柳川市は三橋町の「中山藤」を見てまいりました!

■人に酔い/5.3

赤きひれ さよならだけと 振りざりし 掬いを持たぬ 五月の主よ


  GWもなんのその!毎年恒例の長洲の「弟十九回火の国長洲金魚まつり」に出店しました。暑い日でしたの で、Tシャツが結構売れたのでありました。家族連れで賑わい、人、ひと、ヒトに少し目まいがしたのであります が、なんとかみんなの協力で乗り切りました。前日体調を壊していた案浦さんも復活!安心いたしました。

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障害者権利条約ワンポイント解説

条約の目的

すべての人に無条件で認められている権利が、障害がある人には認められていない事が多いので、その権利を確保 し、すべての人が平等に権利を使えるようにすると述べられています。

第1条

障害のある人の社会参加を拒む社会的障壁という差別が禁止されています。
※社会的障壁=段差などの物理的障壁や制度や情報や意識などの障壁

第2条

障害のある人の社会参加に向けて、合理的配慮(障害特性に対応した工夫)をしないことは、障害者差別とされて います。
☆例:情報の合理的配慮=手話や点字や指文字やイラストやわかりやすい説明等

第3条

地域の中で障害のある人を排除せずに、障害特性を尊重し、共に生きていくことを呼びかけています。

第10条

生命に関する権利が謳われています。
※障害のある人が虐待を受け死亡したり、親子心中などで亡くなったりと、障害のある人の命が、けして軽視され ないように入れられた大事な部分です。

 障害者権利条約は日本国憲法といろんな法律との間に位置づけられることとなっています。
つまり、この条約に 反する国内の法律を作ることは許されなくなります。日本は世界で140番目(EUを含めると141番目)の批准国と なりました。批准というのは、条約のルールを守りますよと、日本が世界と契約したということです。
 これから大切な事は、障害者権利条約のルールをみんなが知り、そのルールを活かして、誰もが差別されずに人 権が守られ、共に生きていく地域づくりを、みんなで協働して進めていくことです。

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『ともにいきるためのせかいルール』障害者権利条約発効記念オリジナルTシャツ・2014
いつもご協力ありがとうございます!

 2014年1月20日、日本は「障害者権利条約」を批准しました。そして、2月19日。条約発効しました。この条約は 障害のある子どもたちや大人たちの権利を、世界中の政府が守らなければならないということを決めた、世界の国 々の約束です。
 障害のある人と障害のない人とを、必ず平等に扱うことを決めたこの約束は、人としての権利をどのように使え ばいいのか、また、行政や地域が、すべての障害者がその権利を実現するために、どのような行動をとらなければ いけないかを明らかにしてくれます。この世界との約束を、一人でも多くの人に知ってほしいとの願いを込めて、 今年のTシャツをデザインしました。どうぞよろしくお願いします。
■デザインT あそぶ人
 障害者権利条約をつくるのに世界中の障害者が力を合わせましたその時の言葉 Nothing About Us Without Us 『わたしたちのことをわたしたちぬきにきめないで!』 をイメージしました。
■デザインU まなぶ人
 障害者権利条約には誰もが共に生きる精神と、共に生きる工夫の大切さが詰っています。その内容を多くの人と共 有し、地域で活かしていこうという思いをイメージしました。

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人権に恋をしてSOSという革命【証言ドキュメント84ー00】

 今、色んな人たちが集まって大牟田の障害者運動史づくりが始まっています。過去を知り現在に活かすことは、未 来をつくることにもつながっているものと思われます。
もやいも参加していますので、古い資料などを提供しています。
 そんな動きに連動して、今年度、わたしたち自身で、80年代中頃から2000年位までのSOSという名の活動が、私 たち障害者にとって一体何だったのか?を検証する「証言ドキュメント」のDVDの制作を行うことにしました。ち ゃんとした記録が残っているわけでもなく、ちゃんとした記憶が残っているわけでもありませんので、どんなドキュ メントができあがるのかまったく検討もつきません。しかし、検討がつかないところが何となく刺激的で面白そうで もあります。少しワクワクしながら、取り組みたいと思います。
 『あの頃、自力で移動が困難なわたしたち重度障害者は、出会うことさえ叶わずに孤立し、イソップのキツネのよう にブドウは甘くないのだと己に言い聞かせ、あり得たかもしれない人生を遠くに放り投げていたのでした。』当時の重度 障害者の生き方は二つ。一つは施設の中で保護される人々として管理されていくか、もう一つは在宅で家族の世話にな りながら一生を終えるかでした。
 そういった中で、なんの偶然か、重度障害者同士が出会い始めます。そして、重度障害者と健全者が出会います。出 会いはさらなる出会いを誘発し、出会いの連鎖は化学反応を起こし始めるのです。その化学反応は、ラジオが友達テレ ビが恋人という外出など夢のまた夢だった重度障害者の外出という夢を実現させたのです。
 初めて見る桜、初めて行く喫茶店、初めて食べる焼き鳥、初めて行く友人宅、初めて行く市役所、初めて行く郵便局 初めて行くドライブ、初めて感じる異性への思い・・・無数の初めてが体験される日々の始まりでした。
 私たちは、その中で二つの言葉を獲得します。「行ってきます」そして「ただいま」です。
 わたしは今、行く場所があり、帰る場所を持つ「人」である実感をもたらしてくれたこの言葉を発するとき、心の奥 深いところにある開かずの扉が、かすかに軋む音を聞いたのです。
 その音の集合体こそが、『人権に恋をしたもの達が集うSOSという革命だったのです。』
この証言ドキュメントは6ヶ月かけて制作します。ご協力よろしくお願いします。

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帰れないんだよ/ちあきなおみ

♪秋田へ帰る汽車賃が あればひと月生きられる♪
 人は誰もがそうかもしれないのでありますが、確かに或は何かに励まされないと、やってられない時があるのであり ます。ワタクシの場合、歌によって励まされたことが多かったのであります。もうこれまでかと希望を放り投げようと するその瞬間に、歌のジャンル問わず、浮かび上がる詩のフレーズに、あるいは詩全体に流れる情感に、何度も励まさ れてきたのであります。
 「帰れないんだよ」を聞いたときは、一片の劇を見せられたような気分になり、帰れないわけを持った人の悲しみが、 施設時代のワタクシと重なり、胸を締め付けられたのであります。それと同時に、こういう状況にある人へのまなざし を忘れない作者のありように、人生すてたものではないと励まされたのでありました。作者は、今はもうすでに亡くな っていますが、元船乗りたったその人は、胸を患い入院。船乗りを辞めざるを得ない挫折を乗り越え、作詞家に転進。 数々のヒット作をだしました。
 その人の詩に共通するのは、どんな形であれ、人を励ますのだという願いであります。
 海の上に立ち、待つ人の居る陸に無事にたどりつくことを祈った経験を持つその人が書いた歌の世界観を、見事にちあ きなおみさんが表現し、人の切なさを歌う名曲となりました。

編集後記

 障害者権利条約の発効は、社会に大きな仕組みの変更を迫る条例なのですが、その認知度の低さには衝撃を受けます。 なんとしても認知度をあげなきゃとおもいます。そう思っていたら、「障害者権利条約」のTシャツを思いつきました! なんだかあざとい?という意見もあるでしょうが、認知のきっかけになればと思います。皆様、この夏のTシャツコレク ションの1枚にお加えくださいませ。

 

2014年2月10日発行

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-えるる-

 

1月17日(金)

『えるる』が歌と踊りのエンターティメントで溢れたのでありました!

  大牟田特別支援学校高等部と地域学習で交流しました! 
高等部の生徒さんと、もやいのメンバー&大牟田恵愛園の利用者で肢体障害者福祉教協会の嘉藤美咲さんが参加して、 大牟田特別支援学校高等部の地域学習会が開催されました。
  中心商店街をみんなで散策した後、新栄町にある『えるる』を借りて、交流会を行いました!もやいのメンバーでつくる電 動騒乱隊のDVDをみんなで鑑賞した後、生で感じてもらおうと久冨さんと案浦さんによるダンスが披露され、アンコールが 起こり再度踊るなど盛り上がったのでありました。
お返しに生徒さんが「ビリーブ」という歌を手話つきで、そして最後に支援学校校歌を歌ってくれました。
とても素敵で心に残る歌声でありました。生徒のみなさん、先生方、楽しい時間をありがとうございました。

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ありがとう!また会おう!

 

   ☆地域学習の別のグループも「ほっとかん」を尋ねる途中で、ダンスを見に来てくれました。観客が増えたので緊張 が増した久冨さんと案浦さんでしたが、振り付けを間違えることなく、決めてくれたのでありました。さすがであります。

  ☆生徒さんの中には、もやいのメンバーが小さい頃をよく知ってる萌さんがいました。
   18歳の素敵なレディに成長。時の早さに唖然としながら今年、そして来年卒業していく生徒さんたちが、自分のもってい る可能性を表現できるような環境がつくられて、本来ならあり得た人生を送れるような社会になって欲しいとつくづく思うのでありました。
誰にとっても「卒業という言葉が希望という言葉と同意になる日」を迎えたいものであります。

 ☆悲しみや苦しみが いつか喜びに I blive in Future 信じてる♪
  生徒さんたちが歌ってくれたビリーブは、どうしてこんなに胸を打つのだろうてと思いました。
   歌と願いが一つになるからでしょうか。インスパイアされたような気がします。元気をいただきました。
  ごちそうさま!であります。

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シネマで愛して・・・暗闇から手をのばせ

  経済産業省というお固い役所も応援している「ゆうばり国際フェスタスティック映画祭2013」で、オフシアター部門のグランプ リに輝いたシネマがあるのであります。
そのシネマは、ほとんど宣伝も行わず、都会にある一部のミニシアターで今も細々と上映されているのであります。
この状況はとても残念であります。そのシネマは「暗闇から手をのばせ」であります。
シネマに詳しい古い知人Sさんから提供されるまで知らなかったのでありますが、このシネマ、ある種タブー視されがちな 「障害者の性」をあっけらかんとエンターテイメントに仕上げている作品なのであります。
「性」は、誰にとっても厄介で切なかったりする「人間」の抱える本質的な問題でありますが、障害者に降り注ぐ誤解と偏見 のまなざしの中で、「障害者の性は見えないコト或いは見てはならないモノにしておこう」という空気が形作られている気が するのであります。
その空気を暗闇から手をのばしてかき混ぜる、そんな感じのシネマなのであります。
かき混ぜるのでありますから、観客に化学反応を起こすのであります。それは、物語を媒介として、各人が楽しんだり考えた り、きっかけにしたり無視したりと、自由に受け止めることができるシネマ文化の醍醐味であります。
主役のデリヘル嬢を演じた役者さんは、初めて見る役者さんですが、主人公の戸惑いや、反発や、自己嫌悪や、人であろう とする心の変遷が自然に表現されていて素敵でありました。
障害当事者の芸能人として活躍中のホーキング青山さんの演技は楽しくも不適でありました。
そしてもう一人、デリヘル店の店長役の役者さんの演技は実にリアリティーが溢れ無敵でありました。
このシネマ、素敵と不適と無敵が重なり合って、成立しているのであります。こういう人たちとシネマが作られたら楽しいだろ うなと、真夜中、こんぶ茶を飲みながらうらやんだのであります。
さてさて、一種タブーとされている感のある「障害者の性」の現場を舞台にしたこのシネマ、表層面において批判も受けるか もしれませんし、眉をしかめられたりすることもあるだろうと想定しますが、物語から少し引いて、このシネマ全体に流れる製 作者の視点、視線、まなざしを感じることが大切と思えるのであります。
そうすることで、映画祭のテーマである【一歩その先へ】進んでいくことができるのかもしれないと、こんぶ茶を飲み終えて 思ったのでありました。

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権利条約批准・差別解消法施行・障害者計画策定

誰もが希望の持てる3つのルールへ!

  1月20日。「障害者権利条約」という世界ルールを日本が批准したのであります。
 この国で憲法の次に優先されるこの条約ができるまでには、国連を舞台に長い時間をかけて、世界の障害者が協力し合 う物語と、障害者をよく知らない法律の専門家と、法律をよく知らない障害者との間の軋轢と歩み寄りの物語があったので あります。
ともあれ、この条約という名の障害者に対する世界ルールを守ることを、この国が世界に向けて約束した意義はとても大き いのであります。
昨年「障害者差別解消法」が成立しました。権利条約と同じで障害当事者参加のもとでできた事実はとても貴重でありま す。完全形ではないにしろ、先頭に立って頑張ってくれた人たちに敬意を表したいのであります。
あとは、ワタクシたちが「合理的配慮」という権利の獲得をどう進め、障害者の権利の獲得が全ての人の幸せに繋がってい ることを実証することが鍵となってきます。
そのために「障害者差別解消法」は誰もが共に生きるための日本ルールであること、すべての人が希望を抱くことが出来る 日本ルールブックということを「あたりまえ」とする空気を広げたいと思うのであります。
平成27年度から5年間の障害者福祉施策の指針となる「大牟田市障害者福祉計画」づくりが始まる年であります。大牟田 市における障害者福祉施策をどう改善し、開発し、障害者の地域での自立と社会参加を実現していくのかその方法論を定 めた大牟田ルールづくりとなります。
このルールの在り様は、障害者やその家族の暮らしと未来を大きく左右するものとなねのであります。
また、支援者にとっては、当事者中心のニーズの実現に向けて最高の支援ができるかどうかがかかってくるのであります。
障害者もその家族も、支援者も、現場の当事者として力を合わせこのルールづくりに関心を持ち、ニーズを出し合い、まとめ ていきたいものであります。
「世界ルールと日本ルールと大牟田ルール」障害者の権利と尊厳と、すべての人と共生をめざすダンゴ3兄弟であります。
団子を貫いている「一本の串」は、差別された障害者がたとえ表現できなくとも、ふと悲しみの向こうに垣間見えるモノであり ます。それをなんと表現するかは人により違うのでありますが、ワタクシは希望と呼びたいのであります。

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海上の神『宗像大社』に初詣にいってきました!

   もやい高齢の「新春レク」今年は1月19日に、海上の神が宿るといわれる宗像大社&宮地獄神社に行ってまいりました。寒く はあるものの天気は快晴でありました。誰が何を祈ったかはわかりませんが。おそらく共通するのは「どうか健康であります ように」ではないでしょうか。加齢や二次障害が引き起こす体の不調ほど、憂鬱なものはないのであります。とりあえずみん なが健康な一年であってほしいものであります。帰りの夕食は、みんなで鍋を囲み、まるで新年会のような雰囲気となりまし た。参加者の皆さんお疲れ様でした。松ヶ餅おいしゅうございました。!
■たまたま通りかかった巫女さんにお願いしての記念撮影であります。笑顔が素敵な若い巫女さんでありました。来て良かっ た!と思えた瞬間であります。
■宗像大社の本殿の巨大なしめ縄の下で手を合わせているのは久冨さんであります。小さな段差が続くのぼり道を、一気呵成に 登りあげた迫力は凄みを感じました。お参りにチカラが入っているのでした。一体何を祈られたのでありましょうか?

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プリズナー・・・柳ジョージ&レイニーウッド

♪人はみんなプリズナー! 広い都会の 見えない鎖につながれても 踊り続けるよ♪  人であることの「やっかいさ」をどこで感じるか、どこに感じるかは、けっこう重要なのであります。わたくしは、なんとな く障害者入所施設の中で、感じたのであります。当時それをいうい表す言葉を持たなかったのでその「感じ」を自分自身にさえ 説明できないのでありました。もやもやとした時が過ぎゆくある日、すごく胸の奥深くに入ってくる渋い声とR&Bのの香りに 誘われ、あるアルバムを買い求めたのであります。その中の一曲であるこの曲と出遭い、何度も聞くうちに、「やっかいさ」の 正体と出逢ったのでありました。  プリズナー(囚人という意味を持つ)。この歌のように、何かに囚われた自分がそこに居ることに気づくのは、かなりことで あります。見えない鎖を自分自身が作りだしていることを認めることはもっときついことであります。しかし、それを超えない と、「世間の現実」の囚人で終わってしまうのであります。  自分を変える。それを望むワタクシと望まないワタクシがそこにいることの「やっかいさ」が、時に自分を苦しめるのであり ます。そういう人の切なさを見事に描き出したこの歌は、人とは何かを問い詰める歌の純文学であります。
さてさて、「何かに囚われて大事なものに気づかない」「気づいても自分を変えられない」という「やっかいさ」は福祉の世 界にも多く垣間見えるのであります。あ〜人はみんなプリズナーであります。

編集後記

 唱歌の中で♪春は名のみの風の寒さや♪という「早春賦」がとても好きで、今でもこの時期になると口ずさむのであります。季 節の方向性が決まる分かれ目の情景を見事に切り取った名曲であります。14年度は、「障害者福祉計画」が立案されるなど、大牟 田の障害者福祉の方向性が決まる分かれ目の情景となります。みんなの力と思いを寄せて、当事者主体の「名計画」をつくりあげ ましょう! 

2013年10月10日発行

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-こがらしや-

 

こがらしや 海に夕日を 吹き落とす ・・漱石 

 

  夏目漱石のこの句は、少々大げさですが、理屈に走らない素直な作品で、わかりやすく忘れにくい句となっている のであります。「夕日」の部分をなんにでも言い換えることができるのも面白いところであります。
さて、それはともかく「こがらし」の季節なのであります。
電動車いすでの移動時に吹きつけるこの「こがらし」は、時としてワタクシを吹き落とすつもりかと思う時さえあるのであり ます。そんな時「ワタクシは夕日ではないのだ」と自分に言い聞かせひたすら耐えるのであります。
思えば、障害者やその家族には昔から、そして今も、「生き難い」という名の「こがらし」が吹き付けているのであります。油 断すれば、あるいは孤立すれば、簡単に海に吹き落とされそうであります。現在過去未来を貫いて吹き通す「こがらし」簡単 に止みそうもないのであります。
この「こがらし」を止めるために、福祉があるのであります。福祉は特定の人に吹き付ける「こがらし」を止める営みの事を言 うのであります。それでは、止まればそれでいいのか?問題解決か?といえば、そうでもないのであります。今は止まってい てもまた吹くかもしれないのであります。
となれば「こがらし」を産み出すメカニズム自体を変える人権が必要であります。 「こがらし」を和らげたり止めたりする福祉 と「こがらし」が吹き付ける構造自体を変える人権は車の両輪であります。
この両輪を持ち「ひとりでもやる!ひとりでもやめる!」という覚悟を持った当事者や家族の運動に、福祉を担う支援者が加 わりそして市民へと広がっていけば、夕日のその先に、誰もが海に吹き落とされない季節をつくれるのであります。
「我輩は夕日である」とつぶやく秋であります。

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障害者アートの波!ここと思えばそこがルーブル!

  随分前ですが、事務局として初期の大障協を支えておられた、あけぼの会の高田さんのおかげで、山下清さんの原画展が 行われたことがありました。
あの時、素敵な絵に囲まれて幸せな感覚を味わったのであります。今も、特別支援学校の生徒さんの作品や事業所に通所 する人たちの作品を見ると、思わず歓声をあげたくなるときがあるのであります。
そんな時アートの持つチカラを感じざるを得ません。「歓声」をあげるというより「歓声」をあげるという方があっているような気 がしますが・・・。
さてさて厚生省の次年度の概算要求を見ると、障害者アートに力が入っていることに気づかされます。
国が力を入れ始めるのには訳があって、地方においては、もう先進的な取り組みがいくつもされているのであります。障害 のある人たちが、自宅や事業所で、様々な手法で表現するアートは昔からあるわけですが、その作品群が社会化、市場化 はほとんどありませんでしたし、そのルールも無いに等しい感じでありましたが、最近は、作品の市場化や社会化がやや広 がりつつあります。
併せて、作者である障害者の権利を守るためのルール作りの必要性も進んできている気がします。
障害者の中には、絵を描くことや表現することが好きで得意な人がいるのでありますが、そのことを生かし、社会そして市場 へと結びつけていく回路を開く地方の動きが刺激となって、国レベルの動きとなっているのであります。
国が力をいれるのはいいことですが、現状での多様性を認めない、画一的な施策にならないようにして欲しいものでありま す。アートが産み出すものは、作品だけではありません。
福祉以外の様々な専門家や企業、自治体などと福祉の協働自体を作り出しますし、人の感性や情操につながるアートを産 みだすことで、事業所は地域の社会資源としてのさらなる広がりがもててくるのであります。
そういうアートを通した動きは結果において、障害者への合理的配慮を自然と作り出す柔らかい切り口の一つになるのでは ないかと思えます。 来年度の障害者アートの予算が成果を上げることを祈念したいものであります。

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ごあいさつ/バザー/お客様/おかげ・・・

もやいのできごと

☆9月14日(土) 久冨代表・・絆フェスタでごあいさつ

  もやいは、赤い羽根共同募金をもらって機関紙を作ったり、福祉マップを更新したりと、社会貢献に使っています。
社協主催の催しで、そのお礼を言う場が設けられたので、久冨代表が、緊張の中、多くの参加者の前で、お礼のごあいさつ をおこないました。原稿なしで堂々のごあいさつ。あっぱれでありました!

☆9月21日(土)恵愛まつりバザー

  9月とはいえ、まだまだ暑いまだ暑い中、恵愛まつりが開催。
なんと今年は30周年のメモリルイヤーだとか・・・おまつりにも力が入っているのでありました。
毎年バザーを出させてもらっているもやい。今年も出店いたしました。
ことしバザー初デビューのKIYOSHIさんも、無口ながら販売に頑張ってくれました。
ボランティアグループ『インスパイア』のKAJIHARAさんもお手伝いにきてくれました。
2人のおかげでとても助かったのでありました。

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☆いらっしゃいませ!『工房まる』さん

  障害者アートの可能性を切り開いておられる福岡の『工房まる』さんの職員の方が来館されたのであります。
もやいの作品をネタ?iに色々と意見交換と世間話をしました。なんだか楽しく夢のある時間が過ごせました。
これからも楽しくコラボしていけたらと思うのでありました。

☆おじゃまします!『ゆとろぎ』さん

 筑後市と久留米市の堺のところにある就労継続A型事業所『ゆとろぎ』さんで遊んできました。
のどかな田園風景の中にある『ゆとろぎ』は、船とぽにーとウコッケイがある、そして居る不思議な小宇宙でありました!
「船とポニーとウコッケイ」なんだか小説を書きたくなるような映画を撮りたくなるようなワードであります。
さてここは、釣堀と手作り木工作品が作られている事業所なんです。
でも、なにより、ここは化学として清浄な空気と人が作り出す文化としてのあたたかい空気が漂っているのであります。
こういうA型は経営が大変でしょうが、応援したいと思うのでありました。
突然の訪問にも関わらず、ていねいな対応とスペシャルのそうめん流しありがとうございました!

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「えるる」オープン記念式典にバザー出店!

 10月5日、新栄町商店街に建てられた市民交流施設「えるる」のオープン記念式典に大障協のアンテナショップの一員と して、もやいも出店しました。
とてもにぎやかな式典でありました!店番は、もやいの助さん格さんと言われている、ウタさんキヨシさんであります。
新作のブックカバーやおなじみの切り絵が予想以上に売れました!ありがとうございます!
ピースサイクルの超人!森谷さん!10月8日もやい来館鳥取から長崎へ!毎年平和を願いながら自転車でゆく「ピースサ イクル」の森谷がもやいに立ち寄ってくれました。
諸般の事情で今年は10月になりましたが、とても元気そうでした。朝早かったので、みんなではおめにかかれませんでした が、一番乗りのウタさんがお相手しました。
森谷さんお疲れ様でした!台風の中、まさに超人のようでありました。また来年もお会いしましょう!

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気持ちだよ・・・よしだたくろう

♪気持ちだよ 気持ちだよ ヒトを つないでるのは♪

 一度あこがれてしまうと、どこまでもあこがれてしまう弱さがワタクシにはあるのであります。
「イメージの詩」を歌ったときのたくろうは、ワタクシにとって英雄でありまして、入所施設の中で鬱々自由の風を送ってくれた のでありました。
しかし、ここ数年はいいなと思う歌は聞けずにいたのですが、久しぶりに心地よい歌を聞いたのであります。
歌うたくろうも、聞き続けるワタクシも、同じように年をとったせいか、叫ぶような歌でなく、気負った歌でなく、自然体のあふ れた言葉で構成され、ありふれ曲調で表現される世界でOK!たどりついたような気がするのであります。
そんなつもりでなくても、障害者運動といわれるものの中で生きてきたワタクシとして思うことが多々あるのですが、その中 にあって思うことのひとつに、人は、言葉や理屈や、哲学などというものに振り回されすぎているのではないかというのがあ るのであります。そして、振り回される中で人のありようを図っているところがあるのではないか。
うーん、なんと傲慢なと反省!であります。
そんなとき、この歌が流れると景色がかわります。表面的なものでなく、人が本来持っている素朴で暖かな、一匹の蟻に エールを送りたくなる心の動き、気持ちってやつがとてもたいせつであり、人を本当の意味でつないでいくのではないか・・・ あー、たくろうはそこにいきついたのだ!やはり永遠にたくろうはワタクシの英雄であり続けるのであります。

編集後記

  秋のバザーシーズン。もやいの作品作りは大変であります。手作りなので、一つの作品の完成に時間がかかります。
その割りには値段が安い!その割には売れない?を繰り返しておりますが、まぁー、「楽しい創作」がもやいのモットーなので新製品 の開発を楽しんでいきたいと思います。
みなさん、夏の疲れはとれましたか?秋を楽しめてますか?どこかでもやいのバザーを見たらよろしくね!であります。


2013年08月10日発行

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-残暑お見舞い-

 

残暑お見舞い申し上げます!

ゆく夏よ 有明海に打ち寄せし 波の上には はや秋の風

 人は、去りゆく西暦2013年の夏を、「あー、あれがあった夏だ!」と、どのようなエピソードで記憶し思いだすのでありましょう か?ある人は凶悪な事件で、ある人はひと夏の恋愛で、ある人は、サザンの復活で・・・と、人様々でありましょう。
ワタクシ的には5月に「成年被後見人の選挙権の回復等のための公職選挙法等の一部を改正する法律」が成立公布さ れ、7月1日以後に公示・告示される選挙について成年被後見人が選挙権を有することになり、先の参議院選挙にいて投 票行動が実施されたことであります。知的障害者や認知症など、全国で13万人を超える人の人権が回復された人権の夏と して記憶したいのであります。
 成年被後見人の投票に関しては、様々な懸念が提出されているのでありますが、まずは、選挙権という人権の基本にお いて、差別があってはならないというところから全てが出発しなければと思うのであります。そしてそこから懸念を乗り越える ための営みを始めるべきであります。
NPO法人も社会福祉法人も行政も、正義を実践する経営体として、懸念の解決に向けて共に工夫を進めていくことが求め られているのであります。

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明智君、残暑お見舞い申し上げるよ!

  明智君、生きてるかい?生きてるよね?生きてるっていってくれ!ワタシだよ!ワタシ。誰に対しても上から目線のワタシだ よ。世の中から忘れ去られた哀愁を抱きしめて、ひっそりと高専賃で生きている怪人二十面相だよ。明智君。お久しぶり・・・
いやー、昭和がやけに遠いところにいってしまったね。
いつのまにか犯罪にも美学がなくなっちって、かつてのワタシのように、犯罪予告をし、その目的も世界一美術館をつくるこ となのだと夢を語る、そんな正々堂々とした犯罪が少なくなっちまった・・・
正義に燃える君たちと戦いながらも、君たちが怪我しないよう配慮しながらやってたあの頃・・・
高度犯罪成長期だよね。楽しかったな。わたしを手こずらせた少年探偵団はおそらく後期高齢者となりディサービスで活躍 しているのだろうね。
小林少年は相変わらずかい?職員相手に「子ども扱いはやめたまえ!」なんて、正義の使者を演じているんだろうね。嫌わ れながら・・・ハハハハハ!♪ぼ、ぼ、ぼくらは高齢探偵団♪なんてね。そんなことはどうでもいいが。
実はね明智君、ワタシは今障害者として暮らしているんだよ、ほとんど動けない状態でね。もう昔のようにパァーッとマントを 翻すなんてできないんだよ。できるのは前言を翻すことくらいさ。
しかしね、こうなってわかっことが一つあるのだよ。障害者やその家族は多かれ少なかれ、強盗という犯罪の被害者だよ ね。何を盗まれたのかって?それはね、希望ってやつだよ明智くん。
 ♪希望という名の あなたを訪ねて 遠い国へと また汽車に乗る♪
膠原病を患った岸恵子が祈るように謳いあげた希望ってやつだよ。共に育ち、学び、働き、愛し、愛され、笑い、泣き、老い ていくという人の営みを支える希望ってやつだよ。こんな大きなものを盗む奴がいるんだよね。いくつかの美術品を盗んだワ タクシの罪など軽いものだよ。自己規定しちゃうけど希望を盗んだ奴に比べるとワタシなど小物なのだよ。
 ♪いつかあなたに またあうまでは わたしの旅は 終わりのない旅♪
そうなのだ明智君!終わりのない旅が続くのだよ。
被害者全員が希望ってやつを手のひらにのせる日までね。厳しいね、疲れるね、時間がかかるよね、何度も何度も膝を折り、 空をにらみつける日々が繰り返されることだろう。しかし、しかしだね明智君。
 ♪涙ぐむ時 その時聞こえる 希望という名の おなたのあの歌♪
どこかで、だれかが、泣きながら、笑いながら怒りながら、励ましあいながら、あきらめずに、盗まれた希望を探し続けて汽車 に乗っていることを知るとき、その長き営みと深い思い自体が実は希望ってやつではないかと気づかされるのだよ。
明智君、もしかしたら希望ってやつは、その人が死ぬまで決して先には死なない生き物なのじゃないか?
そうだろう明智君?そうだよね明智君!いま、ワタシの心の中でパァーッとマントが翻ったよ。
聞こえたかい?このかかっこいい風を切る音が。さっきは小物だと自己規定したけどパァーッと前言を翻すよ。
やっぱりワタシは大物なのだ明智君。
これからは希望を奪う正体不明の者達と闘って、だれの希望も奪わせない世界を創っていくのだ。社会正義を実現する集 合体こそを国というべきだろう明智君、だよね。
さぁ、少年探偵団も呼びたまえ、怪人二十面相の第二章を始めようじゃないか。盗まれた希望を取りもどす物語の始まりだ よ明智君!すべてのワタシの希望を奪わない「まだ見ぬ国」をつくるのだよ明智君!
♪そうよあなたに また逢うために わたしの旅は 今またはじまる♪

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シネマで愛して・・・明日の記憶

  予想もしないことが我が身に起きたとき、人は途方に暮れるものであります。
ましてその出来事が職を奪い、家族を巻き込み、自分自身さえ奪われるかもしれないとなれば、誰であれ途方にくれずに生 きれるものではないのであります。
そんな中で、人はどう生きて、愛する人とどう向き合うのでありましょう。
  2006年アカデミー賞優秀作品賞を受賞したこのシネマは、そんな過酷な出来事と真正面から向き合った作品であります。
主役の渡辺謙さんは、今やハリウッドスターみたいな感じであります。彼の濃いキャラと演技の迫力は独特でありまして、人 によって評価が分かれるのでありますが、このシネマの原作となった小説を読んだ彼は、小説家に映画化を熱望する手紙 を出し続けたそうであります。
小説家はいたずらと思い込んでいたら本当だったので、おどろいたそうであります。渡辺謙さん、さすがであります。
想像するに白血病という役者生命を絶たれるかもしれない難病を患った経験をもつ渡辺謙さんは、途方に暮れたあの日の 自分を、この主人公に重ね合わせ、人が少しでも途方に暮れな世界をつくるために映画化を熱望したのではないか?と思 えてならないのであります。
その彼の迫力ある演技はは画面から伝わり、ワタクシもまた現場にいる一人のように感情移入ができたのであります。伝え たい思いと伝え得る当事者性が重なるとき、演技を超えた演技が生れる瞬間が舞い降りてくるのであります。
その瞬間を目撃する時、シネマに愛される幸せを感じるのであります。
このシネマを見て、うと思うのが、大牟田で長年やってる俳諧模擬訓練は認知症の人の徘徊を地域でサポートすることを目 指しているのですが、その取り組みにより認知症であることを恥じない空気が自然に広がりつつあります。
それは恐らくこのシネマのように、認知症の方やその家族の方。シネマの主人公と同じく若年性認知症の方やその家族の 方が途方に暮れるのを少しでも防ぐ「共に生きる」文化となって多くの人を励ますことでありましょう。

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雨上がりの夜空に・・・RCサクセション

♪OH 雨上がりの夜空に響く WOO 雲の切れ間にちりばめられたダイヤモンド♪

  40年前、ワタクシは入所施設の中で窒息しそうな毎日を過ごしていたのであります。
そんなワタクシに新鮮な空気を送って息をさせてくれたのは、歌と本なのでありました。歌を聞き、本を読むことで、何とか生 きてたような気がします。
その歌の中に、RCサクションの初期の作品で♪僕の好きな先生♪という歌があり、その詩の世界とリズムと歌い方が面白 かったので、それ以来RCサクセションの歌を聞き続けたのであります。
80年代でバンドとしては終了しましたが、数多い作品の中で、今回取り上げたこの歌が、今でも時々窒息しそうになるワタク シに酸素を送ってくれるのであります。
いつも書いていますが、歌のチカラにはすごいものがあって、理屈抜きに人をエンパワメントさせるのであります。
しかも無料で!あー助かるのであります。
この歌は、今は亡き忌野清志郎の詩人としてのあたたかい世界観が凝縮し、日々の暮らしの中でうずくまるワタクシたちの モチベーションを、R&Bをベースにした明るいロックのリズムに乗せて「サー、ここではないどこかに行こうぜ」と誘ってくれ るのであります。この軽い誘いというのがよろしいのであります。
サザンを始め、多くのミュージシャンに影響を与えたRCサクセションの今の歌を聞けないのは残念であります。
この時代RCサクセションならどんな歌をつくったろうと、夏の夜に夢想するワタクシでありました。

編集後記

 

  みなさんの夏はいかがでしょうか?いやー、暑い夏でしたね。
電動車いすで街を移動していると、地熱のすごさを体感します。
アメリカのある州では、町興しとして「アメリカで一番暑い町」をアピールするため、市民の多くがアスファルトで目玉焼きをつ くるのが流行しているそうです。しかし、後片付けがされずに問題化しているとのこと・・・
なんだか不思議なニュースであります。卵がもったいないのではと心配であります。

2013年05月10日発行

ページ1

-緑成りエンパワメント-

 

緑成す エンパワメントの午後1時 奪えしものなら 我に皐月を

5月3日・・長洲“なんさまきてみなっせ市

  いつの間にやら「神に供える稲を植える月」皐月であります。
   木々や花々や名もなきくさたちが、なんだかイキイキと萌えだして、生き物たちも空も海も山も月も、まるでエンパワメント したかのように感じるのであります。
♪若葉が町に急に萌えだした♪
と天地真理さんが歌って教えてくれたあの季節の到来でございます。拍手!パチパチ!この生きとし生けるもののエンパワ メントの波を受けて感じるのは、総合支援法が始まり、差別解消法が国会に提出され、今後もいろんな法律や制度の改変 が予定されている現状の中で、これからの社会資源のありようを、障害当事者やその家族や支援者にとって、使い勝手の よい、また、誰もがあり得るはずの人生を想像力の射程にとらえられるようにしていくためには、わたしたちが持っていて未 だ発揮していない力を「引き出してつなげていく」ことが大事であります。
若葉のささやきを聞きながら、わたくしは暖かい午後1時、自問自答するのでありました。

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当事者が産み出す社会学

障害学・・・差別解消法で何を解消するか?

  4月26日に「障害者差別解消法」が閣議決定され、同日法案が国会に提出されたのであります。
この法律が提案されるまでに長い時間がかかり、いろんなドラマもあったのでしょうが、問題はこの法律をどういかしていく かということだと思えます。
「差別をしてはいけない」ということに異議を唱える人はあまりいませんし、そのための啓発や教育も取り組まれています。
しかし、そう、しかしなのです。差別が一向に解消しないのはなぜでしょうか?それは多分「わたし」と「差別」の向き合い方にあ るのではないでしょうか?一番最初のボタンを掛け違えたまま次のボタンを手にしようとしているのではないでしょうか?
おそらくわたしたちは、「少なくともわたしは差別をしてもいないしされてもいない善意の第三者である」を出発点に、わたしと差別 との距離を取っていますし、取りたいと思っているところがあります。
この出発点は、わたしを大いに安心させてくれますし、わたしというアイディンティティは安定します。
しかし、本当にそうでしょうか?
よく考えてみれば、好みもしないのに、いつのまにか「あの人たち」はこうだと思い込み、決めつけて、偏見と友達になってい る自分に気づかされる時があります。その気づく瞬間がとても大切なのであります。気づいたからには、修正しなければなり ません。なぜ、そう思ったのか、そう思うことで「あの人たち」をどう傷つけたか・・・
そしてゆっくりと現実を見据えて、差別との距離を取りなおさなければと思います。ボタンをはずし、最初からやり直しです。
すると「わたしは差別はするし、されるかもしれない。だからこそ、差別とキチンと向き合い、差別を少しでも解消していこう」 を出発点に置けるのであります。種発点が変われば、風景が変わります。
もうわたしは「善意の第三者」という観客でなく、差別を解消していくプレーヤーとして、地域というあるいは暮らしというグラ ンドに立つのであります。
そこでは、偏見や差別というエラーや三振をしながらも、たまにはヒットを打ったり、送りバンドでチャンスをひろげたりと、 チームプレーで共に生きるという勝利を目指せるのであります。
差別解消を、共に生きるとつなげていくには、遠回りのようですが「善意の第三者」という差別と向き合うことから逃げる意識 を解消し、差別とまっすぐ向き合うことだと直感的に思います。希望とは、わたしが「変わり」現実を「変える」ことなのであり ます。

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2013もやいオリジナルTシャツ

着る絵手紙

  いつも、もやいTシャツをご愛顧いただきありがとうございます!
2013年のもやいTシャツは、もやいの利用者「塚本宇耐」の絵と書による「着る絵手紙」となりました。
この夏、「着る絵手紙」を、多くの市民のみなさんに受け取っていただけたら幸いです。

MadeinUTAE

UTAEストーリー

  王貞治さんが初ホームランを打った昭和34年生まれのUTEAさんは、知的障害者として生きています。
色んな場所で経験を積み重ね、もやいに登場して5年、人のいいおせっかい屋さん?として、みんなに頼られています。
毎週NHKの歌謡コンサートを楽しみにしている演歌おじさんでもあります。週1回絵の教室に通い、ほのぼのとした絵をかきます。
色々苦労はあったでしょうが、ニコニコとほほえむ姿は、人生のホームランかもしれません。お母さんと2人暮らしです。

★Tシャツ販売の利益は福祉マップや自立マップづくり活動に使用します。

 

ページ4

13年度総会終了!

 「いつやるの?今でしょ!」をキーワードにした、SOS総会を5月5日開催しました。
12年度事業・決算の承認、定款変更案や、事業案及び予算案も全会一致で承認されました。
障害当事者の連帯と、自分自身の中に眠っている才能を発揮しようという基本方針と、総合支援法や差別解消法を活用し て、当事者が本当に望む生活の実現を目指していこうということで、盛り上がりました。

有松由里子でございます

  みなさま、手術入院で各方面にご迷惑をおかけしています。申し訳ありません。
現在、おかげさまで、手術も成功し、術後の状態も良好です。
リハビリづけの毎日ですが、このままいけば、早ければ6月にも復帰できるかなという感じです。
誰も待っていなくても復帰します!

匂へどもみる人もなき桜花 ただひとりみて哀しくぞ思ふ

 今年の花見は、お天気に恵まれてのんびりと満開の桜を楽しみました。

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シネマで愛して・・・HeIp the/こころがつなぐストーリー

 

  物語の舞台がどこかは、とても大きな意味を持つのでありますが、ミシシッピーとくれば、「ミシシッピーバーニング」というシ ネマをどうしても思い出します。
黒人に対する差別が一番根深い場所であります。奴隷制の廃止を規定した合衆国憲法の修正案を批准したのは50州の中 で一番遅く、なんと1995年なのであります。
さて、そんな歴史をもつミシシッピーのジャクソンという町で起きた、実話に基づくこのシネマ。何の予備知識もなく見たので あります。役者さんも誰一人名前も知らなかったのですが、ぐいぐいとストーリーに引き込まれていったのでありました。
シネマに出てくる魅力的な黒人女性たちと共に怒り、恐れ、悲しみ、笑い、時にはちょっと彼女たちに引きながら、シネマの 世界にとっぷり浸れたのは、実話に基づくというリアリティーのせいでもありますが、物語がエンタテイメントでありながら、差 別は、「いいorわるい」?というステレオタイプに陥らず、また、上から降ってくる理想に現実をあわせるためでなく、暮らしと いう人が生きあう現場で、わたしもまたあなたと同じ人であろうとするときに起こるまなざしの衝突として描けているからであ りましょう。
古いアメリカシネマには必ず黒人のメイドが登場するわけですが、このシネマのように、一人ひとりのメイドに降り注ぐ差別の まなざしがあり、ドラマがあるのだと、しみじみ思うのでありました。
勇気を振り絞り立ち上がる黒人女性の地に足のついた生き方は、人が人を差別しない共に生きる暮らしの文化を耕してい くことでありましょう。
ラストシーンで、職を失った黒人女性が歩いていく姿を、どう受け止めるかは、人によって違うでしょうが、私には希望が感じ られるラストでした。
なお、現在、舞台になったこの街の市長は黒人の方が勤められているのであります。

ページ6

川は流れる・・・中曽根美樹

 ♪なお生きる水をみつめて 嘆くまい明日は明るく♪

  そう好きでも嫌いでもないのに、覚え続けている歌があるのであります。覚えているというより、忘れられずにというのが正 解かも知れません。
実に、実に暗い歌でありまして、もう、イントロからして、来たぞ!って感じでありまして、大勢でカラオケなどに行ったときには 歌えない歌であります。
しかししかし、人生の非情と人の無情を見事に切り取った詩の風景の美しさ。 そしてそして、心の襞に染み入っていく静かなメロディーの情感。なんと人の心をつかんで離さないのでありましょうか。
わたくしもふと口をついて出るこの歌に、長い付き合いだなと思いつつ、何故か癒されるのであります。
この暗い歌に何故ひかれるのかといつも思うのですが、歌っていると何故か少し元気が出るのであります。
不思議であります。
♪ささやかな望み破れて♪も、♪哀しみに染まる瞳に♪
になっても「川は流れる」のであり、
♪ある人は心つめたく♪とも♪ある人は好きで別れて♪も、
「川は流れる」のであります。
川面に浮かぶ病葉をみつめ、孤独と哀愁を抱きしめる歌なのですが、しかし、この歌は、それだけにとどまらず、生きること の悲哀を引き受け、生きるための希望を恋いうる歌となっている気がします。
孤独は空になく街にあり、悲惨は人になく人の間にあるのだと思ます。
三島由紀夫さんも愛したこの歌は、人としての悲しみを背負いながらも生きていこうとする人の再生を願った歌かも知れな いと最近思っているのであります。

編集後記

  もやいのメンバーの多くは、何らかの形で二次障害による健康被害に悩まされ、全員が顔を合わせるのが難しい日が続く 今日この頃、「健康」保持が大きな課題であるとしみじみ思うのであります。
体調管理に万全を期して、みんなで活動をすすめたいものであります。
二次障害に対する先進国デンマークの状況を詳しく知りたいなと思うこのごろであるのですが、それより禁煙が先だろう?と いう声が・・・


2013年02月10日発行

ページ1

-初詣・箱崎宮-

 

  古い建物には、色んな物語が潜んで異空間を形作っているので、なんだか日常を離れ、厳かな気分で、自分のありようを 変えられる気がするのであります。逆に言えば、変えねばならない自分の至らなさがよく見えたりするのであります。
しかし、それでいて、強要されたり誘導されたりの圧迫感がないのが不思議であります。もやいもはそんな場所でありたいも のです。自分を変え得るのは自分しかないのであります。なんておもっていたら、目の前に成人の迎えた振袖の素敵な女性 が、宮内で祖母と思われる人と記念写真を取られているのに遭遇したのであります。
車いすの祖母をいたわり、成人の喜びを分け合うかのように並んだ2人を、父親がうれしそうにカメラを抱えシャッター切った のであります。
何気ない風景なのですが、そこに漂う空気にわたくしも記憶のシャッターを切ったのであります。カシャ!

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当事者が産み出すみんなの社会学

障害学・・・梅は咲いたか自立はまだかいな!

  2012年を振り返るとき、象徴的な指標としての記念碑を人はそれぞれ持っているのでしょうが、わたくしは、一人の友人の 死を持って、2012年を記憶に止めることになるのだと思います。
 その友人は、わたくしとは真逆キャラクターであり、真逆の人生を送ったのであります。共通するものは、同じ障害を抱えた ことと、障害者差別に対峙する歌を作ったことくらいかもしれません。
その彼は、豊かな家庭でお坊ちゃま的に育ち、家業の倒産で債権者に追われ、苦しい生活の中、天才的なギャグを飛ばし 続け、どれだけの重度障害者を笑わせ元気づけたことでありましょう。
この「笑い」の人をひきつけるパワーは筑後地区に忽然と現れ消滅していった「障尊塾」を産み出し、固定化した障害者運 動に、新た運動のありようがあることを知らしめたのであります。
80年代後半という時代に、現代のキーワードになっている「協働」「イノベーション」をもち込んだのであります。恐るべき慧眼 であります。苦しい生活の中での障害者運動と並行して当事者主体の事業を展開し、大学の非常勤講師としても学生たち に障害学を伝えていったのであります。エネルギッシュな人生であります。周りが求める障害者像や、障害者運動象など蹴 飛ばして、自分のやりたいことを自分流でやっていくというマグマがたぎっているのであります。このマグマはよく爆発し、笑 いという隕石となって降り注ぐので、みんなやけどをしたものでありました。
 さて、最近は、公的制度の充実や、社会資源の充実で、重度の障害者の地域自立も進んだという言説が当然のように流 通しています。確かに自立のカタチとしては進んでいるのですが、彼のように、自分のやりたいことを自分流でやっていくと いうマグマがたぎっているかといえば、そうではないような気がするのであります。
彼が作った反差別の歌には涙の痕跡を感じるのであります。それは、彼の障害者同士の連帯への思いを表しているわけで すが、その連帯への思いも薄れているような気がします。
福祉サービスは個人化されているように、他者への思いもまた個人化されつつある気がしてならないのであります。おそらく、 彼のギャグや、ジョークに腹を抱えて笑い、世の不合理に意義を唱える歌声に共感を覚えたのも、彼のベースに、障害者 という他者に思いを馳せるマグマが存在したからではないかと、思うのであります。
「梅は咲いたが桜はまだ」であります。行きつ戻りつの自立の旅はまだまだつづくのでありましょう。
だよね。山下恭平君。

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クリスマスパーティー

  12月20日。高齢の、いや、恒例のクリスマスパーティーを開催。木曜日のゲストを中心に、ささやかに盛り上がりました。
プレゼント交換も、毎年頭を悩ませながらも、安くていいものをそれぞれ選び、交換いたしました。
交換日記?なんてね!あーやっぱり高齢だ!

'12 忘年会

  12月30日、高齢のいや、恒例の忘年会開催。前回の出し物サプライズは無声シネマでしたが、今回は、アニメ的紙芝居「で んちざえもん」でありました。言語障害者堂々のアテレコ出演は、とても新鮮で、楽しめたのであります。
今年も小さな文化を楽しみましょう。最後はカラオケ大会となりました。
♪ウララ、ウララ、ウラウラよ♪と盛り上がっていったのでありました。

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シネマで愛して・・・ツレがうつになりまして

  宮崎あおいさん演ずるハルさんのお日様のような満開の微笑と、堺雅人さん演じるツレのお月様のようなあいまいな微笑 と、物言わぬイグアナの住む一家の物語なのであります。
ほとんどのシーンが家の中という感じなので、コメディ風のおしゃれな舞台劇にもできるよね、と思ってしまうのですが、そこ はシネマの世界。様々な小物を使ってシネマならではのファンタジーを演出するのであります。
「うつ」は風邪にかかったようなものであるというメッセージは、精神科医の北山修さんも本に書かれていましたが、このシネ マでも発信されています。
それにしても、このご夫婦素敵であります。訪れた「うつ」に影響を受けながらも、この一家の生き方の文化の一つとしてこ れはありなのだという、ゆるやかな受け入れがなされている気がするのであります。
クジラとモーツァルトというシネマがあります。発達障害のある若い男女のラブコメディ風シネマなのですがこのシネマを見た ときにも思ったのであります。なにか障害がからむと、極端な啓発シネマや泣けるシネマ、がんばれシネマになってしまいが ちなのですが、そうではないシネマが出てきているのであります。
そのシネマが発達障害を代表しているということではなく、その一部を生き生きと描いているようにこのシネマもまた、「うつ」 になった人を代表しているのではなく、私たちの場合はこうやって生きていますよというまなざしなのであります。
そうなると、物語を構えずに、比べずに見れますし、感情移入もスムーズにできて、シネマの醍醐味がより深く感じ取れるの であります。
それにしてもハルさんの微笑みはとてもいいのであります。どんな薬より利きそうでありました。

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糸・・・中島みゆき

 

♪逢うべき糸に 出逢えることを 人は 仕合わせと 呼びます♪

  この世は、障害に起因して、いや、もっと正しく言えば、障害に対する、社会の暮らしの文化が引き起こす化学反応と、その 反応の乱反射を受ける障害者やその家族との関係の中で、障害当事者やその家族があきらめた、本来あり得たかもしれ ない人生であふれているのであります。
そういうことを思うとき、希望について考えます。その希望について考えるとき、いつも寄り添ってくれる歌がこの「糸」であり ます。
90年代の中ごろ民間企業に就職した知的障害のある若者たちが、職場において厳しい虐待にあった実話を元に作られた テレビドラマの主題歌でもあります。
 

♪縦の糸はあなた横の糸はわたし 織り成す布はいつか誰かを温め得るかもしれない♪

  で始まるこの歌は、もう人生の先が見えたといっては、また、先が見えないといっては希望を棄てがちなわたしたちに、逢うべき糸が あること、そして出逢えることを伝えるのであります。
そしてふと気づきます。希望はいつでも、どこからでもつくれるものであることを。
昨年行われた研修会の中で、発達障害の子を持つお母さんが講演中にこう言いました。「このままで、この子の先は見えてるんです よね。だからわたしは枠にはまらずにこの子と色々やってみたいと思っています」この言葉には大切なものがいっぱい詰っているの であります。なにより希望が詰っています。
このお母さんと子どもの希望という縦糸が、人権という横糸と出逢い、本来あり得る人生にむけて生きられんことを願ってやまないの であります。
希望は、あなたやわたしより先には死なないのであります。

編集後記

  "13年はどういう年になるのでしょうか?巳年になぞらえて、強引に色んなことが言えると思います。
なにかが「巳につく」「巳になる」そんな年になればいいのですが。
「巳からでた錆」「巳ての極楽住んでの地獄」ということもあり、油断はできないのでります。
一方、こういう言い伝えもあります。
「蛇は山に千年海に千年住めば竜になる」というのであります。
うーん、大切なのは継続なのかもしれませんね。本年もどうぞよろしくね!

      

2012年8月10日発行

ページ1

-夏と呼ぶ-

 

夏と呼ぶ 汗にまみれし 夢ありて 遠雷となり 今も轟く

  人には、忘れがたい体験というものがあり、それは身にしみるどにその人の活動の原風景として希望のロマ ネスクとなっていくことがあります。
時がどんなに記憶を風化させようと、ある日突然轟く遠雷のように、あの日の原風景は現れるのであります。
わたくしの原風景は30年前の「障害者と健全者の交流サマーキャンプ」と名づけられたキャンプでありました。そのキャンプ は、ある障害者団体が主催しており、県内各地から障害者と健全者の集まったそのキャンプは他の障害者が参加するいか なるキャンプとも違っていたのであります。
何がって、料理やイベントではありません。料理はカレーであり、イベントは花火と平凡でありました。
 違っていたのは、そのキャンプの存在そのもので、キャンプ全体を包む雰囲気です。空気です。雰囲気や空気が産み出す 「小宇宙」といってもいいかもしれません。
その「小宇宙」は、障害当事者として感じ取ってきた「私は管理されている、指導されている、哀れまれている」ではなく、なん だか対等だぜ的であり、だれでも主体者だぜ的であり、自己否定を解き放つ風に包まれたのであります。
ワイルドだろう!であります。料理にしても私たちは一方的に与えられる存在ではなく、ハウスバーモンドカレーであったにせ よ、料理をつくる主体として、ボランティアと共にカレーを作ったのであります。
恐ろしい暑さの中で恐ろしいくらいの汗が、障害者とボランティアから流れ落ち、ポタポタという共に生きる音が、キャンプ場 を包みこんだのであります。
夜、誰一人寝ないキャンプ場で星を見ていると体中の血管が元気に走り始め、私はこのまま狼男に変身するのではないか という気がしたのであります。
あれから30年!なんだか綾小路きみまろ風ですが・・・夏の遠雷を聞くと、未だに夏の出来事を思い出すのであります。
あの日感じた感触にしばし浸ったならば、
いざ、熱中症に気をつけて、そうだ血圧にも気をつけて、なんとかこの夏を乗り切ろう!


ページ2

当事者が産み出すみんなの社会学

障害学・・・リンゴとミカン

  むかし、むかし、ハデ国とジミ国という、とても仲の悪い国が、隣り合わせにありました。ハデ国の国民は、みんな何かにつ けて表現がハデでした。天気がいいというだけで朝から歓声をあげ拍手がまきおこります。
王様が病気にでもなると国民は治るまで泣き叫びます。
隣のジミ国の国民は、表現がジミでした。天気がいいと少し唇をゆるめてしずかにしずかに仕事を始めます。王様が病気だ と少し瞳をくもらせますが、よく見ていないとその変化はわかりません。
ある日、王様同士がいっしょにお食事をすることになりました。まず、ハデ国の王様が一緒に食事ができてうれしいとジミ国 の王様に抱きつき大げさに肩を叩くと、我慢しきれないようにお祝いの踊りを踊りだしました。
家来たちは大声で歌いだし大騒ぎになりました。ジミ国の王様と家来たちは、眉をひそめて、小さな声でつぶやきました。「な んてうるさい下品な連中だ。我が国を攻めてくるつもりだな」続いて、ジミ国の王様が小さな声であいさつを行いました。家来 たちはうつむいて静かに聞いています。
ハデ国の王様と家来たちは大きな声で叫びました。「おかしな奴らだ、ちょっとも嬉しそうではないぞ、油断させて我が国 を攻めてくるつもりだな!」その声を聴いたジミ国の家来たちは全員武器を持って静かに立ち上がりました。
するとハデ国の家来たちも大慌てで全員武器を取り、立ち上がりました。両国の家来は、ヤリと刀を構えて今にも戦争がは じまりそうになりました。
その時です、「待て」という大きな声がかかりました。ハデ国の王子でした。みんなが王子を見ました。すると「待って」と小さ な声がかかりました。今度はジミ国の王女でした。みんなが王女を見ました。2人王様もそれぞれに息子と娘を見ました。
王子が大きな声で叫びます。「ジミ国のみなさん、ハデ国の一番おいしいリンゴを食べてください心を込めて作りました」続い て、ジミ国の王女がささやくように言いました。
「ハデ国のみなさん、ジミ国の一番おいしいミカンを食べてください心を込めて作りました」両国の家来は右手に武器を持っ たまま、それぞれリンゴとミカンを食べました。リンゴを食べたジミ国の王女と家来は、少し笑うと武器を置きました。ミカンを食べたハデ国の 王様と家来は、歓声を上げ、拍手をするために武器を置きました。
です」そうすると、ハデ国の家来たちからは大きな歓声とガッツポーズが、ジミ国の家来たちからは小さな歓声とガッツポー ズが!二人の王様も肩を組んで歌い始めました。
家来たちはみんな入り混じってそれぞれの形で歓びを表現する踊りを始めました。
王子がミカンを手に王女に向かって大きく手を振ります。王女もまたリンゴを手に小さく手を振りました。

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大蛇山・2012 総踊りに参加!

  大蛇山総踊りが、7月28日、国道309号を歩行者天国にした大正町おまつり広場であり、もやいも、大障協の一員として参加 しました。
まだまだ暑さが残る中での沿う総踊りですが、みんなで楽しんできました。
終了後みんなでもやいに戻り、いつものようにお疲れ様会をやりました。ビールがおいしかったのであります。

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もやいTシャツ'12”みなさんのお蔭で過去最高の売り上げ

              

残暑お見舞い申し上げます。

     もやいTシャツ"'12の販売にご協力いただきました皆さん
      ご協力ありがとうございました。
     もやい一同、心よりお礼申し上げます。
       お蔭さまで過去最高の売り上げを記録することができました。

        多くの方にもやいもやいオリジナルTシャツを着てもらう喜び
     「誰もが希望のランナーはやくゆっくり」というメッセージが広がる喜び
       利益で福祉マップや自立マップなどを作る喜び
        利益の一部を災害支援に寄付できる喜び
      4つの喜びをみんなでかみしめています。
       これからもよろしくお願いします

              まだまだ厳しい暑さが続きます。
        どうぞ、熱中症などには十分気をつけてお過ごし下さい。

                   地域活動支援センターもやい

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シネマで愛して・・・ALWAYS3丁目の夕日

  シリーズ3作目となるこのシネマ。変わらず素朴な面白さに溢れていて、あざとくなく、不器用にまっすぐの力技によるギャグ 満載であります。特定の時代の特定の人々の、暮らしの中の出来事を描くというスタイルも変わらずでありまして。
「相変わらず」は一つの価値である!としみじみ思うのであります。懐かしい童話を手に取ったような安心感とうれしさを感じる のでありました。
今回のシネマを貫くキーワードは、「出発」であります。「自立」といってもいいかもしれません。
「出発」は今暮らしている場所から離れることであり、「自立」は、人と人の依存的関係性から離れることです。
このシネマを彩る子ども達もそれぞれの出発と自立が、摩擦を起こし、疑惑や混乱を招く大騒動へ!の展開なのですが、や がて、子供たちの意思は周囲の人々の深い他者への思いを呼び覚ますのであります。その風景は、このシネマを見る全て の人が何らかの形で自分の人生の中で、通り過ぎてきた風景と重なるものでありましょう。
きれいごとばかりで見るに堪えないという批判もあります。おとぎ話だという指摘もあります。音楽が泣かせようと誘いすぎる というやつあたりもあります。まあまあ、それも含めてシネマですからもっとおおらかに楽しみたいものです。
このシネマの背景には東京オリンピックがあります。今、毎日リアルタイムでロンドンオリンピックを見る中で、このシネマを 見たので、私の頭の中はオリンピックモード全開!
48年間を行ったり来たりしているときに、ロンドンパラリンピックに大牟田在住の人が出場するということを知りびっくり。
また偶然東京オリンピックが障害者スポーツを大きく進展させた歴史も知り、不思議な繋がりを感じたのであります。
このシネマに金メダルをあげたい気分です!

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春夏秋冬・・・泉谷しげる

♪季節のない町に生まれ 風のない丘に育ち 夢のない家を出て 愛のない人に会う♪

  20代始め、熊本の学校の体育館で泉谷のコンサートを見たのであります。
乱暴な言葉遣いと、ギターのチューニングはやったのかと疑いたくなるほどの不協和音と、かすれ気味の吠えるような声に 圧倒されながらも、繊細で人の本質に迫る詩が、わたくしの人生にヨッ!と片手を上げて漂着するのでした。
全ての歌に反応したのですが、特に春夏秋冬には心が震えたのです。
生まれ、育ち、旅立ち、出会うという人の営みにおけるステージに、季節、風、夢、愛が不在であることを前提に出発するこ の詩は、社会に対する底辺からの恨みの投石的歌が多い泉谷の中で、最終的に「今日で全てが始まるさ」に希望が託され るように、同じく社会の底辺で阻害され、混乱し、自己否定に向かおうとする人々に、耳元でささやくようにつぶやかれ、や がてそれぞれの心に侵入する詩として成立しています。
いや、そんな理屈はともかく、泉谷は私と同じように障害を抱え、中卒で、ギターのチューニングさえ妖しいが、それでも歌わ ねばならずそして叫ばねば収まらぬ根拠を持ったシンガー泉谷に、私は自分を投影せざるをえなかったのかもしれません。
「山口百恵は菩薩である」という本がありましたが、それに因めば少なくともわたくし的には、泉谷しげるは当事者同士で支 えあう「セルフヘルプのシンガーである」ということになるのであります。

編集後記

  大牟田在住の26歳の青年が、オリンピックの車いすテニス最重度の部門に出場するために、ロンドンへ飛び立つのであり ます。
人は様々なものを通じて自分を表現する生きものだと思いますが、スポーツもその一つであります。
ロンドンの空の下で精一杯自分を表現してきて欲しいなと思いますし、表現できる事柄に出会えた幸せを満喫してきて欲しいなと思わずにはいられません。障害があると、なかなか自己表現できる事柄と出 会うことが困難になりがちです。
そう思うと、使い古された言葉ですが障害者の「社会参加」を進めることが、事柄との出会いを進めることにつながるのだ と、あらためて思う夏なのでありました。


 

2012年4月10日発行

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-散る花を惜しむ心やとどまりて-

 

散る花を 惜しむ心やとどまりて また来ん春の たねになるべき

  桜の見事な美しさと出会うと、ドキッとするときがあります。
見入っていると、どこか知らない世界に連れて行かれそうな気がして、少しあわてるのであります。
桜は何故こんなにも美しく危なげなのかと思います。
そんな時、「桜の樹の下にはしたいが埋まっている!」断定する出だしで始まる梶井基次郎の「桜の樹の下には」という掌 編を思い出すのであります。
それは小説というよりも散文詩に近い作品ですが、美しさの裏側に残酷見ることで美しさを受け止めようとする男の独り言 で構成されているのであります。印象に残る作品です。美しいものは、人の想像力を誘惑するのであります。
さてさて、今年の桜はもう散りゆきましたが、来年の今頃、「桜の樹下には」障害当事者や家族や支援者の人権と生活に大 きな影響を与える「総合支援法」が施行されます。この法律の骨格を作る総合福祉部会は画期的で「私たち抜きにわたした ちのことを決めないで」を合言葉に、当事者・家族・支援団体が参加し、議論を尽くして骨格を作り上げたのでした。
しかし、厚生省や政治家の判断で、そのほとんどは採用されず、継続審議に回され、厚生省案が国会に提出されました。
無念であります。
来年の春、私たちは満開の桜したで、「桜の樹の下には無念が埋まっている!」ことを再確認せざるを得ません。
ほろ苦い花見になりそうであります。桜前線と共に「あ〜あ」というため息が日本列島を北上していくでありましょう。
しかし、しかし、私たちの共に生きる文化の取り組みは、挫折が恋人、無念が友達でやってきたのであります。
これくらいで留まるものではありません。
生きる現場で、みんなの力を寄せて、あきらめることなく共に生きる文化を耕していきましょう。
我ら、「また来ん春の たねになるべき」であります。

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わらび家のみなさまへ

  わらび家のみなさま、お元気でしょうか?
いつもいつも、「わらび通信」ありがとうございます。
手書きで、人の香りが匂いたつ通信をいただきはじめて、もう、20年を超えるのではないでしょうか。
読むたびに、精神障害を抱えながら生きることで起きる不安や、きつさ。ささやかな楽しみや喜び、何かを気取らない、何か を目指さない、何かを決め付けない、等身大の日々の暮らしの風景が目に浮かびます。
もやいも又、その始まりのときから精神障害のある人たちが時々訪れてくれますので、色んなお話しが聞けて、今も楽しい 時間が過ごせたりします。
通信のスケジュールを見ると、夕食会がとても大事にされているのですね。もやいも週1回、食事会をしながら話をします。 が、一緒にご飯を食べるというのは大切だなと思います。
また、よくありがちないろんな行事がてんこ盛り的なところがなく、もやいと一緒で、ゆったりとした時間が流れているような 気がして、親しみを感じてしまいます。
昔は、全国的にも、スローライフ的な居場所が多かったのですが、今は少なくなってきました。
福岡市という大都会の中にわらび家というゆったりとした居場所があるのは、うれしい限りです。
  今後も通信を楽しみにしています。

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人はみんな希望のランナー

もやいTシャツ・2012

毎年、毎年、ご協力本当にありがとうございます。
  もやい2012オリジナルTシャツのキーワードはマラソンであります。
  一人ひとりの個性を認め合い、一人ひとりの個性を輝かせたい。
      そんな思いをもってみんなでデザインしました。
    私たちの望むマラソンは競走ではなく、共走であります。
        5月より販売開始となります。
  ゆるキャラ「じゃじゃりこ大ちゃん」と「かませの大ちゃん」と共に
  今年の夏を駆け抜けてくださいね! どうぞよろしくお願いします。
  Tシャツの主題歌「はやくゆっくり」もYouTubeで流れます。

きみのペースで、ぼくのテンポで


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こんにちは!って感じで、ウタえもん美術展に出展す!

 ★もやいのドラえもんこと、ウタえもん?「塚本宇耐」さんは、絵の勉強をしてますが、このたび「西部美術学園展」に作品を出   展しました。天気のいい日、もやいのメンバーと出展会場に赴きました。
  会場はなんだか、心がいやされる感じで、とても心地よい世界でありました。
  ウタさんの作品も、ウタさんワ ールド全開でありまして、お約束に縛られない自由な翼で気持ちよく空を飛んでいる。
  そんな気がする作品でありました。
 この作品を前にすると、誰もが心の戒厳令を解くでありましょう。実に、平和をもたらすアートであります。

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シネマで愛して・・・パピヨン

  「脱獄」シネマには、とてもとても弱いワタクシであります。
  特に「脱」という字には、ロマンを感じてしまいます。ここをいつか脱することで、生きなおしができるのだと、最後の希望が ささやくからでありましょう。
このささやきが、天使のささやきなのか、悪魔の罠なのかは運次第ではありますが・・・。
その脱獄シネマで初めて感動したのが、このパピヨンであります。そして最後に感動したのがショーシャンクでありました。
  この2作を超えるものは出てこない気がします。さて、このシネマ、スティーブマックイーンとダスティンホフマンの熱演が何 といっても素晴らしいのですが、音楽がその熱演を鎮めるように落ち着いているのがとても心地よかったのであります。
ものがたりは、実話をもとにしていますので、とてもリアルで、脱獄の日までの気の遠くなる努力と、それを支える強靭な意 志の存在が、色んなエピソードを重ねる中で見えてくるのであります。ショーシャンクもそうですが、獄の中でも、いや獄の中 だからこそかもしれませんが、友情もまた芽生えてくるのです。
その日が少しづつ近づいてくるたびに、見ているだけのワタクシも緊張を高めたのであります。いよいよ脱出のの瞬間、脱 出を試みる勇気をなくしたドガ(ダスティンホフマン)は残ることを選択し、主役のパピオン(スティーブマックイーン)と抱き合 い、別れを告げるのであります。
 海に飛び込んだパピオンが波に乗り自由の身になった見届けるドガ。このシーンほど切なく、胸に迫るものはないのであ ります。そして、これでもかと、哀愁そのものをメロディーにした音楽が、これでもかこれでもかと胸を揺さぶるのでありまし た。熱い友情を築き、同じ夢を見た2人を、最後の最後で、脱する者と残る者に、分けたものはなんなので在りましょうか?
  いまだに考えさせられるのであります。
このシネマの原作になった小説があるとのこと、40年ぶりに活字で脱獄ドラマを見てみようかなと思うのでありました。

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記念樹・・・小坂一也

♪それでも寂しきゃ 大きな声で 呼んでみるのさ 母さんと♪

  テレビが、物語りのチカラを持っていた時代が、確かにあったのであります。
大げさに言えば、テレビと私たちの暮らしが重なり、共に泣き笑えた時代。その時テレビからテレビから流れる歌は、心に染 み入るものでありました。
その中には、未だに胸に迫る歌があるのです。60年代を一世風靡したシンガー小坂一也が、静かに歌った「記念樹」であり ます。この歌は、1960年代中ごろのテレビドラマ「記念樹」の主題歌でありました。
身寄りのない子供たちが集う施設を舞台にしたこのドラマは、施設で育った子供たち一人一人が、世間に出て、社会の偏 見と拒絶中で、苦しみ悶える姿を毎回描きだすのであります。
しかし、さまざまな困難に出会いながらも、みんなで植えた記念樹の桜の木が、苦しむ子供たちと、施設職員の心の絆をつ なぐのでありました。
私は障害児施設の中で毎週見ていたのですが、そのたびに、自分の現在と未来を暗示するようで、毎回胸をしめつけられ る気がしたものです。ドラマの山場でこの歌が流れるのです。
♪桜の苗が大きく育つ頃 僕らはみんな大人になるんだ♪すると涙の堰が切れるのでありました。
生きている限り寄りそってくれる歌が誰にも1つはあるはずですが、私にはこの歌がそうなのであります。
桜が咲くたびにこの歌が胸の奥で咲いてくれるのであります。

編集後記

  当事者参加で作られた骨格提言が活かされなかった「総合支援法」のドラマを見ていると、組織や我が身の思惑や都合優 先の「術を知る者」と、つらい体験を共有化し共に生きる思いを抱いた「道を知る者」の文化の衝突だったように思えます。
今回は、「術を知る者」の案が法律となっていくのですが、「道を知る者」は、なに変わることのない歩みを進め、よりよい「総 合支援法」を目指していくことでしょう。
その道の行つく先は、満開の桜のように「術を知る者」も含めたすべての人の人権とエンパワメントができる地域社会である はずです。
あー、その桜の下でこそ花見をして、心底酔える酒を飲みたいものですね。


2012年1月10日発行

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-有り得た人生を-

 

有り得た人生を産み出す舞台を

  誰にも言えないけれど、ある日ふと心の奥底から浮上する「有り得たかもしれないもう1つの人生を生きる私」を想 像すると、ヤバイことに、切なさと愛しさで、心が「グラリ」と揺れるのであります。
見渡せば、この世は生きられなかった「有り得た人生」で溢れているのであります。
そこに「障害」が加わると障害に起因した社会とのかかわりの中で、「有り得た人生」そして当然「有り得なければならない人 生」が使われることなく、あきらめという名の倉庫にしまわれがちであります。
いや、もっと正しく言いましょう。障害当事者だけでなく、例えばその母親や父親や兄弟達が、もっと言えば障害当事者が愛 する恋人や、妻や夫や子どもが、「本来は有り得た人生」を産み出すはずはずの舞台を奪われている現実もあるのであります。
誰もが「有り得た人生」にため息をつくのですが、それが障害に起因する社会との関係、障害を取り巻く文化によってつかさ れるとき、障害当事者の自尊感情は損なわれるのであります。
  おそらくは、障害当事者やその家族、支援者。障害者に思いを馳せる人々によって進められる障害者福祉の取り組み は、「有り得なければならない人生」はもちろん、「有り得た人生」を産み出す舞台を、この地域に作り出す営みであります。 そしてそれは、障害の有る無しに関係なく、人として、誰もが「有り得た人生」を産み出せる舞台づくりに連なるものでありま す。2012年。障害当事者の皆さん!その家族の皆さん!応援してくれる全ての皆さん!本年も、人が真ん中の文化を共に つくってまいりましょう。

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もやいのスピードとテンポで2011年を、早くゆっくり駆け抜けました!

  障害当事者で運営されるもやいの世界は、例えばGNP最優先みたいな成長・競争主義にはついていけないし、かといっ て、何もしないのもおもしろくないので、なんとなく自分のやりたいことや好きなことがあればそれをやろうよね!という感じで す。そしてもうひとつ、全ての障害者がやりたいことや好きなことをやれるようになれば嬉しいので、そんな社会にするため の活動もやっています。
そのときはみんなで一つのことを協力しあってやっています。みんな色んな差別を受けてきているのでそれぞれ濃いキャラ がそろっていて、信じられない出来事も起こったりと波乱万丈で、なんだかひょっこりひょうたん島みたいです。
いろいろぶつかり合いもありますが、それも大事なことのような気がします。
ただ、ここのところ、もやいの文化活動が少ないので寂しい気がします。そのかわりに、もやいの忘年会用に、ショートシネ マの無声映画「もやい版・赤ずきんちゃん」をつくって楽しみました。2012年は、何か面白い文化活動をやれればと思います。
さて、年の初めに、東日本大震災で苦しむ障害者の皆さんやその家族の皆さん、そして支援者の皆さんにエールを贈りたい と思います。私たちもここで東日本のことを忘れずに日々の活動を進めることで皆さんとつながっていきたいと思います。
いつももやいを応援してくれるみなさん、今年もよろしくお願いします。

◆作業風景
  各人、やりたいことを勝手にシンドバットであります。
◆イオンでのバザー
  とても新鮮でございました。お買い物もできて助かりました。
◆文化会館でのバザー 
  室内ということもあり、静かなので落ち着いて選んでもらえるのであります。
◆恵愛園でのバザー
  いろんな人に会えるのもバザーの楽しみの一つであります。
◆サンアビ祭でのバザー
  雨も降りましたが、東日本震災のバザーもあり有意義な祭りとなりました。
◆秋のレクレーション
  おいしい巨峰を求めて田主丸方向へ!
  あたたかな秋晴れの中、のどかな三連水車に心を和ませる一同でありました。

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クリスマスだよ さぁ1杯!

  ★♪12月はクリスマスで酒が飲めるぞ!酒が飲める飲めるぞ酒が飲めるぞ♪
    ということでクリスマス会開催!この日の主役は2歳の女の子「瑠奈(ルナ)」ちゃんでありました。
           その日から1週間後・・・・・
★12月は忘年会は酒が飲めるぞ!酒が飲める飲めるぞ酒が飲めるぞ♪
   ということで忘年会を開催!温泉で1年間の疲れを落とし今年最後の宴が終了しました。

◎毎年恒例のクリスマス会は、12月22日に開催されました。担当の人が食事の手配や小さな企画を準備してくれました。
  プレゼント交換やカラオケなど行いながら、みんなで楽しんだのであります。
  入院で来れなかった人も何人かいて残念でしたが、飛び入りを含めてにぎやかなパーティーとなりました

忘年会だよ もう1杯!

  ◎SOSの事務局忘年会は、12月30日にいつもの温泉で1年間の疲れを取り乾杯!
  飲んで、語って、歌って
  そして久しぶりにつくったショートシネマ第3弾
  アニメと実写と無声映画の組み合わせという「赤ずきんちゃん」の上映で盛り上がりピークに!

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シネマで愛して・・・最後の忠臣蔵

  最近、時代小説を読むせいでありましょうか、つられてシネマも「武士の家計簿」やら「桜田門外ノ変」やらと色々見たのであ ります。今年見た中で、心の奥深いところにささやきかけてきたシネマは2時間20分を超える長〜い、このシネマだけであり ました。
なんと忠臣蔵というスタンダードな物語に、なにを今更?と思うのでありますが、このシネマは、忠臣蔵の討ち入り後16年経 過したころから話が始まるフィクションであります。
な〜んだフィクションなどと侮ってはなりません。なんだか武士道とは、今死する事で成立するようなところがあるのですが、 このシネマでは、死なずに汚名を浴びて生き延びることで成立することもあるのだと教えてくれるのであります。
「忠義。そして忠義を守るという信念」討ち入り直前に大石内蔵助の極命を受け、討ち入りという悲願を奪われ、死ぬ機会さ え奪われた浪士の16年間を支えたのはこの信念でありました。
しかし、討ち入りという自己実現を奪われながら、誰からもどこからも、評価されることの無い、世捨て人のような暮らしの中 においても人はこうも矜持をもって生きられるのだと、少しづつ心が温まってきたのであります。
この浪士の役を役所広司さんが、落ち着いた佇まいと目線で演じてくれて、フィクション性を忘れさせ、このシネマをマジ、リ アルにしているのであります。拍手パチパチであります。
長〜いシネマといいましたが、最後の方に人であることの幸せを感じさせてくれるシーンが用意してあるのでありました。
「フィルドオブドリームス」のラストシーンを彷彿とさせるそのシーンと、16年間の役目を果たした浪士の一人で迎える最期の シーンがこのシネマを名作にしているのであります。
「忠臣蔵」自体もう御伽新のような存在なのでありますが、その上に、もう一つの御伽新を重ねることで、「忠臣蔵」という、長 い間この国で語り継がれる物語に託された本質が、さらに豊かに、深く、表現されたのであります。
それは、武士道という小さな虚構を超えて、一人の人間に宿っている人であり続けようとする静かな覚悟と揺るがない暮ら しの風景でありました。
原作者は誰か知りませんが、鳴り止まぬ拍手を贈りたいものであります。本年もシネマに愛されたいものです。

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夜明けのスキャット・・・由紀さおり

♪ルールルルル ルールルルル ルールルルル ルルルル ラーララララ ラーララララ♪

 42年前、わたくしはラジオだけが友達でありました。朝も昼も夜も深夜も、ラジオは天気のありようを語り続け、人の仕出 かす出来事を伝え続け、そして、様々な歌を届け続けたものです。
わたくしは耳に届く音を聞きながら、18歳の青春の無人島で、わたくしの居場所は、この小さな音を運ぶ箱の中にしかないのではと 思い始めていました。どうも社会という大きな箱の中には入れてもらえないのだと思わざるを得ない体験を繰り返すたびに、それは確 信に近いものとなっていました。
なんともまぁ、静かで暗い青春でありました。その中で歌は唯一心に寄せてくるさざ波のようで、この波に乗ってわたくしは、社会を超 える世界を獲得するのではないかと夢想したものでした。
このうぬぼれはけっこうわたくしを支えてくれたのであります。想像力は鳥よりも高く飛び、花よりも美しく咲くことを教えてくれた歌た ちの中で、一番わたくしを挑発したのはこの歌でありまた。ほとんど言葉のないこの歌は、わたくしをなぐさめ、はげまし、なにより甘 美に挑発したのであります。
わたくしは透明でゆるぎない音程のスキャットに包まれながら、その美しさに対峙できることばを探したのでありました。
最近、この歌が偶然外国のピアニストの手にとられ、今世界的ヒットとなり再び脚光を浴びています。
わたくしは、しばらくぶりに再会したこの歌に、少しの気恥ずかしさをもって手をふるのであります。「やぁー久しぶり!」

編集後記

  最近、「オール大牟田」という言い方が増えました。いい発想なのでしょうが「なぜそうなのか」の説明が不足していて合理 的になりえていません。
しかし、障害者施策についていえば、もうずいぶん前から、すべての人の暮らしやすさを実現する社会施策だと説明してき ました。
障害者と女性の自立はイコールであり、身体機能の衰えた高齢者の社会参加促進とイコールであり、障害者が働くことは 経済活性化とイコールであり・・・etc。障害者施策こそオール大牟田で!


2011年8月10日発行

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-それでも徒労の数を数えるな-

 

それでも 徒労の数を数えるな!

  「心が折れる」という言葉が良く聞かれるのであります。「あの状況でよく心が折れませんでしたね?」とアナウンサーも、「心 は折らずにマニュフェストを実現する!」と政治家も言います。
心ってやつは折れるぐらいだから元々硬いのだと思い込んでしまいそうです。果たして心は硬いのか?が問いたいわけでは ないのですが、もし折れのるなら何故折れるのか、その要因について知りたいと思うのであります。
人は何かを求めて努力をする生き物ですが、その「努力が叶わないとき心が折れるのだ」というわかりやすい仮説で間違っ てもいないのですが、でも、心が傷つきはするのでしょうが折れることはない気がします。なぜなら求めたものは得られな いにしろ、そのための努力はしたのだというある種の「意味」が存在するからです。
その意味は傷を癒す薬にもなりえるものです。むしろ「意味」が存在しないときが問題ではないかと思います。何かを求めさ の実現のためにした努力が何の意味も見出せない行為があったとしたら、人はその無意味な自己犠牲に耐ええるのでしょ うか?かなり困難かもしれません。
「徒労」という言葉がありますが、その言葉にはそういう状況を含む響きがあります。だらでしょうか、私は今まで重ねてきた 徒労の数を数えてはため息と舌打ちを繰り返してきました。これは多くの人にもありがちのような気がします。
障害者福祉の現場でも当事者、その家族、支援者問わず日々活動の中で誰もが徒労を繰り返し、ため息とともに汗と涙の 詰まった徒労の数をついつい数えてしまいがちです。
しかし、よくよく考えれば無意味さの前には何かを求めた思いがあるはずです。そうであるなら思いが産み出す行為の全て に無意味さは存在しないはずです。
だとしたに、本当に心を折るものは無意味さでなく、徒労の数を数えてしまうこと自体にあるのかもしれません。
徒労の数を数えない。そんなことができるはずもないのでしょうが、それでも徒労の数を数えるなと自分に言い聞かせること はできます。私もそうしたいなと最近思うのです。
いや、徒労だけでなく、年の数も数えたくないのですが・・・。

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新大牟田駅のバリアフリーを学ぶ!

  身障連の健康促進とサン・アビの共催で毎年行われている「ふれあい勉強会」に参加し、新大牟田駅のバリアフリーを学ん できました。
注目は転落防止のホームドアです。全国で視力障害者の人の転落死が続いていますが、このホームドアを設置した駅で は、転落事故はゼロが続いているそうです。ただコストの面で設置が広がらないのはとても残念です。
でも、新大牟田駅に設置されたのはとてもうれしい!
今回仕入れた新大牟田駅と、大牟田駅のエレベーターも取材したので、近いうちに福祉マップにUPしたいと思います。

夏が来ればやって来るペダルの音セミの声

   もやいには、時々いろんな人が尋ねてくれる
   夏の客人は、なんといっても
鹿児島から長崎まで自転車で行くピースサイクルだ
 ひたすら平和を祈ってペダルを漕ぐ客人であります
   今年の夏はチームではなく森谷和司さんが
      一人でやって来てくれた
     もやいでしばらく休息された後
  息つく暇もなく長崎を目指して出発されました
 目的地を目指す思いや意志の強さはもちろんですが
  完走を可能にするための苛酷なトレーニング
  仕事の合間にこなしていくことに耐える体力は
        すごいなと思います
立ち去られる後ろ姿を見送りながら
      無事を祈るのみでありました

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東日本大震災復興プロジェクトへ Tシャツ売り上げの一部をカンパ

  東日本で起きた大震災は、多くの尊い人命を奪い、人の日々の暮らしを成り立たせていた建物を破壊しました。
本当に心が痛みます。少しでも現地の復興に役立てばと、みんなで話し合い、今年のTシャツの売り上げの一部を「東日本 大震災復興プロジェクトおおむた」の支援金に使ってもらおうと8月9日カンパを渡してきました。
これも、Tシャツを買ってもらった皆さんのお陰です。あらためて感謝します。ありがとうございました。
当日は、忙しい中プロジェクトの西村代表じきじきに受け取っていただきました。ありがとうございました。 現地の一日も早い復興を心から願いたいと思います。
大牟田での防災体制に障害のある人たちへの合理的配慮が盛り込まれるよう、私たちも活動していかねばと思います。

Tシャツ販売へのご協力ありがとうございました

   2011年度「もやいオリジナルTシャツあしたのワン・あしたのニャン」の販売ご協力いただいた皆様、本当にありがとうござい ました。皆様のお陰で私たちの予想を超える売れ行きとなりました。心よりお礼申し上げます。
昔むかし、もやいでやっていた「障害者と健全者のサマーキャンプ」の中から生まれたTシャツ作りも、20年を過ぎました。
今も昔も、一つ一つアイロンをかけていく手作業や、障害当事者でデザインやメッセージを決めることなど、何も変わることなく やり続けています。どうぞ、これからもよろしくお願いいたします。
                                       〜もやい一同〜

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第2回 イオンモールのえがおまつり!

  イオンは広いな大きいな♪と、しみじみ思います。
さて、第2回目になる、大障協アンテナショップと一品堂のコラボでやり始めたこの企画も2回目。
企画自体の統一感を出すために、つくられた「えがおまつり」と書かれた旗がひるがえり、全体の雰囲気を盛り上げてくれま した。もやいでは前回に引き続き、切り絵しおりやTシャツなどの販売をしました。
会場全体がバリアフリーで広いので電動車いすで動きやすくて助かりますし、トイレの心配も無いので気が楽です。
それと、雨の心配もないのであります。心配事はただ一つ売れるかな?であります。
第1回目ほどには売れなかったのでありますが、次に出るときには新製品を開発し売りたいと思います。
いろんなを試しながら進化していこう!

                 皆様へ

                早秋のみぎり
         みなさま健やかにお過ごしのことと思います
  常日頃より、様々な場所から様々な形の応援本当にありがとうございます
       夏の終わりを何で感じるのかは、これも様々でありますが
  もやいはTシャツの製造が一段落した今、夏の終わりを実感しているところです
  さてさて、夏が去り、早秋の風が吹き、今年度後半戦が始まりますが、もやいは
  それぞれの特性をいかした新製品の開発と各種マップの更新に取り掛かります
       皆様も夏の疲れに気をつけられて、良き秋をお迎えください
                      〜もやい一同〜

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法律を友達に、自立を恋人に!

(改正)障害者基本法成立!

  障害者の定義を見直し、社会的な障壁を取り除くための配慮を行政などに求めた改正障害者基本法が成立しました。
これは、2006年に国連総会で採択された障害者権利条約の批准に必要な法整備の一環であります。障害の有無にかかわら ず、人格と個性を尊重する「共生社会」の実現を目的に掲げました。
ポイントは障害者の定義を、制度や慣行など社会的障壁により日常・社会参加に相当な制限を受ける状態にあるもの、とひ ろげたことであります。
障害者が社会参加できない理由には社会の側のバリアーがあるよという私たちがいってきた「社会モデル」が採用されてい ます。ほかには、円滑な投票のための投票所の整備や、裁判など司法手続きの祭に手話など障害者の特性に応じた意思 疎通の手段を確保することの配慮、関係職員に対する研修などを義務づけています。
教育については、市町村教委によって障害のある子どもの受け入れ対応が異なるため、本人や保護者に対し、「十分な情 報を提供し、可能な限りその意向を尊重しなければならない」と定めました。
また、東日本大震災で障害者に避難情報が伝わらなかったケースを踏まえ、防災・防犯について必要な施策を講じることも義務づけられ たのであります。

この基本法の掲げる「共生社会」実現ために、必要な福祉サービスを統括する法律が今検討中の「総合福祉法」なります。

少しややこしいので整理しますと、まずこの国の最高の法律は「憲法」です。その下に「国連の権利条約」がきます。
その下に「障害者基本法」がきます。その下に「総合福祉法」「虐待防止法」「差別禁止法」が横並びにきます。

★もやいでは、法律を友達に自立を恋人に!を合い言葉に、わかりやすい学習会を始めていきたいと思います。
 できた法律を私たち自身が知らなくては意味がありませんので、少し頑張って障害当事者の視点かを活かし自分たち自   身で法律を読み解いていきたいと思います。
 そして、今後の自立生活運動に活用していきたいと思います。

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ワルツ・・・ 友川かずき

♪冬空をけちらして君 いざり来る 春もまたある♪

♪流れてそして君 ボロボロになるのだや君

  ただ単にシンプルなメロディーと詩でできている歌と、シンプルではあるが、一度地獄に下降し、そこから立ち上がってきた メロディーと詩でできている歌は、シンプルさで同じですが深さで違ってきます。友川かずきさんは、デビュー以来、後者の歌 作りをやり続けています。友川さんを特徴づけるものに鉄道自殺を遂げた弟さんに捧げる歌に象徴される慟哭の歌唱スタイ ルがあります。それには賛否両論あり好き嫌いがはっきり分かれるところでしょうが、その歌唱は何故か心を激しく揺さぶる 瞬間があります。

♪晒すのが恥しかない ありのままあらん限り

  もうひとつ友川さんを特徴付けるのは故郷です。秋田県北部に生まれたことです。太宰治のように、故郷がその創作の根 拠地になっている気がします。それは画家としての友川さんの色彩にも表れている気がします。
そう、このワルツの詩の中にも出てくる「君」が「チミ」と歌われるように、言葉のありようもまたそうであります。

♪切なさを生きて君 前向きになるのだや君

  印象に残る歌が多いのですが、なぜかこのワルツが心にしみるのであります。良く聞けばメロディーの美しさに心が乗せら れていく感じがします。

♪冬空をけちらして君 いざり来る 春もまたある

  美しいメロディーに誘われワルツを舞う心に、届く詩は心の穴にストーンと落ち、心の深いところへたどり着くのであります。
言葉の霊媒師は、今夜も小さなライブ会場で慟哭しているのであります。

編集後記

 国連の障害者権利条約に合わせるために、基本法が改正され、虐待防止法が成立。
また、総合福祉法と差別禁止法の成立に向けた準備が進んでいます。
この法律ができれば、国内の法律(労働法・教育法等)もいくつかそれに合わせた改定が行われます。
法律のありようで障害当事者やその関係者の暮らしが劇的に変わることとなります。
みなさま、この秋法律の行方をどうぞ注視してくださいね!


2011年6月10日発行

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-朝早く本を読む癖-

 

  朝早く本を読む癖がつきまして、といっても30分程度ですが、なかなかいいものです。本を読みながらだと、なぜかインスタ ントコーヒーもたばこも、さらにおいしく感じるのであります。
今は主に時代劇を読むのでありますが、その中で最近知って面白かったのは、柳生家の家訓であります。柳生一族という と、なんだか千葉真一さんが今にも現れそうで・・・その家訓とは「小才は縁に出会って縁に気づかず、中才は縁に気づいて 縁を活かさず、大才は袖刷りあうは他生の縁と活かして使う」であります。
なんとなんとネットワークの重要性を説いているのでありませんか。さすが柳生一族文武両道であります。NHKのニュースよ りも時代劇の一冊が「現代に必要なニュース」を伝えてくれるのであります。
ビフォーアフターではありませんが「まあ、なんということでしょう!」であります。大災害などが起きたとは、普段の暮らしの中 でのネットワークができているかが問われます。私たちも柳生一族に学ばなければいけないのであります。

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5月3日長洲金魚祭りにおじゃま虫

   

災い転じて福となす!

  妖しげな天気でありましたが、ついに雨が・・・トホホホ。
と思いきや、なんとなんともやいは大量のレインコートを持ってきていたのです。でかした!
販売したところ飛ぶように売れたのでありました。喜びが隠せず、腰に手を当て高笑いをしたのであります。
「ピンチをチャンスに」「災いを福に」の一日でありました。

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もやいオリジナル夏Tシャツ

あしたのワン あしたのニャン

  皆々様、夏でございます。
Tシャツでございます。もやいでございます。毎年お買い上げ本当にありがとうございます! 希望は終わらない〜どんなにつらくても明日へのあしあとをつづける人へエールを〜これが2011年のテーマです。
売り上げの利益はいつものように、福祉マップや自立マップ、温泉マップの社会参加情報の追加と更新活動に使わせていた だきます。どうぞよろしくお願いいたします。
皆々様、素敵な夏をお過ごしくださいね。    

だれだって あしあとをつづければ あしたのジョーだ!


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5月5日・・NPO法人・SOS総会を開催しました。

  SOS総会を開催しました。'10年度の事業報告や決算報告。'11年度の事業案や予算案を審議しました。全議案承認され、 今年度もマイペースでやっていこうということになりました。事業案の基本方針は下記のとおりです。
総会終了後は、交流会に切り替えて狭い事務所の中でささやかな食事会を行いました。ゴールデンウイークの真っ最中に、 のんびりとした時間が流れたのでした。

基本方針ーだれでも、あしたのジョーなのだ!

  障害者と自立と社会参加は、障害当事者が中心になってつくっていかなければいけません。
中島みゆきが叫ぶように「おまえのオールは任せるな」であります。まず第一に、わたしたちは、主体性を大事にしましょう。 自分自身をしっかり持ちましょう。そして第二に、わたしたちは、同じ障害者を大事にしましょう。差別を受けたもの同士が 力を合わせなければ差別はなくなりません。
さらに第三に、わたしたちは、まだ外に出していない自分の才能を探して引き出していきましょう。
そして最後に、わたしたちは主体性を持ち力を合わせ、自分の持っている才能を発揮し、いろんな人と連帯し地域という名 のリングで、いつの日か差別をKOする「あしたのジョー」になりましょう。


障害学/暗号を解読しよう

  一方的な事ってけっこう人生にはありがちです。大概その時は多数派に対してというのが多いのであります。
しかし、多数派に従え式の傲慢さが産み出す「支配文化」を無邪気に信仰してはいけないのであります。とくに最近おもうの は、発達障害のある人たちのことであります。
彼ら彼女らは暮らしの中で、特にコミュニケーションおいて様々な困難に出会います。周囲の人たちも彼ら彼女らにどう対応 すればいいのか途方にくれて結局は「意思疎通ができない困った人たち」という一方的な決め付けに到着します。でもよく想 像してみましょう。そうイマジンです。
彼ら彼女らは、社会に溶け込もうと家族や支援者と共に努力しています。なぜそうしなければいけないのか・・彼ら彼女らに は、他の人たちの言葉や概念や態度や思惑などによるコミュニケーション文化は、まるで暗号みたいで解読不能なのであり ます。
「ちょっと待って」とはよく使う言葉なのですが、その「ちょっと」を私たちは概ねどのくらいの時間域は期間を推測できます。 なぜでしょう?それは、言葉を成立させている状況や経験や関係性などを総合的に判断するからです。それが苦手な彼ら彼 女らは、文字やイラストなど視覚的な方法でその暗号を解読しようとしているのです。そのための支援プログラム「ソーシャル ストーリー」が成果を挙げて注目を浴びています。
しかし、ここでふと思います。彼ら彼女らもまたそれぞれのコミュニケーション文化を持っていて、それは私たちにとって理解 できにくい暗号になっているということです。そうであるならば、私たちにも彼ら彼女らのコミュニケーション文化を理解するた めに暗号を解読するソーシャルストーリーが必要ではないかと思うのです。発達障害とそうでない人の間に橋のない川があ るのなら、両岸から橋を架けていく努力がされなければなりません。
そういう努力や営みが「合理的配慮」の基本姿勢になっていかないといけないと思います。

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ヨイトマケの唄・・・美和明宏

♪どんなきれいな声よりも 僕を励ましなぐさめた 母ちゃんの唄こそ世界一♪

  放送禁止歌といわれ、メディアで聞けない歌が昔は多かったのであります。
しかし、不思議なことにその中には、心をわしづかみする名曲があったりします。この唄もそうであります。小学生の頃聞い たのですが、意味もよくわからずに心がジーンとした記憶があります。「職場に貴賎なし」とか「差別はいけない」と学校で 習ったのに、現実はそうではないと身に沁みていたせいかもしれません。
おまけに、三輪(当時は丸山)さんがテレビでこの歌を歌い終えて、「実はわたくし・・」と、今で言う性同一性障害であることを カミングアウトしたのにも衝撃を受けたのでありました。
多くの人に感動を与えたこの歌も、禁止歌としてパンドラの箱に入れられ、もう日の目を見る事はないと思っていたのです が、突然パンドラの箱を開け、この歌を取り出し堂々とテレビで歌う人が現れました。
サザンの桑田佳祐さんであります。そり以後、多くの歌手がこの歌をカバーしています。この歌の持つ主題をしてこうも多く の歌手をひきつけるのであります。
私の好きな歌手の一人である泉谷しげるさんもまた、この歌を歌っている一人であります。彼の野太い声もまた味があるの であります。
大人になってこの歌を聞きなおすと三輪さんの人生と桑田さん始め、歌手の人たちとつながる半世紀にわたるドラマそのも のが歌のような気がします。
耳を澄ませば、どこからかエーンヤコラのかけ声が聞こえてきそうであります。

編集後記

  今年の夏はどんなものでしようか?節電の必要性が叫ばれています。
普段の暮らしから「もったいない」が消えた文化をいきすぎた私たちには、少し辛い夏かもしれません。
そう思うとここにきて、生き方の文化の大切さが身にしみてきます。
社会に流されて消費文化に合わせていると、結局自分の首を絞めることにつながるのでしょうね。
今年はクーラーのスイッチを入れる瞬間、そして設定温度に、ちょっと迷う?と思うのであります。


2011年3月10日発行

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-継続のエンジン-

 

継続のエンジンは、あきらめへのサヨナラ

  人はいくつも、いくつも、あきらめを重ねるとイソップ物語の狐のように「ブドウは苦いから」という常識をつくりだすことは、誰 もが身をもって知ってるはずであります。
そして一度つくられた常識を変えていくことの大変さも知ってます。それを変えていく作業は困難を極め、何より膨大な時間 がかかるのであります。
その果てのない旅は人を疲れさせるのですが、それでもコツコツと旅を継続する人々を支えるものは「あきらめへのサヨナ ラ」への強い願いであります。 「私だけでなく、あなたもまた」と願うエンジンをふかせ、時に道草を食いながら少々くたびれた オンボロ車の旅は続くのであります。

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春の足音聞こえましたか?

三池初市に参上!

「春の縁日」三池初市に行って参りました。

 初市の歴史は古く、なんと江戸時代にさかのぼるのであります。
当時宿場町として栄えていた三池で、住民らが物々交換したことから始まったのであります。歴史と伝統の重みがズッシリ であります。県道の一部が歩行者天国となり、植木やたこ焼き、おもちゃなどの露店約200店が並び、親子連れなどの買い 物客で大賑わいでありました。
春の足音が聞こえたか?って。う〜ん、少しね!

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シネマで愛して・・・THE WRESTLER

   私子供の頃から何故かわからないのですが、レスラーが大好きなのであります。
テレビのプロレス中継は楽しみの一つでありました。多分、身体を張って正義は必ず勝のだという物語を見せてくれるレス ラーを尊敬したのだと思います。
今はもうプロレスを見ることはなくなったのですが、昔のレスラーたちのその後の人生などに触れた本があればついつい購 入してしまうのであります。その経験からいえば、多くのレスラーの引退直前の環境は苛酷なものであります。引退後はなお さらなのであります。
私に元気を与えてくれた物語の出演者たちのその後の辛い人生に気が重くなるのであります。
その気分を見事に切り取って見せてくれたのが、このシネマであります。
人気は凋落、身体はボロボロ、家族関係は最悪、金は無い、落ちぶれた引退直前の中年レスラーの悲哀が、これでもかと いう具合に描かれているのですが、すごいのは、そのリアリティーであります。それも演技だけでなく、役者そのものの実生 活がかもし出す実在のリアリティーであります。
そのリアリティーさは、主役のミッキーロークを知らない人でも巻き込んでしまうパワーがあるのであります。金のためにいや なバイトをこなし、娘のために約束を守ろうとするのですが、何をしてもうまくいかない主人公。引退すべき年齢であることと、 もう体力が限界であることを自覚していたのですが、ついに心臓発作を起こしレスラー生命を経たれるのであります。
しかも、しかも、彼の最大の理解者である彼女からも振られるのであります。しかし、彼は落ちても落ちても尊厳を失わな いのであります。
シネマのラストシーン。彼は自分が一番輝く場所へ、私が子供の頃、目を懲らしたリングへ颯爽と帰ってくるのでありました。
私は子供のときのように拍手を送ったのでありました。

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人権学習・総合的な学習に活用できます!

DVD「大牟田でくらすひさとみさんの一日」ができました!

 笹林小学校では、2010年12月の人権学習に、大牟田障害者応援センターから有松さんをはじめ3名の車いすの障害者の 方々に来て頂きました。
その際、車いすの障害者の方の一日を知ってもらうためにということで、大牟田障害者応援センターの方から、DVDを製作 してもらい、子ども達と視聴しました。
小学校の低学年にもよく分かるように、何度も打ち合わせを重ねて完成したDVDです。

 8分間=1枚300円・ DVDの紹介 (8分間)

  DVDは「地域活動支援センター・もやい」で働く脳性麻痺の障害者・ひさとみこうじさんの一日を紹介したドキュメントです。
ひさとみさんは、大牟田に生まれ、大牟田の地域に暮らしています。車いすの障害者がどうやって一人で地域で暮らしてい るのかということを、小学1年生にもわかるようにと、ごくごく短い時間でまとめました。
朝起きて、ヘルパーさんの食事介助を受けて朝食。アパートでのトイレやお風呂のバリアフリーの紹介。電動車いすで出 勤。途中の段差や、スロープに置かれた自転車がバリアになってしまいます。
支援センターもやいでの仕事風景。
いろんな仕事を、いろんな人が分担しながら進めています。もやいで作られる物や、市役所でのバザーも紹介しました。
字幕も、できるだけひらがなを使うようにしました。
時間も8分ですので、授業の導入に使ったり、まとめに使ったり、実際に障害者の方のお話を聞く全段に使ったり等、自由に活用できます。
実際に、ひさとみさんをGT(ゲストティチャー)に招くこともできます。

お問い合わせ=NPO法人おおむた障害者応援センター
          地域活動支援センターもやい
          TEL・FAX=0944-56-9142

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◇ハッピーバースデーツーユーをもう一度

  塚本宇耐さんがもやいにくるようになって2年を超えたのであります。
宇耐さんのつくりだす世界は、とても柔らかくほのぼのとしており、いまやもやいに欠かせない人となっているのであります。 毎日誰にも公平に繰り出される、あわただしいおせっかいは、なんだか落語に出てくる気のいい長屋の住民が繰り広げる 暮らしをイメージさせるものであります。
ひょっとすると、宇耐さんのありようは、無縁社会を有縁社会にかえる大切なありようの一つなのかもしれません。
その宇耐さん2月の終りに誕生日を迎えました。自然とみんなの乾杯が始まったのであります。

★自立マップの改定作業を開始!

  障害者の自立と社会参加を応援する情報提供を目指す「自立マップ」の改訂作業を開始しました。
自立支援法の改定も始まりますが、今後総合福祉法などができて社会資源も大きく変わっていきそうです。できるだけ最新 の情報を取り入れて、正確な情報提供をめざしていきたいと思っています。
やりながら思うことは、調べてきたことをみんなで目を通して、今ある制度の勉強になったり、今はない制度の必要性など が段々わかってくるのだということです。
最近、昔に比べて、公的な社会資源は増え、有償ボランティア活動や、障害者にとっても便利な民間事業の一般のサービ スも増えました。自立に向けた環境は整いつつあるのですが、今後の課題として、その資源をどのように何のために使って いくのかという、セルフマネジメントが求められてくる気がします。
そしてそれは、障害当事者自身が人生をエンパワメンとするためにつくりだしていかねばと思います。
そのための資源の取り合わせのモデルづくりが今後の課題かもしれません。

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出発の歌・・上条恒彦&六文銭

♪さあ今銀河の向こうに跳んでいけ♪

  施設で迎える成人式は少し寂しいものだ。
大人になった実感を求めるのだが、髪を伸ばせば事務長に呼び出され、夜遅く本を読めば怒られる世界において、それは 困難なことなのだ。そんなとき知った歌があった。
それは怒られても怒られても聴くのを止めなかった深夜ラジオから流れ出した歌だった。

♪自由な日々が失われた時に/残されたものは出発の歌 さあ今 銀河の向こうに飛んでいけ♪

  何度か聴くうちに、この歌だけがワタクシの成人を祝ってくれたいるような気になって、いやなことがあるとサビの部分を口 ずさんだものだ。当時覚えかけのギターでコードを探して何度も歌ったのに、今、コードはすっかり忘れ果てている。
しかし、成人式のニュースなどを目にすると、未だにこの歌がよみがえるのだ。 あの頃、意地のように ♪さあ今、さあ今♪ と叫んでいた時代の匂いが消えた現在も、この歌に反応してしまうのは何故だろうかと思う。
この歌を歌いながら、明日はここを出るのだと自分に言い聞かせ続けた日々。しかし、銀河の向こうという名の社会に飛ん でいけたのは、成人式から10年後だった。
この歌は「ここではないどこかへ」を目指す人々の、ためらいやおびえを抱きしめる名曲なのだ。

編集後記

 インフルエンザにも罹らずに、無事に冬をやり過ごしたはずなのに、3月に入って悪寒が・・みなさまはいかがでしたでしょう か。やっと春になりました。
新幹線が走り、大型店がオープンして、街のあり方も大きく変化しそうです。
しかし、一方で買い物に困る人も孤立する一人暮らしなど無縁社会が静かに広がっています。
街の大きな変化と暮らしの中の小さな変化を良い方向につなげていく方法論が作り出せないかと思うこの頃であります。


2011年1月10日発行

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-三井金属労働組合様より寄贈-

 

三井金属労働組合様より寄贈! ー大型テレビがやってきたー

  財政が厳しく買えずにいた、大型テレビを「三井金属労働組合」様より寄贈していただきました。
本当にありがとうございます。
パソコンとつなげ、会議の資料説明や、Tシャツや切り絵等のデザインの検討、手作りビデオの鑑賞など、色んな形で活用さ せてもらいます。組合員のお一人お一人に、心より御礼申し上げます。

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希望は終わらない

あけましておめでとうございます

  新しい年の初めは、白紙の本をめくるのに似ています。
そこに物語は書かれてはいないので、自前で物語をつくらねばなりません。誰もが自分らしい2011年の「私の物語」をつくれ ればいいなと思うのであります。
その物語をつくる術を「暮らし」と言い、私も物語をつくれる存在だと認識することを「希望」というのであります。この暮らしと 希望を奪うことを差別と言い、獲得することを人権と言うのであります。
2011年。「障害のある人もない人も共に生きる」を目指す私たちも、立場や、場所を越えて、誰もが、生まれ、育ち、学び、働 き、愛し、老いていく「暮らしと希望」を手にできる「社会の物語」をつくらねばなりません。
それは人が人であろうとする営みなのですが、残念ながら、私たちの願いや思いは、常に政治に翻弄され、財源に左右さ れ、誤解や無理解の前に立ちすくみます
しかし、白紙の本の前に、一人ひとりが私の物語を、そして、つながりあう社会の物語をつくり続けていきましょう。
♪空に太陽がある限り♪希望は「終わらない」のであります。
長い長い物語はきっと誰かが、書き次いでいくのであり、いつの日か完成するのであります。
もやいは微力ですが、物語の続きを、今年も皆さんと書き始めたいと思います。どうぞ、今年もよろしくお願いします。

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シネマで愛して・・・獄(ひとや)に咲く花

  どのシネマにも、つまらないシーンや無駄な演技が出てくるのであります。
そして、それをもってして駄作と結論付けてしまいがちですが、様々な粗をこえて「それにしても見事だ!」があれば、そのシネ マは名画となるのであります。
甘い甘い!人間が描けていない!思想と愛が切り結んでいない!・・・
いろいろとご批判があろうとおもいますが、ご一同、ここはひとつ、獄(ひとや)という小宇宙のなかで出会った2つの惑星が凛 として愛し合う美しさを横糸に、また、そこに生きるものたちを自己肯定にいざなう文化革命を縦糸に、はかない運命の御伽 噺として、心素直にご鑑賞いただきたいのであります。
吉田松陰を愛する久が、シネマが進むにつれ美しくなっていき、最後は息を呑むほどになっていくのであります。
♪君は薔薇より美しい♪
と昔布施明さんが歌い上げましたが、♪久は花より美しい♪のであります。何がって、こころのありようが、であります。
吉田松陰の弟も出てくるのですが、聴覚障害者で、母親との会話は、今で言う手話でおこなうのであります。いつの時代で も、人はコミュニケーションの方法を作り出して暮らしていくのであります。
明治維新にまつわる物語に、こんな純愛の切り口があったのかと感心します。さすが直木賞作家である古川薫さんの原作 であります。見事であります。
このシネマで、吉田松陰を愛する女因、高洲久を演じた近藤はなさんは本当によかったであります。パチパチ!
余計なことですが、ワタクシ、あなたの祖父である近衛十四郎さんのファンでありました。あの「素浪人月影兵庫」は、毎週欠 かさず拝見しておりました。いや、お孫さんのあなたが、こんなに大きくなって、こんな見事な演技を見せてくれるとは、嬉し い限りでございます。切なく美しい御伽噺どうぞご覧あれ!

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12月23日 クリスマスイブのイブパーティー

毎年恒例のクリスマスパーティーを12月23日に行いました。
中川さん持ち込んだ「被り物」が大受け!したのであります。ピザやチキンやケーキを食べながらプレゼント交換。
大盛り上がりのお昼の宴は続いたのであります。

12月26日 雪の降る日事務局忘年会やりました。

毎年恒例の事務局忘年会を12月26日に行いました。
末藤伸也さんプロデュースのゲームや賞品がかかったイントロクイズなどをして楽しみました。
玉名は雪が降り続け、露天風呂での景色は最高でありました。

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笹原小学校こどもたちの障害学

自立生活ドキュメントシネマ自主制作!


  子供たちは、いつの世も希望の種であります。
好奇心という想像力の翼をどこまでも広げられる存在であります。
「なぜ」と「どうして」の左右の翼を打ち振り、人生という空を飛び回るのであります。
この「なぜなぜ君」と「どうしてちゃん」たちと、もやいは遊んでまいりました。笹原小学校低学年の子供たちは、いくつもの率 直な「?」を私たちにぶつけてくれました。「障害」ってなんだろうという、わかろうとする好奇心がとてもうれしかったのです。
事前に、教師と打ち合わせて、もやいオリジナルの自立生活を送る障害者のドキュメントシネマをつくり、教材としてみんな に見てもらいました。
起立!礼!こどもたち楽しい一日をありがとう!


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帰れないんだよ・・ちあきなおみ

♪そりゃ死ぬほど恋しくて/飛んでいきたいオレだけど

  年末になると思ってしまうのは、入所型の施設で、帰る場所がなく、正月帰省できない人のことだ。
必ず施設の中で何人かはいた。私がいた施設もそうだった。「土産を頼む」という残る者と、わざと「ハ〜イ」と語尾を延ばす 帰る者のやり取りが毎年繰り返されていた。
帰る者とて、ふるさとに一時帰省してもあたたかい居場所があるわけではないのだが、それでも帰る場所と帰れる金がある のと無いのでは違う。見送る方も切ないだろうが、見送られる方としても、なんだか切なくなったものだ。
そんな施設を出て、ふるさとに帰り30年が過ぎた。正月帰省の度に感じた切なさを実感することはなくなったが、今度は、切 なさの現場からと遠ざかった引け目が新たな切なさとなってまとわりついている。
痛みといつてもいいだろうその感覚は一生続くのだろうか。そんなことを考える夜に浮上する歌がある。
その歌は、社会から遠ざけられた者たちを支援するための理屈っぽい社会派ソングなどでなく、暮らしの現場で切なさや痛みを実感する ものたちから立ち上がる言葉で構成させる。
その古い形式と平凡な言葉の羅列故に、時に嘲りをうける歌。演歌である。
    ♪そりゃ死ぬほど恋しくて/跳んで行きたいオレだけど
     秋田へ帰る汽車賃が/あればひと月生きられる
     だからよだからよ/帰れないんだよ♪
この「帰れないんだよ」が包括する範囲は広い、障害者のみならず、ふるさとやアイディンティティや希望を喪失した人々に、 立ち去らずそっと寄り添う歌である。
つねにその眼差しを失わなかった作詞家星野哲朗さんは残念ながら今年亡くなった。
しかし、その思いを見事に表現した、ちあきなおみさんの歌が思いを引き継ぎ、聞くものの側を立ち去らず寄り添うのだ。
「土産を頼む」と「ハ〜イ」が飛び交う状況が続く限りこの歌を聴き、きっと何度も同じ個所で私は泣くだろう。

編集後記

  海援隊の名曲「思えば遠くへ来たもんだ」という曲があります。ほんなこつよか歌です!
まさにこの歌のように、2011年は始まり、しみじみと遠くに来たよな〜と思います。時代はどんどん良くなって いると思えませんが、時代はどんどん進んでいることだけは実感できるのであります。
さてさて、今年は障害者福祉にとっては、大改革の骨格が決まる年になります。
制度改革に向けた動きを注視しつつ、地域現場で出来る改革をコツコツ積み上げていきたいものです。
そして愛し合う男女がついにめぐり合うように、制度改革と地域現場の幸せな出会いの実現を!


2010年10月10日発行

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-銀色のテントの中で-

 

銀色のテントの中で否定された肉体は開示されなにものかを獲得するのでした。

  2010年9月8日〜11日
劇団態変公演「自由からの逃走」公演直前の風景。
多くの観客が会場を埋める。大阪城公園太陽の広場特設テント内で。

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久冨宏二入魂のパフォーマンス

  長期間大阪にて過酷な練習をこなし、3日間連続公演に出演してきました!
「カンパをくれた人、本当にありがとうございました!」 by久冨宏二

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シネマで愛して・・・オアシス

 

  小さな頃から、どこに居ても何をしても、「等身大の自分がわかってもらえない」という感覚が付きまとっているのであります。
それが障害がある故の事だと気づくのに時間はかからなかったのであります。
これは永遠に続くものでありましょう。当事者の実感というものは、非当事者が創り出す理屈など軽く超えてしまい、瞬間に 真実をつかむ事があります。
しかし、表現する術を奪われているので、唾と一緒に飲み込んでいるのであります。
さて、さて、こっけいなほどの上から目線のまなざしや、まれに出会う妙な下から目線のまなざし。その後ろ側にあるものは、 非当事者が創り上げた「障害者ストーリー」であります。「障害者役割」ともいいましょうか、「こうあるべきで、こうああっては ならない、こうあるはずがない」が空気のように存在し、そこにタブーが生まれ育つのであります。
しかし、このタブー、誰のためのタブーでありましょうか?
まるで、検察が一方的なストリーを作り、容疑者をそれに誘導し、有利な証言のみを採用し、不利な証言はタブーに!という パターンに少し似ている?そんな気もします。
なんだか今回は、なかなかシネマの本題に入れないのであります。それぐらい衝撃的なシネマであります。「障害にまつわ るタブーは解き放とう!誰もが性という厄介で大切な要求を持った人である」という先頭を走ることは、勇気のいることであり ます。まして、大金を投資したシネマそれを表現するのは、大きな冒険です。役割り規定に基づいた予定調和的な感動の拍 手は起こらず、非難を浴びることは目に見えているからであります。
しかもそこに、シネマがシネマとして成立するアート性があらねばなりません。これってミッションインポッシブル!でありま す。それに挑戦したのがこの韓国シネマ「オアシス」であります。
重度の脳性小児麻痺の女性を健全者の役者が演じる!「あー勘弁してよ!」ってな感じですが。その思いは見事に裏切ら れます。体中がゆれ続けるのですが、その指の形、首の角度、視線の行方、唇のゆがみ、足の動き、手の動き、一つ一つ の体のパーツのありようのリアルさと、全体の体の整合性のリアルさは、見事に芸術に昇華された演技であります。
また彼女を愛する前科者を演じる男優のリアルさも、見るものを圧倒するのであります。
それにも増して、役割規定にしばられた人々の関係性や社会のありようの上に立つこのシネマのストーリーのリアルさは、 何度も何度も胸を締め付けるものがあるのであります。
タブーを恐れず、人とは何かを問う、恐るべき韓国シネマの登場であります。

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秋だ!天気だ!そうくりゃ阿蘇だ!

  秋空の広がる木曜日。
普段パソコンや手芸で目を酷使しているので、「目にも休息を」と理屈をつけまして、阿蘇に行ってまいりました。
日帰りレクには久しぶりに武田さんも参加。阿蘇の風や空やすすきを堪能してまいりました。
あー、自然はやさしく!だご汁はうまかったのでありました!

バザーは続くよどこまでも

  10月16日(土)秋のおもしか市 
10月24日(日)三井化学バザー

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秋のバザーIN恵愛園祭り なぜか、なまはげ!

  ★いつもおじゃましている「恵愛まつり」。よく雨が降るのですが、今年は、晴れ。うれしい!それだけで大成功であります。
  バザーのリーダー松本優子さんの側には、ボランティアの田中さん(本当にいつもありがとうございます!)
 そして、二人の横にはなぜかなまはげ。このコンセプト不明の組み合わせってなかなか面白い!
 仮装対象あげちゃいます。

★売れ行きはまあまあでしたが、いろんな人に会えて、塚本宇多耐さんもうれしそうであります。
 もやいで一番の人脈を持っているのでありましょう!色んな人から声がかかります。
 バザーには欠かせぬ人なのでありました。

★整いました!バザーと掛けて、おいしいイチジクと解きます。「その心は?」売れどきが大事です。

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 ファイト・・・中島みゆき

♪戦う君の歌を戦わない奴らが笑うだろう♪

  歌と天候は因果関係があるのであります。
晴天の友、曇天の友という言葉がありますように、人生好調なときは、友達が増えますが、助けてくれる友は今何処!という 苦しい時は誰もいなくなったりして、何度こぶしの中に爪を突き刺したことでありましょう。
まさにそのように、好調なときに歌う「晴天の歌」は無数にあるのですが、心折れてもはやここまでかという苦しいとき、最後 の最後に聞こえてくるワタクシがワタクシであり続けるための「曇天の歌」はなかなかあるものではありません。
ある中卒の女性の悔しさと悲しさのメッセージに応える形で作られた歌であります。
ベースだけで構成された、ささやくようなファイトが、後半力強いファイトに変化し、リードギターが切なさと悔しさを、そしてそ の先の先にある希望を信じろと叫ぶのであります。
♪あたし中卒やからね♪
という言葉で、もうウルウルとしてしまうのは、年のせいでありましょうか。
しかし、70年代はイメージの詩があり、80年代にはこのファイトがあり、かたじけなさに涙あふれるのであります。全国の片 隅で、こぶしから血を流しているみなさん。誰が笑おうと、ファイトであります!
♪冷たい水の中を震えながらのぼっていけ♪
であります。
♪ワタシの敵はワタシです♪
であります。なんに負けてもいいのです。
ただ、希望を殺す差別にだけはファイティングポーズを崩してならないのであります。

編集後記

  秋らしい秋となりました。なんだか心がおちつく感じとなりました。
それにしても、福祉関係者の秋のイベントとバザーと会議に追われる季節でもあります。
しかも日常的な仕事も輪をかけて忙しくなったりするものであります。どちらさまも体や心に気をつけて下さい。
「あまりに忙しい」は、ジカンだけを奪うものではなく、色んなものを奪います。
忙しさの渦中にあっても、大切なものはなくさぬように、みなさまご用心の程を!


2010年8月10日発行

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-あるがまま、ありのまま-

 

暑中お見舞い申し上げます。

あるがまま、ありのまま

  時々、自分は?背伸びせず且つ縮こまず、等身大で生きてるか?と問うときがあります。
「ありのままに生きてる」つもりなのですが、それは、周りの環境との調和であって、「あるがままに生きてる」だけではない かと思えるのであります。
あるがままの自分とは出会っても、ありのままの自分と出会うのはけっこう難しいのであります。人との関係や、社会との関 係においては、誰もがアイディンティテイゲームと言われる「お付き合いという名の人間関係の政治」をやらざるを得ません が、その場面で深く傷つくと、ありのままの自分が逃げ出します。
しかし、こころの琴線に触れる出逢いなどがあると、ありのままの自分が近づいてきたりします。追えば離れ、逃げりゃ近づく 厄介さは、ややこしい恋愛のようでもあります。障害という個性もですが、「いろんなことを含めて、ありのままに生きれたら いいね」という世間話から、もやいの今年のオリジナルTシャツが生まれました。
このTシャツを通して、少しでも本来の自分を取り戻せる夏に出来ればなと願うのであります。

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歴史の中で人間は自由を求めて自らの命を懸け戦ってきた。
長い戦いの果てに、自由は勝利し、人民は枷から解放された。
そのようなものであったはずの自由を、
あるとき人々は、いとも簡単に投げ捨ててしまった。
ちょっと手を伸ばしたら抱きしめられたはずの自由から、
彼らは一目散に逃げだした。まるで恐怖にかられたように。

久冨、劇団態変の舞台出演へ!

  もやい代表の久冨が、あの「劇団態変」から指名され、夏の大阪城での公演に出演が決定いたしました。
奇跡は起きるものですね。みんなで「ドーン」と背中を叩いて送り出したいと思います。

自由からの逃走

第10回大阪野外演劇フェステバル参加公演 第2回むりやり堺筋演劇祭参加公演

2010・9・8(wed)〜11(sat)
大阪城公園 太陽の広場特設
NGR現色テント/雨天決行!
各自19:30開演

劇団態変

1983年、大阪で結成。出演者は全員、身体障害者であり、「言語に頼らず、障碍者の肉体そのものを最大の表現力」とするパフォ ーマンスを行っている。脳性麻痺、ポリオなどによる重度の障害者も多い。
その舞台は、世界に類をみない、独自の身体障害であり、“物語る肉体”として芸術性が高く評価されている。

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障害学/金満里の静かな革命

  よく障害者が生きていく上での差別として、4つのバリアがいわれます。
物理的・心理的、制度的・情報的バリアです。それらへの取り組みは個別に進んでいるのです。しかし、障害当事者として、 人権侵害や生き難さの実感はなかなか減りません。
支援するソーシャルネットワークの人たちも肌で感じていることと思います。うまく表現できませんが、障害者総体への認識 の根拠が揺らがずに、変わることを拒否しているように感じます。
どんなに人権を叫ぼうと「そうだよね、差別はいけないよね」に絡めとられ、叫びはなかなか根拠に達していないままのよう な気がします。なぜでしょうか?人を差別する根拠地を解体しない限り、同じ差別事件が生まれては消えていくと思います。 いろんな人が、色んな立場で、共生を目指して努力を重ねています。それは、極論すれば障害に対する考えの根拠地を共 生モデルに転換する文化の革命だといえます。
そう、革命なのです。誤解を恐れずに言えば、革命手法の画一性がその原因ではないかと思います。論理的に反差別を求 めていくと、その合理性に誰も異議はだせません。
しかし、それは「わかった」というのではないのです。人が「わかる」には、感性という海が必要となります。
その海の上を論理という船が進んでいくとき「わかる」がやってくるのではないかと思います。
そういう意味で、言葉という論理を一切排した「劇団変態」の身体芸術は、海をつくる静かな革命であります。

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2010大蛇山市民総踊り、踊ってまいりました!

  思い起こせば、昨年は突然降りだした雨に、もやいの総踊りは総崩れとなり、踊れませんでしたが、今年は、雨もなく、無事 に踊ってまいりました。
総踊りの楽しみは、意外な人と再会することです。いたるところで、「お久しぶり!」が舞い散るのでありました。
参加者の皆様、お疲れさまでした。
総踊りに障害者も参加するのは、ノーマライゼーションであります。
終了後に宴会に参加するのは、ノーマライゼーションであります。
そして〆はカラオケであります。一番反響があったのは、某ヘルパーが熱唱した「ZOO〜愛をください〜」でありました!

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‘10 もやい・オリジナルTシャツご協力ありがとうございました!

  毎年、多くの皆さんにご協力いただいているオリジナルTシャツの販売は、今年も多くの皆さんにご協力いただきました。
本当にありがとうございました。
新しく出会った方々や、事業所の皆さんからもご協力いただいて、随分と輪が広がりました。重ねてご御礼申し上げます。
これからも、みんなでデザインの腕をあげ、私たちの願いをメッセージに込めたTシャツ作りを続けていきたいと思います。
暑い日が続いていますが、どうぞ体に気をつけていただいて、夏を楽しんでいただければと思います。
まずは、お礼までに。
ご協力いただいた皆様方へ
 地域活動支援センターもやい 2010年 盛夏

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 夢よ叫べ・・遠藤賢司

♪そうさそんな夜に/負けるな友よ/夢よ叫べ♪

 「どうせ、どうせ、どうせ!」
「しょせん、しょせん、しょせん!」
「どうせ」と「しょせん」を唱えながら、燃えるごみと共に夢を袋に捨てようとするとき必ず彼のこの歌が響きだしたものでした。
「♪言い訳なんかじゃあの夢は騙せやしない」エノケンこと遠藤賢司の「夢よ叫べ」であります。
この人、自分の才能を社会に合わせることなどには無頓着であります。だから一般受けはしないのですが、少数のコアな ファンが今も居続けるのであります。
時々、有松温之さんにもらったDVDをみることがありますが、なんと先日テレビで拝見したのです。彼は一曲だけ歌いまし た。誰が考えても最大のヒットを記録した名曲「カレーライス」を歌うものと思うところですが、彼は「夢を叫べ」を歌いました。
ギターテクニックや、歌唱は、尋常ではないくらいのテンションでありました。
いっぱい歌手が出ていて懐かしい歌が次々と披露されていた雰囲気が、彼の歌で一変したのでありました。
さすがでありました。そっと、ごみ袋の夢を拾い上げ、ポケットに入れなおさなくては!

編集後記

  読書の秋などという常識に騙されてはなりません。夏の読書もなかなかよろしいものです!
短編小説や友人から借りた評論などを何冊も用意し、その日の気分で読み分けていくと、いい言葉や、テーマにぶつかり、 胸の中を一陣の涼風が吹き抜けるのであります。
心が涼しくなる!これこそ、夏を乗り切る最強の栄養ドリンクではないでしょうが?
山口百恵のご子息のCM「ファイト一発」ふうに言えば「ドクショ一発!」であります。皆様も夏の一冊を是非!


2010年4月10日発行

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-もっこす元気な愛-

 

「もっこす元気な愛」上映会ご協力ありがとうございました。

「短剣なんぞ憂うべき、一歩これに加うべし」

  その昔、渡辺朗さんという政治家がいました。彼は2歳のときポリオにかかり、杖を手に政治の世界を飛び回った人です。こ の人、こういいました。「自分に障害があることを憂う必要はありません。そのことで知りえた人間観を生かして、自分のやりたいことをやるべしです」と。そしてそのあとに、冒頭の言葉が続いたのであ ります。
記憶が定かではありませんが、心に刻まれた「ことば」というより「言霊(ことだま)」であります。 60年半ばで亡くなられました。残念であります。
4月10日の上映会で行われたトークショーで、映画の主役である倉田さんはこう言いました。「障害を恥じることなく、障害の あることでふりかかる差別から解放されたい」と。ニコニコと、そして穏やかに・・・。
古来、この国は、「言霊(ことだま)の幸(さき)わう国」といわれたのですが、今は言霊なき言葉が行き交う国となっている気 がします。
多分、言霊とは、「ワタシ」を超えて、誰かと共に生きようとしている人が発する希望の鈴の音ではないかと、シネマを見て 思ったのでした。

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希望は人が生きていくための物語なのだ!

  4月10日土曜日のお昼下がり、「もっこす元気な愛上映会&トークショー」を開催したところ、ぽかぽか天気の中、多くの皆さ んに見に来ていただきました。みなさん、本当にありがとうございました。
後援していただいた「大牟田市」はじめ、「社会福祉協議会」「大牟田市教育委員会」「大牟田障害者協議会」さんにも心よ り感謝します。
準備を手伝ってくれた皆さん、カンパや花束を頂戴した皆さん、お心遣いありがとうございました。
今回の企画が、少しでも「人が真ん中」の街つくりの一助になれば幸いです。今後もよろしくお願いします。
  ★NPO法人おおむた障害者応援センター/地域活動支援センターもやい一同

◎映画館の中に入りきれないほど見に来てもらったので、別室で映画を上映。トークショーは生中継で映像を送りました。 別室で見られた方、すみませんでした。
◎トークショーでは、短い時間ではありましたが色んなことが語られ、爆笑も!手話通訳の方お世話かけました。
◎終了後、映画の中に出てきた足で運転する改造車を公開!倉田さん自身が乗り込んで色々質問に答えてくれました。
 何度も何度も改造を繰り返し、作りあげてくれた協力者の存在は本当にありがたいなとつくづく思います。
 障害者の自立を裏で支えてくれる無名の人たちに感謝であります。倉田さん事故に気をつけてくださいね。
◎終了後、ささやかな交流会を行いました。倉田さんは一人ひとりの障害者に語りかけて話し込んでいました。

ぺーじ3

シネマで愛して・・・アバター 

 「ハート・ロッカー」とアカデミー賞の優秀作品賞を競い合い、おしくも受賞は逃したものの、その映像美と 3D方式でインパクトを与えたこのシネマ。SFを苦手としているワタクシにもワクラクと楽しませてくれたので ありました。
脊髄損傷になり、車いす生活を送るジェイクは、衛星パンドラで、人間とナヴィ族のハイブリッドであるアバターに変化を遂 げ、単身惑星の奥深くに分け入って行くところから物語が始まるのですが、冒頭から車椅子?そしてそいつが主役?こんな のあり?と意表を突かれるはじまりに、ワタクシのモチベーションはヒートアップ。それはそれは長い上映時間をものともせ ず。最後まで緩むことなく維持し続けたのであります。
圧倒的装備を誇る人類に、矢で身を守るナヴィ族。衛星パンドラで繰り広げられる、訪れた強者による、そこに住んでいた 弱者への植民地化に抵抗するナヴィ族の闘いは、自然と子供の頃随分と観た西部劇の騎兵隊とインディアンの関係を思い 起こさせたのであります。
異なる生活習慣を持ち、価値観を持ち、身体や思想を持つものへの社会規範への従属を求める意識は、人類の間でも差 別や哀れみや、戦争という形で繰り返されているのであります。
違いを認め合い共に生きることの難しさをしみじみと感じつつ、SFという未来の御伽噺でなければできない「人とは何なの か」への接近に、拍手パチパチ!であります。
いやー、すごく楽しく、また考えさせられた「飛び出す絵本」でありました。

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春なのに 桜のつぼみ 幼きて

 「家なき子」という小説がありましたが、もやいの花見は、雨と風のため「花なき子」となり中止になったのでありました。
それでも弁当を注文し、その結果、一見宴会風のシーンとなりはてました。ごめんなさい。
もやいはいつも飲み食いしているぞと、世間の誤解が広まるばかりであります。しかし、この中で高齢の?いや、恒例の俳 句大会だけは行いました!
みなさん、花も無いのに、あるかのごとく、俳句を次々と読んだのであります。パチパチ!
厳正なる審査のもと、歴史ある「花見の際についでにやってしまう俳句大会」の最優秀賞に輝いたのは、鳥越さんの上記の 作品でありました。パチパチ!
このあと、おなじみのカラオケ大会へと・・・
あー来年は、桜の木の下でやりたいですね。と願いつつ、花なき花見終了でありました。

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希望 岸洋子

♪希望という名のあなたを尋ねて 遠い国へとまた汽車に乗る♪

 「この国には何でもある。本当にいろいろなものがあります。だが、希望だけがない」村上龍さんは小説「希望の国エクソダ ス」の中で登場人物にそういわせているのであります。そうだよなとも思います。
しかし、希望はないからこそ、尋ねていく存在とした「ある」のではないかと思うのであります。そう思わせてくれるのが、岸さ んのこの歌であります。
この歌を歌う岸洋子さんは、療養中にエディット・ピアフの歌に出会い歌手への道へと進むのですが、1992年敗血症で亡く なるまで、その人生は難病との闘いと挫折の連続でありました。
膠原病と診断された年、偶然に「希望」の歌を聞き、この歌を歌わせてほしいと願い出て、最後まで大切に歌い続けたそうで あります。岸洋子さん自身がこの歌を生きていたからでしょうか、未だにこの歌を口ずさむ人は多いのであります。ワタクシ もその一人であります。
さてさて、人は、将来が見えないといっては、また、将来が見えたといっては希望を手放しがちです。手放す理由は簡単に見 つかるのであります。一方、希望を尋ねる旅に出るのは簡単ではありません。
障害があることで差別を受け自分はだめな人間だと思いこまされた人々にとってはなおさらです。差別は希望を奪うのであ ります。
しかし、遠い国へと汽車に乗りましょう。尋ねていく存在としてそれは誰にも必ず「ある」のですから。

編集後記

  寒かったり暑かったりと「ぶれる」春でしたが、不安定な季節はそれでも緑をンパワメントさせて「さつき」の風を送ってくれ ます。
ゴールデンウイークが思い出になる頃、自然は梅雨の準備を進めているのであります。
自然ってすごいなと時々思います。あらゆる文化を生み出す「みなもと」なのであります。
散歩の際は、しばしそこにとどまって、自然と会話すると少し元気になるかも・・・。


2010年3月18日発行

ページ1

-現場のチカラ-

 

権利を守るまちづくりフォーラムに見る現場のチカラ

 「現場」。そこは、常に悲惨な現実が「現れる場」なのであります。しかし、もう一つ、目を凝らせば現れるものがあります。悲 惨さに打ち勝とうとする小さな小さな希望であります。
1月24日に行われた「権利を守るまちづくりフォーラム」は、虐待をする者は悪人であるという一面的な思い込みにとらわれ ず、虐待の起きる社会的背景や、そのことに鈍感な私たちの意識の弱さなどが語られる中で、虐待を起こさないため人と人と の関係の構築。人と社会資源の断絶回復の必要性が次々と提言されました。
そしてそのことを可能にする土壌として、障害や加齢により生じる生きがたさや、孤独を余儀なくされている人々がいるこ と。そういった自覚や意思である「共生感」のある「地域」をつくっていくことの大切さが浮かび上がったのであります。
自転車のペダルを踏みしめ、靴の底をすり減らし、悲惨さにうんざりしながら走り回る「現場のチカラ」が織り成す「共に生き る文化」への取り組みを大きく広げ、人が真ん中のまちづくりへ!さらなる一歩を踏み出すフォーラムでありました。

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山形国際ドキュメント招待作品・キネマ旬報文化部門第6位作品

もっこす 元気な愛

  やってみんとわからんたい・・・

障害者の愛には覚悟が 夢には闘いが必要だった!

と き:4月10日(土)
ところ:エコサンクセンター
チケット:500円

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スタッフ
製作総指揮 馬垣安房
監督 寺田靖範
音楽 趙博
プロデュ−サー 神吉良輔
ストーリー

  熊本市内にある小さな一軒家には、ささやかな夢をもって生きる 哲也と、仕事も家庭も失った小説家志望のリョウジ、仕 事の後のビールをこよなく愛する、爽やかな青年ヤスヒロが暮らしている。
小さな一軒家で巻き起こる大きな愛の物語
脳性マヒのため、両腕に障害がありながら前向きに生きる哲也。にっこり笑顔で人々を魅了しながら次々と騒動を巻き起こ していく。手を使わず足だけで運転できるように車を改造して運転免許取得に挑戦したり、一軒家を借りて友人たちと共同 生活を始めたり・・・。そんな哲也が、友人の結婚式で運命の女性・美穂と出会った。
互いに支え合いながら交際を続けるうち、ふたりは結婚を決意する。しかし、彼女の母親に許してもらえない。いくら説得し ても、娘の将来を案じる母とは意見がかみ合わず平行線をたどるばかり。ふたりは何度も話し合い、ある決断をくだすので あった。
監督は、フィリピン女性との結婚生活を自ら記録し、在日外国人に対する日本人の差別意識を浮き彫りにして描いた「妻は フィリピーナ」で日本映画監督協会新人賞を受賞した寺田靖範。
今回は障害者をテーマに、笑いと涙とドキドキを提供します。

ごあいさつ

  もやいの活動の一つ、障害者の文化を楽しむ「夜会U」は、ダンス、演劇に続いて。今年は「障害者のドキュメントシネマ」で あります。
主役の倉田さんともやいは、古い付き合いで、一緒に活動してきた仲間でもあります。その倉田さんの普段の暮らしを追っ た、笑いあり、怒りあり、そして涙ありのドキュメントです。
見終わった後、何故か、中島みゆきさんの歌詞♪生まれた時/誰でも言われたはず/耳を澄まして/思い出して/最初に聴い た/welcome♪が頭の中を巡りました。視点が変われば差別の概念も変わるのであります。
ぜひ多くの人に見てほしいと思うシネマなのです。皆様のご来場を心よりお待ちしております。

皆様からの声

  ★幸福と裕福はちがう。どのくらい違うかというとウナギとウナギぐらい違う。うっかりしていると間違えるっていうある人の    詩の意味が分かったような気がします。
★倉田さんの笑顔すてきでした。幸せをつかむためには自分が毎日笑顔で自分を、そして周りの人を受け入れていくことが   一番なのかなと思いました。
★「てっちゃん強くて優しい人だと思った。1回免許の試験に落ちたときも泣かないで「次頑張ります」って笑って本当に頑    張ったから。あきらめなかったのがスゴイ。それに足で運転できるのがスゴイ!僕ももし手が使えなくなったら足で運転し   たいので、てっちゃんに弟子入りしたいです。
★運転免許の学科試験にやっと受かったと言って号泣し、結婚を決めた美穂ちゃんの母が会ってくれないと知っても耐え    る。小学校教師の美穂ちゃんが1人暮らしの母を訪ねて「会ってほしい」と説得してる間、哲ちゃんは暗い車の中でじっと   待っている。つらいね。でも哲ちゃんは、その結果を報告する美穂ちゃんを逆になぐさめるのだ。そこには両手に余る想い   があふれている。いいねえ。
★過去に、熊本から「典子は、今」という、サリドマイドがテーマの映画作品が発表それた全国に感動を与えたけれど、時代   の持つ差別性を拭い切ることには成功しなかった。今度の倉田さんの映画は、その「典子は、今」から遙かな距離を飛躍   している。ラストシーンのストップモーション。
  倉田さんの眼の色が強い。予断を持たずに、いろいろなひとに観てもらいたい。

倉田哲也さんセージ

  くまもと「障害者」労働センターの代表をしています倉田哲也といいます。1981年に国際障害者年があり、その時、「典子は 今」という映画を見て、僕と同じように足を使って生活している人を見て、「じゃあ僕も足を使って生活していくんだ」という考え 方に変わりました。それから精神的にも自信を持てるようになりました。
くまもと「障害者」労働センターには、現在、十数名の人達が毎日自宅から通って来たり、アパートを借りてそこから電動車 椅子で通って働いている人もいます。今は、主に牛乳パックを学校やスーパーや郵便局や病院に回収に行っています。僕 が一番言いたいことは、「障害」ある、ないにかかわらず、お互いの違いを認め合って、共に生きていく社会を実現して行くこ とが必要だと思います。これからは大人も子供も夢と希望をもって生きてほしいと思います。
当日、会場でお会いしましょう!

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緊急救命を勉強す!

  と、ある日・・大牟田消防署のご協力で、「緊急救命」を勉強しました。
初めてのことですが、隊員の方のわかりやすい、ていねいな説明と、実技の指導をうけ、大変よかったと思います。
まあ、カーペットやカーテンも防災用に変えました。安全・安心な「もやい」を目指したいと思います!

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黒の舟唄

♪男と女のあいだには 深くて暗い河がある 誰にも渡れぬ河なれど えんやこら今夜も舟をだす♪

 人が生きている現場には、どこにも「深くて暗い河」があるのであります。
男と女の「あいだ」だけではないのです。誰もが、橋のない河の前で足をすくませた記憶があるはずです。その「あいだ」を渡 るために「船をだす」のが「黒の舟唄」であります。サングラスにソバージュの長髪。全盲の歌手長谷川きよしさんが、1971 年に歌いました。
長谷川さんの高い音楽性と低音ヴォイスの魅力も加わり、未だにふと口ずさむ人が多いのであります。
この歌を聞くたび、いやな記憶が甦ります。マウスでつかみゴミ箱に放り込み、削除をクリックしていたはずなのに、この歌が 流れると、パソコンの奥から記憶がリカバーリーするのであります。不思議な歌なのです。
20数年前、大胆にも長谷川さんのコンサートを企画したのですが、1300席のホールなのに、コンサート10日前になっても30 枚程度しかチケットが売れず、真っ青になって拡声器のついた自動車で大牟田市内をぐるぐる回り宣伝に声を枯らしたの でありました。
それはそれは孤独で絶望的な闘いでありました。そして、迎えたコンサート当日。広いホールにパラパラの観客の中で、ワタ クシ挫折感に打ちひしがれておりましたが、その時、この歌が・・・「えんやこら今夜も舟を出す♪」が流れ、この暗さが、そ の重さが、それでいて、地獄の底を蹴って浮上する望みが、ワタクシを包んでくれたのでありました。
その瞬間、これからもどんなに失敗しても、差別ある限り「船を出す」のだと、ワタクシ開き直ったのでありました。
長谷川さんは、拍手の音で、どのくらいの会場でどのくらいの観客数かを一瞬にして悟られたはずですが、一音たりとも手を 抜かず、見事な音楽をとどけてくれました。さすがプロであります。

編集後記

  内閣府に設置された障害者制度改革推進会議が進んでいる。
DPIの尾上さんや、熊本の弁護士東さん、人権問題のキムジョンオクさん始め、障碍者解放運動を担ってきた人たちが、数 多く参加している。
そこで語られる「差別」や「人権」の話には、障害者解放運動の原風景が立ち現われる。
今、障害者福祉を市場に投げ出すだけだった無責任な「法律」の廃止の後に、差別をなくし、障害者と障害者を支援する 人々を支える「新しい公共」を確立し、人間関係の文化の作り直しに向かう「根拠地」とする機会が訪れている。上尾さんが 「早くゆっくりやりますよ」と言った。OK!それこそ障害者解放運動40年が作り出した教訓だ。


2009年12月10日発行

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-さらば2009年-

 

さらば2009年!振り向くな振り向くな後に夢はない!

  09年の365日を振り返れば、私は頑張れたのか?とけっこう落ち込むのであります。
しかし、うつ状態からのリカバリーを果たした吉田拓郎さんが、「大いなる明日へ〜復活!吉田拓郎〜」の中で「♪頑張らな くてもいいでしょう/私なりのペースでもいいでしょう♪」と歌う「ガンバラなくてもいいでしょう」という楽曲に励まされつつ、09 年にサヨナラができそうであります。
考えてみれば、「頑張る」のとらえ方に対する人々の考え方の違いが、人を苦しめる部分でもあります。そんなときは多分、 外側から要求される「頑張る」に私のペースを超えた「頑張り」が重なっているのかもしれません。私の内側にある志の実現 に向けて私の内側で沸き起こる「頑張る」に私のペースの「頑張り」で応えたほうが自然のような気がします。
そう思うと、再びやる気が出てくるのであります。さて、さて、どんなに09年を振り返ってもそこに夢はないのであります。君の ペースで、僕のテンポで!さりげなく、来るべく10年に向かってまいりましょう。

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新製品のアートコースター・きらめきコースター登場!

サンアビ祭・ワコー福祉ブース・障害者週間バザーまとめてご報告!

ビーズ製品のスノーエンジェル今年も売れました!

  「サンアビ祭」への出店。そして、大障協と地元のスーパーのワコーが協力しあって始めることとなった「ワコーの福祉ブ ース」(なんと常設であります)への出店。
 さらに前年度から始まり、今年度で2回目を迎える「障害者週間バザー・市庁舎販売」への出店と、ここのところもやいは、 製品作りに追われたのであります。
 「製作を楽しむ」がもやいの基本なので、あまり大量には作れませんし、お金も無いので機械も買えませんが、そのこと自 体を楽しみながら、手作業や、意外な発想や。窮余の策?なので盛り上がって作っております。
 できてみればなんとなく製品に愛情を感じたりして、まるで娘を嫁に出すオヤジみたいになっているのであります。

☆ワコーショッピングセンター福祉ブース

 小さなスペースですけど、みんなで頑張って福祉施設の製品の良さを多くの市民にわかってもらおうと張り切っています。

☆障害者週間バザー

 各施設で協力し合ってやっています。福祉課のお世話で、市の職員の皆さんを中心に、色んな人たちが立ち寄ってくれま  す。売れ行きも好調です!

 09年の「サンアビ祭」は、10月31日(土)11月1日(日)の2日間行われました。
2日目はあいにくの雨となりましたが、初日は快晴!もやいも張り切って出店いたしました。今年の特徴は、新製品のアート コースターも販売しました。まだまだ工夫の余地のあるところですが、手書きや、パソコンを使ってみんなでデザインできるの で、楽しみながら製作しています。
最新作は、なんとスワロフスキー入りの「きらめきコースター」であります。障害者週間バザーでデビューであります。
使いようによってはインテリアにも!みなさんよろしくお願いします。
☆女性陣の活躍で、人気のスノーエンジェルを始め、クリスマスイメージの、ビーズ製品が出揃いました。
☆男性陣の活躍で、きらめくコースターのデザインも、クリスマス仕様であります。ハッピークリスマスを!

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コラム/め組の目@

マニュアルマン?

久保田 恵(kubota megumi)
長い施設暮らしを経て、大牟田で自立生活を開始。現在生れ故郷の宗像で自立生活継続中

「マニュアル」を辞書で引くと、2つの意味がありますが、そのうちの1つ「利用説明書、手引書」について書こうと思います。
エアコンやテレビ等といった家電製品には必ず「マニュアル書」が付いていて、その通りに操作すれば機械は上手く動きます。
最近、「婚活」ブームで恋愛作戦法や結婚必勝マニュアル書等が、数多く出版されています。ある意味マニュアル書通りに 行けば楽ですが、人間の「心」は機械ではないので、そう上手く行くはずがありません。ですが、いわいる「マニュアル書依存 症」の人が多い気がします。
人には、喜怒哀楽があり、環境や性別によって心理も変化し、均一ではないのです。全部マニュアル書通りに人生を歩むのは、 機械的で何も面白味の無い人生で終わると思います。
マニュアル書に頼りすぎず、自分自身で意思決定をし、七転び八起きで良いのではないでしょうか。
さて、あなたは「マニュアル依存症」でしょうか?それとも・・・

2人芝居大阪公演終了。ナショナルキッドは口笛を吹けたのか!

  12月5日大阪府茨木市の文化会館で、二人芝居の公演をしてまいりました。
役者の一人は、現地の新聞で障害をカミングアウトしていましたので、同じ障害のある人々も見に来てくれたと思います。
また、現地の障害者自立生活センターにも公演の後援や、終了後の打ち上げへの参加などの協力をいただきました。あり がとうございました。脚本も大阪バージョンに変えての公演でしたが、何かを伝えることは出来たのではないかと思います。
現地の実行委員会の皆さんに心より感謝いたします。本当にありがとうございました。

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シネマで愛して・・・グラン・トリノ

 他者への期待と、他者への絶望は、繰り返す波のうに襲ってくるものであります。だから頭が痛いし、胃が痛くなるわけであ ります。それはおそらく、人への信頼度を誰からか問い詰められているわけでありましょう。
じゃあいったい誰が?それが自分だったりするから、人生はややこしいのであります。
絶望を避けるために、人に期待したり、期待を避けるために絶望したりと、人は自分を守るための存在証明を行います。
そのやり方によって周りから、「頑固者」「付き合いペタ」「浮いている」「変わり者」「お調子者」「イエスマン」エトセトラのラベリ ングをされます。このシネマの現役を引退した主人公は「頑固者」というラベリングを受けており、家族からも疎まれ、人間関 係に何の希望も持たないのですが、逆にそのことを生きていく根拠に、世の中に悪態をつきながらも、悠々自適の人生を 送っているのです。それは、主人公が確かに自分の人生を生きてきた証として存在する「グラン・トリノ」に象徴されています。
ところが、なんの因果でありましょうか!そのグラン・トリノを盗もうとした、主人公の大嫌いな有色人種の若者が登場!しかもお隣に!
この展開、お上手ですよね。こうなりゃ、ドラマが生れないわけありませんものね。我らがダーティハリー、クリント・イースト ウッド。老いて益々さすがであります。
このシネマ、主人公の不器用さを笑ってもいいし、あきれてもいいし、怒ってもいいし、泣いてもいいし、戸惑ってもいいし、 嫌ってもいいのですが、色んな見方を誘うことができるのは、主人公のキャラクター作りが見事に成功しているからであります。 なかなか感情移入が出来にくかったり、途中で破綻したりするシネマが多い中、「天晴れ!」であります。
人間関係に絶望した生を生きていた主人公が、最後の最後に、期待して死んでいく死んでいくラストシーンは賛否が分かれ るでしょうが、わたくしはここで、ほろりとするのであります。頭の中であの低音で始まる高倉健さんの唐獅子牡丹が流れ、 死んでいく池辺良さんの哀愁の瞳が蘇るのでありました。
 残された「グラン・トリノ」は、始めは主人公が嫌い、そして最後に期待した若者に渡されます。それは、一つの聖火が、多 くの人に手渡されてつながれていくようであります。「グラン・トリノ」とは、主人公そのものであてり、主人公の生を織りな した希望そのものだったのかもしれません。
 2009年の最後のシネマとなりましたが、心にのこるシネマとなり、うれしい限りであります。

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あゝ上野駅

  この歌の「♪心の駅だ♪」というフレーズがずーっと心に残っているのであります。子供の頃、何度も何度も聴いたせいかも しれません。
いや、歌の背景にある、中学卒業後、集団就職で遠くの異郷の地に赴く人たちに、自分の人生を重ねていたせいかもしれ ません。いやそれ以上に、心の駅という言葉の持つ響きや匂いやメロディに、引かれたせいかもしれません。いや、いやそう ではなく、歌う人が、歌手というにはあまりに素朴で若く、青森からでっかい夢をもって東京へ出てきてという、歌の当事者性 を持っていたせいかもしれません。
 一種の応援歌なのですが、自分だけを励ます歌ではなく、中卒という幼さで、ふるさとを出て、厳しい生産現場で、いくつも のいやな経験をした人々の群れに向けての大きな応援歌のような気がします。この歌を口ずさむと、私だけではない、あの 人たちもいる。
「♪くじけちゃならない人生を♪」生きているあの人たちがいると、元気付けられたものであります。
 この国の成長をもたらした、無名の主役たちは、一つの塊として賞賛されたり、嘲笑されたりすることはあっても、個人個 人がスポットライトを当てられることもなく、今、高齢者の入り口に並ぶ塊として語られることが増えてきました。しかし、歌は 彼ら彼女らを応援し続けます。
中島みゆきの「地上の星」も「ファイト」も、この歌のDNAを正しく受け継いだ現代の「あゝ上野駅」のような気がします。
 「♪心にゃでっかい夢がある♪」で終わるこの歌に励まされた一人に、元ボクシングチャンピオン、ファイティング原田さん が居ます。彼を中心に同じ境遇を共有する人たちが、この歌への感謝をこめて、上野駅に歌碑を建てたのであります。
 素朴で若かった歌手井沢八郎さんは2007年逝去。そのとき、彼の娘である工藤夕貴さんは記者会見で、この歌を歌い継 ぐことを宣言したのであります。ありがとう!

編集後記

  その年を何によって記憶するかは人様々です。09年は、歴史的には「政権交代」というところでしょうがワタクシは、行く予 定のコンサートは中止になるし、好きなアーチストは死んでしまうしと、音楽関係の悲劇が、09年の記憶のワードとなります。
皆様は、どんなワードで09年を記憶されるのでしょうか。何をワードに選ぶかは、普段、自分でも気づかない、物事の優先順 位を浮かび上がらせるハットしたりします。 今年も「もやい」お世話になりました。よいお年を!


2009年9月10日発行

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-夕暮れを見る前に跳べ蒼き海-

 

 

夕暮れを 見る前に跳べ 蒼き海

 イルカがスーッと水面に現れて、宙を跳ぶとき、海に生息をする生き物が外海に現れる「あれっ?」という一種の意外感と、あ り得ざるべきことが起きたことへの「おー!」という解放感に包まれるのであります。
一瞬ではあれ、海から脱したイルカは何を見るのでしょう。海を外海から眺め、日の光を直接浴び、空を直接見て、イルカ は一体何を手にいれるのでありましょうか。
政治の世界でも、「あれっ!」と「おー!」が起きましたが、ここは冷静に、他者に対する過剰な期待や過剰な幻滅は謹みま して、中島みゆきさんの発する「おまえのオールを任せるな」というメッセージを噛みしめたいと思いますし、知的障害者当事 者団体のピープルファーストが発する「私たち抜きに決めないで」を忘れないようにしたいものです。
障害者福祉という海の中で生きる私たちも、イルカのように見る前に跳ぶ必要があるのかもしれません。跳びあがりバ シャーン!と海に帰ってきたイルカは、きっと新しい海を生み出していくのでしょうから。

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秋のレクレーションは海獣に出会う場所!でこころもリフレッシュ!

 人はサカナであった!9月8日もやいレクレーション!海の中道マリンワールドでワタシ実感いたしました。涼しげに泳ぐサカ ナたちを見ていると、今にもワタシも泳げそうな錯覚を覚えたのであります。それにしても色んなサカナがいました。もやいに も色んなサカナに似た人がいますけど・・・「水の無い水族館もやい」なんちゃって!「金の無い水族館だ!」声が!ウーン そうかも・・・。
???もやいのメンバーの質問攻めに、館内のスタッフの方が、身振り手振りで丁寧に答えてくださいました。おかげさまで もやい一同、俄仕立てのサカナ博士に変身。幻想的で神秘的な時間を過ごせるのは、とても幸せな時間であります。帰り は、海の中道と陸続きで、万葉集柿本人麻呂が歌っているシカノシマを周りました。ノコノシマも周りたかったのですが時間 が無くシカトシマした?

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9月12日恵愛祭バザー!お買い上げありがとう。

  あいにくの雨にもかかわらず、色んな企画が用意されていて、お祭りは、例年以上に盛り上がりました!

め組の人参上!

  SОSの元メンバーで、宗像で自立生活をしている久保田恵さんが10年ぶりに来館。短い時間ではありましたが色んなお 話しをしました。
あのころ二十歳そこそこで、活きのいい障害者解放運動のジャンヌダルクの雰囲気がありましたがいまや、素敵なレディ に成長!されておりました。メール交換はしておりましたが、実際に会うと、なつかしくて、文字盤での会話も昔を思い出さ せ、感慨にふけったのであります。宗像では、介護時間を行政と交渉して月250時間と移動を70時間を獲得したとの事。
SOS活動をした人が、大牟田以外の地で頑張っていることがとてもうれしく思え、小浜町の久保田恵さんのアパートで、会 議をしたり、宴会をした日々がよみがえりました。施設を出て自立した久保田恵さんはまるでイルカのように自由に跳び続け るのであります。

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シネマで愛して・・・アリスの恋

  ナガネンの夢。
一人胸に秘し、けっして誰にも語られることなきその夢は、その人の死と共に静かに役割を終えていくのであります。
普通、多くの人は、その夢を追わずに、めったに使わない実印のように、机の奥深く隠しておくものですが、時として、突然、 何かに憑かれたように、夢を追いかける人がいます。
理由は様々でしょうが、このシネマの主役、平凡な中年女性アリスは、DVのつまらない男と離婚し、十代の息子と二人、世 の中に放り出され、途方にくれたそのときに、机の奥からさび付いた夢という名の実印を取り出すのであります。
現実社会のやるせなさと、人間関係の不条理に叩きのめされたとき、人は二通りの活き方の選択を求められます。一つは、 自分を放り出した現実社会に再度適応しようとするのかもう一つは、自分が自分であるために隠していた夢に針路をとるの かであります。
アリスは後者を選んだのであります。夢の正体は「歌」でありました。息子と共に、自分の夢に向かう、いわゆるロードムー ビーの種なのですが、夢に向かって一直線、ハッピーエンド用意してますよという感じではありません。このシネマ人生をな めちゃいけないのであります。
夢があっても、金がないと生きれません。アリスは、多くの一人親の女性の人たちと同じように、懸命に働くのであります。息 子は丁度反抗期に入り、母を理解しようとしながら反発し、逆らいながらも思いやるのであります。息子の友達として、少し 出てくる女の子がジュディフォスターだったりして楽しめます。
生活の苦労、職場の人間関係の苦労、息子関係の苦労、繰り返される失敗、信頼と裏切りなどなど。生きていくということ は、実にやっかいであるのだと、しみじみと思わされます。
しかし。しかし、そうであっても、アリスは、自分のオールを漕ぎ出したのであります。波荒き海のなかで、汗をかき必死に オールを漕ぐ自立した姿は、とても素敵であります。
このシネマ、女性シネマの決定版として1974年に公開されたのですが、ただ単に、女性の恋を扱っているのではない気がし ます。見終わった後、アリスの生き方を見た息子は、きっとDV野郎にはならないし、自分のオールで、自分の夢に向かって 進む。素敵な男になるだろうと想像させるシネマであります。男性必見のシネマであります!

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イムジン河

 今年の共同連のキャッチコピーは「分けない・切らない」でありました。このコピー、いまだに必要とされているのであります。 昔、むかし、家族と居る場所から分けられ、地域の人間関係から切られ、「どうしてワタシはここにいるのか?」という問いだ けを抱きしめていた10代前半の頃。いや、分けられ、切られたのは、場所や関係だけではなく、希望のありようそのもので はないかと気づいた10代後半の頃に、しみじみと心にしみこんでくる歌がありました。
そのメロディーは、大きな苦難と悲しみを清めるようであり、詩は、人のせつなさと人の再生を願うようなたたずまいでありま した。当時、ワタクシの大好きなザ・フォーククルセダーズが歌ったせいもあり、日々口ずさんだものであります。

♪みずどり自由に/むらがり飛び交うよ/我が祖国南の地/おもいははるか♪

 不思議なことに政治的思惑に巻き込まれ、「放送禁止歌」に指定され、聴くことが困難となったのであります。
しかし、なが〜い時を超え「パッチギ」というシネマで不死鳥のようによみがえったのでありました。「セイギが勝つにはジカン がかかる」ように、「メイキョクを聴くにもジカンがかかる」のでありましょうか。

♪虹よかかっておくれ/河よ思いを伝えておくれ/ふるさとをいつまでも忘れはしないイムジン河水きよく/とうと うとながる♪

 人の希望のありようを、分けない・切らない社会を・・共同連シンポ「インクルージョンを目指して」で語っているとき、どこからか ワタクシの中にイムジン河のメロディーとパッチギのあのシーンが鮮やかに甦ったのでありました。

編集後記

  各団体・施設等での色んな行事が錯綜する季節となりました。ひとりでいくつもの企画を掛け持ちしている忙しい人も多いと 思います。公共事業に似て、一度始めるとなかなか止めにくい行事もあるのではないでしょうか。一度思い切って整理して、 より効果的で本来の業務との連続性が担保される企画に作り直す必要があるのかもしれませんね。
 さてさて、新型インフルエンザの秋になりそうな予感がします。みなさん充分にご用心を。


2009年7月10日発行

ページ1

-暑中お見舞い申し上げます-

 

暑中お見舞い申し上げます。

  ヨイサ!ヨイサ!ヨイサ!ヨイサ!
大蛇山は終わっても、大牟田が夏の間はこの掛け声生きのいい「余韻」残るのであります。この余韻という見ることの出来 ない、感じる雰囲気が、なかなかいいところなのです。叶わぬ恋だったとしても、甘酸っばい余韻が残れば、救われること だってあり、今居る場所から身を引いた人がなんとも言えぬ余韻を残すことだってあるのです。
毎日、毎日、仕事を終えてパソコンの画面を切っても、心地よい余韻は残らないし、ニュースを見ても気が滅入る事が多い のであります。やはり、余韻とは、人の思いや生き方が作り出す「人が確かにそこに居た残り香」みたいなものかもしれませ ん。風の噂に、退職した知人の「ジャズ喫茶開店」を聞いたのであります。あーいいな〜。久しぶりに余韻に浸ったのであり ます。

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どこまでもどこまでも内輪なニュース

  ★♪夏が来れば思い出す。はるかな尾瀬〜ピースサイクル♪(字余り)というわけで、お馴染みの松江さんが長崎よりピー   スサイクルの事前の協力要請に来られました。おいしいカステラの差し入れありがとうございます!カステラもらったから   言うわけではありませんが、8月7日は、熱烈歓迎いたします!道中お気をつけてくださ〜い。

★大蛇山市民総踊りは、毎年「大障協」の一員としてもやいは参加していますが、今年だけは雨がひどく、不参加となりまし   た。しかし、打ち上げはやりました!プロジェクターで大蛇山祭りを見ながら、盛り上がりました。ついでに、前日誕生日を   迎えたもやいの代表のために、みんなで「エーサ、エイヤサ!」コールで祝いました。正直、やかましかったです!
  でも、楽しかったのでありました。

ふらりとMさん登場!

  年に1回あるかないかのサプライズ訪問であります。「いらっしゃい」何を隠そう将棋好きのMさん、ネトゲ将棋に挑戦!

頭でパソコンを操作してグラフィックに挑戦!

  もやいの暑中お見舞いのデザインを担当するようになったNさん。大変そうだけど、楽しそうな作業風景であります。

デュエット

  性別を超え、世代を超え、障害を越えた歌声であります。活動には、この「超え」が大事であります。   つらく、悲しく、はがゆさを持っている人々が、それを無くすためには、連帯をを求めて孤立を恐れずであります。 お二人の「超え」も「声」も共になかなか?ありました。

政権交代!

  家庭内で万年野党のお二人。酒が入るにつれ、気が大きくなったのか家庭内「政権交代」を宣言!つい団結して立ち上 がったのですが、その場に与党のお二人が居たので、すぐに鎮圧されました 与党になり損ねたお二人にはトホホ・・の打ち 上げとなりました。

ヒーロー

 ♪ヒーロー疲労になるときAHそれは今♪
的な雰囲気で、ややお疲れ気味のお二人であります。しかし、マイクをとるや♪おまえのオールを任せるな♪♪千年の古〜 都♪と歌い上げ、盛り上げてくれました。さすがベテランであります。

歌姫

  週二回もやいに登場するお二人は、もやいの歌姫であります。なぜ、こんなに新しい歌が歌えるのか?不思議でありま す。しかし、新鮮であります。しっかりと宴会を盛り上げてくれたのです。日頃は、製品作りや、パソコン習得に、取り組んでいる のであります。

ぺージ3

Tシャツのお礼・・ありがとうございました!

  もやい2009オリジナルTシャツ販売については、多くの皆さんのご協力をいただきました。
本当にありがとうございました。こころより感謝します。おかげさまで、予定した枚数の販売に届きそうです。
今年のTシャツは、みんなでデザインした6種類を販売しましたが、自分のデザインが何枚売れてるぞ!と、売れるたびに励み になりました。
来年デザインが今から楽しみです。また、皆さんのおかげで出た利益は、お約束どうり、もやいのミッションである「社会 参加情報マッブ」シリーズの更新等に使わせてもらいます。来年もよろしくお願いします。

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シネマで愛して・・・精神

 去年、大障協で「講談で学ぶ成年後見制度」という人権セミナーがあり、講談を生で聞いたのであります。
その芸の見事さを、思い出しては再び拍手を送りたいのであります。さてさて「講談師見てきたような嘘をつき」といいます が、今回のシネマで愛しては、まさにわたくし講談師と同じく、見てないのに、語ります!初めての経験であります。
数は少ないけど、全国でいっせいに上映され、観客は長蛇の列だそうです。巨費を投じて宣伝し、収益を上げていく方式で シネマの中身は「ナニッ!マジかよ!」的作品が多いシネマ界なのですが、このシネマはその手のシネマとは違います。 年間3万人以上の自殺者が出る国、その18パーセントがうつ病が占める国、その国の、ある地方のある場所で、であい、つど い、くらし、いきがたさと向き合い、支えあい、傷つけあう、人々の精神の日常が描かれるシネマです。
普段の暮らしと同じように、BGMも、ナレーションもない。ドキュメントシネマは、そこに登場する精神障害当事者と観客を ピュアに出会わせてくれます。
 このシネマの監督の前作は、「精神」と同じ手法、まなざしで作られた「選挙」という作品でした。そこには見事に人間が描 かれていたのであります。
ドキュメントにつきまとう、あのいやらしさ・・・こう描いて、こうもっていこう、そして最後はこれで盛り上げて感動へつなげる、 よし、いけるぞ!出演者はそんな発想に合せられ、BGMとナレーションで補足して一丁あがり・・・とは無縁である。
うれしい!本当の人が見れる、人間とは何かの問いに近づけるのであります。ドキュメントの革命と言われて、数々の賞を 受賞しているのですが、本来あるべきドキュメントの王道を歩いているように思えます。
天神に見に行く予定が果たせずに残念ですが、鑑賞した友人の精神障害当事者の感想を聞くと、益々見たくなってしまうの でありました。出演している精神当事者の方の自己をさらけだす覚悟と思いと決意に、声援をを送りたいと思います。
しかし、当事者に覚悟と決意を求める社会のありようって、やはり、変えていかないとな〜と思うのでありました。
あ〜早くDVDにならないかな〜とため息一つであります。

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涙を抱いた渡り鳥・・・水前寺清子

 幼児体験は、けっこうやっかいで、納豆のように糸を引くのである。いい大人になって、なんでワタシはこうなんだろう?とそ の原因の糸を手繰り寄せると、少年あるいは少女のジブンと再会することになるのであります。それはそれで気恥ずかしい ものであります。
あの頃、どうも自分と他人は大きく違いがあり、そのことで人より多くいやな思いをするのは、自分がだめだからだと被害 者意識と自己否定に固まりつつあったのですが、そのとき、折れそうな心を少し支えてくれたのは歌であります。演歌であり ます。水前寺清子さんであります。涙を抱いた渡り鳥であります。そのワンフレーズであります。
つまり、「♪いい〜さ♪」であります。
何があったかは知りませんが、旅行人の苦労や、寂しさや、切なさを、「♪いい〜さ♪」と、一気にひっくり返し、引き受け て、渡り鳥であねことを肯定する歌であります。からっとした自己肯定は、大げさに言えば生き直しにつながるものであります。 こんな理屈は後からわかってくるものでありまして、その時はわけもわからないのでありますが、「♪いい〜さ♪」と口ずさめ ば、辛さが減り、自分が少し元気になれたのであります。
演歌は援歌である。というのが水前寺さんの哲学だそうです。援歌は、自己肯定に向かう人の背中を押すのであります。
魔法の言葉や呪文は、短いほどいい!忘れずにすむからであります。


編集後記

  国会は解散し、梅雨は退散し、私は計算した。なんの計算?言えない!しかし、「自立支援法改正法案」を廃案にしたまま の解散はひどかったし、梅雨はこんなに雨を降らせてどうするんだと思うほどひどかった。
しかし、何はともあれ夏は来たのです。この夏を乗り切らないといけません。
みなさん、意外と夏風邪って多いですから気をつけて!それと熱中症の約半分は家の中で起こってるそうなので気をつけて! と、声を大にして、皆々様の無事を心よりお祈りします。

2009年5月10日発行

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-次の世に生まれ来るなら-

 

次の世に 生まれ来るなら なにげなく 君が目をやる TULIPになる

  陽水の歌で「人生が二度あれば」という作品があります。かなり古い歌なのです。陽水のいつもの不思議な詞とはかけ離れ、 リアルで少し暗い歌ではあるのですが、「人生が二度あれば、この人生が二度あれば」というサビは何十年経っても胸の中で リフレインされるから不思議です。
もし、「次の世に生まれ来るなら」という問いは、今を生きることを支えてくれる力があります。今の世で成しえない事柄を次 の世に託せるというのは、例え仮定の話しとしても、少し心が張り切るせいかもしれません。
想像力をもつ生き物である人は、もう一つの現実を生きることだってできるのだなと思います。人生が二度あれば、と思っ たとき、今の自分と違う自分を知ることができるかもしれません。この問いは、多分色んな文化を生み出したに相違ありませ ん。五月の薫る風になでられ、次の世ではTULIPになりたいと思ったのでありました。
TULIP一品種アンジェリケの花言葉は夢であります。

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五月の黒木は花の国!

  四月二十八日。ゴールデンウィーク直前に、レクリェーションで黒木に行ってまいりました。
今を盛の「芝桜」が見事に咲き誇っておりました。それはそれは見事としか言いようのないもので、花の美しさと、香りに酔 いしれてまいりました。久しぶりに池田さんも登場!いつか絵になるかもしれませんね。
けっこう、もやいは花に執着するのです。芝桜と、藤を見に行こうということになり、花好きの池田さんと、めったに遠出がで きない松本優子さんに声をかけ出かけました。
黒木はいいです。空気がおいしいのです。そのうえ花に囲まれ、ご飯もおいしく、幸せでした。
次は、何の花を見に行こうかな!

むらさきの 藤よ真紅の 芝桜 我が胸こそを 大地となして


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内輪なニュース・・総会などもありまして

Tシャツコンぺ決定!

 今年のTシャツコンペは、なんと2人が優勝し、優勝した2人のアイディアを合体することとなりました。
一人は、Aさんで、携帯電話でTシャツをスキャンしSOSのホームページトップにアクセスができる「スキャンTシャツ」であり ます。さすがパソコンオタクであります。
もう一人はBさんで、漢字をデザインしてクイズにする「漢字検定Tシャツ」であります。さすがB型意表をついたアイデアであ ります。 おめでとう!パチパチ!

決算総会と予算総会

 5月2日に法人の総会を行いました。2008年度の事業報告と決算報告・2009年度の事業案や予算案など全て全会一致で可 決されました。
 2009年度も、障害者や高齢者の社会参加の情報支援のマップシリーズの更新や、夜会Vでの障害者と健常者の交流文 化活動、当事者同士の支え合いであるピアカン活動、重度障害者の生産と創作活動の場である地域活動支援センターの 運営など・・・。また、大障協や自立支援協議会など他団体との連携を大切にしていくこととなりました。
いつものように、障害当事者の主体性とペースを大切に、色んな人たちと連携して、全ての障害者の地域での自立と解放を 目指して、みんなでコツコツやっていこうということで盛りあがりました。
武田さんから、SOSも25周年だから記念誌かドキュメント映画を作ろうという提案があり、「俺」という自伝を書いた経験の ある武田さんを中心に、考えていこうということになりました。
終了後は、みんなでお弁当を食べつつお酒を飲んでにぎやかになりました。こうしてゴールデンウィークの初日は開けたの でした。

理事長ショック!

 我らが有松温之理事長は、大ファンで、ライブにも時々行っていたロック歌手・忌野清志郎さんがガンで亡くなっ たことで大きなショックを受けているのであります。
「俺はもう歌は聴かない」と弱弱しく文字盤で語り、嫁さんから、「馬鹿じゃなかとね!」と怒られたのであります。理事長がん ばれ!忌野清志郎の死に負けるな、嫁さんの罵詈雑言?に負けるな!

♪どうしたんだいHey Hey Baby  バッテリーはビンビンだぜ  いつものように決めて  ブッ飛ばそうぜ♪


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シネマで愛して・・・ザ・トゥルーマンショー

  大胆不敵、荒唐無形でありながら、それでも成立するのがシネマのウイングの広さであります。よくもまあ、大風呂敷を広 げやがって!と思うし、「あるなと思います!」とは言えない設定が見えみえなのですが、ラストシーン主人公のトゥルーマンの 英姿颯爽と未知へと向かう時に感じる解放感は、結構心に沁みてくるものがあります。
ユニークな設定のストーリーはこうであります。
テレビ会社が、街のセットを作り、生れたばかりの彼を養子にして、セットの中で育て、テレビ放送し視聴率を稼ぎます。セッ トの中で働いているのを知らないのは彼だけです。彼以外は俳優たちが仕事として、決められた役割を演じており、彼はそ れが自分の人生だと信じて疑わないのであります。しかし、ふとしたきっかりで、彼はある日、自分の人生が全てセットであ ることに気づき・・・ということなのですが。
このシネマなんだかいろいろ感じさせるものがあります。頭の中を色んなワードがグルグルと回ります。自由、自立、真実、 未知、安定、虚構、幸福、脱出、疑問、教育、商売、象徴、仮託、家族、脱出。作者が意図したかは別として、人間はどんな 環境下であろうと、自立の意味を教えられなくても、自立を目指す生きものであるという、人への希望を語っているかのよう でもあります。
いや、そうではなく、テレビで彼の人生を見て楽しんでいる多くの視聴者とテレビ局で作り上げる虚構に参加する人々への 絶望こそを語っているかのようでもあります。
様々な見方が出来るというのは、あるいは、したくなるというのは、このシネマのもつパワーであります。
アクの強い、ジム・キャリーではありますが、そのアクの強さがこのシネマを成功に導いているのであります。
さすがジム・キャリーです。

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09SOSオリジナルTシャツ・・発売漢字検定Tシャツ

  いつも、いつも、ご協力本当にありがとうございます。
今年のオリジナルTシャツは、漢字のクイズが楽しめる『漢字検定Tシャツ』になりました。携帯電話で、Tシャツのバーコード をスキャンすると、漢字クイズの正解が見れるようになっています。
みなさん、クイズに挑戦してくださいね。

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BLOWIN IN THE WIND・・風に吹かれて ボブディラン

  どれだけ?どれだけ?とつぶやきたくなるのが人生であります。人生は悲劇に満ちているわけですが、人生の悲劇は2つ に集約できる気がします。金がない悲劇と夢がない悲劇であります。
できれば、夢がない悲劇は避けたいなと思うのですが、夢があればそればそれですむかといえば、夢をもったばっかりに、 艱難辛苦、四面楚歌。息も絶え絶えの夜を涙目で過ごすはめになったりします。そんな夜は、もしかしたら人生の悲劇は、 金がある悲劇と夢がある悲劇ではないかと、自分に毒づいたりするのであります。
こういう夜は、音楽を聴くしか、思いを浄化する方法がないのであります。そんな夜、聴いたのはこの歌であります。言葉を 飾らずに、どれだけ?どれだけ?と率直に問い続け、そして最後は、♪答えは/友よ/風に吹かれている/答えは/風に 吹かれている♪で終わるこの歌でありました。
答えがわからないと、わからないことに絶望する真面目な人や、わからないはずがないと背伸びをする人々に、「人は神で はないしね、もう少し気楽にね」という至極もっともなメッセージを送っている歌であります。
「月見るは 目の力と思うなよ 月の光で 月を見るなり」という古い短歌もありますが、人は己の力をつい過信しがちであり ます。己の力で見ているつもりでも、実は月の明かりで見せてもらっているのであります。この歌は、そんな思いもこもって いるような気さえします。きっと夢のある悲劇を無くす歌であるかもしれません。
22世紀に残る名曲であります。

編集後記

 「戦争と平和・朝鮮半島1950」という本を、読むことにしました。
知っている人が書いた本でもあるので、是非読破したい思うのですが、700ページもあるので覚悟がいります。
読書も格闘技の側面があるのです。
読む前に体調を整えておきたいと思いヤクルトばかり飲んで1ページもめくっていません。あー。大丈夫かな? 


2009年4月10日発行

ページ1

-乗り物が変われば-

 

乗り物が 変われば景色 変わりゆく やゆーんやゆーんと ぶらんこ揺れろ

  昔、むかし、わたくしの家の庭には、桜の木があり、その横にブランコがあったのです。
そのブランコの板は白いペンキで塗られていたので、ビリーバンバンの「白いブランコ」をヒットさせた時は、感傷にひたった ものです。車いすに乗っていると、車いすの目線からしか桜が見えないのですが、ブランコに揺られ、高くなったり低くなった りすると、桜の木も違った角度で、見ることができて、とても新鮮な気がしたものです。
しかし、最後は、腰の安定が悪いこともあり転落!「酷いブランコ」となってしまったのでありました。このことによる教訓は2 点でありました。
教訓T「ブランコをなめちゃいけません!」
教訓U「当事者の目線と非当事者としての目線を知らないといけません!」
が導き出されます。春の小公園で、ブランコに揺られると心も揺れまして、自分なりの小さな哲学がうまれるのでした。

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夢芝居 終われば 桜吹雪かな

4月2日のSOSの花見は快晴でありました!

  寒くもなかったのです!(パチパチ!)暑くもなかったのです!(パチパチ!)天候に恵まれた花見はゆったりとした空気の中、延命公園の 満開の桜の樹の下で行われました。
それぞれの顔が見え、一人一人会話が交わせたり、みんなで会話を交わせたりとなかなか楽しいものでした。
恒例の「その場でつくる俳句大会」催されたのであります。各自こころをひねったり、頭をひねったり。全員で俳句を作り、みんなで投 票して3位までを選びました。
今年の優勝は!中川透さんでありました!見事な句であります。
準優勝は!古賀佐和子さんでありました!素敵な句でありました。
3位は!ヘルパーさんでありました!温かい句でありました。
参加者のみなさんおつかれさまでした!

第2回「その場で作る俳句大会」の優勝を見事手にしたのは、中川透さんでありました。俳句歴?十年の俳句会の巨匠であります。
『夢芝居 終われば 桜吹雪かな』
さすがに大人だねって感じの句であります。還暦を迎え、ちょい悪親父の雰囲気と共に、句にも深みが増してまいりました。
また、帽子のセンスにも磨きがかかり、なんだか青春のリフレイン状態であります。優勝おめでとうございます!
『桜降る 新たな出逢い 道標』 準優勝の賞品を手に微笑む古賀佐和子さんであります。
五行詩で新境地を開拓中。やはり永遠の「言の葉少女」であります。
『桜舞う ヨチヨチあゆめ 四男坊』 有松由里子さんのヘルパーさんは、母「心」のこもった句で賞品をゲット!さすが「心介」であります。
ご協力ありがとう!

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内輪なニュース・・SOS&もやいの動き

★定年退職

  SOS(応援センター)やもやいを間接的に支えてくれる人たちがいてくれるので、わたしたちの活動が出来ています。
その人たちのひとりである田中さんは、学校の教師として、子供たちに人権の大切さを伝え続けてこられたのですが、この たび、定年退職を迎えられました!教師という、子供たちと向き合う忙しい日々の中で、もやいのバザーや夏祭りを中心に、 柳川から駆けつけてもらい、暑い中、また、寒い中、元気な声と、素敵な笑顔でバザーの販売を行ったり、女性障害者の介 護を手伝ってもらってきたところです。
定年という大きな区切りに、SOSともやいの障害者一同心を込めて、言いたいと思います。
「定年退職というゴールお疲れ様でした。そして、新しいスタートおめでとうございます!」
これからもよろしくお願いします。

★リニューアル

 SOSのホームベージに載せている「ピープル」のページがリニューアルされました。
池田さんの「介護要請ビラ」や「200字コラム」など、ピープルの人以外の人にも見てもらえるようになっています。
ピーフルの人だけが見れる会員専用ページもリニューアルされています。
ぜひ一度ご覧ください。見に来た方には画面上で池田さんがご挨拶いたします。ふぉー!

★お便り

  久保田恵さんよりお便り届きました!
彼女が宗像に帰ってから随分になりますが、こうしてお便りをいただくのはうれしいものですね。
彼女のペースで一生懸命地域の中で生きている様子が伺えて、さらにうれしくなります。共にたたかったSOSのハートを胸 に秘めて、彼女らしく輝き続けて欲しいと思います。
福岡養護の先輩としてひとこと、二次障害には充分気をつけてね!

★コンペ

 「もやい夏のオリジナルTシャツ」の時期が近づいています。
今年も、もやいメンバーによるTシャツデザインを決める「コンペ」がまもなく開催されます。
最優秀賞が今年のデザインになるのです。みんなそれなりにライバル意識が火花散らしております。
前年度の優勝者、久冨宏二さんのV2なるか?

★名刺

  温泉・自立・福祉マップなどの活動などで、名刺を使うときがあるのですが、その名刺を、中川透さんがつくったところ、 みんなに好評!
次々と注文が舞い込んでおります。中川さんあんまり無理せずにがんばってください!

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シネマで愛して・・・ショーシャンクの空

  どこであろうと、どんなワケがあろうと、身に覚えがないのに、長時間特別な特別な場所に、隔離されると、人はどうなってし まうのかは、体験しないとなかなかわからないのであります。望んでいない場所だから抜け出したいのでありますが、時が 降り積もると、人は抜け出したいという希望が手のひらに載せられそうになると、怖くなるのであります。何が怖くなるかって いうと希望の実現です。
このシネマ、人間のもつ根源的な意思の強さ、その意思の強さを支える希望の存在が基本的なテーマとなっているのであ ります。その部分は主演のティム・ロビンスが見事に演じきっております。
そのエピソードも、泣かせます。しみじみと心に沁みてくる、人であることの幸福感は、シネマの醍醐味でもあります。
しかし、このシネマを名画としているのは、希望の前でうろたえ恐怖する人の存在であります。わたくしは、どうしてもその人 に感情移入してしまいます。死んでいく老人を通して描かれる、人であることの切なさは、このシネマに奥行きを与えていて、 単なる脱獄劇でない物語を成立させているのでありました。
物語を語っていく副主人公のモーガン・フリーマンの渋い演技も、いいのであります。
シネマは、原作・脚本がよいと監督、役者、スタッフも、いい人々が集うようになっているのであります。そして、そこまでそろ うと2時間半という長さも気にならないのは言うまでもありません。
しかし、小さなハンマーで20年間こつこつと壁を崩していく意思の強さは、感動すると共に、ブログを書いても3日ともたな い、禁煙誓っても3日ともたないわたくしごときにも、勇気を与えるエピソードでありました。そうそう、このシネマにちりばめら れているエピソードは、図書館の話しにしても、本当に感動的であります。
暗く地味なヒューマンドラマとカテゴリー化されているシネマですがわたくし的には、人と希望のせめぎあいの哲学ドラマのよ うに感じたのであります。
名画といわれれるシネマはラストシーンが印象に残るものですが、このシネマも、すてきなラストシーンが用意されていま す。生きてるっていいね。

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街はぱれえど・・・泉谷しげる

♪街はぱれえどさ 街はぱれえどさ だけどだれも たれも迎えに来ない♪

  入所型の施設はなぜか山の上だったり、日本昔話に出てくる畑のそばだったりすることが多い。「花は咲き、鳥はさえずり、いい環境 ですね」といわれるたびに。違うだろ!と心の中で叫んだものであります。
見渡す限り、スイカ畑の中で、この歌を聴いたときは「おー!」てな感じで心が騒いだのであります。いま、自分はどこにいるのか? どうなっているのか?どうなっていくのか。3つの?答えを教えてくれる人もなく、鬱々としていたあの日々・・・。わたくしを支えるお友 達は、職員に隠れてやるマージャンと、スイカ畑で聴く歌でありました。

 ♪外を見てみろよアベックが通るぜ いい服着てどこかに行くんだろう♪

 この歌を、暗い僻みのうたであるという人は多いですが、はたしてそうでありましょうか。少なくともわたくしはこの歌で3つの?の1つ目 の「どこにいるのか」を理解したのであります。
自分が「いま、ここ」に居ることがわかり「いま、ここ」から「街はぱれえど」を眺めなおしたとき、わたくしの「ショーシャンクのそらに」が 始まったのであります。
当事者でないと歌えない本物の歌は、人を旅立たせる力をもつのであります。
 

♪朝 仕事場に来たとき あいつの目を一番気にする あいつしだいだもんな♪

  あれから35年。わたくしと同じポリオの泉谷さんは、還暦を越えてなお過激なライブをこなしているのでありますが、 一方で、ポストポリオに悩まされているのかなと心配するこのごろであります。

編集後記

  「爛漫の桜に妬けて風散らす」「鬼嫁と離れて座る花見かな」SOSの花見は俳句で盛り上がりました。
寒い春も終了。緑がエンパワメントして若葉が萌えだすゴールデンウィークが目の前です!
みなさん遊ぶ時は楽しく遊びましょう!
大型 連休終了後、もやいの中でエピソードが聞けるのを楽しみにしています。


2009年2月10日発行

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-胸さらうエイブル・アートの-

 

胸さらう エイブル・アートの ウエイブよ!

  社会福祉法人「地域福祉を支える会」主催の「現代国際巨匠絵画展」(2月7日〜9日・文化会館)の会場には、めったに見 る機会のない世界の巨匠の作品と共に、我らが宇耐さんを始めとした障害のある人たちの作品が展示されていました。
会場は、とっても素敵な雰囲気で、わたしたちの心の中の隅々までやさしく、そして激しくアートの波が押し寄せ、幸せな気 分にしてくれました。これが文化の力だなと思います。
障害があると、悲しいことに様々な制約を受け、なにものからか遠ざけられがちですが、文化という目に見えないものから は、特に遠ざけられてきた感があります。障害のある人々の体や心の中に眠っているかもしれない文化の力を解き放つ試 みをみんなで進めていけたら・・・と思いました。主催者の皆さんありがとう!

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障害学のーと・文化革命

  昨年の「サン・アビまつり」では、中国障害者芸術団の「千手観音の舞」の素晴らしさに息をのみ、知的障害者太鼓集団「瑞 宝太鼓」の織り成す太鼓の響きが心の奥底に届き酔いしれました。その前年、北九州行われたアジア障害者洋舞コンテス トに「もやい」も参加しましたが、そのときのアジアの障害者のダンスにおける動きの美しさも印象に残りました。
もっとさかののぼれば、精神障害者劇団の舞台にも鳥肌が立った記憶があります。
そして今回の絵画展!これらの記憶に共通するものは、表現方法を超え、時空間を超え、障害者差別を超え、心と体を奥 底から揺らす力があるということです。そこに人がいて表現への思いのほとばしる人がいて、アート化されたとき生み出され るものは、私たちが追い求める理念としての自立や共生や反差別ではなく、自立や共生や反差別への思いを醸成したくな るほどに、人であることのいとおしさを「揺れ」ながら感じる感覚かもしれません。
そしてそれは大切なことのように思われます。
理論や価値観に依拠し、自分自身の正義を疑うことのないとき、その地面の下でひとへのいとしさや、かなしみの地層が崩 れ去っていれば、人をつらさから解き放つ活動をしているつもりなのに、逆に人を追い込んでいるのではないかと思えるとき もでてきます。そうならないために人は無意識にその方法を探し、また、作りだそうとします。その行為の総体を文化という のかもしれません。
極論ですが、人は全てパフォーマーです。表現しないことで表現することも含めて表現者ではないかと思います。その中で、 障害者というカテゴリーは、社会的にも表現の方法に制約を受けやすいといえると思います。
しかし、いま、障害者アートが広がりつつあるように障害のある人々の地域生活への移行によって、職場や地域の中で共に 生きるための文化革命が静かに人の心のありようを変えていくのかもしれません。


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障害者児福祉制度を若干お伝えします!

☆ほんとかな?(応能負担へ!)

 

 新聞が伝える「応能負担」への転換記事

自立支援法の中でも異議申し立てが強かった「応益負担」がどうやら「応能負担」に戻されそうというという記事です。
素朴に「ほんとかな?」とおもいますよね。改正法案を見て、内容を確認しないとね。
『障害者自立支援法』の見直しを検討している与党は10日、障害者が介護など福祉サービスを利用する際の負担を軽減するため、 原則「1割の自己負担」から、所得などに応じた「応能負担」へ改める方針を固めた。来月にも改正法案を国会へ提出し、来年度中 の実施を目指す。(読売新聞2009年2月10日)

☆少し前進かな?(駐禁除外問題)

  「駐車禁止除外規定」の利用者の範囲については障害者団体が警察に規制緩和を要望していましたが、その成果もあっ て、少し前進しました。
ただ、駐車については、健常者のマナー違反が多く、障害者が利用できないケースがずーっと続いています。
この問題の解決も忘れずにね!『平成19年に「障害級別が1級から3級までの各級」に該当するものを対象としたところであ るが、これを「1級から4級までの各級」に変更する。(警察庁より都道府県警察本部長への通達文より)

★障害者権利条約にまつわる2つの情報?

  2つのお知らせを!
1つは、障害者権利条約が国連総会で採択されてから2年が経ちます。早いものですね!日本はこれを受けて、署名をおこ ない、批准に向けて用意を進めてきましたが、やっと3月の上旬に通常国会に法案の提出をするようです。遅いですよね!
しかし、やっと「お互い違いを尊重するための合理的配慮」の実現へ一歩踏み出します。でも心配なのは、「中身のない形 ばかりの批准」になるんじゃないかということです・・・
Nothing about us Without us
わたしたちぬきに わたしたちのことを きめないで
であります!
もう1つは、このわかりにくい障害者権利条約の知的障害者向けのわかりやすい条約まもなく刊行されます。この本は知 的障害者当事者も参加して造られた本です。知的障害者だけでなく、ワタクシもほしいと思います。

ご近所支え合いネット?

 大牟田市が始めている事業で「大牟田市災害時要介護者支援制度」いわゆる「ご近所支え合いネット」は、災害時に援護 を希望する高齢者や障害者の登録を進めています。

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シネマで愛して・・・THE GRADUATE 卒業

 「青春」という言葉は、わたくし的にはヤな感じがするのであります。それに「恋愛」という言葉も、ヤな感じになるのでありま す。つまり、わたくしは青春時代に手ひどい恋愛を経験し、そのトラウマを今もひきづっているのであります。
あー、なんて心の狭い人間でありましょうか。
このシネマ「青春」と「恋愛」で成り立っているのであります。ヒェー!勘弁してよという感じで見たのですが、意外にも、青春 と恋愛に対してひねくれたわたくしにも、さわやかな風を送り込んでくれたのでありました。
別にストーリーに感動したわけではないのですが、ダスティ・ホフマンの身体的動きそのもので感じさせる「青春の疾走」の 表現の素晴らしさと、キャサリン・ロスのまなざしの輝きそのもので感じさせる「恋愛の政治」のダイナミズム!
いやいや、それよりなにより、なんといっても音楽である。SGによるサウンド・オブサイレンスに見る見事な「人生の迷路」の メロディーとハーモニー!「青春の躍動」と「恋愛の政治」と「人生の迷路」が揃って、わたくしの安っぽいトラウマが解消して いくのでありました。
走るダスティン・ホフマンのスピードや、「エレーン!」「ベン!」と呼び合う名のシーンのあまりのドラマテック性に、少し引きなが らも、わたくしのドラマから卒業させてくれた「卒業」やはりいいシネマではあるのです。
このシネマを境に、ダスティン・ホフマンもキャサリン・ロスも役者として疾走し始めます。うーん、二人とも青春だよな!
この作品1969年度の作品なので、40年の時を超えるのであります。青春の御伽噺は、時を越えて多くの人に何がしかの メッセージを発信するのでありましょう。
名画と共に生きる幸せを感じつつ今回は退場!SGのCDを聴きつつ乾杯!

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出稼ぎのうた/高田 渡

♪冬が来るとおいらは渡り鳥 暖かい働き場所を求め 冷たい汽車に乗り込む 雪が解けて春が来るまで♪

 こんなはずでは・・・という社会状況が続いている。ヤな時代なのだ。どの企業がどのくらいの赤字決算で、どのくらい人員整 理をするかというニュースが続く。寒風吹きすさぶ中で誰もが暖かい働き場所を求め、冷たい夜汽車に乗り込んでいるの だ。「働く」がとわれる。もっと正確に言えば、働く量が問われている。
しかし、この働く量にまつわる問題が一時的に沈静化すれば、人はまた、ひと時の安定になすすべもなくなるのではないか。 その時代に沁みる歌というものがある。
今は高田渡だ。彼が大牟田で何度かライブをし、もやいをそのたび訪れてくれたから言うのではない。どうしてもその歌の空 気がそのまま心に沁みてくるからだ。
「働く」の量ではなく「働く」のありよう自体を自己に問わないと、もうワタシもマチもクニもやっていけないのではないか?詩人 をまねて言えば、「暖かい働き場所」へいくな!「暖かい働き場所」をつくれ!なのだと思う。1月29日、東京での小規模作業 所全国大会のパネルディスカッションの席でそうひらめいた時、この歌が鳴り響いた。
「働く」から排除された場所にこそ、暖かき働き場所が生れる可能性があるのだ。地域における社会システムの転換へ!
金が真ん中の市場原理主義から特定の人々を排除しない人が真ん中の協働原理主義へと針路をとろう!

編集後記

  1月は行き、2月は逃げ、3月は去り、そして春が来るのであります。
インフルエンザが猛威を振るいましたが、みなさん大丈夫でしたか?春は目前です。
紅梅の美しさと香りを今のうちに楽しんでくださいね。もう少しすれば「桜の国」となります。
四季があってよかったなと思います。色んな花を楽しみましょう。興が乗れば俳句でもひねって!


2009年1月10日発行

ページ1

-謹賀新年-

 

うれしいこともかなしいことも草しげる

  芭蕉の句には感心させられ、山頭火の句には感動させられます。句は、短いことばの羅列なのに、何故こんな違いを感じ るのか不思議です。
二人ともこの国を放浪した句人ですが、その放浪のありようは大きく違います。芭蕉は芸術性を極める旅行を山頭火は命の ありかを求める旅をしていたような気がします。両者の句を味わえる現代人は幸せですが、新年を前に思い浮かんだのは、 すべての権威に無所属な放浪家である山頭火の上の句でした。
この句は、深い諦めと深い望みを表しながら、それでいて人を励ます力を宿している気がします。
さて、"09年が始まりました。今年もいくつかの草がしげることでしょう。うれしいこともかなしいこともやっくるてしょう。
でも、いつものように、できることをできる限りやって、そして、少し笑って参りましょう。今年もよろしく!

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クリスマス会と忘年会で"08年にさよならだ!

  ☆ SOSのクリスマス会は、「クリスマス難民?救済!」みたいな感じで始まった歴史ある集い?なのです。
  今年もやりました。もやいの引越しのおかげで、ケーキ屋のとなりの事務所なので、ケーキには不自由しません(拍手パ   チパチ)色んなケーキを食べつつ、ワインも飲んで、みんなご機嫌になりました。メリークルマイス!いやさ、メリークリスマスであります。
☆クリスマス会の目玉は、プレゼント交換!みんな300円で工夫を凝らしたプレゼントを用意。
  意外なプレゼントに歓声があがるのでありました。
☆全員参加の早抜けゲームでは、シンさんが一番に抜け出してみんなを驚かせました。
 結局、有松理事長チームが逆転優勝!見事に豪華商品をゲットしたのでありました。
☆"08の締めくくりは、ミニ忘年会。温泉マップ作りの年だっただけに、場所も玉名の謀温泉。
 みんなお湯につかり、今年の疲れを洗い流し、すっきりしたところで、なべを囲んで、1年間の思い出話にゆっくりと夜が更けていくのでありました。「ほんとに、ほんとに、ほんとに、ほんとに、ご苦労さん!」

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シネマで愛して・・・ミリオンダラーベイビー

 C・イースウッドは、私の中で、いまだ英雄であります。「ダーティハリー」シリーズは衝撃でしたし、シネマを作る側に回って も、いい作品を生み出しています。
才能豊かな人なのだと思います。「ミステックリバー」などは最高でありました。数年前、わざわざ劇場まで出かけたのです が、そのかいがあったというものです。
さて、このシネマ。作品としては手堅い作品なのですが、シネマの外で議論を呼んだ作品でもあります。
百ドルを稼ぐ女になった主人公マギーが四肢麻痺患者となり、死を望み、フランキー(C・イーストウッド)がその願いを実現さ せた部分に対して論争が起きたのであります。
ワタクシと同じように障害学(当事者による視点からの社会学)を志す、障害者団体が抗議の声を上げたのであます。その 主張は鋭く、かつてバリアフリーに関する法律制定において、障害者団体と対立した過去を持つC・イーストウッドに向かいました。 寝たきりになった重度障害者の尊厳死の問題をはらんだ論争は、今でも繰り返されているのであります。障害者団体の抗議の根拠は、ワタクシの主張ともつながっています。その主張は少数ではあるものの、いやというほどの差別のまな ざしを受けてきた者として、人の真の尊厳とは何か提示するものでもあります。
いつも、シネマの中で障害者は感動を誘う小道具として配置される時代が続いてきたのであります。しかし・・・
しかし、悔しくともせつなくとも、シネマそのものやC・イーストウッドに教条的な理論を振り回してはいけないのであります。
シネマは社会を移す鏡でもあり、作品は生き物であります。ワタクシ達の思いは、日々の活動の中で、また、このシネマのよ うに多くの感動を呼ぶシネマや他の文化的手法でひろげるべきであります。

障害学のーと

自立賀新年?

  あけましておめでとうございます。

いつも、勝手気ままに、感じたことを書き連ねてまいりましたが、本年もよろしくお願いいたします。

さてさて、1960年代後半。介護が必要な重度障害者が、地域での自立を意識して施設を飛び出したのが、日本に おいての、いや世界においての自立生活運動の始まりのわけですが、「自立を意識して」というところが、肝心な ところです。
何からの自立か、何のための自立か、施設から出て地域で暮らすのは命がけの時代です。何度も自問自答が繰り返され たと思いますが、親も親戚も絶対反対の中、公的介護システムは何ひとつ無いのに、彼ら、彼女らは飛び出しました。
彼ら、彼女らは、自分だけの自立を求めたわけではありませんでした。同じように重度の障害がある人々の自立へつなげる ことが根っこにありました。
ビラを撒き、介護者を募り、少ない介護者を障害者同士で紹介しあい、食事や入浴やトイレをがまんしながら、自立生活の 地平を切り開きました。航路を選ぶ自由を得た重度障害者たちにとっては、自立生活のつらさを笑いへと転化することさえ 可能だったのです。そしてバトンは第2自立世代に渡されていきました。
あれから40年経ちました。時がたち、社会がどんなに変わろうと、いまだに、私たちは、自立が信念であり続けています。
信念明けましておめでとう!今年も活動の源へいざ!

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吉田拓郎・・・イメージの詩

♪闘い続ける人のこころを誰もが分かってるなら 闘い続ける人のこころはあんなには燃えないだろう♪

 「戦い」でなく「闘い」の定義はむずかしい。いえることは、闘いは門構えの中にあるように、自己の闘いに力点があることだ。
戦いはどうしても他者との戦いに力点が置かれる。外に向けての戦いは正義の旗が翻り、どれだけ違う価値観を持つ他者 を傷つけるかが目指される。それに比べ、内に向けての闘いは、正義とは何か、公平とは何か共生とは何かと迷い、わたし はそれに向けて生きているのか?と自分を問い続ける旅だ。
あー、なんて暗く、かっこ悪く、地味なんだ。しかし、それでいいと思える瞬間がある。それは、信じても信じても何かに裏切ら れ続ける毎日の中で、戦いの斧を手にしたい欲望に誘われたとき、それを止める声がしたときだ。
「かっこ悪くてけっこう、人間なんてラララだからね・・・」様々な場所で、様々な形で、「共に生きる」を生きようとする人々が いる。戦いの斧を手にせず、闘いの鍬こそを手にし、ワタシを耕しマワリを耕し続ける人々・・・戦う人々に比べ、なんてかっこ 悪く、なんてわかりにくいんだ!しかし、希望ってやつは、耕された大地からしか生れてはこないのだ。
この歌を聴くと、いつもそういう思いにとらわれる。浜田省吾がカバーし、拓郎よりうまく歌ってみせたが、この歌はうまく歌っ てはならないのだ。叫ぶように祈るように、そしてかっこ悪く歌わなきゃね!

編集後記

  「牛はのろのろと歩く」なんとなくそこがいいと思います。
スピードや能率や効率だけが評価されがちですが、「のろのろ」もまた人に必要なあり方ではないかと思いませんか?
何があろうと「のろのろ」と歩き続けて、いつの日か小さな望みを牛(ギュッ)と抱きしめたいものです。
さて"09年のスタート!今年もよろしく。


2008年11月10日発行

ページ1

-祝!還暦U-

 

   先月号に続いての「祝!還暦」なのであります。武田さんに遅れること1ヶ月。
なんと中川透さんが還暦を迎えられました。おめでとうございます!
 10代の頃は、ワイルドでありましたが、地域での長い在宅生活を経て今は充実した自立生活を送られているの であります。時の流れは、ワイルドからマイルドへ中川さんを変えました。俳句で表現される中川さんの世界は、 停止した3坪の空間が、風や虫や匂いや音や気配などを通して、流動する社会と切り結んでる気がします。 もやいでは還暦の先輩武田さん差し入れの手作りケーキや赤いパンツやシャツのプレゼントで盛り上がりました。

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-2008年完走!-

  "08おおむた障害者支援センター・地域活動支援センターもやい 365日なんとか完走!したよ!
★バザーも頑張りました!

 "08年の地域活動支援センターもやいは、メンバーも増えて、新鮮で賑やかになりました。そのメンバーでビ  ーズつくりや夏のオリジナルTシャツ作りと販売にがんばりました!  今年の特徴は、もやいが加盟している「大牟田障害者協議会」の関係でバザーの種類が増えたことです。
 文化会館の中でのバザー(部屋の中で楽です)や、市役所の厚生会館の中での新たなお客さんと出会えました。  また、例年協力してもらっているTシャツ販売では、今年も多くの人に協力いただきました。
 本当にありがとうございました!地域活動支援センターは、厳しい財政状況ですので、来年もバザーをがんば  りたいと思います。よろしくお願いします。

☆ナショナルキッドは口笛を吹くだろうという「二人芝居」を夜会Uで上演しました。

 「障害者文化の応援と文化を楽しむ」をコンセプトにした「夜会」シリーズの第2弾を4月に行いました。
 8ヶ月かけて芝居の稽古は大変でしたが、役者さんもスタッフも力をあわせて、みんなで作りあげた芝居は野  外音楽堂で演じられ、シニカルでコミカルでそれでいて真正面から人間の見つめるそのまなざしは、多くの人  の心に何ものかをお届けできたかなと思います。
 さてさて、その後、来年の秋に大阪で二人芝居「ナショナルキッドは口笛を吹くだろう」公演のお誘いを受けました。
 年が明けたら、大阪公演に向けて、まだハードな練習が始まりそうですが、でも遠くの地でやるのも、新しい  出会いがありそうで少し楽しみでもあります。

★温泉マップを障害者週間に合わせホームページにアップしました!

 桜の花びらが散り終えたのを見届けた後、「障害者の地域での自立と解放」を目指す活動の一環として「SOSの応援マップ」づくりの第3弾「温泉マップづくりプロジェクト」をスタートさせました。
 障害者週間の開始日である12月3日にホームページにアップし多くの人に利用してもらおうということになり  ました。
 事業所の協力を得ながら「4名のお湯お湯探検隊」が調査を開始!集まった情報をみんなで仕分けし、レイアウト、ホームページにアップする作業をやりました。
 おかげさまで、12月3日にアップに成功しました。新聞やテレビも大きく取り上げてくれたので、アップした3日の日だけで、500件近いアクセス(拍手!パチパチ!)があり、うれしい限りです。"09年も引き続き調査を続行  し、ホームページの充実と冊子作成に取り組みたいと思います。

☆研修やレクレーションをみんなで楽しみました!

 "08年の1泊2日の研修は、大分の九重の「夢大吊橋」を見て渡ってきました。
 電動車いすでも渡れたので、全員大吊橋を実感!そのほかにも、もやい独得の、今から行こうか!今からしよう  か!のかけ声で始まる「突然レクレーション」をいっぱい行いました。
 ひまわり見学、河川のバーベキュー、お買い物ツアー!カラオケ大会!シネマ観賞!・・などなど。
 来年も楽しみたいと思います。

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-障害学ノート-

「みんな一緒に働いても不思議じゃないよね」という文化を作り出そうね

  "08年の後半になって起きた、地球規模の金融危機にあける不況のリンクはこの国にも及び、円高等の影響で全 国の労働者の三分の一を占める派遣社員の人々が次々と契約を打ち切られるなど、社会情勢が不安定化してきて います。そればかりではありません。その影に隠れ有名企業の正社員も巧妙なリストラの嵐に襲われています。 そして当然のように、障害者のリストラが深く広く進行中です。
「障害者はいつも最後に雇用され最初に解雇される」
この現実は好景気であろうと、不景気であろうと変化しませんが、特に不況のときは、「健全者でさえ解雇の嵐 の時、障害者なんかにかまう余裕なんてないよ」という言説を生み出し、それは説得力を持つのです。 そう、悲しいことに障害当事者やその支援者さえも納得してしまいがちです。しかし、ここに差別のマジックが 仕掛けられています。先ほどの言説が正しければ、好況のときは「障害者がかまってもらえる」という事になりま す。しかし、どんな好況時でも障害者の就労率が上がっていません。また、この言説を成り立たせているのは、 雇用においても障害者は救済されるべき存在という基本的位置づけが了解事項になっている現実です。
この現実を変えずして、障害者雇用の進展はありえません。そのためには、労働の意味や協働の意味を捉えなお し、地域ニーズを支える経済活動などを作り出すなど、障害者というカテゴリーを超えた新たな労働・経済文化 を模索することから始まります。いくつもの模索や試みのパーツが揃い、ある日それが合体し、働くキーワード にした新しい地域の形が出現するのではないかと思います。

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-時の過ぎゆくままに-

  ♪もしも二人が愛せるならば 窓の景色もかわっていくだろう♪
今年も、いろんな人のことばがあふれたのですが、記憶に残ることばは、次期大統領のオバマさんのことばでは ないかと思います。色んな言い方で、色んなことばをあやつり多くの人々を勇気づけたと思います。
みんな、希望のもたることばを持っているんだなと、あらためて思いますよね。
そしてなにより、少しずつではありますが、希望のことばを胸に抱いて歩き始めると、窓の景色が変わっていく のであります。 20世紀最高の演説とされる、キング牧師のあのフレーズがよみがえります。
「私たちには夢がある!黒人の子供たちと白人の子供たちが何の隔たりもなく仲良く遊ぶ姿・・」で始まるあの演 説です。
私たちも、障害児と健常児が共に育ち、学び、働き、愛し合う夢を持って生きてきているのですが、夢の途中で くたびれたり、あまりの遠さにあきらめたり、道草くったりしている自分にあきれながらも、窓を拭き、目をこ らしてみれば、やはり少し景色がかわっています。そんな心境になったとき、オバマさんの「イエス・ウイ・キ ャン」が心に沁みてくるのであります。
       もしも二人が(白人と黒人が、障害者と健常者が)愛せるならば    窓の景色もかわっていくだろう。
沢田研二さんの甘くせつないこの歌は、男女の恋愛を歌ったものですが、それだけではない、深い哲学というか 希望がこめられた歌ではないかと、一人思い込んでいるのであります。

編集後記

  もやいの"08年の変化は、新メンバーが増えたことでした! おかげで、すごく新鮮で面白いと好評です。そして、温泉マップの第1弾の完成です。
新聞テレビでも取り上げてもらい、ホームページのアクセス数が急激にアップしました。
今年もあとわずか、皆様、良いお年をお迎えくださいね! "09年もよろしく!

2008年10月10日発行

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-祝!還暦-

 

 ここまでの道のりが波乱万丈だったのか、そりとも波乱爆笑?だつたのかは定かではありませんが、プレゼントさ れた赤いハンチングで花束を抱き素敵な笑顔を見せているのは武田さんであります。
「武田さん還暦じゃないの?」というSさんのメール情報で、急遽お祝いの席が作られて、もやいは盛り上がったの でした。  おめでとうございます!

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"08地域活動支援センターもやい研修

九重夢の大吊り橋を渡ったぞ!温泉ゆっくり浸かったぞ!

 

☆9月22日〜23日秋晴れの中、もやいは研修を行いました。渡るぞ!浸かるぞ!食べるぞ!を目的に楽しんでまいり  ました。「九重夢大吊り橋」は19億2200万円をかけて作られた吊り橋です。  標高777m.長さ390m(日本一)高さ173m(日本一)の吊り橋です。  電動車いすで渡りましたが、怖くもあり、景色が美しくもあり、充分楽しめました。高所恐怖症が2名ほどい  ましたが、何とか渡れました。
☆宿は温泉宿にしました。バリアフリーなので、ずいぶん助かりました。ロケーションもよくて別荘地に来た気  がしました。また、何といっても空気がおいしいのでありました。夕食までのひと時、電動組は近くを散歩。  こういうゆったりとした時間が楽しめるのはうれしい限りです。いつもビルの中でパソコンの作業が多いので、  緑に囲まれ「目」が一番喜んだかもしれません。そして、温泉に浸って、身も心も温まり、気分は上々!
☆夕食は、バーベキュー!準備が進む中で段々と暗闇が迫り、食べ始める時には回りは真っ暗に!一体何を焼いて  いるのか、何を食べてるのかがわからなーい!状態に。それにもめげず、食べるだけは食べ、飲むだけは飲ん  だのでありました。闇の中の食事は大変です。スリルとサスペンスを感じたのでありました。しかし、野外で  のバーベキューは気持ちのいいもので食が進んだのでした。
☆下の写真は「阿蘇望橋」であります。阿蘇市波野にある屋根付きの木橋です。この橋は、ベストセラーになった  小説マディソン郡の橋(シネマにもなったよね)に出てくるような屋根付きであります。木造の橋としては、  橋長41.6mは木造の橋としては、日本最長であります。
   なんと、なんとロマンチックな橋でありましょうか。  この佇まい、大変よろしゅうございます。夢の大吊り橋とは違って、地味ですけど色々と物語りを創造させる  夢の橋であります。

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ひまわり娘

♪誰のために咲いたの それはあなたのためよ
 白い夏の陽ざしをあびて こんなにひらいたの♪

 

 阿久 悠さんの詞は1本のシネマを見たような気にさせますが、この歌に限って言えばプロの技巧を使わず、シ ンプルにシンプルに出来上がっています。恥ずかしくなるくらいですが、ストレートに言い切ってしまうと恥ず かしさを超えることが可能です。この歌に隠されたキーワードは「あなただけを見つめている・あなたは素晴ら しい」という、他者肯定と、それを信じる自己の肯定だと思えます。つぶれない思いは本物を感じさせるので、 いつまでも歌い継がれるのであります。
さて、もやいは突然動いたりします。今からひまわり見に行かん!となって、行っちゃうわけです。そういうわ けで、青空の下ひまわりに会いに行きました。もちろんこの歌を心で口ずさみつつであります。
 真っ青な空の下、黄色いひまわりが咲き乱れ、そのひまわり畑の中から白い日傘をくるくる回しながら、一人 の女性がやってくる・・夏目雅子に会えそうな幻想は一瞬にして壊れましたが、気持ちのいい一日が遅れたので あります。
 青い空と黄色のひまわり
 とても素敵な組み合わせであります。
ぶれない思いと始めに始めに書きましたが、ソフィアローレンの「ひまわり」もぶれない思いのすごさと悲しみが 描かれていましたが、私たちもまたぶれない思いだけを抱きしめてここまで来ているので、ひまわりを見ると すこし心がシュンとします。
 さてさて、黄色い花が与えてくれた元気を、もやいに持ち帰りましょう。
 黒いダイヤの街が黄色いダイヤの街に変わった1日でした。

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川の流れのように

♪でこぼこ道や 曲がりくねった道 地図さえない それもまた人生♪

 

 障害があっても育ち、学び、働き、出会い、別れ、泣き、笑い、怒り、悲しみ、喜び、病み、祈り、憎み、 許し、挫け、やり直し、生きを生きるという思いの強さが色んな活動を支えてきた。でもそれは、誰も見たこと もない国を目指すものなので地図などないのだ。そのことが、いっぱい混乱をもたらしてきた、そのなかでいつ もいつも私たちは深いため息をついてきた。「あ〜」と。
 その「あ〜」とこの歌の「あ〜あ〜」が重なってしまうのだ。それは、それは深い「あ〜」なのだが、見たこともな い国へ進む希望があるからこそつく深いため息なのだ。苦しいし切ないけど、それもまた人生と・・・。
 川を見ると過去と未来に思いをはせてしまう。川は不思議な力があるなと思う。諏訪川沿いで、川の流れを横 目にバーベキューをやりながら、しばし感慨にふけっていると、この歌が自然によみがえりました。 名曲ゆえのことでしょう。
 こつこつと「温泉マップ」の地味な制作の日々が続くもやいのメンバーが、今日はパソコンのない世界で笑い声 をあげる。すごくいい気持ちである。風を感じ、水を感じ、緑を感じ、カルガモの命を感じ、空を感じて「申し 訳ないが気分がいい」のである。川沿いで遊ぶのはもやい23年の歴史の中で恐らく、初めてのことだ 「これでいいのだ」とハカボンのパパのようにつぶやく。

 焼き肉の匂いと、川風の心地よさと、川面に写す過去と未来が、静かに流れていくこのときに、乾杯だ! 我ら食らって飲んで身も心も解き放さん!

酒なら任せて!ウタさんとコウジさんは、食い気より飲み気
 川沿いで酔って候秋の夕

前夜より、串刺しを作っていたので、焼きやすかったです
 串刺しで食べて候秋の空

諏訪川をBGMに集合写真。川に落ちないようにね!
 合鴨も後ろでチーズしているのだ

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雨上がりの夜空に

♪こんな夜にお前に乗れないなんて こんな夜に発車できないなんて♪

 

 自分がどのように人からみられているのかが、本当にわかるときというのは、人間関係が一番強く求められた ときだと思う。そのひとつに恋愛がある。いくつかの恋愛らしきものに向かう中で感じてきた「置き去りにされ た」という実感。常に恋愛のステージに上がれないという予選敗者の現実。車で言えばエンジンがやられ最初から 発車できにいようなものです。これはけっこう、腹が立ち切なくなるものです。 せめて、ステージ上で振られたいと何度も願ったことか。あ〜。
 障害のある人は、多かれ少なかれ、その障害に起因して意識的に無意識的に、なにかをあきらめながら生きて きているわけですが、その中において、あまりに語られない部分が、本当は一番語りたい部分でもあります。 さう、恋愛や性に対する扉をノックしなくてはと思います。この歌を聞いたり、口ずさむとなおさら思いが募り ます。わたくしの中では、この歌は愛のノーマライゼーションを求めるシュピレヒコールであります。
この歌を、大阪であった共同連の全国大会の交流会で聞きました。女性ボーカルのプロのバンドの演奏でしたが、 とてもいいのりで久しぶりにわくわくしたのでありました。 忌野清志郎はやはり最高であります。

編集後記

早すぎないか?今年も後わずかになりつつある。うーん。早い。今年中にやろうと思っていることの半分もやれ てないのにね。子供の頃の夏休みの終わりと似ていて、少し焦ります。皆さんはどうですか? これから先風邪を引かないようにしないと、益々宿題が残っていくので、先ずは健康管理をと思っています。

2008年8月10日発行

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-みんなで楽しくいこうぜニャロメ!-

 

その子は、先生から体育の時間に視力障害のある同級生の面倒を見るように言われ、仕方なく教室から二人で運 動場を眺めていました。お腹が空いてきたので、皆より先に「早弁しようか」と、二人でこっそりお弁当を食べた のでした。視力障害のある子は、そのことをとても喜び、いつもこの思い出をしたそうです。その子にとっては 初めて障害のある子との接触でした。その子は、その日の経験から、障害のある子といっしょに楽しむことは大 事なんだと自覚したそうです。
それから幾十年。その子は漫画家になりました。そしてその時の思い出が果たされます。視力障害のある人もな い人も共に楽しめる絵本が完成します。
「さわる絵本よーいどん!」
点字や触図で作られており、多くの視力障害のある子ども達がニャロメやケムンパスと友達になり楽しみました。 先日、その子が亡くなりました。 赤塚不二男さん。ありがとう。 ご冥福をお祈りします。

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いつもの事ではあるけれど・・・
08大蛇山踊って歌って飲んじゃった

 

  「HEY!ブラザー!どうよ調子は?」
ひと山、ふた山、大蛇山、夏くりゃ祭りは超常識。
暑い、きつい、つらいは棚に上げ、踊ればそれなり井上陶酔、
高齢、加齢、乗り越えて、
いつもの事ではあるけれど、
CP流の夏の舞、踊ってみせましょ、さのよいよい!
踊れば汗もかきましょう、のどもからからかわきましょう、
ついでにおなかもへりましょう、いつもの事ではあるけれど、宴の席をひらきます。
天下御免の無礼講!
鯛や平目の舞い踊り、岡本真夜のTOMORROWに、止まらぬ手拍子続きます。

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シネマで愛して…ガープの世界

 

  自分と同じ年齢の人って気になるのであります。作家だったらどんな作品を書いているのか?歌手だったらどんな 歌を歌っているのか?生死も含めて気になるのであります。シネマの世界ではもはや大御所のロビン・ウィリアム ズが同じ年なのです。結構この人のシネマは見るように心がけているのであります。
思い起こせば、最初にこの人を見たシネマは「ガープの世界」。彼も私も30代の生意気盛りの頃であります。 もともと「ガープの世界」は小説だったという基本情報も知らず、もちろんロビン・ウィリアムズが売り出し中の コメディアンであることも知らず見たのであります。わたくしの世界では、未だにこのシネマが洋画NO1であります。
シネマ冒頭、怪奇で非常識な出来事でガーブが誕生するのですが、もうその瞬間にわたくしはカープの世界の住 人にされさており、不合理で、不条理で、笑うしかない世界が次々と重ねられる中で、ガーブの人生をいっしょに 歩いていくのでありました。
ストーリは怪奇、テンポは軽快、常識は全壊という感じですが、各役者さんは魅力に溢れており、普通なら軽薄 でごちゃごちゃとして終わってしまうシネマが、基本がしっかりしているので、そうはならないのであります。
とにかく最後までガーブと共に生ききった気がしました。原作の良さと役者陣の良さが合体しているので、わた くしの名作になったのであります。
名作になると三年に1回は見直します。そのときによってお気に入りのシーンが変わるのも面白いです。
本当のところ、なぜこのシネマが気に入ったのかよく自分でも説明がつきませんが、シネマってそんなところも 魅力のひとつかもしれないのであります。

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残暑お見舞い申し上げます

 

   夏祭りが過ぎ、お盆が過ぎ、とうの昔に暦上の秋は来ているのですが。
理念の見事さと現実の剥離がひどいこの国の在りようのように、私たちは未だ炎暑の夏が続いています。
 この暑さを一瞬忘れさせてくれる言葉が届きました。言葉ってすごい力を持つのですね。
 北は網走の友人の手紙に書き連ねられた言葉たちが、わたくしを北に誘います。
 森と草と土と香りに包まれて、平原を吹き抜ける風を受け、虫たちの生き生きとうごめく様を感じながら、東  の空に二輪の虹を見た事が記されていました。
 わたくしは、なぜか子供の頃から風が好きで。特に夏に一瞬吹き渡っていく涼風が好きで、心待ちにしていた  ものでした。「風を呼ぶんだ正義の風を♪」と歌ってたあの頃、確かに吹いていた風が、今はめったに吹きませ  ん。できれば、気持ちのいい風の吹く場所で暮らしたいなと思うのですが。
 網走の友人は、風に吹かれながら、ドストエフスキーの「未成年」を読破中とのこと。
 そうか、こういう夏の過ごし方もあるのか。
 何かに夢中になっていると、いい風が吹きぬけるのかもしれません。皆様にもいい風が吹きますように。
残暑お見舞い申し上げます

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いつもの事ではあるけれど・・
08長崎九州ピースサイクル来牟

 

  平和への取り組みは、色んな人が色んなやり方で行っていると思いますが、もやいには夏になると、炎天下の中、 平和を願い長崎へ自転車で向かうピースサイクルの皆さんが訪れます。
今年も7日に訪れました。一番乗りは左の写真の森谷さんです。水俣を立ち、夜を徹してやってこられました。 夜の道路は昼間の熱は冷め、少し涼しいのだそうです。
やがて仲間の方も到着。みなさんわずかな休息時間を過ごされて、再び炎天下の中出発。
私たちは無事を祈ることしかできません。Tシャツまで買っていただき感謝なのでした。

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オリジナルTシャツ購入ありがとうございました!

  皆様、お元気のことと思います。 08年度のオリジナルTシャツを製造・販売しましたところ、多くの皆さんからご購入いただき誠にありがとうござ いました。
毎年、どのようなデザインにしようから始まり、悪戦苦闘!あ〜でもない、こ〜でもないと試行錯誤を繰り返して やっとこさ完成するというのが現状です。でも、みんなで頭を抱えて試行錯誤を繰り返すというのは、苦しいけ れど楽しくもあります。デザインが完成してからは、一枚一枚手作業で印刷。ラベル作りや注文表作りなど、皆 の作業ができてきて、それなりにチームワークが強まる気がします。何より、多くの人が購入してくれるのが励 みとなっています。
目標販売数まであと少しです。目標数に達すれば、ささやかな利益があがり「第3回夜会」開催が可能になります。 どんな文化も楽しもうか、ワクワクします。
 では、残暑厳しいおり、皆様、お身体ご自愛ください。

編集後記

  炎暑の最中、「温泉マップ」の取材が続いています。汗が噴き出す地獄の取材であります。
こんな日程作ったのは誰だ!叫びたくなりますよね。そこに現れたピースサイクルのみなさんの汗を見たとき、 うーん、甘えちゃいかんと思い至ったのであります。暑いけどがんばります。
心を入れ替えた夏。もう少しで秋風が来ます。

2008年6月15日発行

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-暑中お見舞い申し上げます-

 

     後期高齢者医療制度という台風襲来中であります。
この制度の前提である後期高齢者医療はお金がかかるという言説は、この制度に反対する人も認めるところで す。
しかし、はたしてそうか?75歳以下の人と以上の人の2006年度の医療費の平均値は75歳以下の人が多く、33兆 円かかっているいわれる後期高齢者医療における公費負担は8兆円程度です。
正しい前提の上にたたない議論ってどうよ?
障害者福祉も意図的に作られた前提に乗っかっての議論がいっぱいあるような気がするのであります。
「はたしてそうか?」という物差しを人はもたねばなりません。人権を守りつくの育てる「福祉」というカテゴリーなら尚更 であります。
 「梅雨明けたよ!」 「なに、はたしてそうか?」


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シネマで愛して ・・・ALWAYS 続・三丁目の夕日

  第2作であります。あれから4ヶ月という設定であります。なんだか今や国民的シネマでありますよね。「そう だよね、そうだよね」っていう予定調和が与えてくれるカタルシスが心地よいのであります。
 多くの人々の琴線に触れるストーリや小道具たち。ここが私たちの帰る場所なのだ!という気にさせるのであり ます。役者の持ち味がうまく引き出され、作品としての質の高さや拍車がかかっております。
 しかし、なんといってもこのシネマのすごいところは、その作品の質の高さにおいて見た人の想像力に確かな 翼をあたえるところかもしれません。その場所に帰りライフヒストリーと再会し書き換えることだってできるの です。「オーッと!買い物帰りでありましょうか、買い物かごにはジャガイモ、たまねぎ、にんじんが溢れており ます。今夜の夕食はカレーライスのようであります。サーテ!買い物かごの底に見えるのは肉であります。兄弟 で激しい争奪戦が予想される肉がちらっと見えております!肉はいつものように鯨肉のようであります。いった いいつになったらこの家族は牛肉のカレーライスが食べられるのでありましょうか!あの安月給では当分無理で ありましょう!」
 昭和34年。私は小学2年生の古舘伊知カだった。重度の障害児としてこの世デビューした私には、いくつもの 言葉の石や、まなざしの礫が飛んできたが、ひょいひょいと交わしながら生きていくための存在証明として、唯 一動く口をフル回転させたのであります。プロレスの実況中継を文学まで高めた絶頂期の古舘伊知カのように、 ご近所の奥様の買いもの帰りの風景などを実況中継する私に、周りはなんとなく一目置くようになりました。で も、乳母車に乗って口だけ動かす私に、大人が必ず子供に聞くお約束のセリフは投げかけられませんでした。
「大人になったらなんになるの?」しかし、ある日あの買い物かごのおばさんが聞いてくれたのであります。私は、 びっくりして自分も何者かになることを考えていいのだと思い始めたのでありました。
 私の三丁目の夕日で出会った私はそれなりに生きていたのでした。このシネマ、希望の匂いがします。


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    4月夜桜散り果てて割れた月が照らしたる
           野外の舞台に現れし男二人の物語

 ナショナルキッドは口笛を吹くだろう

  4月19日に上演した「ナショナルキッドは口笛を吹くだろう」のDVDが遂に完成! 生の舞台とは違った面白さ!  「もやい」で販売しております。ご希望に方は、是非お求めください。売り上げの益金は、次回「夜会V」の資金  にさせてもらいます。
     

   夜会U 二人芝居 DVD販売 500円



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千の風になって

  SOSの活動が始まって25年が経過します
  その間色んな障害者がかかわってくれました
 分かりあったり誤解しあったり色んなことがある場所として
  SOS・もやいは存在してきたのだと改めて思います
 しかし、長いことやっているとどうしても永遠の別れが訪れます
同じ場所を共有した大切な仲間が亡くなることほどつらいことはありません
   いつも夏が近づくと亡くなった人への思いが募ります
  首をつった人、飛び降りた人、死を覚悟で真夏に歩き続けた人
     病死した人、事故死した人
  この場所が時間を積み上げるほどに悲しい別れが増えていきます
     誰もとめることもできませんし
    亡くなるたびに万感の思いをこめて
  「お疲れ様でした」ということしかできません
       せつないものです
     最近誰が作った詩なのか
  「千の風になって」という詩が歌われています
    私のお墓の前でなかないでください
       で始まるこの詩は
    あの大きな空を吹きわたっています
で終わります
  この歌が少しせつなさを癒してくれる気がします
   光になって雪になって鳥になって星になって
  この場所を見守ってもらってる気がしてきます
     そろそろ梅雨が明けそうです
  そうなれば、せみ時雨まであっという間です
     真夏の夜の星空を見ながら
     今年も吹きわたる風の音に
     耳をすませたいと思います


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 障害学

  周りが求める「らしさ」と自分が求める「らしさ」は全然違うのかもね
 誰もが自分らしく生きたいと願っていると思います。自分の中にあるやりたいことや、自分でも気づかずに持 っている力を発見し発揮したいという欲求があると思います。人生というのは、自分らしさと出会い自分らしさ を発揮するステージのような気がします。
 しかし、人生はそう簡単ではありませんよね。色んな環境があり色んな出来事が人の志をくじきます。不本意 ながらと意に染まぬライフスタイルをとらざるを得ないときもあるでしょう。それは誰もが人として経験すると ころかもしれません。その部分以外にも志をくじくときがあります。それはその人の特性や属性や所属や性など カテゴリー化がされているのです。その中に「障害」もあります。
 人として基本的に自分らしくできない部分と、障害に起因して自分らしくできないところという二重の生き難 さを抱え込んで生きるのは、自分にたどり着く困難が増えるということになります。複数のカテゴリー化を受け ていると、それは倍々ゲームのように困難を増やしていくでしょう。
 さて、自分らしく生きていくためには、周りが求めてる「らしさ」という役割規定にさよならして、自分が求め る「らしさ」に向けた歩みをはじめなければいけません。
そのときに周りの支配文化と新しい文化が衝突するわけですけど、気にすることはありません。恐れるほどに支 配文化は強くないのです。周りに意義を唱えつつも、自分らしく生きる意志を強く持てば生き生きします。どん なにきつくても自分らしく生きているのですから、さわやかさがにじみ出ます。そのさわやかな生き方こそが支 配文化を突き崩していくのだと思います。
 ひとり、またひとりと、与えられた役割規定の衣を脱ぎ捨てること、自分らしく生き始めることが、他人の自 分らしさにも拍手を送る文化を作り出していくのだと思いませんか?
 人権の文化は希望の取り戻しでもあるのです。

★編集後記

   もやいの木曜日はにぎやかです。普段もやいにこれない人たちが自然に集まります。
昔のもやいに比べ広くなったとはいえ窮屈な状態です。しかし、狭いながらも楽しいセンターで、そのほうがか えっていいのかもしれません。人が集えば課題も増えますが笑いも増えます。
今までに無いギャグも誕生して新鮮でもあります。ぜひお立ち寄りを!!

2008年5月15日発行

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-夜会U終了!-

 

 

夜会U終了! 御礼特集号

   生きて在るということは、いくつもの社会的不条理と出会い、いくつもの自己欺瞞と出会っていくことだ。
そして2つの不幸な出会いは、化学変化を起こし、一方の極北に殺人が、一方の極南に自殺が起きるのではないか。  しかし、人は社会の隅に何かを見つけ、自分の中に何かを見つけたとき、殺さず、そして死なぬ「セイ」を生き始める。 その何かを問うために文化はあり、表現者が存在する。ちっぽけな舞台にも、その志は隠れ住み、おどけながら、叫 びながら、歌いながら、踊りながら、その何かを探し続けるのだ。そこに1人でも観客が居る限り。

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夜会Uー2人芝居 ナショナルキッドは口笛を吹くだろう

    当日、ご観劇いただいた皆々様に申し上げます。
   寒い中、私どもの演技を最後までご覧いただき、誠にありがとうございました。
   心より心よりお礼申し上げます。
  また、アンケートにもご協力いただき、なおかつ身に余る激励や賞賛いただき感謝にたえません。
  私たちの演技やセリフのひとかけらでも、皆様のこころの奥底に漂着したのなら役者冥利に尽きます。
  今後もよろしくお願いいたします。先ずはお礼までに。           ★役者より

☆月明かりの下で、練習に練習を重ねた役者の演技が続くのであります。切り取られていく人生のピースが、 ぶしつけに現れては消え、叫び、泣き、笑い、歌いながら、やがてジクソーパズルの終焉を迎えていくのです。
                              (役者のリハーサル風景より)

★言葉だけで物語をつぐむストーレプレイの劇だけに、効果音と照明が重要になるのであります。長期間続けた  練習の成果を最大限に発揮せんと・当日はリハーサルから緊張が走ります。強風という難敵と戦いながら、より  よい表現を求めてスタッフの最後の努力が続くのでありました・・。 もやいの大型新人?宇耐さんも大活躍なのでした。 最終リハーサル風景。強い風がマイクを直撃。一時リハを中止。  音響担当者と役者の打ち合わせが続くのでありました。
                            (スタッフの打ち合わせ風景より)

★翌日、「もやい」でささやかな打ち上げが。大阪から見に来てくれた平野さんの友人吉田さんも参加してくれました。  話すうちに、なんと!カンパックさんの介護に入った過去が!なんという偶然。話しは弾み、演劇論から、障害者運  動論から、文芸論まで!そしてなぜ?腕相撲大会(なぜなのかわかりません)へ!
                                  (劇の打ち上げより)

みなさまのご協力で終了! 本当にありがとうございました!

   脚本を形にするために、長期にわたり支えたくれたスタッフの皆さん。また、寒い中、朝の食事から手伝っ てくれたボランティアのみなさん。そして、当日に会場に来ていただいた全ての皆さん。本当にありがとうご ざいました。最後に、わたくしの思いを見事に表現してくれた役者のご両人にも感謝します。
 また、いつかこのメンバーで何かやれたらと願っています!            ★脚本担当者より

   

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 シネマで愛して・・・魂萌え

   シネマの楽しみ方って言うのは、人それぞれでしょうが、シネマにこめられた主題がグーッ胸にくるときは、 見てよかったなと思うし、記憶に残るシネマとなるのであります。
 わたくしごとですが、自分を生きてるぞ。そんな実感が持てたのは30代前半だった気がします。そうです。シ ネマのタイトルのように魂の萌える状態であります。それまでは何というか、最終ページの障害学のように役割 規定に縛られ、施設という名の支配文化に慣らされて、社会のための私達ごっこをしていたのであります。
 シネマの主人公風吹ジュンが主婦という役割規定の優等生をしていて、突然旦那の死という衝撃を受け混乱し ながらも自分を生き始めたように、わたくしもまたなんの見通しもなく脱施設という衝撃の中で混乱しながら、 自分を生きる実感を持ったのでありました。大切なのは、人生がうまくいくどうかなのではなく、いや、今よりも もっとひどい人生になろうと、自分を生きることだ。
 そんな思いがこみ上げるシネマであります。ふいにやってくる衝撃は拠って立つ地面を揺らします。混乱は隠 れ住む自分の正体を明らかにしてくれます。それにしても、風吹ジュン。素敵な役者さんです。目がいいなと思 います。それだけではなく、三田佳子始め他の役者さんの演技の素晴らしさはどうだろう!
 さらに、アコーディオンの奏でる哀愁と女性の歌声が作り出す地の底からの人間賛歌のメロディーはどうだろ う!さらに、あの古典的名作シネマが暗示する人間の悲しみと強さはどうだろう!いったい今回は「!」をいくつ使う のだろう! つまり、このシネマ満足したのです。一言で言えば、これはひとりの女性が外から与えられた文化に 内側から作り出した文化を突きつけた、文化と文化の「きしみ」のシネマであります。


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   塚本宇耐さん もやいデビュー!!

   4月桜が咲き始めた頃、うたえさんはやってきた。そのやわらかな笑顔とほんわりとした会話は、もやいをな ごませるのであります。しかし、いざ催し物だとなると、一生懸命のお手伝いを始めてくれるので助かるのであ ります。「きょうは天気よか!」とうたえさんの声がゆっくりもやいにひびきます。

けっこうまじめなうたえさん。パソコンを使ってひらがなの練習を欠かしません。もやい以外にもパソコン教室 や、絵の教室にも通っています。「やるね〜!」けっこうお酒も強いのであります。もう一度「やるね〜」好きなTV 番組は「無理な恋愛」、さぁもう一度「やるね〜!!」

うたえさんのもやいでの一番のお友達はシンさんです。年が近いしお互い字の勉強をしていることもあり、いつ もいっしょです。お買い物や、たまにはもやいで映画を見たりしています。時々うたえさんがシンさんの頭を「よ しよし」となでると、すかさずにシンさんが「やめなさい!。まるで漫才コンビのように意気があっています。
うたえさん最後に一言どうぞ。「シンさんカネもーち!!」

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障害学

   ーらしく、らしく、らしくあれ、らしくなるほど、らしくなれー
 「らしく」あれと、外側からの圧力と自分の内側からの圧力がかかります。いったい、らしくって何サマ?

 支配文化があって、皆がそれに従っているとき、その支配文化が一人の人の人権を奪う扱いをしたとします。 そんな扱いを受けた人は「ひどいじゃないか!」と言いたいのだけど言えないときがあります。どんなときでしょ う?もし、その人が「障害者は人の世話になるんだから、障害者らしく控えめにしときなさい」と聞かされ育ってい ったらどうでしょう。そして周りの人たちもその通りと思っていたら?
 話は少しずれますが、私が大好きな小林ハルさんという100歳を超えた視覚障害者の女性がいます。人間国宝で ある彼女は視覚障害者として生まれ、幼いとき祖父からこういわれ続けます。まるで私たちといっしょです。
@人のじゃまになるな A思っても余計なことは言うな Bいつもはい言え C人様にさからうな・・これを守 らないとおまえは生きていけない!たぶん祖父は知らせたかったのです。この世の支配文化に従わないと障害者は 特に生きていけないことを。そして従うテクニックを・・これって役割規定ですよね。
 さて、支配文化の中で「障害らしさ」として「控えめ」、あるいは「あるいは自己主張しない」という役割規定(らし さのルール)が決まっていたら、もし、その人が「ひどいじゃないか!」と啖呵をきったらどうなるでしょう?
多分「らしくない人」と見られてしまいます。そうなるとその人の周りの人間関係は少し気まずくなります。そのこ とがきっかけで今までやさしくしてくれていた人が離れていったりすることさえ起きます。えー本当かよ!と思わ れる人がいるかもしれません。本当です。
私自身もいっぱい経験してきました。この経験ってやつは誰にも否定できないものです。役割規定を「おいらいち ぬけた!」とおさらばすると、周りと摩擦が起きます。なぜ、摩擦が起きるかというと役割規定を求める支配文化と 「おいらいちぬけた」という新しい文化が衝突するからです。

★編集後記

   夜会Uが終了しました。
なんだか祭りのあとの寂しさを実感しますが、さぁ普段のもやいに戻りましょう!今もやいでは、塚本宇耐さん  が登場!大活躍中であります。もやいの空気がより柔らかく、よりゆっくりしてきたような気がします。
宇耐さんの天気予報や笑顔や一言コメントがつくりだすワールドに浸りに来てくださいね。


2008年4月15日発行

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-新年度が始まった-

 

   新年が始まった。それに伴い障害福祉も国や県、市の制度が少し変わる。医療制度も微妙に変わる。
変わる制度に共通するキーワードは「負担増」だ。また、原材料の高騰により、有明ホームのおいしい豆腐も生産 中止となるなど、今後福祉施設にも影響が出てくるだろう。どこもキーワードは「財政難」だ。
 なんだか厳しい時代である。といって、このまま障害者福祉の制度や社会資源の変わり方を持っていては、障 害のある子どもの希望を奪うことになりかねないだろう。
 願いを待つ人たちよ、もう、何かを待つのはやめよう。何かを始めよう。何かを当てにするのはやめよう。何 かを自分で考えよう。何かを批判するのはやめよう。何かを提案しよう。
 願いを持つ私たちのほうから、発案し、提案し、説明し、説得し、行動し、このまちを変えていこう。
キーワードは「じんけん」だ。「だれひとりの希望を殺すな」から始めよう。

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4月3日、花見をしました! ついでに句会もやりました!

   ★木曜日のもやいは、いろんな人が来てデイサービス状態なのです。3日の日は天気もよかったので、急遽 花見をしました。皆で桜を見ながら、全員アドリブで俳句を作り、全員で投票をして最優秀と優秀と特別賞 を決ました。いやー桜が満開のせいか、お天気が良かったせいか、どの作品も素晴らしいできでありました!

★子どもから、高齢者?までそろった花見はゆったりとして楽しめました。あまり暑いので子どもたちはアイ スを食べ、大人たちはビールを片手に木陰で雑談。とにかく暖かすぎる1日でした。その熱さの中で、一心不 乱にマイクを握り続けているのは松山さんであります。さーすがであります。

★参加賞全員の俳句を張り出し多数決で賞をきめました。
 最優秀賞は介護者の女性Hさんに!優秀賞は武田さんと木下さんに!
 そして、特別賞は有松温之さんに決定!この4人には桜餅が賞品に贈られました。おめでとうございました!

最優秀作品 
   ☆ ふぞろいに 行きも帰りも 桜咲く
特別賞作品
   ★ゆりよりも さくらのほうが やさしいぞ

    ○ 陽だまりの シートの上に 散るさくら
    ○ さくらかな 花見まじりの 酒味無し
    ○ いちにちを 風にまかせて さくら咲く
    ○ 桜見の   よきともだちと たのしけり
    ○ 花見には  晴天の空 暑すぎる
    ○ 青の空  ピンクの桜 なおはれる
    ○ ハイカラの 帽子かぶって 花見かな
    ☆ リフトカー 枝に当たって 花が散る

  ☆もやいの花見はここ数年「企画すれば雨」がつづいておりましたが、今回は天気にあわせて「それやるぞ」とい う感じでやりました。
参加者のみなさん、介護者のみなさんお疲れ様!!

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ナショナルキッドは口笛を吹くだろう

4月19日(土)18:00開場・19:00開演
野外音楽堂(旧青年の家横)

(セリフ一部抜粋)
話しかけないでくれ。

み、みんな見に来てくれないかな?
ふ、不安だな。
君は不安じゃないの?
そ、その衣装で寒くないの?
けっこう君って無口だね!

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入院時生活支援事業4月より実施

福祉情報一速報!

    重度の障害者が入院したとき、家族等の手伝いが望めない場合があります。
 その場合、入院生活上の支援が受けられます。そのルールは以下の通りです。
 詳しくは福祉課へお問い合わせを!!

Q このサービスを使える人は誰?

   市内に住んでて非課税所帯か生活保護所帯の方で、次の4つの条件をすべて満たす人です。
   @住宅介護(ホームヘルパー)の支給決定を受けている人
   A原則として、障害程度区分5以上の人(ただし、障害程度区分4以下であっても全身性障害者1級等の重度障
    害者で、特に必要と認められる人は対象になりよ)
   B単身、又は要介護状態の家族のみで構成される世帯に属し且つ入院中における生活支援する人がいない人
   C原則として、市内の医療機関に入院さりる人

Q どんなサービスを受けられるの?

    @下着の洗濯 A日用品等の買い物 Bその他必要な生活支援
    ※身体介護はできません

Q 利用料はいくら?

   @生活保護世帯の方→事業費の1割です
  A非課税世帯の方 →事業費の2割です
    ※事業費は30分600円で、30分ごとに算定します

Q どれくらい利用できるの?

   週に2回まで利用できます。時間は2回合わせて4時間までです

Q 申請の仕方は?

   福祉事務所にある申請書に記入して提出して利用決定を受けてください

               問い合わせ 福祉課障害サービス担当 電話41-2664

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障害学

    ※役割規定。難しい言葉ですよね。おなたはこういう人であってください。
   いや、こういう人です! という決め付けや思い込みみたいなものです。

 KY(空気が読めない)の「空気」の正体は、共通する言葉、態度、振る舞いを要求する支配文化だというところにた どり着きました。その支配文化に対して「それは間違っている」と差別された側がなぜ言えないのか?不思議ですよね。 でもそこには、役割規定というマジックが仕掛けられているからだというところで先月は終了。
 さぁー先に進みましょう。
 役割規定。性の役割規定として、男は仕事、女は家庭、男には男らしさを、女には女らしさの役割を求められる 事があります。同じように障害者の場合も、障害者は助けられる人、健全者は助ける人、あるいはできる人、でき ない人、などに役割が規定されがちです。これが行き過ぎると障害のある女性は子どもを産んではならない人につ ながり、子宮摘出の手術を強制されたりしてきました。また、高齢者の場合も生き方を規定されがちです。どこの だれだれというキャラクターよりも、高齢者だからこうあるべきという役割規定が優先したりします。
 男らしく女らしく障害者らしく高齢者らしく。らしくらしくのオンパレードですね。さて、ここからが問題です。 一見すると、この役割規定を当事者が望んでいるようにみえるのです。いやたしかにそう思い込んでいる当事者が 多いのです。役割規定を果たすことが生きがいになっている人もかなりいます。そういう人たちからは「こんなにが んばっているのに、ケチをつけるのか!」と怒られそうです。
 けしてケチをつけてるのではありません。ただ、誰が、何故、何のために、役割規定をつくり人の生き方を「外側」 から指導し、誘導するするのかを確かめたいと思いませんか。謎を解かないと安心して眠れないですよね!

★編集後記

   5月の連休が終わったら「湯快だネ!温泉福祉マップ」プロジェクトがスタート予定です。市内に限らず近場の温泉 施設をめぐり、ホームページにアップしバリアフリー情報をお届けします!障害者も高齢者も温泉行きたきゃ行きま しょうよ!健康にも好影響!というわけで、半年以上はかかる超ロングな取り組みになりそうです。


2008年3月15日発行

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-電動車いす騒乱隊-

 

 

  電動車いす騒乱隊がデビューした
  夜会・壱
あれから1年半の時が過ぎ
 桜吹雪で清められた野外音楽堂に
 障害者と健全者が作り出す舞台劇

  

 夜会・弐  参上!
ー二人芝居 ナショナルキッドは口笛を吹くだろうー
 4月19日19:00に野外音楽堂の上弦の
              月の下逢いませう!


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 電脳福祉マップ最新版完成

 

 4月1日 OPEN

  SOSのホームページで解説している「福祉マップ」を大幅更新しました。
  みんなで手分けして、調査を重ね新しく増えたお店を掲示しています。
  閉店したお店は削除しましたが、読みやすくなっていると思います。
   そよ風のように街に出て、いろんな出会いを体験しよう!そこからいろんな物語が広がると思います
どうぞご活用ください。   また、掲載されてないお店等があれば56−0115までお知らせくださいね!

 4月1日 OPEN

    SOSのホームページで開設している「自立マップ」を、大幅更新しました。
 自立支援法の登場で、障害者福祉サービスの社会資源のあり方が大きく変わったことに対応するためです。
 介護派遣事業所もアンケートを取り直して、最新の情報を掲載しています。
 多くの皆さんに活用していただければ幸いです。色んな社会資源を使いこなして自立生活をひろげていきまし  ょう!

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ナショナルキッドは口笛を吹くだろう

  4月19日(土) 18:30会場
19:00開演
★場所:野外音楽堂(延命公園) ★入場料:無料
★主催:NPO法人おおむた障害者応援センター
★後援:大牟田市教育委員会・NPO法人大牟田障害者協議会

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産地地消のオリジナル二人芝居

  タクシードライバーとカラオケ教室経営者。2人の中年男の人生の
ジグソウパズルが交差する時、もう一つの、あらねばならなかった人生が現れる!

☆CAST:平野信義vs木下和彦

「からあなたをおいしげておりましたうことならになりとういますかよこ」・・わかるか健!

「な、な、なんなんです!何を言い出すんです父さん。いったい何のことです!」

  私たちは、気軽に文化を楽しむアリーナとして「夜会」という催し物を開催しています。といっても、まだ1回しか開催 していませんが・・このたび2回目を開催いたします。前回は「歌と踊り」を楽しみました。今回は芝居です。
「夜会」の特徴は、入場料が無料なことと、スタッフと出演者に障害者と健全者が入り混じっていることです。
さて、最初に気軽に文化を楽しむと言いましたが、障害があるとそうとも言えません。文化の作りて、あるいは受けて として、障害者の文化への参画が進むことを目指しつつ、夜会の幕を上げたいと思います。ご来場熱烈歓迎であります!                                                      夜会:弐スタッフ一同

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障害学

  周りの空気は、人に同じような言動や振る舞い態度を促していきます。そしてルールが作られます。
そのルールを作り出した世界は・・・
人権白書の事例から、人権侵犯という差別の正体への旅が続きます。寄り道をしながらぼちぼちと参りましょう。

 先月号では、KY(空気が読めない)について考えました。あなたを囲む場所に漂う空気に人もあなたも促され ていきます。時にはジャンプもします。
 この空気は、同じ言動や態度、振る舞いを生み出し、それらのアクションは一定のルールを生み出します。
そうなると、これは空気というよりも何と言いましょう?とりあえず「文化」としておきましょう。それも皆にそ う求める圧力と持った文化ですから「支配文化」ということにします。
 支配文化を作り出す「空気」。問題はこの空気が人権を侵害する空気だったらということです。ここで疑問が おきます。その空気が人権を守る空気か、侵犯する空気かは誰が判断するかということです。難しいようで、 易しい疑問ですよね。それは、空気を受けて、悲しい思いを感じる人です。人権侵害を受けたと感じる人です。
 じゃあ、その人がこの空気は間違ってると声を上げて、皆がそれに気づき空気を変えれば問題解決ジャン。
それはそうなんですが、そう簡単にいかないとこが人権の問題の難しいところです。人は人権侵害を受け続 けるとどうなるかということも考えなくてはいけません。人権侵害を受けたと感じるには、その前提として、 私は人であり、人権侵害は犯さないし許さないという強い意識が必要です。
 長い時をかけ人権侵害を受け続けると奇妙なことが起きます。お前はだめな人間だといわれ続けたとします。 それも特定の人からではありません。周りに居る大多数の人から言われ続けたら?同じように。もう40才を過ぎ ているのに子ども扱いされ続けたら?
 不特定多数の人から同じような言動や振る舞い態度を受け続けると「内面化」という現象が起きてきます。
つまり、自分に対して行われている言動や振る舞い態度を自分の中に取り組んでいくのです。「私はだめな人間 である」と自分で自分を決めつけます。子ども扱いされるのなら、子どものようになって甘えて助けてもらおう。 そのほうが周りの人は喜ぶのだから・・・つまり、空気を読むほうが楽になれるという気がするのです。
だめな役、子どもの役と、支配文化は勝手に配役を決める。態度の大きなディレクターみたいです。
その「役割規定」に応える演技が始まります。

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何のためさやかに咲くか桜花稟々しく散るか一夜の雨に

  桜が好かれるのは、ひとつに旅立ちの象徴だからだ。
卒業した学生たちは4月それぞれの桜の門をわくわくしながらくぐり新たな社会と出会うのだ。
その旅立ちを満開の桜が彩る。
しかし、と思う。あの頃・・・養護学校を卒業した私にくぐる門などなく、満開の桜は竹の棒でつついて落と す対象でしかなかった.行く当てもないのに卒業生の答辞を担当させられ「胸を張って卒業します」などとしら じらしく言ったときから、もう私には桜は咲かないだろうと漠然と思ったものだ。あれから随分すぎる時がた った。にもかかわらず、支援校と名は変わっても未だに卒業する後輩達の多くはくぐる門もなく桜も咲かない。  ノーマライゼーション?それは誰にも桜が咲く季節を言うのではないか?

★編集後記

  夜会Uが来月開催だ。あの「ダンスと歌」から1年半。事務所の引っ越しなどで遅れに遅れましたが、何とか 開催できます。
今回は二人芝居に挑戦です。去年の秋から地味な練習が続けられています。野外劇なので天気が 心配ですが、暖かい闇の中で、月光に照らされて観劇したいものです。ご来場お待ちしています。



2008年1月15日発行

ページ1

-あけましてめでとうございます-

 

 

あけましておめでとうございます。

劫初より作りいとなむ殿堂に われも黄金の釘一つ打つ

   古い歌人の歌がけっこう心に沁みたりするので、なんとなく年の始まりに無意識にそんな歌を探してしまうの だ。与謝野晶子の歌は恋歌が多いが、時には心が勇むワードを投げつけるときがある。2008年になって偶然この 歌にであった。少し元気が出る。どの場所にいても、名もなく欲なく、黄金の釘を打つ人がいる。そのことを励 みに、私たちもこの歌を胸に抱き、人が真ん中の街づくりの黄金の釘を打ち続けよう。

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変えようbut変わろう

   自立支援法が発効して二年度目が終わろうとしています。黒船に例えられるほどの大きな衝撃をもって受け止 められた法でした。影響も大きく、当事者・家族・事業所・行政の4つの悲鳴が交差しました。
 今、政府で見直しがされています。一体この法律は何のための法律だったのかという基本が問われずに、表面 的なプラスマイナスだけが問われているように思います。
この法律を誘発したのは、福祉の基本構造改革です。「改革」という言葉はいい響きです。
 しかし、改革を目指す前提の状況認識が甘ければ、改革は良薬変じて劇薬になります。福祉の構造改革が簡単 に成り立つほど、また、自立支援法がタイムリーに的を得るほどの前提条件が熟していたでしょうか?そうは思 えません。障害者の所得保障も未完成のまま、事業所の支援スキルも社会性を獲得できないままでした。
 改革は必要ですが、見切り発車は大きなリスクを負います。着実に改革の歩みを進めるはずが、見切り発車に よってついていけないと思った人々は、取り残されてしまったというのが、この2年度の感想です。
 もうすぐ3年度を迎えます。この2年度の苦しい経験は、今後の私たちの生活の中で活かせるものと思います。 自立支援法は、今現在の状況にあわせたオーダーメイドに作り変えねばなりません。それとともに、私たちも、 政策への批判だけではなく、どういうノーマライゼーションを作り出すかを共有し、その望む社会作りに向けて 変わらなければなりません。
 変えようbut変わろう!
そういう志が今必要だと思います。
 かって私たちは、誇りをもって「人が真ん中の街づくり」の水先案内人と自己をなぞらえました。血縁でなく もなく、地縁でもなく、思援でもなく、宗援でもなく、利援でもなく、志援でつながった全国の当事者、家族、 支援者とともに、オールを漕いでいきたいと思います。

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シネマで愛して・・・タイニーラブ

 三丁目の夕日の時代、わたくしは12歳の少年として松葉杖を付き、大牟田駅で我が家に泊まりがけで遊びに来 る彼を待ったのであります。彼は電車から降りると手を振って私の元へ。その時、駅にいた全員のまなざしがい っせいに注がれ、人はひじをつっ突いて知らせあい指を指して確認をし始めました。松葉杖の私も人のまなざし をいつも受けており慣れっこでしたが、その比ではないまなざしの量と深さであり少なからぬショックを受けた のでした。彼は低身長症でした。
 あれから45年目の正月。偶然にこのシネマを見たのであります。
低身長症の役者がいきいきとした演技を見せて、かっこいいし、笑わせてくれるのでありす。美化も卑下もなく すごくいい雰囲気がシネマを覆っているのであります。
  さてさて、シネマの本筋は、その低身長の家族親戚の中で、唯一低身長症ではない男性と、その男性を愛した女 性の恋愛、結婚、妊娠、出産。そして家族のありようを描きます。その中に、低身長症の兄が交わり女性の心が 揺れ始めます。いっぱい印象に残るシーンが出てきます。低身長症の家族が居ることを隠していた男性に詰め寄 るシーン。
女性が初めて低身長の兄と出会うシーン。女性の家族が相手の家族と初めて会うシーン。妊娠がわかったときの 男性の戸惑いと女性の決意のシーン。生まれた子供への対応が分かれるシーン。切ないシーンが胸を打ちます。
低身長症の我が子を受け入れられない事に悩む父親になった男性。どうしても枷がはずれないつらさが伝わるの であります。一方、低身長症の家族の生き方によって枷をはずした女性は母親として我が子と生き始めます。
 そして、せつなくも甘酸っぱいラストシーンが待っています。それにしても、ヒロインのケイト・ベッキンセ ール。パールハーバーでは全然だめ演技でありましたが、このシネマではとてもいい演技であります。
 ストーリーの力が役者をエンパワさせるところがあるのでしょうか?ヴァンパイヤのヒロインでは終わらない役 者さんのような気がするのであります。
 さて、今年も唯我独尊、勝手にシネマを語ります。よろしくお願いします。

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本年もマイペースで

★ピープル活動

  昨年の池田さんは、何度も救急車で搬送されるなど、体調が思わしくありませんでしたが、最近は体調も落   ち着いてきて一安心です。昨年の暮れにはピープルのホームページを開設して、介護者の方はパソコン上で介 護ローテーション表が見えたり情報交換ができるようにしています。活用してください。
                                       担当責任者:案浦

★ピアカン・ケアマネ活動

  大障協との連帯で今年も丁寧な取り組みを行います。
                                      担当責任者:有松ゆ

★ヘルパー利用者の会活動

  今年こそはきちんとした企画を立てて、みんなで楽しみたいと想います。生活に役立つ勉強会もちょこっと 出来ればと思い  ます。
                                       担当責任者:久富
 

★ビーズアクセサリー作り活動

  去年は新製品「雪だるまのペア」が評判がよかったので、今年も、新製品を作りたいと思います。
                                       担当責任者:松本

★福祉マップ・自立マップ活動

  春には改訂版をアップします。そうしないと鬼嫁から怒られます!
                                       担当責任者:有松

SOSプランニングPRESENNTSー夜会・弐

 06年ダンスを中心とした「夜会・壱」は、若い人たちがいっぱい出演してくれてすごく楽しめました。
 電動車いすダンスも出来て最高でした。
 今年は、「夜会・弐」を4月に行います。昨年の11月より準備に入り、練習も始まっています。次回の通信で日  程等をお知らせいたしますのでよろしくお願いします。
 今回は「芝居」を予定しています。今年もいろんな形で障害者が参加できる文化活動を展開していけたらと思い  ます。
                                        担当責任者:歩

 「地域活動支援センターもやい」 として生まれ変わり、事務所移転をおこなって1年目に入ります。バタバタと ユッタリが同居して、苦しいやら楽しいやらよくわかりませんが、プラスマイナス「面白い」にたどり着きそう? 本年もがんばらずに自然に参ります。
                                         支援スタッフ

★電動宅急便みたいな活動

  新聞の配布、もやいの買い出しなど。今年もねずみのように動き回ります。よろしくお願いします。
                               そういうふうな動き担当責任者:末藤

 

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障害学

   今回の障害学は「障害者の人権白書」の3事例を取り上げました。VOL5では、その3事例に共通するもと して、まず、傷つける側にある「私たちと違う」=「劣ってるジャン」にたどり着きました。そして、一体なぜそうなるのかの旅がはじまりました。

 「K・Y」という言葉が去年流行しました。「あいつK・Yだよね」などという言い回しで使われています。その場 の空気(K)が読めない(Y)ということです。この空気という言葉あるいは状況に注目です!
 空気は見えないですよね。でも、たしかにそこに在る。幻想なのか現実なのか迷います。しかし、空気その 場を支配します。その空気に逆らうと「あいつ・・・」となります。「劣ってるジャン」にいたる大きな原因には、 この空気が絡んできます。どんな絡み方?それはさまざまです。
 人間って学習する生き物です。多分自分を守る潜在意識がかかわっているのでしょう。身を心を守るために周 りの空気を読み、それに合わせること、あるいはその空気が望む方向にジャンプまですることがあります。
そのこと自体が悪い行為と思いません。人を傷つけない空気にあわせ、それをだんだん自分のものにしていくこ とも出来るのですから。問題は、人間を傷つける空気を胸いっぱい吸って人は育ちます。そして学習します。
そして自分のものにしていくことです。
 繰り返される言葉や振る舞いがいっぱい繰り返されると、どうなるか?  ルールができます。ルールができるとどうなるか?簡単です。ルールに従って言葉や振る舞いが統一されてきます。
 先を急ぎます。4ページの「シネマで愛して」に書かれている状況を見てみましょう。低身長症を見た人々の振 る舞いです。まなざしの放射・肘による気づきの促し、眉をひそめる感情表現・指をさす共同確認・顔を寄せあう 情報交換・声をひそめる共有感情確認等々。
 そして、その振る舞いが作り出す。健全者というアイディンティティの全体的確認が一瞬にしてされています。
同じような振る舞いをしなければ不安になると思われます。
 振る舞いが作り出すルールは、生まれてきた赤ん坊から高齢者までふわっと包みます。でもそのふわっとは見え ません。なにしろ空気なのですから。そこに在ることさえ誰も気づかずに空気に合わせる人々を作り出します。
 実に不思議な空気でありますよね。

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    倚りかからず
 もはやできあいの思想には倚りかかりたくない
 もはやできあいの宗教には倚りかかりたくない
 もはやできあいの学問には倚りかかりたくない
 もはやいかなる権威にも倚りかかりたくない
        ながく生きて
     心底学んだのはそれぐらい
        じぶん耳目
    じぶんの二本足のみで立っていて
       なに不都合のことやある
        倚りかかるとすれば
           それは
        椅子の背もたれだけ

年賀状ありがとうございました!

 みなさん、いっぱいの年賀状ありがとうございました。もう1月も終わろうとしているのにお礼が遅れ申し訳あり ません。2008年のもやいの一歩を踏み出しました。福祉マップ改訂版・自立マップ改訂版を桜が散る前に完成させ、 チューリップの咲く頃には「バリアフリー温泉マップ」づくりが始動します。
 今年もよろしくお願いします。

★編集後記

  「お正月、待ってましたと雪が降り」・・・元旦の朝、トイレの窓から雪を見ました。なんだかうれしい!
 お屠蘇をいただくと今までで一番おいしかった・・な、なんだかうれしい!2つのうれしさが有頂天の新春でし た。
皆様のお正月はいかがでしたか?
もやいの通信本年もよろしくお願いします。


2007年12月10日発行

ページ1

-猫はコタツで丸くなる-

 

 

猫はコタツで丸くなる

   年をとるとコタツの魅力が増す。
 この暖かきコタツという国家は、安心と安全を与えてくれる。未だこの国が与えてくれないぬくもりがそこに 在る。
だけどな〜と思う。そのぬくもりが、わたくしをここに留め、世界との出会いを奪ってないか?と確かに 思うのだ。その昔、
ある歌人は「家出のすすめ」という本を書いたが、家を出る前に、どうこのコタツから出るか が先じゃないか?と思う。
 コタツというと猫である。「猫はコタツで丸くなる」と私たちは決めつけてきたけど、いつの間にか、わたした ち自身が猫になっている気がする。猫でもかまわないのだが、丸くなってもかまわないのだが、コタツという国 家にゴロニャンしているだけでは、「何か」と出会えないのではないか?うーん、「何かって何よ?」と聞かれそうだ。 何かがわかれば何かではなくなるのだよ明智君!何かわからないけど何かを求める、それがいいなと思わないか? 何かを探す生き物でありたいと思いつつ08年を迎えよう!

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07年、応援いただいたみなさまへ

  07年度、さまざまな場所から、さまざまなやり方で、また思いで、SOS活動を応援していただいたみなさん。
  本当にありがとうございます。
わたしたちの目指す自立と共生の世の中は、未だ遙か彼方でありますし、私たち自身も年を取り2次障害に苦しめられてい
るのですが、しかし、あせることなく、且つ、惰ることなく、早くゆっくりの歩みを続けています。
福祉が産業化され、経済の論理が人間関係を規定していくつまらない時代ですが、私利私欲、公利公欲ではない 解放された人間関係が作れないと、障害者の夢は開かれないのだと思います。
 わたしたちは、写真のようなに心の奥深くの「叫び」が聴こえ続ける限り、活動を進めていきます。当事者と して生まれた私たちの唯一の社会貢献の証として。08年もよろしくお願いします。

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帝京大学の学園祭で体験!明日の福祉機器だジョー!

立つんだジョー

 ビデオ屋で、お目当てのDVDを探し当てた時は幸せである。が、それが手の届かない棚にある時、幸せは手の ひらからこぼれ落ちるのである。まあ、それほど大げさではなくとも困るのである。車椅子だとそれは日常茶飯 事だ。ビデオ屋に限らず場所を変えて多々ある出来事である。
届かない悔しい!その時、後ろからあの声が!丹下段平の声が聞こえるのである!「立つんだジョー!」そんなこと言 われてもどうにもなんないよ・・・だが、あの声に応える、立ち上がる車椅子が登場したのである。重度障害者 の景色を変えるこれって、いろんな使い方が出来ると思います。世界を広げる機器ここに登場です!

積むんだジョー

 車椅子をどう積むかは重要です。車を運転する障害者とっては負担なのです。自力で積むには重い、つめない、 だめだとあきらめたとき、再びあの声が!「積むんだジョー!」なんと、車がかってに車椅子を車の屋根に積み収 納!社会参加に強力な支援機意気ここに登場!

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ハローキッズ!君たちこそ希望の種だよ!


  小さな靴がもやいの玄関に並ぶ
 色とりどりで色んなサイズ色んなデザイン
  靴をみていると
つくづく人はみんな面白い生き物なのだと思う
それをつまらなくさせるものがこの世に満ちている
        だからこそ
   君たちは僕らの希望の種なのだ
          今日はようこそ

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SOS研修IN鹿児島・・ぼくらはおいどんになる!

●鹿児島研修は盛り上がったのです。桜島、夜の天文館のイルミネーション。
 そして黒豚ラーメン、知る人ぞ知る白熊アイス!うーん、ぼくらは確かにおいどんになったのでした!

 

原点復活のSOS忘年会終了

  SOSの忘年会は、忘年会などと無縁な世界に置かれている障害者を主役にという、原点に戻した忘年会とな りました。
少人数ですけど、それぞれが主役で、語り合え、笑いあえる、心のこもったいい忘年

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福岡県南筑後地域労働者福祉協議会より・・ パソコン2台と周辺機器の寄贈をうけました

  12月14日に労働者福祉協議会よりパソコンの寄贈をうけました。
労働者福祉協議会の皆さん本当にありがとうございました。 パソコンを通じた作業や活動が増えていたので
大変助かります。 当日は松岡会長始め7名方がもやいを訪問され、贈呈を受けた後、交流もさせていただきました。
心よりお礼申し上げます。

編集後記

 高田渡さんというフォーク歌手がいて、もやいにも何度か遊びに来てくれましたが、今年亡くなられました。
その息子さんである高田蓮さんのライブを先日福岡で見ました。スチールギター奏者の蓮さんの演奏は見事で、
とても癒されたのでした。古いフォーク歌手の人たちと最後に渡さんの歌が歌われ涙・・・


2007年10月10日発行

ページ1

-ムーンライト-

 

 

ムーンライトセレナーデだよね

  秋の存在証明はムーンライトで事足りる気がする。
 ほのかな月光の下で、ワインにほほを染め幸せのステップと戸惑いの
ターンでワルツを踊れば、もう世界は手のひらの中だ。
 ムーンライトは、人に詩を書かせ絵を描かせダンスを躍らせる魔力がある。
人の心の奥底にある何かを引き出す不思議なエンパワメント。
 さまざまな文化を産みだして人を飽きさせない秋。ムーンライトを浴びると
ここではないどこかへ心が向かい始める。

☆赤い羽根共同募金
  本センターに平成19年度の共同募金配分が決定しました。
  この配分は運営に使わせてもらいます。
  寄付の方、ボランティアの方、関係者の皆様、本当にありがとうございます。

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自分だけの地図を描こう


自立マップ改定作業 ぼちぼち開始!


       自分は一個の人間でありたい
誰にも利用されない/誰にも頭を下げない/一個の人間でありたい
    他人を利用したり/他人をいびつにしたりしない
       そのかわり自分もいびつにされない
        一個の人間でありたい

      武者小路実篤さんの詩であります
    けっこう沁みてくるものがありませんか?
     人は時に自分の思いを言い当てる言葉を探します
   探し当てたとき自分の思いが完成するような喜びを感じます
   そのための旅ならいとわないぞという気になります
          武者小路は続けます

  自分のもっとも深い泉から/最も新鮮な/生命の泉をくみとる
       一個の人間でありたい

      生命の泉を汲み取り一個の人間になる旅には
私たちの場合必要最低限の社会サービスが必要となります
           生きるための新しい地図が必要となります
ということで、「自立マップ」を最新情報に書き換え
             改定作業を開始します
      各方面のご協力よろしくお願いします

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★福祉の街づくり

 こんな街になればいいのにネ。

★やさしい物づくり

こんな物があるといいのにネ。

いきいきふれ愛あきない祭りの中に
      メッセージボードを設置し
 祭りを通して市民の思いを発信したいと思います

   この街がこんな街であってほしい
   こんなものがあればとっても助かる

福祉の街づくりに関するあなたの願いや思い
  生活を豊かにする物づくりへの願いや思い
  ちょっとした願いや思いをお寄せください
 メッセージボードを願いや思いで埋め尽くしましょう
         それはきっと
 福祉の街づくりとやさしい物づくりを進める
   大きな風となって吹きわたると思います
  みなさんのFAXお待ちしています。

ページ4

シネマで愛して・・・善きひとのためのソナタ

静かで地味でしかしキラリと心に残るこのシネマは、なんだかいつまでも忘れられない恋人のようであります。 東ドイツという今は無き国家は、盗聴と密告によって体制維持が行われていたのであります。これって独裁国家 のお約束ですよね。支配する側の権力の乱用というこのカタチ。私たちは、子どものころから施設という場所で とっくに経験済み。驚くに値しないのであります。支配者が被支配者に相対する方法は2つであります。アメと ムチ。ホホエミとロウソクなのです。
アメをもらうために、てぇへんだてぇへんだ!「タバコ吸ってるよ」「おしっこしかぶってるよ」「賭けブリッ ジしてるよ」「人にものばっかりたのんでるよ」「先生の悪口ばかりいってるよ」と、同じ障害者にチクリまく られ、支配者から好感度は最悪だったあの頃。毎日盗聴されてたのも当然でありました。
 さてさて、そんなことはどうでもよくないのですが、とのあえずこのシネマであります。浅く不確かな人間観 に基づく登場人物が出てきて、なんともかんとも乗っていけないシネマが多い中、なんと素敵な人物描写であり ましょう。
 最初から最後まで緊張の糸が切れずに乗せてくれたのでした。監督の名さえ知らないのですが感謝申し上げた いのでありました。井上光晴は「全身小説家」を名乗りましたが、このシネマの主人公、そのたたずまいは「全 身官僚家」という感じでありまして見事な演技力であります。支配者側の最先端の駒として、反体制派を徹底的 に盗聴するのであります。しかしこの主人公権力の最先端にいても、その暮らしはどうかというと近所の住民に 嫌われ、娼婦とのセックスは殺伐とし、組織の中では政争の具に利用されるのであります。この暮らしのどこに 希望があるのか、見ていてため息が出るのであります。ところが主人公が盗聴と言う業務を通じて変わり始めま す。不思議であります。人の会話、物音、ピアノのメロディー・・・・「音」がだんだんと主人公を変えていくの であります。
 主人公を変えたのは何なのか?これがシネマの主題です。答えは見た人次第でありましょう。
わたしは主人公は多分希望の音を聞いたのではないかと思えました。あなたなら?

ページ5

障害学D

障害者の人権白書という一冊の本があります。
障害者自身やその家族が語る「いま、ここから」の話は、多くのことを教えてくれます。

 3つの事例に共有するものの一つに「誰かが傷ついている」というのがあります。いや、誰かではなく明らかに 障害のある人とその家族が傷ついています。傷ついている理由はなんでしょう?その傷つく原因にも共有するもの があります。それは、なかなか一言で説明するのは困難です。ただ「障害」がなければ傷つかずにすんだわけです から「障害」があることが原因なのは明らかです。なぜ「障害」あるとこんな目にあうのでしょう?
 次々と疑問がわきますよね。なぜこんなに傷つけられないといけないのか、差別されないといけないのか、考 えずにはいられませんよね、
この私を傷つける相手はなぜ私を傷つけようとするのか?なぜ仲良くできないのか?もしかして私を傷つけること で相手も実は傷ついているのではないか?もしそうだとしたらどうすればいいのか?
?????が続きます。
 「そんなことどうでもいいじゃない」「無視すればいいのよ」心の北側からそんな声が聞こえます。すると南側か ら「いや正体を確かめないといきていけないよ」という声が聞こえます。西からも東からも、いろんな声が聞こえ てきます。
 でも、旅を続けましょうね!いくとこまでいきましょう!それが障害学という、人として生きるための学問のつ とめでもあります。
さて、「誰かが傷ついている→それは障害者である」まできました。じゃあなぜ人は障害者を傷つけるのか?を考 えてみましょう。
 まず気づくのは、傷つける側には「私たちと違う」という思いがありますよね。そこから変化して、よく見ると 「私たちのようにできない」という見方がでてきます。そこから「ということは、私たちより劣っているジャン」ま ではひとっ跳びです。
 ここで疑問がわきます。「劣っているジャン」という考え方に、傷つけた人たちは自分の力だけでたどり着いた のでしょうか?

編集後記

 吉田拓郎コンサートが筑後であったので行ってきました。
ここのところ体調が悪くて最近のコンサートも中止になっていたので心配しておりましたが、拓郎は元気でした コーラスもつけず、自分の声のみで歌う拓郎は素敵でした。アンコールの名曲「ファイト」は心の奥に届く地鳴り のようで、ギター1本で歌うシンガーの原点を見ました!


2007年9月10日発行

ページ1

-残暑お見舞い申し上げます-

 

残暑お見舞い申し上げます。

 もやいを訪れた夏の訪問者の中で、本当に久しぶりだったのは山本シンさんなのです。
ブルースシンガーのシンさんともやいの付き合いは長いのですが、広島に転居されてからは会う機会はなくな ってしまいました。思い起こせば、旧もやいの事務所が完成したときに、あの5坪の事務所でシンさんがお祝い のライブをやってくれたのでありました。そして、23年後、もやいが新しい事務所に転移した瞬間に訪ねてく れました。偶然とはいえ不思議な偶然であります。シンさんは相変わらずシンさんでありまして、変わったこ とといえば、1枚のCDが出来ていたことでした。そのCDにはシンさんの入魂のライブが納められていました。 昨年亡くなった高田渡さんの思い出話やらができて、うれしくもありました。
 訪問者が与えてくれる懐かしさや新鮮さは、もやいの原点を思い起こさせてくれます。「ブルースを生きてり ゃ色々あるさ!」去りゆくシンさんの背中が語っていました。今日もどこかの街でライブをやってることと思いま す。又のお越しを!そしてブルースに乾杯を!

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北九州&アジア全国洋舞コンクール


    大胆不敵!とはこのことか?
      ありえないダンスが
     北九州のステージで実現!
 オリジナル曲「SO乱TAN鉱節」に乗って
   支配文化に規定されない自己執行の
      ダンスパフォーマンス
 ジョイステックによる電動車いすの操作と
     身体操作との同一感の中で
     心を解き放ってきました!

 台湾の小人症の女性のコミカルでエネルギッシュなダンス。韓国の視力障害者の見事な集団でのダンス。台湾 の片足の男性の椅子を使った信じられないダンス。アジアの障害者のダンスを出番を控えながら舞台袖でみた。 何とも言えずに心が高揚する。というよりも心が何かを楽しみ始める。そう、とても楽しい一瞬だったのだ。
そこには、誰にも強制されず「踊りたいから踊るんだ」という自己執行のダンスがあり、障害者がつくりだす芸術 と文化が広がっていたからだ。アジアの女性が、ひじから先が切断されているその手を高く揚げる。その時、あ るはずのない左の指の先までもが美しく見えた。そう、見えた。そんなダンスと出会えてよかった。

御礼
今回のイベントへの参加にあたっての費用捻出として、Tシャツの販売を行いましたところ、
多くの方にお買い上げいただきました。買っていただいたみなさん本当にありがとうございました。
今後も、既成観念にとらわれず、いろんなことをやっていくなかで、希望は鳥より高く飛べ!

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シネマで愛して・・・300(スリーハンドレット)

 CGのすごさはわかるのでありますが、CGのシネマばっかり見せつけられると「なんだかな〜」って感じになるの です。故にわたくし的には、非CG派を自認しております。反CG派までに過激じゃないのは作品によって、CGの良 さが一役も二役もかってるときがたまにあるからであります。
さて、話題のこのシネマ、マトリックスなどひとっ飛び的なCGのできでありまして、ひとつひとつの戦闘シー ンが、いちいち名画のようで美術館にいるような気さえしたのでした。
10代の頃、ベンハーの小説を読み、頭の中でくるくるとシーンを思い描いて興奮し、数年後、テレビで戦車の 戦いのシーンを見て、すごいなーと感心した事を思い出してしまいました。
ストーリーというのはもうそれはシンプルなものでありまして、ともすれば退屈してしまうのですが、ベンハ ーがカメラワークで魅せたように、このシネマはCGが退屈さを棚上げにしてくれて、ストーリーを盛り上げてく れるのであります。
さて、このシネマのキーワードを漢字一文字で表すと「凜」という気がします。何のための「凜」かというと、自 由のためなのであります。自分ひとりのための自由ではなく民族というカテゴリー、つまり仲間全体のための自 由なのであります。他のカテゴリーに支配されないための自由。そのために戦う。そう「わたくし」を捨てて、 そして死んでゆく。うーん、このヒロイズムの誘惑に、わたくしのハートも引っ張りこまれます。
ここから、なぜこくな連想をしたのかわかりませんが、思い浮かんだのが最後の将軍徳川慶善の大成奉還であ ります。英雄的戦いを行ったスパルタと真逆!であります。戦わず江戸を去り一部戦う部隊を尻目に、この将軍逃 げるのであります。弱気だなと思っていましたが、ここにきてというよりこの年になってふとこういう見方もで きるのではと思うのであります。
あれは、逃げたのではなく、新しい時代の日本を作るために、その障壁になる 「わたくし」を捨て、そのカテゴリーを静かに葬る行いだったのではないのか?そうであるなら、この誰にも理解 されそうもない「戦わないヒロイズム」にもわたくしのハートは引っ張られるのであります。

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平和

  炎天下の中、ペダルを踏みしめてナガサキへ。ピースサイクルの皆さんが今年ももやいを訪れてくれました。
15年続く恒例行事です。もやいでしばし休息。再び炎天下の中を元気に出発されました。某大臣の原爆に関する 発言が大きな批判を招いた2007年の夏。今一度、核を保有し、核を望み、核を頼る人間のありようを見つめなお すことが必要だと思われます。たとえ、正義の名においても、自己防衛の名においても、すべて「殺すな」から はじめなければ・・・。夏が来るたび、ピースサイクルが来るたび、命について考えざるを得ないのであります。

交流

  や、や、山田さんです!お元気そうでなによりです。九州で障害者議員の「始めの一歩」を踏み出した伝説の人で あります。キャラクター的には「まじめの一歩」というかんじであります。そして介護保険適用まで「いま一歩」 ?であります!
山田さん、ようこそ!

久留米の共同作業所「無限企画」の人たちが、もやいを尋ねてくれました。もやいのメンバーと縁のある人も何 人かいてとても楽しい交流の時間が過ごせました。暑い中みなさん大変お疲れ様でした。それに、おみやげあり がとうございました。機会があれば今度はこちらからお邪魔するかもしれません。そのときはよろしくね!

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差別の中にも物語は生まれる!


施設百話・・・社長と呼ばれた男

 男は常に上目遣いで見た。
榊は「なんで身の回りのこともできん奴が授産施設にいるんだよ。こんなの有り?」と言ったが、その男の卑屈な 態度は謙虚さとして評価され、計算高いコミュニケーションは敵を作らなかった。
 この男のため、年老いた神父が月に一回やって来た。2人きりで相談室で十字をきる姿を誰もが渡り廊下から 見た。榊は「こんな所でアーメンかよ」と見るたびに吐き捨てが、その男は多分みんなに愛されていたのだ。
いつのまにか社長と呼ばれていた。
軽度の障害者たちは、社長秘書みたいにその男に尽くして身の回りの介護を行った。神父の横で奈緒美は時々 満ち足りた笑顔を見せた。その際は必ず社長を一瞥した。社長も上目遣いの顔をほころばせて笑った。2人きり の儀式に加わって半年が過ぎていた。奈緒美と出会ている榊は、秘書のように社長の手伝いを始めた奈緒美にい やな顔を見せたが、まだ余裕があった。「お前も物好きだな」と榊はいつもの皮肉を言ったが、奈緒美は「障害 者は助け合わないとね」と笑った。20以上も年上で頭の禿げあがった重度の男への尽くす事に榊もそれ以上はふ れなかった。
 夏が過ぎた頃、奈緒美は儀式への参加を始めた。榊は切れた。しかし、おとなしい奈緒美が頑として聞き入れ なかったのだ。二人の間にすきま風が吹き始めていた。酒癖の悪い榊は時々奈緒美を殴るようになった。それで も奈緒美はぶれなかった。
 不思議な光景だった。理屈や宗教などとまったく無縁な女であるはずの奈緒美が、日に日に香りを発しだす花 のように見え始めていた。酒臭い息を吐き目を据える榊は蛾のように見えた。
 榊の退所が決まったのは早かった。奈緒美が血を流して当直室に駆け込み、救急車が呼ばれ、消灯後にかかわ らず誰もが起きだし寮は騒然となった。加害者の榊は相談室に鍵をかけられて隔離されたらしく、いつも奈緒美 達が十字を切ったその部屋は電気がついていたが、薄汚れたカーテンが榊を隠していた。
 あの夜救急車に乗り込む奈緒美と当直の職員を見送りながら、ふと横をみるとその男が上目遣いに奈緒美を見 ていた。顔がかすかに笑っていた。その男と視線があった。「ひどい男だね」かすれたような声でその男は言っ た。そして十字を切った。「こんな時にアーメンかよ」俺は腹の底で言った。

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障害学4

    障害者の人権白書という一冊の本があります。障害者自身やその家族が
  語る「いま、ここから」の話は、多くのことを教えてくれます。

事例@

 小学校4年くらいの男子が3〜4人、いつも家の前を通るときに娘の名を呼び捨てにしたり、ゲラゲラ笑いながら「うつるから 息せんとけ」といって「うっ!」と口を手で押さえて息を止めて走りすぎ、2〜3軒向こうで立ち止まって「ハアー ハアー」と息を吐いているのです。それが頻度を増し、殆ど毎日になっています。
※知的障害者(療育手帳A判定)の母親

事例A

 病気のことを話さずに結婚して新婚生活を送っていたが、その後病気のことを、夫の親に知られて離縁させられ た。夫は少し理解してくれていたようだが、親の反対に屈してしまった。
                                    ※精神障害者1級・女性

事例3

 手話サークルの人たちと、ファミリーレストランで会食中、店員より「他のお客様の迷惑になるんで静かにして ください」と注意を受けた。みんな手話で話しているし、声を出していないのに何故「静かに」なぜのか不満に思 い「どうしてですか?」と聞いた「手話で話されるとガサガサする」とのこと。手話を母国語とする者の心を傷つ ける言葉と思う。しかし、他の人はそれに腹を立てる訳でもなく「仕方ない」ですませたので、私も何も言えなか った。
        ※聴覚障害者・男性

編集後記

   夏の悲しみのひとつに、せみの死があります。その短すぎる生を泣き続け、路上に落ちたせみの死がい。
 電動車いすを止めると、路上の木の上で鳴くせみたちの声。失った仲間の葬送曲のように、受け継がれた第 2楽章のよう に感じます。わずか7日間の命を懸けて、いったいせみはなんのために鳴くのでしょうね。
 夏のミステリーは少し悲しみ色であります。


2007年7月10日発行

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-暑中お見舞い申し上げます-

   

暑中お見舞い申し上げます。

  梅が咲き、桜が咲き、菖蒲が咲き、若葉が萌えたと思ったら、日中の暑さに夏を感じて「何故こうも時の流れは ・・」と、1年の半分が過ぎたことに唖然とします。
誰にも平等に時は降り積もっているはずですが、志が遅々として前に進まないと、けっこう心は疲れるものです。 その疲れた心に現実という夏の日差しが降り注ぐと、志がグラリとゆれたりしますよね。いくつもの蜃気楼が表 れ、志の放棄を誘ったりするものだからなおさらです。そんなときは、木陰に身をかわし一休み。あわてない、 あわてない。木陰を吹き渡る風の涼やかさは不思議ですよね。どうしてあんなに心地よいのでしょうか。まさに この風の一陣を得るために夏はあるのだとさえ思えます。木陰の中でKO寸前の志がスクッと立ち上がると、蝉時 雨さえも、私たちがたどり着くはずの「見えない国」からのエールのように聞こえます。一息ついて歩き出すと夏 の暑さもいとおしく思えたりするから不思議です。この夏、お体と志、どうぞお大事に。

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もやい移転


地域活動支援センターもやい「移転」のお知らせ

  1986年に借金背負ってもやいを開設。あれから21年。このたびもやいは移転することとなりました。この場所で、 様々なドラマが生まれました。いくつもの笑顔がこぼれ、いくつもの涙がおとされ、未だ手にすることのない希 望が語られました。
わずか10坪の場所が、私たち障害者にとって無限の広さを感じる宇宙でもありました。去り がたい思いは強いのですが、わずかな荷物と、共に活動する中で亡くなられた人たちの思いを肩に乗せ、新しい 事務所へと移転します。事務所は変わっても今までとおりのもやいです。
お近くを通られたときはお気軽にお立ち寄りください。

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シネマで愛して・・・ディアハンター

 製鋼所に勤める5人の若者たちは、休日には山脈へ繰り出し鹿狩りを楽しんでいた。1968年、ベトナムに徴兵 されるマイケル、ニック、スチーブンの歓送会と、スチーブンとアンジュラの結婚式が合同で行われたのだ。大 勢の人々が駆けつけ、スラブ系の民族舞踊が次々に披露された。戦場へ行く者たちは別れを紛らわそうとハメを はずしてはしゃいだ
 このシーンの長さにギブアップする人も多いのであります。私もそう思ったのであります。しかし、しかし、 日常の退屈さと同質の感情を巻き起こすことを監督は狙っているのであります。つまり、罠なのであります。そ のことに気づくのは、3時間後シネマを見終わった後であります。うーん。こういう手法もありだよね!クラシ の宴の後、仲間達は山へ最後の鹿狩りに出かけるのであります。このシーンとても良いと思います。
延々に続いたクラシの宴が終わると、いきなりイクサの宴が始まるのでありました。
北ベトナムの戦場は泥沼。逃げ惑う農民達を手当たり次第に虐殺する兵士。北の攻勢に若者3人は捕虜となりま す。そしてあの有名な「ロシアンルーレット」のシーンへと続きます。
久しぶりに見直すと、このシーンの役者さんの打ち込み方ともうしましょうか。鬼気迫るというより鬼気来ちゃ ったぞ!という感じでありまして、改めてすごいなと感じ入るのでありました。
クラシの宴の緩やかな時間の流れ、予定調和のにぎやかさと静けさ。悠々の命の表現している山や鹿。
イクサの宴の身を削る時間の流れ、世予定不調和の騒乱と叫びだしたくなる沈黙。命をゲーム化した泥水や拳銃。 クラシとイクサに共有するのは現実という事実であります。ベトナムから帰還した若者たちを、クラシの宴が誘 いますが、もう若者たちは、それぞれの人生の影を持って生き始めているのでありまして、用意された宴は成立 しないのであります。
片足を無くした若者の一人は、陸軍病院で、電動車いすに乗って登場するのであります。そうだ。電動車いす はこの時代から私たちの元へ来たのだと妙なところで関心。
あー名画は名画。何十年ぶりに見ても、色あせぬテーマを物語にして届けてくれるのでありました。

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差別の中にも物語は生まれる

施設百話・・・カルネアデスの船板

  地図製図は才能よりも性格がものをいうと朝枝は思った。どうしても自分が園田に勝てないのは、才能や障害 のせいではないのだ。出来上がるスピードに差はないのだが、ミスの少なさにおいては園田は群を抜いた。指導 員の町田は園田の注意力こそプロに求められるものだと、事あるごとに賞賛した。そしていつも町田の視線は朝 枝に向いた。
園田が入所してきたとき、朝枝は歯牙にもかけなかった。生まれつき障害があり、いやというほど施設で暮ら してきた朝枝には、一見して園田にどれだけのことができるかが判定できた。くも膜下出血による縦半身麻痺の 園田にも妻も子供もいたが面会に来ることはなく、かといって園田が土曜・日曜に自宅に帰ることもなく、一人 製図の練習を行った。しかし、線にはぶれがあり、どう見てもものになりそうにはなかった。朝枝は時々園田の 練習に付き合い、優位者の持つ謙虚さで園田に接した。
園田の孤独な練習は続き、気がつくと線のぶれはなくなり、製図のスピードが上がった。それは予想を超える 展開だった。あっという間に朝枝ナンバー1の席を侵食し始めた。
そんなとき、T社から1名障害者を雇用する話が舞い込んだ。誰もが園田か朝江か何れかだと噂した。どちらが選 ばれるかは、指導員の町田の推薦がすべてである。町田のここのところ両者の製図の仕上がりの評価をみれば、 朝江には園田が選ばれることが見えていた。
 障害者施設を渡り歩き30年を超えた朝江にとって、2年前に入所したこの施設の地図製図の仕事こそが己を娑婆 に出す切り札だと思えた。就職するのだ。そして同じ車いすの美紀子といずれ結婚するのだ。中途障害で家庭持 ちの男などに奪われてはならなかった。窓を開けると裏庭に園田の妻と2人の子どもが園田を囲んで弁当を食べ ていた。製図の技術への自信や就職への推薦への期待がそうさせるのか、そこには幸せへの日差しが当たってい た。朝江の頭の片隅に、いつか読んだ本の一説があいまいに浮上しつつあった。遭難し海に放り出された二人が 船板にすがり、どちらかが手を離さないと船板が沈むとき、相手を突き放しても罪とはならない。そう、罪とは ならないのだ。なんとかの船板という論理だった。朝江の頭に浮上した滲みは広がり始めた。甲高い妻や子供の 笑い声をBGMに、園田を沈める策略が土曜の昼下がりに出港しはじめた。

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障害学3

  与えらるルールより、つくりだすルールが用意されないとね。
景色は変わらないですよね。例えば子供扱いの景色とかね。

 前回、人はなぜ障害者を子供扱いするのかを少し考えました。いろんな社会経験の中でいつの間にか身についた 価値観(ものの考え方)ではないか?そうであればこれはかなりやっかいだ!というところにたどり着きました。
 さて、そうだとすれば、価値観から発生する障害者を子供扱いする言葉や、態度振る舞いを一つ一つモグラ叩 きするのではなくて、価値観を作っている材料、素材を点検してみたほうがいいかもしれません。つまり、なぜ そう思うか、そう言うか、そう見るか、そう感じるか?価値観の前提になっているものに「えっ、それって本当?」 と問いかけてみる事は大切なことと思います。
誰でも、自分の考えていることは正解だと信じたいわけです。いや正解だからこそ信じているわけです。
しかし、例えば年上の知的障害者の人と向き合ったとき、認知症の高齢者の人と向き合ったとき、私たちは言葉 のわかりやすさや言い換えなどの配慮をしますし、コミュニケーションを図る意味からも、そのことは当然かも しれません。しかし、それとは別に向き合ったその瞬間に、関係性として、守り守られる、支援する支援される、 立場生として普通の大変、幸せと不幸、などに分けられた行く感覚があります。この感覚は理屈ではないような 気がします。自分の考えてること、感じてることを疑ってみましょう。「信じたいために疑い続ける」ことをメ インテーマに旅を続けましょう。
障害者の人権白書といものがあります。さまざまな障害者に聞き取りをした本です。えー、いまどきこんな差 別があるの!という世界が広がっています。そこでは、障害に起因して、年相応の大人として、また、市民として の扱いをされない人々が登場します。
次回から、その白書に語られてる「子供扱いの現場」にワープしましょう!
事件は現場でおきているのですから!いざ、現場に。そしてみんなで謎を解きましょう。

編集後記

 降り続く雨はメロディーのようで、そのテンポや強弱の違いでロックのようでもあり、クラシックのようにも 聞こえます。そう思えると、雨を見上げて、タバコをふかせばメロディーにあった詩が自然と浮かんでくるので す。梅雨に素敵なラブソングができれば、大切なひとにプレゼント!これが本当のツーユーだ。チャンチャン!


2007年4月10日発行

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-昔から・・-

 

 「昔から・・・・」
 いつからを昔というのかはわかりませんが、もやいが誕生して20年以上を経過しているので、昔と言えると思 います。4月から事業名が「共同作業所」から「地域活動支援センター」に変わりましたが、もやいは相変わらず もやいでありまして、時々いろんな人が、いろんなものを背負って訪れたりする場所であります。これは昔から そうですし、こりからも多分そうであると思えます。
「もやいは変わらないね」
と、時々成長しない子どもを見るまなざしで言われたりしますが、「変わらない」であり続けるということは、 常に変わり続ける営みがどこかで続けられているということでもあります。なんだか禅問答みたいですが、華麗 に変わり続けるということは、実は変わり続ける営みの放棄になっていることがあります。人生はそう単純では ないのです。大切なものの多くは見えないものの影に隠れ住んでいたりしましすね・・・。
 さてさて、もやいに持ち込まれるいくつものため息と、いくつものせつなさ。しかし、時には、影に隠れ住ん でるものを希望のまなざしで探す者たちも訪れます。子どもといわれるその人たちは、言葉の香りとともに、も やいを元気にしてくれるのであります。
 ようこそもやいへ!


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アジア洋舞コンクール出場・・応援Tシャツ販売!

 毎年、毎年、応援センターの「オリジナルTシャツ」をお買い上げいただくみなさん
             ありがとうございます。
        そして今回初めてお買い上げいただくみなさん
             ありがとうございます。
   NPO法人おおむた障害者応援センター一同心より御礼申し上げます。
Tシャツの売り上げの純益は障がい者の自立と文化の活動に使わせてもらっています。
      2007年は応援センターの障がい者で構成するダンス集団
               電動騒乱隊
   「アジア全国洋舞コンサート」参加のための資金にしたいと思います。
         ダンスと無縁の世界に育った私たちですが
   私たちと一体化した電動マシンとともに人間解放のパフォーマンスを
         大牟田より発信して参りたいと思います。
            よろしくお願いいたします。

    企画:NPO法人おおむた障害者応援センター/製作:SOSプランニング
    販売:地域活動応援センター・もやい/電話:FAX=56-9142


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シネマで愛して・・・・暖(ヌアイ)

 シネマの醍醐味のひとつに、カメラワークがあるのであります。そのワークの真の豊かさは、それだけでドラ マを生みあげる力を宿すのだなと思わせるのであります。
例えば川の風景ひとつ、今にも壊れ落ちそうなつり橋のひとつとってもそうであります。そのつり橋で10年ぶり に交差する男女の息づかい、まなざし、水音、陽光、セリフなしで提示されるシーンは、見事にこの男女とこの 故郷の位置を素早く暗示するのでありました。
 果たして、このシネマにセリフなど必要かという気さえするのであります。いろんなDVDを見ます。大半は何 の予備知識もなく見るのですが、始まってすぐのカメラワークで、ぐっーと気持ちが入っていく時と、気持ちが のらない時とにわかれます。
久しぶりに、ぐっーとくる中国シネマに当たり嬉しい限りであります。なんだかストーリーはどうでもいいやっ て感じで、人の心の揺れとまなざしと、人の住む居場所のたたずまいと、風景が悲しみの名画のように表れるの でありました。なつかし〜いがあふれ、せつな〜いがこぼれ、人生ってそうだよな〜が確認できるシネマであり ます。
 聴覚障害のある夫、足に障害を負った妻。その夫婦の前に10年ぶりに表れる男。同じ場所に生まれ育った3人に 起こる愛という名の厄介でせつない荷物を背負いながらの再会を描いたシネマであります。
障害が、3人の生き方に大きな影を落としているのでしょうが深追いせずに、1シーン1シーン絵画を楽しむ気持 ちで見ると心が落ち着くのであります。
 4000年の歴史の余裕か?な。
ロッキーやスパイダーマンなどのハリウッド系のパートものの量産にさすがに「勘弁してよ」と、中国シネマに 逃げ込んでいるという訳ではないのですが、見て落ち着くカメラワークに腰をすえて見る今日この頃であります

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君のペースで僕のテンポで SOS・もやい活動開始!

 

"07年度対応の自立マップへ!

 自立支援法で一変した障害者福祉サービスに対応できるように、ホームページ上の自立マップをただ今工事中  です。6月中くらいにはアップできると思います。その際は又ご活用くださいね。

リクエストに応え福祉マップ冊子版

 昨年市民の方からのリクエストで作成した福祉マップの冊子版が好評で、福祉課からもリクエストがありまし  たので、今年度も作成することにしました。自立マップ完成後に始めたいと思います。

からだが騒げばダンスでショー

 8月の洋舞コンテスト本番に向けて、現在オリジナルソングの編集作業とアジアバージョンの振り付けの検討  中です。5月中に完成し6月より練習に突入です。

こころが騒げば夜会でショー

 様々なダンスパフォーマンスで楽しめた昨年の夜会に続いて、本年4月の夜会で2人芝居を予定していました  が、諸般の事情で10月に順延いたしました。名月の下で「平成残侠伝」を楽しみたいと思います。

ヘルパー利用者の会再起動!

 しばらく活動が停滞していたヘルパー利用者の会の再起動を開始したいと思います。6月の会議をきっかけに、  少しずつでも活動を進めていきます。介護者との距離感やコミュニケーションのあり方などをとおして、好い  関係と介護スキルを目指します。

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障害学A

  与えられるルールより、つくりだすルールが用意されないとね。
景色は変わらないですよね。例えば子ども扱いの景色とかね。

 前回の続きです。「何故?障害者は子ども扱いされ続けるのか」の旅はまだまだ終わりません。けっこう大事 なテーマがそ こにあると思えるからです。では先を急ぎます。

言葉の投げかけ方の難しさは、障害者に限らず誰もが暮らしの中で経験しています。ただ、障害者にとっては、 その存在を決めつけられるという意味で、子供扱いされるか、されないかでは天と地ほどの違いが出来てきます。 ことは、存在証明に関することになると思います。
 子供扱いされたとき、どう自分の存在証明(大人として)を回復するかです。その答えを得るためには、もう少 し子供扱いする人の価値観を分析しなくてはいけないと思います。相手の真意を知ることから回復の道が開ける と思えるからです。
何故子供扱いするのか、単純な質問ですが論理的に「こうだから子供扱いするのだ」という答えを言える人は 少ないのです。子供扱いするのは何故なのか考えてみても良くわからない?というのが大多数の人の正直な答えで はないかと思います。こうなるとけっこうやっかいです。
こういう体験があるのでこうなった式の方程式ではなく、色んな社会経験の中でいつの間にか身についていた価 値観。そう、いつのまにかとはいえ、価値観となっているということは重要です。価値観とは、その人をその人 たらしめている原因ですから、少々の風が吹いても、雨が降っても、揺るぎません。
地上の変化で揺るがないなら地面ごと!
過激ですがいい発想と思います。子供扱いする人の言葉とか、態度振る舞いを切り取って批判しても、言葉の変 化や態度振る舞いは改まるかも知れませんが、価値観そのものはびくともしないかもしれません。やはり、大地 ごと揺るがす震度7の地震が必要なのかもしれません。    (続く)

編集後記

  桜から藤へ。藤から菖蒲へと、花たちの色合いと香りの変化を楽しんでいますか?
終わりゆく花と始まりゆく花。季節の終電車と始発電車は、それなりの感慨を人に与えてくれます。
考えてみれば花というのは、古代から人に創作意欲を引きだして文化を支えています。
人をエンパワさせる花を部屋に一輪飾りましょうね!


2007年3月10日発行

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-アジアのダンスフェスタ-

    

 アジアのダンスフェスタ・・電動騒乱隊・初参加へ

      「応援Tシャツ」近日発売

 歌ってええじゃないか踊ってえじゃないか

ー文化なんて誰のポケットにも入ってるさー

  8月、北九州でアジアのダンスコンテストが開催される。その中の一部門に「電動騒乱隊」が参加する予定です。 どんな曲で、どんな踊りをするのか、今、その表現方法をめぐって構想を練り始めています。
何故電動車椅子で? 何を表現するの?なんのために?いくつものハテナを打ち砕く人間解放のパフォーマンスを作り上げたいと思います。ただ参加するには、経費もかかるので、'07年度のSOSのオリジナルTシャツは、コンテスト参加応援 Tシャツとして販売させてもらいます。5月には完成しますのでご協力をお願いします。

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歴史のギアが入ったよ! 障害者の権利条約採択

日本でも認めさせよう!

 障害者差別禁止法へ始めの一歩

 そして差別禁止方へつなげよう!
 2006年12月13日。ニューヨーク国連本部。ひとつの条約が採択された。その条約は世界の障害者を代表するNGOが 長い時間をかけ、説明し、議論し、説得し作り上げた条約だった。気がつけば4年以上にわたる時を重ねていた。 日本からもSOSが加盟するDPIのメンバーが参加した。

「私たち抜きに私たちのことを決めるな!」

という世界中の障害者の願いが叶った瞬間。すべてがすべてに拍手を送った。障害者の権利条約採択の瞬間。
その拍手は、歴史的なギアが入る音になって響きわたった。この採択を差別の終わりの始まりにするための新た な動きを進めていこう。
 ★

障害者権利条約ミニ知識

  この権利条約は
自由権(国が奪ってはいけない権利)
社会権(人間らしく生きるための必要な権利)をまとめた形になっています。
たとえば条約は 障害者であるという理由で雇わないという差別を禁止しています。
これは自由権に関することです。と同時に障害者が働ける環境(段差をなくす・手話を使うなど)を義務づける合理的配慮 を求めています。これは社会権に関することです。
合理的配慮?むずかしい言葉です。これは障害者が必要としている配慮のことをいいます。障害者が健全者と同じ機会が 平等に与えられるために行われなくてはいけません。この合理的配慮が否定されると、健全者は機会があるのに障害者に はないということになるのでこれは差別となります。
また、手話が言語として認められたり、この権利条約を妨げる法律や制度は直されるか、なくすようにいっています。     (国の法律より条約が優先します)

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シネマで愛して・・‥復讐者に憐れみを

 久しぶりに見る「ハードボイルド」であります。松田優作の「甦る金狼」以来ではないかと思います。
つまらない笑いも、安易な涙も、不必要な名所旧跡もそこにはありません。「小気味よし!」であります。
でも、何故韓国シネマ?なんで聴覚障害者?どうして移植?突然CP?いまさら誘拐?いまどきテロ?
このシネマ、分解していけばいくつもの?があるのに、統合すると緊張が最後まで持続して、ハードボイルの世界へ 連れて行ってくれるのでありました。そして私はその世界に無事到着。めでたしめでたしなのであります。
シネマの醍醐味に乾杯!気持ちよく深夜一人でヤクルトを飲み干したのでした。
それにしても、ハードボイルシネマに主人公が聴覚障害者という設定で、しかも手話がどんどん出てきて、それで リアリティーが壊れないのはたいしたものであります。ただ、わたくし笑ったシーンがあります。どこかというと ストーリに関係なく現れるCPの青年が登場するシーンであります。何故かというと、その青年の動きがSOSの理事長 の若いころにそっくりであったからであります。理事長が抗議活動やバンド活動で燃えていたころを思い出しながら 笑いました。
 しかし、その青年の指の先までの動きの見事さをみると、この役者のこの演技にかけた思いも垣間見え、笑った 後は関心してしまいました。役者魂ここにありなのであります。
 とてもクールで過激なシネマでありますが、このタイトルだけはハードボイルドとは言えないのではないでしょ うか長島さん?「うーん、どうでしょう、いわゆるひとつの、うーん」はい、ありがとうございました

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大牟田吉野病院を高次脳機能障害の拠点に!

  3月10日、支援センターハーツと大障協共催の「高次脳機能障害って何?」という啓発講演会が開催されました。
21日には、三池高次脳機能障害連絡会議主催で「脳のリハビリを考える」というパネルディスカッションも開催 されました。見えない障害と言われる高次脳機能障害に関する2つの催しには、当事者や家族、医療・福祉関係者 や民生委員など多様な現場から予想を超える参加がありました。福祉関係者はもちろん医療関係者さえ把握でき てる人は少数といわれているケースが多い中、どのように当事者や家族支援を組み立てていくのかが問われてい ます。その障害特性に対する社会的理解が得られていない場合に、当事者が受ける人権侵害や家族にかかる過重 な負担が、当事者自身の心理や身体面に、そして家族との関係性にどのような影響を与えていくかは、障害当事 者である私たちには想像がつきます。
出産時の酸素不足における脳の損傷に障害であるCPも又、高次脳機能障害の可能性がないとは思われません。も しそうであるならば、ピアカウンセリングを始めとした各種生活支援、就労支援等のありようも一考を要してき ます。
そう考えていくと、まず必要なのは高次脳機能障害の症例から障害の解明を進め、認知リハビリ等、当事 者の自立支援の合理的リハビリを推進する拠点です。
その拠点として相ふさわしいのは、三池炭鉱災害による多くのCO中毒による高次脳機能障害の人々の支援に一生 を捧げたお医者さんたちがいた大牟田吉野病院です。この病院を有明地域の高次脳機能障害の拠点にして、そこ に福祉の生活支援というピースを連動させていくことによって、当事者の望む生活実現のためのジグソーパズル を完成させていくことができないかと思います。いや、そうしたいと思います。
長い道のりになるでしょうが、知ったからには始めの一歩を踏みだしましょう。                       

人権の格差こそ問題だ


                                        

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日本は権利条約へのサインを! そして、私たちは監視と参加を!

  この条例は、障害のない人と同じ権利、当たり前の生活を障碍者にも約束するものです。この約束を守るため、 合理的配慮 をしなければいけないと書かれています。このことを、多くの人に伝えていかなければいけません。
多くの障害当事者が参加して作った国際条約です。この条約を広めていくことが今後大切です。
3月30日には、世界の国々がこの条約を署名する式があります。日本はまだ署名するかどうかきめていません。
必ず署名してほしいと思います。署名すると、日本としてもこの約束を守るために、国の法律や法律も手直しが 必要となります。それで嫌がっているのかもしれません。署名すると国は条約を守らざるを得ません。すると本 当に約束を守るのかどうかというのがポイントになります。その監視は、当事者である私たちがしなくてはいけ ません。そして、その約束を守ることに私たちは参加しなくてはいけません。
 私たちは、ただ国に要求するばかりではありません。私たちにできる部分は私たちが担います。
そして、最終的にはアメリカのADAのように「障害者差別禁止法」を作りたいと思います。
誰が障害者になっても、差別されずその人らしい生き方ができるように。

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障害学@

  与えられるルールより、つくりだすルールが用意されないとね。
景色は変わらないんですよね。例えば子供扱いの景色とかね。

なぜ?「障害者は子供扱いされ続けるか」といテーマは、いろんな課題を含んでいて、どこまでもテーマが広がっ ていきます。あまり広げずにテーマに直接応える旅をしましょう。
@子ども扱い【される側】が【する側】を理解できていない
  この場合どうなるかというと、目の前の子ども扱いという表面的な出来事に対して【される側】に、A感情的な反発  、B情  緒的な依存、両極端な反応が起きます。Aは「馬鹿にしやがって」であり、Bは「この人に守られたい」です 。まるでこぶし   振り上げ敵と位置付けるか、手のひらすりあわせ味方に引き込むかという感じです。
  Aパターンでいくと【する側】が二つの反応を見せます。反省と対立です。反省は「しまった。こういう言い方しちゃいけない   んだ!」という感じです。これって実感からいえば極めて少数だと思えます。もう一つの対立は「何て奴だ、障害者のくせに   横着な!」という感じです。
  反省が生み出すものそれは「言葉や振る舞いを気をつけよう」と「子ども扱いした理由はなんだろう」に分かれます。言葉   や振る舞いに気をつけようという表面的な反省とどまる人が多いのですが、それに「なぜ子ども扱いしたか?」にこだわり   立ち止まって考える人もいます。自分を変えることを恐れない人と言えるかもしれません。
  Bパターンの場合は【する側】は【される側】に頼られるわけですから、子ども扱いは何の疑いもなく続いていきます。そこ   には反省も対立もないかわりに、障害者の自立への歩みは足踏みしたり後退したりします。さて、大切なのは子ども扱    いされた時【される側】がどういう課題の投げかけをするかです。投げかけ次第では人間関係も壊れるかもしれません。   一番いいのは、課題を投げかけ、考えてもらい自分を変えてもらい子ども扱いをしない気持ちのいいお付き合いが続くこ   とです。そのためには、課題の投げかけ方が重要になります。ということは!   (続く)

編集後記

  梅の木が春の香りを運んできたと思う間もなく、暖冬の影響で妙に早く桜が咲きました。
ちょっと不思議な春ではあります。風邪や花粉症で苦しんでる人、新たな旅たちに追われてる人、変わらぬ環境 にため息つく人、それぞれの春が訪れることと思います。どんな春であれ、あまねく吹き渡るそよ風にしばし心 をお任せください。


2007年1月10日発行

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-新しき春よ来い・1-

 

    粉骨砕身努めれば  粗忽武骨の誹りうけ
  理屈道理に生きたれば 冷血怜悧の誹りう
  ほんにこの世は生き難し 猪突衝突煙突激突
  我は猪いざ土蹴りて
 

新しき春よ来い・Tーー性と文化のメロディーを♪

  新春早々「あじさい」で開催されたピアノライブに行きました。
障害のある女性が奏でるメロディーは心地よく、まるで心を解き放つように「おたまじゃくし」の妖精たちが飛 び回ったのでした。
音楽を前提に作られた部屋ではないので、音響的には充分ではないのですが、なんというのでしょうか。完成度 の高いCDでは得ることのできない「場の空気」がつくられ、ある人には励ましの、ある人には癒しのメッセージ が届いたのではないかと思えました。
福祉系といわれる私たちは、けっこう生真面目に物事に取り組んむのですが、そのなかでも置き去りにされがち なのが、性と文化なのかもしれません。この見えない2つのテーマに向き合わないと、取り組んでいる物事も本 当は解決しないのではないかとも思えます。
人としての解放は、様々な性のありようや文化のありようが花開く中で迎えられるものかもしれません。障害の ある人を縛り付けるものから抜け出すには、正しい理論だけではなく、楽しさや心地よさの翼がいるのかもしれ ません。
小さき翼よ羽ばたきなさい、空はそこにあるのですから

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'07年 おまえのオールを任せるな!

  ☆SOS・そしてもやいにとって多難な年がスタートしました。今までも多難の連続なので「たいしたことないじ ゃん!」というな   かれ、今年は本当に「大変」の予感なのです。しかしながら、事務所開きはリラックスムード? まぁいいか。みなさん今年   中にやりたいことを紙に書いて保存。今年の終わりにみんなで書いた紙を取り出すという ことに。世界一短期間のタイム  カプセルごっこ開始であります。

★今年は自立マップの大幅改定、福祉マップの改定が日常的基本活動になると思います。時々「夜会」をゲリラ  的に楽し   みながらやっていきたいと思います。不十分ではありますが、運動の成果としてガイドも使える状況  になっているので、  多くの障害者は、障害者だけに固まらず、市民の行事や新しいお付き合いを進めたほうが  いいなと思います。私たちは  そういう制度が使えない外出困難な人たちと出会いながら原点に戻った小さな活動 を進めたいと思います。

 活動がきついとき、落ち込んだとき、私たちを支えた歌の一つとして、中島みゆきの「ファイト」という名曲がありますが、 そ の中島みゆきの最新曲「宙船」の一節である「おまえのオールをまかせるな」というフレーズは、私たちの合言葉である 「私 たち抜きに決めないで」というフレーズと共振して、私たちの心を励まします。時々この歌を口ずさみながら、進みた いと思 います。今年もよろしくお願いします。

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萬話という形あるいは手法がある。早い話が現実を描くのに、もうひとつの現実をもって言い換えていく。
いい萬話というのは、時としてもう一つの現実ーおとぎ話ーが現実に以上に人間をとらえる時があるのだ。
このシネマ、文化大革命という政治的行動を告発しているシネマということになっているが、果たしてそうか?

シネマで愛して・・・芙蓉鎮

  朝まで笑顔で接してくれた人が、急に視線さえ避けるようになる。そんな経験の2つや3つは誰にでもあるので あります。そして胸に手を当てれば自分自身が視線を避けたことも・・・
その人のありようは変わらないのに、社会状況が変わると人間関係を規定するその人への評価が劇的に逆転する 不思議を、私たちは障害のあることで経験してきたのであります。現代を形作るいじめや虐待にもつながる人の 心の最深部にある暗黒は手ごわいのです。あー。人は心と心が繋がっているとの幻想が打ち砕かれるときを描い たこのシナリオ、人とは何かをわかりやすいおとぎ話の中で説いてみせたのでありましょう。さすが中国4000年の 歴史。手だれているのであります。登場人物のいずれかに感情移入が出来るので、誰もがドラマに参画出来やす いのであります。
わたしは、主人公で健気な豆腐料理店の女性ではなく、掃除を芸術に転化させるインテリの男性でなく、また、 権力を追い求めるやや怖い系の女性でなく、このシネマの道化役である王(ワン)という冴えない中年男に憑依し ました。他の人物と違い、意志の強さもなく、お調子者で、状況が奏でるメロディーに合わせて踊るだけのこの おじさんに、自分を重ねるのはけっこうつらいのですが、私たちって多分、状況に踊らされていることに気づか ずに生きているのかも?という疑いを持つにはいいかなと思うのでした。

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差別の中にも物語は生まれる

施設百話・・・バナナ

  その人は九十を超えてるはずなのに、あのなめるようなまなざしをカメラに向けていた。国会議員を引退後も 政局の見通しは鋭く、もっと先の展開も知っているが、ワイドショーの政治ネタならこの程度で充分だという余 裕と、自分を高く見せるしゃべりは健在だった。カメラがターンすると画面の下のほうに右手が見えた。しわだ らけの手だった。35年前この手が自分の頭をなでたのだった。
その人は一人一人食堂に集められた障害者たちに1本1本バナナを渡していった。若いやり手の事務長がマイクを 握り、その人を持ち上げる演説をよどみなく言っていた。
俺の前に来ると、めんどうくさそうに笑顔でバナナを差し出し、受け取ろうとした俺の頭を幼児をあやすように なでた。すーっと全身の血が下降した。
「よかか、先生のお陰でおまえ達はここで仕事ば覚えながら生活の出来とるとぞ。そのご恩返しばせんなら人間 ちゃいわれん。投票日には自分だけじゃなく親や親戚にも言うて、先生をトップ当選させなんぞ。よかか、誰が わざわざこげんとこまでバナナば持ってくるか!先生だけだぞ。ありがと思え」
生まれて始めての選挙だった。応接室が投票所になっており行列が出来ていた。誰も政治のことなどどうでもい いのに、行列をしていることに少し興奮していた。「名前ば書ききらん」重複障害の幸恵が退屈して体を回転さ せながら言う。「せからしか。事務長の書いてやらすたい」車椅子の本多がいらだった。
部屋に入ると、事務長と若い職員で男の障害者に人気のある柳瀬久美子がいた。「書いてやらんか」事務長が言 った。柳瀬久美子が俺の目を見た。「書ききるです」壁に貼ってある候補者の名前を見ながら言った。「お前は 髪ばきらんか、おなごのごとしてみたみなか」事務長のいやみをBGMに、その人と違う名前を一気に書き込んで 柳瀬久美子に渡した。投票箱に入れるのをまとうとしたが、確認する前に事務長が俺の車椅子を回転させ部屋か ら出した。
翌日、朝礼が終わり仕事場に向かうと、後ろから事務長の足音が聞こえた。後少し行けば右側にトイレがあるの でそこに入ってやりすごしたかったが追いつかれていた。
「ぬしゃ、妙な名前ば書いたごたるな」トイレに入るタイミングを失っていた。「髪ば切れていうたろが、アカ かお前は、今月中に切らんと退所ぞ」
20年後、事務長は県議選に出て大敗した。その人も国会議員を引退したが、政界のフィクサーとして時々ワイド ショーや政治番組に登場した。俺はバナナの嫌いな女と結婚した。
あの時書いた名前さえ覚えていないのに、血が下降する音は未だかすかに残り耳をすますとやってくる。

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活動報告

1月

  •  9日 事務所開き
            長いお休みが終わり、みんなそれぞれに元気な顔や冴えない顔が?集まりささやかな出発
           式をしました。飛び入りもあったり歌ったりと少々楽しんだのです。

  • 10日 ピアカン会議
  •       ほっとかんへご初出勤
  •    施設ピアカン
  •        新しい事業体系に移行したたんぽぽへ、自立生活プログラムをどんな感じでやるのか、職員
           との打ち合わせをやりました。
  • 12日 手芸教室
  •        少人数ですけど今年も始まりました。リーダーの松本優子さんはお正月休みに仕上げた作品多
           数持参。さすが工場長といわれるだけのことが・・
  •     総合相談/ピアカン
  •        今年も地味に続けます。3月には特別編講座「高次脳機能障害」について取り組む予定です。
           見えない障害といわれるこの障害のことを少しでも知りたいと思います。将来的には当事者
           のセルフグループや家族会などできたらいいなと思います。
  •     事務局会議中止
  •        週1回必ずやってきた事務局会議ですがメンバーの大半が風邪や体調不良のため、やむなく中
           止となりました。天候と健康には勝てませんよね。
  • 16日 アンテナショップ会議
  •        ほっとかんの根本さんが今年度で退職されるので、今まで甘えていた部分を何とか自分たち
           の力でやって自立しなければと思います。
  • 17日 施設ピアカンーたんぽぽ
           打ち合わせの続き
  • 18日 潮主催の精神講演会へ参加
           すごくよかったです。詳しくは最終面の「当事者性のブルース」を読んでね。
  •     養護学校生徒への自立プログラム vol4
           前回の自立障害者訪問の感想や、卒業後に向けた自立支援法の制度について学習しました。
  • 19日 あじさい主催ピアノライブ
           すごくよかったです。詳しくは1ページの「性と文化のメロディーを」を読んでね。
  • 24日 ピアカン会議
  •     施設ピアカンーたんぽぽ
           ロールプレイを使った自立生活プログラムがスタートしました。
  • 25日 総合相談/ピアカン
  •     事務局会議
  •       当面の活動の打ち合わせをしました。大切な話として他者とのコミュニケーションの話が出て、
          みんなで少し考えました。会議の途中の寄り道の議論ですが、本筋の会議よりも重要だなと思い
          ました。脱線したり寄り道しない会議よりも、少々時簡がかかってもゆっくり話せる会議なら誰も
          置いてきぼりになりませんよね。さてさてこつこつと真摯な活動を続けていると、一番困ったと
          き何かが起きてどうにかなるときがあります。「何事がおはしますかは知らねどもかじけなさに
          涙あふるる」を感じる一瞬です。こつこつとミッションインポッシブル達成に向けてまいりまし
          ょうか!

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    猪突猛進よりも君のスピードで僕のテンポで!

    新しき春よ来い・Uーー当事者性のブルース

      新春早々「潮」主催の精神関係の講演会が開催され参加しました
    前半、精神障害当事者の講師の方が話された。リアルで切実なストーリーは、一人の人間の実感に支えられた喜 怒哀楽で表現されるだけに、より深く参加者の心に響いたのではないかと思えます。また、「誠実」というキー ワードが降りなす空気は、決定的にこの講演会に血を通わせたと思います
    後半、支援者として地域医療にかかわる講師の方が話されました。
    冒頭、「自分もまた当事者であります」という投げかけから始まったお話は、冷静で温かな視点から、社会の不 条理を解き明かしながら、この社会が人間性や公平性を取り戻すためには、当事者の気づきや社会とのかかわり が必要なことなどが、静かにわかりやすく説かれました。ここにも「誠実」があふれていました。
    当事者性が大切にされ、確立された上に、家族や、支援者との対等な関係が作られ、それぞれのカテゴリーが理 解を深め、互いにエンバワメントしあうことがとても大切で、その輪が地域の人々にも徐々に広がっていくこと が豊かな地域作りに繋がるのだと思いました。
    当事者性のブルースを口ずさめ、ステージの幕はあがったぞ!

    編集後記

      フランスで鉄幹と共にひなげしに囲まれた与謝野晶子は、その情景を「君もコクリコ我もコクリコ」と詠みま した。幸せな歌です。ひなげしはフランス語でコクリコというんですね。いい響きですよね。わたくしの大好きな歌の一つです。 '07年色んな花に出会いたいなと思います。そして、晶子のような歌が歌えたら最高です!  
    今年もよろしく!

2006年11月1日発行

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-夜会-

   

11月3日文化の日

夜会・T開催

  この街が夜の帳に包まれるころストリートで、駅の片隅で、歌い踊っていた若者たちと、電動車椅子で夜の町 を横切ったものたちが交差する中で、生れたこの企画は、夜会と名づけられ肌寒い夕刻、野外音楽堂で始まった。
 月明かりの中で歌われる歌は、夜風に運ばれる言の葉たちが舞い降りて美しく、ブレイクダンスの若者の過激な スピンで照明の光に立ち上がる埃が美しく、幻想的でした。
 電動騒乱隊は、オリジナル騒乱炭坑節に乗って、初デビューを飾りました。
 彼らの舞は自己執行の文化なのか もしれません。予定調和的な障害者文化に違和感を感じる者がかもし出す裏切りの文化の香りがします。 夜会は、彼らにとって「文化の非」をあらわす日であったかもしれません。
夜会・Uは、その電動車椅子の役者が二人芝居に登場の予定です。

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夜会T

★がぜん
  ダンスの持つ華やかさとドキドキ感を与えてくれた女性オンリーのダンスユニット。夜会ラストを飾るにふさ わしいダンスでありました。
★藤吉潔美
  伸びやかなその声はハートを癒して通り過ぎてゆく。愛の歌、平和の歌、そしてラストソングは子供たちと共に歌い上げた。
★クライム
  女性4人と男性1人のユニット。身体の細かい動きの美しさが際立つダンスを披露!
★セントラル
  一瞬にしてそこはニューヨークのダウンタウンになったのだ。「HEY どうよ調子?」などと、シネマの1シーンのような動きとダンス。舞い上がる埃は照明に反射した美しい狼煙のようだ。心をワープさせるブレイクダンスを披露!
  ダンスに酔う。
★中川五月
  「先生になりてぇーよ」が夢の高校生。透明な詩と柔らかなメロディーのリフレインが絡み合い、静かに静かに歌がハートを侵略した。 月光の似合うオリジナル曲4曲披露!

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シネマで愛して・・・道

道はいつでも哀れみを持たずに つれてゆくも
遠い日の幻を探し求めて あの道をこの道をさまよう淋しさ
愛の幸せに満ち溢れる 喜びの微笑みはどこに
果てしなく続く道 さまよう苦しさ

 貧しい上に知的障害のある娘ジェルソミーナ(ジュリエッタ・マシーナ)が、オートバイで旅まわりをする 曲芸師ザンパノー(アンソニー・クイン)の助手となって旅をする物語であります。 あまりに有名なイタリアシネマですが、半世紀以上経過した名画を初めて見るというのはいいものです。 しかし、なんという名演かと思います。基本的に愛の物語なのでありますが、主役が被差別な存在である大道 芸人という設定や、貧しさという社会状況や、その上に構成されたストーリー、見終わってなお鳴り響くミュー ジック、天使のように悪魔のように愛すること愛されることの悲しみなど、様々な要因がこのシネマを成立させ ていますが、何よりも主役二人の演じるすごさが、この物語を作っています。  印象に残るシーンがあります。曲技団の変わり者の若者が、落ち込んだジェルソミーナに言います。「この世 に役にたたないものは何もない、みんな何かの役に立っている。ほら、この石だって・・・」ジェルソミーナの 瞳が輝きます。  このシーン以前と以後のジェルソミーナは少し違って見えます。どんなに尽くしても傍若無人でやりたい放題 のザンパノーに対するジェルソミーナの愛し方もここから少し変化していきます。より大きな愛へと・・・これ が計算されたものならこの脚本見事だなと思いますし、まなざしや振る舞いでかすかな変化を知らせる役者も見 事であります。自分ってなんだろうという存在証明の呪縛から解き放たれるジェルソミーナ。そうさせてくれ た恩人を愛する人が殺してしまう事で心が破壊されるジェルソミーナ。とてもこのシネマを言葉に変換できない のであります。やはりシネマは見てなんぼの世界であります。

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国立病院機講 大牟田病院12病棟の歌姫へ

蘇生機に託す命横たえし 療友(とも)の合図の瞬きを読む

 あなたの短歌と出会ったとき、私の心に染みた歌です。療友と書き友と読む心情や、瞬きで合図を決めておか なければならない過酷な状況を隠さないこの歌に私は一晩かけて曲をつけたものでした。そして、あなたと最後 に会ったとき、この歌を私は反芻していました。12病棟の一部屋に移されたあなたに意識はなく、声をかけたも のの反応もなく、私はひたすらあなたの瞬きを見ていました。基より瞬きを読み取る力もないのですが、きっと あなたが瞬きでなにか合図を送るものと信じたかったのかもしれません。何度かかすかな瞬きを見届けて部屋を 出ました。10日後あなたが永眠されました。  2年ちょっとの短いお付き合いでしたが、ほっとかんで鍋を囲んだこと、SOSのシネマ作りにも協力してもら い雪の舞う中「ゆめタウン」でのロケや、グルメなあなたのリクエストで遠くへ「いか」を食べに行ったことな ど、いくつかのエピソードが思い浮かびます。  しかし、私はおそらくは、あなたの作った膨大な歌の数々が知らしめる、あなたの生のエピソードで永遠に記 憶することになると思います。  歌は、長い入院生活の中の日々の暮らしを伝えます。療友とのことナース達とのこと、自然とのこと、家族との こと、そして恋愛のこと。とくに恋愛に向けた歌は、病院の中で女性であることの不都合さと、女性であること の誇りが交差して胸を打つだけでなく、恋する女性の可愛さや、おろかさまでも歌い上げ、微笑ましく感じました。  あなたは、病院という場所に住む所を限定されながらも、歌という魔法のじゅうたんに乗って、どこまでも自 由に心を飛ばして生きた女性であったと思います。  人は2度死ぬといいます。1度は肉体的に、2度目は人々の記憶が絶えることで・・・そうであれば、私たちはも うあなたを失うことはないのですね。いくつもの歌をありがとう。悲しみを一心に背負った体をゆっくりやすめ て下さい。   合掌

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忘年会中止のお知らせ

 例年、SOS忘年会に参加していただいている皆さん、今年は行ってみようかなって思ってくれている皆さん。 2006年の忘年会は残念ながら中止にさせていただきます。  毎年お世話になったり、なかなか会えなくなっている人たちとの再会の場でもあり、新しく知り合えた人々と の交流の場であったし、私たち事務局も少しでもたのしんでもらおうと工夫を凝らしていただけに残念です。  どういうわけか今年は、SOSを遠くから支えてもらっていた、メンバーの親御さんたちや、かかわっていた 障害当事者の人たちが次々と亡くなりました。静かにご冥福を祈りたいと思います。ご了承ください。
                                                  SOS事務局一同

編集後記

  息子から電話が入る「近くでつま恋コンサートがあるみたいよ。見にくる?」命に代えても行きたい!けど、チ ケットは販売と当時に完売。悔しい!奇しくもコンサート当日は私めの誕生日!クソ!!!といくつもの感嘆符を並 べたのでした。介護保険適用まであと5年。たくろうよ頼む長生きしていつまでもあの色っぽい声で歌ってくれ。


2006年10月1日発行

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-暗がりに静かに響くキーの音-

 

★暗がりに静かに響くキーの音

    

川柳と障害支援区分

「歯ブラシを ほどよくつける 難しさ」

  視覚障害のある人の大多数は弱視の人だ。でも僕らはその人たちの普段の暮らしを知らない。何が大変で、何が 大変でないのか。さっぱりわからない。だけど、先日弱視の人のつくった川柳に出会った。普段のくらしのささ やかな喜怒哀楽が、ユーモアも含めて表現されていて、素直に心に入ってきて想像力を引き出してくれた。

「唐辛子 振ってびっくり つまようじ」

 今、障害のある市民の区分認定がほぼ決まり、それを物差しにどれだけの介護量が使えるのかが決められています。 障害区分認定では100を超える質問や医師の意見書が採用されていますが、川柳が見事に表現した暮らしの中のさ さやかな出来事が、どれだけ取り入れられたのでしょうか?改善の必要性があれば即見直してほしいものです。
最後にもう一首。

「信号を 供する人の ありがたさ」

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『夜会』開催に伴うごあいさつ

前略、未知の途上から

 

  障害のある市民のみなさんの社会参加は、当事者はもちろん多くの関係者や市民の皆さんのご協力で進展して いますが、残念ながら充分とは言えない状況です。  なかなか進まない社会参加の原因の一つに「色んな個性の人々と私たちは共に生きているんだ」という「共生 感」の弱さがあると思います。  この「共生感」を強めていくには、人々の心にスーッと自然に入っていく「文化」の存在がもっともっと必要 なのだと思います。  大げさな催しや、ハイレベルな文化というよりは、その人が持っている魅力や、ひたむきさや、心の音色など が、様々な手法で表現される、ささやかで身近な文化が、私たちの暮らしの中に息づいてくれればと思います。 その中に、ともすれば文化を遠くのものと思い込んでいる障害のある市民も表現者として参加してほしいと思い ます。 そういう思いを形にしようと「夜会」という名の「場」を作ってみました。わずかな時間ですけど、この「夜会」 で障害のある市民もない市民も表現者として共に舞台に上がり、また、観客として共に表現を楽しめたら幸いで すし、夜会が送り出す小さな文化が、共生感の種子をその場に集まった人々の心に届けてくれれば最高です。  皆さんのご参加を参加者一同、心よりお待ちしています。                                      

夜会T・実行委員会一同

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孤に想う

   長く生きていると、幾人も友人が亡くなっていく。 障害のある友人が亡くなると、いつもお通夜やお葬式で手を合わせてねぎらいの言葉と、誓いの言葉を繰り返す。 その人のつらさが少しだけ想像できる分、悲しみが深まるが、時々、悲しむ場を与えられないこともある。精神 障害者の友人が亡くなったとき往々にしてその場が閉じられる。いや、閉じさせる何かがこの社会にあるのだろう。 不幸が続くもやいはまた大切な友人を一人失った。 その人は、どこから聞いたのか、キャンプに参加するといってもやいに来られた。その体の大きさからなんだか いい雰囲気が漂い、ついつい「大仏さんのようですね」などと、つまらない冗談を言ったような気がする。あれ から15年が経った。 毎日もやいに来てタバコを吹かしては幻聴の話をされた。当時は今以上に精神障害のある人たちが頻繁に出入り していたが、その人がそこにドーンと大仏さんのようにいて話をしてくれたので、きっとみんな来やすかったの だと思う。  今年に入ってしばらく入院されていたが、最近お母さんが亡くされたために、生活保護を取得して一人暮らし を始められた。それと同時に活動を支えていたバイクを手放された。 お母さんを亡くし、バイクをなくし、行き場が狭ばまった中、小さなアパートであの大きな体を丸め弧を囲って おられたではないかと想う。孤独は個人の選択肢の問題だが、孤立は社会が作り出すものだ。その人はどちらの 孤を囲っていたのだろうか? 15年に渡ってその人の友人となっていた幻聴の張本人であるエスパーと、その人は最後にどんな会話をされたのだ ろう。悲しむ場を与えられなかった私たちは、その人がそこにいると想って手を合わせつぶやく。本当にお疲れ様で した。さようなら。合掌

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障害学

自分は何者か?

  よい子・わるい子・ふつうの子のその2です。自分は何者か?と考えていくこと。どうも自分というものは周 りからつくられていくこともあるんだと思えてきます。ではどういうふうに?
★エピソードT
僕は小さいころ母の背中にからわれている時間が多かったなです。母はよく泣き、よくグチりました。その原因 は僕の存在でした。そのとき聞かれたエピソード「大変!」

 小さいころ、周りがどう自分を見ているかは重要です。大人たちが同じキーワードを連発すると、そのキーワ ードは自然と子供の心の中に入っていきます。そして、心の壁にピタッと張り付きます。それはそれは強い力で 無理にはがそうとするものなら、血が吹き出るのも覚悟しなけれぱいけません。これを内面化といいます。これ は前回の復習です。覚えていますか? 「大変」というキーワードが僕の中で内面化されて半世紀がすぎましたが、まだその残骸が残っているような気が します。  周りを大変にさせた自分が悪いという感覚を持ち続けると、とてもつらいものがあります。でもそれをやめる のも難しい中で人は生きねばなりません。「あー」とため息をつきたくなります。でもあきらめるわけにもいか ず、少しずつ少しずつ心の壁に張り付いたキーワード剥がしていきました。完全ではないしろ、剥がせていけた のは、自分のことだけでなく、自分と同じように悩んでいる障害者のことや、周りの人たちの言動や振る舞いに 少し疑問が出てきたせいでした。大げさに言えば問題を広げ社会化したといえると思います。そうしてみると、 内面化させられていくシステムみたいなものさえ見えてきます。つまり、手品の種が見えてきます。  マイナスのキーワードを内面化させられた障害者を、最近はプラスのキーワードを内面化しようという支援者 の働きかけがおきています。さてさて、いよいよ正義の味方の登場だ!と思いたいのですが・・・

編集後記

 「前略道の上から」で一世風靡が出てきたとき、道の上からというフレーズがとても新鮮だった。「道の上から 今まで誰も伝え得なかったものが伝えるれる」なんだかそんな空気がとてもいいと思えた。今回取り組まれる 「夜会」も道の上から若者たちが登場します。今の道の上はどんな歌を、踊りを伝えようとするのだろう? 必見です。


2006年6月1日発行

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-福祉マップ 自立マップ-

 

福祉マップ!自立マップ!マップマップで生活アップの航海へ!

   暑中お見舞い申し上げます。
皆様におかれましては、夏の準備整われましたでしょうか? SOSの夏は、最新の情報をお届けするために、2つのマップ更新に追われる暑い夏になりそうです。 よりよく生きようと思うと、情報って大事です。自分の人生の航海を後悔しないために必要な情報は公開されな いとネ。そしてなにより手元に届かないとネ。 そんな思いでマップづくりが地味に進行中です。 マップづくり地味に進行中です。

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暑中お見舞い申し上げます。

  向夏の候、いかがお過ごしでしょうか。
季節の移ろいにも一喜一憂いたしますが
最近は、法の移ろいも一喜一憂が続いております。
自立支援法の施行は
それぞれの場所でのそれぞれの苦難を強いていますが
一番の問題は目の前の苦難からの避難に追われ
障害者福祉に限っての問題であると問題の本質が矮小化されている事のように思えます。
果たしてそうではないのだという軸が打ちたてられ
本当の意味での自治への航海が始まらねばなりません。
船を浮かべる海はそこにあるのですから。

皆様のこの夏のご健康と幸せのドラマをお祈りします。

特定非営利活動法人おおむた障害者応援センターSOS一同

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差別の中にも物語は産まれる

施設百話・・・歌姫

 真理恵は取り柄のない女だった。寝たきりだったが、性格は優しくもなく冷たくもなく、感情の起伏も少なく、 異性にもてることもないので、同室の女性障害者から嫌われる事はなかったが、さりとて好かれる事もなかった。  面会者もなく、40の坂を越えた真理恵に職員の扱いはぞんざいだったが、真理恵は気にするふうもない。「あん たも何かしたら」車椅子の上から芳子が投げやりに言った。真理恵は少し笑ったが、すぐ無表情に戻った。職員気 兼ねするのか、真理恵は、園内の創作活動には一切参加しなかった。
 芳子は不活発な真理恵が疎ましかったが、何に対しても妬まない生き方には感心していた。障害者施設で妬まな い障害者と出会うなど、芳子にとっては初めての経験だった。久しぶりにまじまじと真理恵を見た。 少々老けたように見えた。見飽きて窓に目を移すと、かすかに違和感を感じた。ゆっくりと目を戻すと全身を眺め なおした。よく見ると、かすかに右手の人差し指が規則正しく動いていた。それに会わせるように時々き瞬きが入 っている。しばらく眺めていた。音楽だ。4拍子のリズムがゆっくりと刻まれ、後打ちで2泊目に瞬きが入っていた。 真理恵はALSでほとんど声が聞き取れず、唇もほとんど動かずに、耳を寄せないと声は聞こえなかった。芳子は神経 を集中した。もどかしくて息を止めた。少し何かが聞こえ始めた。
芳子はその積極的な性格と、電動車椅子での移動ができたので、他の障害者への影響力があった。その芳子が動き 回り、園内の障害者達に指示が出され、障害者達は、いぶかりながらも芳子に言われた日を待った。
 その日は、一日雨が降り続けたが、消灯後、嘘のように雨が止み静まりかえった。 ほとんどの障害者がFМ放送の158:07に会わせ、イヤホーンをつけてその時刻を待った。 ジージーと無機質な音に我慢の限界を迎えた頃、時刻はやってきた。かすかに音が聞こえ始めた。何の音かわからず ボリュームが上げられた。 そのスキャットは透明で、悲しみの高音と喜びを求める切ない低音が入れ替わりながら、希望の美しさを称えるよ うにアメージングストーリーを歌いあげた。
 芳子が見ると、ヘッドホーンマイクをつけたまま無表情な真理恵が目を閉じた。歌が終わると再び雨が落ちた。

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障害学

朝ションもアサーションも気持ちがいい?

   けっこう重度の障害者にとって、排泄は気が重くなる時が多い。朝目覚めた時などおしっこをギリギリまで我慢してし まう。一度急性の腎臓炎にかかったくらいだ。しかし、我慢に我慢を重ねたあげくの朝ションは「気持ちがいい!」  朝目覚めた時、今日こそは自分の思っていることを言ってみよう!でも相手を傷つけないようになんて考えつつ、 さっそうたる自分をイメージするけど、いざ会うと言えない。あいさつさえ出来なかったりする。でも言ってみる。意外と簡 単に言えたりする。相手も「はーい了解!」なんて明るく答えてくれて、一歩距離が近づいたそんな気さえする。こんな 自己表現をアサーションというけど、こんなアサーションは「気持ちがいい!」
 朝ションもアサーションも、どっちとも内面のものを出す爽快さが共通していないか?あるいは出させない何かが存在 するということも共通してないか?単なるシャレで言ってるのではあるけれど?確かに共通するワード「気持ちいい!」が ある。じゃぁそれができないと「気持ち悪い!」になる。さて、何が多くの障害者を「気持ち悪く」させるんだろう?
 おしっこを我慢させ、自己表現を控えさせる正体は一体何だろう?その正体を知りたいのは、我慢させられ控えさせられ た障害当事者だ。
 朝ションはいわばハードつまり福祉機器や介護システムの問題だ。アサーションはいわばソフトつまり人間関係や社会が 障害者に寄せるまなざしの問題だ。じゃあ、ハードとソフトが整うまで待てば問題解決と思うけど、それを誰がやってくれ る?正体を見てる当事者が問題解決のための取り組みの真ん中にいないと、まずくないか?ハードは目に見えるから確認し ようもあるがまなざしはどうだろう。上から降り注ぐ見えない空気のようなまなざしの確認は大変だ。
障害者が取り組む障害 学は「気持ちいい!」目指す学問だ。

編集後記

 07年交流キャンプが企画それつつあります。キャンプをやらなくなってもう5年以上が経つ。今回再開されようとしている キャンプはどんなキャンプになるのか。不安と期待が交差します。不安は体力面で?期待は新しい出会いと!という感じでし ょうか。夏も夏。皆様思い出大きい夏をお過ごしください。

2006年5月1日発行

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-06年度清々水彩会-

 

06年度清々水彩会最優秀賞受賞!池田邦博さん!

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障害を超え意欲的に描く

最高の喜びかみしめる

 第五十三回清々水彩会公募展で清々水彩会賞を受けた大牟田市亀甲町、池田邦博さん(58)
重度の障害のために全身をほとんど動かせず、足を使って意欲的に制作をしてきた。同公募展には約二十年前から 挑戦、入賞を経て今回獲得した最高賞に喜びをかみしめている。同展は二十一日まで大牟田文化会館を会場に開か れている。
 池田さんは幼少のころ、小児マヒとなった。今は亡き母に勧められたことがきっかけで、足の指に鉛筆を挟んで 描き始めた。絵を描くことが友人を増やし、花や風景を見る目を変、公募展や大牟田美術展での入賞を経験。
カレンダーに作品が使われた際におおむた障害者応援センターと共同作業所もやいの共催した原画の個展に出品。
池田さんが利用する大牟田恵愛園内にも飾られている。

色鮮やかで強い感動!花への愛情感じられる

 今回の受賞作「きりんそう」はピンクや黄色の花を描いた色鮮やかな作品。池田さんによると「二十八年前に、母 が元気な時に描いた絵」だといい、その後描き加えて仕上げたもの。
藤色などをピンクに変え、全体的に明るい色調となり、公募展でも「色鮮やかで強い感動を受ける作品。花に対する 愛情が感じられる」と高い評価を受けた。
 受賞に際し「みなさんに喜んでもらい、見ていただいてありがとうございます」と池田さん。体調を崩して以来、 足を使った創作は困難になったが、今度は頭部を活用して描こうと練習の日々。「頭で描く技術を磨き、また受賞し たい」と意欲を燃やしている。
有明新報より

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シネマで愛して・・・エド・ウッド

 

  世間に「認められたい」という気もちは、ごく自然で、誰もが持つ感情なのですが、誰もが認められるわけではな くて、認められない人の方が大多数であります。
 認められるというのは「最高です!」という評価をもらうという事ですが、「最低です!」という認められ方も あるのだとこのシネマは教えてくれたのてです。
 このシネマの主役となったエド・ウッドは「映画監督史上最低の監督」の称号を贈られたことによって、世間に認め られる存在となりました。誰もが口を揃えて面白くないという彼の監督作品を私は一本も見ておりませんが、多分面白 くないだろうなと感じます。
 さてさて、何の予備知識もなくこのシネマを見たのですが、面白くない作品を作り続けたエド・ウッドを描いたシネ マの面白さに脱帽!したのであります。  それは、エド・ウッドの生き方そのものの面白さであります。そしてその仲間達の面白さであります。それは、障害 者解放運動の中で出会ってきた障害者たちの何ともいえぬ面白さとやすらぎに似ている気がします。
 そんな事はともかく、エド・ウッドも認められたいという意識は強烈に持っていたようですが、世間的には認められ る事もなくこの世を去っています。
 よく障害学で取り上げる「我ここにあり!/存在証明」という奴です。でもエド・ウッドにとって、本当に大事だった のは、好きで好きでたまらない世界をシネマで表現するためにのみ生き切ることだったのではないかと思います。そし て、そのように生き切ったことで結果として世間による「存在証明」を必要としなかったといえるのではないか?と強 引?に思うのでありました。
 さらにいえば皮肉な事に死語、世間による存在証明を必要としなかった生き方そのものがこのシネマを産みだした のでありましょう。
ちょっと憧れてしまいます。劇中、オーソンウェルズ役が登場エドに語る一言が胸にしみるのであります。
監督ティムバートンのエドへの重いが溢れているのであります。

ぺージ4

差別の中にも物語は産まれる

施設百話…白いソックス

 

   その少女はつま先で歩く度に体が少し左右に揺れた。顔は笑みが絶えず軽いCPのようにも思えたが、言語障害 もなく股関節の障害による軽度の歩行困難のある少女の存在は重度の施設では際立った。
 入所型の授産施設に舞い降りた18才の少女は施設において見られない風景を作り出した。夜の自由時間に応接室 で教科書とノートを並べ、笑顔で鉛筆を走らせる姿や、日曜日になると神父が訪れた少女と2人祈る姿は、管理抑圧 の中で刹那的で光る石をかくした男達をして畏敬の念を抱かせた。アイディンティテイゲームを仕掛けると思われ た女たちも、その佇まいの異質さに口を閉じた。その少女の笑みを絶やさぬ態度と醸し出される近寄りがたい雰囲 気は新人殺しといわれる椿をしても手をこまねさせた。
施設の女たちの情の深さと、あっけらかんとした自負感に何度か吸い込まれそうになりながらも、この場所での恋 愛にうんざりして手を出すことのなかった靖男は、その少女を見た瞬間頭の奥ですーっと何かが流れた気がした。
 夜、応接室で勉強する少女のまなざしを渡り廊下の隅から煙草を深く眺める靖男は、聞こえるはずのないノート を走る鉛筆の音を聞いた。何人かの男達が、少女に言い寄り優しく遠ざけられたが、いつものような恨み事と、八 つ当りの抽象は起こらず、男達はまるで振られたことを誇らしげに感じているように見えた。
やけに暑い夏になっ ていた。靖男は少女の白いソックスが気になっていた。少女を象徴する白いソックスだったが、膝近くまであるの は暑さの中で不自然だ。少女が来て半年が経っていた。あと半年で少女は去るのだと噂が立った。 「靖男よ、俺の彼女に聞いたけど、あのソックスの下にはものすごい手術の痕があるらしいよ。気にしてんだろう ね。けどよあんだけ可愛いけりゃな・・」半年後、噂どおりに処女は施設を出た。
その施設に場違いな少女の退場に、誰もがあまり関心を持たなかった。施設はいつものようにいつもの場所に戻っ たのだ。
靖男は一月後少女に手紙を書いた。返事は来ぬものと決めていたが雨の朝ぶっきらぼうな職員が少女からの手紙を 差し出した。靖男は胸をドキドキさせながらぶっきらぼうに受け取った。鉛筆の走る音が聞こえた。

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障害学

見えないものが見えてくるよ!不可思議の不可思議

 けっこうマジックは好きだけど、見てても種がわからないとイラつく。種明かしがされると「なーんだ!」にたどり着 いてひと安心。種明かしがされずにおわると、イライラが続くのだ。「種明し」これは、マジックだけに求めちゃいけ ないと思う。色々種明しを求めたい事は山ほどあるのだ。そのうちの一つに障害者問題も在る。
 マジックの種の多くは、まずマジックの前提はマジシャンがつくり、観客はそれに乗っかる。その時点でマジックは 完成している。そんな感じだ。それと同じように、障害者問題も前提が作られ、それに障害者が乗っかっていくことが 多い。ひとつだけ例をとると。「障害者への配慮」このキーワードは誰も疑わない。
しかし、このキーワードが正しい 故に、その前提も正しいと言う事になる。
つまり、健全者は@できるA配慮はいらないB配慮をする人と位置づけられ 障害者は@できないA配慮がいるB配慮される人と位置づけられ、結局この世には、配慮がいらない人といる人がいる と言う事が前提となり、誰もがそこから出発していくことになるのだ。実はその時もうマジックの種はきかれている。 この種を見破るには、前提を疑う事だ。「配慮がいる人といらない人」これって本当?よく考えれば健全者も色んな配 慮を受けて生きてるやんじゃないか?建物に入りやすいように階段という配慮、講演会では聞こえやすいようにアンプ 使用の配慮などあげていけばキリがない!ということは、前提が変わるということだ。前提を事実にあわせて正しく変 更することになる。
「この世には、配慮されている人と配慮されていない人がいる」この前提に立つと、配慮の格差が あきらかになる。格差であるならこれは権利としてこの格差をうずめていかなければならない。しかし、マジックにか かると「配慮がいる人といらない人」が前提になり、「私たちだけ配慮をお願いして申し訳ない」という感じなる。「権 利」か「お願い」かどっちなのかは、種を見破れるかどうかにかかってくるのだ。
 実はこのマジック「健全者=できる/障害者=できない」という思いこみを利用したマジックだ。マジックにだまさ れて肩身の狭い思いをしないように気をつけようね!恋のマジックならともかく差別のマジックはいただけない!

編集後記

  梅雨の楽しみ方を探すけどなかなか見つかりません。僕等は雨に濡れて立ち尽くすとか、土砂降りの中を走ると かの体験がないので、憧れたりしますが、現実は、雨が降れば外出を控え、もし濡れても被害者っぽくため息をつ くばかりでドラマがありません。いつか雨と共にドラマを作りたいと思います。雨に唄えばみたいにね。


2006年4月1日発行

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-春風に自立の和音を-

 

    

春風に自立の和音奏でたり君に届けたし唄ありて

 

自分だけが助かればいいという「蜘蛛の糸」的な考え方は誰もがもつのだけれど、それを超えないと障害者福祉の ありかたは変わらないと思う。思うけれどこれがなかなかね!そんな事を思わせる出来事が次々と起きる今日この 頃。そんな時思うのは、自分の事だけ考えれば普通校に入れたのに、全障害者の普通校入学を提訴したため入学でき なかった北国の車椅子の少女のことであります。その子ももう20才。思い出すたびに疲れた心に癒しの和音が流れる のでありました。

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福祉マップ おおむた2006

この町をエンジョイ・・福祉マップ冊子完成!

「SOSの福祉マップを見たいのですがパソコンを使えないので冊子にしてもらえませんか?」
という、一本の電話!ニーズに応えるべし!ということで限定50冊を作成! もちろん無料で配布します。SOSにお電話を!お待ちしています

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テレビファソラシド

愛と死を見つめて

 当時小学生の私にはテレビ画面に写し出された東芝日曜劇場「愛と死を見つめて」の意味するものがよくわからな かったのですが、母親のすすり泣く声がBGM代わりに聞こえたのでありました。
 大空真弓という女優さんが熱演していたのは記憶にあるのですが、ストーリーはまったく判らずにいたのです。そ の後、このドラマは評判を呼び、吉永小百合でシネマになり純愛賛美の社会現象ともなったのでした。
 あれから約半世紀近い時がたち、偶然テレビをつけたら、リメイク版がながれておりました。何となく最後まで見 とおしてしまったのでありました。終了後流れる主題歌も聴き終えると、ドラマの意味がさすがに染みてきて、翌日 も見しまい、残ってた宿題が完成したような感じなのでした。
 二夜連続のこのドラマ、何故今なのかよくわかりませんが、広末演じるミコがその身体に訪れる病魔の劇的な進行 にあわせ、愛するマコから離れようとするそのせつなさと、二人をつなぐアイテムである文通この2点に私は思いを馳 せつつ見ておりました。  愛のありようを自己犠牲をもって変えようとする女の悲しみと、それを察して変えさせまいとする男の実直さは、自 分自身の内にある偽善と恐れとも向き合うことでもあります。そのことは、私の周りでもよくありますが、障害に起因 して愛を止めて身を引くことともつながるものであります。あるいは、命の期限が極端に制約された者への自立プログ ラムってなんだろう?と日ごろ考えさせられていることともつながるものでありました。
 そんな演技が披露されたかどうかは関係なく、色々考えさせてくれるのは、このドラマの持つ事実のカタチとストー リーのチカラでありましょう。
 もう一つ、文通という行為がいかほど人を元気づけ支えるかが再確認できたことが心をやさしくします。きっと文通 にはメールと違う何かが介在しているのであります。ミコとマコよ永遠に!

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差別の中にも物語りは産まれる

施設百話・・・コロコロベースボール

 下敷きの上で鉛筆をチップのように切った六角形が転がり、ゆっくりと止まった。その上部にHの字が読み取れた 瞬間、司はよだれを振りまき首を振って喜んだ。8回裏での逆転3ランホームランはもう勝負を決定付けた。
 中学部に入って負けが続く義也は、舌打ちをすると同時に司を見やると吐き捨てるように言った。「早よ終わらそ い、もうすぐ消灯ばい」2年前から、誰が始めたのか養護学校の寮では、鉛筆のチップによる野球が流行り始めた。素朴 なゲームは進化し、いくつものチップを駆使した複雑さがゲームを面白いものに仕立て上げ、参加者全員ノートに記録 をつけ、もう一つのプロ野球の公式戦に皆は燃えた。
 ゲームが終了し5連敗した義也は不機嫌にチップを筆箱になおしながら、近づいてくる職員の足音に又舌打ちをした。 義也たちの野球を口うるさまくやめさせようとするその職員は、何が気に入らないのか、常にぶっちょう面で、笑わ ん殿下と呼ばれていたが、野球に関しては軽蔑し尽くしたようなまなざしを向けた。  チップをなおし終わった時、その職員が入ってきた。なおし終わっていない司があわててチップをつかもうとして、つ かみそこなっていた。また皮肉が飛んでくるか、別の件を持ち出して説教を始める予感に、義也はつい舌打ちをしそうに なったが、慌ててこらえた。
 予想は裏切られ、職員は司にどっちが勝ったかを聞き、司の勝利を称えお約束のように懐中電灯を西部劇の拳銃のよ うにクルクル回転させ去っていった。その口調のおだやかさに、部屋のもの全員が義也の顔を見る。「明日はダブル スコアで俺が勝つけんね」的外れな義也セリフに司が声もなく笑った。義也が軽く腹をたてた時、消灯のベルが鳴り 今日最後の舌打ちが響いた。
急だった。有無を言わさずいきなりの禁止令だった。あの職員が職員会議にかけたのだという噂が流れた。
あんなものに何時間もかけてじっとしていたら、リハビリしてもなんにもならないと、カマキリの異名を持つ女の職 員が賛成したという。「あの二人はできとる」司が言った。3日後あの職員がみまわりに来た。機嫌が良かった。 しかしあの得意技は見れなかった。懐中電灯が見つからなかったのだ。職員は無言で義也を見た。義也は舌打ちをした。

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シネマで愛して・・・初恋の来た道

 遥か離れたそのまた向こう
誰にでも好かれるきれいな娘がいた
明るい笑顔はお日様のよう
明るく輝く目はお月様のよう
お金も着物も何もいらぬ
毎日その笑顔をじっと見つめていたい
              (中国歌謡/草原情歌より)

 精神障害者の友人からずーっと進められていたシネマがありまして、「見ときますね」などと言っておきながら、忙し さに逃げ込んでずーっと見なかったシネマがこれであります。
 本当に本当に早く見ればよかった。と心から反省し、もし見る前に死んでいたらどう責任をとるつもりだったのだ! えっ、なんの責任?そんなことはどうでもいいのです!
 「初恋の来た道」このタイトルの素晴らしさ、恋をした少女チャン・ツィーイーの素敵さ、中国服のあざやかさ。あー。 思い出すだけで心がとける気がします。このシネマの描き出す人の可愛さや美しさのシーンを思い浮かべ、歌まで作っ てしまったのでありました。その歌を視力障害者の女性に歌ってもらったのですが、そのさわやかに美しい歌声とシ ネマとが一体化し、わたくし、しばし夢見心地となりました。
 シネマのストーリー?なんだかそんなものはどうでもいいじゃないという気になります。いわゆる回想ものなのですが 回想シーンがカラーで表現されてる!めずらしいけど必然なのです。色彩はこのシネマの最大のテーマではないかとさえ 思えます。きっと監督は両手でつくったカメラのフレームの中のひとつひとつの色彩をしっかりとこだわりをもってチェ ックしたのでありましょう。色彩の見事に揺るぎ無い安定感が、このふわふわとした恋愛シネマを下支えしております。
 中国映画はすごく多様で、覇王別姫(はおうべっき)を始めとして印象に残るシネマが次々と生まれます。中国の世紀 は経済だけでなく、シネマの世界も席巻するに勢いであります。
 でもこのシネマ。人の素朴な生き方ひとつで多くの観客の心をほのぼのさせるのであります。
あー、こんな文化に包まれて死にたいよ!

ページ6

障害学

操作主義から共依存への旅の心地よさ?

 操作主義というと難しそうだけど、例えれば馬を走らせるためにニンジンをぶら下げるようなものだ。ムチをいれられる よりマシかなと思うかもしれないが、そうではないと思う。なぜそう思うか?それは、ムチはムチを打つ方も痛さを想像で きるけど、ニンジンは与える方もいいことしてる意識をもち、与えられた方も悪い気はしないからだ。この関係は障害者と ソーシャルワーカーの間で今までもあったし、障害者虐待でムチ方式が拒否される中、今後も増え続けると思われる。
何故 なら双方にとって操作主義はその心地よさゆえに大げさにいえば両者にとってなくては生きていけないものとなるからだ。 これを共依存という。おわらせたい福祉文化のひとつだ。人は正義を振りかざす時自らを省みれないところがある。
自分 は一生懸命障害者のためになるよう頑張っているのだ≠ニ思っているとき、実はここから、障害者の自由を制限する規則や 指示よけいなお世話≠竍押しつけや子ども扱い≠ェうまれてくるのだけど、なかなか本人は気づかない。いや気づきた くないのだと思う。一方、障害者も一見自分の意思で走っていると思いこめるし、他者にやさしくされる『うっとり感』の 中でまさか自分が操作されているとは思わない。いやきづきたくないのだと思う。
北欧の福祉がよく憧れをもって語られる が、私はそれはちょっと違うと思うけど、操作主義(直接的な命令とは違い、相手の主体的な判断や意思を意図的な方法に よって、ソーシャルワーカーが、望む方向へ障害者を誘導したり、外部から変化させようとする方法のことを言う)に関し ては福祉関係者の真摯な学習会が小さな単位で継続的に行われている。これは、「さすが!」というほかない。やや悔しい!

編集後記

 もやいの花見は2年連続雨で中止。残念!なのでした。個人的に4月の平日のお昼に弁当を持って延命公園に行ってまいり ました。野外音楽堂のステージを食卓台わりに桜を愛で、あたたかな日差しにうとうとと船を漕ぎ、春のおだやかさに身も 心も委ねていると、なんだか生まれ変われるような気がします。春って結構怪しいよね!

 

2006年3月1日発行

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-淡き弥生の花時雨-

 

淡き弥生の花時雨 君の夢こそ舞えよかの空

  桜の木の下に佇む少女が首を竦めるその瞬間、千年前に2人はこの桜の下で出会っていたのだと思わせてしまう。 あー、春ほど幻が似合う季節はないのである。その春爛漫の中、障害者自立支援法がスタートする。 この法律、大騒ぎを繰り返しここまで来たのだけど、これからがいよいよ大騒ぎの本番だ。この法律が目指す自立支援が幻に終わるのか、 それなりの役割を果たすのかは、行政よりも私達の取り組みにかかっている事だけは確かだ。

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ハローキッズ!大牟田小学校より来も

 ○2月13日。大牟田小学校のボランティアクラブの子供達が来も。SOSやもやいの活動を学んでくれました。  ベンもこどもたちを大歓迎!尻尾を力の限り振りました!
○活動のお話のお返しに、こどもたちが笛の演奏を披露してくれました。とてもお上手!アンコールに応えて  「ウルトラマン」を演奏。これまた懐かしくて、みんなに大受けでした!

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SOSともやいの花見です!

 ☆と き:2006年4月2日(日曜日)
☆時 間:11:30開始
☆場 所:延命公園
☆会 費:1500円
☆申込〆切り:2006年3月23日(木)
        ※雨天の場合は、中止
☆連絡先 NPO法人・おおむた障害者応援センター
             電話:56-0511
SOSともやいの恒例の花見です。昨年は雨のため中止でした。今年はどうでしょうか? できればみんなでさくらが見れたらうれしいです。 みなさんお忙しいでしょうが、出逢いと交流を深める場にしたいと思います。ご参加よろしくお願いします。

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シネマで愛して・・・ALWAYS三丁目の夕日

 「CG嫌いなんだよね」と、そこまでいかずとも「確かに飽きたよね」までいってる人は多いと思うのであります。 とにかく最近のシネマのCG多用には少々疲れると思いませんか?
しかし、CGもこんな風に使われると「いいじゃない!」「いや、いいよ!」と、みのもんた風に腕組みしつつ、つい 言ってしまいそうである。  東京は夕日町三丁目で起きた昭和36年の出来事。それは当時の日本全国で営まれていたそう珍しいドラマでも ない、いわゆる日常って奴なのだけど、その時代を作り出していた様々な「物」そして人々が作り出していた「空気」 それらが混じり合ってつくり出す希望の色に染められたこのシネマ。タイムマシンに乗りがちな年を迎えた人々 が過半数を超える中で見たのです。
何故かわたくしの前には若いカップル。これがまたツボをはずさず笑うのに驚きながらも、わたくしも同じシー ンで笑いやや連帯感を感じたのでした。
 そらにしても、これだけ注意力をはたいて画面に映る総てのものを見逃すまいとしたのは初めての経験であり ました。なんだか役者より物に目がいって不思議でしたが、それでも出演している役者の味や子役のさりげない シーンでの身体や目の動きなど感心させられました。すごくいい空気で明るい基調低温が心地よかったのでした。 「50年先だって夕日はきれいだよ!」なんていう泣かせるセリフが心に残ります。
昭和36年。私の居らされた場所からも夕日はきれいに見えたのですが、しかし、それは本来わたくしも居るべき、 わたくしの夕日町三丁目を思い出させる切なさが詰まった夕日でありました。  あれから45年。あと5年で50年。シネマのいうように50年先の夕日はきれいなのでありましょうか。そこまでは 生きて確かめたいのであります。

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習字教室やっています!

SOSプログ

 2月

     
  • 5日 ピアカン連続学習会
  •       始まる。寒いよ!しかし、新しい参加者も多く頑張りがいがありそう!
  • 16日 事務局会議
  •       遅くまで話し込みました。いつもお食事会も兼ねているのでしょうがないのでした。
  • 17日 ピアカン会議
  •       連続会議の反省会です。今日の反省明日への自信!になればいいけど・・ 
  • 19日 ピアカン学習会U
  •       参加者の人の色んな人生ドラマをどのようにアサーションつなげるかで頭がいっぱいになりました。
          自分自身がアサーションが不充分なのにね!こんなことでいいのかな?いいわけないよ!でもね・・
          悩みつつ進むしかないのです。
  • 23日 事務局会議
  •       今日も遅くまで話し合いました。福祉マップの冊子編にてこずっています。皆を風邪が直撃するな
          どのアクシデントが続いています。でも待ってる人がいるので、やるしかないのでした。

    3月

  • 3日 コピー機登場!
  •     西日本民生事業団より、コピー機いただきました。福岡県の推薦だそうです。助かります。城崎事務機さん
        がすごく安く提供してくれたのでとてもいい性能の印刷機が手に入りました。どちらにもお礼申し上げます。
        こつこつやってるといいことあるよね。
        共同作業所(6団体)会議
        どこもそれぞれに事業体系を変えるきつさと、それを支える意識の改革に追われ始めています。だからと
        いって、今までやってきた自信と実績を失わないでほしいのです。今までの取り組みを発展させていけば
        いいのですから、皆落ち着いて参りましょう!
  • 9日 事務局会議
  •      今年は、大赤字と大混乱の一大イベントだったあの伝説のサマーキャンプが、スリムになって復活しそ
         うです。久富さんの提案は、基本的に全員賛成!障害者が主体的に作りあげるミニ交流キャンプの行方が、
         今年最大の注目かもしれません。

    ページ6

     障害学

    春は存在証明を要求するけれど

      春は旅立ちの季節です。入学・入社・卒業・進学・転居・異動などなど、人も世の中も急な変化を遂げていく とき、その空気に包まれていたたまれない焦りを抱える人々もいます。障害に起因して社会の中でうまく生きれ ない感じを受けている人々だ。
    その人々は、普段から自分の存在証明(差別や偏見から解放された自分の確立)を 行う為に、印象操作(うそやごまかし)や保証努力(無茶な頑張り)価値の剥奪(他の障害者の見下し)などを行わざ るを得ない状況に追い詰められています。
    春になると、その存在証明活動はさらに強まって自分で自分を傷つけていく心理行為が加速するような気がし ます。 SOS等が取り組むピアカウンセリングは、その存在証明の方法論に疑問を投げかけ、また、それを強要する社会 の考え方そのものに疑問を投げかける行為であります。
    存在証明そのものが何のために、誰のためにそもそも必 要なのかが深く考えられなければいけないと思います。ともあれ、そういう意味では存在証明が活性化する春は ピアカウンセリングのありようが問われる季節でもあるかもしれません。

    編集後記

    「差別とたたかう共同連」が来牟!先日マラソントークが行われた。障害者の就労がテーマだが、質疑応答で参加 者より障害者の主体性について質問が飛び、パネラーが反論するなど盛り上がりを見せつつあったのに中途半端 に終了。残念!最近語られない重要なテーマだと思います。 さてさて春爛漫。みなさま良き桜をご観賞下さいね。

2005年12月10日発行

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-サンタクロースによろしく-

 

サンタクロースによろしく!

 子供の頃、胸をドキドキさせる事は山ほどあったが、サンタクロースほど日常的で、楽しみなものはなかっ た。そのからくりを知った後でも、あの時のドキドキ感は忘れられない。子供にそのドキドキ感をあげたくて 自らサンタクロースを演じてみたりする。そして、いつかその子供もサンタになっていく。子供の胸をドキド キさせる正体は『未知の希望』への想像力かもしれないなと思う。無数のサンタが、その未知の希望を消さない ためのリレーを続けている。なんだか無数のサンタによろしく!と手を振りたくなる。
2006年が目前だ。私たちも未知の希望をつなぐためにこころ新たに自立生活運動をつないでいこう。いざ、いざ!

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1年間本当にお世話になりました!来年もよろしくお願いいたします!

人が真ん中の街づくりを!

  04年後半「グランドデザイン」が発表され、05年に入ると「障害者自立支援法」という形になり、全国の障害当 事者や障害者福祉の関係者が、基本的には、この法律の在り様に振り回された1年でありました。  私たちも、この法律の分析に追われましたが、様々な課題を内包しながらも、06年4月には法律が施行される事 となりました。この法律とのバトルは、06年の法律施行後の取り組みに任されますが、障害者の地域での自立を 目指して、この法律とどう付き合っていくのかが問われます。皆の力と、市民の皆さんとの連携を深める中で進 んでいきたいと思います。  SOSともやいの日常は、今年もスローライフ。当事者のペースで、介護ボランティア「ピープル」のコーデ ィネート。パソコンによる電脳福祉マップの地図づくり。バザーのためのビーズづくりにTシャツづくり。作業 に飽きたら電動車椅子を連ねて街にお出かけなのでした。  メンバーもけっこう年を重ね、長年の活動の無理からくる二次障害に悩まされらがらも、ポケットにいれた、わ たしたちの夢をエンジンになんとか歩いている。そんな1年でした。  しかし、今年も多くの人々に支えられながら、私達なりの活動、私達だからできる活動ができたと思います。感 謝したいと思います。  さてさて、今年やり残した宿題をやるのを楽しみに06年に進みたいと思います。来年もよろしくお願いします。
                                         SOS/もやい一同

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シネマで愛して・・・俺たちに明日はない

 10代後半の価値観は、フランシーヌの場合?も、人それぞれですが、私の場合は、「新しい」「かっこいい」とい うキーワードが成立しておりました。当時は行き場がなく、時代の古さが自分を抑圧し自由を奪い、かっこ悪くさせ るのだと信じておりましたので。2つのキーワードを待ち望んでいたのかもしれません。  それは、シネマにおいてもでありまして、なにかの出現を無意識にシネマに投影しておりました。  そんな1960後半。70年代のシネマの在り様を予言するシネマがついに登場するのであります。「待てば海路の日和 あり」  この作品。まったくもって暴力的であります。若者の無軌道な反社会的行為をドキュメント風に追っかけて行くの です。大人達や、シネマの持つ多様性を限定を限定しようとする人々には不評でした。  しかし、シネマは、評論家や製作サイドのためにあるのではなく、映画館でお金を払って見る無数の人々のものであ り、このシネマ若者を中心にムーブメントを作り出したのであります。  ついには、アメリカの大手新聞も「ニュウシネマ」と命名し、この作品に注目し始めたのです。  「死のダンス」という恐ろしいネーミングで呼ばれる事もあるその悲劇的なラストシーンは、一体どんな手法で撮影 されたのかなと、今でも思い出してしまうほど良いのです。  このシネマ以降、このシーンをパクッた作品にも出会ったりしました。他の作品にも大きな影響を与えたんだなと改 めて思うのであります。  シネマはやはり生き物であります。

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歌ってしまえ僕等の歌プロジェクト

しょうがいのある市民よる作詞/作曲/編曲/録音/歌唱のCD製作は、しょうがいのある市民の文化の発露というよ り、表現を楽しもうという気持ちが跳ね回る。そんな雰囲気です。もう何曲かは録音済みです。来年には完成を!その中 1作品が「紅きカクテル」です。

★紅きカクテル

作詞:中嶋輝洋子 作曲/編曲:大場和正 歌:山本たかこ
捨てきれぬ写真を仕舞い込み
あらたな恋の糸口もなく
誰為にをみなたもちて生き継ぐや
赤い糸端をたぐりて欲しき

ふたりで逢おうよなんて耳元で
一度ぐらいは口説かれたいね
脱がされて入浴を待つ真裸も
病む身はもはや恥じらいを捨つ

蘇生機に託す命横たえし
寮友の合図のまばたきを読む
病をれど獣のごとき夢を見る
乳房に我の修羅の棲みをり

気休め言ひくるる男より
不器用晒す君を愛する
情念の恋に墜ちゆく女にも
一度なりたき紅きカクテル

一度なりたき紅きカクテル

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今年一年お疲れ様でした!みなさん、いいお年をむかえてね

編集後記

  去り往く2005年に思いを馳せる人。2006年に期待を寄せる人。年の変わる「人間交差点」は様々な思いや、失意や、 願いが行き交っていることと思います。何はともあれ、普段の暮らしの中で見失いがちな自分に出会う場所であるかも しれません。ゆっくりと自分らしさを取り戻して、2006年に向かいましょう。皆様、一年間ご愛読ほんとうにありがと う。

          

2005年11月10日発行

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-自立支援法-

     

  自立支援法 RETURNS

    大学で授業をしたことがある。マイクを使うのだ。ここで問題!何故マイクを使うのか!誰に聞いても正解率は 100%だ。「全ての学生に声を伝えるためである」正解!マイクを使う、これは「配慮」である。なんのための「配慮」 か?単に声を伝えるためでなく、思いや思想の形を全ての学生に見せていくための一方法としてそれはある。
全ての学生もそれを享受する権利を有する。しかし、そこに聴覚障害の学生がいたら?
 よく、僕等はこう言う。配慮が必要な人と必要でない人がいる。しかし、生きていく上で深刻な問題は、配慮 を享受できた人とできてない人がいることだ。もっと言うと問題は、そのように分けられたにも関わらず配慮に 必要なコストだけは平等に負担せよという平等論が正義を装って登場することだ。
 久しぶりにもっと率直に言おう。移動や労働、就学や恋愛等々、配慮が享受できず自由を奪われた状態は、刑 務所に収監された強制的に社会と関わりを断たれた中で更正に向かう状態に似ている。そこから出るには保釈金 が必要だ。コストという名の保釈金は、最近では定率負担と呼ばれ始めている。
 ウルトラマンもバッマンも危ない刑事も帰ってきたが、自立支援法も帰ってきた。この法律の中には、問題も 課題も希望も詰まっていると思う。単純に悪法か否かとはならない。ただ問題はこの法律の前提が議論されずに、 生き方の哲学として「自立の形とコストの形」が当事者は勿論のこと、国民のコンセンサスを得ないまま法律が施 行され、そのことによってなし崩しに前提が作られていくことだ。
 帰って来た限りにおいては、障害者福祉の仕組みの核になるのだから、付き合わざるを得ないが、それぞれの 街で本物の自立支援に向けた現実を築きあげていく広がりを一層強めて行かねばと思う。

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  カラムコラム

  ヘルパーは鉄人28号か鉄腕アトムか?

  未だに、正義味方「鉄人28号」と「鉄腕アトム」の歌を覚えている。「だからどうした」と言われると困るが、多分 この歌が歌えなくなった時、きっと僕は認知症に抱きしめられているのだと思う。
 それはそれでいいのだが、最近、障害者の自立を支援する「自立の味方」であるヘルパーに対する疑議提出に出 会う時がある。
 ※「ふー」「あーあー」としか、相槌が打てない程度の切なくなる話である※
利用者の言う通りに動いてくれないヘルパーは操縦桿を奪われた鉄人28号みたいであり、利用者の暮らし方や幸 せの形まで指導するヘルパーは、優等生ロボットの鉄腕アトムのようでもある。
 一方、ヘルパーの方からも遠慮がちながらも、利用者に対する疑義提出がなされる時もある。
 ※印〜※印までリフレイン
 双方色々不満があり、解決されなければいけないのですが、優先されるべきはサービス提供による利益で成立 している介護派遣企業側の不満より、サービスを消費するユーザーである障害者側の不満である。
 さてさて、鉄人28号にしろ鉄腕アトムにしろ、ヘルパーし利用者(ユーザー)とのすっきりした関係性が確立で きていないのではないかと思われる。
 何故そうなるのか?の不思議が利用者(ユーザー)の障害の起因しているとしたら問われなければいけないのは、 人権感覚である。そして人権感覚が最優先される職場であり、仕事であることをスタッフに徹底すべき事業所の 経営理念と、その実践と検証の真摯な努力がなされているからである。
 他の企業ではあり得ない課題が出てくる特別な場所で在ってはならないのに、介護現場はプライバシーの切り 売りや、利用者(ユーザー)への生活指導が大手を振る特別な場所になっているのではないか。この「特別な場所」 の匂いに僕等は敏感だ。当然ヘルパーはロボットではない。自分と利用者(ユーザー)の人権をしっかり守る「自立 の味方」という人間だ。そして、事業所はその関係をつくり上げ、そのことによって経営活動を持続し、企業とし ての社会貢献を果たしてゆく存在であるはずだ。そのために今何をしなくてはいけないのかを考える時期だ。

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SOS忘年会

君に逢えたらHAPPY なんだか幸せ

NPO法人SOS+共同作業所もやい主催

  2005年がどんな年であれ、2006年はやってくるから
去り往く2005年に迫り来る2006年にお別れとご挨拶を!!
と、いうことでSOS忘年会です。
新しい人懐かしい人、そう「君に逢いたい」が叶う忘年会にしたいのです。
ぜひ多くの人に集まって欲しいと願っています。
ささやかながら今年1年間の活動を陰ながら支えたくれた多くのみなさん
通信を読んでくれた多くのみなさん、本当に有難うございました。
お時間があれば忘年会へのご参加お願いします。
お待ちしています。

と き:12月23日(水) 18:00〜20:00
ところ:ホテルまるよし (荒尾・去年と同じ)
参加費:◆大人5000円(夫婦の場合8500円) ◆中・高生3000円

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  鼻で知る春 木の芽の匂い
耳で知る春 ツクツクボウシ
お天道さん お天道さん
目ン無いがらすの このあたしとは
お互い貸し借りゃ ないけれど
きけば あなたも ひとり者

  シネマで愛して・・・座頭市

   15、16、17、と私の人生暗かった♪と藤圭子がどすの利いた声で歌った瞬間、僕の背筋に電気が走ったのであ りした。15、16、17、と僕はひきこもらせ、街に一歩も出る事はなく、従兄弟が図書館から借りてきてくれる時 代劇の本を読むしか心をどこかに飛ばすことは出来なかったのであります。
 つまらない青春でありました。
あの日以来、もう40年近く生きてきたのに、僕は現実を生きてきていない気が時々するのであります。例えば歌 の中に、時代劇の小説の中でしか本当の自分を感じられないと思える時があるのであります。
 こんな感覚って誰にもあるのでしょうか?ないよな。まぁ、そんな中ではじめてみた時、背筋に電気が走ったの が、このシネマ「座頭市」であります。子母澤寛の短編小説から生まれた盲目の居合いの達人座頭市の物語「座頭市 物語」から始まって、シリーズものになりました。どの作品を見ても、なんだかその世界にワープしてしまうので した。見事なその殺陣の美しさにうっとり。「座頭市は何を斬ってるんだろう、おそらく不条理を斬っているのだ」 などと、僕は日記に書いた気がするのです。
 長いなが〜い間、座頭市を見る機会はなく、時代小説も読まなくなって久しいけれど、つい先日、末藤伸也さ んからDVDを借りる事が出来て久しぶりに座頭市シリーズの内2本を見たのであります。シンさんありがとうござ います。
 シリーズの中で、一番のお気に入りは座頭市が故郷に帰る「新座頭市物語笠間の血祭り」なのであります。2本 の内にそれが入っておりまして、幸せを手に入れることができました。
サキイカとヤクルトを目の前に90分間僕は至福の時を過ごしたのであります。
骨董むけいのな作り事ではあるのでが、静かにしずかにそこには解放と祈りの仕込み杖が煌めいておりました。

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★活動報告

10月

  •  5日 ILP(自立支援プログラムU)
  •    筑後養護学校大牟田分校の高校生用プログラムも2回目。けっこう皆馴染んできつつあります。学生も
    1名参加して仲間も増えました。今回、バーチャルな自立生活の中で必要な社会資源について検討して
    みました。
       生活支援部会議(大障協)
           有松が参加。秋の視察の話が中心でした。
  •  6日 SOS事務局会議
  •    各取り組みの報告等。いよいよラストスパートの福祉マップの打ち合わせが中心でした。間に合う
      かどうかきわどい状況です。なんとか障害者週間のゴールに間に合いたいと思います。
  • 10日 ノーマライゼーションコンサート
  •    デンマークの知的障害者のロックバンドの演奏はなかなかよかったと思います。ロビーでコンサート
       バージョンの「人が真ん中Tシャツ」を販売しました。ピープルの募集のビラも配りました。
  • 11日 運営委員会(大障協)
  •    ゴミ袋見本詰事業にもやいも参加する事となりました。2000袋ぐらいはやろうと思います。
       大障協で利益率の高い仕事を取って各団体に分けてくれる方式はなかなかない思います。
       これからも増えればいいな。
  • 12日 ケアマネ会議
  •    次回のILP(自立生活プログラム)Vに向けての打ち合わせを行います。
  • 13日 綜合相談/ピアカン
  •     ほっとかんでおこないました。
        SOS事務局会議
       各種打ち合わせ。1週間に1回もう15年以上必ずやっているので、あと3年ぐらいで1000回を超
       すと思います。すごい数だなと思います。
  • 15日 SOS集会
  •    自立支援法の近況と今後のSOSの日程について。集会終了後何故かほとんどのメンバーが夢タウン
       で再会!狭いぞ大牟田!
  • 17日 アンテナショップ会議(大障協)
  •    10月29日・30日のバザーについて
  • 18日 習字教室
  •    まじめに取り組まれています。心地よい緊張感の中で墨の匂いがぷーんとして最高であります
       ぜひ皆さんもご参加を!
  • 19日 ケアマネ会議と学習会
  • 20日 SOS事務局会議
  •      福祉マップづくりについての最終の打ち合わせ等
  • 21日 施設ピアカン
  •      案浦が行きました
  • 23日 諏訪公園バザー
  •      恒例のバザーです。大変なにぎあいでした。
  • 26日 身障連青年部会議
  • 27日 綜合相談/ピアカン/SOS事務局会議
  •      ILPの打ち合わせが中心でした
  • 29-30日 ふれあい祭バザー
  •      30日の1日にしぼって参加しました。天気も良くて助かりました

    11月

  •   2日 ILP(自立生活プログラムV)
  •      養護学校の生徒対象のILPも3回目。みんなのキャラがはっきりしつつあります。10代の彼ら
         が持っている希望を引き出せたらと思います。
  • 5-6日 サンアビ祭
  •      今年最後のバザー!6日のみ参加予定でしたが大雨のため断念!残念でした。

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    ピストルの形を指でつくりおり あなためがけて恋の終止符!

       国立療養所大牟田病院で見たこの恋歌(うろ覚え?)ズキューン!とピストルの音が聞こえそうであります。
    障害の在る人々の作り出す作品の中には、言葉としては普遍性を形作りながらも、心の最深部の辺境から繰り出 される昇華された被差別の匂いがするときがあります。
     そんな作品と出会うと障害者文化の強さと美しさと哀しさを感じます。
    多くの障害者が、差別の中で文化の発露を奪われてきた事を思うと、それ故に表現された作品に愛着を覚えるの は止めようがありません。しかし、そんな思い入れをあっさりと裏切る若い障害者の作品もどんどん出てきてほ しいなとも思います。
     文化の日を含む芸術の秋に、障害者文化の可能性について思いを馳せると少し胸がワクワクします。
    この街の中で歌・踊り・書・芝居・漫才?等々。どんな表現を用いて、どんな思いが込められ、どんな作品が登 場するのか、待ちたいし参加したいなと思うのであります。

    ★編集後記

        「秋の間中にも冬は通ひぬ」と徒然草に書いてあります。時の無常を感じさせる文ではありますよね。
    みなさまお元気でしょうか?あまり元気がありすぎてもうっとうしいだけかも?適当にセンチメンタルがいいかも しれません。しかし、秋はどうしてこんなに行事が目白押しでしょうか?
     どちらさまもお身体ご自愛の程!

             

    2005年9月10日発行

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    -伸ばしたるその手に触れし-

     

    伸ばしたるその手に触れし巨峰には甘き神の宿りたるかな


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    カラムコラム

       9月の選挙も大荒れだったが、その前に訪れたアメリカのハリケーンの猛威の方が僕らの切実さを誘う。
    ジャズの聖地である都市を襲った「カトリーヌ」という名のハリケーンで多大な被害を受けたのは黒人だった。そ の原因のひとつに「貧しさ」というカテゴリーがあげられている。貧しさによって脱出という移動ができなかった 現実は重い。それは個人の域を超えた社会的課題として認識されなければならないはずだ。
     ライフラインを破壊され、生きること自体の大変さを突きつけれらた多くの人々に思いはいかばかりかと胸が 詰まる。なぜなら、僕等もまた障害に起因し、自由な移動や市民としての最低限の生活が未だに実現していない からだ。障害のない市民のアベレージに遙か届かない地点にいるのに、少しばかりの要求をすれば財政という名 のもう1つの(災害)が降りかかる。「財政が苦しいので障害者も!」 このセリフは、障害者側からも発せられる。
     ジャズの聖地で、苦しむ多くの人々の現状回復は急務であり、そのことを財政の論理で押しつぶすことは出来 ないだろう。何故か、それは人権問題だからだ。人の生命や安全を守るために街は在り、州は在り、国は在り、 政治は在るのだ。政府はもちろん。民間の名もない人々から、ボートで現地に向かった役者ショーンペンもボー トで救出に向かった。この心意気の見事さに人間を見るよな。
     しかし、障害のある市民の求めるアベレージまでの要求は今でも未達成なのに、長期過ぎる「人権災害」に、当 事者も関係者も災害の感覚は失われつつあるのが現状だ。
     人を人たらしめていることの1つに想像力がある。自己への想像力以外に人は願いや思いを込めて、他者への 想像力を働かせることがある。「想像してごらん♪」で始まるイマジンを私のものとする一瞬。その一瞬を手放し てはいけないのではないか。
     一つだけ小さな想像をしてみよう。自分のことでいい。まず、大震災がくる。建物も道路を滅茶苦茶!移動も 出来ない。何処にもいけない。しかし耐える。そう耐えるだろうけど、一年耐え得るか?10年は?無理!じぁ何故 耐えられないのか、その理由は、移動できないことで奪われたものはなんだろう?ここから出発しよう!
     他者への想像力による小さなイマジンが無数に集まること。そのことしか希望は無いのではないか。
    ハリケーン「カトリーヌ」による被害を受けた貧しい人々のいく末と、逃げられなかった障害のある市民の行く末 から僕等は学習したいと思う。

      

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    シネマで愛して・・・シンデレラマン

    ★ストーリー

        大恐慌時代のアメリカ、実在し人々から「シンデレラマン」と呼ばれたボクサーの人生の断片を、カメラは寄り  添うように見つめていく。家族と幸せに暮らすジミーは前途有望な若手ボクサー。右ストレートを武器に、時  期チャンピオンになれると目されていた。だが、右手を故障、勝利に見放された彼はライセンスを剥奪されて  しまう。失業者の一人となり日雇いの肉体労働に就けることすら難しい日々。困窮の中、彼が守りたかったの  は愛する家族だけだった。そのとき、かつてのマネージャーから一夜限りの試合復帰を持ちかけられる。

     8月の終わり、僕は滋賀にいた。共同連の全国大会が開かれるその街でこのシネマの看板を見たのだ。
    タイトル名とボクサー役のラッセルクロウの姿は、ロッキーを連想させてなんだか底が知れるシネマだよなと思  いつつ、そこにコールド・マウンテンのレネーゼルウィガーを発見!これは必見!と思ったのですが、時間が無く シネマ鑑賞は見送り、頭を障害者就業支援に切り替えたのであります。
     ところが、先日このシネマを見れたのであります。正統派の感動帝国主義で、家族至上主義でラストシーンも 王道を一直線で苦手なシネマであるのですが、レネーゼルウィガーとスクリーンで再会できて、とてもうれしか ったのであります。彼女の役づくりってすごいなと思います。コールド・マウンテン時とどう見ても別人であり ます。よくここまで痩せたり太ったりできるなと思うのであります。プロの表現者の美意識のすごさに感動しま す。その点ではラッセルクロウもさすがです。肉体とファイトの動きはまさにプロボクサーの動きです。両者の プロ意識に支えられて単なる感動ものの域を超えたシネマであります。
     「ミルク」。この言葉がこのシネマのキーワードなのです。他にも素敵なセリフがかなりでてきます。観客もか なり泣いてる人もいました。何処でなくか、どのセリフで、どの仕草で泣くか。それは「わたしのキーワード」を 発見する瞬間であります。僕は、ラッセルクロウが長男に「約束」するシーンでありました。

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    ★活動報告

    9月

      

  • 1日 手芸全体作業
  •   事務局会議
      福祉マップ作りはけっこう大変ですが、しかし、そのことによって地図制作がやけに上手になったりとうれし
      いエンパワー効果があります。
  • 3日 秋のレクレーション野球観戦
  •   自腹で希望者だけの参加ということで、ホークスの応援に行って参りました。ホークス完敗。やけくそでみん
      なで完敗!旅の途中で珍しく有松温之理事長が行方不明に?拓朗君の彼女さっちゃんが見つけてくれました!
  • 7日 ケアマネ会議
  •   課題山積みのケアマネですが、今後どういう方向に向かうのか議論の真っ最中!
      大障協生活支援部会議
  • 8日 綜合相談/ピアカン
  •   養護学校の高校生用の自立生活プログラムUに向けての話が進んでいます。形にとらわれずに当事者主体でやっ
      ていくためにこれも議論の真っ最中。会議の時間の長さに皆バテ気味であります。
       手芸全体作業
         事務局会議
       サンアビ会議
      11月初旬の祭りに合わせて3回目の実行委員会です。担当の久富さんが無欠席で頑張ってます。
  • 13日 きょうさ連福岡と福岡県の意見交換会
  •   共同作業所がどうなるのかわからないので、県の方針を聞きたいということで、もやいの
      久富所長と職員1名が参加しました。県の明確な方針はなく、国の方針待ちみたいです。
       大障協運営委員会
  • 14日 ケアマネ会議
  • 15日 手芸全体作業
  •   バザーに向けて松本ゆうこさんを中心に製品づくりが進みました。
       事務局会議
  • 17日 バザー出店
  • 20日 習字教室
  •   すぐ終わるんじゃないか?という声をはね返し習字教室が順調に回を重ねています。
      人数は増えませんが、すごくいい緊張感の中で墨の香りが漂います。みんな全くの初心者です。参
      加希望者はもやいにご連絡を!
        ケアマネ会議
        サンアビ会議
  • 22日 綜合相談/ピアカン
  •    アンテナショップ会議
          秋のバザーシーズンに向けて打ち合わせをしました。
       事務局会議
        福祉マップ完成に合わせてホームページリニューアルしますが、ページの担当者による
      プレゼンで盛り上がりました。

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    今月のベストショット

       男は黙ってサッポロビール
     このコピーが、今までのビールのCMの最高作品であります。
     下の写真をご覧いただきたい。首に左手を回しサッポロビールを右手に持ってご機嫌な人は、久富宏二さんで あります。お酒にまつわる数々の伝説をもつ御仁だけあって絵になるのであります。
    しかし、笑顔も80%とちょっと中途半端であるのは、右側に奥様とお子さんがいるせい?さすがの久富さんも、 ここのところ破天荒な伝説づくりは自粛中なのでしょうか。それはそれでいいのですが、なんだか少し淋しいよ うな気も一方ではするのです。周りの者の勝手な思い込みなのですが・・。そこらへんを本人に聞いてみると、 ウーンとうなってそれっきりでした。やっぱり、男は黙ってサッポロビールであります。

    ★編集後記

       秋風というのはいいもので、夏の終わりの涼しさと、冬の始まりの涼しさが交わり味わい深いものがあります。 社会の在り様に「味わい深さ」が最近とみになくなった気がします。風の中にでもそれを感じていたいよなと思うのでした。
     それではみなさん、よい秋風に吹かれてくださいね。


    2005年7月10日発行

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    ヘルパー利用者の会学習す! 当事者にこそ情報を伝えよう

       障害者福祉の世界ほど当事者に情報がいき届かない世界はないのではないかと思う。関係者は知っているのに 、当事者は知らされない世界。例えば「自立支援法」。当事者を直撃するマグニチュード7クラスの地震が来るこ とが知らされない。「大変だ!大変だ!」は、関係者だけで共有されがちで、一体誰が大変なのかの主語はあいまい だ。あー。「当事者に知らせても決定してないし、逆に不安煽るしね、混乱するしね!」再びあー。
     パターナリズムは、不安と混乱という人間の当然の感情まで奪い取ります。見事だなと思います。地震がかな りの確率で来るのです。この地震は当事者や家族を直撃します。最低限の存在権を脅かします。情報は真っ先に 当事者に伝える努力こそが求められます。しかも、当事者が理解できる形で伝える努力が必要です。
     ヘルパー利用者の会では、初めての試みとして緊急の自立支援法学習会で「こどもニュース」方式で説明を行い ました。「わかりやすかったよ」という言葉を頂いたものの、うまく説明できたとまでは思いません。しかし、こ れからも工夫を重ね判りやすさを追求して行きたいなと思います。
     驚いたのは、集約していた人数を大幅に上回る参加があったことです。当事者だけでなく親御さんも真剣な表 情で聞いてくれました。当事者にこそ最新の正確な情報を!

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    ♪ヤマトナデシコ七変化♪ 絵になるね! 見事だね!

    夏祭り総踊り、今年も踊ったよ!

      夏祭り総踊りに障害者の参加が可能になったきっかけは、あまり知られていません。今では障害者関連団体で 一番参加人数の多い団体となっていますが、10年前までは私たちが総踊りの輪の中にいるなんて想像もできませ んでした。
    きっかけは車いすユーザーてある女性の一言「私たちも踊ってみたい」の一言でした。この思いが様々な人のネ ットワークを通じ実現されたわけです。大牟田っていいなと思います。大蛇山の鐘を聞くたびに、このエピソード がよみがえります。

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    シネマで愛して・・・レイ

     ウーン行きたい!ウーン観たい!と観る前から騒ぎたくなるシネマって最近は珍しいのであります。
    しかし、金 もない!時間もない!と、あきらめておりましたところ、有松温之さんからDVDを貰いました。ありがとうございま す。同じ養護学校に行っててよかった!のであります。「レイ」言わずと知れたレイチャールズの自伝シネマです
     全盲のミュージシャンって結構居ますが、私が知った初めての人がレイであります。養護学校時代、ベンチャ ーズそしてビートルズを知りましたが、黒人で目が見えないシンガーがいることも知り、障害のある者どうしと いうシンパシーが働いたのが、歌そのものを聞き込んだと言うことではありませんが、その存在におおいにあこ がれレイの名前は深く胸に刻まれたのであります。
     深夜、このシネマを見ましたが、睡魔は去り、大げさに言えば見終わるまで瞬きさえしなかったのであります。 このシネマで、レイを演じた天才J・フォックスは、黒人俳優として史上3人目の主演男優賞を受賞したのであり ますが、さもありなんて鬼気迫る演技でありました。
     黒人ゆえに、障害者ゆえにという切なさが、ほんのちょっとしたしたシーンにさりげなく散りばめられ、ジャ ンキーで女性を追い求める自堕落な男、トラウマのフラッシュバックにおびえる気弱さで繊細な男。いくつもの 顔を持ちながら生きることに天才だったレイの人生を、数々の名曲が彩るこのシネマは、久しぶりにわたくしを エンパワメントさせてくれたのでした。その証拠に、興奮してなかなか眠れなかったのです。
    「あー、レイにあこがれてて良かった」と、幸せを感じたのであります。わたくしにとって、最高のシーンはさり げなくやって来ました。レイが盲学校に行く日母親とバスを待つのです。もうその立ち姿だけで胸はウルウル。 新たなシンパシーの誕生であります。
     この原稿、勿論レイのCDをがんがん掛けて書き終えました。最高であります!

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     カラムコラム

     「PPK」という言葉があります。
     ピンピンコロリという頭文字からきているのです。「歳をとって、動けなくなり長患いになり、自分も苦しみ また、家族や周りを苦しませ死んでいくより、死ぬときはコロリと楽に死んでいこう。それが自分の引いては家 族や周りの者のためでもある」まあ、こういう意味によく使われているだと思います。理想の死の形をいい表して いるのだと思います。
     勿論誰も異論のないところなので、世の中に流通して一種支配文化として、いちいち趣旨を説明しなくても、 不特定多数のの人々の了解が得られ、講演などでも講師がPPKの話に触れると、会場も笑い声が起きその場が和や かに包まれたりしました。もはや常識といっていいと思います。
     しかし、なんだか違和感を感じることがあります。それはひょっとすると、あまり人の命の有り様を軽く表現 していないからと言うふうに思える瞬間があるからです。
     心ならずも長患いにかかり、緩やかな死にむかっていることを自覚し、日々の苦痛や周りの配慮に心痛を覚え ながらも生きている今この一瞬のきらめきを感受し、命の生や本質を見据えている人も一方で存在するからです  その人にとって苦痛とは何か、心痛とは何か、あるいは、命とは何か、生きる喜びとは何かということは、私 たちは窺い知れませんが、じんな状態であれ持ち越される命への祝福を存在するのではないかと思えるのです。
     「あんな風になりたくないね」 そんな言葉を何度も投げかけられた私たちにも、日々の喜びはあり命への祝福 は在りつづけていることを考えあわせれば、他者が簡単に身体の状況変化や、疾病やそれに纏わる介護等の大変 さを根拠に、命の在り様に恐れをなしたり、死の形に優劣をもちこんでいいのかいいのかどうかと思います。
     先日、長い患いのすえ友人が一人亡くなりました。彼は苦しい闘病生活でしたが1日でも長く生きることを望 み、1日1分1秒生きていること自体を喜び続けました。
     嫌な事件や犯罪が横行し命が軽んじられる時代を、誰もが嘆く一方でPPKのように命を軽く表現することに誰 もがためらいを感じないのはどうしてなのかなと思います。
     夏は命を考えさせる季節でもあります。様々な在り様に思いをめぐらそう。

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    暑中お見舞い申し上げます。

     みなさま、いかがお過ごしでしょうか。
    幾たびかの夏を感慨をもって
    お迎えの方も多数おられることと推察いたします。
    SOSももやいも
    20をはるかに超える夏を過ごしてきているわけですが
    ひとつひとつの夏に
    うだるような記憶と木陰を吹き抜ける記憶が
    よみがえります
    たどる記憶の懐かしさと
    たどる姿勢の気恥ずかしさの間に
    老いたるものが紛れ込みます
    いかなるものをもってしても取り戻せぬ時間に
    打ちのめされながら
    未だ手にせぬやがてやってくる時間に
    小さな希望をかけてみる
    そんなことの繰り返しを
    生きる というのかもしれません
    多くの方にご協力頂いて
    オリジナルTシャツが売れてます
    お陰様で
    福祉MAPホームページの
    制作費用が捻出できつつあります
    心から感謝したいと思います
    MAPが完成し、常に最新情報が
    提供できて
    そのことで一人でも多くの
    移動困難を抱える市民が
    街に出て楽しめれば幸いです
    小さな希望に励まされて
    この夏を過ごしたいと思います
    みなさまもお身体ご自愛ください
                 SOS・もやい一同

    ページ6

    SOS・もやい活動報告

    7月

  • 2日 ヘルパー利用者の会学習会
  •     1Pを読んでね
  • 6日 ケアマネジメント学習会
  •     具体的なケアマネジメントの事例を出し合って話をしました。地味な学習会ですが、ケアマネジメン    トの手法の豊かさのためには欠かせない学習だなと実感しました。
      生活支援部
        夏の学習研修についての打ち合わせが中心でした。

  • 7日 ILP(自立生活プログラム)
  •     大牟田病院の筋ジスの高校生のILPをおこないました。4回連続の取り組みの第1回目なりました。
      SOS事務局会議
        定例会です。様々な日常活動の情報交換が中心でした。
  • 9日 「はな通信」作業
  •     夏号が完成! 発送作業等をおこないました。
  • 11日 アンテナ会議
  •     有松由里子さんが参加
  • 12日 運営委員会
  •     SOSオリジナルのTシャツの宣伝をさせてもらいました。みなさんご協力的でとても助かります!
  • 13日 ピアカン会議
  •     ピアカン連続学習会の打ち合わせをおこないました。今回のキーワードは「親と子」です。かなり難し いテーマではありますが、自立に向かうには避けて通れないテーマでもあります。双方にとって意味 のある学習会にしたいと思います。

  • 14日 ほっとピアカン
  •      有松由里子さんと案浦丈晴さんが出席しました。
       サンアビ祭会議
        久富宏二さんが出席しました。
  • 1516日 夏の合宿研修
  •     全体で100名を超える参加がありました。
  • 19日 習字教室
  •     SOS文化活動の一環として習字教室が静かに続いています。誰でも参加できますよ。希望者は連絡を!
  • 20日 ケアマネ会議
  •     ピアカン連続学習会に向けた学習をおこないました。今回は差別への有効な対抗策として人権のアサ
        ーショントレーニングも取り入れていますので、事務局自身が学習に追われています。
  • 23日 夏祭り総踊りへ参加
  •     例年どおり踊ってまいりました。あつかったでーす!

    ★編集後記

     「いとしのエリー」を初めて聞いたときはイエスタディーを聞いた時のような感じがしたのです。桑田さんのメ ロディーラインの美しさには天才を感じましたが、ここにきて今までの40曲を超えるシングルの再発表が大人気 サザンは最速ビートルズだよなと、確信する夏であります。みなさん夏を楽しんでね。

    2005年6月10日発行

    ページ1

    -聞きあい・伝えあい-

     

      ストックブックに並べた切手を眺めるだけで幸せな時があった。地味〜な幸せだと思う。しかし切手は小学生の僕をはるかな世界に連れていってくれたものだ。ほっとかんでは「第2回世界の切手展」が6月に開催さ れる予定だ。ぜひお出かけを。
    4・5・6月号合併

    ひとりの小さな手を再び歌えるか!

       障害者福祉の世界は今、「自立支援法」の直撃で混乱しています。それぞれの場所で情報の格差があることも その一因になっていますが、混乱の基本はおそらく自己の所属する団体がどう対応すればいいかといういうふ うに、非常に閉じ込められた対応が取られているからだと思います。
     70年代に歌のありようがとても面白い時期がありました。社会の不合理や人としてのありようを問いかけ告 発する言葉とメロディーが若者によって数多く作られてきました。その歌の中に「ひとりの小さな手」があり、 大牟田出身の本田路津子さんが歌われていました。当時この歌は、軟弱で型にはまったきれいごとであり、毒に も薬にもならない歌と一部で言われてましたが、飾られた言葉や、比喩化されない、素朴な言葉たちによる解 き放たれたネットワーク構築のメッセージには、政治的背景を反映した社会状況や、関係者や肉親等の思惑が 優先し常に置き去りにされたニーズをポケットにしまいこんだ障害当事者たちに対する最後の希望を手渡そう とする、歌の作者と表現者としての本田さんの願いが存在するような気がします。
     比喩としていえば、障害者がこの歌を共に歌えるかが、今一番障害者にとって大事なことであると思います。 そのことから出発して肉親や関係者もまた「いとしいさきの手」を障害者と合わせて自立支援法と相対すれば、 きっと何か出来るのではないかと思えます。
     当事者を抜きにした政治を預かる者と福祉関係者の思惑のぶつかり合いという構図にもいいかげんにさよな らをしなくてはと思いませんか?

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    からむこらむ

    福祉情報は日経新聞で!

       結構この世には、理不尽に「嫌い」なものが誰にも存在する。理屈なしに見てもいないのに、食べてもいな いのに付き合ってもいないのに、なぜか「嫌い」なのである。その中に読んでもいないのに「嫌い」なものも ある。私にとって日経新聞はそういう存在だった。過去形で言うのは、今現在好きになりつつあるからだ。
    なぜ、このお固い新聞が好きになりつつあるのかというと、元バリバリの証券マンの精神障害の友人が、日経 に掲載されるあらゆる福祉情報を切り抜いて渡してくれるからだ。しかも、その記事は面白くて新しい。
    「障害者を乗せた歩行ロボット階段昇降に成功!」なんて記事が写真付きでざらに載るのだ。新鮮である。
     何が新鮮かというと、この国の経済活動を基盤とした新聞であり、日々変動する社会の経済活動の視点から 記事が書かれているので、例えば福祉関係の新聞のように、あらかじめ選考された記事ではなく経済界の必要 に応じた記事が書かれることである。
     福祉的情報に憤らされている私たちは、木を見て森を見ないところがあると思う。たまには森を見なくては 木もよく見えないのではないかと思う。
     最近の記事にはメンタルヘルス関連が多い。サラリーマンの置かれた過酷な状況などもかい間見えてくる。 「お堅い新聞である!」このテーゼにだまされてはならない。日経は結構読める。ある種、福祉新聞よりも障害者 解放運動に必要な新聞だ。

    ページ3

    今年の夏を人が真ん中の街づくりTシャツとはじけてみよう!

     多くの人たちと「福祉マップ」を作りあげて10年。街もずいぶん変わりバリアフリーのお店も増えました。 SOSでは、昨年よりホームページ上での「新・福祉マップ」作りを開始。今年の12月障害者週間に完成予定です。 今年のTシャツの純益は、この「新・福祉マップ」作りに使います。多くの皆さんのご支援をお願い致します。
        

     新・福祉マップを活用して
        利用しやすいお店の情報などを
      必要としている人に届けたいなと思います
        社会的困難を背負わされた人々が
       一人の市民としてこの街で生き生きと
     育ち、学び、働き、遊び、暮らし、生きて老いる
     そんな街の形を願ってデザインされた応援Tシャツ
          ‘05の夏
       あなたのTシャツコレクションの一枚に!

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    シネマで愛して・・・もっこす元気な愛

       ワイドショーの芸能ネタで今一番気になるのが森進一さん夫婦の行く末だ。男と女の愛の物語のラストシー ンのあり様は、視聴率をグングンUPさせる出来事として商品化された感があるけど、主役が僕らの世代には忘 れられない人なので、痛々しさと、よその家庭を覗き込んでる罪悪感を、とりあえずは朝食のコーンフレーク と一緒に飲み込んで番組を悌子してしまうのです。
     離婚という男と女の執着駅の物語を追いながら、ふと思うのは「障害のあることに起因して」結婚という始発 駅のプラットホームに立つ事自体を祝福されぬ物語のことだ。
     2年前の正月、久しぶりに我が家を訪れたCPの友人は健全者の彼女を紹介してくれた。そりゃ、めでたいで しょうが、なんも正月早々、熱々のおのろけ攻撃はないよなと思いつつ、冷えきった僕等夫婦はとりあえずに テンションをあげ「おめでとうございます!」 の大安売りをはじめ、まるで海老一染之助・染太郎状態!
    正月早々、愛のテロレリストのおのろけテロは僕ら夫婦を刺激し、夫婦で色々質問攻め、話の盛り上がりが一 段落したころ、触れないと不自然かなと思いつつ、両親の反応に話は及ぶと少し空気が変わった。あぁー
     あれから2年、僕は1本のドキュメントを見た。「この、障害者のドキュメントシネマのいいところは、あり がちな「ほら、ほら!感動して」「ほら、ほら!あんたも頑張れ!」って調子の感動帝国主義や頑張れ共産主義の押し つけじゃないの!すごく自然でありのままでとってもいいの!何がいいかってあなたね、世間から強制されたり 操作されたりせずに、男と女が自分たちの重なり合う心の奥の声に誠実に向き合ってるところなのよ。
    男と男だったらもっとよかったけど、冗談よとにかくもうとっても素敵!「凛とした愛」これ、これなのよ!こ れっ!これがわからない人は鬼です!ピーコあんたも何とか言いなさいよ!っておすぎならいうよなと思うくらい に素敵なシネマでした。
    熊本発「もっこす元気な愛」このシネマぜひご覧あれ!
    さてさて、シネマの主役は2年前の正月に我が家を訪れた2人。あれから2年、シネマを通じて見届ける愛の物 語の終着駅は?どうなったのかを言いたいけれど、ロードショー前なので言えない!これはつらい! 言えることは、この2人ここまできたら、古い歌謡曲で申し訳ないけど「骨まで愛して」ほしいのであります!  シネマを見終わって、ふと感じてしまうのは、今更だけどなんだか無味乾燥な自立支援法と、悩み、間違うけ ど愛に向かう障害者の人間としてのダイナミズムが、交差していないという実感だ。  このシネマ、各地での自主上映方式になるのでありますが、SOSでも上映に向けて動きたいと思うのであります。 乞うご期待を!


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    SOS活動報告

    5月

  • 10日 大障協運営委員会
  •      有松が参加しました。
  • 11日 ケアマネ会議
  •      ケアマネ事業所との合同学習会の内容についてと、筑後養護大牟田分校のILPについて協議しました。
  • 18日 ケアマネ学習会 
  •      自立支援法によって大きく変わる、精神保健のシステムについて、支援センターの坂田さんよりレク
         チャーを受けました。とても参考になりました。
         SOS事務局会議 
         新・福祉マップ関連の動きが中心でした。また、応援Tシャツのデザインも原案ができました。
  • 21日 大障協総会
  •      平成16年度の事業報告と、決算報告がありました。もやいからは久富さんが体調の関係で参加できず
         急きょ案浦さんが参加しました。
  • 23日 共同作業所緊急学習会
  •      自立支援法の関わりで、共同作業所も新しい事業を申請しないと今後の継続が難しいので、その対策
         をということで大障協参加の全作業所が集合しました。今後しばらくの間この集まりを続けることに
         しました。
  • 28日 SOS集会
  •      Tシャツのデザイン正式決定。自立支援法学習会(2回目)もしました。
  • 29日 もえの会 
  •      案浦さんが参加。

    6月

  • 1日 ケアマネ会議
  •      大障協生活支援部会議 
         7月の合宿研修についてが中心でした。
  • 2日 夏祭り総踊り実行委員会
  •      案浦くんが参加しました。今年もおどりますよ!
  • 11日 NPO法人SOS総会
  •      今年度の新事業を決めますよ!終了後交流会も!

    編集後記

       熊本の倉田君は古い友人ですが、シネマスクリーンで見ると、あらためてそのキャラクターがはっきりします。 15年前、何もかもがいやになって元気を無くしてた時期もあったのですが、あの時期の経験も栄養にしてエンパ ワにしてるところはさすがです。 元気を無くしている人、きっと明日は来るのであります。

    2005年3月10日発行

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    -いくつものピースをつないで-

     

     サクラの歌は、吐いて捨てる程あるのでしょうが、人それぞれに「私のサクラ」の歌があるわけで、満開のサク ラに呼び覚まされ、それぞれの心の中でメロディーが奏でられてると思います。そのメロディーに耳を澄ませて、 春を楽しみましょう。
                                                 

     いくつものピースをつないで自立のジグソーパズル完成へ!

     そこで暮らしは行われているのですが、その場所は実態上あらゆる障害福祉サービスが使えない場所でもある のです。もっとも、障害福祉サービスが必要な重度の障害がある人々が自立に向かう時、その第一ステージであ る人との出会い、地域との出会い、街との出会いのためのサービスもありません。いくつものピースを持ち寄ら ないと、自分のジグソーパズルは完成しない。ピアカンを最初のピースに!
     去年11月、国立療養所大牟田病院に転院して来られた筋ジストロフィー病棟の皆さんに、大牟田の福祉の状 況説明と、筑後養護大牟田分校の筋ジストロフィーの高校生への自立生活プログラムの一環のピアカウンセリン グに、大障協の一員として有松も参加してきました。現役の高校生と話せて嬉しかったです。同じ養護学校体験 がすごく役に立って、短いながらもいい時間が過ごせました。

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    からむこらむ

    ライブドアはどこでもドアか

     04年は支援費と介護保険総合問題で福祉業界は揺れたが、プロ野球界も新規参入問題で揺れた。05年、ニッポ ン放送をきっかけにメディア買収ゲームがスタート。フジテレビが揺れている。福祉業界を揺らしたのは、障害 者の実態や思いに寄り添えぬ故に、見通しを誤った厚生労働省だけど、プロ野球界やフジテレビを揺らしたのは ホリエモン引きいるライブドアである。ライブドアの「揺らす」手法はなんだか怪しい。なんだか怪しいのだけ どなんだか新しい。故に、なんだか「面白い」までいきつくのだ。
     ITベンチャー起業の成功者で、ライブドアの若き社長であるホリエモン自体も妙な人気があり、ついつい調子 こいてしまってる状態だ。「面白い」のは、絵にかいたように古い世代が一斉に反発することだ。反発する根拠 も「面白い」。「金があれば何でもできる」というホリエモン語録が標的だ。数々の金銭疑惑を乗り越えた政治家が いう。「こんな考えは許せない」財界の長老がいう。「教育が悪いからこういう輩が出てくる!」みんなみんな過剰 反応気味である。なぜか押しなべて居大高である。
     人が居大高になるときって、ずばり本質を見透かされた時じゃないか?「あんたたちと俺はイコール?」ホリエモ ンの渇いた口調が聞こえてきそうだ。
     ここのところ迷走し激変する福祉のありようの中で見えてくるのは、「お金がないから何にもできない」を前提 にした議論のあの方だ。それは本当か?
    福福祉に投資したらもうかるという福祉キャンペーンにナチスが第2次大戦で打った「福祉が税金を食い社会を滅 ぼす」という反福祉キャンペーンは財政効果を前提としたことにおいてイコールだ。いったい誰のための財政効果?  障害当事者がこの40年に渡っていってきている共生・共働への旅の途中で再度確認しておくことは、「人間であ ることの実現がすべての前提」であることではないか。そのことに思い至らず、財政論で福祉予算を切り捨てる 「財政至上主義」の政治家や、「既得権防衛主義」の財政人に、言行一致で同じことをかっこよく実践するホリエ モンは斬れないよな。同じ価値観同士で古いと新しいのせめぎ合いなら時代は新しいドレスを纏うものだ。
     まったく、政治家の財界人は、反発するのではなく、もっっと謙虚になって己の生き様を見つめなおしたらど うだろう。みんな謙虚になること、これが大事だ。これを「一斎検挙」というのだ!なーんて落ちをつけてコラム を終わりたいのだけど、それにしてもライブドアって色んなところに参入するよな。さてさて、僕らも福祉とい うカテゴリーに引きこもらず、閉じ込められず、どこでもドアを使ってあらゆるとこに参入すべし。
    共生・共働を夢の源に、満開の桜吹雪の中をさりげなく堂々とね。

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    DPI福岡大会速報!自立支援法を分析
               モンゴル・中国・韓国・アジアの障害者来福!

    と き:6月11日(土)〜12日(日)
    ところ:福岡国際会館

    SOSが加盟しているDPI福岡大会の開催日と場所が決まりました。
    問題山積みの「自立支援法」の議論を中心に、差別禁止法などいくつかの分科会を設定中です。
    アジアから多くの障害者が参加します。詳細は次号でお知らせします。

    DPIー世界規模のネットワーク

    DPIとはDisabled Peoples lnternatonalの略であり、日本語では「障害者インターナショナル」といいます。
    1981年、国際障害者年を機に、身体、知的、精神など、障害の種別を超えて自らの声をもって活動する障害者当 事者団体として設立されました。
     世界本部はカナダのウィニペグにあります。現在加盟団体は世界150ヵ国以上。DPIは国連の社会経済理事会や WHO(世界保健機構)ILO(国際労働機構)といった組織に対して影響力を持つ障害当事者による国際NGO(非政府組織) として多くの活動を行ってきました。宇都宮病院事件を機に日本の精神病院内の虐待が国連でとりあげられて、 精神保健法が成立したのも、DPIの働きかけがきっかけでした。
     DPIが誕生して20年になります。専門家、家族といった周囲の人々に守られるだけの存在ではなく、自分たち 自身の意志・決定に基づいて生きていく、それがDPIの目指すところです。

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    シネマで愛して・・・僕はラジオ

    「世界は広い」
    この実感を、どんなシュチェーションでみんな感じるのでありましょうか。人さまざまでしょうが、私は実話を 素材にした「いいシネマ」と出会ったときに感じるのであります。その「いいシネマ」を産み出すためには、実話と シネマを結ぶ情報が必要になります。
    このシネマ、あるスポーツ誌に掲載された記事が発端となりました。多くの人の心を響かせたその記事は、知的 障害のある青年と高校教師の友情とその町に住む人々の物語であります。
    学校にも行かず仕事もなく、ラジオだけが友達だった青年に、ハナ高校アメフトチームのコーチが、チームの世 話係を頼んだことから、"ラジオ"というニックネームをつけられた青年の高校生活がはじまるのであります。前 向きで明るく純粋なラジオは人気者になり、学校や町中の人々との友情を深めていくのですが、当然青年の存在 への反発も産まれてきます。
     そんな中、青年の精神的支柱でもあった母親が亡くなるなど、障害者の親亡き後の課題も降りかかってきます。 いったい青年はどうなるのだろうと気を揉みますが、長い時間をかけて青年と知り合った人々は、おおげさに言 えば気づかぬうちに悲しみをなくす豊かさを手に入れていたのでした。
     なんだか、暗い美談じゃないだろうなと思われるかもしれませんが、そういう固定観念は、キューバ・グッデ ィングJr、ジョーンズ.エド・ハリス.リンダ・デブラ・ウィンガーの名演の前にふきとびます。
    知的障害のある青年の心の動きを、まなざしの強さ弱さで表現するキューバ・グッディングJrはさすが。そうい う演技を要求した監督もさすがであります。もうひとつのさすがは、この実話を書いたスポーツ記者だよなーと 思うのであります。
     シネマのラストで登場する本人のかっこいいこと!もう最高であります。
       「鳥は空へ、人は地域へ」懐かし言葉が甦りました。ご覧あれ!

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    活動報告

    3月

  • 3日 SOS事務局会議
  •     そろそろ花見だってことで、その打ち合わせが中心になりました。4月2日の土曜日に決定。
        満開のサクラを期待したいものです。
  • 5日 ケアマネジメント事務局会議
  •      花通信の春号の発行に備えた打ち合わせを行いました。
  • 8日 大障協運営員会
  •     2月のセミナーの報告や、各団体からの報告や今後の取り組みの紹介がありました。また、障害者就
        労支援事業の進歩状況や今後の方向性も発表されました。
  • 9日 市民生活部とNPO法人の意見交換
  •     「市民活動指針」を行政と協働で作成してきましたが、その指針の完成直前に最終の意見交換が行われ
        ました。案浦が参加しました。
  • 10日 ピアカン派遣
  •     総合相談のピアカンで有松を派遣しました。
  • 12日 地域福祉フォーラムIV〜こどもの心おとなの心〜
  •     子供への虐待が子ども達の心を追い詰めていき、自己否定を誘うところなどは、私たちにも通じる部
        分で身に沁みました。心傷ついた子ども達は少しづつ自分を取り戻していこうね!
  • 14日 アンテナショップ会議
  •     有松が参加しました。ポイントカードをやってみたらどうかということになりました。
  • 19日 SOS集会
  •     今年初めての集会でした。話の中心は「自立支援法」についてで、私たちに大きく影響を与える部分の
        学習を行いました。4月もPART2をやります。6月には国際会館でDPI福岡大会をやりますが、その中
        で自立支援法を取り上げます。障害当事者のみなさんぜひご参加を!

    編集後記

     みなさん、福岡西部沖地震は大丈夫でしたか。私は佐世保バーガーを食べに行く途中で高速道路の上でした。 焦って携帯電話をかけまくったのですが、どこにも繋がらずに困りました。やっと繋がり、たいした被害もなか ったのでまずは一安心。車の中で被害時の障害者支援のありようを考え込みました。

            

    2005年1月10日発行

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    -寒中お見舞い申し上げます-

     

            2005年の新春をいかがお過ごしですか?
     昨年は、忘年会への参加ありがとうございました。サンタも登場するなど、みんなで盛り上げてもらいとても 楽しめました。用事で来られなかった皆さん、今年の参加をお待ちしていますね。
      

     メールが来てるよ。えーと。「あけましておめでとう!」
           なにっ!たったこれだけで獅子舞かよ! いや、おしまいかよ!

      寒中お見舞い申し上げます。
     2004年の大晦日。K−1とプライドを2分割画面で見つつ、時々、紅白歌合戦に切り換え、マツケンサンバUを 見逃さないようにしてたのに、見逃してしまったのでした。あー最悪。
    2005年がスタートして早1ヶ月。みなさまお元気でしょうか。
    さてさて、全国レベルで福祉再編の動きが加速中。変化を見逃さないようにしましょう。
    SOSでも学習会をやろうと思っています。


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    ピアカウンセリング連続学習会

      2005年。1月。ハーツ主催、大障協協力のピアカン連続学習会(3回)開催に向け、もやい全面協力!今回の学習会 のキーワードは「つくりだす学習会・そして全員参加」でありました。どこかの物まねでなく、大牟田独自のやり 方を作り出す学習会にするために、全員参加のワークショップやロールプレイ。さらにディベートをという事に なり、事前の会議が増え膨大な時間を費やしたのでした。
     どうなるんだろうと心配でしたが、参加者の皆さんの協力と、介護ボランティアのみなさんの見事な協力で、 無事に終了いたしました。本当にありがとうございました。
     また、学習会のやり方にもいっぱい課題がみつかりましたので、今後のためにとてもよかったなと思います。 スタッフのみなさんも本当にご苦労様でした。
    ワークショップでは障害に起因する共通の課題がみんなで発見できたし、ロールプレイでは、つらい歴史を少し 変えることができたんじゃないかと思えました。
     また、大阪から来てもらった障害当事者の講師姜さんのお話も、私たちのワークショップやロールプレイとリ ンクする「障害者の人権白書」と重なり合い、心に届いたような気がします。
     新しい人との出会いや、みんなでの学習会で、笑ったり、泣いたりしながら、終わってみると少し世界が広が ったかなと思えます。
    なにはともあれ、今回の学習会を契機に、少しでもピアカン活動が進んでいくようにしたいと思います。

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    地域福祉セミナー・V

    障害当事者が語る 夢や悩み

    視力、聴覚、肢体、そして知的障害、精神障害のある人たちの『本当の気持ち』聞かれたことありますか?

    ★と き:2月12日(土)
         10:00〜12:00
    ★ところ:福祉センター3F・大会議室
    ★参加費:無料
    主催:NPO法人大牟田障害者協議会
    財団法人福岡県地域福祉財団
     問い合わせ先:ほっとかん  :57-7161

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    夢をあきらめないで!

    障害者就労支援セミナー

    就職するために
    身につけておかなきゃいけないことなど
    誰も教えてくれなかったすぐ役に立つお話!
    そして
    実際やってみる講座です!
    「よし、こんなセミナーがほしかったんだ!」
    ★トークとロールプレイ
    就労への心構えについて
    ★講師 福岡市障害者就労支援センター
     所長 黒田小夜子さん
    ★と き:2月26日(土)13:00〜15:30
    ★ところ:総合福祉センター・2F大会議室
    ★参加費:無料
    お問い合わせ:ほっとかん :57-7161

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    聞きあい・伝えあい・支えあう・ピアカウンセリングを広げよう

    連続学習会スナップ

     ★学習のハイライトは、ロールプレイでありました。参加者全員の熱のこもった演技は圧巻でした。特に、自由  演技ではみなさん大健闘!国立療養所大牟田病院より参加していただいた方をはじめ、初参加の方が多く、ピ  アカンに触れてもらえたので、とても意義があったと思います。
    ◎介護にはいってもらったメンバーも、市の職員の方や、理学療法士の方、学生さん、介護派遣事業所の方など、  多種多彩な方々でした。代筆介護にセルフを伝える介護、食事介護、トイレ介護、送迎介護にと大活躍!
     ほんとうに助かりました。

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    活動報告

    1月

  •  6日 事務所開き
  •       本年のスタート。ささやかに出発式をやりました。稲垣さんが差し入れをもってきてくれまし
          た。いいぞー!歌も飛び出して近年にない盛り上がり!なにわともあれ2005年の活動の一歩を踏
          み出したのでした。
  •  8日 ピアカン連続学習会事務局会議
  •       目前に控えた学習会に向けて、新年早々ではありますが介護手配を中心に打ち合わせをしまし
          た。
  •  9日 新春レクレーション
  •      恒例の新春レクレーション。昨年は雪の太宰府天満宮での初詣でしたが、今年は趣きを変え目指
         すは阿蘇!阿蘇神社へGO!
  • 12日 ピアカン連続学習会事務局会議
  •       全体の進行や、役割の決定や確認などを中心にした長時間の会議となりました。
          大障協/生活支援部会議
          有松由里子が出席しました。
  • 13日 SOS事務局会議
  •       福祉マップやホームページ学習会の打ち合わせなどをやりました。
  • 14日 身体障害者青年部新年会
  •       案浦丈晴・有松由里子が参加しました。
  • 15日 ピアカン連続学習会事務局会議
  •       少々つかれました。
  • 17日 ピアカン連続学習会事務局会議
  •       かなりつかれました。
  • 20日 手芸事始
  •       手芸はこの日からスタート。また1年間マイペースでやっていきましょう。
  • 21日 ピアカン連続学習会事務局会議
  •       微調整をしました。
  • 22日 ピアカン連続学習会事務局会・T開催
  •       全員参加の学習会スタート。
        NPO連絡会会議と新年会
           担当の案浦丈晴が参加しました。

    編集後記

     温かい冬だなと思っていたら、年が明けたとたんに寒い!みなさん風邪にはご注意を。今年も1年間、書きた い放題に書き、伝えられる分だけでも伝えられたらと思います。どうぞ、よろしくです。
    ラジオから流れた歌詞「空を見たら空が見えた、もっとよく見たらあなたが見えた」さすが元チェッカーズのメン バーだ!

2004年11月27日発行

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-聞きあい・伝えあい-

 

 福祉マップ改定作業が進んでおります。約10年ぶりに街を回ってみると、新しいお店がいっぱいできてること に驚きます。10年ひと昔。街は変わり続けるんですね。春までには完成させたいと思います。そのためにも風邪 を引かずに過ごしたいと思います。

同じ背景をもつ私とあなたが対等な関係で聞きたい・伝えたい・支えあう
 ピアカウンセリング連続学習会開催!
 とき:2005年
  T 1月22日 (土)
     10:00〜15:30
     ★みんなのワークショップ
  U 1月29日 (土)
     10:00〜15:30
     ★みんなのロールプレイ
  V 2月 5日 (土)
     10:00〜16:00
     ★みんなのディペート
 ところ:福祉センター
 参加費:無料
 〆切り:12月24日
 ほっとかん п@57-7161
         Fax 57-7163
 ※身体障害者(視覚・聴覚・内部肢体・筋ジス)・精神障害者・知的障害者の方のみの参加となります。

 障害のあるもの同士の「聞きあい・伝えあい・支えあい」を目指すピアカウンセリングは、難しいものではあり ません。自分の体験を踏まえて、気軽に話し合っていると、気付かぬうちにお互いが持っている力を引き出しあ っていたりします。全員参加の楽しい学習会を目指しています。ご参加お待ちしてます。

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-障害学エッセー-

 

厚生労働省が打ち出したグランドデザインは本当に自立生活への矢印なのかな?
 地震の恐ろしさのひとつに揺り戻しがあります。最初の揺れよりは小さいことが多いのですが、地震が収まり ほっとしている時に起こる揺れは、精神的に数字以上の揺れをもたらす気がします。
 今回、厚生労働省が打ち出した「グランドデザイン」を読み解くと「揺り戻しの余震」を感じてしまいます。60年 代から始まった、重度障害者を中心とした障害者解放運動は、その切実さから多くの軋轢や、混乱を経験しなが らも、常に時代を切り開いてきました。70年代の草の根的な共同作業所の展開。80年代のCIL自立生活センター 活動。90年代の地方議会進出。全ての障害者の地域での自立と解放という志は、様々な時代のドレスをまとい、 多くの障害者の脱施設と自立生活を作り出しつつあります。
 この間、国も地方行政も、福祉の55年体制は揺らぎ始め、対立の構図の一辺倒から、私たちの要請に一定の理 解を示し始め、不充分ながらも、協働の感覚を共有し始めた幸福な時代が90年代半ばに成立したと思います。
 100%の満足はなくとも、そのスピードにいらつきながらも方向性はまあそれなりにという施策が次々と出現 し、あとは私たちが、いかようにその施策を本物にし、足りぬ施策を作っていけるかという感じでやってきてい たのです。が、しかし、2002年、「ヘルパー派遣時間の上限設定」という地震に見舞われました。そして、その衝 撃からさめやらぬ今、揺り戻しが起きます。グランドデザインの登場です。
 よくよく読み解かねば、どこが揺り戻しなのかわかりにくいと思います。先月号に書いた「ケアマネ」以外に、 後2点問題点があります。それは介護を要する障害者にとっては、特に多くの介護時間を要する重度障害者にと っては重大です。どこの障害者団体も、このグランドデザインの問題点把握の学習会を急ぐべきだと思います。

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-秋季活動-

 

秋季活動・・写真館
【交】子供の好奇心のパワーは大人達を凌駕するのでありました。大牟田小学校の子供達との交流。
【祭】秋の新作ビーズが並びおだやかなバザー日より。多くの人が訪れてくれました.サンアビ祭の風景。
【歌】人前で歌うには勇気が必要でする優勝にはもう一歩残念。いきいきふれ愛祭のカラオケ大会に舞姫参上
【商】商店街の中のバザーも今年で22回目。あまり売れませんでしたがしょうがないか。これにめげず頑張ろう

合 掌
 僕らの原点は「母よ殺すな」が原点になってます。裏返せば親が逝く前に「これで安心して逝ける」と思ってもら えればいいのだと思います。どんなに重度の障害があろうと、いきいきと生きれる姿を1日も早く全ての親に見 せたいなと思います。
彼のお母さんは、逝く前に彼の手を取り安心して逝かれたそうです。自立生活をはじめて5年。その間、本来持 っている彼の力は荒波の中で解き放たれ.他者の介護チームのコーディネートを、1日も欠かさずおこない、し かもそのことに驕りもせず、見事に「本当のわたし」を取り戻しています。
 お母さんはそのことに気付かれており、病院のスタッフにも、親戚にも、彼を誇りながらやすらかに旅立たれ ました。お通夜で、またお葬式で、彼を含む3人の兄弟は、最愛の母親の死を悼みながら、ささえあう兄弟の始 まりを感じさせる空気が流れていました。
 今月、案浦くんのお母さんが亡くなられました。こころよりご冥福をお祈りします。

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-差別の果てにも物語は生まれる-

 

施設百話・・・キリスト
 男は完黙で、キリストとからかわれた。ただ常に笑顔を浮かべていた。病状が悪化すればその笑顔は空笑に変 わった。精神障害者の福祉ホームは、狭い個室が病院のように味気ないレイアウトで並べられ、うつ病の利用者 が大半を占めていたが、男は統合失調病だった。男が行方を断った8月は、記録的な猛暑が続き、誰もが何もか にもにうんざりとしていた。
 1年前、男はへーム内で少し暴れ、職員が静止を理由に男の左頬を殴り、よろけた男は口から血を流しながら、 スローモーションのように右の頬を差し出したのだ。やせ細った男の顔には、無精髭が伸びており髭の先から血 が滴っていた。職員は動きを止め、充血していた顔が目に見えて色を失っていくのが見えた。どんよりした空気 の中で、僕はこの風景が美しいと思ったのだ。
 恐ろしいほどの地熱に支配された農道に、男の横顔はただれた様になり、干からびた右手はまるで蜘蛛の糸を つかむように、自転車のハンドルを離さずにつかんでいた。。水分もとらず、食事もとらず、帽子もかぶらず、 老いた母親の住む実家にも立ち寄らず、どこで手に入れたか中古の自転車を押しながら、ひたすら歩き続ける姿 が目撃されており、髭は信じられないくらいに伸びていたのだと職員は語った。
 僕は薬の副作用で、喋るのがしんどくなっており、相槌も打てず、気温が38℃になった日に死のうと、新しい アイデアを思いつくとなんとか楽になった。
 「道を尋ねたんじゃなくて、未知を訪ねたんじゃないの」職員は少し不機嫌そうに尋ね返した。
 「みちってどんな漢字のみちなんだよ?えー」
僕はここで笑わなきゃと思ったけど、顔の筋肉に脳の指令など届かない。身体の中を巡るのは薬でよどんだ血液 と、ウーロン茶ぐらいなのだ。
 「何が悲しくてよ、盆の14日にお通夜かなー」
背伸びをしながら若い職員は会話の終了を表現する。僕はホールのマンガチックな温度計を見に行った。36℃だ った。38℃を40℃に変えた。隣のカレンダーを見た。男の死んだ8月13日の金曜日のところに、鉛筆で薄く読み 取れない字が書いてあった。

ペー5

-活動報告-

 

  11月

      
  • 1日 大牟田小学校来訪
          子供のエネルギーはすごい。学習というよりもとにかく一緒に遊んだというところですが、お陰で
           僕らも若返りました。
  • 2日 運営委員会
          有松が出席。障害者就業への取り組みなどが報告されました。   
  • 4日 ケアマネ会議
          ピアカン連続学習会に向けて、今回は「人権」と「全員参加方式」がキーワードになります。大牟田で
          の人権白書作りの第一歩にできればいいない思います。講師で姜博久さんと再会できれば嬉しいな
           と思います。    
  •    SOS事務局会議
          福祉マップ改定作業の中の地図作りが中心となりました。大変な作業になりそうですが、障害者全員
           で共有できる社会資源情報なのでがんばりたいと思います。
  • 6−7日 サンアビ祭り
          恒例のお祭りです。松本さんを中心にバザーを出店してまいりました。今年は暖かかったので助かり
          ました。売り上げはまずまずでした。   
  • 8日 アンテナショップ会議
          担当の有松が出席しました。夢タウンでのバザーの話しが中心でした。   
  • 9日 生活支援部
          行政に出す統一要望書の確認がありました。
  • 10日 ケアマネ会議
          大阪の人権白書の点検をおこないました。
  • 11日 SOS事務局会議
          児童民生委員校区役員会に参加
          ピアカン・「ほっと・総合相談」の紹介。
  • 12日 大牟田市よりヒアリング
          市の職員の悪いところや良いところ及び今後望むことについてということで来られました。何点か気付
          いた点を指摘しました。こういう動きがあることはいいことだなと思います。後日報告の文章が送られ
          てきました。主催した「主査会」に敬意を表したいと思います。
  • 18日 SOS事務局会議
  • 24日 青年部会議
          先月の野外レクの反省会と忘年会の打ち合わせでした。

    -編集後記-

     

      街はクリスマスムードです。今年の終わりの近さを、個人の家を彩る豆電球が教えてくれます。電気代かかるよな、樹も眠れねえよな、と思いつつ、もう今年も終わりかよと、まずはため息が出ます。
    クリスマス当日を迎えても、今年も行くところがないのであります。あー又もやいにいくか!!でクリスマス終了!

     
  
2004年10月1日発行

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-龍馬がゆく-

 

台風だらけの秋も最終コーナー。なんだか騒々しくもっとスローにこの秋を楽しみたかったと思いますが、秋の 名残があるうちに本の一冊でも読破できたらと、水上勉さんの文庫を買ってたら台風で休みの日に読破!台風の お陰?とにかくうれしい!

龍馬がゆく にゆく!

 もやい恒例の秋の研修旅行は『四国』。四国といえば、もっとも過激といわれている精神障害者当事者団体「ご かい」と、坂本龍馬である。
共通項は『志士』。志の強さは希望なるものを作り出していく。そんなことはともかく、四国はもやい初お目見え! 何もかもが新鮮なのだ。桂浜の海も、ごかい中心メンバーの涙も、僕らを感動させたが、自分たちが今居るところ が四国であること自体に僕らは感動したのかもしれない。知らぬ土地の旅はいい。とてもいい。末藤シンさんは突 然砂浜に電動で突っ込み転落!普段興奮しない有松ハルユキさんは海に向かって走り出す始末。四国の海は人をエン パワさせるぞ!

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-ベンツさん&池田さん-

 

ベンツさん池田さん宅訪れる!

 10月2日、文化会館で行われた「ノーマリゼーションセミナー」は、小ホールいっぱいのお客さんが訪れ、 盛況でした。

デンマークからゲストとして訪れられた知的障害者施設長のベンツさんは、2日の講演とワークショップで、精力的に 障害者当事者や親御さんや関係者と交流されました。  翌日の三日、そのベンツさんが、自然な形でふれあいたいということで、ほっとかんに遊びに来られました。 もやいのメンバーが駆けつけてくれ、十人くらいの少人数で、自然でざっくばらんな交流となりました。  もちろん英語が飛び交うのですが、三人英語のできる人がいたので、なんとか会話は途切れず、話が弾み、な んと一時間の予定が、途中みんなでピザを食べたりしながら、三時間以上のおしゃべりに興じたのでした。  ベンツさんは、参加者の中の池田さんの自立生活やピープルのこと、また絵の話などに興味を持たれ、交流終 了後、池田さんと介護者と共に池田さん宅に向かわれました。「英語できませんよ!」とぴぴっていたヘルパーも ボランティアと共に出発。通訳無しの四人小さなの旅が始まりまりました。  池田さん宅では、池田さんの生活の様子を撮ったビデオを見たり、数々の絵を見たりと、身振り手振りのコミ ュニケーションで盛り上がりました。  池田さんを支援するピープル活動には、ベンツさんも関心が高かったようです。最後にベンツさんから池田さ んにお礼の焼き物が手渡され池田さんも大喜びでした。日本の女性との結婚を控えたベンツさん、お幸せにね!

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-四国3ヵ所-

 

四国研修フォトレポート・カメラは見ていた!

 尾道で
 大きな犬と出会い
 松山で
 ごかい創設時のメンバーの
涙と出会い
  高知では
  心洗う海と出会い
  倉敷では
  素的な街並みと出会い
  もやいの
  ウルルン滞在記は
  ゆったりとした
  時間の中で
過ぎていったのでした

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-障害学エッセー-

 

ケアマネは当事者に!モノマネはコロッケに!

情報化時代だ。今ごろ気づいてどうする?といわれてもしみじみとそう思う。洪水のようにやってくる情報。情
報化は同一化促進する。同じイントネーションで同じセリフをほざく輩が増えていく一方だ。
 誰もが手にした情報に基づいて動き始める。冬ソナ見なきゃね、テレビ付き携帯買わなきゃね。世界の中心で
何か叫ばなきゃね、エンタの神様見てとりあえず笑っとかなきゃね。あー。
 私たち障害者福祉の世界でも情報は駆け巡っている。「情報を分析するとこれからは福祉産業だよな!」と誰
もが思う。そんなわけで、支援費をきっかけに障害者福祉の世界にも色んなグループが参入してきた。そして今、
新しい情報によると、「支援費と介護保険の統合あり!」「3障害統合の福祉サービス法制化必死!」「障害者ケ
アマネジメントも本格化」と、まるで革命でも起きつつあるのかという事態だ。
 「本当にそうなりゃどうなるの?」に、まだ誰も応えられないのだが、ここんとこの福祉業界の変わりように
は「これはきっと障害者解放運動が成就し、差別が無くなり革命が成功したのだ」と、ロシア革命の日のレーニ
ン状態。しかし、そんなはずもなく、差別の基本はそのままで、制度の仕組みとお金の流れがつくりだしたビジ
ネス現象なのだと悟る。再び、あー。
 ため息のあと「やばい!」という実感が、ウーロン茶を流しこんだように、ハートも流れるのだ。たとえば、
ケアマネの本格化?誰がやるんだ!誰のためにやるんだ!これは大きい課題だ。私たちの生き方に関するプログラ
ムを、その重要性や歴史を実感できない、想像できない、いやそれよりも思いを共有できないケアマネージャー
に手渡すとどうなるのだろう。
 名作ドラマ「猿の惑星」ラストシーンのように、地域の中で、自由の女神を見上げて「ここは施設だったのか!」
となりはしないか?「ケアマネは障害当事者に、モノマネはコロッケに任しとけ!」の覚悟と当事者の立場にたっ
たメイドイン障害者情報を発信しなくてはヤバイとおもう。「情報を受信しまくってる場合かよ!」と危機感を
しばしだきしめようぜ。

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-差別の果てに物語は生まれる-

 

施設百話・・・セブンブリッジ

 懐中電灯の光が雄介の顔をなでて一巡すると、当直の老人は人差し指で懐中電灯をいつものように一回転させ ると、6号室に向かった。遠ざかる足音から完全に音が消える前に雄介が起き上がろうとすると、あいつが言った のだ、「もうちょっと待った方がいい」学生ボランティアのあいつは3日間俺たちの5号室に寝泊りした。俺たち の目に大学生はずいぶん大人に見えた。あいつはいろんな話をし、養護学校しか知らない俺たちのスターになっ ていた。俺たちはあいつの話に夢中になった。あいつの細かい指先でカードが鮮やかにあやつられ、消灯後の5 号室は、「おー!」という歓声に包まれた。俺たちはセブンブリッジを習った。点数をつけ、みんなで深夜までの めり込んだ。面白くてしょうがなかった。見回りが終わると、蛍光灯にタオルをかぶせカードが配られた。  3日目のセブンブリッジは、最後になるので、夜の12時過ぎまで続き俺は初めて優勝した。あいつは俺に握手 を求め、その手を高々と挙げて称えてくれた。  ゲームは終了し、みんな眠りについたが俺はうれしくて眠れずに、少し焦っていた。早く寝ないと、朝起きれ ずにまたサボりで休みたくなるのだ、休むのは良かったが、仮病を使うたびに、中学生からいじめられるのには うんざりしていた。なんとかうとうとし始めた時、異変に気がついた。  あいつの手が俺の体に触れていたのは知っていたが、その手が段々と動き始めたのだ。その動きに意思を感じ た瞬間、俺の体は硬直した。早く寝ようと思ったが、手の動きは早くなり、俺の右手をつかむと、将棋の駒で遊 ぶ山崩しのような慎重さで、ゆっくりと俺の右手は拉致された。 「もうちょっと待った方がいいでしょうな」ハローワークの障害者担当員は、禿げ上がりつつある額を鉛筆でか きながら、熱ない言葉を続けた。カードを魔法のように繰り、俺の右手を拉致したあいつの手は30年を経て、 平凡なくたびれた手になっていた。「特技はなにかあるかな」あくびをかみ殺してあいつが聞いた。「セブンブ をかみ殺してあいつがいった。

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-活動報告-

 

10月

  • 1日 ケアマネ会議
  • 2日 ノーマライゼーションセミナー
        文化会館で丸1日の取り組みとなりました。もやいはバザーを出しました。
  • 3日 ベンツさんと懇談
        デンマークのベンツさんとほっとかんでピザを食べながら懇談しました。少人数でゆったりと話せました。
  • 5日 ケアマネと介護派遣事業所との学習会
        ロールプレイを中心に学習会を行いました。ロールプレイは楽しく盛りあがり、その中から、いくつもの
        課題が取り出され、すごくいい議論につながったと思います。
  • 6日 生活支援部
        担当有松が参加。ケアマネ通信の報告もおこないました。「地域福祉セミナー1・成年後見制度を学ぼう」
        の反省も行われました。
  • 9日〜11日 四国研修
  • 12日 市民部とNPOとの懇談会
        担当の案浦さんダウン。代役の有松さん参加。   
  • ケアマネ会議
        前回の学習会の反省と今後について話しました。   
  • 運営委員会
        今後のイベントの取り組みについて。
  • 16日 学校と人権フォーラムに参加
        もえの会の人達と一緒に参加しました。
  • 17日 仕事と人権フォーラム
        有松がフォーラムアピールを読み上げました。
  • 22日 施設ピアカン
        有松さんがいきました。
  • 23日 青年部レクレーション
        もやいから2名参加。柳川の川下りや温泉など   
  • おもしか市
        毎年恒例、諏訪公園にてバザーに出店
  • 30日・31日・いきいきふれあい祭
        中心商店街でさまざまな取り組みが行われました。もやいもバザー出店。麻衣子さんはカラオケ大会に出
        場しました。
  • -編集後記-

     

        10年前にSOSが取り組んだ『福祉マップ』の改定版製作中です。今回は、冊子ではなく、『自立マップ』と同 じホームぺージに再登場です。この二つのマップ。自立生活を目指すあなたの、助さんと格さんとしてご利用くだ さいね。また、両方のマップに付け加える情報があったら下さいね。よろしくお願いしす。

2004年9月1日発行

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-姫・釣りあげる!-

 

 みなさま夏台風18号の被害はありませんでしたか?かなり強い風でした。もやいの屋根も少しやられました。 風の中で思ったのは、障害のある市民の災害マップの必要性だ。この台風「いざ」と「もし」に備えるための教 訓Tではないのかなーと思えますよね。

姫、釣りあげる!

 もやいレクレーションは秋めく阿蘇。釣りに挑戦した姫は見事に誰よりも早く虹鱒2匹を釣り上げたのでありま した。まなじりを吊り上げたり、値段をつりあげたりは困りますが、お魚なら何匹でも釣り上げてもいいのであり ます。釣った魚はその場で塩焼きに!うーん最高!なのでした。

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-自由気ままなトーク-

 

自由気ままなトークとライブ終了!

 久留米市役所くるみホールで行われた、久留米障害者生活支援センター主催の『トーク&ライブ』は、それな り盛況でした。福祉業界のおすぎとピーコは勝手気ままにしゃべり、新ユニットのバックバンド『介護ズ』のギ ター2本のプレイにのり歌ったのでありました。
■当日の曲目
   9月ブルース(おおば)/あんたのため(恭平)/にやがんな(おおば)/未来の人達へ(恭平) /古川克介のブルース(おおば)/ゆうやけ(おおば)/革命  の歌(おおば・恭平) 以上7曲でした。
※恭平の歌はCD『アビードーロ』/おおばの歌はCD『夢の矢印』で聞けます。

  ☆ピアカン学習会というと、どうしても固くなりがちですが、「二人に任せます。自由にやってくでさい。」といわ  れたので、本当に自由にやってきました。なん   だこりゃと思われた人も多いでしょうが、しかし、思いを込めた歌   たちのワンフレーズでも誰かに届けばと願いをこめたのでありました。

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-シネマで愛して-

 

トゥルーマン・ショー

 離れ小島シーヘブンで看護婦の妻メリル(ローラ・リニー)と共に平和に暮らす保険のセールスマン、彼の名は、 トゥルーマン(ジム・キャリー)、ある日、空から撮影用のライトが落ちてきたのをキッカケに誰かに覗かれている という奇妙な感覚に悩まされていた。ある日、自分の不安を解消しようと行動を起こした彼の前に驚くべき真実が浮 かび上がるのだった。  シネマの予告編の文章にするとこんな感じになってしまうのです。それはそれでいいし、なかなかスリルもあり、ポ ップコーンをほおばりながら、けっこういい時間が過ごせます。ただ、あのジムキャリーの個人技に期待するより、 ストーリー性に期待したほうがいいとは思いますけど。  さてさて、このシネマを見たところ、わたくしは丁度『自己執行』という言葉を手のひらにのせ、眺めていたので その言葉のありようと、シネマがリンクして、なんだか自分の中では印象深いシネマとなりました。  このシネマ、一言で言えば自分の生き方が、どうも外側からつくられていると気づいた時、人はどうするのかという テーマが見え隠れします。  もしそれに気づいたとしても、今この状況が心地よければ、このままでいいのだ、この状況をどう変えればどうなる ということが保障されていない中では、変えるというのは気が重いので、このままでいいのだという「こまままでいこ うぜ」派と、いや、自分が自分であるためには、たとえ今心地よかろうと、状況を変えることになんの保障がなくても、 「このままじゃいけねえよ」派に分かれると思うのであります。  その「このままじゃいけねえよ」派の根っこあるものが、自己執行への思い、あこがれ、幻想だったりすると思えます。  障害のある市民もまた、長い時の体積の中で、外からの干渉や強制を受け、自己執行の感覚を奪われてきましたが、ライト が落ちたのに気づいた人たちが、ジムキャリーのように手を上げシーランドを出て自立生活へ踏み出したのです。

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-恵愛園バザー-

 

恵愛園バザー・売れたよ!

☆バザーはけっこう疲れるものです。しかし不思議な事に売れたりすると、疲れを感じなかったりします。  恵愛園のバザーは、いつもよく売れますが、この日  も、若い女性の方たちを中心に、ビーズが売れたのでした。秋の 作オリジナルが目の前で売れていくのは、とても嬉しいものがあり、疲れも秋の空の 彼方  に飛んで行ったのでした。
★バザーの楽しみのひとつに、子ども達との出会いがあります。少しでも安くてよいものをと思いながら作った製品が売れ  ると、やりがいがあるのです。
☆バザーとなれば光輝くのは、松本優子さんです。ビーズ部門の工場長と呼ばれ、頼りにされているのです。後では、「いつ  でんどこでんミーティング」という  名のもやいの井戸端会議中。春子さんやPTとなった池田さんも応援に駆けつけました。

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-差別の果てにも物語は生まれる-

 

施設百話・・・オルガン

 消灯後の食堂が、懐中電灯の弱々しい灯りでほの暗く映し出されると、もう何年も見続けた場所なのに、異空間に迷い込んだ 感触が背中の上部に張りついた。  良一が歩行器を勢い良く放り出すと、主人をなくした歩行器は、まっすぐに窓辺を目指したが、ぶつかる寸前で計ったように 止まった。良一は右足一本でとんとんと飛び、オルガンの椅子につかまり、坐って少し笑った。  俺は車椅子のブレーキを掛け、ずり落ちるように下に降りた。ペダルに手を掛けると良一が言った。「よかね真ちゃん、ようと 聞いてね」かなり言語障害がきついのに、俺には良一の言葉はすべて分かった。子どもの頃から15年もいりゃろ当然だが、今日は 初めてうれしさの微妙なニュアンスさえその声から聞き取れた。  コントロールの利かない左手が不随運動で空をさまよう中、良一は自己の緊張を最大限の精神統一押さえにかかり、顔を小刻み に揺らしながら、その右手を鍵盤に伸ばし始めた。俺はあわてて両手でペダルを押し始めた。手の力が弱い俺にそれは苦痛で、 すぐ腕が疲れ始め、けちらずにビアニカを買えばよかったと、後悔し始めた瞬間。Amのイントロが流れ始めた。2小節聞いたとき、 最後まで聞かねばならないと思い定めた。一番が終わったころ良一の鼻息も荒くなり、緊張のため椅子から落ちるのではないかと 思ったが強い精神力は体型を維持し続けた。俺の両腕も二番が終わるころには、完全にいかれ、重ねた手のひらに頭をのせ、頭の 重さを利用して、ペダルを踏み続けた。曲が終わった。二人して息を整えるのに一分かかった。「どげん」良一が言った。  久しぶりに良一から電話がかかった。「おれからもう32年たい。早かね。」良一の声は今でも全部聞き取れた。「あの歌が鹿児島 の小学校で放課後流されるとげなよ。」何故そうなるのか俺は少し驚いたが、それよりあれから32年が過ぎていたことにもっと驚い た。理由を説明する良一の声を聞きながら、あの日の腕のきつさを思い出していた。  あの日、オルガンを弾き終わった後、良一は鍵盤の上にメモを置き蓋をしめ、俺を見て笑い、「小便しかぶろごたる」と、歩行器 を蹴って食堂を出ていった。明日の朝、赤い車椅子に乗ったあの女が誰よりも早く食堂に入り、この蓋を空けメモを読み、そして 多分舌打ちでもするのだ。重度で特に言語障害のある者を腹の中で見下ろしつつ妙にやさしく接する美土里が俺は苦手で、良一は惚 れた。その夜俺は眠れず、繰り返し流れるオルガンのメロディにいつしか言葉をのせ、頭の中で歌い始めた。朝起きると良一に言った。 「できたばい、詞」良一が笑った。  電話の良一の声の後にかすかにオルガンの音がした。幻聴かな、少し俺は緊張しながら細い息を吐いた。

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-活動報告-

 

9月

      
  • 1日 ケアマネジメント会議
         介護事業所との学習会に向けたロールプレイの研究。   
  • 2日 SOS事務局会議
       福祉マップのリニューアルについてを中心に。   
  • 3日 施設ピアカン
       担当の案浦さんが行って来ました。   
  • 9日 サンアビ会議
        サンアビ祭に向けて少し動き始めています。担当の久冨が出席しました。  
  • 11日 筑後同和教育大会
        バザーを出しました。八女であったので、山下恭平さんが来ていて、どんどん売ってくれたので 大変助か
         りました。
         恭平さんありがとう!
  • 12日 おおば・恭平の人権トークライブ
        2面を見てね!
  • 14日 身体障害者相談員研修・久留米
        有松とおおばが行きました。すごく内容が良かったのです。新光園の先輩の田中さんの訴えは胸を打ちました。
        さすが大先輩です。
  • 18日 恵愛園バザー
        4面をみてね1すごく売れたのでした。参加したスタッフごくろうさん!
  • 23日 福祉マップどうすりゃ委員会!
        休日返上で長時間会議。あー。しかし、おかげでマップの道筋が見えてきたぞ!

      なかなか釣れない。もうダメかと思ったとき、ついに釣り上げたのでした。親分こと末藤さんの釣りは劇的でした。破顔一笑!
      笑顔がはじけました。さてさて、いつの日か自立生活というお魚を釣り上げてほしいなと思います。

    -編集後記-

     

    10年前にSOSが取り組んだ「福祉マップ」の改定版が製作中です。今回は冊子でなく、「自立マップ」とおなじホームページ に再登場です。この二つのマップ。自立生活を目指すあなたの助さん格さんとしてご利用くださいね。又、両方のマップに付け加 える情報があったら下さいね。よろしくお願いします。

2004年8月1日発行

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-ピースなる空をつかみて夏を見る-

 

夜空を飾りそして一瞬で消えていく花火。1週間でその命を終えるセミ達のメロディー。死者達を迎え入れ送り出す 命のかがり火。一瞬と永久の夏の中で希望の風は吹くのだろう    8月

ピースなる背中に伸ばす我が右手空をつかみて夏を見る

 もやいの夏の風物詩ピースサイクルのみなさんが到着。なつかしい顔、新しい顔!平和を願い鹿児島 からナガサキへ。一瞬の休息を終えると、笑顔を残して行かれました。心より無事をお祈りしました。

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-障害学-

ちょっと青空なのかちょっと雨空なのか?

 最近よく空を見るのです。昔よくあきずに空を見上げていた時期がありました。空を見上げる行 為を自己分析すれば、天気を気にしているということでしょうから、福祉のあり方がころころと変わる世 の中に対して、何かが心にひっかかり、所在なげに福祉の空を見上げ、天気の行く末を見ているのだとい うことになります。  「仲良しこよしはなんだか怪しい」と歌ったのは、井上陽水でしたが、障害のある市民を一番困らせて いる基本的な課題にほとんど変化がないのに、その表面は何だかスマートにそしてビジネスライクに変身 し、障害のある市民へ向けられる笑顔の量は増えています。  手を挙げても通りすぎるタクシーに歯軋りしたのに、今では気軽に利用できたうえに、またよろしくと の愛想笑いもついてくるし、横着なヘルパーも今は昔、声が裏返るようなテンションでお客様サービスに 徹するヘルパーが増えています。  そうさせているのが、なんなのかは容易に察しがつきます。しかし、表面的とはいえ、その作られた空 間は、障害のある市民にとって、初めて手にする心地よさであるかもしれません。しばし痛んだ自尊心を休める 事は必要です。ちぢんだ心を、うーっと背伸びさせて欲しいと思います。  ただ、そこに違和感を感じる人も出てきます。彼らは自己の実感を分析し、宣言します。それはイギリ スの障害者達です。  彼らは言います。障害者関連サービス供給者は「中立的な善意の第三者」ではなく「利害関係者」である。  そこから出発した考えは、さらに進化し、社会が障害者を必要としているという「障害者の社会モデル」 へ達し、「障害者のための組織」とのぶつかり合いを通して、新しい共生の地平に向っている気がします。  字数が限られているので、説明が乱暴ですが、物事を捉えて行く時、その前提が一番大切になります。基 本的なものをその前提に置くか、表面的なものを前提に据えるかで、導かれる結論は変わってきます。  イギリスの障害者達は、「なんだか怪しい」からはじまり、基本的なものの変革を前提にここまでやって きています。  その国がどんな立派な制度やシステムを持っているかではなく、そこに住む障害者がどこへ向う意志を持 ってるかが大切と思います。そういう意味において、さてさて、この国の天気は青空?雨空?

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-シネマで愛して-

 

嘆きの天使

 生徒達が「嘆きの天使」というキャバレーに踊り子ローラ目当てに通っていることを知った教授は、生徒 達を出入り禁止にしてもらい、ローラに一言文句を言おうと「嘆きの天使」へ出かけるが、逆にローラに心 惹かれてしまう。やがて、2人は結婚し、教授は仕事をやめ、道化師として彼女の一座とともに旅回りをする ことになるのでありますが、最後は悲劇的なラストが待っているのであります。 1930年・ドイツ

 30年数年前に、「30年以上前のシネマかよっ」て感じで見たのが、このシネマでありまして、タイトルも何だか グループサウンズ風で、期待もせずに見たような気がします。見終わっても「へー、けっこう男と女は残酷だ よな」と思った程度でした。しかし、いくつかの恋愛や、長い人生経験をえて、時々ふっと思い出す時があります。 まだ無名だったマレーネ・ディトリッヒの、男のアイディンティティを破壊する妖艶さと純真さと、破壊された男 の立ち尽くすさまが蘇ります。  もう一度見て見たいと何度も思うのですが、ビデオもないし、放送も無いので願いが叶わずにいるのであります。  このシネマ、依存や見かえりを求める愛や夢のありようを問い、自己実現と、自己崩壊の危うさを教えてくれ ます。  しかし、なんと言ってもディートリッヒの存在感はすごいなと思います。大牟田出身のジプシーローズの写真 を見た時もインパクトがあり、思わず歌を作ったのですが、20年前にはディートリッヒをイメージした歌も作っ てしまったのであります。  記憶がかなり不鮮明ですが、荒れて暴れる教授に向かって踊り子ディトリッヒが言うセリフを一つだけ鮮明に覚え ています。「私が何をしたって言うの!」これに近いセリフを実人生でも言われた事があります。プレイバック今 の言葉プレイバック山口百恵状態となり、一瞬にしてこのシネマが蘇ったのでありました。あー!しかしみなさん愛 を恐れずに参りましょうね。

 

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-ホームページで会おうね!-

 

   自立マップホームページにアップ!
    多くの方に活用してもらっている自立マップが、いよいよホームページで見れます!

 9月11日より見れますのでよろしくお願いします。 新しい情報があれば教えて下さいね。常に新しい情報を用意します!

 福祉マップもリニューアルの予定です!
   半年かけて新しい情報に切り替えて再オープンします! 乞うご期待であります!

 その他のブースも大幅に変わるよ!
   今年中に新しいブースが次々とアップします。SOSIT革命への一歩です。

★大場和正&山下恭平大いに語る/9月12日(日)
    13:00〜15:30/久留米市役所内くるみホール/入場料無料

  90年代中盤の一時期、THE議員ズとして何度か過激なライブを行った両人が、ポストポリオによる重度  化と加齢による ボケを乗り越え、久しぶりに福祉界のおすぎとピーコとして喋り歌う企画が実現。  興味がある方は、当日久留米市役所に 来てね!  独善的な福岡養護ワールドと生バンドによる重度歌の数々があなたを襲います!

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-差別の果てに物語は生まれる-

 

施設百話・・・背広

 賢二の母親は、いつもうつむいていた。3ヶ月に一回、判で押したように年金受給にあわせてやって来き た。くぐもるような喋りは、語尾が聞き取れず、誰も賢二との会話の内容は窺い知れなかった。職員におろ させた年金の一部を確かめると、両手で持ち上げ「ほんなら」と深く頭を下げると、そそくさと帰り支度が 始まり、相部屋の俺に視線をあわせることなく何かをつぶやいて出て行くのだ。  入所して20年。変わる事のない儀式は続けられた。1度だけセーラー服姿の妹が母親に連れられてきた 事があった。普段無口な賢二が唾を飛ばして、全身をふるわせながら妹と話すのを見て俺は驚いた。妹に車椅 子を押させ、ニコニコと施設の中を移動する姿にみんなが驚いた。妹は母親と違い快活で、誰ともなく挨 拶を交わし、どんよりした世界に、若い性が発散するエネルギーが放射され、あの日賢二の車椅子の周辺は、 確かにきらめいたのだ。  自閉的なドラマしかない世界は、わずかな変化が待ち望まれ、そこからのっぺらぼうな時間を断ち切る物語 が作られるのだ。  ある日、賢二のベットの上に背広が吊り下げられた。高そうな背広だった。「10万円は超えとるげな」誰か が言った。「イタリア製たい。俺達でん買いきらんばい。」職員が吐き捨てた。「趣味のわるさわるさ!」賢二 に振られた亮子が言いふらした。  あの、妹の結婚式が近づくと、年金受給日でもないのに、母親がやってきた。両手を持ち上げる事もなく、ど うして帰るきっかけをつかむのか、俺はテレビの音を消したまま、イヤホーンをつけて言葉を待ったのだ。 「聖子のどげんしてでんでけんて言うけんね、こらえんねね」賢二に顔を近づけ、声をおし殺したことによって 、かえって明確に聞こえたのだ。テレビ画面はその瞬間コマーシャルが流れ、俺の気に入っているケンとメリー の歌をバックにした車のCMが流れ始めた。そのCMの間、沈黙が続いたが、終わったと同時に賢二は言った。 「よかよか」その時、つまらない音のないバラエティー番組を見ながら、俺には見えた。人指し指と中指に挟ま った親指が折れるほどに、賢二のこぶしが握り緊められているのを。背広は一度も着られる事もなく、結婚式の 翌日、ベットの下のダンボールに入れられた。年金受給日、母親は訪れ、いつもの儀式が行われた。

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-活動報告-

  8月
      
  • 3日 自立マップ反省会と打ち上げ
        長い長いプロジェクト終了!一年間に渡る取り組みの反省点や思い出話で盛りあがりました。打ち
        上げではカラオケで盛り上がったのでした。
        しかし、ITを使ったプロジェクトの始まりでもあります。やるからには日本初を目指して
    GO!であります。
  •   
  • 4日 実践交流会でピープル活動発表
        市内の教師が人権問題に取り組む実践交流会で、なんと、ピープルの取り組みを報告してま
        いりました。ピープルのメンバーでもある秀島さんや金納さんも参加してくれ、意見を言ってく
        れました。ありがたかったです。さらに筑後地域での交流会でもピープルの素敵な活動と、私
        達の自立への願いを多くの人に知ってもらえると思います。
      生活支援部会議
  •     地域福祉フォーラムの感想や反省点が出されました。でも、300人を超える方に来てもらい
    、       すごく良かったです。   
  • 5日 ケアマネ会議
        介護派遣事業所との学習会についてや、ピアカン連続学習会について、さらに花通信の編集につ
        いて話しをしました。
  •   
  • 6日 ヒースサイクル来る
  •   
  • 7日 NPО連絡会発足式
        市内13のNPО法人のうち、11団体が加盟した連絡会が正式に発足。担当の案浦さんと久冨さんが
       参加!交流会ではビールをどんどん飲んだのでありました。夜はこれからよ!
  •  
  • 12日 SОS集会
        自立マップ等、各種報告やら、障害者の日記念イベントのアイデアについて。
  •  
  • 21日 共同連全国大会IN熊本
       バザーを出させてもらいました。全国の懐かしい人達と再会できたのが嬉しかったです。大場さんは
       分科会で報告しました。
  •  
  • 22日 もえの会
        はじめてほっとかんで行われました。
  •  
  • 26日 SОS事務局会議
        ホームページのリニューアルについて打ち合わせを進めています。
  • -編集後記-

     

      筑後養護学校に講演に行って来ました。SОSにとっては懐かしい大橋恭子先生に再会できました。とてもお元気そ うでした。帰りには、生徒手作りのグッズをもらったのでした。また、急死された月山さんの初盆でしたので、4人で SОSを代表しお参りしてきました。再会の夏となりました。

2004年7月12日発行

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-姫・踊る!!-

 

  暑中お見舞い申し上げます。お元気でしょうか?    
跳ねあがる夕立の先大蛇山

子ども達の凜々しい祭りの衣装や若い女性の浴衣姿、一瞬の夏は華やかにはじけ、その余韻は短き命を謡う蝉時 雨の中に消えて行くのでありました。    7月

夏祭り総踊りへGО!
 田中ふさ子さんの着付けで、いろとりどりの浴衣姿に変身した女性陣を中心に今年も総踊りへ参加。 夏祭りを楽しんで参りました。

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-シネマで愛して-

 

少年は蜘蛛にキスをする・・・スパイダー

  どうして今年の夏は雨が少ないんだろうと思っていたら、東北の方は大雨で、自力移動が困難な人達が犠牲に なっていた。人ごとではなく、大牟田の防災を考えなくてはと思うのでありました。  さてさて、雨も降らず蒸し暑い夜、寝苦しさの中で見たシネマは、非常にアートな作品で、意識をつきぬけ、 無意識の最深部に着地したのでありました。   何の予備知識もなく、疲れ気味の時は、軽めシネマでGO!「ザ・フライ」と同じ系列の軽い変身もののつもり だったのに、ファーストシーンの5秒で、「こっ、こっ、これは!」の世界。おろかな勘違いに気付いたのでした。  自分の生きてきた歴史が誰にもあるのですが、その歴史が真実かどうか誰が決めるのでしょうか?もちろん自分 自身が決めるのでしょうが、その自分自身が歴史のありようが分からない時、精神を病んだ時。自分の歴史をた どるために人は蜘蛛の糸をたどり始めるのだろうか。  統合失調症を病んだ主人公は、長い病院生活を経て、地域自立を目指す中間施設に落ちつきます。しかし、彼の 中には愛する母親を殺したのは誰なのか、という問わなければならない謎があります。  しかし考えてみれば、私もそうですが、自己の歴史の真実と言った時に、真実を振り返る地点での自己のありよ うで、真実という景色も変わっていくような気がします。真実は実像か虚像なのか。  多くの障害者は、偏見と差別の中で自己否定を迫られた幼年時代の真実を、変えなくては今を生きれないと思い ますし、そういう意味では、真実は固定したものではなく、今の私と繋がる万華鏡のような気がするのであります。  それにしても、レイフ・ファインズの存在感の重さは演技の域を超えております。さらに、「めぐりあう時間 たち」のミランダ・リチャードソンも落ちついた演技でシネマの温度を上げています。こうなったら見るしかないって 感じです。  このシネマを見たからってなにかが分かるというよりも、ますます分からなくなるって感じですが、不思議な蜘蛛 の巣に絡まり、糸をたどっていかざるを得ない人がいる。これだけは真実であります。

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-ピープル交流会-

 


『電気・水道・ガス・介護』
日々の暮らしに介護が必要な私たちにとっては、介護とは、生存権を形作るものの一つだなというのが実感です。電 気が止まれば、水道が止まれば、ガスが止まれば、誰だって生活が成り立たたないように、もし、介護が止まれば、い や、制限されれば障害のある市民の存在は脅かされます。しかし介護だけは国の財政や、街の財政を理由に簡単に制 限されます。  支援費制度の中でも、また近く行われるだろう支援費と介護保険との統合においても、介護の制限は避けられそう もありません。  介護を制限された障害のある市民の暮らしを、セーフティーネットとしてカバーしているのは、名も無き市民と障害 者の連携です。  ピープル活動は大牟田の街で地味に続けられるヒューマンな活動ですが、障害のある市民の生存権を、同じ市民とし て守ることで、この街のすべての市民の日々の暮らしを守る取り組みとつながります。  それはともかく、年に1回は池田さんを真ん中に交流をということで、今年もメンバーが集まり交流会が行われました。 池田さんも重度化が進んでいますが、元気に日々を過ごしています。今後のピープル活動の広がりを期待したいと思いま す。ではみなさん夏バテに気をつけて!
※地味に静かに続いているピープル活動。  そのメンバーと事務局が、当事者の池田さんを囲んでの交流会が開かれました。  池田さんの挨拶や、ピープル活動が実践交流会でレポート報告がされたことなどが報告されました。  介護者や事務局のみなさんお疲れ様です。

ページ4

-自立マップ完成-

 

★自立マップ完成!
 「社会資源情報誌・自立マップ」がついに完成しました! 障害者市民にとって重要な介護派遣情報では、各派遣事業所の協力でアンケートを実施。 さらに、障害者市民のニーズを目次にさまざまな社会資源満載!   情報を伝えたい人が作るのではなく情報を知りたい人で作りあげた冊子 自立マップを必要な障害者市民に届けます。

★SOSバンド・夢の矢印/9曲全新テーク
  1980年前半のわずかな時期
 下手な歌と不協和音なメロディーと
    奇妙な詞で
 一世を風靡しなかったSOSバンド
    見えない国の楽団は
   見えない国が生存することを
    歌いたかったのだろうか
     CDを聞いてみた
    ストーンと落ちずに
 奇妙なひっかかりが胸に残る言葉達は
   夢の矢印と銘打たれた
  彼ら、彼女等の国歌ではないのか
       と思えた
※このCDの利益は全額「社会資源情報誌・自立マップ」制作費に使わせていただきます。  なお、完全発注生産となってますので、予約頂いてから最長五日間のタイムラグがあります。

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-差別の果てにも物語は生きる-

 

施設百話・・・猿の惑星

  和雄の視線はいつも上目遣いだった。どんな些細な事も職員に伝えた。和雄の動きで退所になった奴が3人いた。和雄の 権力には誰もがひれ伏した。和雄のコークハイが3杯目になると、凄みのある上目遣いのまま言い放った。「俺どんな利口 な猿にならなんたい」誰もが憎しみを押し隠し相槌を打った。  畏怖され嫌われた和雄にも惚れた女がいた。車椅子の女にしては珍しくスカートしかはかなかった。30近くになろうとし ているのに、どう見ても20そこそこにしか見えず、明るいキャラと和雄にもずけずけと物をいう振る舞いは、結構人気が あった。  和雄とけんかした時、雅子は言った。「あんたは猿の惑星の王様たい、ばってんあたしは人間やけんね!」誰かが雅子に ささやいたことがあった。「あげなスパイんごたる男のどこがよかつね」雅子は珍しく暗い表情で答えた。「最低の男たい。 ばってん、ここでの生きかたば決めとろが。人にぺこぺこさせながら腹の中で憎まれるこつも承知して引受けて、そんこつ については愚痴ば言わっさん。ワルばってん。こげんなったつは誰んせいね。うちはわからんばってん。男らしかやんね。 あんたは猿にも人間にもなりきらんめえもん。」ささやいた男は、スカートに手を伸ばす妄想から醒めて不思議そうに雅子 を見た。  その雅子が食事もとらず3日間寝こんだ。妙な噂が流れた。誰もが半信半疑だったが、和雄の表情が変わり、一言も口を利 かぬ態度に、噂は噂ではなくなった。  雅子が寝こんで5日目の夜、オフセット印刷課で仕事の打ち上げの酒盛りが開かれたが、職員が先に帰ると、にぎわっていた 宴会も、和雄が黙りこみ、葬式のようになった。ドアが開き、雅子がやってきた。十数人が一斉に息をのむ音が、和雄を振り向 かせた。  少し頬のこけた雅子は、力なく車椅子を漕ぎ、和雄に近づいた。近づく度に涙が流れ落ち、白いブラウスの胸の部分を濡らし 乳房の輪郭が現れ始めていた。  和雄の車椅子の横に並んだ。「許しなっせ」雅子の消え入りそうな声は、反響音のひどい部屋のせいもあり、そこにいるすべ ての者の耳にささやく様に聞こえた。  時計の針の音だけが聞こえ続け、その数を数え始めて21が過ぎた時、和雄が雅子の手を取り、25の時、雅子は体を預ける様に 和雄の右腕にしなだれた。  誰かがカセットをかけ、シカゴの曲が流れ始めると、一気に宴会の賑わいが戻った。酒が進み、時々誰かが酔いにまかせては 強姦を許すなと叫んだが、次第に宴は落ちつきを取り戻した。  それから一週間後、挨拶も無しという異例な措置で職員一名が退職し、それを機に、和雄はさらに無口になったが、雅子はま すます明るくなり、夫婦漫才のようなやりとりで時には周りの笑いを誘った。

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-活動報告-

  7月
  •   2日 手芸

           夏の新作に向けての作業が続いています。最近は素材をインターネットで仕入れる時が多くなりましたので、ずいぶん楽になりました。

  •   3日 ケアマネ会議

           事業所の学習会でのロールプレイに向けて打ち合わせをしました。

  •   5日 ケアマネ会議
         最終の打ち合わせをしました。
  •   6日 ケアマネ学習会

           介護派遣事業所からの参加者を迎えてロールプレイを中心とした学習会をおこないました。障害当事者と事業所のスタッフの学習会は珍しいと思います。今後、両者にとって有意義な学習会にしていきたいものです。

  •   7日 生活支援部会議
         16日の合宿研修・17日の地域福祉フォーラムに向けての打ち合わせをおこないました。
  •  8日  ほっと/ピアカン

           有松・案浦参加。ピアカン普及ビラなどについて話し合いをしました。

  • 10日 ケアマネ通信「はな」の製本作業

           ケアマネスタッフで、ほっとかんを借りて「はな」通信の印刷と製本を行いました。今年度より福岡の教師になって福岡に住んでる上口加代さんも参加。元気な顔を見せてくれました。

  • 12日 アンテナ会議

           17日の地域福祉フォーラムでのバザーの打ち合わせなどを話しました
       事業所との学習会

           ロールプレイを使った学習会をおこいました。うまくいかなかったところもあったので、次のケアマネ会議で反省や目的の共有化を計りたいと思います。でも一歩前進です!

  • 13日 夏祭り実行委員会
        担当の案浦が参加しました。
      運営委員会
         3部会の情報交換が行われました。
       ヘルパー利用者の会通信発行
        担当の久冨が製作しました。
  •  
  • 15日 SОS事務局会議
        CD完成の報告や17日地域福祉フォーラムでのバザーについて。
  • 17日 地域福祉フォーラム
        バザーの売り上げがかなりありました。よかった! 
  •  

     

    -編集後記-

     

     大障協の地域福祉フォーラムでの、障害当事者のパネラーの発言には、ずいぶん気付かされることがありました。
    障害当事者の発言の重要性を痛感!そしてそこからのネットワークの構築こそを進めていきたいと思いました。
    みなさん、夏バテしないように気をつけて、この夏を乗り切りましょう。

     
   
2004年6月19日発行

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-もやいレクレーション・天神ウォーク-

 

  暑中お見舞い申し上げます。
カラカラと 氷の中の 夏を聞く

なーんてね。みんさんお元気ですか?夏に負けないテンションで、夏を楽しみましょうね。

もやいレクレーション・天神ウォーク

良き天気の日。今年度2回目のレクは「天神ウォーク!」大濠公園でボートに乗りました。ウォークとなれば この方。麻衣子さんです。ご覧ください。日傘くるくると天神に現れた麻衣子さん。あー「時代屋の女房」フ ァーストシーンの夏目雅子の再来でありましょうか!しかし、しかし、あとに続く男達はかなり暑そうであり ます!!

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-シネマで愛して-

  私はうつ依存症の女

 「アダムスファミリー」のあの少女がここまで成長していたのかと、まずは感心。あのまなざしと、長い 髪と、おでこがさらにパワーアップしてその存在感を増しています。クリスティーナ・リッチ。これだけまな ざしに力と意味をもった役者は少ないのであります。  しかし、このシネマ、ビデオ屋で探しても、みんな借りられてて、結構人気があることに驚きました。それ にしても「邦題」というか、「原題」を日本風につけなおす意味があるのでしょうか?原題「プロザックネイ ション」じゃなぜいけないのでありましょうか?タイトル自体に意味があるのに!と軽く腹が立つのでありま した。  さて、アンジェリーナ・ジョリーの存在感が光った「17歳のカルテ」もそうでしたし、ニコール・キッドマ ンの「めぐりあう時間たち」もそうでしたが、精神に障害を負った人に視点を当てたアメリカシネマの質の高 さを実感します。その源をたどっていくと「カッコーの巣の上で」にたどりつくのでありましょうか。  さて、さて、ハーバード大学生で、新進気鋭の音楽評論の書き手として光り輝く女性が、うつ症状とドラッグ 依存の中で揺れ動いていくドラマです。  母親との共依存の抑圧、父親との心的葛藤、うつによる自傷行為、主人公の置かれた状況は厳しいものがあ ります。特に母親との母子分離に向けたシーンは秀逸です。また、最後にアイディンティティの確立を、社会 からの評価ではなく、自己執行においておこなおうとするセリフは、精神障害に限らず、障害を持つ私達に鋭 く過激に問いかけてくる叫びかもしれません。  それにしても、音楽がいいよな。母親役の女優がすごくいいよなと、色々楽しめるシネマであります。

プロザックとは?アメリカの大手メーカーが1986年に開発した当時最新の抗うつ剤。現在でもその抗力と副 作用の少なさが支持され、実に世界100カ国、4000万人が服用しているという。今やプロザックが抗うつ剤の代名詞 となっている。

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-自立マップ-

  自立マップ1年間かけついにフィニッシュ!

『起』 ケアマネジメントを進めて行く中で、社会資源の改善と開発の必要性が身に染みたのですが、それ よりなにより、不充分にせよ、社会資源の存在そのものが知られていないという情報不足のありようが、さらに ひしひしとこの身を焦がしました。数年前に作った「バリアフリー情報誌・福祉マップ」が頭をグルグル。そう だ!「社会資源情報誌・自立マップ」だ!
『承』 作り始めたのはいいのですが、なかなか編集方針まとまらず、資金面も当てはなく、どうしたもんたア ンドブラザース!と腕組みの日々。それでも資料集めを開始。
『転』 2003年。外はシトシト梅雨の空。なんだか暑い夏がやってくる予感。しかし、しかし、徹底的に障害 当事者の視点を編集方針に据えてからは、色々とアイデアが出始めたのでした。また、各介護派遣事業所の個性を当事者に伝 えるために、アンケートを実施。無名のNPО法人である私どものあつかましいお願いに、各事業所もОKサイン。 心強い協力者になってもらったのでした。さらに、さらに、一番心配していた資金面においては「街づくりのアイデア公募」 に自立マップを申請。何と入選。「九州ろうきん」さんより30万円をいただきました。あとの不足金は、Tシャツ販売を がんばろうとテンションが上がったのでした。
『結』 2004年。外はシトシト梅雨の空。あれから1年経ったのかとしみじみ。製作過程の中で、みんながこだわ りはじめ何度も何度もやり直しはが続いたのですが、ついについに、完成の時がやっってまいりました。あとは印 刷屋さんにお願いし、完成品が届くのを待つばかりです。ご協力いただいた各事業所を始め、様々な場所から支援 声援いただいたみなさん、心をこめて御礼申し上げます。

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-差別の果てにも物語は生まれる-

  施設百話・・・あの星の数だけ

「またあの子のことですよ」電話を切ると妻の由里子は振り向きもせず言った。「石を投げたのか?」返事は返って こなかった。もう一度聞けば、とがった口調で民生委員を辞めろと言うに違いなかった。  左肩を突き出して顎を寄せ、半身に近い感じで歩くレイコは、知的障害の施設から追い出された格好で、街に戻っ てきていた。日がな一日街を歩いては、時々かんしゃくを起こすのか、看板に石を投げたり、民家のドアを叩いては、 トラブルを起こし続けた。  気は進まなかったが、訪問せざるを得ず、玄関を出た。門のブロックに目をやると、今日も小さな数字が書きこま れていた。半月前から毎日のように続くいたずらに、由里子は警察に言うと息巻いたが、そのままになっている。見 送りにも出てこないので、今日にも連絡するかもしれないと思うとため息が出た。  マリコの家へは二度目の訪問になる。半月前、民生委員になってすぐ訪問をしていた。父親との二人暮らしだった 父親との会話は弾まず、帰り際にレイコに声をかけると、それまで口をきかず無関心を装っていたレイコがいた。 「おっちゃんはなに楽しいの、なにかあるの」22才のレイコはショートヘアーで、意外に凜とした顔立ちだった。ピンク 系のワンピースが小麦色の肌をより一層惹きたてた。  常に歩き回るせいか、白い靴下のかかとが格子のようになっていた。顎を引いてみつめるレイコに、私は少しうろた え、沈黙の空白ができたことに、さらにうろたえて応えた。「何も楽しみはなくてね。たまに星を眺めて酒を飲むく らいですかね」それから、レイコは堰をきったようにしゃべり始め、私は答えながら、ふと何度も同じ質問が繰り返 されているのに気づいた時、父親がレイコを強い言葉で止め、私は家を出たのだった。  コンビニの角を曲がると、レイコが家を出て歩き始める後姿が見えた。父親だけの方がいいかも思い、声をかけず しばらくレイコの後姿を見ることにした。  遠ざかる背中を見ていると、小さな酸素を寄せ集め、なにもかもが海上に浮上するように心の片隅に現れた。  もしかしたら、あの数字は毎日の星の数を数えてくれているのではないか。  薄くなった目を凝らしレイコの背中を追った。角を曲がって姿は消えた。

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-活動報告-

  6月
  •  2日 生活支援部
        地域福祉フォーラムの具体的な打ち合わせでした。何とか成功させたいと思います。
  •  3日 事務局会議

         自立マップは最終調整をしました。夏祭り総踊りの件や、ヘルパー利用者の会について話しを進めました。

  •  4日 夏祭り実行委員会
         案浦さんが参加。今年は総踊りにも参加費がかかるようになりました。
  •  5日 SOS集会
         2ヶ月ぶりの集会でした。
  •  6日 身障連総会
        青年部として有松さんと案浦さんが参加しました。
  •  9日 運営委員会
         各部会の連絡や情報交換がされました。
  • 12日 ケアマネジメント会議
         事業所との学習会に向けての打ち合わせが中心でした。
  • 18日 施設ピアカン
         有松さんが行きました。
  • 23日 青年部6月定例会

        新しい青年部が発足しました。何と全員新メンバーで、みんな若くて新鮮です。障害当事者グループとして新しい形で活動を進めます。担当は有松さんと案浦さんです。

  • 24日 ほっとピアカン
         ほっとかんに各ピアカンが集まる日です。有松さんが行きました。
  • 25日 共同作業所総会
        日身連系作業所の総会が福岡であり、職員が出席しました。
  • 26日 NPО法人協議会
          市内のNPО法人8団体で作り始めた協議会も今日から正式に発足しました。担当は案浦さんです。
       自立マップ全員参加の最終校正

    -活動報告-

     

      雨にまつわる名曲は数多いのですが、八代亜紀さんの雨の慕情は印象に残る名曲でして、梅雨になるとつい口ずさんで おります。降る雨に「私のいい人連れて来い」と呼びかける歌です。この雨が本当にいい人を連れてきたらいいなぁーと 窓から外を見て、思うこの頃であります。♪雨雨降れ降れもっと降れ♪ 

2004年5月1日発行

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-中尾です。みなさんお元気ですか-

 

それぞれのゴールデンウィーク終了した後の5月って、少し力が抜けませんか?何だか力が入らないし、初 夏のような暑さと、春の終わりの冷たさが同居してて中途半端な時間が漂います。でも、中尾さんのお姿拝 見で気合が戻ってきました。

  中尾です。みなさんお元気ですか?
 SOSの「起」の時代。多くの混乱と真実を提供し、人であることの原点を謳歌させてくれた古い仲間で ある精神障害者の人達が、次々と長期入院して15年近くになる。あの頃、もやいは信じられないくらいに、 まだ見ぬ世界が出見し、とてもスリリングで、楽しくて、あたたかかった気がする。その渦を形作った一人 である中尾さんが入院してもうずいぶん立つ。つい笑ってしまう独特の替え歌と相対性理論の展開は、他の 人の追従を許さず、僕等はずいぶん笑い、感心したものだ。  そして、亡くなられた中尾さんのお母さんは、見事なほどに中尾さんを愛され誇られていた。いやなによ りも自分の息子を取り囲む僕等障害者全員を信頼し頼られた。そんな経験などめったにない僕等にとって、 活動の襟を正し、凛とさせてくれる存在だったような気がする。肺癌で亡くなる直前。息子をたのみますと いう最後の言葉をいただいたシーンが今も鮮やかに蘇る時がある。  さて、国は言う。「社会的入院をされている7万人の精神障害者を地域に帰す」と。しかし、そのための予 算の裏付けと政策の展開は不透明だ。 お母さんの願いと、今、ここにいる中尾さんの現実と、国の指針が、悲しい事につながらない。  何年かぶりに訪ねた中尾さんは、一時僕等を認識できないほどに調子を崩していたけど、今回は、わかっ てくれて、写真のような笑顔を見せてくれた。  この笑顔をお土産に、活動をより一層パワーアップさせなきゃ!

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-夢のサイコロ転がして・・Tさんへ-

 

  久留米のAさんから筑後の国立療養所大牟田の障害者の人がいるよと聞いて、訪ねて行ったのがTさんと のお付き合いの始まりだった。大牟田に帰省してから、時々お母さんともやいに顔を見せてくれた。シャイ なTさんは、すごくおとなしかったが、メールを通じて色んな話をした。僕らの障害と違い、医療の手だてが 日常的に必要なTさんは、外出もままならなかったが、パソコンはTさんの世界を広げ、様々な公募に応募し、 その「言葉」を紡ぎ出す才能を開花させていた。当選作の「こもれび」はTさんの穏やかな人間性が反映し、 いつまでも人々が口にする言葉となった。  最後にSOSメンバーがTさんと交わったのは、亡くなる少し前だった。その日、実はTさんには他の約束 があったらしいけど、とても僕等と行きたかったらしくて、約束をことわり、今日カラオケに行くことは秘密 にお願いしますと言ったTさんに、何だか僕等も嬉しくなった。その日のTさんは30代の一人の男性として本 当にカラオケを楽しんだ。その笑顔は今も思い出せる。  その笑顔を思い出す度に思う。自分の持つ何かを表現する事に躊躇するのを止め、夢のサイコロを転がし始 めたのではなかったかなと思う。そこには自発的にエンパワーメントする清々しさがただよっていたと思う。  「お母さん助けて」Tさんの最後の言葉は、とっても愛していたお母さんに渡されたと聞いた。さようなら Tさん。僕等は万感の思いを込めて花輪をおくった。合掌

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-久富さん引っ越す-

 

車椅子利用者の単身入居ついに実現!
重度障害者の単身入居に関しては、SOSでは15年前から取り組んできましたが、常にその中心にいたのが久 冨さんでした。そして、ついに大牟田での車椅子利用者の入居が始まり、久冨さんも応募。運良く入居が決定し しました。久冨さんを始め3名の方が入居することとなりました。  長い取り組みでしたが、貴重な社会資源の1つになりうれしい限りです。エレベーターもあるとのこと、ますま す嬉しくなります。

-筋ジスの人達がやってくる-

 

みんなの力をあわせ彼ら、彼女らの不安の解決へGO!
統廃合の関係で、筑後の国立療養所にいる筋ジスの人達40名くらいが、大牟田の国立療養所に11月中に転院して 来られます。そのために色んな不安を持たれています。少しでも不安を取り除くためにも、交流しながら、力を合 わせて新たな社会資源を立ち上げて行ければと思います。特に「移動」については、社会参加の基本になるので、何 らかの取り組みが必要となります。とりあえず、筑後のメンバーと話し合いを始めたいと思います。みなさま今後の ご協力もお願いします。

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-差別の果てにも物語は生まれる-

 

施設百話・・9月のブルース
  城戸和正の左頬には、昨夜は見られなかった紫色の染みが2箇所あった。小便の匂いと焼酎の匂いが充満した布団を 少し剥ぐると、ひとまわり小さくなった体が猫の様に閉じられていた。  2人部屋のを空けたときから、城戸和正死んでいたことなど判っていたように、私はうろたえない自分に少しうろた えた。  相部屋の甲斐久男がかすかに石鹸の匂いをさせながら私の後ろに立っておなじみのセリフを投げた。「こっじゃ今 日も仕事はできんめえたい」言い終わらぬうちに私は小さく叫んでいた。「甲斐さん、アメリカにおらす姉さんの話し だけはほんなこつですよね」城戸和正の肩を揺すろうとした甲斐久男が小さく息を飲みこむ音が妙にリアルに聞こえた。  その日、その施設は何一つ平常と変わる事は無かった。自衛隊上りの年老いた嘱託職員が一人城戸和正の始末をつける ために働いていた。  昼休みに情報を仕入れて来た甲斐久男が不機嫌そうに私にささやいた。「身寄りのおらんげな。遠い親類筋の奴が佐世 保におるげなばってん、親類じゃなかて言うげな」「葬式はどげんなるとですか」「お前が行かんか。誰も行きたがらん たい」「アメリカのお姉さんは」「あれもホラたい。決まっとろうもん。」2人の会話をかぎつけて、城戸和正をバカにし きっていた椿善郎がさび付いた車椅子を軋ませて近づいてきた。私はトイレに向った。椿善郎が少しドスをきかせた声で 言った。「おい、トイレなら工場長に言うていかんと怒らるっぞ。」トイレには向わず、裏口から外に出た。タバコを咥 えると9月にしては珍しく涼しい風が吹いた。しまったと思った時は自衛隊上りが近づいていた。「聞いとるか、城戸君の 葬式は職員を代表して私と三村工場長と行かなんげなたい、よそわしかな。」「寮生では自分が行きます。」「ほんならま た後で打ち合わせばすっか」緩慢な動きでドアに向った職員に私もフィルターに火をつけた煙草を捨てながら言った。「死 んだ50の男に君付けはやめんですか。」

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-活動報告-

  4月
  •  2日 ケアマネ会議
  •  6日 SOS事務局会議
  •  7日 ケアマネ会議

    重度障害者のKさんが、支援費から介護保険へ移行するという状況が、様々な課題をあぶり出し、いい意味で障害者ケアマネのありようを問いかけるものとなりました。介護保険も含めて、行政や事業所との連携を深める作業が取 り組まれたりピアカンも連動した本物のケアマネへの動きが加速しつつあります。

  • 生活支援部会議

     7月の「地域福祉フォーラム」開催に向けた話し合いがありました。キーワードは「当事者のニーズに応える生活支援」です。うれしいテーマです。生活支援部は本当に当事者発を大切する所なので安心できます。

  •  8日 ケアマネ会議

     介護保険や福祉課、介護派遣事業所も参加してのKさんのケアプラン作成会議を行いました。

  • 13日 運営委員会

     有松ゆが参加しました。04年度の大障協が動き始めたって感じです。もやいもがんばって出来る限りの役割を果したいと思ます。

  • 14日 筑後国立療養所訪問

     筋ジス病棟の人が、国立療養所統廃合の関係で、今年の11月中には大牟田に転院となります。そのことで多くの不安を持たれているということで、直接伺い少しお話をしていきたいと思います。筑後と大牟田の違いもあり、今後大牟  田での受け入れ体制をどう作っていくかというを話をしていきたいと思います。

  • 17日 共同作業所宝箱訪問

     介護派遣事業所も始めた「CILかりん」のスタッフの人たちとの交流を行なってきました。SOSの取り組みを話しにいったのですが、逆に勉強になりました。

  • 20日 SOS事務局会議

     今年の夏のTシャツのデザインがついに決定しました。今年は「自立マップ支援Tシャツ」ということで、利益のすべては印刷費に回ります。デザインは今までにない形です。ご期待下さい

  • -編集後記-

     

      この新聞が皆さんの手許に届く頃は、きっと忘れていると思いますが、「自己責任」という言葉がもつ厄介さは、僕等も身にしみている訳です。
    言葉自体というよりは、誰が何のために何故使うのかということが一番大切なのかも知れません。結  果において人を抑圧するするようじゃ、やはりそこに正義はないよね!

2004年4月20日発行

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-さくら・さくら・さくら 弥生の空に咲く
  あなたの微笑み空に咲く-

 

   精神障害者M君が20年ぶりくらいに大牟田に一時帰省した。中年になっているはずなのに、出会った頃のよう  な感じで驚いた。うれしいのはまだ音楽を続けていることだった。饅頭を何個かもらったので、お返しに詞をや  った。彼が曲をつけてくれるそうだ。うれしい。

 さくらの咲く時期、多くの人が何かの門を出て、何かの門に入っていく。人々の新しい門出を見届けた後、さ  くらはその役目を終えたように散っていきます。
 夢かうつつか幻か、桜を見ていると昔のことがよみがえります。養護学校の門を出て次に入るべき門がなく  途方にくれた15の夜。  尾崎豊は窓ガラスを割って回ったのでしょうが、僕はため息をついただけ。ウーンこれじゃぁね。  あれから40年がたったけど、障害を持つ人達へ、すべての門は開かれたのでしょうか。うーん。  まぁ、そんなことより、あたたかな陽射しと弁当を片手に、桜を愛で人と語れた事に感謝。

☆3月27日。延命公園。おだやかな昼下がり。  70名の参加で花見をしました。  晴れて良かったし桜も咲いててよかった。  ヘルパー利用者の会の人たちもきてくれてよかったです。  何もかもがよかった春の1日でありました。

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-花は咲いたか自立はまだかいな-

  花は咲いたか自立はまだかいかな
 20年前のこの新聞の3月号にも書いたフレーズであります。20年経ってもまだ使えるとは少し切なくなります。
 「自立って障害者だけの問題ではないと思いますけど」研修に来た学生さんが言う。なるほどと思う。こんな風
にすべてを普遍化すると、問題は一般化して見えなくなって行く。
 「人権って障害者だけの問題ではないと思うんですけど」などと、この論理はなんにでも使える。便利な論理
なのである。  が、しかしである。自立にしろ、人権にしろ、その基本的な部分が、障害者というカテゴリー化されたこと
によって奪われて行くのだ。時に厳しく、そして時にやさしく。アー。
そして、つぶやく、せめて基本的な部分の自立や人権この手のひらにのせてみたい。SOSはそこから始まり、
そこで終わるグループかもしれないな。などと、いつも、桜が咲くたびに思うのであります。
 「世界の中心で愛を叫ぶ」という本が出ていますが、「世界の端っこで自立を叫ぶ」のも必要かなと思えます。
最低限の自立と人権は必ず僕等のポケットにいれよう。その日を桜に見届けてもらえればなぁー。

◆初登場の江崎さんがお茶をもち、庄山さんが食事介護。中川透さんがゆっくり弁当を食べる。
 ゆったりとした時が流れ心あたたまるシーンとなりました。3人とも帽子をかぶっているのが、 あたたかな花見であったことを教えてくれます。

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-自立マップ完成へやっとカウントダウン-

 SOS活動10周年記念のつもりで作った「福祉マップ」から10年の時が降り積もりました。
若者は中年に、中年は熟年に変わりましたが、SOS活動20周年記念のつもりで作り始めた「マップシリーズ・2 /自立マップ」いよいよ完成の時が近づきつつあります。金もない中、苦心惨憺しつつあったのですが、コツコツ やっとけばたまにはいいこともあるのも人生でありまして、「第1回ろうきんボランティア・NPO等助成」を 受けられることになり、これで制作費の半分ができました。
 まだ、資金が不足しておりますが、残りの一部はなんとか皆の力で解決したいと思います。当事者が当事者の ニーズに答えようという視点での自立情報作りで、色々勉強させられてしまいましたが、楽しい作業でもありました。  完成のあかつきにはよろしくお願いします。
20年越えたらSOSのTシャツだ
 2004年、自立マップ支援TシャツでGO 今年の夏もお世話になりました。ニューデザインで5月より登場

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差別の果てにも物語は生まれる

-施設百話 ストライキ-
 モリケンと呼ばれているその寮母は、とにかく探し出すのがうまかった。買い食いが禁止されている養護学校の 寮は、常に腹を減らした者たちが密輪を計画し、軽度の障害者が闇にまぎれ調達に走った。貴重な食料品は隠され 密かに売り買いされた。20円で仕入れたソーセージは50円で売られ、重度の障害者は争うように購入した。  義男は重度だったが、計画を立て、的確な指示を出し、密輪で稼いだ利益を、歯磨き粉も買えない者のために使うので、 誰もが指示に従った。時々、モリケン摘発されたが、その中心に義男がいることは隠し通されてきた。しかし、モリケンの 追求は厳しく、品物を発見された何人かは脅され口を割らされた。  その日から、義男へのすべての職員の眼差しが変わった。一部介護が必要な義男にとって、つらい日々の始まり だった。 介護を拒否され、みんなの前で無力さを強調するように、つまらない事でおこられた。 密輸ルートは壊滅し、義男はつらい日々を過ごし、これをきっかけに、寮の規則は一層厳しくなった。そして日 々モリケンの機嫌は良くなった。 噂が流れた。厳しくなった規則や、密輸ができなくなった腹いせに、義男が仕掛けて、日曜日の夕食を寮生全員 で食べないという。日曜日のストライキが成功すれば、何かが変わるはずだ。寮母たちが慌てるはずだという空気 が寮内に充満した。 日曜日が来た。夕食に全員が揃った。モリケンが「いただきまーす」と甲高い声で言った。みんなが後に続いた。 一瞬妙な間があいた。誰もが顔を見合わせたが、それは一瞬に過ぎなかった。一人が食べ始めると、それは堰を切っ た。普通の夕食風景が現れた。 一人義男が呆然と食器を見つめていたが、少しため息をつくと箸をとった。 それを見て、モリケンが笑った。「みんなちゃんと噛んで食べなきゃだめよ」弾んだ声で言った。「義男君もいっ ぱい食べてね」継母のような笑顔でモリケンが義男を見た。 その日の消灯後、密かに義男の部屋に密輸の中核メンバーが集まった。「モリケンにはストライキに失敗して義男 は泣いてたよって言っといたよ」ストライキの噂を流した寛次が言った。「モリケンは全然気付いてないよ。ストラ イキはつぶれ、これでもうお前が逆らうとは思いもしないさ」 買い出し役の秀吉が言った。「よし予定通りだ。密輸を再開しよう」義男が少し笑って言った。「これがリスト、それ と今月の儲けは、洋子のしもやけがひどいんで靴下代にしようか」「パンツがいいんじゃない」寛次が言った。みんな 小さな声で笑った。

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-活動報告-

3月
  • 27日 SOS花見
  • 約70人の参加でした。例年より参加人数が多いのは、SOSが事務局をしているヘルパー利用者の会の人
    達も来てくれたからです。あたたかい昼下がり、ほとんど延命公園貸しきり状態の中、ゆったりと楽しめ
    ました。
  • 28日 大障協2003年度総会
  • 2004年度の事業案と予算案が決まりました。事業案では、障害者ケアマネジメント事業も継続されます。
    また、障害当事者のニーズに応える各種事業展開に向けた検討や実施が取り組まれます。ますます楽しみ
    で 新年度は、協議員に久冨・運営委員に有松がなり、今まで一人でしたが二人参加になります。3障害の
    枠を超えてさらに皆で力を合わせたいと思います。
  • 31日 自立マップに対する助成金決定
  • 自立マップ作成のため申請していた助成金「第1回九州ろうきんボランティア・NPО助成金」が決定。
    うれしい。 これで2色刷りの冊子ができます。春の贈り物でありましょうか。完成に向けてもうひとが
    んばります。

    4月

  • 2日 障害者ケアマネジメント会議
  • 支援費から介護保険に移行する障害者のケアマネをおこない、ケアプランも決定しました。これからも
    モニタリングをやっていきます。また、ケアマネ自体も実践を中心にやっていけたらと思います。
  • 3日 SOS事務局会議
  • 自立マップ、新年度の活動の確認など、いろいろと打ち合わせを行いました。

    -編集後記-

    大障協の統一要望書に、もやいから出していた「プロバイダー契約の障害者割引」が実現しました。地元 の有明ネットの協力で身体・知的・精神と3障害の手帳を持っていればОKです。4月1日よりのスタート。 「こいつは春から縁起がいいわい」とみえをきりたくなるのでした。

2004年3月25日発行

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-さくらの樹の下で会おうね-

 「僕が側にいるよ君を笑わせるから」で始まる桜という唄は誰が歌ってるのかは知りませんが、美しい唄で、 そのメロディーは心に深く沈みます。春は人にいろんな唄を作らせる季節でありますね。誘うよな。そんな詞を 書きたいと思います。思うだけだけど。

そして東から昇ってくるものを迎えに行くんだろう日曜日よりの使者
差別なるものがなくなり、障害をもつ市民も市民としての暮らしを自然におくれている国がある。その国は「 見えないが、確かに存在している」のだ。その国ではもはや、ノーマライゼーションは死語になっている。  だとすれば、今この国で、障害をもつ人々は、「見えないが確かに存在している」国からやってきている人々 ではないか。 そうであれば、障害をもつ人々は、東から昇ってくるものを、迎えに行く水先案内人のはずである。  いざ、哀しみは西の空に沈めて、東へと針路を取ろう。桜咲き、桜散る宴を終えたら、口笛を吹きながら歩き だそう。  桜を眺め、ハイローズのCDを聞くと、思いも寄らぬ元気と、ゆとりがやってくる。甲本ヒロトの「日曜日よ りの使者」のボーカルと、桜の花が春を告げてくれるのでありました。SOSの花見は近い。さくらの下で再会 を

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-シネマで愛して

 

ミスティックリバー
施設にいて外出などできにくかった頃、どうしても見たいシネマが、かって二つありました。一つは「仁義な き戦い」であり、もうひとつは、「ダーティハリー」でありました。この二つは、無理をして外出をし、感動し ながら見たものでした。故に、菅原文太とクリント・イーストウッドは今でも私の英雄であり続けています。  さてその英雄の一人であるクリント・イーストウッド監督作品のミステリックリバーです。  一言で言えば、サスペンスとトラウマのコラボレーションであります。サスペンスとしてはどうかといえば、 ウーンという感じであります。では、トラウマとしてどうかといえば、これまたウーンとなるのです。しかしな がら、この「二つのウーン×2=へー」としたとこに、この作品の原作の良さがあるのかもしれません。  さらに、その原作に深みとせつなさを感じさせるよう演じきった役者の凄みは、それだけで充分シネマとして 成功しているのです。今年のアカデミー賞の、主演男優賞と助演男優賞した役者の表現力はいかほどのものか、 多くの人に見てほしいと思います。  さて、さて、この原作を選び、役者の演技力をぎりぎりまでエンパワーメントさせたクリント・イーストウッ ドの眼力は、人の心の闇にいとおしさを込めたまなざしを送りつづける中で育まれたものでありましょうか。  このシネマを見る前に「ターミネーター3」を見たのです。ハリウッドだよなと思いつつ、かなりつらいものが あったので、この作品が必要以上に面白く感じたのかも知れませんが、いい作品だとしみじみ思います。  アメリカって言うのは、なぜか、トラウマや多重人格ものを撮らせると、けっこういいシネマに仕上げます。ベ トナム戦争の経験がその底流にあるのかなとも思いますが、それよりも普段の暮らしに、その素材が充満しているの だと思うほうが自然であります。競い合い、NO1を目指すゲーム社会は、人と人との擦れあいも激烈です。その中 でトラウマの生産が行われます。  自分のトラウマと重ね合せてこのシネマを見る人も多いのではないでしょうか。  助演男優賞を受賞したティム・ロビンスは、受賞式で虐待を受けるすべての子ども達にメッセージを発しました。 まるでシネマのようにいいシーンでありました。

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-ハローチャイルド-

大牟田小学校の子ども達来訪
今回、大牟田小学校より、元気な子ども達がもやいを訪ねてくれたのでした。 瞳キラキラの子ども達と元気バリバリの先生相手にもやいのメンバーも圧倒され気味。 とても楽しい勉強ができました。 なんと言ってもこの国の未来は今からの少年や少女達の夢にかかっているのです。 好奇心あふれるいっぱいの質問をくれた皆にありがとうといいます。 また会おうね。 差別のない社会をいっしょに作ろうね。

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地の果てにも物語は生まれる

施設百話 アンパンマン
コンビニの朝昼夕はないのだなと博光は思った。まもなく12時を過ぎようというのに、店内は10人を超える若い客 がいた。 「早く決めないと明日になっちゃうよ」女のいらつきかけた声に男はへらへらと笑った。
  俺も急がなきゃとパンのある場所に行くと、3個残っていた。手に取るとアンパンだった。ひとつ大きなため息をつ くと、時計を見た。あと2分で12時になろうとしている。アンパンだけ買ってすぐ外に出て食べれば間に合うと思ってい たが、レジを見ると3人並んでいた。12時までに間に合いそうにもない。その場でアンパンのビニールを破った。 その瞬間CP特有の不随運動が起きた。博光は横向きに倒れ、頭が若い男の左足に当たった。「マジかよ」男はへらへ らと笑った。ビニール袋から飛び出たアンパンが転がってレジの方向に転がるのが視線に入った。
  施設時代も博光はよく転び、転ぶたびに周りの者に笑われたことを覚えていた。令子はどうだったろう。笑ったろうか。 思い出せなかった。女の子のほとんどに嫌われていたが、令子だけは妙に優しくしてくれていた。
 あの日の夜、令子がくれたプレゼントは新聞紙に包まれ、どこで手に入れたのか、リボンがまいてあった。中身はその日 の昼の食事に出ていたアンパンだった。生まれて初めて他人からもらうプレゼントである。2月14日は、その日から博光にと って意味を持つ日となった。
 施設を出て以来、令子に合う事は無かったが、バレンタインの日になると、必ずアンパンを一つ買い、食べた。
 レジの方から女の店員が歩み寄ってきた。途中で腰をかがめると、むき出しのアンパンを拾った。「大丈夫ですか」間延び した声とともに立ち上がり、博光のそばにくると、座り込んでいた博光の右手を持って立たせようとした。
 博光はその手を払いのけると、店員の左手にあるアンパンを奪った。その素早い動きに店員は事態の了解ができずにいた。 アンパンは博光の口に入れられた。アンパンをほうばったまま、博光は再び時計を見た。「ほら、12時過ぎたジャン。2日掛り の買い物になったジャン。」若い女は完全に不機嫌になっていた。それでも男はへらへらしていた。
 店員が後ろを振り向くと、レジを休止した男の店員が親指と小指を立てて耳と口に当てていた。「大丈夫です」女の店員が 少し早口で言った後博光を見た。「すみません。レジの清算が終わった後食べてくださいね。」緊張感のない声にもどって 店員が言った。

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-活動報告-

3月
  •  1日 ケアマネ会議
  • Kさんの8パターンのケアプランのシュミレーションの最終点検を行いました。
       自立マップ編集会議
    なかなか思うようには進みませんが、ずいぶんよい形に進化しています。出来上がりが
    楽しみです。
  •  2日 ケアマネジメント会議
  • Kさんを向えて、8パターンのシュミレーションの説明と、介護保険の仕組みの説明をし
    ました。支援費から介護保険に移行する際の課題が憂き彫りになりました。障害者ケア
    マネジメントの必要性をいやというほど感じました。
  •  3日 協議会生活支援部会議
  • 来年度の事業計画について話し合いをしました。
        バリアフリー点検
    都市計画課の人達と大牟田駅前広場の点字ブロックと段差を点検しました。今年度中に
    改造が終わる予定です。
  •  4日 事務局会議
  •     手芸
  •  5日 ケアマネ会議
  • Kさんのケアマネジメントの総括を行いました。
  •  8日 アンテナショップ会議
  • 新栄町商店街十日市への準備をしました。
    みんなでくるくる
    麻衣子さんの発案でみんなで100円くるくる寿司へ。
  • 10日 共同作業所連絡会仲間部会
  • 久冨さんが参加。筑後のわかたけ作業所で交流会がありました。少しお酒もでましたが、
    久冨さんはそれでは足りないので、焼酎を持ちこみました。ヒェー。
  • 11日 事務局会議
  •     手芸
  • 12日 施設ピアカン
  • 有松さんが行きました。相談者が多かったそうです。
  • 18日 事務局会議
  • お花見の打ち合わせを中心に話しが進みました。
  •    手芸
  • 25日 事務局会議
  • 自立マップ等について夜遅くまで会議が続きました。
        手芸
  • 27日 SOS花見
  • -編集後記-

      今年は桜の開花が早いとのこと。だからどうしたではありませんが、是非散る前に花見をと思い、27日となりました。本当 に早いのかよと、心配にもなりましたが、まぁなんとかなるでしょう。ヘルパー利用者の会の人も参加されるとのこと、いい 出会いがつくれればと思います。後は天気であることを願うのみ。

    2004年2月11日発行

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    -ノーステップバック-

      あたたかい冬だなと思っていたら、寒波到来で少し雪が降った1月も終わります。もっと雪が見たいなと阿蘇に行きました。圧倒的な 白い世界に囲まれると、不思議な感覚に襲われます。雪のパワーは人に再びの夢を降らせることができるかもしれないという気が・・・

    人はだれもタイムマシーンをもっている 過去へは記憶が未来へは夢が連れて行く
    じりじりと障害者福祉があとすざりをはじめています。
    2004年はここまでつくりあげてきた自立の文化をあとすざりさせないよう、みんな で夢をつないで、差別のない未来への歩みを。

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    -シネマで愛してウイニングパス-

    コートの上をエンパワメントする肉体が疾走する
    典型的な福祉系のシネマです。この手のシネマでは、私子供のときから山ほどいやな思いをしてきたので、多分トラウマになっていると思う のであります。健常者の思いこみの視点から作られ、健常者が感動して泣き、流した涙の分障害者に「おまえもがんばればできる」式 のお説教が行われる。あー。この単純な「がんばる」に呪縛されて、どれだけの障害者が自己否定を余儀なくされただろう。  恨みぶしはともかく、だが、しかし、であります。  このシネマは、典型的なストーリーにとらわれず、コートの中の障害者の肉体と、その躍動をこそ見て感じなければいけないのだと 思います。そいう風に見てみれば、トラウマを超えて、シネマとして見ることができそうであります。カメラワークがなかなか良いの です。美しいとさえ思うシーンがあります。その美しいシーンを生み出すには、美しい動きが存在します。障害をもつ肉体がぎりぎり までエンパワーメントされ疾走する。これはもはや、新しい肉体の文化と出会っているのではないかとさえ思えるのであります。  それは、格闘技のようであり、肉体の希望を紡ぐ祭りのようであります。深く激しく太鼓の音が今にも聞こえそうです。  コート以外のシーンはどうかというと。うーん、その時はポップコーンでもかじって、夢の世界へ・・・

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    -少女K-

       20年前、その人に初めて会ったとき、すでに60才を超えられてたと思う。何のために会い、どこであったのかも忘れている。だが、 その時の記憶の末端に一つだけ残っているものがある。よく少女が見せる恥じらいを含んだあの笑顔である。その人も、その時、その笑 顔で応えてくれたのだ。  その日以来、僕の中でその人は少女になった。  その少女は、昨年の暮れ、突然静かに眠る様に逝かれた。  20年のお付き合いをさせてもらい、お礼の言いようのないくらいに、お世話になった。どんな障害者に対しても、好奇心旺盛で、茶目っ気 のあるまなざしで接し、時に少女のまっすぐな倫理観のように、差別に対する怒りを隠されなかった。障害者に対するお付き合いは最後まで 変わることなく続けていただき、ほのぼのとした時間をつくれたことに心から感謝したいと思います。  お礼とご冥福を祈り失礼を省みず、友人として少女Kと呼ばせていただく。少女Kは好奇心と正義感をまっすぐに発揮し、女性を縛る呪縛 から自由な少女であったのだ。少しはにかみながら、「私には好きな男が3人いるのよ」が口癖だった少女K。
    人間という存在に惚れて生きぬいた永遠の少女、木村ケイ先生に心からのさよならを。合掌

    -さくら-

      今年のSOSの花見は、ヘルパー利用者の会と合同でやることが計画されているようだ。  色んな人との出会いや再会を目的にしているのだから、満開のさくらの樹の下で色んな人と出会えたら最高。  最近、若い男の歌手二人で二つの「さくら」を聞いた。いずれも落ちついた良い歌だ。メロディーの柔らかさは、時代をつくっている世代の  感性と感心する。  パソコン上ですべてが見れる社会がそこにあるけれど、やっぱりさくらの樹の下にいきたいなと思う。パソコンならマウスをクリックすれば いけるが、僕等が行けば介護が必要だ。介護者が汗をかくことになる。しかし、汗をかいた介護者と共に満開の樹を見上げたいなと思う。
    弥生春風君の汗/さくらの宵を招きたる
    ではみなさま、桜の樹の下で盃を挙げましょう。

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    地の果てにも物語は生まれる

    施設百話・・兄ちゃんもうちょっと生きてみるよ

      知的障害がある弟の達矢が施設から外泊で帰ると、兄は不機嫌になった。母は特に変わらなかったが、達矢が帰省した夜は、鯨の肉に変わり、 牛肉入りのカレーを作った。父は常に寡黙で食卓が華やぐ事は無かったが、達矢の立ち居振る舞い、時に家族を苛立たせ、和ませた。40年前 のあの夕餉の中で、自分はどんな顔をしていたのだろう。焼香が続く中で、機械的に頭を下げながら、私は記憶をたどっていた。  隣の部屋で、母の遺品の処理をめぐって女たちが低い声でやりあう声が聞こえた。弟の一挙一投足に眉をしかめる兄にうんざりさせられ、 弟に話しかけながらも、視線をまったく合わすことのない兄嫁にカンがさわり、たどる記憶の糸は切れ切れになった。 「美也子も達矢のことが心残りだろうにな」作蔵が酒臭い息をふき掛けて寄ってきた。母の嫌った叔父だった。 「あたしが逝く時は達也を連れて逝く」それが母の口癖だった。達也もいつしか「お母さんと一緒に逝く」といい始めるほどだった。 そしてそれは達矢のまじないのような言葉になったのだ。  何週間前になるのだろう。達也を含めた最後の夕餉の時、達也がいつもの調子で「お母さんと一緒に逝くもんね」といった時。母は食事を止め、 正座をし深々と達也におじぎをし言ったのだ。「達也さん、どうぞ一人で逝かしてください」皮肉も自嘲もなく、ひそやかになにものかが舞い 降りたような母の横顔を私は見た。  私も、弟を遠ざける兄を疎んじながら、兄嫁のように丁寧に達矢を疎んじていた。ある日、兄へのあてつけで、聞きたくもない達矢の話しを聞 いていた。話しに脈略などなく聞き流していたが、何度も何度も繰り返されるフレーズが私を捕らえた。「お兄ちゃんがいくつの時、お兄ちゃん が何年生のとき、お兄ちゃんがケガをした時、お兄ちゃんが、お兄ちゃんが・・・」。達矢の話しのすべての物差しに、私はなっていたのだ。私 は見られていた、達矢を恥じていた事を。私は思われていた、達也を遠ざけても。そう思えた瞬間。なにものかが私に舞い降りたのだ。翌日達也 と生まれて初めて町を歩いた。気付くと、私は達矢の手を引いていた。隣の部屋の声は、母の着物の所有をめぐって声が段々と大きく成りつつあ った。叔父は益々酒が進み、母の生前の生きかたへの皮肉っぽい物言いが強まった。  私は立ちあがった。達也を手招きすると、両手をぶらぶらさせながら寄ってきた。私は棺おけのふたを開けて言った。「達矢、母さんと一緒に 逝くんだろう、ここにはいれ、一緒に逝けるぞ」しばらく母の顔を眺めて、達也は言った。「兄ちゃん、もうちょっと生きてみるよ」私は笑った。 笑ったのにすーっと涙が流れた。母が死んで初めての涙だった。

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    -活動報告-

    1月
    • 6日 事務所オープン
    • 今年もよろしくということで、ささやかにウーロン茶で乾杯。今年の抱負など言い合って、2004年
      もやいがスタートしました。
      ケアマネ事務局
         通信発行に向けて打ち合わせを行いました。
    • 9日 施設ピアカン
    •    有松ゆが担当しました。
       事務局会議
      自立マップづくりのタイムスケジュールをつくりました。後は実行あるのみですが、なかなかね、計
      画通りにはねってとこです。しかし、作ってて面白いので頑張ります。
    • 10日 ケアマネ会議
    • 通信の原稿の最終打合わせをほっとかんで行いました。第2合になりますが、さらに充実した紙面づ
      くりになっています。
    • 13日 レークレーション第一弾
    • 2週間遅れの初詣に行ってまいりました。寒い寒い1日でありましたが、いい気分転換になりました。
      終了後、みんなで福岡の病院に入院中のCIL久留米の暴れん坊将軍、こと古川克介さんをお見舞い
      に行きました。
    • 19日 アンテナショップ会議
    • 20日 ケアマネ事務局会議
    • ピアカウンセリング学習会打ち合わせなどを行いました。学習会は、単なるスケジュール消化ではな
      く、継続して行くことを確認しました。
      また、障害者のKさんの介護保険移行に備えて、ケアマネジメントできるよう、シュミレーションを
      作る事としました。支援費もいずれ介護保険に組み込まれるという話しもあるので、これはKさんだ
      けという枠を超えて、障害者全体の課題になるので、しっかりと研究していきたいと思います。
    • 24日 SОS集会
    • Kさんのケアマネジメントの話しが中心となりました。
      2月

    • 8日 ピアカン学習会
          精神障害者を中心に行いました。
    • 10日 協議会運営員会
          今年初めての運営委員会でした。地域福祉のビデオを見たり、色んな報告がありました。
    • 14日 ピアカン学習会U
          地域障害者を中心に行いました。
    • 編集後記

        「自立マップで生活アップ」を合い言葉に、作製に取り組んでいる自立マップも、そろそろ仕上げの時期が近づいています。
       当事者の目線や実感に基づいた使い勝手のいい本に仕上げたいと思います。  「福祉マップ」「自立マップ」に続く第3段も考えていきたいなと思います。とりあえずはマップを完成させねば。

2003年12月18日発行

ページ1

-2004年を待ち受ける-

 せつなくなるくらい時の流れが速いと感じます。時は待たない、全然待ってくれない。「ひどい」と泣き崩れて もね。どうしょうもないしね。よし気持ちを切り換えて前向きに年をとって行こう。介護保険へのカウントダウ ンを始めよう。12月
今年一番のシーンは、もやいのレクレーションに初デビューの麻衣子さん。田主丸での巨峰狩りで一番輝いていたのは、葡萄でもなく、 秋の陽射しでもなく、雲一つもない空でもなく、君の笑顔でありました。

公園の前にある珍しい場所
色んな人が訪れる
ご機嫌な人 不機嫌な人 笑う人 怒る人 絡む人
色んな思いがやってくる
色んな課題がやってくる
何の力もないけれど
あーでもないこーでもないと
話して動いて又話して
気づいてみたら今年も終わり
小さなため息ひとつつき
2004年を待ちうける

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-復活!!SOSバンド-

SOSバンドCDで二千四年に・復活 SOSバンド遺言 二十世紀にグットバイ だから今夜はダンスパーティー 踊りあかそうぜ

  • ■収録曲/全10曲
  • ネオンサインはマイナス100℃ 詞:有松温之/曲:歩 利雄
  • 2ヵ月遅れの盆踊り 詞:曲/歩 利雄
  • 肩より高く頭を挙げて 詞:曲/歩 利雄
  • 空中SEX 詞:曲/歩 利雄
  • あの星の数だけ 詞:古賀佐和子/補作詞・曲:歩 利雄
  • 9月のブルース 詞:曲/歩 利雄
  • にやがんな 詞:曲/歩 利雄
  • ムーンエレジー 詞:曲/歩 利雄
  • 高級座布団 詞:曲/歩 利雄
  • タタミ一枚のベッドの青春は 詞:大場和正/曲:歩 利雄
  • 製作・編集SOSプランニング
  •  
  • 2004年販売/定価1000円(売上利益は障害者自立生活活動へ)

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-復活!!SOSバンド2-

十八年の時を越え ことのは達よ
差別が降ろうと 傘もささず 人へのあゆみを 止めることなかれ
1960年代後半
圧倒的な支配者文化のもと
隔離された障害者たちの中から
小さな闘いの狼煙が上がった
それは
船室を選ぶ自由ではなく
航路を選ぶ自由を求める
闘いの始まりだった
鳥は空へ人は地域へ
狼煙を見た全国の障害者の中から
闘う障害者が出始めた
ある者は施設を飛び出し
ある者は親がかりから飛び出し
ある者はデモを行い
ある者は抗議活動に没頭し
ある者は歌を歌った
闘う障害者は口には出さなかったが
大地の下の名もない多くの仲間の
はがいさを背負ったのだ
そして21世紀
そのはがいさの落とし前はついていない

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-今年一年本当にお疲れさまでした-

  みなさま今年一年本当にお疲れさまでした NPO法人SOSは本当に小さな法人で、障害者の自立に向けて、当事者の視線・視点から物事を組み立て、学 び直していくのですが、その動きはゆるやかで、頼りなく、細々と続いてきました。しかし20年やってきて思 うに、一定のスピードと成果を求める場所からはみ出した私たちが、またそのはみ出した場所で、スピードと成 果を求めても、つまらないし面白くもありません。最近スローライフなるものが語られます。よく私たちの生き かたに似ています。わたし達の存在そのものがスローライフだなと思います。社会的には、私たちのスローさを 変えろとも言われてきましたし、テンポが合わないので別の場所でやってくれとも言われてきたわけですけど、 ここのところ少し社会も成長して、一本調子のスピードではどうも潤いがないし、高齢化社会にも不似合だとい う雰囲気が満ちてきました。よくハード面にかぎってですが、ユニバーサルデザインという用語が使われます。 しかし、この用語にはもっと広くソフト面も含めた、ライフスタイルのデザインを意味します。もちろんその中 には、様々な人々のスピードとテンポがお互いを認め尊重し合うデザインも必要不可欠です。 こうして考えてみると、「君のスピードで僕のテンポで」を合言葉にしてきたわたし達の歩みも捨てたものでは ないと思えるから不思議です。 ともあれ、スローライフでの旅を続けられるのも、多くのみなさんのそれぞれのスピードとテンポでのご支援、 ご協力のお蔭です。本当にありがとうございます。また来年もよろしくお願いします。

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-2004年もみんなの力でGO-

自立マップ

 障害者の自立を進める社会資源の紹介を、分かりやすい形で紹介した小冊子を作成中。好評だった、「福祉マッ プ」の続編です。特に介護派遣事業所の情報は事業所にアンケートを敢行。当事者の視点から必要情報を絞り込み ます。15年度中に発行。

音楽CD

 SOSバンドの代表曲10曲の音楽CD。20年の時を越えて復活させます。SOSプランニングでは、さらに 新しい形での音楽と演劇と映像のコラボレーションを目指して遊んでいきたいと思います。「20世紀にグッド バイSOSバンド遺言」2月発売。

ARTカレンダー

 障害児の多様な作品。池田さんの絵。久冨さんの写真に続く第4弾は、現在検討中です。障害当事者の文化を表 現する小さなステージとして大切にしたいと思います。10月発売。

障害者研究

福祉の枠を越えた社会学としての障害学の学習をコツコツと続けて行きます。この基本を、ケアマネジメントや ピアサポートなど地域支援にいかしていきたいと思います。

コラボレーション

 ほっとかんという大きな場所ができたので、ここを中心に色んなネットワークができてくると思います。私達も 積極的に多くの人達と色んな事をやっていけるように頑張って行きたいと思います。

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-活動報告-

12月

  • 2日 ケアマネ会議
  • 4日 SOS会議
      新しい事業展開について、連続学習会を始めました。
  • 6日 共同作業所研修
  • 職員を派遣しました。
  • 7日 ケアマネ忘年会
  • 8日 アンテナショップ会議
  • 9日 障害者の日学習会
      当事者が語る夢や悩み第2弾がありました。
  •     ケアマネ会議
  • 11日 SOS会議
  •   施設ピアカウンセリング
     案浦さんがやりました。
  • 12日 住まいの街づくり忘年会
      担当の有松ゆが出席しました。住まいづくりの取り組みに拍手。
  • 16日 協議会運営委員会
  • 23日 SOS忘年会Vol.20
  • 24日 クリスマスイブ
      恒例となりましたクリスマスイブ。今年もやるよ。
  • 27日 大掃除/活動納め
  みんなみんな本当に今年1年お疲れさまでした。

編集後記

 ダイエーが日本一になったので、言うことがありませんが、来年は大丈夫かなと心配になります。選手がエンパ ワーメントできる状況を作ろうとしないフロントは止めて欲しいと思いますよね。現場で頑張る選手の皆さん、今 年はドームに応援に行きますので、気分一新。いいプレーを見せてくださいね。



2003年11月30日発行

ページ1

ヘルパー利用者の会

紅白オタクのわたくしは、けっこうこの時期、出場者が気にかかるのであります。出て欲しかった「女子十二楽房」 出場とのこと。よかったと思います。彼女たちの曲が年末聞けるのはうれしい限りです。願いが込められた曲が 多くて、これで年が越せそうであります。 11月

セルフヘルプグループ ヘルパー利用者の会
 ヘルパーを利用する当事者の会である「ヘルパー利用者の会」の忘年会が開かれた。長く長く続く「当事者のた めの組織」の都合による福祉から、「当事者の組織」による必要な福祉の展開へと変えていく歩みの一つだ。難 しい理屈は棚にあげて、とにかく盛りあがりました。協力いただいた介護者の人達にもお礼を言いたいと思いま す。今年もセルフならではの活動を、早くゆっくり進めていきますので、よろしくお願いします。

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忘年会情景

生きよ 我が歌より強く 常に痛む者の世界を 傍らに置き

普段歌わない人が歌ったりと、カラオケ大会は、ただそれだけで盛り上がったのであります。ゲームで景品がも らえなかった人は残念でしたが、そこそこに盛りあがりました。世の中に忘年会は山ほどあれど、自力で集まれ ない人々が集まる忘年会は、そのこと自体にすごく意味があるような気がします。少しでも楽しい時間が今日出 来てとても幸せな一日でした。

ページ3

お茶と写真

お茶
  気にはなってても、会議は長引き、お通夜に駆け付けた時は、9時を過ぎていた。お線香を上げお参りし、帰ろ うとした時、その人は静かに出てこられた。小柄なその人は大切な連れ合いを亡くされた哀しみをその身に沈め、 とても穏やかに、控えめに頭を下げられた。
時に人は、様々な出来事に翻弄されながらも、長い時の体積の中で、人を包みこむ大きさとやさしさを我がもの とする事があるが、その事自体を意識せず、誇らず、自然にさりげない佇まいを持つ人と、初めて出会ったと思 う。
その人は、連れ合いが加齢の為に、自己の世界にとらわれ、夜中であろうと大きな音を立て続けても、その騒ぎ が静まるのをじっと待ち、静寂が訪れた午前2時に、一杯のお茶を入れ「お父さんお茶にしましょうか」と向か い合われたという。
午前2時の静けさの中で、差し出されたお茶の湯気が昇り、何十年と苦楽を共にしてきたご夫婦が向かい合うシ ーンに、言葉はもはや必要なく、二人にだけ分かる安らぎの時が流れるのだ。
なんという美しく素敵な時間だろう。
斎場を後にしながら、僕は亡くなって10年になる父のことを考え始めていた。
写真
 様々な演説を聞いてきた。関心する講演にもいくつか出会ったことがある。しかし、本当に素直に自分の中に受 け入れられた講演の記憶はない。いつもそこには、ちいさな作為があり、誇りがあり、強さがあった。それが悪 いわけではないが、魚の小骨が引っかかる様に、ストンと胸に落ちないのだ。ところが、ストンと落ちる講演に 出会ってしまった。
その人は、淡々と喋られた。自分の願いも弱さも、同じように喋られた。そして何より、重度の重複障害当事者 の持つそれぞれの魅力を、穏やかに喋られた。これはなかなかできない事だ。これが出来るという事は、単に重 度の重複障害者の魅力に触れたから出来るのではない。きっと彼女の持つ魅力に、重度の重複障害者もまた触れ たのだ。触れ合ったものは相互に共鳴する。その時に、単なる知られざる世界をレポートするレポーターではな く、共に認め合った大切な友を紹介する一人の人になれたのではないか。そんな気がする。
その人は言った。この写真が私は一番好きです。
その写真は母親が、医師に禁止されながらも、命の終わりを迎えようとする我が子を最後にと抱きしめた写真だ。 不思議な事に表情のないはずの子が笑っていた。
その人は言葉で語れないものの存在を知り、写真を多用した。人である事にうぬぼれない人なのだと思う。その ことはとても大切で素敵なことなのだと思えた。

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活動報告

11月

  • 1日 サンアビ祭り
     けっこう続くよな。今年も販売に行ってきました。
  • 4日 ケアマネ事務局会議
     来年のピアカン学習会について話を詰めているところです。
  • 5日 協議会・生活支援部
     「当事者の発言第2弾」の取り組みについて大枠内容が決まりました。
    12月9日 の障害者の日におこないます。詳しくは「ほっとかん」に連絡してね。
    SOS・事務局会議
    自立MAPの編集会議が続いています。
  • 6日 手芸全体作業
     知的障害の人も参加してにぎわいました。
  • 11日 ケアマネ事務局会議
     来年のピアカン学習会について話を詰めているところです。
  • 13日 SOS事務局会議
     自立MAPの編集会議が続いています。
    協議会・生活支援部研修
     熊本は山鹿の「小規模多機能施設・いつでん・どこでん」を学んできました。
  • 15日 車椅子講習・大正小学校
     もやいからも参加しました。
  • 17日 アンテナショップ会議
     今後の展開を進めるために、具体的な方法をみんなで決めました。
    作業所や施 設で作られた作品を販売する専門の作業所づくりに向けてGOです。
  • 18日 ケアマネ事務局会議
     来年のピアカン学習会について話を詰めているところです。
  • 20日 SOS事務局会議
     自立MAPの編集会議が続いています。
  • 22日 ヘルパー利用者の会会議と忘年会
     最後は「バンザイ」で終了。いい感じです。
  • 25日 ケアマネ事務局会議
     来年のピアカン学習会について話を詰めているところです。
  • 27日 SOS事務局会議
     自立MAPの編集会議が続いています。事業所の紹介だけでなく、社会資源リスト
    も新たな形でバージョンアップ予定。完成した冊子で一人でも自立に向けた応援が出来ればよいなと思います。
  • 29日 SOSバンド録音。
    かつて、抗議文を出され、靴を投げつけられながらも時代を挑発しつづけた、
    SOSバンドの音程を外した歌声が、呼ばれもしないのに20年ぶりにCDになって帰って来ます。ムーンに続 く、
    SOSプランニングが送り出す「文化ゲリラ第2弾」発射であります。
  • 30日 SOSバンド録音
  • 編集後記

     今年はとてもすてきな女性2名に会えた月でした。一人はお通夜の席で、もう一人は講演会の席で。
    この世は、どんな場所でどんな人に会うのかまったく予想が出来ませんが、すてきな人と会えると、やっぱり人 生の幅広さを感じます。
    さてさて、もう一息がんばってみるか。

    2003年10月29日発行

    ページ1

    自立マップの作成がはじまります

     もう少しすれば、街もクリスマスの雰囲気が漂い出し、なんだかバタバタと2003年が過ぎてしまいそうです。 毎年この時期焦ります。なぜだか知りませんが、何となく焦ります。今年は落ちついてクリスマスをと思います が、23日が忘年会。また焦るよな。  10月
    自立MAP作製にGO 心に自立の種を蒔け
     もう何年前になるのでしょうか、障害者の自立に向けて、外出のための福祉マップを1年かけてつくり、多くの 障害者やその家族の方に利用してもらい好評でした。さてさて、その福祉マップに続く自立マップに向けた第2 弾「自立MAP」つくりが始まりました。
    相変わらずお金も人手もないのですが、じりつのためならエンヤコラでありまして、さまざまな社会資源や、介 護派遣事業所のわかりやすい紹介などを盛りこんだMAPを目指しています。当事者がほしい情報を当事者が選 択し、提供する「メイド・イン・当事者」方式です。
    なかなか大変ですが、大変さを楽しむのにも慣れていますので、できれば今年中に完成させようと思ってがんば っています。
    みなさまのご協力をお願いしたいと思います。
    よろしくお願いします。

    ページ2

    SOS忘年会のお知らせ

    2003年運命のルーレットは
    どんな出会いと
    別れを用意したのでしょうか
    ともあれ忘年会です
    夢は咲いたか自立はまだかいな
    とはじまったSOS忘年会
    今年も下記の要領でおこないます
    この忘年会はこれだけしか忘年会がない人が何人か来ます
    どうか多くの人に参加してもらい
    2003年の打ち上げを盛り上げてもらえればと思います
    なつかしい顔お待ちしています
    はじめての顔お待ちしています
    いつもの顔お待ちしています
    とき 12月23日(火)午後6時30分スタート
    ところ ホテルまるよし
    会費 大人4000円 夫婦ペア7000円 学生2000円 小中生 無料
    申込み 56-0115

    ページ3

    シネマで愛して−死ぬまでにやりたい10のこと−

    コンピューターは壊れ、胃は痛み、腰は軋み、あげくの果て今年はシネマをみてねえよ。あー、人は最悪の状況 の時こそ、その値打ちが試されるのだと、自己を鞭打ってテンションを高めようとしても無理。出るのはため息 と愚痴。こういう時って無理は禁物と言い聞かせ、週刊誌読んでると、記事の片隅にこのシネマの記事と写真が 載っておりました。何のことはない写真でありますが、目を奪われ、タイトルに気を奪われ、「感動を求めて泣 かせてっていう人には肩透かしの作品」という批判っぽい記事に心を奪われ、見たいと思ったのです。まだ見た 事のない作品を取り上げて申し訳ないのですが、とてもいいシネマの気配を感じるのであります。
    失業中の夫と2人の娘と暮らす平凡な女性アンは、ある日突然余命2カ月と告げられます。彼女はそんな告白を 受けた後、夜を徹して「死ぬまでにやりたい10のこと」を書き上げます。
    いいシーンです。本当にいいシーンになると思います。いいなこんな発想が出来て、うらやましい。
    アイデアはいいのに泣けねえよ。などとほざく感動帝国主義の官僚主義者には多分このシネマはもの足りないで しょうが、感動を演出する作為を捨てた真摯さが一つの気配を生み出す事もあるのであります。
    それにしても、「死ぬまでにやりたい10のこと」という言葉が静かに静かにわたくしの痛む胃の隣のハートに 沁みこんで、本当の自分に再会できそうな気がするから不思議であります。
    私の「10のこと」を自分なりに考えたいと思うのであります。まずその1は、もちろんこのシネマを見ること であります。うん、納得。

    ページ4

    差別の果てにも物語りは生まれる 施設百話その六 真夜中の忘年会

     真二郎さんは中途障害で、小さな頃から障碍者が多いこの施設では、少し煙たがられていました。気に食わない と職員にも文句を言いました。職員には逆らってはいけないと思いこんでいる他の障碍者には、そのこと自体が 怖くもあり、誰も真二郎さんには近づこうとしませんでした。
    真二郎さんは酒が好きでした。しかしこの施設では、酒が飲める曜日と時間と場所が決められていました。
    その事に不満だった真二郎さんは、近づく施設の忘年会の日は、一日中飲むぞと張り切りました。演歌が好きな ので、ギターの練習をし、本番で歌ってみんなを驚かせ、みんなと仲良くなるきっかけにしようと密かに思って いたのです。
    真二郎さんが待ちわびた当日、忘年会にはお酒が出ない事が分かりました。しかもお酒が飲める曜日でもないの で、この日一滴のお酒も飲めないことが分かりました。
    真二郎さんは職員室にお酒を出すように言いに行きました。「俺達は子どもじゃないぞ」真二郎さんが叫びまし た。若い職員が笑いながら言いました。
    「子どもじゃないから今すぐ施設を出て生きてみたらどうですか」
    「嫁さんに逃げられ、子どもも寄りつかんのにどうして暮らしますか」
    真二郎さんはもう何も言いませんでした。うなだれて部屋に帰り、ギターを窓の外に投げ捨てました。
    盛りあがらない忘年会も終わり、消灯の点呼も終わった後、布団をかぶっている真二郎さんの元に2、3人の障 害者が訪れ、呼び出しました。
    洗濯場の裏に出ると、10人位の障害者が集まっていました。真二郎さんは緊張しました。車椅子の陽平が言い ました。
    「真二郎さん本当の忘年会を今からしましょう」
    良く見ると、昼飯のおかずの残りや、忘年会の残りもののつまみが揃っていました。女性の障害者が作った手作 りの品もあります。
    「とにかく乾杯だ」
    陽平が言うと、真二郎さんにもコーラのビンが渡されました。飲んでみると、コークハイでした。2杯3杯飲む と、真二郎さんもみんなも顔が赤くなり、笑顔が出始めました。
    「なぜこんなことを」
    と真二郎さんが聞きかけると、言語障害のある義男が言いました。
    「今日職員室で真二郎さんが俺達って言ったのを聞いて、みんなで何となくこういうことをしょうって・・・」 忘年会は真夜中まで続きました。その間真二郎さんは歌を3曲歌い、小さな拍手を浴び、3度ほど涙を見せまし た。

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    活動報告

    10月

    • 1日 アンテナショップ会議
       担当の有松ゆが参加しました。
    • 2日 サンアビ会議
       11月の1〜2日の2日間の祭りの打ち合わせに久冨が参加。
         事務局会議
    • 3日 共同作業所連絡会本人部会
       クローバー春日であり、末藤・久冨が参加しました。
    • 4日 ほっとかんオープン
       全員で参加しました。
    • 7日 ケアマネ会議
    • 8日 共同作業所連絡会交流会
       筑後のわかたけであり、久冨が参加しました。
    • 9日 施設ピアカウンセリング
       案浦が行きました。
    • 10日 共同作業所連絡会と県の懇談会
       県庁に行ってきました。
    • 11日 ケアマネ通信会議
        次号の打ち合わせをしました。
    • 14日 ケアマネ会議
    • 19日 バザー 
      諏訪公園で恒例の「おもしか市」に今年も参加しました。
    • 20日 アンテナショップ会議
    • 23日 市民フォーラム
       ほっとかんで「人が真ん中の街づくり」というフォーラムがあり何人か参加してきま した。

    • 25日 いきいきふれあい祭りでバザー出店 
      協議会のほうで、障害者も健全者もともに歌おうということで、
      カラオケグランプリが開催され、りんどう学園の障碍児をはじめ、いっぱい参加があり、盛りあがりました。天
      気も良く、井筒屋前という街の真ん中で歌えたのはとても良かった気がします。日常的にすべての障害者が外に
      出れる日を早く実現したいものです。

    編集後記

      カラオケグランプリで境麻衣子さんが「運命のルーレット」を熱唱しましたが、聞きながら「運命」なるものに ついて思いが向かいました。
    秋ですね、ついつい「もの思う」時間が訪れるのでありました。いくつかの失恋も「運命」のせいにしとくか。 さてさてルーレットは回ってる。どこに玉は落ちつくのかな。

    2003年9月29日発行

    ページ1

    秋立ちぬ

    みなさまお元気ですか。変わった夏が終了。なんとか秋がやってきました。ARTの季節であります。ARTカ レンダーも販売。よろしくお願いしますね。もやい所属の協議会の「ほっとかん」もオープン。みんなの場所で す。みんなで楽しい場所にして行きましょうね。 9月
    秋立ちぬ
    ニーズにイエスの
    街づくり

    秋である。と確認しなくとも秋である。と決めつけなくとも秋である。
    秋立ちぬである。と確認しなくとも・・・しつこいからやめよう
    「ニーズにイエス」の街づくりに向け障害者総合相談ネットワークと自立マップづくりやケアマネジメント事業 に取り組んでいる。
    キーワードは「ニーズにイエス」当事者の望む生活の実現だ。
    当事者以外が作るニーズではない。
    本物のニーズ。これを志にしていざ、秋立ちぬ世界へGO。

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    アートカレンダー第3弾発売!

    ARTカレンダー第3弾販売開始
    二千四年は久冨宏二で楽しもう
    撮ロッキストが 撮る もうひとつの大牟田
    2001年 障害児の作品を使用したARTカレンダーきらめきキッズ発売
    2002年 重度障害者池田邦博が足で描くARTカレンダーマイライトフット発売
    2003年 障害者久冨宏二の写真を使用したARTカレンダー撮ロッキスト久冨宏二の正体発売
     久冨宏二 Hisatomi Khoji
    社会の決まり事と相性が合わない人がたまにいる。いやいたと言ったほうが正解かもしれないほど最近は見かけ ない。久冨宏二はそういう意味では稀有な存在なのだ。得意技は忘却。色んなことを忘れる。忘れたことさえ忘 れる。しかし借金は必ず返す。平日は仕事を平気で忘れる。しかし台風の日は一人でも出てくる。「一体なんな んだ」と思う。決まりごとに依存しすぎた僕たちの日常を一瞬だかき乱すトロッキストは、不思議にやさしい。 そしてたまに鋭い。
    彼の視線は何に向かっているのか、その手がかりのひとつがこのカレンダーである。
    ■1966年7月24日生まれ、重度の脳性小児麻痺、電動車椅子にて移動。願い施設経験を経て自立。独身。好きな 言葉「CP屋」
    ■定価/1000円
    ■販売/もやい・ほっとかん

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    恵愛まつりに出店

    9月15日・バザー賑わいました
    秋晴の中、恵愛園において、もやいのバザーを出してきました。秋の新作のビーズを中心に、ヘルパー利用者の 会の分も合わせて販売してきました。お手伝いしてくれたのは、誠修高校の学生さんお二人。真面目にそして元 気に手伝ってくれたのでありました。ありがとう。もやいのみんなを代表して心からお礼を言います。また手伝 って下さいね。参加した皆さんご苦労さまでした。/有松ゆ

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    マイ・ネーム・イズ・まい

     秋はブドウでしょう。ブドウは巨峰でしょう。巨峰は田主丸でしょう。という単純な3段論法で、もやいのレク レーションといて巨峰狩りに行って来ました。最近のもやいに毎日顔を見せてるまいさんも参加。暑い中巨峰狩 りに初挑戦。
    ブドウ畑の中、まいさんのさわやかな笑顔が輝いていたのであります。
    帰りには、田主丸養護学校の隣の耳納学園でトイレを拝借。田主丸養護学校出身の人達が張り切ったのでした。

    三万八千人のヘルパー充実の署名提出

     多くの方のご協力をいただいた、「ホームヘルプ・ガイドヘルプ充実の署名」2万8千人分が、協議会より提出 されました。ご協力いただいた皆様に心より御礼申し上げます。ありがとうございました。
    市の方は、この署名を重く受け止め、努力したいという返答がありました。今後の推移を見守りたいと思います。 また、もやいも提出していた「3障害統一要望書」もあわせて提出されました。福祉課だけでなく、色んな課に またがっているので、各課で検討してもらい、10月の半ば頃に、協議会との懇談会がもたれることになりまし た。
    署名や要望書に関する動きがあれば、この紙面できちんと報告して行きたいと思います。

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    差別の果てにも物語は生まれる-施設百話その五-一瞬の夏

     隣の空白のベッドは、なんだか場違いな空気を作り出していた。あと3日もすれば恒夫に代わる障害者が入所し、 いつもの空気に変わるのだ。そう、いつもの空気。深いあきらめの中の安定ってやつだ。怖いものは退所だけ。 恒夫はその空気を象徴する存在だった。
    ここには季節がなかった。心にそよ風が吹くこともなく、己れを焼き尽くす夏もなく、傷痕を包む秋もなく、明 日を思う冬もなく、訪れぬ季節は平板なひらひらした心だけを生産し続ける。
    恒夫はひらひらと行き抜いていた。人の悪口をバランスよく言いふらし、職員への告げ口はCIAの潜入捜査並 みに絶妙を極め、恒夫の位置は職員への覚えめでたく、入所生からは畏怖され万全だった。
    長い施設暮らしは恒夫の処世術に磨きをかけ、このまま施設でひらひらと一生を終えて行くのだと誰もが思って いた。いや、恒夫自身がそう確信していたはずだ。
    その恒夫が職員にナイフを向けた。職員の傷は大したことなかったが、権威を犯されたことに、また有りうべか らざる季節が訪れたことに管理者たちは怒り、そしてうろたえた。
    原因は隠され、恒夫はその日に家に帰され、翌日恒夫が最も恐れた退所が決定した。その夜、空白になったベッ ドを眺めていると、あの日の恒夫のまなざしが思い浮かんだ。
    コーラにウイスキーを入れ消灯後恒夫と喋っていると、恒夫は珍しく酔い、家に帰るくらいなら死んだほうがい いと吐き捨てた。そのフォーク歌手が「生きてるって言ってみろ」というフレーズを繰り返した。恒夫に言った。 俺たち生きてるかな。その時の恒夫の深いまなざしは、タブーに触れた者を諫める悲哀が感じられた。
    翌日から自分に対する職員の態度が変わった。恒夫のCIAが働いたのだとすぐ悟った。
    「あいつのことだから別の施設でまたCIAをやるのさ」
    向かいのベッドの男が言った。
    強い陽射しがベッドを突き刺して施設は死んだように静まり返っている。季節のない心を選んだ恒夫に、何故一 瞬の夏が訪れ、ナイフがきらめいたのだろう。
    3日後、新しい入所者が家族や職員と共にやってくる足音が聞こえてきた。ひらひらひらひらとそれは近づいて 来た。

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    活動報告

    9月

    • 2日 ケアマネ会議 
      ケアマネ編集会議に向けて話をしました。
    • 3日 生活支援部会議
       当事者が語る夢や悩みの第2弾をやろうということと、多機能な取り組みをしている
      と ころに研修しに行く事が決まりました。
    • 4日 アンテナショップ会議 
      販売のためのルールやレイアウトの方法について打ち合わせ。
    •    SOS事務局会議 
      障害者の日記念事業や自立MAPについて。
         手芸全体作業
    • 5日 共同作業所連絡会当事者部会
       クローバー春日であり、久冨・末藤・境が行きました。
    •    アンテナショップ会議 
      ルールをだいたい決めました。
    • 7日 ブドウ狩り 
      田主丸に巨峰狩りに行って来ました。初参加のマイちゃんを中心に楽しんできました。
    • 9日 ケアマネ会議 
      ピアカウンセラー養成講座のやり方について
    •    協議会運営委員会会議 
      ほっとかんオープン記念式典の話が中心でした。
    • 10日 ピア久留米訪問
       ピアカウンセラー養成講座の協力のお願いに行きました。
    • 11日 SOS事務局会議
       自立MAP用の書類の整備をしました。
    • 13日 ケアマネ通信編集会議
       10月発行の「はな通信」の大まかなレイアウトが完成。残りの原稿の打ち
      合 わせ等を行いました。
    • 15日 バザー出店
       恵愛園のお祭りに参加、けっこうビーズが売れました。
    • 16日 ケアマネ会議
       ピアカウンセラー養成講座の開催について話しました。
    • 18日 サンアビ会議
       久冨が参加しました。
    • 22日 SOS事務局会議
       障害者の日イベントについて。
    • 25日 SOS事務局会議
       自立MAP作成の打ち合わせをしました。
    • 27日 SOS集会 
      自立MAPについてや、ほっとかんのオープンイベントについて、今後の日程について打
      ち合わせや確認をしました。

    編集後記

     つい最近、自閉症の子を親が殺した裁判があり、執行猶予が確定しました。時代がどんなに変わっても、深いた め息をつかねばなりません。大阪では、緊急の集会が開かれたとのこと。誇大のヒルコの神話が思い出されます。 時代は2000年過ぎても、僕らの心のありようは、ヒルコを未だに引きずっているのかも。

    2003年9月4日発行

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    ジョンレノンにはなれないけれど平和をつくる思いをポケットに

    サッカーの東西戦を見た。そこには36歳になったキングカズがいた。オールJAPANに選ばれる事もなく、体 力の衰えの隠せないキングカズは、しかし誇りをもって夢中でサッカーを楽しんでいるように見えた。そしてゴ ールを決めた。グランドにピュアな風が吹いた。 8月
    ひたすらペダルを漕ぎ「ナガサキ」を目指すピースサイクルの人達の流す汗の量は膨大だ。汗は流れ落ち、大地 を濡らす。
    2003年夏。
    差別の果てに「イクサ」が存在する事を知った私たちは、ノーマライゼーションもまた「イクサ」の中から生ま れたことを知る事が出来た。その時から、平和と向き合えた。
    ジョンレノンにはなれないけれど平和をつくる思いをポケットに
    2003年4月春。築町のアフガンの障碍者支援ライブで「アフガンの夜空に」を歌ったストリートミュージシャ ン「キヨミ」はこの夏再び舞台に立ち、歌った。
    イクサを生み出す正体である差別をなくすために、ペダルを漕ぎ、ギターを弾き、そして平和への思いをポケッ トに入れる人々がいる限り、私たちは希望の尻尾を見失う事はない。
    そう思ったらセミが鳴いた。

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    ようこそもやいへ

    もやいを訪れた夏のお客さまの一人、筑後養護学校は高校2年生今村拓也君。筋ジストロフィーで場面完黙症。 養護学校の先生とお母さんと訪れてくれました。最後まで一言もしゃべらなかった卓也君でしたが、きっと何か を感じてくれたはず。
    私たちの取り組みが、少しでもこれからの卓也君の力になればと思います。又来てね。お待ちしてます。

    障害者福祉情報 ちょっといいニュース
    詳しいお問合せはヒューマンスクランブル「ほっとかん」へ
    電話57-7161
    担当/おおば
    ★NTTドコモの携帯の基本料金が半額に
    精神保健福祉手帳・療育手帳・身体障碍者手帳をもっている人で、NTTドコモの携帯電話をもってる人は、そ の基本料金が9月から半額になります。やった!しかも手続き簡単。やった!
    ★重度障碍者の代筆投票が可能に
    重度障碍者でも代筆投票が出来ませんでしたが、国会で法律が改正され可能になりました。
    来年から実施です。これでまたひとつ差別条項が廃止されました。やった!
    ★ITフレンド養成講座が大牟田で開催
    パソコンを習いたい重度の障碍者にパソコンの使い方を教えるボランティアを養成する講座です。障碍者も参加 でき無料です。10月後半から「ほっとかん」で開始。身体障碍者や視力障碍者対応のパソコンも導入します。
    やった!

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    残暑お見舞い申し上げます

    残暑お見舞い申し上げます
    みなさま方におかれましては
    お元気でお過ごしのことと思います
    さして暑くない夏が
    終わろうとしています
    ヘルパーの上限設定問題で始まった
    2003年も秋の気配
    時だけは正しく動いていきます
    そんな中僕らは
    自立と解放のネットワークづくりを
    あきらめもせずあせりもせず
    早くゆっくり進めています
    いつも色んな所から色んな形で
    応援していただくみなさま
    不安定な気象が続きます
    どうぞお体ご自愛下さい

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    障害学-フォビア/その3

    人はだれもタイムマシーンを持っている。過去には記憶が未来には夢が連れて行く。

    兄と外出するのは初めてだった。とてもうれしく、幼い私はわくわくしてホームに立っていた。どこかの子ども が、半ズボンから出た私の両足を覆う補装具を指し示し、少し騒いだことも、周囲の見て見ぬふりのまなざしも 気にならずにいた。
    電車の中は空いていた。横一列に伸びた座席に人影はまばらだった。真向かいに誰も座らなかったので、これで 景色が見やすいとまたうれしくなった。久留米の駅についたあと、次はどこに行き乗るのか兄にお聞こうと左を 向いたとき。兄はすぐ横にはおらず、3人分くらい離れたところにいた。
    やがて電車は動き出した。兄は私の方を向くこともなく、視線が合うこともなかった。
    その時の、何だかはぐれたような、遠ざけられたような感覚が今もどこかにある。その瞬間に、言葉や形で表す ことの出来ない空気を私は確かに吸った気がする。暑い夏がやってくるたびに思い出す。そこにドラマがあるわ けでもないのに不思議だと思う。小学校1年生がそんなことを思うのかと、疑われるかもしれないが、その瞬間 確かに、自分のあり様が分かったのだと思う。兄はとにかく私にはやさしすぎるくらいやさしくしてくれていた。 しかし、やさしい兄も、こういうところでは、私を恥じているのだ。そして恥じていることに恥じて、なおさら 私にやさしくしてくれるのだ。私は兄が恥じれば遠ざかり、恥じたことを恥じたときには、近づいてそのやさし さをもらえばいいんだ。
    今言葉にすればそういう事を悟っていたのだ。そしてその悟りは、何十年も私の奥底にあり、料理のかくし味の ように、時々生きるためのスキルとなって浮上してきた。
    たかが90センチ離れて座ったことくらいでといわれるが、兄はその時私が予感したように、久留米駅まで一言 もしゃべらず、視線を合わせず、乗り換えた電車でも同じことを繰り返したし、帰宅したその日は、いつもに増 して、私にやさしかった。
    私の物語を語ってもしょうがない。言いたいことは、ホームに剥き出しの補装具と松葉杖で私が現れた時に起き た、いや正確に言えば、いまそこにあった穏やかな空気が私の登場で変わる音がしたことと、90センチの距離 が取られた時に、私と兄に流れていた空気が一瞬にして変化したことだ。
    私はこの日の出来事の現場に44年ぶりに戻ってきた。それはそこに、私を縛ってきた、いや私を造ってきた正 体のかけらがあるからだ。
    人は心におきたフォビアの感情をその瞬間どう受け入れ、生きていくのか。そして、フォビアの感情ゲームの対 戦車に指定された者はどう応え、生きていくのか。そしてフォビアとは何か。知りたいと思う。
    踊る大捜査線ではないが、現場に証拠が残っているのではないか。

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    施設百話その4−MIYUKI

     次から次へと相手が変わった。あるときは松葉杖のケチな男だったり、車椅子のほらふきだったり、すぐに入所 者の女に手を出す小太りの職員だったりした。男がいても、新しい男の入所者には必ず手を出した。
    女たちは蛇蝎のごとくMIYUKIを嫌ったが、まるでゲームのように男を手玉にとるMIYUKIに、恨みもつら みも届くことはなかった。
    半年ほどするとゲームオーバーになって、次のゲームが始まる繰り返しに男たちも切れたが、MIYUKIは淡々 としていた。
    「つまんない男をわざわざ選んでほれてるみたいだね」
    そう言った僕の頭を、すーと睨んだMIYUKIの透明な視線が夏の朝を少し涼しくした。
    「つまんないけどさ、つまんないからもしかしたらって」
    そう言って少し笑った後矢を放った。放たれた矢は、小鳥の鳴き声を突き抜けて畳に張られた的の中心部に着地 した。
    車椅子の肘掛に座して、アーチェリーをするMIYUKIは寡黙で、立ち現われる過去を射る時の狩人に見える。
    「もしかしたらって言うと」
    「つまんないけど、もしかして、つまんないんじゃなかって思ってしまう」
    「じゃぁ、最初からつまんなくない奴に惚れればいいじゃん」
    「つまんない奴って、もしかしたらって思う」
    次の矢をつがえないから、MIYUKIはいらついたように吐き捨てた。 「何が、もしかしたらだよ」
    二本目の矢が放たれた。小鳥たちを威嚇するような勢いで飛翔したが、的を外れた。 「あんたには言ってもわかんない」 7時とはいえ、温度が上がってきていた。MIYUKIのかさついた唇に汗が吸い寄せられていた。夏に朝などな いのだ。
    「何で半年ごとに男変えるんだ」
    3本目の矢を放つ寸前のMIYUKIの目はもう的しかみていなかった。
    裏口の方から矢を引きずる音が聞こえた。退屈なアーチェリーの練習に人が集まりはじめていた。この矢が放た れたら、多分俺もゲームオーバーだ。矢が放たれた。俺はMIYUKIの顔を見た。
    的を得たのかどうか、表情からは窺い知れなかった。唇がぬれていた。

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    活動報告

    8月

    • 5日 実践交流会 生活支援部会 
      市同和研究推進協議会主催の実践交流会も7回目です。最近は障碍者関係の
      レポートが増えています。SOSからは有松ゆが司会で、協議会からは研究協力者として大場が参加しました。
    • 6日 ピースサイクル来も 平和をお願い鹿児島から長崎まで自転車で走るピースサイクルのみなさんが今年も
      もやいを訪れ、しばし休息をとられました。もう10年以上も続いています。炎天下本当にお疲れ様です。
      生活支援部
       有松ゆが参加。当事者主体を再確認し、12月に「当事者が語る夢や悩み」第2弾を開催する事が決まりました。
      また次回の部会には当事者部員以外の当事者にも参加してもらい、気楽な感じでお話しをする事となりました。
    • 7日 手芸作業
       手芸のメンバーで久しぶりにレクレーションをしました。
        アンテナショップ会議
        もやいは現在出店しているよらんかんをやめて、協議会のほっとかんだけに出店することになりました。障
      碍者の文化を感じさせるアートな作品を販売して行きたいと思います。
      事務局会議 
      ドリームハート博多の取り組みについて研究をしました。
    • 11日 ケアマネ会議
        ケアマネ通信の編集会議がほっとかんで行われました。通信の名前も「花」と決まりました。
      スマップの歌う「世界に一つだけの花」にこめられた想いにあやかったネーミングです。
      全員参加でそれぞれにこの想いを大事にし、ケアマネジメントの広がりを創り出して行きたいと思います。
      多くの方の応援をお願いします。
    • 12日 協議会運営委員会 
      ほっとかんでのITフレンド講習会の開催のお知らせとか、統一要望書の確認など
      が行われました。
    • 19日 サンアビ祭り実行委員会
        久冨が出席しました。11月の本番の打ち合わせ会議です。
    • 21日 手芸作業
        9月のバザーや、ほっとかん開店に向け新作作りに励みました。
    • 22日 事務局会議 
      障碍者の自立マップのアンケートの最終確認などをしました。
    • 23日 SOS集会 
      各取り組みや福祉情報の紹介、メンバーの近況などを話し合いました。
      共同作業所福岡県連絡会研修
        大牟田ハイツであったので、もやいとエンゼルと福祉作業所で協力して用意をし
      ました。

    編集後記

    涼しい夏でありました。どうした事でしょう。しかし、多くの方に「辻ひさしデザインTシャツ」を買ってもら いました。まだ売っていきますのでご希望の方はお電話下さい。10月からはいよいよARTカレンダー第3弾 を発売します。2004年をこのカレンダーと共に過ごして下さいね。

    2003年8月16日発行

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    夏の研修7.18/19報告(1)

     花火大会、そして大蛇山と大牟田の夏の始まりを楽しませてくれたでしょうか。いよいよ8月。セミもその命の 限りを尽くして夏を彩ります。ひと夏の青春、ひと夏の恋愛。人それぞれに夏だけの物語が音連れると思います。 体に気を付けてお過ごしくださいね。8月

    小規模多機能作業所キャンパスの風
     年に一度、元気な人や、取り組みをしているグループをたずねる研修をやっていますが、2003年の今年お邪魔 したのは鳥取県は米子市。CPの大羽さんが率いる小規模作業所「キャンパス」。遠すぎるぞと思いつつ車を走 らせる事8時間。たどり着いたキャンパスには、大羽さんの笑顔と、思いを持った素敵な取り組みが待っていて くれました。こじんまりとした2階建ての民家にはキャンパスだけでなく、「まちくら」という名(街で暮らす という志がこめられています)の社会福祉法人の事務所があり、精神障害者の自立の応援をやっていました。1 階にはキャンパスの隣の部屋に精神障害者の通所施設「しえすた」があります。お中元の売り込みにメンバーは 出払っていて、2、3人の方しかおられませんでした。トイレやキッチンは共有スペース。船体的に狭く感じま すが、思いがこもっているのでOK。何と言っても「まちくら」の四文字に嘘のない思いがこもっているのを感 じました。「まちくらが今手を上げて、3障害統合の支援事業をやろうとしています。そうなったら僕はケアマ ネージャーやろうと思っています」大羽さんの言葉にも嘘のない飾りのないストレートな思いがこもります。 小さな法人と小さな作業所の焦らず競わぬマイペースになんだかうれしくなりました。

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    夏の研修7.18/19報告(2)

    ゲゲゲの鬼太郎が迎えてくれたのでありました
     研修の翌朝、寝ぼけまなこでホテルのロビーのパンフを見ていたら、片隅にゲゲゲの鬼太郎のイラスト。それが 始まりでありました。近くの境港市に鬼太郎の記念館あり。「行くか」ってな乗りでいざ出発。鬼太郎の作者水 木しげるさんは、片腕をなくした障害当事者だよなと誰かが言う。ケアマネジメント講座で講演してもらった山 口大学の志村さんは障碍者差別の取り組みで漫画を研究する中で鬼太郎は全部読破したといってたよなと誰かが 続ける。鬼太郎にまつわるお話をしつつ到着。雨も上がり、長い商店街の鬼太郎ロードを満喫。記念館では時間 を忘れて見入ったのでありました。
    細長い商店街にはもうひとつの出会いがありました。なんとアンテナショップのお店が堂々と営業中。全員でお 店の中に入り、いろいろとお話を伺ったのであります。鳥取県全域の作業所などの連携と県の協力で県内に4カ 所のお店がオープン中とのこと。不思議なめぐり合わせに驚きつつお買い物。いろいろな製品があふれていまし た。
    最後に立ち寄った所は、なんと出雲大社。全員はじめての場所でありました、広い敷地を電動で走り回ったので した。
    マイペースで行く研修で、とても元気になる出会いと、楽しさを体験しました。

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    シネマで愛して- たそがれ清兵衛の決められたリズム

    シネマを見た後、しばらくして陽水のライブで主題歌「決められたリズム」を生で聞いたのでなんとなく取り上 げました。
    しかし、しかし、このシネマ唯一私が苦手とする山田洋次監督の作品でありまして、取り上げたものの、気が進 まないのでありました。じゃあやめればいいじゃん。正解。しかし、しかし、他にネタもなしということでお付 き合い下さいませ。
    ストーリーというよりコンセプトがついて行けないのであります。「雨上がる」という時代劇シネマを前に見ま したが、それと同じで、乱暴に言えば落ちぶれた冴えない男がすごすぎる人斬りの技を持っていて、その特異な 才能が社会の評価を得て、最後は男の状況を救うのであります。基本的にはこの2つのシネマは愛の物語なので すが。つまりその卓越した才能があるかどうかに集約されます。ここだよなと思います。このパターンが障害者 カテゴリーに適用されているよな。だから見てて息苦しいと感じてしまうのであります。「決められたリズム」 なのです。
    まあ、それはともかく、いいんです。真田広之と宮沢りえ。特にりえちゃん。男と女というより、人と人として ひたむきに思い合う姿勢、凛としたまなざしを演じる2人の美しさだけでこのシネマが存在してほしかったので あります。
    特異な才能を創り出し無理に状況を救わなくても、二人は充分救われていたのよ!なんで社会の評価が出しゃば るのよ!特異な才能を要求するのよ!と、思わずおすぎ風になってしまうのでありました。
    でも最近の日本シネマ、何故時代劇なのでありましょうか。まあともかくそれもよし、黒沢の呪縛からスコーン と抜け出した面白いシネマが出てくればいいのであります。でもそれがなかなか出てこないのが寂しいのであり ます。座頭市に期待しましょう。

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    障害学 フォビア/その2 嫌悪のジョーは、明日のジョーではないだろう

     普通、他人と向き合うとき、なんとなく私たちは自然に振舞う。なんとなく相手を理解し、相手にふさわしい態 度やまなざしや挨拶や、会話を交わす。私がそうであるように、また出会った他人も私と同じように対応してく れる。なんだかとても安全安心というか、予定調和的時間が流れる。そこに理解不能な時間は訪れない。私たち は、そのようなふるまいが出来るのは、大げさに言えば、同じ文化に裏打ちされたうまく生きるためのスキルを お互いが身につけているからだ。
    逆の言い方をする。たぶんそれは、いろんな違いを持つ他人が、いきなり私の世界に侵入し、私を脅かす理解で きない行動をとることを避ける自己防衛の装置なのだ。
    目の前に居る他人をどう理解するかは、心理ゲームではない。実際の普段の暮らしの中でお互いにどんな関係が 結べるかという、お互いの営みにかかわる問題だ。
    その他人を理解する世界に、突然理解不能な他人が現れる。うまく生きるためのスキルを使ってもうまく行かな い。それどころか、どうも文化そのものが違う。そうだ違う。相手の文化が理解できない。どうすればいいんだ ろう。
    そういう世界が出現したら、それは怖い。そう怖いのだと思う。関係の構築はその時吹っ飛ぶ。その次に来るの は、どうにかしなきゃという恐怖の除去だ。
    恐怖の除去が前提となって、恐怖を克服するさまざまなメカニズムが始動し始める。恐怖ではないと自分に言い 聞かせる。相手は弱いのだと見下してみる。可哀想なのだと保護してみせる。いや尊い存在なのだと見上げて見 せる等々、理解不能な極端な違いを持った人々の割合を規定して安心を作り出す作業が続いていく。文化が違う ということへの嫌悪の情がその営みを下支えしていくのだ。
    障害者への嫌悪の情は誰にもあるのではないかと思う。そう、障害者自身にも存在する。特に途中で障害を持った 人は自分自身の嫌悪の情が自分自身に降り注ぐように見える。
    よくこの嫌悪の情=障碍者フォビアを、生理的出来事として、又、心理的説明で了解しようとするインテリの人 たちが居る。実感のない人のもっともらしい理屈ほど信用できないものはない。それにまどわされれば差別の正 体は見えなくなる。見事な理屈はマジックのようにタネのない手を見せ付けるだけだ。タネのある手は、地味で 目立たない手の方にあるのだと思う。
    目立たない普段の暮らしのなかの実感から憎悪の情はみえてくるのではないか。
    そう例えば。次のように。
    小学生になる前、私は血のつながってない兄と西鉄電車に乗った。兄は大学生だった。西鉄電車は空いていた。 どこに行こうとしたのかも覚えていない。ただその電車の中で心に刻んだことがあった。(続く)

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    施設百話その三 弁慶 差別の果てにも物語りは生まれる

     その男は「弁慶」と呼ばれた。大柄な体は、その左腕と左足が失われていても、車椅子の上で右手を水平に広げ、 酒焼けのどす黒い顔でにらみつけられると、誰もが息を飲んだ。
    食堂や授産の仕事場と、寮をつなぐ廊下は、寮に向かって穏やかな坂になっており、屋根はあるものの左右の壁 はなく、開放的な空間は、風を通し、時には横殴りの雨も運んだ。その施設において一番人の行き交う廊下は、 京の五条大橋になぞらえられ、毎週決まって土曜日の夜に酒に酔い、突然人の前に立ちはだかり、行方をさえぎ る男は弁慶となった。
    退くようにいえば言うほど、弁慶はにらみをきかした。女たちの中には泣き出すものもいたし、威勢のいい男た ちの中には怒鳴り、殴りかかるものもいた。職員がやってきてそのたび混乱を収めはしたが、毎週土曜日必ず騒 ぎは起こった。
    強制退所にならなかったのは、普段はおとなしく、元大工の腕前をもって入所者の頼みごとに応じては壊れ物を 修理したからだ。修理の際のその男の横顔は、施設で見られることのないプロの真剣なまなざしが支配し、その 頼もしさと腕のよさは入所者のみならず、職員も一目置かざるを得なかった。
    「奥さんに逃げられたようだ」「元ヤクザらしい」「重度のアル中で入院させられるようだ」
    ジグソーパズルのように、噂や憶測の体積はその男の「人生の形」をつくり、男を迎え入れる物語はほぼ完成し たが、何故人の前に立ちはだかるのかというピースがなく、ジグソーパズルは完成することがなかった。
    「肝硬変でね。死ぬ前は全然酒は飲まなかったらしいけど、病院でも弁慶の役はやってたらしいよ。相変わらず 土曜日にね。」
    何度か男に殴りかかったYは、しんみりと言った。私が男のいた施設を出て15年が経っていた。
    一度だけ男が立ちはだかったことがあった。あの時視線が合った。なぜあの時私は恐れたのか。突き刺すような まなざしに私は躊躇した。いやたじろいだ。男は無言で問うのだ。その時、私はわれを捨てて問わねばならぬも のを持たないことを一瞬で悟った。
    「酒はほどほどにしないとな」
    Yはため息をついた。
    男は何を問うていたのだろう。言葉にならなかった問いは、最後のピースを探す男の旅ではなかったのか。Yが 電話を切った後、しばらくして私は弁慶と同じ年になっていることに気づいた。

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    活動報告

    7月

    • 1日 共同作業所会議 
    • 8月に大牟田で開催される、福岡県共同作業所連絡会の「職員研修会」の打ち合わせで
      大牟田で加盟しているもやいとエンゼルと福祉作業所3つの作業所で集まり会議をもちました。
    • 3日 SOS事務局会議
    •   研修についてなどを中心に話しました。
    • 4日 夏祭り会議
    • 案浦さんが代表して出席。総踊りの打ち合わせでした。
    • 5日 共同作業所連絡会本人部会会議
    • 春日野クローバーで開催され、久富さんと末藤さんが参加。久富さんが
      役員に選ばれました。本物の当事者中心を求めて行きたいと思います。
    • 6日 もえの会 
      案浦さんと有松由里子さんが参加。もえちゃんは元気そうでした。
    • 7日 アンテナショップ会議 
      障碍者協議会の事業所がオープンするのでその対応などについて。
    • 8日 ケアマネ事務局会議
        実行委員会や従事者会議に向けた話し合いをしました。
    • 9日 生活支援部会
        障碍者協議会の中の専門部会として立ち上がった「生活支援部会」副部長として中西チサ
      コさんそして有松由里子さんも部員として参加。ケアマネ事業もこの部会担当です。
    • 10日 共同作業所連絡会会議
        春日のクローバーでの研修がありました。職員を出席させました。
          SOS事務局会議
        障害当事者が利用者として介護派遣サービスを使いこなすための意識について学習しました。
    • 11日 ケアマネ実行委員会
        日本一のケアマネ事業をやって行こうと盛り上がりました。
    • 12日 ケアマネ従事者会議
        障碍者の自立を進める本物のソーシャルワークや共生を創り出すケアマネ通信を出
      して行こうということになりました。
    • 18日〜19日 研修
        詳しくは記事を読んでね。
    • 21日 ヘルパー利用者の会 
      より良い介護派遣に向けて当事者の視点から意見交換を行いました。
    • 22日 障害者協議会運営委員会 
      有松由里子さん出席
    • 25日〜26日 障害者協議会合宿
        研修1は「障害者実態調査」研修2「当事者の声」をリフレスおおむたで行い
      ました。

    編集後記
    陽水のライブを見た。なんだかとても不思議な心地のよさが訪れた。幻の名水のシャワーを浴びたようで気持ち いい。井上陶酔状態なのであります。特にオープニングの「傘がない」はヨイ。梅雨どきに聞いたのでさらにヨ イ。さのヨイ状態だ。有名人に弱いな。

    2003年7月23日発行

    ページ1

    製品づくり盛りだくさん

    オリジナルTシャツ、ART]はがき、ARTカレンダー、皆既月食映像版DVDの制作と、秋を前にARTな取 り組みが進みます。ビーズ製品も夏の新作づくりが・・・・。まあ楽しければいいか。     6月

    辻ひさしの 夏を着た サザンのメロディーが 寄せて来た

    共同作業所もやいオリジナル/障害者の自立活動支援TシャツVOL・X
    辻ひさしデザインART Tシャツ800円

    Tシャツの売上げの一部は、当事者を中心に大牟田で取り組まれている障害者の総合的自立支援「ケアマネジメ ント事業」に寄付されます。また今年のTシャツの素材は、デュプリーチ(吸湿速乾)機能加工を施した cotton100%で、汗をかいてもさらっと快適な優れもの!
    2003年の夏をもやいオリジナルTシャツでお楽しみ下さい。
           企画・NPO法人大牟田障害者応援センターSOSプランニング
           製作・販売/大牟田共同作業所もやい TEL/0944−56−9142

    ページ2

    ARTな秋を待ってられるか!

    もやいのオリジナルTシャツのデザインを描いた
    辻ひさしのART葉書 7・1販売

    障害者のARTよ
    アナログのメールとなって飛び回れ
    二千三年の夏は
    辻ひさしの暑中見舞いが
    キット
    元気を運ぶだろう
    5枚組3百円
    辻寿彩嗣●TUJI HISASHI
     2003年大牟田養護学校卒業。在学中はたびたび共同作業所もやいに実習で訪れ、有松温之と共にパソコンの 技術に磨きをかけ、現在その技術を生かして就職。合わせて車の免許も取得し社会人として活動中。パソコンを 使った趣味のグラフィック作品は、そのタイトルと色彩のユニークさで現在多くのファンを獲得中。
    皆既月食DVDとVHS販売
    2002年12月28日に大牟田文化会館で上演された、劇団ポリCラスト公演「皆既月食」を5台のカメラで追 い、最新の編集PCを使い映像化した「DVD・皆既月食」とVHS版が完成しました。20世紀中盤マハラバ 村から発せられた「母よ殺すな!」が、落とし前のつかなかった世紀を超えて21世紀に甦るストーリーは、浮 遊する言葉に魂が責任を持たない時代の正体を果たして捉えられたのか。DVDとVHSに封印されたストーリ ーを夏の夜、ひもといてもらえれば幸いです。
    7月1日販売
    DVD−VHS共に1000円

    ページ3

    障害者ケアマネジメント報告書完成

    昨年の10月からスタートした障害者ケアマネジメント施行事業がついに終了しました。その経過や課題や提案 をまとめた「報告書」も完成。なんと100ページを超える労作となりました。恐ろしいことに日本一を目指した 報告書作りは困難を極め、果てしのない議論が交わされたり、徹底したこだわりがあったりで、それなりのドラ マも生まれましたが、こうして完成してみると、日本一かどうかなどはどうでもよく、ベストを尽くした充実感 とみんなで苦労した仲間意識が、けっこう心地よく疲れた体に染み渡る気がします。ご協力頂いた皆さんに心か ら感謝したいと思います。
    補助事業のケアマネジメントはこれで終了ですが、補助がなくてもケアマネジメントを必要とする現実が目の前 にあるので、私たちのケアマネジメントは終わりません。ケアマネの技術は未熟でも、ケアマネジメントの終着 駅にあるセルフケアマネジメント目指して、今回の事業で出会った人たちの力を借りながら進んでいきたいと思い ます。

    雨の中の街頭署名1500人集まる

    署名です。しかも街頭です。久しぶりに身をさらしてのアクションでありまして、なんだか懐かしいモードなの です。少々声を嗄らして道行く人に訴えるというのは、気合が入ります。
    6月14日。100名を超える参加者がゆめタウン前に、松屋前に、グリーンベル前に、マルショク前に集合。一 斉に署名活動を展開しました。こんなに大人数での署名活動は初めてです。多くの人が歩みを止め署名をしてく れました。雨も、そして少々の寒さも乗り越えて、みんな一生懸命の活動でした。
    テーマは、障害者の生存にかかわるホームヘルプ・ガイドヘルプの上限設定と利用制限の見直しですが、それは 福祉の問題の枠を超えて、人権や雇用を守るこの街のありようを提案する作業となりました。参加者のみなさん 本当にお疲れさまでした。

    ページ4

    障害学 フォビア/その1

     大阪の障害者人権白書は、障害当事者の聞き書きで構成されていて、生々しい障害者差別の実態が報告されてい る。自分のライフヒストリーと重なる部分もあり、読み通すのが少しつらくなる。
    しかし、読み通した後に気づくのは、それぞれの事例を「偏見」としてくくり、この偏見を使用禁止にし、「使 用してはならないという正しい意識」を確立させることで完結しているということだ。
    そこには、差別=人権侵害という硬直した図式があって、表面的な解決が図られ、ひとはどのように差別をして いくのか、またどのような関係の中で差別があいまいにされていくのか、情緒的排除と、能力的排除とどのよう につながりあうのかなど、差別の正体に近づいていく道筋が遮断されている。
    そのことは、差別の正体を解読することから得られる人間関係をつくりかえていき、人々が真に共生できる地点 に向かう可能性を閉ざしているといえる。
    では、差別と向き合うとき、僕らはいったい何に向き合えばいいのだろうか。
    ここで前回の分も含めて少し整理をしたい。
    問題は、障害者差別を単に人権侵害とした整理し、それを生み出す偏見を「使用禁止」にする啓発を行うことで 一件落着するという社会的態度だ。さらに「使用禁止」によって差別は減ったという言説が定着する底の浅い社 会的文化のありようだ。
    そういった社会的態度と社会的文化の支配の中で、当事者の実感や、皮膚感覚が捉える差別は、あり得ないものと して扱われ、それぞれの心の奥底に沈められていく。
    「越えていけそれを越えていけそこを」「今はまだ人生を語らず」で、拓郎はしつこいくらいにこのフレーズを 繰り返した。拓郎が何を越えたかったのかは知らないが、障害学は明確に「ここを越える」ことなくて先には進 めない。
    障害者差別は二通りあるのではないか。一つは、非障害者が一見整然とした理論の元で(例えば・お困りでしょ うから施設を作りましょう)障害者を地域からあるいは自らの生活から切り離していくという差別(これはすで に当事者より優生思想批判。能力主義批判が重ねられ大きな成果が上がっている)
    そした、もう一つ、アンタッチャブルになっている部分。常識的な推論の中では説明できないような「情緒」か ら発生していると思える障害に対するあるいは障害者に対する「嫌悪の情」だ。
    この「嫌悪の情」を詳細に解読していかなければ、非障害者は障害者と日常的にお互いに一人の人間として出会 えないのではないか。出会いを巡るさまざまな常識を解体すること。差別した結果への批判ではなく、差別した 過程それ自体を解読していく必要がある。
    「嫌悪の情」障碍者フォビアの現象を具体的に解読していこう。  (続)

    ページ5

    シネマで愛してー 17才のカルテ

    タイトルって大事でもあります。いや、大事であります。「もっとつけようがあったでしょうに」とシネマを見 終わって思うのでした。
    それにしてもアンジェリーナ・ジョリーです。リサという精神障害をもつ役そのものも魅力的だったのですが、 存在感のある役者さんであります。トゥームレーダーでの派手なアクション振りを先に見てきたので、こん な役もこなせるんだと驚きました。女優ってすごいです。
    さてさてシネマの内容は、基本的にはあの名作「カッコーの巣の上で」の女性版と見えます。17歳の主人公ス ザンナは、ボーダーライン・ディスオーダー(境界型人格障害・自己のイメージや長期的な目標や価値観に自信 が持てない症状をいうらしい)で精神病院に入院し、同世代の病者の女性たちと出会い、自由と管理、裏切りと 信頼、異常と正常の境界線で自分が何者かを感じていくドラマなのです。
    思春期病棟の女性たちのセクシーさと好奇心は、いろいろ印象に残るシーンを作っていきます。笑えるし、泣け るし、驚けるし、考えさせられるのであります。やはり、当事者が書いた原作が本物の実感に裏打ちされている からでしょうか。
    シーンは95%は精神病院が舞台となれば、やはり古いシネマ「カッコー」とダブります。しかし、カッコーは 「自由と管理」をキーワードに有名なあのラストシーンを作ったのですが、このシネマのキーワードは「異常と 常識」ではないかと感じます。なにが異常で、なにが正常か。その境界線はどこにあるのか。主人公のスザンナ も、そしてリサやその仲間たちも存在を掛けて問いかけます。正常とは何か、異常とは何か、その基準とはなに か、そして私は誰か。問いを手放さない少女たちは異常と正常の境界線を、少女と大人の境界線上から見据えて いるようにも思えます。
    カッコーは不条理な社会にまなざしを向けたのでありますが、このシネマは不条理な価値観そのものにまなざし が向かうのでありました。
    聞くところによると、アンジェリーナ・ジョリーはインタビューに答え、自分が演じたリサを「私は異常とは 思わない」と言い放ったそうです。あっぱれです。益々魅力的に思えてくる彼女の新作が見たいなと思います。

    ページ6

    活動報告

    6月

  • 4日 署名活動協力要請
     ホーム・ガイドヘルプ充実の署名協力要請で各団体を回りました。
  • 5日 SOS事務局会議
     事務局会議は夜に開かれるようになりました。SOSの「夢は夜ひらく」のでし
    ょうか。
  • 7日 障害者協議会総会
     今年度から組織のあり方も変わり、全員参加型の仕組みに変わりました。
    いろんな人と力を合わせて、障害者の自立と解放を目指したいとあらためて思います。
  • 9日 アンテナショップ会議
     商品カタログも完成し、少しづつ動きが加速してきたアンテナショ
    ップの会議には、担当の有松ゆが出席しました。
  • 11日 ケアマネジメント事務局会議
     ケアマネ通信を出そうということで、みんなで話しました。
  • 12日 SOS事務局会議
     今週は特別にビデオ鑑賞。何のビデオかは内緒ですが、とても懐かしく拝
    見したのでした。
  • 14日 街頭署名
     100名を越える参加があり、市内4カ所で一斉に署名活動を展開しました。雨の
    中でしたが、この日1日で1500名分集まりました。参加者の皆さんお疲れ様でした。
    最終目標5万人まで道は遠いの ですが頑張りましょう。
  • 16日 協議会新栄町事務所ほっとかん仮オープンセレモニー
  •   協議会の事務所が完成しました。本格オープンは少し先ですが、2人の専従職員が
    常駐します。みんなの事務所なのでいっぱい障害者が来てくれる事務所にしましょう。
  • 17日 ケアマネジメント事務局会議
     ケアマネ通信や、新しい試行事業について話しました。

編集後記

  6月の活動の中心は署名活動。毎日訪問しては署名をお願いしたり、頼んでいた署名を回収したりと土曜日曜も なく、東奔西走の毎日でした。ケアマネも心をこめた100ページの報告書が完成。7月から新たな形でのケアマ ネ活動を開始します。
予算がない中でケアマネジメントに取り組んでいますが、ケアマネ通信を出そうと言うことになりました。切手 代を稼ぐためにもTシャツを売らねばと思います。なんだか暑い夏になりそうです。こんなときは吸湿速乾のも やいTシャツで乗り切ろう。では。

2003年6月20日発行

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5万人署名へGO!

 心を浮き立たせるように、百花繚乱の花が咲き乱れた季節から、心の奥底に響くベースのリズムのように、若葉 が瑞々しく寄せてくる季節に移り「息吹」という言葉を手の平に乗せてみるこの頃。しおかしいつのまにか梅雨 が目の前に。あー時の速さに呆然。
支援費制度開始を前にした12月末、厚生労働省はホームヘルパーの上限設定に向けて動き始めました。もちろん 障害当事者は無視され、動きは極秘に進められました。そのあまりにひどい裏切りに、厚生労働省の内部から障 害者団体にリークされ、さらにインターネット等を通じて情報は駆け巡り、全国の障害者が知ることとなり、障 害者の生存権を犯す暴挙に、かってない抗議活動が取り組まれました。そして、ついに厚生労働省は上限設定を 断念しました。だが、しかし。地方ではどうなっていくのかという不安が募りました。そしてその不安は、全国 的に現実となり、ホーム・ガイドの利用制限や上限設定が各地で推し進められています。そして私たちが住むこ の大牟田の街でもです。
ガイドヘルパーの利用者の3分の2にあたる人の利用者切り捨て。さらにホームヘルパーの上限設定が、障害当 事者に事前説明もなく決定されました。
大牟田障害者協議会と福祉課との間に数度の話し合いがもたれましたが、平行線に終わりました。
支援費制度になってもサービス低下はないと断言していた態度を変え、説明責任も果たさぬままでの問答無用の 施策推進は、許されものではありません。
会議では、5万人署名に取り組むこととなりました。私たちも全力を尽くしたいと思います。
市の今回のやり方は、今後の市政の進め方や、市政と市民の協働の街づくりの基本となる「信頼」を壊してしま います。この街がそんな街であってはなりません。そう思うとき、今回の問題は市民すべての問題となります。 障害の有無に関わらず、この街を思うすべての人に5万人署名への協力を呼びかけます。

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シネマで愛して- 〈海辺の家〉にみる歴史のもやい直し

 「アメリカ映画は、伝統的に母娘ものより父と息子のドラマの方が上手い」本当にそう思っちゃうのであります。 それにしてもめちゃくちゃな父親に、正しく反抗したまじめな不良息子。そこに生まれる一つのドラマ。うーん。 お涙頂戴の感動巨編にしては物足りない。などという声もありますが、ノージャンプ!とーんでもない。静かに 静かに胸に寄せてくる波のようなものの正体は何でありましょうか。見終えた後、ひたひたと己の過去を問う時 間が訪れたのでありました。
ある日突然、長年勤めていた建設事務所を解雇されたうえ、ガンで余命数カ月と宣告された父親は、残された時 間を手つかずにほおっておいた海辺の家を建て直そうと決意するのです。別れた妻に引き取られた息子はドラッ グに溺れた生活を送っているのですが、父親はその息子と家を建てることを人生の最終目標に思い定めます。 反抗する息子と再婚した妻。いろんな人が吸い寄せられるように、父親の「海辺の家」の建設に加わっていきま す。刻一刻と完成に近づく海辺の家。刻一刻と失われて行く命。どちらもひたひたと、始まりと終わりの波が打 ち寄せてくるのでありました。
立ち上がる家の前に、古い家を父親が壊すシーンがあります。いつしか息子も手伝い始めます。別れた妻もハン マーを振るい、古い家を、かって3人が暮らした家を壊すのです。
このシーン、忘れがたいシーンなのです。わがままな生き方を通し、妻に愛想をつかされ、息子に憎まれ、孤独 を抱きしめて生きてきた父親。ガンの発病で倒れ、入院。看護師から肌を触れられ、その久しぶりの肌のぬくも りに唖然とする父親。その瞬間父親は生まれ変わり出すのです。生まれ変わるために、今まで生きてきた歴史の 象徴である古い家を壊さねばならなかったのだと思います。生きてきた歴史を自分で作り直すために。家を壊し 更地にする必要があったのであります。更地の上に新しい歩みを踏み出す象徴として「海辺の家」が建てられて いくのでありました。涙が出ます。そして父親の有り様は息子も別れた妻も変えていくのです。父親が死んだ後 に家は完成します。父親が目指した思いは、息子に見事に受け継がれたのでしょうか。
どうぞラストシーンの建てられた海辺の家の行方を見届けてください。

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旧友フォーエバー

 バザー用品を提供してくれたみなさんありがとうございました。久留米のバザーは旧友フォーエバーでありました。 5月11日、久留米の福祉祭りのバザーに行って参りました。ケアマネの報告書作り居残り組に変わって、ここは とばかりに、組長の末藤伸也さんと久冨宏二さんの電動車椅子コンビが参加し、暑い中頑張りました。何はとも あれ、バザー用品を提供して下さった皆様方、本当にありがとうございました。おかげさまである程度の売り上 げを上げることが出来ました。
もやいのテントは、何故かいろんな懐かしい人が訪れてくれました。CIL久留米の皆さんをはじめ、売るのも手 伝ってもらい、楽しいバザーとなりました。
久留米の古川さんも稲益順さんも元気、大宰府の森田俊介君も元気でした。中山義人さんは少し元気がありませ んでした。楢木聖一さんは元気でした。
また、久留米の市会議員選挙に初挑戦して当選した藤林さんも来てくれました。精神障害者と共に進めてきた活 動の広がりの中での当選です。本当に心から拍手を送りたいと思います。
これからバザーの季節です。もやいも恒例のオリジナルTシャツやオリジナルカレンダーなどの製作を進めてい きたいと思いますし、ビーズ製品も新作の夏物の製品の試作を行いたいと思います。
売れようが売れまいが、心をこめたオリジナルを世に送り出していきたいと思います。
さてさて、又バザーの時は不用品の提供をお願いする事となります。その時はよろしくお願いします。

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障害学ー形ばかりの人権宣言と、やさしさばかりの福祉言説にさよなら

 ノーマライゼーションを誰もが口にし、心のバリアフリーが盛んに語られるようになりました。障害者をめぐる 問題は、自立を可能にするサービスの充実や、障害者を理解し共感できる心の育成という、福祉の世界の出来事 として固定され、普段の暮らしの中で、それが当たり前の常識となっています。
また、人権啓発の中においては、障害者差別は偏見に基づく対応が問題とされ、偏見を正す意識の変革が説かれ ます。
福祉はやさしく、人権は正しくという言説が満ち満ちている中で、やさしさ正しさに違和感を感じることがあり ます。そう「感じる」のです。実感というやつです。
この実感というやつがやっかいで、言葉に出来にくいのです。それが言葉に出来なくても、何故そう感じさせら れるのかは、解明しなければなりません。まさに差別のまなざしを実感した瞬間。自分の被差別の歴史一瞬にし て高速で巻き戻されるあの瞬間から逃れるには、それをせざるを得ないと思います。
福祉にしろ人権にしろ、障害者に対するイメージが偏ります。昔風の哀れみの対象としてのイメージは少なくな りました。今は、障害者の自立の意味が社会に広がるにつれ、自立を実現した「がんばる」「努力する」かっこ いい」障害者に象徴される、肯定的で積極的、明朗闊達な障害者イメージが流布されています。
問題なのは、そのことだけに焦点をあてて、イメージが刷りこまれていくと、そこに新たな偏見が生み出されて いくことがあることです。その偏見は、昔の差別とまったく違った表現を用意ながら、昔風の差別とまったく同 じ構造の差別のまなざしを作ります。こういった中にあって、実感する違和感や差別のまなざしに異議を唱える のは難しくなります。正しさとやさしさに異議をはさむ者は疎まれてしまうのです。
今の社会は、そんな障害者と非障害者の関係が基本となっています。しかし、このままでいいのでしょうか。 障害学の旅を続けたいと思います。
誤解があるといけないので言っておきます。人権啓発や福祉の在り様を無意味とは思いません。しかし、それら が引き起こす反作用として差別が隠されていくという事態が起きています。誤解を恐れずに言えば、差別の正体 を知ることから始まる物語が封印されていくのです。
おそらく、差別をする瞬間に差別する人の再生の瞬間があるのです。差別される瞬間に差別される人の再生の瞬 間があるのです。その貴重な瞬間の、いま、ここから、その現場に降りて行きたいと思います。しばらくのお付 き合いを。


ページ5

施設百話その三 -ルビーの指輪- 差別の果てにも物語りは生まれる

 T雄は、外出というものをしなかった。障害はそれほど重度でもなく、仕事もそこそこ出来、職員の覚えもめで たかった。しかし、ほとんど口をきかず、自己の世界に閉じこもるので、人からは嫌われた。金もほとんど使わ ず、年金の貯金額はよく噂になり、ケチ雄と呼ばれた。年に2回T雄は倒れた。てんかんだった。倒れるたびに T雄の性格は狷介になっていき、もうほとんど誰もT雄の笑顔を見ることはなくなった。T雄が施設に入所して 22年が経ち、T雄は不惑の年を迎えていた。
L子はその施設に来るボランティアの中では少し変わっていた。派手な衣装と化粧は職員の反感を買っていたが、 誰彼の区別なく、気安く声をかけ、入所生からは慕われていた。
L子はT雄にも声をかけたが、T雄が声を返すことはなかった。L子はそんなことには無頓着な様子で訪れるた びに声をかけた。何故か私とT雄の部屋は居心地がいいらしく、かっぱえびせんをポリポリと音を立てては私と オセロをした。勝てば笑い、負けても笑った。笑うと肩がゆれ、かなり大きな胸も揺れた。ひとしきりの幸せが 満ちてくる気がした。T雄が外出でもすればいいのにと何度も思ったが、T雄はつまらない顔でL子がいる間は 部屋を出ることは一度もなかった。
大学を卒業し、関西に就職が決まったL子がボランティア仲間と最後に挨拶に来た日、いつものように派手な衣 装でL子は私たちの部屋にやってきた。その時私に電話がかかり部屋を出て戻ってみると、珍しくT雄がいなか った。L子が初めて見せる真剣なまなざしで私を見た。
「指輪をもらっちゃった、もらえないというんだけど、彼泣いてて、言えなくてごめんなさい。あなたから返し て下さい」
L子の手のひらの指輪のきらめきにぼうぜんとしていると、廊下で誰かが叫んだ。走っていく職員の足音が私の 鼓動と重なったときT雄のてんかんの発作だと直感した。
あれからL子が現れることはなかったし、手紙が来ることもなかった。あの日きらめいた指輪をT雄に返せなか った。いつかと思いつつ2年が経っていた。T雄も相変わらずだった。ただ、一度だけT雄の笑顔を見た。流行 っている寺尾聡のルビーの指輪をTVで見ていたT雄が、笑った。いとおしそうな笑顔だった。もしかすると、 T雄は指輪を渡すことで恋を手に入れようとしたのではなく、失恋を手に入れようとしたのではないか。一瞬そ う思えた。


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活動報告

5月

     
  • 11日
     久留米ふれあい福祉バザー 3面を読んで下さいね。
  • 21日 障害者協議会企画・政策部
     協議会の体制がかなり変わる仕組みをみんなで話し合いました。また、署名も街頭署名の
    日時が決定しました。
  • 22日〜24日 NPO会計セミナー
     久留米で社会保険労務士の人が教えてくれる会計セミナーが開かれ、木下・大場が参加し
     て、3日間徹底的に勉強してまいりました。
  • 29日 障害学学習会
     ケアマネ事業のため停止中の障害学の学習会が帰ってきました。もやい新聞でも連載再開
     しました。少しでも人であることの真実に迫られたらと思いますし、「差異」に新たな意
     味を付与する障碍者の文化を引き出したいと思います。差別の本質、障碍者フォビアから
     まずはスタートです。興味のある人は4ページを見てね。
     よければ批判、反論、質問、意見等、ホームページで寄せてもらえればうれしゅうございます。

編集後記
半年を超えたケアマネ事業の報告書づくりに追われ、連休も吹っ飛んだ感じの5月ではありました。また、署名 活動も同時並行的にすすめていますのでもやいもバタバタとしています。ケアマネの報告書は100ページを超え るいい報告書が完成すると思います。多くの人の協力のおかげです。署名の方は6月いっぱい続きます。電動車 椅子で市内を駆け巡り署名を取りまくったり、介護ローテーションを組んで在宅訪問をしています。「お出かけ ですか」とレレレのおじさんに見送られて今日も署名とりに走り回ります。協力よろしくお願いいたします。そ れと、有松温之さんがこの1カ月近く自宅引きこもり的在宅勤務で制作にいそしんでおりました「皆既月食/ DVD」いよいよ完成いたしました。「有松ちゃん生きてたザンスか。シェー!忘れてたザンス。DVD売れないと は思うけど売るザンス」よろしくお願いいたします。

障害者協議会の拠点がもうすぐ新栄町に仮オープンします。本格オープンは秋になります。どんな事務所になる かではなく、するかという姿勢で、もやいも構成団体の一員として関わっていきたいと思います。言葉だけでは ない共生の文化を発信したいものです。

2003年5月19日発行

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「アフガンの障害者と子ども写真展」へのご協力本当にありがとうございました

中心商店街で、やさしい街づくりと平和を願うイベントが出来たことがとてもうれしいのであります。大牟田の 空とアフガンの空が繋がれた日、桜の花は満開で、若いストリートミュージシャンの歌声が響き、その瞬間、僕 らはたしかに人が真ん中の街にいると感じたのでありました。
「アフガン障害者と子ども写真展」へのご協力本当にありがとうございました。
写真展実行委員長 古庄 和秀
募金総額248,875円
多くの皆さんのご協力で、上記の金額が集まりました。ありがとうございました。全国的な募金も予算額集まり、 4月中にアフガンの障害者協会に車椅子と文房具を輸送致します。ご協力頂いたすべての個人・団体にお礼申し 上げます。

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哀しみを止める愛よ満ちてこいアフガンの夜空に

4月4日から6日までの3日間にわたって開催した「アフガンの障害者と子ども写真展」が終了しました。松屋、 築町・銀座商店街や新栄町商店街の皆さんを始め、多くの方のご協力を頂いたお蔭で、写真展を通して、アフガ ンの今の実情を理解してもらったり、車いすを贈るための募金をしてもらったりと、盛況のうちに終了すること が出来ました。紙上を借りて心からお礼申し上げます。
1枚の写真に切り取られた、撮る人の願いと、撮られる人の願いが共鳴した宇宙は、多くの人の足を釘づけにし ました。涙をぬぐう人。3日間連続で来てくれた家族。深いため息をつく人。手を合わせる人。訪れた人々の心 に、何かを伝えることができたことをうれしく思います。
大牟田発の、人を思い、街を思い、平和を思う写真展終了です。

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憎しみを止める星よ満ちてこいアフガンの夜空に

中心商店街に人を思い、街を思い、平和を思うメロディが満ちた日
マラソントークに、戦争体験を持った人の代表として登場した田中さん。
悲しい記憶がよみがえり、言葉にならず、泣き出されました。流された涙と、言葉にならない哀しみこそ、私たちが学び、引き受けなければいけないものなのかもしれません。 つらい記憶をたどってもらい、申し訳ない気がします。

そして、キュートなサウンドを披露する「四葉」の「心の旅」のカバーはなかなか。
築町商店街振興組合のフルーツの荒木さんの平和と街づくりのアピールは感動的でした。
「マウンテンゴリラ」の、命と平和の歌は、参加者の心を温かく包みました。

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人権を大切にする「人が真ん中」の街をつくっていこう。

 ヘルパー上限撤廃と、ガイドヘルパー利用者の切り捨てに反対し、安全・安心と賑わいの街づくりを進め るために、五万人の署名活動を進めよう。人権を大切にする「人が真ん中」の街をつくっていこう。
支援費制度への切り換えに乗じて、ホームヘルパーに上限を付け、さらにガイドヘルパー利用者を3分の2も切 り捨てようとしている市に対し、NPO法人大牟田障碍者協議会で反対の署名活動が始まります。私たちが求めて いるのは、最低限度のホームヘルパーの利用です。国はその利用に上限を求めてはいけないと言ってます。また、 ガイドヘルパー利用者も、外出が困難なものと認められるものは利用してよいし、補助金も支給しますと言って ます。国の言う通りにしてほしいと思います。ホームもガイドも、かかる費用の4分の3は国と県が負担します。 そのお金で雇用が生まれ、大牟田の街に賑わいが生まれています。最低限の暮らしと、重度化や2次障害を防ぐ 通院を難しくする市の方針には納得できません。事前の説明もなく問答無用のやり方は反省してほしいと思いま す。人が真ん中の街づくりに向けて、署名活動へのご協力をお願いします。

バザー用の不用品の提供をお願いします。
皆様には、いつもご迷惑をおかけしますが、5月11日に久留米にてバザーを出店します。つきましては、家で眠 っている使えるけど不用な品物があれば、提供していただければ助かります。
申し訳ありませんがよろしくお願いします。もやいに持ってきていただければ助かりますが、お電話いただけれ ば、取りに行きます。
電話/56−9142・もやい

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アフガン写真展 番外編 実況中継古舘風

 おっと、初司会の紀子さんと、初トークの子どもたち、しゃべる新鮮野菜の様であります。素朴な司会と素朴な トークは、心をあっためるホカロンであります。ファッションにご注目下さい。センスの良さが光ります。3人 ともしっかりと写真展を鑑賞して、心で受け止めて舞台に挑んでおります。さすがの心構えであります。
 おっと、花の受付であります。まるでショムニのお姉さんたちの20年後かと思わせる、ただならぬたたずまい であります。さすがのDPIのつわものスタッフ3名も神妙にしております。油断すると大阪ラプソディーを歌い だすと言われております。100戦練磨のアマゾネス、火の国女のど根性。福祉の金さん銀さんとも言われており ます。しかしながら、花の受付嬢2人。朝から夜まで頑張ったのであります。
 おっと、スマイル、スマイル、スマイルであります。植木等さんではありません。築町商店街は呉服店の岡本さ んであります。びしっとスーツで決めております。ロマンスグレーでかっこよく決まっております。笑う商店街 の柳生博状態であります。胸には真っ赤な「NO・WAR」のカードが光っております。平和のワンポイントであり ます。後方の古庄実行委員長の真っ赤なネクタイと連動して、街づくりと平和への願いを象徴しております。さ すがであります。

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活動報告

3月

  • 15日 SOS集会
     ヘルパー上限問題についてや、写真展や花見の打ち合わせの話を行いました。
  • 18日 福祉課と話し合い
     ヘルパー上限問題について話し合いをしましたが、平行線でした。ただ、事前
    の説 明責任を果たさなかった点については、非を認め福祉課が謝りました。
  • 20日 連絡調整会議打ち合わせ
     第2回連絡調整会議に向けて、精神支援センタ潮さんも入っての事前の打ち
    合わせをしました。
  • 24日 協議会事務局会議.第2回
     この事業も3月で終了なのですが、県も続けたいということですし、参加
    団体も同じ意見ですので、事業終了後もやっていくということになりました。
  • 25日 福祉課と話し合い
     ヘルパー上限問題はついに平行線で決裂しました。切り捨ては人権問題として本当
    に許せません。
    協議会理事会
     ヘルパー上限問題は、署名活動を行うこととなりました。そのほか、事務所開設や、
    ケアマネ事 業の推進等、15年度の事業案が承認されました。
  • 28日 写真展の件で記者クラブ訪問
     写真展の取材をお願いするために、記者クラブで主旨や日程について
    レクチャーしてきました。
  • 29日 ケアチーム会議
  • 30日 SOS花見
     60名を超える人が参加してくれました。今年の特徴は、ケアマネ事業で知り合った人達が参
    加してくれたことです。桜も満開で本当によかったです。
  • 4月

    • 1日 アフガン写真展スタッフ会議
       最終打ち合わせでした。松屋や商店街の全面協力がとても助かります。
    • 3日 アフガン写真展用意
       DPIより3名のスタッフが到着。写真展の陳列に追われました。松屋の会場だけで
      なく、商店街の中にも写真パネルを展示。いい雰囲気となりました。
    • 4.5.6日 アフガン障碍者と子ども写真展
       1.2.3面を読んでね。
    • 7日 福祉課と意見交換
       ヘルパー上限問題について、新しい部長・次長・課長と話しました。
    • 10日 協議会事務局会議
    • 12日 ケアマネリーダー+事務局会議
       事業の総括をかねて懇談会を行いました。

    編集後記
     4月は出会いと別れをつくり出す月であります。もやいに研修に来てくれた養護学校の辻君が就職が決まり、ス ーツを着て挨拶に来ました。見間違える彼の姿に、嬉しさがこみ上げてくるのでありました。しかし、多くの障 碍者が卒業後行き場がなくて、自宅に閉じこもらざるを得ない現実は続いています。気持ちを新たに哀しみを止 める活動を進めます。では、また来月。

    2003年4月20日発行

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    松屋にてアフガン写真展開催!

    三月弥生は花の時。一期一会の夢吹雪。何だか眠たい日が続きます。春の欠伸はのどかで、回りの者まで眠たく します。春眠暁を覚えず。さてさて、今年は桜は早いでしょうか。SOSの花見は4月3日。ぽかぽか日和の中で大き な欠伸を。 3月
    戦争が終わると
    その国の名を忘れることがある
    しかし戦争が終わった時
    その国では新たな
    戦争が始まっているのではないか
    1000万個の地雷
    物乞いをする移動のために
    車いすがいるのだと
    つぶやく人々そして子どもたち
    この国では何も終わっていない
    この国では何も始まっていない
    アフガニスタンより
    世界中の支援から外された
    障害者たちのSOSが発進された
    耳を澄ませてほしい
    募金活動 3/1〜4/6写真展4/4〜6・松屋6F催場 ご協力をお願いします
    ■募金活動を職場であるいはグループ内でやってやるという人ご連絡を。募金袋をお渡しします。写真展の会場 でも行いますので、当日でも募金できます。
    ■写真展への参加呼びかけをしてやるぞというかたご連絡を。ポスターとチラシ用意しています。
    ■文房具を提供するぞというかたは直接写真展会場におもちください。
    ■余分な空気入れを提供するぞというかたは直接写真展会場におもちください。

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    松屋にてアフガン写真展開催!(2)

    アフガニスタンの障害者と子ども写真展 入場無料
    アフガニスタンの障害者に車いすを贈ろう
    アフガニスタンの子どもに
    文房具を贈ろう
    2003年4月4日/金〜6日/日
    10:00〜18:30
    松屋6F催場
    募金はすべて支援に使用します
    主催/DPI(障害者インターナショナル)日本会議・AJU自立の家・愛の実行運動本部
    共催/NPO法人よかよかネットワーク・NPO法人福祉で人がよみがえる会・NPO法人おおむた障害者応援センター
    /大牟田市職員労働組合
    後援/外務省・JICA・日本財団・NHK厚生文化事業団・テレビ朝日福祉文化事業団。朝日新聞厚生文化事業団
    ・ AJU車いすセンター・中日新聞社会事業団・大牟田市・大牟田市教育委員会
    協力/松屋・築町商店街振興組合・NPO法人大牟田障害者協議会・ニュー株式会社

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    松屋にてアフガン写真展開催!(3)

    アフガニスタンの障碍者と子ども支援の
    写真展に協力をお願いします
    写真展実行委員長 古庄 和秀
     アフガニスタンの戦争は、多くの障害者を生み出して終了しましたが、戦争の忘れ物である地雷が全土に1000 万個もあり、1日10人の方が被害にあっていると言われています。今回、アフガニスタンの障害者協会からの支 援要請を受けて、車いすや文具を贈る活動を展開されてるDPIインターナショナル日本会議を始めとする団体と 協働で、アフガニスタン障害者とこども支援の写真展を開催することとなりました。
    私も車いすを使う障害当事者として、また、安全・安心の街づくりを進める一員として、今回の写真展実行委員 長を務めています。ノーマライゼーションが、戦争への深い反省から始まったように。障害者の人権を守ること や街づくりを進めること、そして平和を守ることは、すべてつながっていると思います。
    私たち若い世代はもちろん。子どもからお年寄りまで、多くの方のご来場をお待ちしています。どうぞよろしく お願いします。
    −大牟田市民の皆様へ−
      アフガニスタンの障害者協会より、支援要請を受け障害者スタッフが現地に行き、大勢の障害者と直接語り合い ました。昨年札幌で開催したDPI世界大会に、アフガニスタン障害者協会員2名を招待し、緊急アピールを受け ました。これを受けて、DPI日本会議も外務省の後援のもと、アフガニスタン障害者支援プロジェクトを立ち上 げ、朝日新聞映像センターの武田剛さんの協力を受け、「アフガニスタンの障害者と子ども写真展」を全国各地 で開催し、合わせて、募金活動を展開中です。アフガニスタンの障害者に車椅子300台と、子どもたちに文房具 を贈りたいと思っています。車いすを贈るだけでなく、車いすの修理工房を設立し、障害者の働く場もつくりた いと願ってます。毎回、大牟田市内の市民活動団体の皆さんが協働で募金活動と写真展の開催に取り組んで下さ ることとなりました。本当にありがとうございます。大牟田市民の皆様、どうど主旨をご理解の上、協力を心よ りお願い申し上げます。
    DPI日本会議議長 山田 昭義

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    ヘルパー利用者切り捨て緊急報告

    ヘルパー利用者切り捨て緊急報告
    4月から始まる支援費制度の用意で、今、障害当事者が福祉課を訪れ、新しいサービスへの切り換えを行っていま す。「支援費制度になっても従来受けていたサービスは下回らない」と大牟田市は言っていました。
    しかし、切 り換えの現場で、次々にガイドヘルパー利用者が切り捨てられています。
    またホームヘルパーやガイドヘルパーを 合わせた利用時間も、上限らしき数字が出され、切り捨てられています。市の職員の態度も横柄で、平気でプラ イバシーを侵し人権を侵す発言も飛び出しているようです。切り捨てられ、泣きながら相談する人も出てきてい ます。福祉課に緊急に状況説明を求め、3月1日に開催しましたが、「財政難」という一言で片付けられました。 又。支援事業で私たちを応援するハーツの予算も切り捨てられようとしています。
    1.障害者の生存権を犯す切り捨てなのに何の事前説明もない
    2.障害者に対して人権侵害と思える発言がある
    3. サービスは下回らないという最低限のルールを自ら犯した。
    4. 財政的には厚生労働省が調整金28億円を準備し不足した街には充填する事になっていることには触 れない
    5.ハーツは市が運営したら約4000万の仕事を1500万円でやっているのにデフレを理由に予算を切り捨 てる
    6.結果において障害者の生存権を守るヘルパーの働く場を奪う
    など、納得できない理由は山ほどあります。ノーマライゼーションの基本が犯されようとしています。人権がな いがしろにされた街に明日はあるのか、そのことを問うために、SOSも署名活動をスタートしたいと思います。 心ある人々のご協力をお願いします。

    ヘルパー利用者の切り捨て/ヘルパー利用時間の切り捨て/ハーツ予算の切り捨て

    3つの切り捨てを撤回させて 私たちは地域で生きていくことを宣言します。
    「私たちは」は、全ての障害者を意味します。そして、私たちは、私たちの一番近くで私たちの人権を守る仕事 をしているヘルパーの人達の人権を守るために彼ら、彼女らと共に3つの切り捨てと戦います。私たちの願いは、 市民としてこの街で生きていくために、私たちそれぞれが必要とするヘルパーの利用と、私たちの自立を支援す るハーツの正当な予算の確保という最低限の要求を実現することです。

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    活動報告

    2月

    • 5日 市長訪問
       協議会の理事長と事務局数人でリサイクルプラザの委託のお礼と報告に行きました。他に議長
      や関係当局を回りました。
    • 7日 協議会事務局会議
        障碍者雇用連絡会議
       大場が出席し、リサイクルプラザの状況を報告しました。
    • 8日 SOS集会
       アフガン写真展への取り組みを決めました。
    • 11日 SOS事務局会議
       花見の予定などについて話しました。
    • 13日 企画政策部会
       今後協議会でケアマネジメントに取り組んでいくことを提案しました。
    • 18日 松屋訪問
       アフガンの写真展の会場の件で松屋さんを訪問。気持ちよく6Fの催場を4日間無料で貸して
      もらえることとなりました。
    • 19日 ケアマネ事務局会議
       報告書策定に向けた打ち合わせが中心でした。
    • 24日 協議会事務局会議
    • 25日 SOS事務局会議
    • 28日 DPIより訪問
       アフガン写真展の打ち合わせで、名古屋のAJU自立の家より、障害当事者の方1名が来
      牟。
    • 3月

    • 1日 ヘルパー切り捨て緊急集会
       ガイドヘルパー利用者の大量切り捨ての動きに対し、行政に説明を求めま
      した。しかし、納得できません。抗議活動の用意が急がれます。
        ケアマネ全体会議
       3チームの報告レポートが発表されました。
    • 5日 議会傍聴
       SOSの大場最後の代表質問があり、ガイドヘルパー切り捨て問題も質問すると言うことで何人か
      で傍聴しました。
    • 6日 アフガン写真展協力依頼
       CIL久留米・柳川の宝箱を訪問、協力を願いしました。
    • 10日 議会事務局会議
      3年度活動方針や事業企画の素材作りを中心に話しました。
    • 11日 SOS事務局会議
       花見の介護手配についてなど。
    • 13日 協議会企画政策部会
       事業計画と予算案の提案を検討しました。

    編集後記
    最近中川透さんや月山さんが、もやいに来ます。お二人とも何だか生き生きされております。不思議なものでガ イドヘルパーの人も生き生きしているように思えます。切り捨てられようとしているヘルパーの時間数や利用資 格。絶対守らねばと強く思います。多くの障害者の協力と市民の応援もらって、戦いたいと思います。そして勝 ちたいと思います。

    2003年3月5日発行

    ページ1

    日比谷公園集会ー私たちは地域で生きたい!ー

    体内の脂肪を削り、手のひらの蜜をなめながら冬眠する熊たち、寒さの中でわずかな食物を求めさまようカモシ カたち。それぞれの冬を越す方法を選択した生き物たちの森は、生きかたの文化があふれている気がします。な んだか僕らは選択できない森にいる気がするな。
    2週の間闘いに僕らはとりあえず負けなかった。
    マイクを握った車椅子の女性が言った。
    すべての障害者が自立できる本物の勝利がほしい。
    マイクを握った知的障碍者が言った。
    僕は怒ってます。
    今回全国組織の4団体が初めて共闘を組んだ。
    その信頼関係は最後まで揺るがなかった。
    僕らは新しい勝利の方程式を手に入れたのかもしれない。

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    速報U!

    ヘルパー上限設定を阻止しました!
    一人ひとりの取り組みの成果です。

    ヘルパー利用の上限枠設定を強行しようという厚生労働省と、障害者の生存権を奪う暴挙だと反対する私たちと の、二週間にわたる激しい闘いは、全国の障害者の連携と信頼と協働で、最終決着が予想された二十八日の前日 に、実質撤回となりました。この結果はすぐ全国にメールなどで知らされ、二十八日に予定していた五千人の抗 議集会は中止となり、当日は五百人の報告集会が日比谷公園で行われました。
    1月25日新宿。午後2時からDPI日本会議の常任委員会に出席した。会議は夜の8時まで続いた。詳しい経過報 告と、状況報告の後、今後の見とおしや、粘り強い交渉で獲得すべき最低限の案を練り続けた。10日間以上の連 日の抗議活動で、全員くたくたのはずだが、最大の危機感を持って挑んでいる重度の障害者が多く、長時間の会 議にも関わらず、緊張の糸が切れずに熱い会議が続いた。
    1月26日新宿。午後10時より会議開始。昼過ぎ厚生労働省より、極秘で最終の交渉がしたいとの打診があり、 受ける事とした。代表に一任し送り出す。私たちが一歩も譲れない点は以下のとおりである。

    1. 上限枠の撤廃
    2. 障害者を入れた検討委員会を作り、ホームヘルパー制度や、切り捨てられる支援事業のあり様を検討してい くこと。
    3. 現在のホームヘルプサービスの量を低下させない事。


    そもそも、今回の問題で見えてきた厚生労働省の問題は3つに集約されます。
    1. 障害当事者を無視して方針を決めた

    2. 支援費制度の理念を自ら裏切った

    3. 自立生活の意義がわかってなかった

    ページ3

    速報U!(2)

    だから障碍当事者の人権を侵す方針をへっちゃらで出してきたわけです。
    1月27日。厚生労働省は私たちの3点の要求をのみ、障害者4団体も了承できたので、28日の5000人の抗議行 動は中止となった。その旨全国の団体に、メール等で連絡が行く。28日は、日比谷公園で「報告集会」を開催す る事となった。
    1月28日。日比谷公園。早朝より障害者が集まり始める。10時30分。参加者は500人を超えた。次々と団体の 代表がマイクを取りアピールがつづく。上限を付けさせなかった事やサービスの低下を防いだ事、みんなのネッ トワークで戦えた事を祝う熱い拍手が続いた。
    約2週間。重度の障害者にとっては、心身共にとてもきついたたかいでしたが、その結果
    ■上限の設定はしません
    ■現在受けているサービスは支援費になっても低下させません
    ■今後検討委員会を作り、障碍者団体も入って今後のヘルパー制度や支援費事業のあり方を決めていきます
    という取り決めがなされ、私たちの主張が通りました。しかし、今後またどんな形で方針転換がおこなわれるか もしれません。厚生労働省のの検討委員会でホームヘルパー制度と支援事業の充実策を求めて行きたいと思いま すし、同時に、大牟田においても、障碍当事者の協力と連携で、一人ひとりのニーズに応じた支給決定と、支援 事業のさらなる充実を求めて行きたいと思います。
    大牟田の報告集会開催
    2月1日に、今回の報告集会が開かれ、約80名の参加があり、市にホームヘルパーと支援事業の充実の 要望書を提出することとなりました。また、今回みんなで力を合わせで自立施策を推進させていくことを 確認しました。

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    シネマで愛して-禁じられた遊び-

     人の記憶と、とってつけたような女のやさしさは、何だか怪しいのであります。特に、記憶は確かに怪しい。古 い記憶ほど怪しい。今現在の自分に都合よく脚色されやすいのであります。
    あえて断っておくのは、40年前に見たシネマを語るからです。何故、40年前に見たシネマを語るからです。何 故、40年前のシネマかというと、パソコンを打ちながら、ラジオを聞いていたら、ナルシソイエペスのギターが 流れてきたからであります。その曲はこのシネマで流れた主題歌でありまして、パソコンを打つ手が止まったの でした。
    「ミッシエル!」「ママ!」
    ラストシーンで、少女が叫ぶ姿が鮮やかに甦ったのです。
    ストーリーの全部は思い出せないのです。たぶん、生まれて初めて見た外国のシネマでありまして、そのことに 興奮していたことを思い出します。
    戦争だったと思いますが、両親をなくした少女と、ミッシエルという名の男の子の物語でありました。
    何故か二人は、子犬の墓つくりに熱中し、教会から盗んだ十字架を立て続けます。それを知った大人たちは、「禁 じられた遊び」を許さず、二人は引き離され、ラストシーンへとつながります。
    何故二人は墓をつくり続けたのか、40年後に考えてみたのであります。
    好きな言葉じゃありませんが、多分どこかで自分の哀しみを癒す作業をしなければ生きていけなかったのだ。い や、哀しみそのものを埋葬していたのではなかったのか。などと想像が翼を拡げます。何故大人達はそれを許さ なかったのか。戦争で彼らの両親を奪ったのは、大人達ではなかったか。大人達は悲しみをつくり出し、そして 哀しみを癒すこと許さないのだ。ただひたすら悲しみが深まっていく不条理に、なすすべもない子供達。アー。 なぜか、戦争で傷つき傷害を負わされたアフガニスタンの子供たちの姿がダブります。彼らは禁じられた遊びを やってしまうのでしょうか。いや、大人たちはそれを許しているのでしょうか。
    52年前の古い古いシネマが、いろんな事を考えさせてくれるのであります。記憶はあやふやでも、製作者の思い は時を超え、鮮明に胸を直撃するのであります。
    シネマの持つ伝えるパワーを実感しつつ、いざ、ビデオ屋へ、あるかな。

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    緊急に介護ボランティアを募集しています!

     このたび母が病気のため入院となり、至急ボランティアを探すこととなりました。皆様のご協力をお願いしたい と思っております。この際、自立をして母を安心させてやりたいのです。
    中川透
    トオルとゆかいな仲間たち−愛の絆
    緊急に介護ボランティアを募集しています!
    ■ボランティアの時間 午後9時〜午後9時半
    (作業時間は10分くらいです。時間が余ったらお話ししましょう)
    ■介護内容 リモコンの設置・寝る支度・テレビタイマー・火の始末・消灯・以上です。
    ■一カ月にきてほしい回数 2回くらい
    ■来てほしい人 老若男女
    ■連絡先 もやい/56−9142
         ハーツ/59−0803
         自 宅/51−9450
    自宅の場合は毎朝8時〜9時・夜6時〜7時の間にお願いします。
    中川さんの「地域で生きたい」という思いを支援する輪を広げて行くために中川さんが作ったビラを掲載してい ます。是非ご協力をお願いします。

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    活動報告

    1月

    • 14日 障害者協議会
       リサイクルプラザの雇用の選考基準などについて話しました。
    • 15日 障害者協議会事務局会議
    • 18日 障害者協議会選考委員会
       障害者従業員の選考基準について話しました。
    • 21日 SOS事務局会議
    • 25日〜28日 DPI常任委員会
       ホームヘルパー上限設定への抗議活動への参加が中心になりました。報告を読
      んで下さいね。
    • 27日 ケアマネージメントリーダー会議
       3チームのリーダーと事務局で、現時点での様々な課題を出し合い
      ました。
    • 28日 ケアマネジメント実行委員会
       経過報告と、今回の事業終了後のことについて話しました。事業が終
      了しても、ケアマネジメントを続けて行くために、実行委員会として、障害者協議会に提案していこうというこ
      とになりました。
    • 29日 ケアマネ事務局会議
       30日の連絡調整会議に備えた打ち合わせ確認と、東京のヘルパー上限問題の報告
      がありました。
    • 30日 連絡調整会議
       様々な団体や、県と市も入っての会議です。ケアマネの中の課題の検討と、今後の社会
      資源の改善や開発等を行っていくつもりです。その第1回の会議でした。
    • 2月

      • 1日 ヘルパー上限問題の報告集会
         3ページを読んでね。
      • 福祉フォーラム おおば和正とふるしょう和秀の対談が行われ、100人を超す参加がありました。ギャグもいっ
        ぱい飛び出す面白いトークショウでした。でも、深いところには、差別への怒りがあり、人間への信頼があり、
        街づくりへの願いがあることがわかりました。選挙という名の反差別・共生のネットワークを広げて行く取り組
        みが始まりました。
      • 3日 リサイクルプラザ試運転
         長年の取り組みの結果、いよいよ委託事業のスタートです。雇用された障害者
        の人達を中心に成功させていきたいと思います。
      編集後記

       白梅を見ました。冬景色の中で見る白梅は、なにかはかないようでもあり、凛々しくもあり、地味な花なのに美 しくもあり、なかなかいいのです。雪と合うなあと思いました。春咲き誇る花もいいのですが、冬を彩る花たち も、味があるのですね。2月、白梅、細雪。恋しい人の横顔よ。などとロマンチズムが香ります。では、みなさ んロマンチックな2月を楽しんで下さいね。

2003年2月5日発行

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2003年の歯車が動き始める音が聞こえた

みなさん、どんなお正月を過ごされたでしょうか。4日は雪が降ったりと、お正月の雰囲気も出て、 よかったような気がします。不況は続き、戦争の匂いもしますが、時代状況はどうあれ、今年1年 健康に過ごせたらと思います。いざ、2003年へ。
1月11日
正月の外泊の最終日にあたるこの日
もやいの近くを通り
夕方灯がついているのを見かけたMさんは
自転車を漕ぎ自宅へ帰ると電話をかけた
今からもやいに来ていいですか
やって来たMさんは
ずいぶん痩せていた
「病院を脱出してきたよ」とお約束のギャグがうれしい
体中の骨を鳴らして見せたり
兄弟舟をアカペラで熱唱してくれたりと
一瞬
明日温泉に行ってそれから又病院たいと切り出した
一瞬
二つの一瞬が心に染みたとき
2003年の歯車が動き始める音が聞こえたのでした
2003年がスタートしました。本年もよろしくお願いいたします。また、多くの方から年賀状をい ただきありがとうございました。紙上をかりてお礼もうしあげます。今年も、「君のスピードで、 僕のテンポで」速くゆっくりやっていきたいと思います。
もやい新聞も、20年目となります。ここまできたら、面白くなくても、義理と人情で読んで下さ いね。そして、よかったら何か書いてもらえるとうれしいです。

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シネマで愛して-アイ・アム・サム-

 この手のシネマは、もう無条件にOK。しかも、全編ビートルズナンバーが流れるのでありますか ら、もう絶対OK。そのうえ、女の子の可憐さときたら、もう何がなんでもOK。ショーン・ペンの ダスティン・ホフマンを超えた演技、もうとにかくOK。知的当事者の絶妙の演技が笑わせそして ホロリとさせるのですから、もう完全にOK。
今年になって初めてのシネマは、アイ・アムイ・サムとなりました。内容はあまりわからず、知的 障碍者がでるシネマらしいという程度で、なんの予備知識もなく、見たのであります。知的障碍者 関係のシネマは、イギリスの「8日目」という、ダウンの当事者主演の、すごくいいシネマを見た のが最後で、2年前にこの欄に書いたのでありました。今回のシネマは、私も想像した事のないシ チュエーションです。7歳の知能しか持たないというサムドーゾンとその一人娘ルーシーの物語で あります。
二人のちょっぴり大変だけど、幸せな生活。そのまわりには、魅力的な人々がいます。しかし、成 長するルーシーは父の知能を抜く事に罪悪感をいだき、無意識に学習を避けるという、切なくて抱 きしめたくなる時がおとずれます。
お節介な社会は、この二人をほっとかないのであります。親子は福祉という名のもとに引き裂かれ ます。しかし、サムはたたかいはじめます。愛するルーシーと暮らすという、当たり前の夢に向か って。
やがて、かなりやり手の女性弁護士が現れてサムを助けるのですが・・・・・。
サムのセリフにグットきて、やり手の女性弁護士が虚勢をすてて、サムと抱き合うシーンにグット きてと、いちいち胸をつかれてしまいました。よく見てると、サムの存在がまわりの空気を少しず つ変えていくんです。
うまく言えませんが、不必要なものを心にまとい、その事に疲れた人の心を楽にさせる楽にさせる 空気。うん、よく分かりませんが、私たちはなにかしら余計なものをみにつけすぎたのかも知れな いという気になりました。
ルーシーを取り戻そうとするサムに、社会は、何が出来るかの証明を求めます。サムは戸惑い、立 ち尽くし、翻弄されます。しかしサムには誰にもできない事がただ一つあるのです。それが何かは シネマを見て自分で感じるしかありません。
見終わって、スターバックスのコーヒーを飲みたくなりました。

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ノーマライゼーションに逆行する介護の上限設定を廃案に

大変な事態を迎えました
正月明け、DPIのメールマガジンには目を疑い、本当に腹が立ちました。こんな怒りは久しぶりで す。
厚生労働省が、ヘルパー(ガイドも含む)利用時間に上限を求めるというのです。1日4時間です。 身体介護なら1日2時間です。もうめちゃくちゃです。障害者の生存権を犯すものです。
ヘルパーの上限を求めてはならないというのが、厚生労働省の今まで言ってきたことです。それを まもらない市町村に通達を出してきたのに、突然の裏切りです。厚生労働省の若手の官僚が、あま りにひどいとDPIに知らせてくれたので発覚しました。
1000人を超える緊急抗議活動
 1月16日には、DPIを始め4団体が中心になり、緊急の抗議活動が行われました。寒空の中、重度 の障碍当事者達を中心に、厚生労働省に押しかけました。
しかし、事態は最悪です。厚生労働省は、何とか誤魔化そうとするばっかりです。明らかに今回の 上限設定は、障害を持つ市民の市民生活の権利を剥奪する差別です。新障碍者基本計画でも、施設 偏重から地域生活への転換を明示しながら、その生命線である介護を切り捨てようとしています。 権利は与えられるものではない
 じっと待っていて与えられるものは、権利ではありません。それは施しと言います。施しは状況に より、取り戻されます。
権利は当事者がたたかい取るものです。たたかい取った権利は不変です。
やはり私たちは、相手が巨人であろうと、状況が不利であろうと、人であるためのたたかいの中で 不変の権利を手に入れねばなりません。
25,26日に東京に行きます。九州の仲間もバラバラですけど東京に向かいます。新しい情報がいれ ばまた報告します。
私たちは障害をもつ市民として介護の切り捨てとたたかいます

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ノーマライゼーションに逆行する支援事業補助金打ち切り

支援事業補助金打ち切りへ
 障害者の地域での自立を支援するための「市町村生活支援事業」と「障害児(者)地域療育等支援 事業」の補助金打ち切りが突然決定されました。
国は、来年度支援事業を拡大する方針でしたが、突然の方針転換です。
4月からは、支援費制度が始まり、障害者必要なサービスを選択することになり、支援事業が一番 必要な時を迎えるのに、当事者や関係者に情報も与えず、意見も聞かず、問答無用の突然の補助金 打ち切りは、納得がいきません。
支援事業の予算はどうなるのか
 補助金はなくなるので、結論として、各市町村が自由に決めていい事となります。予算を減らすも、 増やすも市町村次第となります。しかし、多くの市町村は財政が苦しいので、予算は減らされて行 く事になりますし、予定されていた支援事業の立ち上げが中止になったり、いまある支援事業が途 中でなくなることも起きてます。
補助を出すから、どこの市町村も支援事業始めてくださいと勧めておきながら、突然の打ち切りに、 全国どこの市町村も混乱しています。
一番困るのは障害者
 支援事業の予算が減らされれば、あるいは支援事業がなくなれば、本当の意味で困るのは私たち障 害当事者です。
このまま手をこまねいていては、予算が減らされて行きます。
予算は大牟田市が立てます。3月の議会で予算が通ればどうにもできません。
お隣の久留米市では、いちはやく来年度の支援事業の予算は減らさないと約束しました。大牟田市 ではどうなるか全くわかりません。
SOSとしてもケアマネジメントメンバーとしても、また大牟田市障害者協議会としても、支援費制 度を目前に、支援事業予算の減額はしない約束を行政に求めて行きたいと思います。
障害当事者の人権の確立に向け支援事業予算確保を要求しよう

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皆既月食エピソード

ノブ君が「何故、何故」って言うセリフがあるでしょう。あそこで涙が出て止まらんとよ、 それにハイジの沖中さんよかった。(小森君と沖中さんをよく知るHさん)

ハイジが出てくるときマトリックスみたいだった。(市職員Mさん)

いやーよかったですよ劇「快気祝い」(Kさん。皆既月食といってほしかった)

お疲れさまでした。(そう言うとHさん劇終了後フロアにいたスタッフ全員に対して一人で心のこ もった拍手をされた。とても感動的シーンでした)

カーテンコールで初めて泉田君がJ鈴木だったとわかってびっくりしました。(泉田君の友人 の方々)

この劇はあの後どうなるんですか。(多くの人々から問われました)

懐かしいね泣いたよあのフイルムのシーンと障碍者たちの投げつけるセリフに。(障害当事者 のFさん)

この2日間本当に楽しかったな。(カメラ担当で協力してもらった教師のMさん)

こういう形で参加できてとても楽しかったです。(コーラスの一員Kさん)

劇が終わって幕が閉まって煙の中のみんなの顔を見たらすごくみんないい顔をしてましたね。 (J鈴木の役をしたIさん)

あの踊り子すごく上手ですね誰ですか。(Eさん)

みなさんに笑ってもらえたシーンがとても嬉しかったな。(ハイジ役のOさん)

重たい宿題を持って帰ります。(ジプシーローズを歌ったUさん)

最後に僕の名前を言うのを忘れただろう。(ANNNOURA役のIさん。ほんとにごめんなさい)

ムーンよりわかりやすかった。(三橋のTさん)

刑事役の人が面白かった。(中学生のNさん)

前回見ていないけれど、それでもストーリーはよくわかりました。とてもかっこいいシーン が多くて、特にローズの赤い靴や赤いバラがきれいでした。(Pさんのメール)

なぜこれが最終公演なんですか、次の作品見たいです。(2作品を見たDさん)正直言って内 容はよく分からなかったんです。でも、残るんですよね、劇の中のなんてことない一言がで すね。不思議ですね。「おまえを行かせねいように雪が降るんだ」とかですね。(大学生のW さん)

音声ガイドはよく聞こえました。ありがたかったですよ。(視力障害者のRさん)

あっという間に時間が過ぎてしまい、もう少し見たかったと思いました。舞台の背景がない 芝居は初めて見ましたけど、情景が浮かんでくるんですよね。こういう劇もあるんだと思い ましたし、ラストの銃声のあとどうなったのか自分なりに考えてて、ふと思いましたけど、 こういう形で私も劇に参加してるんだって。ちょっとおおげさですけど。(女子大生のQさん) 何度も練習を見てきて本番を見たら、練習の時とみんな全然違って、びっくりしました。人 間が最後の最後に出す力ってすごいですね。(スタッフZさん)

暗い劇でした。意味もよくわからん。(中学生のEさん)

お疲れさまでした。どうしても書かねばおさまらない物語だったのだと思います。その思い ひしひしと伝わりました。(柳川のKさん)

劇を5台のカメラで追ったDVDの皆既月食を楽しみにしてます。(スタッフJ)

皆既月食上演にご協力いただいたすべての皆さんと、当日見に来てくれたすべての皆さんに、 心より感謝いたします。          劇団ポリC一同

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活動報告

12月

  • 1日 ケアマネモデル説明会 
    モデルになってもらった皆さんに、事業の詳しい説明を行いました。
  • 5日 ケアマネ演習ロールプレイ
    事務局全員でケアマネ演習本番に備えた演習を実践してみました。
    本格的にケアプランも立てたので、とてもいい参考になったと思います。
  • 8日 ふれあい福祉祭り
    寒い中バザーを出しました。
  • 劇・合同練習
    コーラス隊や、簡単な照明を入れてのリハーサルをやりました。
  • 14日 ケアマネ練習本番
    とてもいい講師にも恵まれて、なかなかいい演習が実践できました。
  • 21日 ケアマネとモデルの懇談会
     ケアマネ従事者とモデルの顔合わせを行いました。この後、モデルの
    希望するケアマネ従事者の希望を聞き、それに沿って組み合わせを作りました。
  • 22日 SOS忘年会
     劇の取り組みで、用意にあまり時間が取れずに申し訳なかったのですが、それでも
    100名近い人に参加してもらい盛り上がりました。久留米の古川さんの「旅の宿」や、
    りんどうの園長北野さんのフィンガーファイブの歌、石橋県議の神田川や古庄君の歌、
    また、なつかしい見田村さんや松山さんなどの歌も聞けて最高でした。
  • 24日 一人ぼっちのクリスマスを迎えた人中心のささやかなクリスマス会
  • 25日 障害者協議会企画製作部会と忘年会
  • 27日 劇・リハーサル
     全スタッフも集合し文化会館の舞台での入念なリハーサルをしました。
  • 28日 皆既月食上演
     年末の忙しい中、やく350名の方に見に来ていただきました。3年間かけ
    た「劇団ポリC」としての活動は終了です。協力いただいた方ほんとうにありがとう。
    また、別の形で何かやりましょうね。その時は一緒に遊んでね。
  • 29日 活動納め
     劇やカレンダー作成、協議会活動、DPI加入、NPO法人取得、ケアマネの取り組みなど、
    何かとにぎやかな1年でした。
  • 1月

  • 6日〜10日 ケアマネ事務局連続学習会
     モデル事業に備えて気合を入れて出発です。
  • 7日 活動開始
     さやかにウーロン茶で乾杯。今年もみんなで力を合わせていこう。
  • 11日 坂梨さんのお母さんよりぜんざいの差し入れ
     ありがとうございました。
    第1回ケアマネ全体会議
     ケアマネージャー14名全員参加の会議を開き、3チームの編成と、そ
    れぞれにリーダーを決めました。これからは、ケア会議、ケア全体会議、
    リーダー会議などを通じて情報を共有し、課題をみんなで解決していきたいと思います。
  • 編集後記
     紅白の中島みゆき、歌詞を間違えてもかっこよかったぞ。女性のトリの石川さゆり、最後の顔は怖 かったぞ、あれじゃ石川さそりだ。小林幸子、とにかくおつかれさん。アムロナミエ、何を怒って たんだ。中森明菜、懐かしかったぞ、しかしどうせなら少女Aが聞きたかったぞ。若いミュージシ ャンの諸君、みんな名前を知らないぞ。などとぶつぶつ言いつつ年を越しました。

2002年12月5日発行

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-ケアマネ養成講座終了。いざ、モデル事業発信!-

 冬です。凛とした風が吹いていきます。好きな季節ではあるのですが体にはきついので苦手な季節でもあるし、 なんだか不思議な季節なのです。心と体の意見が違うとけっこうやっかいですよね。
さてさて、みなさま風邪だけは気をつけて。

 11月4日から始まった「ケアマネ養成講座」は、定員をはるかに超える募集があり熱気の中4回に及ぶ質の高い講 座が11月24日に終了しました。
 当事者を中心とした講師陣もアンケートの結果によれば、反響はよく追加の資料料などもあり事務局も嬉しい 悲鳴を上げたのでした。100名の参加者のみなさんも、本当に熱心で頭が下がりました。
事務局の不手際もあり、いろいろご迷惑もおかけしましたが無事終了いたしました。各方面でご支援頂いた個人 ・団体のみなさんに心より御礼申し上げます。
この熱を今から始まるモデル事業につなげ、本当の意味で障害当事者の立場に立ったケアマネジメントをやりた いと思います。さらに、来年3月でこの事業が終了しても、何らかの形でこの事業の成果を引き継ぎ、障害者のケ アマネジメントがやれるようにしていきたいと、事務局では学習会をしていこうと思っています。
 多くのみなさんのご支援をお願いします。
                                ケアマネ事務局一同

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-開演のベルが鳴る前に-

 ひとつの物語が生まれたとき、「それは誰が書いたのか」という問いには意味がありません。「物語がそこにある」 だけです。生まれた物語に命を吹き込むのは表現者です。しかし、「誰が演じるのか」という間にも意味がありま せん。「どのように演じられるのか」が大切なだけです。
 桜が咲く頃に始めた「皆既月食」の練習も、いつの間にか時を重ね、はや紅葉も散り尽くしていつの間にか町は クリスマスの用意にいそしんでいます。2000年の1月に生まれた物語は、その長さ故に前編として「ムーン」という 名で2000年12月に上演され、今年は後半としての「皆既月食」が取り組まれ、まもなく上演されます。
 物語の誕生から3年。今ゴール目前です。全くの素人集団である劇団ポリCは、素人であるゆえに何の制約も受 けずに自由に劇を作ってきました。関わってくれたメンバーも物語を表現するために、さまざまな困難を乗り越 えてきました。そして最終公演まであと1ヶ月を切りました。
 何度も何度もくり返されるセリフの練習や音合わせ。くり返されるたびに少しづつ物語に寄せる心の温度が上 がっていきます。それはせつなくなるくらい地味な作業なのです。しかし、上昇する温度は開演のベルが鳴り響 く時、舞台にはもう誰も知らない物語の住民しかいないのです。劇団ポリCの世界へようこそ

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-ブルースが泣き レゲエが叫ぶとき 皆既月食がはじまる-

ブルースが泣き レゲエが叫ぶとき 皆既月食がはじまる
ローズ、俺たち二人の 東京オリンピックをやるんだよ
 刑期を終え、帰って来たハイジは娘月の眠る甘木山に向かう。月の父であることを知った金田もまた甘木山に向 かう。決意を秘めた二人の道行きには同級生の刑事秋山が待ちかまえていた。
 大牟田出身の伝説の踊り子、ジプシーローズが一世を風靡したあのグラインドに託した哀しみとはなにか、ピア ニストの願いとはなにか。そして、ついに障害者たちの心の奥の封印が解き放れた。
登場人物のライフヒストリーが語られ絡まりあり得ない皆既月食が立ち現れたとき、一発の銃声が鳴り響く。 それはクーデターへの祝砲か、はたまた鎮圧なのか。
 劇団Cの入魂のラスト公演「皆既月食」は、殺す愛と抑圧する正義をたったひとりの女、月を通して、いまここか ら問いなおす辺境からのラブレターである。月は死なない、月は殺さない、月は踊る月は歌う。何からも自由なス テップで人生の不思議を解くために。

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-レポート-

−レポート1−  今回、福岡県障害児教育研究会に初参加しました。一番印象に残ったのは僕はあんまり知的当事者のことがよ くわかりませんでしたけど、この講演を聞いて自分たちの仲間が集まって活動していることが良かった。やっぱ り自分たちの本音を言うのが当たり前と思います。
 もうひとつ勉強になったのが、午後からの分科会でのバリアフリーの話でした。僕が思ったのは先生とこども 、親とこどもじゃなくて、こどもたちで色んなことを学んでほしいと思いました。あんまり難しいことはわかり ませんけど、みなんなで助け合うバリアフリーになったらいいと思います。
    食欲の秋をエンジョイしている案浦丈晴でした
−レポート2−
 NPO法人大牟田市協議会では、大きな動きをしていますのだ現在の取り組みを報告しておきたいと思います。
障害者の自立に向けて「就労と生活支援システムの構築」を目指しています。就労の面では、最低時給と各種保険 整備をした「社会的就労」をめざしてきましたが、その第一弾として、リサイクルプラザの委託を市から受けるこ とになりました。長年の取り組みがついに実になりました。
 15名前後の雇用ができそうです。近いうちにハローワークで募集がはじまりると思います。障害者と健全者 が応募できる「責任者」と「支援者」と障害者のみ応募できる従業員の雇用となります。公平で公正な選考をおこな いたいと思います。
 障害者の全国の雇用率の平均20%といわれています。ということは、失業率は80%ということになります。働 く意志と力をもっていても、それ以外の面での理由で雇用されなかったりする差別が続いている状況を変えて行 くには、こういった社会的就労の場をつくり広げていく事が重要と思われます。
 また、協議会自体の幅広い活動(それは自立生活の推進や障害者文化の発進やユニバーサルのまちづくり、それ を創っていく前提となる障害者のエンパワーメント)を展開していくために、専従職員を設置する事になっており 12月には初の職員が雇用されます。CILの理念をいかして次年度には、障害者と健全者の2名の専従体制が取られ たらなと思います。事務所の開設については、今年いっぱいは社会福祉協議会に置きますが、その後は、商店街 の空き店舗を借りて、当事者からの視点からの本格的タウンモビリティーや文化の発進を、商店街や行政と協働 でおこなえる拠点にして行きたいと思いますし、その中「ケアマネジメント」を展開し、障害者の自立と各社会資 源のネツトワークステーションづくりができるように行動して行きたいと思います。

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-活動報告-

11月

2日 サンアビ祭
     寒い中、今年もバザーを出しました。結構売れました。
4日 ケアマネ養成講座T
     連続養成講座の1回目で緊張しましたが無事好評のうちに終了し安心しました
7日 ホームヘルパー養成講座派遣
     SOSより大場を派遣しました。「障害者の共感的理解」について話しました。
8日 劇練習
     ハイジユニットの動きとセリフと、立ち位置の練習。
9日 劇練習
     ローズユニットの動きとセリフと音響のタイミングを中心に。
10日 ケアマネ養成講座U
     大阪よりカンパックさんが講師として駆けつけてくれました。参加者の評価がすごく高くてよかったです。
     またハーツの中西さんも具体的な事例を交えた講義が好評でした。講演デビュー成功です。
11日 協議会事務局
     アンテナショップ会議
     担当の有松由里子が参加しました
12日 ホームヘルパー養成講座講師派遣
 「障害の特性と理解U」について話しました。
     SOS事務局会議
16日 支援費制度学習会講師派遣
     筑紫野市の5団体共催の学習会。支援費の仕組みや問題点と今後の障害者運動の方向性について話しました。
17日 ケアマネ養成講座V
     障害当事者が次々と講師として登場。当事者の実感に基づいた話が好評でした。
21日 劇練習
     ハイジユニットの練習。キム・ジョンオクは仕事で欠席。
24日 ケアマネ養成講座W
     久留米の取り組みの報告講演でした。養成講座はこれにて終了。あとはケアマネ演習とモデル事業の取り組みです。
29日 劇練習
     ローズユニットの練習でした。
30日 ヘルパー利用者の会の集い
     セルフヘルプグループの話と、終了後みんなで食事をして交流をしました。
★編集後記★

 有松ちゃんの首の骨が5ミリずれているのが発覚。ショックを受けた有松ちゃん。普段以上に無口になりました。 恐るべし2次障害であります。みんな2次障害に気をつけて無理はよそうね。ぼつぼつまいりましょう。できれば ソーシャルワーカーの人達、2次障害については基礎知識を持ちましょうね。北欧では2次障害の理解が深いのです くないそうです。では。また来月。

2002年11月5日発行

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-シネマで愛して・・ビューティフルマインド-

-真理は愛の方程式の中にあるのです-
 あらゆるものを方程式で表すことに一生をかけ、探し、求め、謎を解き続けた天才数学者ナッシュ。重いプレ ッシャの中で、悩み、迷い、心を病んでいくその生きかた。
うーん。すごい。生きかたそのものの魅力もすごいけど、それを映像化したシネマ手法がすごい。ディスイズ・ エンターティメントであります。何の予備知識もなく見た、私は心をわしづかみにされもてあそばれました。
ハラハラドキドキ。これってどんなシネマなのだと、自問自答。しかし、後半からは本当に見入ってしまったの でした。いやー。アカデミー賞をとったからって、いいシネマということにはなりませんが、これは素直に賞を 取るだけの作品だと納得したのです。
 ラッセル・クロウは、前作「グラディエーター」で見せた肉体の演技から反転し、今回の魂の演技を見せてくれま した。たいした役者です。アメリカシネマの底力を感じます。相手役の女優さんも嫌味がなくシネマにすーっと 入っていけます。ナッシュが最後に発するメッセージには心がぐらり。ハンカチの扱い方に涙がぽつり。
 ブロンド美人の獲得をめぐり、アダムスミスの150年続いた経済論を打ち破る新理論を作ったナッシュ。プリン ストン大学で未来の若者にいまも情熱をもって授業を続けているのです。

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-DPI世界会議プレ大会IN福岡-

博多リバレインに当事者と支援者の元気が集合!
 今、日本の障害者運動団体の中で、きちんと当事者の立場から差別を問い、人権政策を提起できる団体としては、 DPIしかないのではないか、という事でSOSも加盟しています。そのDPI世界会議が札幌で開催されるのを記念して 複数のグループで実行委員会が作られ、10月6日「プレ大会」が福岡は博多リバレインで開催されました。
 当日は、SOSを代表してDPI日本会議の常任委員になった大場が記念講演を行いました。終了後、世界大会へ参 加する障労連(障害を持つ自治体職員で構成)の人達が次々と紹介されたり、各団体からアピールがあったりしまし た。また女性でCPの障害者で教壇に立つ教師からも、学校現場の障害児排除の状況が報告されたりと、活発で元気 な議論がかわされました。雨の中、参加者も多く、このプレ大会をきっかけに新しいネットワークがつくられるか なという気もします。国連の唯一の障害者団体の諮問機関であるDPIの存在は、さまざまに問題や課題をもちつ つも、これからの日本における障害者運動をリードしていくと思われます。

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-すべての障壁を取り除き、違いと権利を祝おう-

DPI障害者インターナショナル
 DPIは、1981年シンガポールで誕生しました。日本からも多くの障害者が参加し、1986年DPI日本会議が誕生し ました。SOSは2001年正会員として参加しました。DPIは国連の社会経済理事会やWHO(世界保健機構)に大きな影 響力を持っています。宇都宮病院事件を機に日本の精神病院内の虐待が国連で取り上げられたのもDPIの働きか けがきっかけでした。
DPIの活動基本は
1,障害当事者の集まり
2,障害の種別を超えた集まり
3,人権問題・社会問題として障害者問題を考える集まり
この3点です。150カ国゜でDPIが創られています。「恩恵」より「権利」。「保護」より「自立」。福祉サービスでなく 障害を持つ市民の権利として新たな文化を作りあげていこうとしています

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-障害者ケアマネジメント体制整備推進事業始まる-

 今回の事業の実行チームである事務局は、障害当事者でピアカウンセラーの人と、常勤職員の2名で構成されています。 平均週一回の会議が開かれています。障害当事者を中心にした事務局と実行委員会で大牟田の福祉のエンパワー メントを目指します。この事業はNPO法人大牟田市障害者協議会が再委託を受け行うものです。
来年の4月から、福祉サービスの多くが今までの措置制度から「支援費支給制度」に変わります。行政がすべてを 決めていた時代が終わり、障害者が直接福祉サービス事業所や福祉施設と「契約」を結び色んなサービスを自分で 組み立てて自分の願う生活をして行く時代になりました。難しくいうと、自己選択(サービスを選び)、自己決定 (自分で契約する)ということになります。
ただ、障害者にとって大きな問題が2つあります。ひとつは障害者自身がサービスを見つけ組み立てることが できない時どうするか。ということです。もうひとつは、色んなサービスがきちんとあるかどうかです。この2 つのの問題を解決するために、サービスの使い方を障害者自身で出来るようになるまで応援する「ケアマネージ ャー」を養成する講座を開きます。そして実際にモデルになってくれる障害者とケアマネージャーとで、サービ スの組み立てをやってみます。
 そしてもう一つの問題解決に向けて「連絡調整会議」を開き、県や市からも参加してもらい16の団体で今後の福 祉サービスのあり方や地域福祉の向上に向けて話し合いをし報告書にまとめ大牟田市の福祉に役立てていきます。
 今回の事業で障害者を支援するケアマネージャをつくりだし、障害者が自立できるための福祉サービスをつく りだすことを目指したいと思います
また、この事業を障害当事者中心にやっていくことで、障害者のエンパワーメントも行なっていきたいと思いま す。いろんな思いをこめて今回の事業が始まりました。障害者の地域での自立を目指す私たちにとって大切な事 業です。
不充分ながらも、この間ピアカウンセリングを実践してきたわたしたちにとって、本当にいい学習体験になると 思います。多くの人の参加をお願いします。
                                    事務局一同

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-活動報告-

10月

1日 バリアフリー住宅士養成講座
  講師として大場を派遣しました。
5日 もえの会
 もえの会は地味に続いているのです。もえちゃんは元気です。みなさん参加してくださいね。
6日 DPI世界大会プレ福岡集会
 2面3面を読んでください。
9日 ケアマネ事務局会議
 講座募集を目前にひかえ長時間にわたっての会議となりました。障害者にとっていいい事業にしたいので、
みんなで知恵を出し合いました。当事者の力をあわせればできない事はないのだと思います。
10日 劇団ポリC/ハイジユニット ケアマネで残業が続く中で練習となりましたが、
双方必死なので無事練習ができました。差し入れの豚マンがおいしかったのであります。
11日 劇団ポリC/ローズユニット
 セリフの温度が少しづつ確実に上がっているローズユニット。練習後舞台衣装の打合せで盛り上がりました。
15日 ケアマネ講座外回り
 講座のおしらせの活動スタート。3チームに分かれ市内を一斉に走り始めました。
★原稿募集★
さてさて、原稿募集です。マンネリを避けるためには新鮮な文章が必要です。旅行したらこんなバリアフリーの 旅館があったよ・・なんて記事があったらいいなと思います。
福祉系以外の記事もOK。待ってます。メールでもOKです。  よろしくね。
★編集後記★
ここのところみんな忙しかったので、こういうときは気分転換だ。あそぼうと何人かで阿蘇にすすきを見に行き ました。すすきの穂波もよかったしコスモスもとてもきれいで、パソコンに疲れた目を休める事ができました。 田楽料理も堪能して胃もリフレッシュ。疲れたときには阿蘇で阿蘇ぼう。なによりも空気がおいしく感じたのです した。

2002年10月15日発行

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-この頃の動き-

 障害者ケアマネジメント体制整備推進事業が大牟田で始まった。障害者当事者が力を合わせて取り組む体制も 整った。あたり前の革命、ノーマライゼーションに向けみんなで力を出し合いたいと思います。
 人づくりが街づくりの前提なのですから。

--カレンダー原画展・終了--
 絵の前で立ち尽くすの人は、いったい何をみているのだろう。それは目の前にある絵に違いないのだが、立ち つくす人を少し離れたところから見ていると、絵に誘われて色に包まれて遙か彼方へ旅立った抜け殻のように見 える。彼は、彼女はどこにいるのか。再び絵の前に戻ってこれるのだろうか
残暑という夏の後ろ髪と、秋の移り香が交差する9月7日より10日間にわたって開催した「池田邦博個展」には、 実に多くの方においでいただいた。心を癒されたとつぶやく方も数多くおられた。
 多くの方ご協力で個展は無事終了し、個展と同時発売の「ARTカレンダー・マイ・レフト・フッド」もお陰様で売れていま す。来年池田さんの絵が多くの方の机の上に飾られることがとても嬉しい気がします。ご協力いただいたみなさ まに、こころより感謝します。

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-死んだおんなより もっと哀れなおんなは 忘れられたおんなです-

--皆既月食/12・28・ON-- 
 秋の鈴虫風の声、ススキの穂並みにあおられて、見てはならなざるものを見て、聞いてはならざるものを聞き 、言うてはならざることを言う。漂うばかりの人の世に、浮いて生きるも人ならば、業も重しに飛び込んで、堕ち ていくのも人なりて、忘れられし名をこそを、我ら今こそ呼びとめん。月と名のりし薄倖の、女が生きていたこ とを、精魂込めて叫びたり。ひとつ人のためならず、ふたつ普通のためならず、みっつ未来のためならず、己が 己であるたろに、みっつのならずを従えて、皆既月食そろうよに、愛と正義のクーデター、企てる首謀者は、姓 は劇団名はポリシー、異端と破綻はご愛敬、文化のぶの字も縁がなく、まごう事なきアナーキー、二年ぶりの復活 で、無道非道の振る舞いも、正気の沙汰と笑い捨て、心広きこの娑婆の、奥の深さを知るように、古今東西のみな さまに、お引き回しのお願いを、隅から隅までずずいとおん願い奉りまする。
劇団ポリC一同合掌

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-皆既月食/チケット配布開始-

秋岡、撃て。物語を終わらせるんだ。
ローズ、俺たち二人の 東京オリンピックをやるんだよ
二千二年十二月二十八日 
あり得るはずのない 皆既月食を観測せり
皆既月食/チケット配布開始
 金も時間も威厳も専門性もない地点から劇団ポリCは出発しております故に、金も時間も威厳も専門性もない 時点で解散するのは必定です。つまり今回がラスト公演となります。そのラスト公演を成功させようと、春先か ら新しい役者の参加を得て、新しい発見を重ねつつ地味な稽古が続けられております。役者やスタッフの思いの 熱にあおられて劇は最終段階へと進んでいます。
10月より、ぜひ多くの方に見ていただけるよう願いを込めて入場チケットを配布します。必要な方はご連絡の ほどをお願いします。チケットは無料です。出来れば多くの方におすすめしてもらえれば幸いです。

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-シネマで愛して・・・ガープの世界-

  十数年前、夜中にビデオを見るのが密かな楽しみでありA級、B級を問わず、その物語に心を任せてひととき倖せ な時間を過ごしていたのですあります。とはいえ、睡魔に勝てずにけっこう途中で寝たりしておりましたが、こ のガープの世界は、目は冴え気は立ち、おまけに腹は減りってな感じでかなり興奮したのでした。
見終わった後、うーん、原作のアービングの小説が読みたい、いや読まねばならぬと誓ったのでありました。
それから十数年後、シネマで愛してでも取り上げたサイダーハウスルールを見た夜も原作が読みたい、アーピン グの小説を読まねばと決心したのです。が、しかし、人間は弱いのでありまして、未だ誓いも決心も、あの夜の 闇の中に置き去りのままであります。あー
 さて、ガープの世界です。このシネマで初めてロビン・ウイリアムズと出会ったのでありまして、いやこの方 大変いいのです。出会いは大切であります。アービングの作品の底流をなすのは、血のつながった家族愛のよう なものでありまして。そのどこが私の琴線に触れたのかはわかりませんが、笑いながら胸を熱くして見たのであ りました。
 インパクトのあるセリフ、シーン、ストーリ「あーいい。とてもいい。本当にいいの。見なさい。おかまの役 者が素敵なの」と、思わずおすぎとピーコ調になってしまいます。
アーピングの原作を読んでない事に引け目を感じて参りましたが、要は気の持ちよう。先日もやいで最後の晩餐 に何を喰うかという話しで盛り上がったことがありますが、それより最後の読書で何を読むかが問題であります。
死ぬ前に読む本。そうだ、アービングだ。私にはこれがある。そう思えたとき最高の楽しみを手に入れたうれし さがこみ上げてきたのであります。なんと強引。なんといい加減。まぁいいかこれも人生だ。シネマ万歳だ。

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-施設百話2・・・差別の果てに物語は生まれる-

--スクランブル交差点--
その朝、男子寮と女子寮が交差する、スクランブル交差点と呼ばれている場所にA子の姿はなかった。いつもA子 はそこにいた。誰よりも早く誰よりも遅くまで居続けた。そこに居れば施設内の人々の行き来がすべてわかった。
リクライニングの赤い車椅子のA子にとって、そこは居場所になっていた。そして20年がすぎていた。
A子のいない交差点は、みんなに不思議な感覚を与えた。A子のいた空間には誰も車椅子を止めることなく、まる でそこにいるかのように振る舞った
噂が流れた。片思いの相手はそれぞれ違っていても、思いが届かぬことを悲観した自殺未遂だということで一致 していた。職員は一笑に付した。「べットから落ちただけよ」判を押したようにいった。しかし、障害者たちはA子 のために物語を作りはじめていた
A子は生まれつきのCPだった。5歳のころから施設にあずけられた。親の面会は10代後半になると途切れ始め、
ここ4,5年は途絶えていた。スクランブル交差点のA子の場所からは玄関が見えた。それでもA子は面会者を待っ ていたのだと訳あり顔で言うものがいた。
いや、思い定めた人の行き来を見てるのだと言う者もいた。A子の入院は意外に長引いた。その間障害者の間では 物事は完成していた。Mが相手に確定した。Mは否定したが園はこの事態を受け、わざわざ園長じきじきに、ベット からの転落事故である旨の通達をおこした。
 A子は半月ぶりにそこにいた。コミュニケーションが取れないA子はいつものようにそこに居た。恋をしたA子の 物語をつくった障害者たちは、右手首に包帯を巻いたアイドルの帰還を静かに喜んだ。

もの思う秋は、物売る秋でもあります
バザー報告
 まだ、かすかに夏の暑さが残る9月。太田裕美の「セプテンバーレイン」を口すさんでも、雨も降らずに汗をか いてのバザーとなりました。荒尾の成田山。恵愛園。文化センター。と三ヶ所でおこないました。ビーズ製品や 劇支援のTシャツなども売りました。
みなさんご苦労さまでした。

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-活動報告-

9月

  2日 連続人権学習会5
 シリーズ最終回はピアカウンセラーの人たちによるピアカウンセリングの意味と、施設の利用者 のよりよいピアカウンセリングへの環境整備についてでした。
 3日 住まいまちづくり会議
 有松ゆが参加。
 3日 支援費制度説明会
 市の方から説明を受けました。
    ヘルパー利用者の会会議
 支援費制度を迎え障害者はどのように対応すべきか、障害当事者の立場か らの話しがありました。
    池田邦博・個展スタート
 10日間にわたる個展のスタート。担当者の案浦さんと久冨さんはこの日 まで大変でした。
  8日 ピープル交流会
 池田さんを支えるピープルも結成して八年目突入。個展会場で絵を見てもらいなが らの交流会となりました。
10日 協議会会議
 リサイクルプラザ委託の環境整備についての話が中心でした。
13日 ケアマネ養成試行事業事務局会議
 市からの委託事業でケアマネ養成事業を協議会がやることになり、 有松さんを中心に事務局が作られ第1回目の会議をしました。ピアカウンセラーで構成された事務局と当事者団体で構 成された実行委員会で推進していきます。当事者の思いのこもった事業にしたいと思います。
15日 バザーIN荒尾
 荒尾の成田山でのバザーに参加しました。
16日 バザーIN恵愛園
 毎年恒例のバザーに参加しました。
17日 サンアビ会議
 久冨さんが参加11月のサンアビ祭の打合せでした。
19日 共同作業所連絡会会議
 県庁で障害福祉部との話し合いに久冨さんと末藤さんが参加しました。
21日 SOS集会
 池田さんの個展の報告や、ケアマネ事業の説明等とプチ障害学では「セルフケアマネージメント」 についてヘルパーの方と一緒に学びました。
22日 ケアマネ事務局会議 事業計画案や予算案の検討・確認と、ケアマネのモデル事業の基本的あり方の 考えをみんなで共有しました。
23日 劇団ポリC通し稽古
 久しぶりに全員参加の通し稽古を長洲の未来館で行いました。昼から夜遅くまで厳し い稽古が続きました。
★編集後記★
 最近、若いヘルパーの人と話す機会が増えた。年のせいか若い人と話すとおもしろい。特に僕の知らない世界 を持っている人の話はなかなかに素敵である。みんないいものを持っている野だと思う。福祉の枠を越えてつき あえば、もっとおもしろくなる。
どうでしょう障害者のみなさん。もっと人間が見えるおつきあい始めませんか。

 
2002年9月5日発行

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-ことばが見事になっていく・・ いま、ここから思うこと-

 もの思う秋の前に、もの思うこの頃であります。それにしても今年の夏を象徴する歌がないですよね。歌え ば2002年の夏が鮮やかに蘇るって歌ないよな。仕方なくサザンでごまかす夏でした。

好きだよ、愛してる、君が最後の女だ、と男の言葉がだんだん見事になっていく時2人の幸せ度はぐんぐんと上 がっていく。しかし、時に言葉の見事さと、いまここからのギャップに気付いた女は一人もの思いにふける時 間が増えてくる。なあーんてこともあるのである
 どうも話しのイントロがまずくて申し訳ないのですが、さて福祉です。
来年度から大きくそのありようが変わります。変わるのはいいのだけれど少々心配があるのです。故に、ギャッ プに気付いた女ではありませんが、もの思いにふける今日この頃です。
 新しい制度の中で、障害者は「利用者」であり福祉サービスとなり、利用者主体や権利擁護など見事な言葉が踊 っている。幸せ度はぐんぐんと上がっていくはずである。しかし、と思う。
 いまここからの実感として、下に見下され遠くに排除され操作され誘導され自己決定権を侵犯されている基本 的構造が変わらないままでは、見事な言葉を無邪気に受け入れられないのであります。
今回の制度改革は、北欧のようにその基本構造と格闘し返り血を浴びながらも、自分をけっして棚にあげなかった 人々のように、いまここから福祉が目指されているわけではないのです。
ヘルパーの曜日の変更をするのに、ある種の決心を要求される土壌の中で、はいあなたが主役ですなどとのせ られても山口百恵のように「ぼうやどこで教わってきたの」と突っ張りたくもなります。
 言葉だけが見事な薄っぺらな男にため息つきながら、ここはやはり自分がいい女に変身し男と対等な立場から ものを言っていきたいなと思うのであります。
そう、時間がかかっても自分たちの支えあいの中で、私たちは本物の主役になっていきたいとのであります。 そして自分を棚に上げぬ人達と議論を交わしながら進みたいと思うのでした。

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-平和の夏と人権の夏-

平和の夏
夏の太陽に照らされて平和を願い、自転車で被爆地の長崎に向かう「ピースサイクル」の人々が、もやいでしばし の休息をとることになって13年目の夏。水俣から熊本市を越えて今年も元気にやってこられました。もやいと縁 のある大澤さんも参加されてたので驚きました。還暦直前なのにこの情熱。夏の太陽より燃えてるぞ。道中の無 事を祈ってみんなで見送りました。
人権の夏
 愛し合う親と子が殺す側と殺される側に引き裂かれる不思議。正義の名のもとテロや戦争が起きる不思議。色 んなものを手に入れた私たちは、いまだ殺さぬ愛と正義を手にいれていないのです
   
(ムーン試写会へのメッセージ・劇団C)

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-障害学・・・こころのおばけ その4-

3匹のキツネのお話あい
 森の生き物たちに自分の存在感を証明するためにキツネは3つの方法をつかいました。でも「ごまかす」こと に疲れ、がんばる事に疲れ悪口を言うことに疲れてしまいました。そんな時出会った変わり者のキツネと年老い たキツネはそれぞれにこう言いました。
「無理せず今のありのままを証明すればいいのさ」
「証明しなくてもいいんだよ」
それを聞いたキツネは変わり者のキツネに聞き返します。
「でも、ありのままの自分はブドウも取れないダメなやつなんだ」
「ダメな奴って誰が決めたんだい」変わり者が笑いながら続けます。
「僕もブドウが取れないからダメな奴と思ってたけど、この人に会って考えを変えたんだ。取れなくても恥ずか しくない。そうだ、誰かに頼めばいいんだ。そう思ったら楽になったし、自分はダメな奴だとは思わなくなった よ。そのかわり変わり者と呼ばれたけどね」それを聞いた年老いたキツネがニコッとしました。そして言いまし た。「今はそう思われているけど、少しずつ森の生き物たちも、わかってくるはずじゃ、ブドウは取れないけどダ メな奴じゃないってな」
「本当に」とキツネは聞きました。
「本当さ。みんなダメな奴って決めつけても自分はだめじゃないって自分を信じるんじゃ。そうするとみんなも ダメじゃないってことにきづくものさ」
 なんだかキツネはキツネにつままれた気になりました。コーンコーンと鳴きながら考えはじめました。変わり 者のキツネと年老いたキツネはお腹が減ったので、赤いキツネと緑のタヌキを取り出すと食べ始めました
ツルツル、コーン。ツルツル、コーン。森の中にツルツルコーンが響きます。その音に誘われて何匹か他のキ ツネが集まってきました。
年老いたキツネが静かに口を開きました。
「何が出来るとか、役に立てるとか、そんな存在感を証明しなくていいんじゃよ。みんな存在してるではないか。 生きているではないか。それでいい。そのことをまるごと認めればいいんじゃよ。あーうまい。キツネうどんは 最高じゃ」集まってきたキツネたちがパチパチと拍手をしました。考えこんでいたキツネはなんだかうれしくな って、一番大きな声で鳴きました。コーン。

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-施設百話1-

--差別の果てにも物語は生まれる「ひかりのラブレター」--
 その日、いつまでも号泣するB男の前で職員は途方にくれたという。同じ入所者のA子の死を哀しむには激しす ぎた。入所者の中でも最重度の二人は、建物も分かれ施設内で顔を合わせることは年に一回あるかないかである。 なのにB男の嘆きはしばらく続いた。
 B男の同室のK朗は深夜目覚め深いため息をつくB男に話しかけた。聞き取りの難しいB男との会話は長引いたが、 A子に対する深い思いが伝わってきた。
A子もB男もそれぞれの部屋の窓際のベットにいた。わずかに右手の自由がきくA子は、そこから見えるB男のいる 部屋をながめていた。クリスマス会で見たおとなしいそうな目をしたB男がそこにいることは知っていたが、会い にいくことなどかなわなかった。ある日、小さな鏡で光りを反射してB男の窓に当ててみた。ちょっとうれしか った。なんだか自分の分身が窓を叩くような気がした。やがてひらがなで字を書いた。「こんにちは」相手に伝 わるかどうかは自信はなかった。しかし、その日から、雨の日や曇りの多い日以外、A子は光りの字を送り続けた。 「げんき」そのたび胸がキュンとした。人には話さなかった。初めて秘密が持てた気がした。それがとてもほこ らしかった。一年が経った。「いつかここを出ようね」光の文字には希望がこめられはじめた。その矢先、病魔 はA子を襲った。
 ある日、部屋替えでB男のベットを移動しようとした時おとなしいはずのB男は食事を拒否して頑強に抵抗した という。それから五年後B男は呼吸困難で死亡。

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-活動報告-

8月

1日 手芸全体作業
 夏向きのビーズ作品の制作が進みました。
3日 SOS集会
 取り組みの報告と、ミニ障害学「障害者のエンパワーメイト」について勉強しました。
5日 連続学習会第2回目
 障害学が解き明かす障害差別の社会学という事で、縦の差別と横の差別などについて 勉強しました。
6日 SOS事務局会議
 個展の準備や今後のことについて話しました。
12日 障害者協議会事業部会
 事業委託に備えた話し合いでした。
安田友美さん来牟
 約20年前SOS創世期、ジャンヌダルクの女子高生だった彼女も3人の子持ちのお母さんにな り大宰府の作業所で働いております。お盆で大牟田に帰省しもやいを訪ねてくれました。お盆に事務所に訪ねて くるのもすごいけど、行き場がなくお盆に事務所にいた私たちもすごい(というよりひどい)。なんと友美嬢目的 は福祉の勉強なのだからすごすぎる。そして私も嬉々として応えてしまうのだからすごすぎないか。いやひどす ぎないか。かくて、お盆に2人の学習会が催されたのでした。必死にメモる姿はさすがで頭がさがったのであり ました。
18日 古川克介さん来牟
 障害者の当事者性や幅広い連帯という視点から見ると、全国的に注目を集める久留米 の福祉の牽引車といわれている古川さんが呼びもしないのに現れました。
4時間ノンストップのトークは、障害者運動に始まり政治に宗教に経済に女性にと跳ねまわるのですが、すべて の話の到着点を障害者運動につなげるというのはこれまたすごすぎないか。しかも自己のアイディンティティと なっている強引なギャグを連発しながらというのは。さらに誰よりも大きな声で自分のギャグに笑い暗に笑いを 強制するギャグのスターリン主義。うーん完璧にすごすぎる。私は笑いながら、突然この人は今も昔もこれから も、障害者たちが大好きでありつづけるのだと再確認したのでありました。マジな話それって本当にすごい。
19日 連続人権学習会第3回目
 障害者を職員の都合のいいように扱う「操作主義」の仕組みを中心に学習を深 めました。又全員参加のロールプレイをおこないました。
26日 連続人権学習会第4回目
 人権エンパワーメントとセルフヘルプグループの歴史と理論と実践について学 習しました。
28日 NPO法人障害者協議会総会と理事会
 協議会の専従態勢や事務所の開設など、今後の具体的取り組みを話し 合いました。
★編集後記★
死者を迎えるお盆の迎え火や、祭りのエネルギーを象徴する松明の炎、夜空を焦がす幻想的な花火。
よく考えればあつい夏は、あつい火の季節であります。その火の季節が終わろうとしています。皆さんの夏はど うでしたでしょうか。心の中の炎が燃え立つような出来事と巡り会えたでしようか。
朝夕はかなり涼しくなりました。風邪に気をつけてね。

2002年8月8日発行

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-僕はこれおかしいとおもいます-

 あがた森魚さん(知ってる人少数)がバラエティーのコーナーに出演中、わけありの若いミョュージシャン志望の人たちと 歌作りに挑むのですが、これがおもしろいのです。司会者や視聴者はそれを笑ったり楽しんだりするのですが、 あがたさんは本気です。そこがいいなと思います。

 時々、遠くの地でおこったニュースが元気をくれるときがあります。「いいぞー」ってな感じで心の栄養を吸収 する感覚を実感するのです。その逆のニュースもあるのですが、希望のもてるニュースは、悪いニュースの暗 雲を取り払う力がたしかにあるのです。
 知的障害者の福祉施設で入所者の障害年金が、施設管理者に何年にも渡って強制的に取られて、その莫大な 金額は職員達の私的な贅沢に使われていたことが分かりました。ひどい話です。「オーマイゴッド」と十字を切 るか「ファックユー」と指を立てたい気分です。そんな時知った今回のニュースは次のようなものでした。
 ある町の「障害者計画」の策定委員に知的障害当事者も参加していました(この事自体すごい)。その会議の中 で彼は「障害の発生予防」という表現に対して「僕はこれがおかしいと思います」とただ1人発言しました。その結 果「疾病の発生予防」に書きかえられました。
 多くの専門家のそろう中でなぜ彼だけがその指摘ができたのでしょうか。しかも、知的障害という一般的にIQ が低いと位置づけられた彼が。今、この国でも知的障害者たちの間で「ピープルファースト」という本人主義の 活動が進められています。その障害の特性故に専門家や関係者や親御さんなどの意向が絶対とされた歴史に今、風 穴が開くかすかな音がします。
 発言をした当事者も、そのピープルファースト運動の先頭に立つ人です。権威や権力にささえられた専門性に かわり当事者の実感が、当事者の望む福祉をつくっていくのが自然だと思います。
 代理の人達で決められていくことにさよならして、本人主義に向かう活動に元気をもらいながら、私達もさら に活動を進めていきたいものです。

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-バザーだ!祭りだ!-

バザーIN飯塚
 七夕の日、飯塚にバザーで行ってきました。バザーではあちこちに行ってはいるのですが飯塚に行くのははじ めてでした。暑い中、少人数で行ってきたのですが、しかし、私たちのイメージとは違い会場を見た瞬間「これ は売れない」とわかりました。フリーマーケットの情報の中にもいろんなものがあって実際現地に行かないとわ からないものです。
 しかし、来たからには少しでも楽しんで行こうと、応援に来てくれた学生さんも含めて、同時に開催されてい た住宅展示場のモデル住宅のトイレを借りたついでに家も見学。段差がなかったり手すりがついてたりと、さす が今どきの家と感心したのですが玄関はバリアがあって残念。有松由里子さんが関係者にその点を提案してきま した。想像通り売れなかったけど、参加者の皆さんお疲れ。これにこりずにまた。
夏まつり・艶姿
 夏祭りといえば、粋な浴衣姿のお姉さんたちの艶姿であります。もやいのお姉さんたちも何人かは浴衣に着替 え粋なお姉さんに変身。今年も夏祭り市民総踊りにもやいも参加。
介護者も含めて約30名で踊ってきました。思い起こせば、6年前夏祭り実行委員会において「障害者も市民総踊り に参加できるようにすべきだ」とある女性委員が発言し、他の委員も賛成し参加が決定したのでした。あれから6 年。毎年の恒例行事となり、福祉関係者も500名近い人が参加し、夏祭りを楽しむようになりました。
 参加者のみなさんお疲れさまでした。踊り疲れて腕が痛くなった人もいると思いますが、これも夏の思い出のひ とこまにしてください。では来年も多くの人の参加をお待ちします。

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-障害学・・・こころのおばけ/その3-

キツネの存在証明ゲーム
「自分はだめなキツネだ」と思いこんだ、いや思いこまされたキツネはこのままでは生きられません。森の生き物 たちに自分の存在感を証明するために、いろんな方法を試みます。 まず、自分はこんなにいいキツネで役に立つ キツネだと「みせかける」ことにしました。
最初はそれでよかったのですが、だんだんみせかけがばれてきました。根が正直なキツネは自分で自分をごまかし ていることにも疲れてきました。
 次にとった方法は「頑張る」という方法でした。自分のやりたくないことでも、朝から夜まで何かを頑張り続け てやれば森の生き物たちが認めてくれると思い、来る日も来る日も頑張りましたが、根が病弱なキツネは体を壊し 心も苦しくなりました。
 さて、ここで問題です。困ったキツネが考え出した次の方法とは一体どんな方法でしょう。次の3つからお選びく ださい。(クイズ番組かよ!)
 キツネが取った方法はちょっと卑怯なものでした。ほかのキツネがどんなにだめなキツネかをふれまわることで した。あのキツネは、このキツネはと悪口を言いまわりました。他のキツネの評判を落とせば自然と自分の存在感が 光るぞと思いました。しかし、根がやさしいキツネはやがてそのことに耐えられなくなりました。
 コンコンコン。キツネにはもうどうしていいかわからなくなりました。おまけに風邪までひいて咳がひどくなりま した。コンコンコン。森の中でキツネの悲しい鳴き声が響きます。コンコンコン介護者コン(なんのこっちゃ)
 うなだれて歩いていると変わり者のキツネと年老いたキツネと出会いました。なんとなく3匹で話しているとぶどう の話になりました。変わり者も年老いたキツネも同じ経験をしていました。
でも2匹ともゆうゆうとしています。キツネは不思議でした。彼等はどんな風に存在感を証明しているのかをしりたく なりました。ついにキツネはその話を切り出して聞きました。
 変わり者のキツネは言いました「君もいろんな方法を使ったんだね。でもね、無理しなくていいんじゃないの。自分 は自分。背伸びしたり人を傷つけるより今の自分のありのままを証明すればいいさ」年老いたキツネは言いました「存在 を証明しなくてもいいんだよ」「エッ」キツネはびっくりしました。

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-シネマで愛して・・・あぶないCP-

 今回に限りまして、短編でなんとSOSの忘年会用に作られた15年前の作品「あぶないCP」を取り上げるのであります。
 どこかで上映された訳でなく、評判になった訳でなく50名くらいの人しかみたことのないシネマとは言えない存在な のですが、それでも自分的にはシネマであり続けているのであります。自画自賛、我田引水との批判は覚悟の上。しば しのお付き合いを。
 このドタバタ劇、「あぶない刑事」のパロディであるのですが、脚本はひどくギャグもよく分からないのです。しかし ながら何となくおもしろいのです。その原因のおおかたは若き日の有松温之さんと久冨宏二さんの存在感であります。 今、国際的評価の高い障害者劇団「態変」風にいうと「身体障害者の身体の動きは宇宙とつながっているのだ、そして、楽 しさに溢れている」ということになるのであります。
いいな、こんな発想今まで誰も持ちえなかったのであります。まさにコンペルニクス的展開の極地であります。少しテン ションが上がっておりますが、15分のこのシネマ主役の二人の内側か喜びがにじみ出てくるのです。だから、見ていてこ ちらもその一挙一投足を楽しんでしまうのかもしれません。あまりおもしろくはないけれど、ギャグに挑戦する、自然な 乗りが本物のB級シネマの気安さにつうじるものがあり気持ちを優しくしてくれます。
 また、ほかの見どころとして施設入所の中のOさんのリアルな演技や、在宅の障害者のNさんやTさんの演技も本当におも しろいのであります。
 なんだか障害者というカテゴリー化された中で、そのことに無批判な地点から作られる「感動」と「涙」の錯覚シネマが多 い今日この頃であるのですが、特に人権啓発もののシネマには本質を隠したいハッピーエンドが幅をきかせています。
 そういう中にありカテゴリーの中で、あっけらかんと楽しんでみせるこのシネマは肩もこらず肩肘もはらず自然でいい のではないかと思います。
 「なかよしこよしはなんだか怪しい」と昔、井上陽水が歌いましたが怪しい正しさより気楽な楽しさがあふれるほうがい いよな。
出演者のほとんどがCPというこのシネマ。宇宙とつながっているのかどうかはわかりませんが、幻のB級ドタバタ劇として 悪夢のように私の脳裏に現れるのでありました。

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-暑中お見舞い申しあげます-

暑中お見舞い申しあげます
みなさまお元気のことと思います
  セミ時雨を聞きながら木陰で涼をとっていると
アリたちの動きに目をうばわれます
その小さな動きに心がとらわれます
暑さを忘れる一瞬はそんな形ででも訪れます
早いもので今年も半年が過ぎて行きました
お盆が近づくと 
SOS活動の中で知り合い語り合い
亡くなっていった人達の
なつかしい記憶がよみがえります
しばし感慨にふけりながら
残った私達はそのアリのように
動き回ることしかできないなとつぶやきます
時々木陰で涼をとりふっと息をはきながら
さてさてと
今年の後半に向けて腰を上げたいと思います
この夏を乗りきってくださいね
いつもご協力ありがとうございます
今年もよろしくおねがいします
特0定非営利活動法人おおむた障害者応援センター
       おおむた共同作業所もやい 

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-活動報告-

7月

2日 SOS事務局会議
 現在取り組み中の報告と夏祭りなどについて話しました。
6日 もえの会
7日 フリーマーケット
 飯塚であったのですが、場所も規模も思惑と大違い。ヒェーってな感じでさんざんでした。おまけ
に暑くて大変でした。ここは笑って誤魔化すしかないな。参加者のみなさん本当に本当にご苦労さん。
8日 協議会事務局会議
 今後の協議会の活動スケジュールを決めました。
   アンテナショップ会議
 担当の有松ゆが参加しました。
16日 SOS事務局会議
 池田さん個展に向けてや各種学習会の方向性について。
   人権講演
 有松ゆが右京中で行いました。
   ピアカン学習会
 ケアマネ養成試行事業について久留米の古川さんを迎えての学習会。パワーポイントを使っての説明
とおなじみのギャグを交えた解りやすい学習会となりました。
   サンアビ会議
  担当の久冨が参加しました。11月のサンアビ祭りに向けての会議です。
22日 ヘル友ハーツ学習会
 会話分析にみんなで挑戦。支配文化から行う「切る排除」と「包み込む排除」の仕組みを学習しました。
25日 劇・合同練習V
 徐々に魂が注入されつつあります。
28日 市民総踊りに参加
 おどらなそんそん。
29日 ピアカウンセラーと施設スタッフ学習会
 連続5回の学習会の1回目は「差別と自己執行カテゴリー」でした。差別を見抜き反差別の意志と出会う学
習会です。
★編集後記★
 子供の頃、夏休みとは「夏が休む」と思い込んでいた。いつ休むのかと思っていたが夏休むことはなかった。休むことはない のに「夏が休む」と結構長い時期思い込んでいた。思いこみというのはかなりすごい。自分だけで思いこんでいるすごい思いこ みは誰でも持っているのでしょうか。それにしても暑い。やはり夏にも少し休んで欲しいよな。

2002年7月8日発行

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-「いま、ここ」という事-

 雨雨ふれふれ母さんが/蛇の目でお迎え/来るはずない/無視無視/無理無理/こんこんこん♪
などと、情けない替え歌を歌ってた施設時代。雨が降ると思い出すのでありました。みんな雨に濡れて風邪をひ かないようにね。

いま、ここからものごとを見ていこう  ずいぶん前になるのですが、水俣での出来事が頭を離れないのです。それは水俣病の患者さんと支援者の学習会 の集いでした。年老いた患者さんのぼそぼそと実感に基づいた話が終わった直後。支援者の大学教授が言い放ち ました。「もっと勉強しなさい。それで人権問題を訴えればいいんです」僕は体がカッとしました。カッとしたけ ど、その教授にすぐ反論できる理屈が表現できず、うなだれた患者さんに今でも申し訳ない気がしています。
 あれから20年、何故僕はカッとしたのか、教授の正論に何故反論しようとしたのか。今少しわるような気がします。 多分僕は「いま・ここ」で問題を抱え解決しようと取り組んでいる人に対して、その場にいない専門家が偉そうに 解決の処方箋を与えてあげる、それが当然だという幻想がそこに確かに存在していると感じたからと思います。 いや、もっと言えば「いま・ここ」で差別に苦しみ日々の暮らしの中で差別と戦っている人々の具体的な体験に、 外側から持ってきた普遍的な論理を押しつけ、一人一人の人間の体験や哀しみの意味を無力化させるように見えた のです。そして、その背後には「いま・ここ」で生きている人々への蔑視が見えたからです。
 切ない事に、この20年の間にも、この水俣を思い出させるシーンに何度も何度も出会ってきました。そしてパタナ ーリズムや、知的権力がいかに当事者を傷つけているのかを知りました。
 科学哲学者ファイヤアーベントは「専門家より問題を抱えた人々が優先権をもつ」という市民発議を提唱していま す。「いま・ここ」にいる人々に呼びかけます。自分や同じ境遇にある人たちに敬意を払い「いま・ここ」からもの ごとを見ていきましょう。

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-シネマで愛して・・・アパートの鍵貸します-

 セリフがちょっと知的なんだけど、小難しくもなくユーモアもありのこのライン。結構難しいのだ。しかし、そ んなしゃれたセリフがポンポンと重ねられて少しづつ心の温度が上がっていく感じで、このシネマとてもいいの であります。
 ジャックレモンの男の哀愁と可愛さ、かたやシャリーマクレーンの素敵さ、とにかく粋なシネマなのです。いな せだねっていう感じです。
「僕はこの町をさまよっていたロビンソン・クルーソーだ。ある日、人間の足跡を見つけた。それが君だ」ヒェーっ て思います。言えねえよ。けど、言ってみたくもある。そそるよな。
「私はついてない女よ。初めてキスした場所が墓地だもの」ヒェ―墓地だったのか。鬼太郎に見られなかったか。ねず み男に見つかったら厄介だ。マクレーンがレモンを愛してることに気づきアパートに駆けつけるクライマックスシ ーンは、本当に心が和んでしまいます。満面の笑みを浮かべたマクレーン、しかしその瞬間、鳴り響く一発の銃声。 観客にまさかと思わせる監督のB・ワイダー、うますぎるぞ。これで照れずにクライマックスを迎えられたと思うの であります。いいなこの気遣い。照れずに幸せ感が倍増するのです。>br>  確か1960年位の作品と思うのですが、今見直してもこのシネマのよさは不変です。
昔、昔。紙芝居に心躍らせ小さな胸に幸せをもらった気分になりましたが、このシネマも少々年老いた疲れた胸に、 あの日のような幸せを与えてくれる気がします。>br>  さてさて、なぜこのシネマを取り上げるかというと、友人の一人が恋を失ったのであります。失われた恋の切なさ について考えておりましたら、ついついこのシネマにたどり着いたのであります。わたくし思いますに、失われた恋 の切なさを抱えた多くの人が、このシネマで笑いそして泣いたのではないか。あ〜出来の悪い文学より、出来のいい 娯楽が恋への信頼を復活させるのです。

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-障害学・・・こころのおばけ/その2-

 前回、心のおばけについて考えました。今回は、そのおばけをつくる正体に迫りたいと思います。
 キツネがぶどうをあきらめたのは、結局ぶどうが自分の手に届かないからでした。森の中のほかの生き物たちは手が 届くので、手の届かないキツネがあきらめるのは「あたりまえ」と思いこみます。すると、「あたりまえ」とする考えが 大多数となります。手の届かないキツネが劣っているのだという思いは、森の生きものみんなのまなざしになって 、キツネにふりそそぎます。そうすると、そのまなざしを受けたキツネは、だんだんまわりのまなざしと同じまなざし で自分をみはじめます。そしてついに思うのです。「僕は他の生き物より劣っているダメなやつなんだ」 「あたりまえ」という生き物たちの考え方を「森の支配文化」とします。この支配文化をキツネは自分の中に入れ込みます。 これを内面化といいます。内面化された思いが自分自身を責めます。これはとてもつらいものがあります。キツネは 思います。「キツネでいることが恥ずかしい」これを自己否定といいます。
 あーなんだかせつなくなります。昔の自分とまったく同じです。
ほかの生き物は、すべてキツネに対して「かわいそう」「気の毒」「守ってあげねば」「能なし」「劣った人」とレッテルをはり つづけます。支配文化の力はとてもとても強いのです。ほとんどのキツネの心の中に入り込みキツネの心を支配します。 怖いのです。目に見えないだけになお怖いのです。なんだか強い国が弱い国を植民地化するのに似ています。さてさて、 多くの生き物たちの「支配文化」のまなざしに負け、内面化し、ついには自己否定までしてしまったキツネたちはそこから どうするのでしょう。このままではとても生きられません。
 キツネ達は考えます。悩みます。少しでも楽になるために一体どうすれば・・・。
このままではこの森の中で、みんなに子供扱いされ馬鹿にされ一生引け目を感じて生きていくことになるぞ・・・。 キツネ達は、いくつかの方法で自分を救おうとここみるのです。
「俺はここにいるぞ」という存在証明をして、森の生き物たちにも認めてもらおうと思います。そう、キツネは必死 なのです。そして、片方では自分はダメだという自己否定、片方では俺を認めてくれという自己主張を始めます。 ゲームオーバーのない存在証明ゲームの始まりです。

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-「劇団ポリC−皆既月食予告-

愛と正義のクーデターを決行せよ
皆既月食
     2002年12月28日/ON
貧乏に犯され差別に打たれ
       大牟田文化会館小ホール 
  惚れた男も産んだ子も  
      pm6:30会場/pm7:00開演
地獄の底に叩きこむ  
           入場料無料
鬼の心に蛇の体  
         音声ガイド・字幕・保育有り
ジプシーローズたあ私のこったい  
        劇団ポリC
劇上演支援Tシャツへのご協力をお願いします
 まことにまことに申し訳ありませんが、今年12月28日に劇団ポリC演劇ワークショップ「ムーン完結編・皆既月食」を 上演する事と相成りました。つきましては、上演に向けての最低限の資金確保に向けて、前回同様「支援Tシャツ」を制作 いたしました。
よければ是非、今年の夏に着れるTシャツの1枚としてご購入のほどよろしくお願い申し上げる次第です。色は白1色。 腕と胸にイラストと英字のメッセージ入りで、価格800円です。よろしくお願いいたします。
劇団ポリC一同

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-祝・連続当選/池田さんおめでとう-

                                  池田さんが昨年に引き続き「青々水彩展・奨励賞」を受賞されました。おめでとうございます。うーん、日頃の精進の 賜物でしょうか。連続受賞です。
 連続受賞とARTカレンダー完成記念を兼ねて9月に「池田邦博個展・マイライトフット」を計画中です。池田さんの独自の色 使いを多くの人に見ていただきたいと思います。
 そして、ARTカレンダーをお土産に購入していただければと願っています。
 当日は池田さんも会場入りし、一人一人に小さな花を描いてプレゼントしたいと張りきっておられます。その時は みんな来てね。
エコサンク完成記念バザーに参加してまいりました。
暑かったです。応援ありがとう。
 女子大生3人の助っ人を得て、炎天下みんなでがんばりました。
 夏用のビーズ新製品が好評でした。みなさんお疲れ様でした。

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-活動報告-

6月

   3日 事務局会議
 今後の全体的な動きについて打合せをしました。
  6日 企画・政策部
 障害者協議会の夏の合宿について話しました。
  8日 大学生研修
  福岡の香蘭女子短期大学より2名が一泊二日の研修に来られました。初日は「障害学」を学んでもらいまし た。夜は自立生活をされている荒巻さんの介護についてもらい、有松ゆさんも合流、食事つくりか ら入浴介護を体験してもらいました。夜遅くまで会話が続けられ盛り上がったとのことです。乱入を計画して た案浦さんや久冨さんは阻止されました。翌日はもう1人学生が合流しバザーの手伝いをしてもらいました。
  9日 バザー
 エコサンク完成記念のバザー参加要請を市から受けましたので参加しました。
  10日 ヘル友とハーツ学習会
 「スタッフコードとカテゴリー1」についてと、障害者の存在証明の基本的パターンについて学び ました。
  13日 施設ピアカン
 案浦さんが担当しました。
      合同演劇ワークショップ
 3つのユニットが揃っての合同の2回目。緊張感があってなかなかいいのです。
  18日 事務局会議
 集会の打合せを中心に話しました。
  22日 SOS6月集会
 具体的な活動報告とその問題点や課題について話しました。
  プチ障害学は「支援費制度について2」を学びました。
  25日 事務局会議
 支援Tシャツの販売策についてARTカレンダーの販売に向けての企画についてなど。
  27日 協議会合宿
 恒例の合宿です。SOSから4人程度参加します。支援費に伴う実践調査のあり方がテーマです。
  28日 ピアカン学習会
 生きてきた歴史(ライフヒストリー)と当事者組織(コミュニティー)についての続きです。 
★編集後記★
 CD屋から流れくる不思議な裏声に心ひかれ、うーん。恥も外聞もなくどなたの歌声かをピアスのお兄ちゃんに聞けば 「元ちとせ」ですとのお答え。つい買ってしまったのでした。奄美大島の出身の彼女の歌唱は、なんともいえずいいのであ ります。いい歌を手に入れたうれしさはうっとうしさをしばし棚上げにしてくれそうです。

2002年6月8日発行

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-シネマで愛して・・・愛は静けさの中で-

 お元気ですか。5月はよく雨が降りました。梅雨も目前またしばらくは雨とのつきあいが続きます。雨が降ると
僕等の移動は大変になるのですが、雨が持つ雰囲気も捨てがたいですね。  
   恋愛という、人と人がかなり接近する距離でのいい思い出など一つもないので、せめてシネマぐらいメルヘンチ ックであってくれよなと強く思うのであります。しかし、障害があるとそう簡単にはいかないという現実がある ので、やだねったら、やだね。と氷川きよし状態になるのです。
 アカデミー賞にもノミネートされた「愛は静けさの中に」は、女流監督ランダヘインズの86年度の作品です。
 ある聾唖者学校に赴任してきた教師リーズと、その学校の卒業生サラとの愛の物語なのですが、この二人の葛藤に は「暗くて深い河」があるのです。リーズは聾唖者サラに言います。「自分の名前を呼んでほしい」サラは言います「哀 れまないで」。
 それぞれのライフヒストリーに根ざした違いとひとつになりたい愛という情念。大げさに言えば文化のぶつかり 合いが起きるのです。片方の文化に同化する形で愛が統合するのか、それとも両者の文化が共生しながら統合される のかと興味を持ってみていたのです。
そういう意味では僕にとってスリリングなシネマとなったのでした。
 それにしても、サラ役の女性の手話の美しさは幻想的でさえあります。いい役者さんです。二人が愛を確認する 場所もすごく印象的というか暗示的であります。この監督なかなかです。果たして二人の愛は同化統合に着陸した のか。それとも共生統合という新地平を切り開いたのでありましょうか。
いや、結局愛は統合されずに終了したのでしょうか(うーん、引っ張るよな)。結論が気になる人はビデオを借りて 見て下さいね(引っ張ったあげくがこれかよ)
 久し振りに懐かしい合いについて考えさせられたシネマでした。

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-ふれあいバザーin久留米-

 この時期、定例となった「ふれあい福祉バザー」。今回場所を百年公園に移して行われました。もやいもちろん参加。 今回は「ヘルパー利用者の会」の資金調達のバザーも兼ねました。天気も良く大変な人出でにぎわいました。いろん な人たちがもやいのテントを訪ねてくれて話が弾んだのでありました。参加者の皆さんおつかれさまでした。
辻君がやって来た
 二度あることは三度ある。三度あることは何度でもあるというけれど(言うかそんなもん!)
三度目の研修で高校三年生になった辻君がやってまいりました。
 前々回、そして前回とステップアップした辻君。今回もメビウスのノートパソコンを片手にさわやかに登場。今回の ミッションインポッシプルは、辻君のホームページで公開され、好評のパソコンを使ったARTデザインと手書きの水彩 画を使った。辻君オリジナルの「ART絵葉書」の作成であります。
 三度目の再開を喜び合う有松師匠と辻君。このコンビで何とかやりとげて欲しいと思います。二週間の短い研修では ありますが、パソコンの技術アップやいろんな人との出会いを楽しんでもらえればと思います。
 来年はいよいよ卒業を迎える辻君。その才能を生かせる場が見つかることを祈りたいものです。

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-障害学・・・心のおばけについて-

 なぜかイソップ物語です。
 おなじみの「キツネとぶどう」のお話しです。障害者バージョンで参ります。しかし、誰にでも思い当たる事があるか もしれません。心に自分でも気付かないおばけがいるのではないか。と思うのです。
 キツネがいます。目の前に大好物のぶどうがあるのですが届きません。イライラがつのります。取ろうと努力(個人的 対応)をします。でもだめです。とても悔しくて悲しいのであることを思いつきます。「あのぶどうは酸っぱいのだ、 そうに違いない」と負け惜しみが始まります。でも甘いかも知れないと心がささやきます。又イライラがつのります。 再び思いつきます「ぶどうは甘くても酸っぱくても食べてはいけないんだ」とやせ我慢を始めます。「ぶどうは食べては いけない」とキツネはやせ我慢を続けました。やがて「ぶどうは食べてはいけない」という思いは、キツネの自然な考え (道徳・価値観)となりました。
 まわりの動物は、キツネはぶどうがきらいだと決めつけました。キツネは一生ぶどうを食べずに終わりました。イソッ プには悪いけど少しお話を変えています。
 さてさて、このお話からいろいろ見えてくるものがあります。ぶどうが大好きなキツネがぶどうを嫌いになるのですか ら不思議です。やはり、おばけがいるのでしょうか。
 ぶどうは何に言い換えてもいいと思います。とりあえず障害学なので自立と言い換えてみます。まず、最初ぶどうをと る工夫(木を揺する・石を投げる等)をするのですが取れません。個人的努力には限界があります。次は、本当に欲しいと 思ってる自分の心をごまかしていきます。最後はごまかしでなく本当にぶどうが必要ないと思い込みました。
 さらに、まわりはキツネにぶどうが必要ないものとして接します。そうすると、ますますキツネはぶどうが必要なくなり、 ぶどうが嫌いなことに喜びさえみいだすようになっていきます。
 やはり人の心におばけがいて僕たちは時々ごまかされて、本当に自分が必要としているものを手放し、欲しくないものを 大切にさせられているのかも知れません。おばけのQ太郎(みんな知らないと思うけど)みたいな、楽しいおばけならいい けど、どうやらそうではないようです。いざ、おばけ退治の心の旅へ。

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-もえっこクラブ通信-

           創刊号
                           2002年4月18日
                               編集・発行
□ もえっこクラブが始まるよ!□
皆さん 入学おめでとうございます。もう、それぞれの学校になれたかな。
お友達も たくさんできたかな。
 さて、天領保育園のもときりん組のなかまが集まって遊んだり、おしゃべりしたり、時にはお料理にチャレンジしたり、 工作をしたりできるそんな場ができたらいいなあということで、この《もえっこクラブ》をつくりました。
 どうして《もえっこクラブ》という名前をつけたのかというと、言いだしっぺがさかたもえのママだからです。もえは、 多くの友達や保育園の先生方にかこまれて、とても楽しい保育園生活を3年間送ることができました。たくさんの人の中 でとても大きくたくましく成長することができました。車椅子に乗った障害のあるもえのことを、当たり前に受け入れて くれたきりん組の仲間たちと、たくさんの思い出をつくることができました。
もえの家族としては、せっかくできたもえの友達と、せっかく生活しているこの川尻小学校区を大切にしたいという思いか ら、川尻小学校への入学と三川学童保育所への入所を希望していたのですが、やっぱり障害があるということで、おことわ りをされてしまいました。もえが大好きだった天領保育所のお友達とすべて別れることになってしまいました。
 もえは、スクールバスで天道町にある大牟田養護学校に通うことになりました。放課後は、あちらこちらにおじゃまして お母さんの帰りを待つ生活です。もちろん、養護学校でもお友達はできましたが、やっぱり、あの明るい「もえちゃ〜ん!」 という声がなつかしいのです。
 障害のある人もない人も、同じ時間を同じ空間でいっしょに過ごすこと〜本当にこれが
当たり前だと思うのです。小さいころからいっしょに過ごしているからこそ、おたがい分かり合えるやさしい社会ができる と思うのです。そんな願いをこめて《もっえこクラブ》を始めることにしました。学校5日制始まり、毎週土曜日と日曜が お休みにもなります。
もし、時間がとれれば《もえっこクラブ》に参加して下さい。子どもだけの参加や、兄弟などの参加も、もちろんOKです! 皆さんの参加を待っています!

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-ARTカレンダー2003My right foot-

記憶された風景が心に落とされ
地下水のように満ちてくると
右足の指に挟まれた絵筆が
キャンパスを飛躍する
My right foot
いくつもの色たちの
輝きを解き放つ
ただ今製作の真っ最中です。池田ワールドがCD型カレンダーに変身だ
     担当/案浦・久冨

     報告です。

DPI障害者インターナショナル日本会議
       正会員へそして常任委員へ

 SOSは、NPO法人DPI障害者インターナショナル日本会議の賛助会員になっていましたが、今回、正会員の手続きを取りました。 これに伴い日本会議の常任委員となります。
時々、東京での会議に参加したり、九州のDPIのつなぎ役としての使命もでてきます。
かなり大変とは思いますが、DPIは人権の視点で頑張ってる団体なので、ベストをつくしたいと思います。
DPI世界会議in札幌/2002年12月/大会テーマ
地域から障害者の権利確立。社会参加実現のうねりを
すべての障壁を取り除違いと権利を祝おう!

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-活動報告-

5月

   7日 事務局会議
 連休明けの最初の事務局会議は今後の動きについてや、養護学校の研修生の受け入れについて話 をしました。
  9日 自立問題研究会ファロスのメンバー来も
 ストレッチャーを使用されてる田島さんと覚知さんが来られました。
柳川の地で自立生活の有り様を考え行動する会ができたことはとても大切な動きと思います。27才の田島さん
の若さと自立にかける思いにふれ元気が出ました。また、覚知さんのエンパワーメントやセルフヘルプグループなどに対する思 いや真摯さにも触れ久し振りに胸が熱くなりました。
     ピアカウンセラーと施設の会議
 恵愛園にピアカンに行ってる人と恵愛園側と利用者の自立に向けた取り組みの 話し合いがありました。
  10日 施設ピアカン
 有松ゆが担当しました。
  12日 バザー
 久留米の百年公園で「福祉ふれあいバザー」があり、もやいも参加しました。またヘルパー利用者の会事 務局の要請を受けて一緒に参加しました。
  13日 劇中歌録音
 演劇ワークショップ「ムーン完結編・皆既月食」に使用するオリジナル曲2曲の録音を1日がかりで 行いました。
      養護学校研修生受け入れ
 本日より13日間にわたり研修生を受け入れるようになりました。2面の記事を読ん で下さい。
  14日 事務局会議
 集会の打ち合わせ等。
      住まい街づくり会議
 有松ゆが出席しました。
  15日 企画・政策部会
 協議会の今年度の事業計画等について話がありました。
  16日 ボランティア2000来も
 16名の方が来られました。
  17日 ヘルパー利用者の会とハーツ学習会
 具体的事例をどうとらえ実践につなげるかという学習をしました。
  18日 もえっ子クラブ
 みんなで今後も頑張ります。4面を読んでね。
  25日 SOS集会
 支援費制度に向けた調査事業やケアマネ養成講座について話しました。
★編集後記★
 もやい新聞を出し始めて15年。様式を変え6面になって丸4年になります。時の移ろいは早くあっという間のような気がし ます。ひと月に1回発行というのも結構大変で、いつも「今月は間に合わない」と追い詰められながらも、なんとか凌いでき たのでした。いざいざ自転車操業で5年目。通算16年目に入ります。今年もよろしく。

2002年4月30日発行

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-成瀬君のこと-

  ゴールデンウィーク目前。自由な時間をどう使おうかと悩みます。一冊でもいいから本でも読めたらなと思うのですが、 どうなる事やら。いい連休を!

          まなざしで君への距離を測ってる
          幸せに まにあうかもしれない
          おと虫たち
            幾重にも
         積み重なる音の層のここそこの
           瞬間に生きる虫たちよ
          互いの顔を知ることもなく
         音の奏でる愛の調べを糧にして
             そのうえなおも
              飢えに苛立ち
           絡む足に罵声を浴びせ
         自らを呪おうとしてそれをできない
             愛すべきおと虫よ
            過去をもたぬ果報者よ
            歌え 明日のおまえは
           生まれたばかりの湿った羽で
           音をかき消してしまうだろう


11年ぶりの再開というのは劇的とは言えないし、かといって平静ではいられない。なんだか中途半端に興奮す る感じだ。しかし、わざわざもやいを訪ねてくれるのだから、とてもうれしい。11年前、彼は高校生で学校を 終えると、よくもやいで時間を過ごしておりました。卒業後は「アメリカに行きます」が彼の口癖だった。そし てその通りになった。彼はジャニーズ系で女の子によくもてた。でもどこか内面的で物静かに本を読む姿が似 合っていたのです。あ〜かっこいい。
29才になった彼が、一冊の自作の詩集と、デザイナーのフィアンセを連れてあらわれた。その詩集の帯には谷 川俊太郎の推薦文が。あ〜かっこいい。
「今ぷーたろしてます。これから詩を書いて生きていきます」成瀬君はそう言った。彼の詩集を一晩かけて読ん だ。
成瀬君。君は自分の手のひらで人生をつかんだんですね。

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-SOS・4月集会は大阪レポートが中心!-

 4月の集会は、障害学の大阪視察篇。NPO法人の障害者支援センターと中部障害者解放センターで重度障害当 事者が運営する支援センターと、グループホーム、介護派遣センターの取り組みの報告でした。
重度の障害者たちが、自分の体験と他の障害者への思いをこめて、職員として働く姿はとてもすてきでした。 電動で電車通勤する介護派遣のコーディネーター、ピアカウンセラー、グループホームでは若い障害者の人が 多くの事を学び、そこから自立して職員になったりと障害者同士の連携がとても大切にされています。そこに 障害当事者の主体性を理解したすてきな健全者ががっちりとスクラムをくんでる感じです。24時間介護が必要 な人「施設に送るな」からはじまった運動が見事に生かされています。報告を聞いて元気がでました。

鳥は空へ人は地域へ!


 花はなくてもいいじゃない、とやせ我慢なり

 人の思いが通じないのは、宝くじと天気であります。全く「雨かよ!」とむっとしつつも「花はなくとも」と気分 を切り替え花見に挑んだのです。福祉センターは雨にも関わらず50名を越す参加者があり、みんなで心地よい時 を過ごしてまいりました。
 久しふりに会える人が居るのもレクレーションのいいところです。懐かしい人としゃべっていると嬉しいもの がありました。
また、精神病院から参加してくれた古い仲間の人たちのカラオケを聞いていると本当にのどかな気分になるので ありました。
 来年は、満開の桜の木の下でやりたいものです。参加者のみなさん、雨の中お疲れさまでした。ビンゴが当た らなかった人、事務局ばかり当たってごめんなさい。来年はきっと当てて下さいね。
                 事務局一同

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-障害学・・アベレージ幻想にさよならを ユニバーサルデザイン・考-

 東京や大阪で地下鉄で移動していると、よく車いす障害者に出会う。路線バスもノンステップで誰もが乗りやす そうだ。
移動しながら何となく街づくりを考えた。
 3年前、ユニバーサルデザインをと行政に要請した。その時は「それって何です」てな感じでしたが今や我が町大牟 田の街づくりのキーワードに据えられた。さすが大牟田。
あとは、この理念をどう実際にいかすかが問題だ。それも「市民と行政と協働」でってとこが大切だ。
 いままでの街づくりというのは「アベレージ/平均」にあわせて作ってこられた。平均にあわせようとがんばってき たが、それからはずれると不利な扱いを受ける。だから、多くの人は平均からはずれるのは嫌なことだと思っている。  しかし、多くの人が平均から外れたケースがある。例えば阪神大震災だ。大多数の人は会社に行けない。学校に行 けない。トイレも使えない。普通に送っていた社会生活が送れなくなった。社会環境が壊れたためにそれまでの生活 ができなくなった。そこから考えていくと、
私たちは日頃生まれたままの人間として暮らしているのではなく、誰もが社会的支えを受けながら暮らしている ということが見えてくる。そしてそれに重ねてこれまで社会的支えを受けられなかった人がいたという事実があるこ とに気付く。そのありきたりな社会的な支えでは漏れてしまった人たちを「障害者」と呼んできたのではなかったかと 思う。
 従って、カバーされてこなかった人たちをどのようにカバーしていけばよいのかということが、街づくりのポイント にならなくちゃっと思う。アベレージに合わせたまちづくりに人があわせていく。という流れを変えて、人を真ん中に、 多様な状況に対応できるまちづくりをすすめていく。その方法論がロンメイスが提唱するユニバーサルデザインだ。
 それは多分、車いすマークを増やすバリアフリーを超えて、きっと、安全・安心・快適を基本に「あなたと私の境目 をなくす」まちづくりとなるはずです。
 そう、特別扱いや無視にさよならして自然に生きていきたいよね。

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-もやいがアメリカになった-

 4月19日午前11時。その時は各人用事があり午後から来る人が
 多い日で、その時もやいにいたのは五人と犬二匹だった。まさかこの日に
 どうしてブルースが突然流れるなどと思うだろう。非常時は突然やって来る。
もやいがアメリカになった
         SOSバンドが存在してたころ、もやいには時々ギターと歌が響いていた。もやいの借金を返すためライブに行くときは、 女性陣がつくった和紙のしおりを持っていき売った。過激な歌を歌っていたので抗議文をもらったり靴を投げつけら れたりもしたが、買ってくれる人もいてとても助かった。もやいからギターの音が消えて12年以上になる。もやいでは 二度とそれはないはずだったのだが、先日SOSの企画の必要性から、懐かしい古びた歌とあたらしい歌の練習が取り組ま れた。ギタリストの哲心童子さんを迎えて、狭いもやいは12年前にタイムスリップしたのでした。
 その日、遊びに来てた精神障害のKさんが急に「ジョージアオンマイマインド」弾けますかといった。
哲心童子さんのギターが滑り出す。ブルースのいかした音がいい感じでもやいをつつむ。
 Kさんが歌い出す。哲心童子さんが少し遅れて歌い出す。あー何だかとてもいい。
もやいがアメリカになったのであります。
19世紀半ばに、アフリカから奴隷としてアメリカに連れてこられた黒人が生み出したリズムアンドブルース。セブンスコ ードにのって、心の奥に不時着する恋愛や苦悩の歌たち。
時を超えて、形を変えて現在のミュージシャンに手渡されたR&B。 Kさんと哲心童子さんの歌が終わった後自然と拍手が まきおきたのであります。
 たぶん19世紀半ば、一人の黒人が日々のつらすぎる暮らしの中で、ついに魂を突き破って振り絞った声が歌になり、周 りに黒人たちがハモリ始め歌い終わったときR&Bという人間の歌が誕生したのではなかったか。と僕は夢想するのでありま した。
そういえば、エンパワーメントのソーシャルワークを提唱したのも、スラム街の黒人を支援する黒人のソロモンでありま したっけ。
 ウタダヒカルにも受け継がれているR&B。いいよな。今夜は哲心童子さんのCDを聞いて眠りにおちよう。

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-もえちゃんレポート-

もえちゃん一年生に
 もえちゃんは保育園で一緒だった友達と、地域の学校に通いたかったとおもいます。
でも、もえちゃんに届いたのは養護学校への入学通知でした。また、学童保育も断られました。とても悔しいです。でも、もえ ちゃんの人生は始まったばかりです。いろんなことにぶつかりながら、それでも障害を子ども達の未来に、いろんな風を吹かせ てあげたいと思います。
もえの会は
1, もえちゃんのサポート体制を考える場
2, もえちゃんと地域の子供たちが遊ぶ場
3, 障害児の親・教師・当事者などいろんな人が語れる(考える)場
 もえっこクラブとして、今後も続きます。
もえっ子クラブ次回集い
5月18日(土)午前10:00 福祉センター作法室           多くのご参加お待ちしています                   有松 由里子

メールでGO
★ 滋賀県で福祉施設に勤務するものです。月刊福祉4月号に掲載されたNPO法人おおむた障害者応援センターの「自立と解放の ピアカウセリング」を拝読しました。胸にストレートに突き刺さりました。これからも勉強して行きたいと思っています。 よろしくお願いします。  ツリーラブ
★ 鳥取大学医学部の学生です。IT技術の在宅介護への対用について話し合っています。
在宅介護における悩み・不安・問題点などがありましたら聞かせて下さい。 
★ みなさん、こんばんは!!大牟田の三池小で障害児学級を今年も担任することになったむつごろうです。これからも、ちょく ちょく障害児学級でのできごとを書き込みます。今から楽しみにしています。  むつごろう
★ はじめまして!! 有松君に連絡とりたくてここに書いてみました。有松君元気ですか?
せきそんセンターで一緒だった柳原です。僕はあれから腰も随分良くなって普通に働け
ています。もしよかったらメールでもください。  さとし
★ 千葉県八千代市の知的障害施設の作山更生園と申します。この度ホームページを以下のアドレスに作成しました。是非遊 びに来て下さい。掲示板を皆さんで盛り上げて下さい
                                  作山更生園

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-活動報告-

4月

  2日 SOS事務局会議
花見の最終打ち合わせをしました。
  5日 協議会事務局会議
 NPO法人申請状況についての打ち合わせをしました。
  6日 SOS花見
 53人の参加でした。レポート2面を読んでね。
  8日 アンテナショップ会議
 有松が出席しました。もっとアンテナショップとしての主体性をもって活動していきたいと 思います。
  11日 施設ピアカン
 案浦が行きました。
  12日 ピアカウンセラー学習会2
 ライフヒストリーの語りと意味について学びました。
  13日 NPO会計学習会に参加
 NPOを支援するNPO主催の学習会が福岡市で開催され会計処理の仕方をみっちりと学びました。
  15日 21世紀SOS障害学
 障害者差別の基本構造と歴史について学習しました。
 16日 SOS事務局会議
 SOS集会の打ち合わせを中心にしました。
  17日 宝箱より訪問
 柳川の宝箱より障害当事者のNさんと職員の覚知さんが相談に見えられました。ピアカウンセラーで
集合して話を聞きました。ロールプレイをおこない皆で問題を考えました。
  19日 哲心童子さん訪問
 4面を読んでくださいね。
  20日 SOS集会
 各取り組みの報告と大阪視察の報告が写真とPCを使ってありました。(12面を読んでね)
  22日 ハーツとへル友の合同学習会2
 ライフヒストリーと自己覚知について、又交流分析のワークショップを行いました。
  23日 SOS事務局会議
 DPI日本会議からSOSより常任委員を出してほしいとの要請について話し合いました。
  24日 企画政策部会議
 協議会の総会報告について。
27日 ヘルパー利用者の会
 第2回目の集まりを持ち障害者の交流を進めました。
★編集後記★
 プロ野球もスタート。阪神とダイエーファンの皆さん、好調なスタートおめでとうございます。でも、先は長いのでどうなるの
かわかりませんが、最後まで面白い野球を見せてほしいものです。さて、新年度も始まりSOSも気持ちをあらたに活動を進めて
いきたいものです。野球と同じで一生懸命さがドラマを生むのかもしれません。寺原君ファイトだ。

2002年3月28日発行

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-もえちゃんに桜咲け-

   そよふく風に包まれると、風の温泉に入ってるようですごく心地いい。日、一日と温度が上がり緑が芽生え春が満ちてくる様子は、僕等の目指すエンパメントに似てるよな。
三月十六日「もえの会」会議。障害児の就労に向けて、親・教師・ソーシャルワーカー・ボランティア・障害当事者等、さまざまな立場から意見や思いが出される。縦に横に布を走る思いの糸は、障害児たちの希望の絵柄を描き出そうと、したたかにしなやかに走り続けます。
障害児就学を考える「もえの会」  障害児の就学を考える「もえの会」が、月に一度のペースでこつこつと続いています。参加した親ごさんたちからは「いっ ぱいの刺激の中で育ってほしい」「介護者さえいれば普通校にいけるのに」という、率直な思いや、先生方の現場での悩みな ども出され、いろんな立場の思いを重ね合わせる場なっています。
 例年より10日以上早く桜が咲いています。もえちゃんはいつ桜が咲かせられるのでしょうか。3月25日には結論が出ると いう話です。すでに、多くの子ども達には当たり前に届いている入学通知は、もえちゃんの手許には未だ届いていません。 現状は厳しいのですが、もえの会に集う人たちの思いはきっと大切な力になると思います。(有松 由里子)
                                  次会「もえの会」おしらせ
 3月30日(土)10:00〜福祉センター
 報告と今後について話し合いたいとおもいます。

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-SOS集会/ミニ障害学・ガイドヘルパー制度-

   今月は、各取り組みの報告とミニ学習会を行いました。
学習会は、ガイドヘルパー制度と単身入居についてでした。二つとも自立に向けたとても大切な制度なので、充実させていか なければという事になりました。次回は、当事者主体のグループホームと介護派遣事業についてです。多く方の参加をお待ち しています。
月刊福祉4月号/SOS活動レポート掲載
 全国社会福祉協議会出版の「月刊福祉4月号」に、SOSの活動レポート「自立と解放のピアカウンセリング」が掲載されました。  また、NPO法人全国コミュニティライフサポートセンター(CLC)より、街づくり雑誌「JUNTOSU」への原稿依頼があり、SOS活動 「街の最大のごちそうは人間だ」が掲載されました。

御 礼
事務所を改装し、広くなりましたと先月号で報告したら何人も人が立ち寄ってくれました。記念にと絵やサボテンの差し入れまでいただき、ありがとうございました。
 また、同じく先月号にバザーの品物の提供をお願いしたところ、何人もの人から不要品のカンパを頂きました。おかげさまで助かりました。
いつも気にかけていただき本当にありがとうございます。
事務所の改造にあたっては、茂見建設さんに大変お世話になりました。色々無理を聞いてもらった上に、完成後SOSにカンパまで頂き恐縮しました。
 紙上で失礼ですがみなさんには心より御礼申し上げます。

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-花はなくとも出会いの中に花を見る!-

     4月6日12:00/延命公園
 今年のSOSの花見は、もしかしたら桜がないかもしれないと思いつつ、まあ、それでもいいか、暖かい陽射しの下で弁当食べ、ちょっとビールをあおって久しぶりに会える人と話の花が咲いて笑顔 の桜がみれれば。と、50名を超える参加予定者が書かれた表の前で、思うのでありました。みなさ ん、今の内に今年の桜ゆっくりながめて楽しんで下さいね。
では、 4月6日お待ちしています。
                               事務局一同
福祉祭りへ参加しました
 24日、福祉センター「福祉まつり」が開催されました。障害者協議会も全面協力しているので、もやいもバザーを出させてもら いました。
暖かい日が続いていたのですが、あいにくこの日は、うす曇りで少し肌寒い一日となりました。しかし、いろんな食べ物も用意 されており、多くの人が訪れてとても賑わいました。
 もやいも、ビーズ作品を販売しました。末藤さんの作品など中心に、もやいとしてはかなり売れました。買ってくれた人たち、 ありがとうございました。
 催し全体のスタッフのみなさん、お世話になりました。そして、もやいのスタッフ、お疲れ様でした。明日は代休です。ゆっ くりやすんで下さいね。

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-シネマで愛して・・・マイ・レフト・フット-

 アメリカ映画に多いけど、シネマが始まる前に「これは実話に基づいた作品である」なんていうクレジットがよく流れる。ちょっ と緊張する。そのシネマが福祉系だったりすると、ため息まで出てくるのは何故だろう。
 子どもの頃さんざんこの手の映画を見せられて、親と言わず、教師と言わず、必ずほらほらほらと頑張る障害者像の押しつけを 受け続けたせいかもしないのであります。
 じゃあ見なきゃいいのにとお思いでしょうが、これがついつい見てしまうのであります。どうせ障害者はこうあってほしいとい う幻想の総合商社(お前は辻本か!)を想像していたら、、そうでもなく、かなり等身大の人間が描かれていたシネマでありました。  貧しい家庭の10番目の子供として生まれた重度の脳性麻痺のブラウンが、ある日、左足にチョークを挟み文字を書き始めます。 これが外の世界と彼を結びつけることになるのです。思春期に経験する挫折、失恋、自殺未遂などと、さまざまな体験を積み、画家 として小説家として成長していくのです。父の死後「マイ・レフト・フット」と言う自伝を書くのですが、これを読んだ看護婦のメリー は彼のプロポーズに応え結婚することになります。
 人としての苦悩とか、弱さとか、わがままとか、せつなさとかが描かれていて、すごく人間的でいいのです。たぶんこれを見た多く の人たちに、古典的な障害者像の転換を迫るかもしれません。いいなと思います。シネマなのですから人間のドラマが描かれなければ いけません。そういう意味では「ウォータダンス」よかったな。「静かな生活」最高だよね。「八日」アカデミー賞やらなきゃね。と、最近 は福祉系にもいいシネマが続々であります。
 さて、このシネマを見ながら、やはり思い浮かべるのはSOSの「マイ・ライト・フット」と言われる(誰が言ってんだ)池田さんの事であ りました。右足に筆を挟み独自の色使いで、風景や花を描いてきた池田さんの世界にもいろんなドラマがあると思います。シネマにし てみたいと思いますよね。
僕らではシネマはつくれませんが、カレンダーならということで、今、池田邦博2003年ARTカレンダー「マイ・ライト・フット」を計画中 です。「これってこじつけのMCじゃないですか」と思われたみなさん。正解。ごめんなさい。

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-障害学・・・バリアフリー-

 バリアフリーなる言葉はかなり市民権を得てきたと思います。BUT、しかし、しかし、その捉え方に至っては単なる物理的なものに限 定したり、当事者の切なる願いにはほど遠いところにあるのです。哀しいことにソーシャルワーカーや肝心な障害当事者にも思い込みが はこびり、ため息を落としたくなる時があります。
 物理的なバリアは誰が見てもバリアであり、バリアフリーにしていくのは当然だし市民的共感も得られると思います。しかし、人の暮 らしにとって意識や制度など形のないソフトなバリアの存在がとても大きいのです。
 障害者と健全者、男と女等、社会意識や制度はかなりバリアフリーだ。特に高齢者や障害者は、保護という名目で隔離されバリアの中 に閉じ込められてきた。最近は「誰もが住み慣れた町で一緒に暮らそう」という共生が模索されている。が、再び「しかし」。それは単 に「物理的な町の中」を意味していないか?すり替えられていないか?
 施設を出て、あるいは親もとを出て町の中で暮らすことは、実は「物理的な町の中に居ること」ではないはずだ。それはきっと「当た り前の人間関係の中で暮らすこと」であるはずだ。この「あたりまえ」の5文字を僕らは未だ手にしていない。バリアの出処はわかった けど、BUT、しかし、このバリアフリーには恐ろしく時間がかかると思われる。
 バリアフリーを言うときに同じ市民として、対等な権利をもち、けして、子ども扱いをされたり弱者と名付けられることなどないよう に「一人の人間同士としてつながりあえる暮らし」という思いや願いをその基盤に据えなければと思う。
 古代ローマ人は、死の有り様をこう定義したと言います。「人々の間にあることをやめること」。このローマ人の死の定義は僕らにと って身に沁みる言葉です。逆説的に言えば「人々の間にあることこそが生きている証ということになります。
 バリアフリーは、けして人を人から隔離(それは死を意味する)しないために、人と人との間の精神的、物理的バリアを取り除き、人と 人を水平につなぐ実践的課題。つまり、人が人であろうとする営みといえると思います。
 そしてもうひとつ、障害者を「福祉」というバリアから解き放つ意味をもった概念でもあると思います。

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-活動報告-

3月

    2日 大牟田養護学校創立30周年記念式典
 研修生を受け入れてたご縁で、もやい代表の久冨が出席しました。式典の後交流会 もありました。
   4日 支援センターの職員とヘルパー利用者の会事務局学習会
 SOS事務所にて学習会が行われ、セルフヘルプグルーブ活動や本来 の支援事業のありようなどについて話し合いました。
   9日 もえの会集い
 ファミリーサポート事業について、社会福祉協議会の職員の方より説明を受けました。障害児のお母さん方や 米の山病院の村上さんも、研修生の人と共に参加してくれました。
   12日 SOS事務局会議
 各担当の取り組み状況やピアカウンセリングのあり方や、花見やバザーに向けての話をしました。
   16日 もえの会集い
 第一面の有松由里子のレポートをお読みください。次回の日程も書いてあります。できればご参加をぜひお願 いします。
      SOS集会
 第2面に報告文が載っています。読んでくださいね。次回は4月20日(土)午後10時より福祉センターです。どなたでも 参加自由大歓迎です。
   19日 SOS事務局会議
 ピアカウンセラーの学習の必要性とソーシャルワーカーとの必要性について話をしました。
   24日 福祉祭りへ参加
 社会福祉協議会の福祉祭りへ、もやいとして参加してバザーをやりました。参加者のみなさんお疲れ様でした。
   26日 障害者協議会事務局会議
 次回企画政策会議への対応について話をしました。
      SOS事務局会議
 「ARTカレンダーU」制作に向けてや、ピアカン学習会のやり方についてなど。
   28日 大阪障害者センター研修
 障害当事者主体の総合相談のあり方について学びました。
   29日 中部障害者解放センター研修
 当事者主体のグループホーム・介護派遣事業等を学びます。

★編集後記★  SOS活動初期のメンバーの宮本恵さんのお母さんが先日亡くなられました。心よりご冥福をお祈りいたします。家に居ても寂しいのでと、
先日は事務所に出てこられました。少しでも気が紛れればいいなと思います。亡くなられたお母さんにはカンパを頂いたり差し入れを頂いた
りと、大変お世話になっていました。
本当にありがとうございました。 黙祷

2002年2月25日発行

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-風-

以外と暖かかった二月が終わります。このままいけば今年の桜は早く咲くかもしれません。
花見のお知らせも載せますので、ぜひ当日はご参加下さい。みんなで満開の桜を愛でたいと思います。
 風
 乗るな/ 待つな/ 風になれ
 吹くな/ 飛ぶな/ 風になれ
 泣くな/ 笑うな/ 風になれ
 行くな/ 来るな/ 風になれ
 ゆめを/ 起こす/ 風になれ     SOS詩集「林檎」より
就学猶予で学校に行けず、外出もままならなかったBさんは、電動車イスを手に入れてから、たぶん風になったのだ。 待てど暮らせどそよ風さえも吹き込まなかった人生にケリをつけて、たしかに風になったのだ。
プロレラスラーの入場のように、BGMを響かせて事務所に登場するBさん。古舘一郎ならこう実況するだろう。 「おっと。長渕の曲にのって入場して参りました。教育の機会も奪われ、人生の戒厳令の中差別を超えて生き直しを始 めたB。まさに現代の巌窟王であります。今ゆっくりと花道から自立のリングへと進んでおります。思いやりのバック ドロップ、面倒見のラリアートという必殺技をひっさげて今ロープをくぐります。おっと。チロであります。小さいな がらも乱暴者のチロが膝の上で吠えております」なんてね。
アイウエオ・カキクケコと呪文のように唱えながら、町の看板のひらがなの字を読みとろうとするBさん。
Bさんの風を受け僕らも元気になるのだ。

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-少し広いと少しうれしい-

一度もやいを訪れた人なら、きっとその狭さに驚かれたと思います。心やさしき人たちは口にこそ出しませんが「何これ」 というのが正直な感想だと思います。そのもやいが少し広くなりました。だからみんな少しうれしいのです。おそらく日 本で一番狭い作業所であったと思います。ギネスに申請すれば良かったなと思います。
さてさて、狭かったもやいの歴史が懐かしく甦ります。今も昔も僕らには金と力はあるはずもなく、ローンを組んでもやい をつくろうにも、障害者当事者にお金を貸してくれる金融機関はなく、途方にくれたり、危機、危機、危機の樹木きりん状 態。何度も何度ももやいの中で重いため息を落としたのであります。
僕らの活動は、貧乏と無力さと身銭を切るというスタイルなので、多くの人が去っていったり、誤解を受けたりと寂しい思 いをいっぱいするのですが、その寂しさを埋めてくれる友が新たに現れてくれるから人生は捨てたものじゃないのです。 しかし、その友が何人も亡くなってしまい、せつなさがいくつももやいに封印されました。もやいも引っ越そうという意見も ありましたが、亡くなった人や精神病院に長期入院している友を思うと立ち去れないのであります。
 ということで、少し広くしようと改造したのです。動きが少し楽になりうれしいのですが、もっとうれしいのは、色んな人 が訪れてくれることです。
 もやいの隣の自動車登録センターの人から改造祝いにと、観葉植物をいただきました。
  情けが身に沁みます。少し広くなったもやいで子犬や小鳥もうれしそうです。これもひとえに、色んな形で支援してまらって いるみんなのお陰です。感謝します。近くに来たらみなさんふらりと立ち寄って下さいね。お待ちしています。

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-花見-

2002年  SOS花見  楽しい出会い、楽しい話、きれいな花
              延命公園  日付:4月6日(土)
    参 加 費                12時からスタート
   大  人 1500円            ☆雨天の場合は瓦町福祉センターで行います。
  高 校 生 1000円            ★参加しめきりは 4月1日までよろしくね!!
  中学生以下  500円

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-バザー用 不用品提供のお願い-

  3月12日に、大牟田市と商工会議所主催のバザーが諏訪公園であります。
もやいは今年も参加します。バザーの度に恐縮ですが、ご家庭にある不用品等ありましたらご提供をお願いしたいと思います。
よろしくお願いします。
売上金は障害者の記念イベントの資金になります。お電話いただければ取りに伺います。
 電話/56−9142 よろしくお願いします。

 もやいアンテナショツプへどうぞ!! 製品も用意しました!
 築町商店街の「よらんかん」に障害者協議会のアンテナショップがあるのですが、もやいも外国産ビーズを使用したオリジナ
ル製品を販売しています。
 春の新製品として、チャイニーズノットの根付けを好評販売中です。是非立ち寄ってくださいね。もやい以外の作業所の製品
もいいのが揃っています。よろしくね。水曜日はもやいが店番なのでもやいのメンバーがいます。よろしくお願いします。

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-障害学 キム・マリの演激-

世界的に評価の高い大阪の重度の身体障害当事者劇団「態変」の最新作は「マハラバ伝説」だ。劇団を引っ張るキムマリが、多 分新境地を拓くだろうなという予感がする。
20数年前結成されたこの劇団は、重度の障害者が舞台に立ち恨みつらみの情念の海で暴れまわるというインパクトを与えた。キ ムマリは「見られる障害者」から「見せる障害者」に転回することを演劇という表現で見事に切り取った。しかし、上演を重ね ながら劇のあり様が変化していく。セリフがなくなり、身体表現と音楽と照明で全てを表す現在に行きついた。
重度の障害者の身体の動きは健全者の法則を超え、いくつもの物語を紡ぎだす。その存在感と人の身体の不可思議性は、幻想化 され芸術へと昇華していくようだ。
そう、アンチ健全者文明から出発したキムマリは、今、まっすぐ芸術へと向かっている。過激な障害者解放運動の先頭に立ち、 ジャンヌダルクのように剣を取った女性は、時を超え、歳を重ね、おだやかな瞳で人のなし得る所業を受け止め、そして祈って いるのではないかと思える。
在日の重度の女性障害者というレッテルは、もはや彼女には通じない。彼女は一人ぼっちで自己の文明革命をなし得、地上を飛 び立ったのだ。
そのキムマリさんが障害者解放運動の原点とささやかれる「マハラバ伝説」に挑む。
そして、偶然僕等劇団ポリCも原点回帰の作品に挑もうとしている。
おそらく20世紀という、化学と文明の世紀においても落とし前のつかなかった心の迷宮に、再び僕等は向かうのだと思う。キム マリは障害者の身体表現で幻の都をつくり、僕等は言語表現で仮の宇宙をつくるのだ。
 マハとは大きな、ラバとは叫び。僕等の大きな叫びマハラバは、21世紀の文化とぶつかり摩擦をおこし、その熱は原始、弱い 生き物であった人が初めて火を起こした時のように、命の平等性を普遍化した新たな文明の松明となるのだろうか。

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-活動報告-

 

2月

   2日 身体障害者相談員研修会
 支援費支給制度について、県の福祉部職員の話があり参考になりました。
  4日 協議会事務局会議
  5日 協議会/常任委員会と臨時協議会総会
 協議会のNPO法人化が決定しました。今年の7月頃には認証される予定です。
  8日 施設ピアカウンセリング
 有松ゆが担当しました。
  9日 もえちゃん就学
 もえちゃんの就学を考える集まりもこつこつと続いています。まもなく弥生3月。入学式が近づい
てきました。多くの方の参加をお待ちしています。次回の集まりは3月9日(土)午後2時から福祉センターです。
  12日 ガイドヘルパー利用者の会の事務局会議とハーツとの意見交換
     事務局会議
 SOS集会の打ち合わせや花見の話が中心でした。
  14日 CIL久留米所長古川さん来も
 NPO法人について意見交換をしました。相変わらずギャグに執念を燃やされていました。
一番笑われたのは本人さんでした。職員の石井さんお疲れ様でした。
  15日 障害者就労で意見交換
 恵愛園をお借りして、数人で意見交換を行いました。
     協議会事務局会議
 お昼ご飯を食べながら今後の日程についてを中心に話をしました。
  16日 SOS集会
 支援費支給方式の最新情報の学習会とセルフヘルプグループ活動について学びました。
     教育を語る会
 養護学校の先生や親御さん達の学習会で支援費支給方式について説明してきました。
  19日 ガイドヘルパー利用者の会事務局とハーツとの意見交換
 ソーシャルワーカーの基本的あり様と基本知識の確認学習会をしようということになりました。
  24日 支援費支給制度の学習会への参加
 CIL久留米主催の学習会で、解りやすくためになる学習会でした。
 ★編集後記★  元XJAPANのTOSHIのライブをSOSでしませんかというお話を頂きまして、視聴用のCDも送ってもらったのですが、日程が合わずに幻
となりました。残念。又の機会にと思います。TOSHIさんは今精神障害者のボランティア活動などもやってるそうです。CDを聞いたら、
あの澄み渡るボーカル健在でした。さすがだなあと思います。

               
2002年1月20日発行

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-Kさんの結婚-

 2002年のスタートです。今年もよろしくお願いします・みなさんどんな新年を迎えられたでしょうか。
今年こそはと、期するものが誰にもあると思います。希望が叶えばいいですよね。
      一月一日 Kさんは彼女の運転する車からにこにこと足を振ったなんだか毎年お正月らしさがうすれてる気がして「こいつはぁ春から縁起 がいいわい」といってみたくなるよな出来事があればなと思っていたら、旧友のKさんが彼女を連れてやってきたのです。話を聞けば結婚 をしたいとのこと。きた、きた、きたってなもんで。僕は盛りあがったのです。Kさんは自分の身の回りのことは全て足で行う重度の脳性 マヒ者で熊本で若い重度障害者たちと「共同作業所」を営んでいてそのリーダー格です。今年年男の彼が結婚の相手と思い定めた彼女は若 い学校の教師で優しそうな人なのです。いいね、いいね。と思いつつ障害者と健全者の結婚となると「多分」と思ったら案の定周りで反対 の声が出ているとのこと。うーんめでたさも半分。しかし、当事者は結婚に向けてやる気十分。
偶然にも僕の友人に同じような状況におちいって障害者がいたので、急遽電話で呼び寄せたのです。偶然とは恐ろしいものでやって来た 障害者HさんもKさんと同じ年男。情報交換やら今後の取り組みについて話をしたのであります。ふと気がつけば、なぜ元旦に会議みたい な感じになったんだろうと思いつつ、僕も話の輪の中にいたのでした。
 彼女のKさんへの信頼のまなざしがすごくいい感じで、二人の幸せを祈りつつ帰りを見送ったのです。車が動き出し、手を振る僕らにK さんはにこにこと足を振って去りました。

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-2002年の活動開始-

  一からはじめて十を知り十からかえりて一を知る
                 千利休の言葉をかかえて
                         SOS活動開始
8日より活動を再開しました。
   SOS・もやいにたくさんの年賀状をいただきありがとうございました。
新年早々、全国社会福祉協議会より、SOSホームページを通じて「月刊福祉・4月号(3月発行)」の原稿依頼を受けSOSのピアカウンセリング の取り組みを中心にメールで原稿を提出しました。
インターネットショッピングでもやいの作品を売り、インターネットを通じて寄付金をいただけるシステムを作っているところからNPO法人 としての参加のお誘いを受け、その手続きをしたりと、ITを通じた動きから2002年がスタートしました。こういう時代なんだとしみじみ思 います。
さて、今年もSOSの基本姿勢にのっとり、素朴な原点を忘れず豊かな広がりを求めて、さらにエンパワーメントしていきたいと思います。 日本一狭い共同作業所もやい改造中です。ほんの少し広くなります。近くに来たら寄って下さいね。では、本年もよろしくお願いします。     事務局一同

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-障害学Y /セルフヘルプグループ わかちあい・ひとりだち・ときはなち-

     最近とみに福祉系の業界で横文字がふえました。うーん、社会全般で横文字ふえてるよなと、ためいきをつきつつ「セルフヘルプグループ」 などと言い出す自分がいます。まいったなとぼやきつつ、最近注目のこの用語に密着します。直訳すると「本人の会」という事になります。 ナチスが猛威をふるっていた時代の、ユダヤ人の集まりが発祥だという説があります。アルコール中毒や同じ病気に罹患した人、一人暮らしの 高齢者や、連れ合いを亡くされた方、虐待を体験した人、障害を持った人などなどそれからさまざまな本人の会がつくられて活動しています。  一言で言えば共通の問題を抱え、共通のゴールを目指す当事者の集まりということになります。この会のキーワードは3つです。 共通の体験を通して気持ちがわかってもらえる、情報を得られる考え方の広さがわかる。というわかちあい
自分の事を誰にも遠慮せずに決めていくこと、自分で選択すること、社会に関わっていくこと。というひとりだち。  自分を卑下せずに尊敬すること、社会への働きかけを行うこと。というときはなち
いわゆる僕等が言ってる解放運動。
この3つのキーワードがそれぞれからみあって本人の目指すゴール(目標)にむかいます。
本人の主体性をもっとも大事にする事が基本になります。
 仕事として本人や本人の会と関わる人や、専門家やボランティアは、この本人の会のあり方自体に干渉したり指導したり操作したり、支配した りするのではなく本人の会の主体性を認めたうえでの支援が必要になります。これをセルフヘルプ・クリアリングハウス(また横文字かよ)とい います。欧州では常識ですが、日本ではこれがうまく行かない時が多いです。おそらく本人の会のあり方がよく理解できてないのだと思います。
大牟田では、ガイドヘルパーを利用する当事者の会が昨年の末に出来ましたが、これも立派な本人の会(セルフヘルプグループ)です。いいぞ。 三つのキーワードで少しづつ進んでいって欲しいものです。

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-自分らしくオンリーワン   シネマで愛して/素晴らしき哉人生-

 それはそれは古いシネマでありまして、多分「イッツ・ワンダフル・ライフ」というのが原題だったと思うのであります。役者の名前も思い出せ ませんし、世間の評価もそんなに高くないシネマであるに違いありません。しかし、なぜか時としてふっと思い出すシネマであります。
 主人公の子ども時代、彼は左の耳が聞こえないのですが、それを知ってる彼に好意を寄せる女の子が彼の聞こえない左の耳にそっとこうささや くのです。「あなたが大好き」もちろん主人公には聞こえないのですが、こんな形でのl loveouもあるんだと記憶に残るシーンとなりました。スト ーリーは、人間賛歌と言うか、愛は勝つというか、ひたむきに生きていく主人公と、あのl loveyouをささやいた奥さんが絶体絶命の危機に陥り 主人公は自殺を決意するのです。「いったいどうなってしまうのか」と、カチンコのナレーションが入りそうですが、しかし、しかしという感じで 最後にハッピーエンドが用意されるのであります。さすがアメリカシネマなのであります。
 このシネマ、主人公の生き方が、他人と競争してナンバーワンを目指すのではなくて、けしてそうではなくて、ポリシーは自分らしくオンリー ワンの人生なのであります。ナンバーワンのハッピーエンドではなく、オンリーワンのハッピーエンドが心を癒してくれるのであります。
 「自分らしく」このキーワードはとても大切のように思えます。最近の若いミュージシャンの詞にも、数多くこのメッセージがかなり素朴な表現で 現れているのであります。
 自分らしくあるためには、エンヤコラと過去の自分に遡る旅が必要な気がします。それは未来を創る旅ともなるかなと密かにつぶやくのでありま した。

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-もえちゃんに さくらの花は 咲くのだろうか-

  静かに静かに近づいてくるのです
 風は少しづつ温度をあげて
そよふく用意をはじめ
陽射しはすこしづつながくなり
きぼうを照らす準備をはじめ
大地はすこしづつやわらかくなり
たびたちを祝う練習をはじめ
そして
さくらはすこしづつ芽を息吹きはじめ
幸せのロードを作りはじめる
萌えの国が生まれくる鼓動がひびき
弥生の空の下
ランドセルを抱きしめた少女がかけぬける
その時こそ
春が来たのだと知る

 もえちゃんの就学をみんなで考えようと話し合う場をつくって半年が過ぎました。 もえちゃんのことを考えていくということは、重度の障害児全体のことを考えていくということとイコールです。もえちゃんという存在を中心に親 ごさんや学校の先生方、障害当事者や福祉関係者などで月に一回集まっています。それぞれの立場からの視点や思い出を出し合ったり、もえちゃん の就学に向けた経過報告を聞いたりが中心になるのですが、今までの障害児の就学の取り組みにありがちな硬直した議論でなはなく、柔軟で今後の 展開が広く開かれた方向を目指した議論が進んでいます。
 具体的に普通校への就学の道筋が見えているとはいえませんが、もえちゃんのこれからの長い人生を視野に入れた息の長い取り組みが必要になる と思えます。
 もうあと2ヶ月もすれば桜が咲き誇ります。多くの子ども達が門を入ったり出たりと希望が広がる季節です。が、しかし、門をくぐる事が叶わぬ 子どもや、くぐるために大変な艱難辛苦をしいられる子どももいるのです。障害のありようで分けられる子どもたち。それは希望の選別とも言いか えられると思います。命の平等性と希望の機会均等を奪う資格は大人にはありません。ではどうすればと考えられずにはいられません。
 もえちゃんの存在がいろんなことを考えさせてくれます。それは自分のありようにも、学校のありようにも、社会のありようにもおよびます。とも に生きるための知恵を絞りたいと思います。次回の集まりは下記のとおりです。どこからでもそして誰でも参加自由です。
どうぞ、一度のぞいてください。
  2月9日午後2時〜福祉センター

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-活動報告-

         

1月

   8日 事務所開き
 今後の活動開始ということで、ささやかにウーロン茶で乾杯、新年の抱負やそれぞれのお正月の披露などで盛り上がりました。
アンテナショップ会議
  9日 協議会会議と新年会
 協議会も活動開始です。今年も去年以上のハードな活動が予定されています。担当は当事者として頑張っていきたいと思います。
    事務所改造スタート
 10日 もやい手芸教室新年会
 昨年は創作ビーズをやり遂げたもやい。今年も頑張ろうという事で新年会は
盛り上がりました。新作のチャイニーズノットのねづけの練習も始まりました。
春先には新製品として登場の予定です。
 11日 全国社会福祉協議会より「月刊福祉4月号」原稿依頼
 SOSにピアカウンセリングを中心に、地域生活支援に関する原稿依頼を受けました。この本を知ってる方は四月号読んで下さいね。
     久留米障害者雇用センター訪問
 CIL久留米の紹介で、障害者雇用の助成金制度についてレクチャーを受けました。
 15日 事務局会議
 SOS集会のことについて話し合いました。
 17日 施設ピアカウンセリング
 案浦さんが担当しました。
 19日 SOS集会
 新年の抱負をいいあいました。
     もえちゃん就学
 もえちゃんの入学まであとわずかとなりました。
 21日 協議会事務局会議
 22日 協議会合同部会
      事務局会議
 29日 バリアフリー住宅士養成講座講師派遣
    事務局会議
 そろそろ花見の話をしましょう。
★編集後記★
  みなさん新しいお正月をいかがお迎えでしょうか。春まではいま少し時間がかかります。インフレエンザが猛威をふるっていますので、くれぐ れも風邪に気をつけて下さいね。
今年も1年間楽しみながらいいニュースを送り出したいとおもいます。
みなさんにとっていい年でありますように。では。

2001年12月25日発行

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-バリアフリーの恋をして-

君の言葉が 聞き取れなくても 思いが聞こえるよ
君の体が 動かなくても 世界は手にはいるよ
恋のマジックは 可能の王国を つくり出すさ
バリアフリーな恋をして 僕はひとつ 幸せになる
 恋なるものだけは自由なのだと思いこんでいた。が、しかし、少しづつ人生の不思議が見えてきて、自分の中 にも恋する前に恋していいのかどうなのかという前提があることに気付き始めた。
十代の頃はそれで頭がいっぱいだった。二十代には、恋に臆病になった。後年僕のつきあっていた女性は本を出 版した。その中で僕は恋の臆病者と書かれていた。ヒェーッ。何て奴だと思ったが、僕も後年、彼女との顛末を 「にやがんな」という歌にした。何て奴だ。恋愛における差別はややこしく悲しい。そして変わらない。
フー。バリアフリーが必要だ。

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-12月1日 障害者の日記念イベント-

障害学のススメへの参加と協力、本当にありがとうございました。これからもよろしく
俺達が本当に望むのは 船室を選ぶ自由ではない 航路を選ぶ自由なんだ
         SOSバンド「肩より高く頭を挙げて」より
 私たちが福祉の枠に止まれば、船室の選択の自由だけが与えられる。私たちは自分を人と名付け、市民と名付 け、人権の視点から、いかに生きるかという航路を選ぶ自由を手にしたいと思う。そのことが共に生きる初めて の一歩になるのだと思う。
 多くの人の協力で「障害学ノススメ」は100人を超える参加者を得て無事に終了しました。十分な議論が尽くせ たとは思いませんが、私たちには精一杯のイベントでした。今年一年だけでも何回となく、障害学と名付けた学習 会を少ないときは2、3人でやってきましたが、今年最後の学習会を拡大版でやれて本当に良かったと思います。
来年もミニ学習会をコツコツと続けていくのですが、一方でまた多くの人に参加してもらえるような場をつく っていけたらと思っています。
 朝から会場づくりに汗を流してくれたみなさんをはじめ、スタッフのみなさんにもお世話をおかけしました。
改めてお礼を言います。ありがとうございました。
 また、講師の金さんパネラーのみなさん。有意義なお話をありがとうございました。来年の障害者の日のイベ ントは何にするかまだ白紙ですが、おもしろいものができたらな思っています。
 その時はご協力よろしくお願いします。講師の金さんから参加者のみなさんによろしくとのメールをもらった ことを報告しておきます。

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-テレビファソラシド-

めったなことでほめたりすることのない有松温之さんがほめたので「プロジェクトX」なる番組を見ました。主 題歌のフレーズ「人は空ばかりみてる」が、身にしみて、中島みゆきの濁る事なき魂に胸が熱くなりました。いい よな。この人。オールナイトニッポンの「ガハハ女」の時も良かったけど、歌うたってるのが一番かっこいいです。 番組には心が引きつけられました。そして何故か昔の事が懐かしく甦ったのでした。施設時代(またかよ!)小学 生の頃、僕は友達と稲荷津ずしと巻きずしどちらがうまいかでもめて、なんとアンケートを取って決着をつけた のです。結果は覚えていないのですが、僕はいなり派で、結構いい戦いをしたと思います。そして長崎の施設で は中島みゆきとユーミンどちらがいいかで又もめてアンケートへ。これは負けました。僕は女は中島みゆきで男 はたくろうに決めていましたのであまりショックはありませんでした。みゆきは負けた方がかっこいいのですか ら。それともう一つ、熊本の施設での僕はプロジェクトX体験がいまだに尾を引いています。その施設の寮長は入 所している障害者で職員べったりの管理主義者でした。権力を背景に威圧的でした(障害者同士を向き合わせる管 理者達のやり方は、後に部落史を学ぶなかで知りました)寮長を変えねばと思いました。形だけでも年に1回選挙 選があります。むろん今でも誰も立候補など考えたこともありませんでした。秘かに立候補者を決め多数派工作 を開始。結構みんなびびって協力をいやがりましたけど説得しました。小差で僕等は勝つ数を集め選挙に挑みま した。立候補の手が上がったとき事務長の顔色が変わりました。勝ったと思いました。が、しかし、事務長がこ う言い放ったのです。「じゃ決を取る。誰が誰に手を挙げたのがわかると気まずいだろうから全員下を向いて手を 挙げろ」と。そして事務長ひとりで数を数え僕らが負けたのです。果たして本当はどちらが勝ったのかわかりませ ん。子供だましの奇策にやられました。僕等のプロジェクトXは番組のようにハッピーエンドにはなりませんでし た。あれから30年。障害者同士を向き合わせる手法と、子ども扱いは続き僕らのプロジェクトXは未だ現在進行 形なのだと思います。
最終回はいつくるんだ。「私たちのドラマに最終回なんてないでしょうが」とムーンのセリフが甦るのでした。

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-シネマで愛して/ 今を生きる-

監督のピータ・ウイアーはハリソンフォード主演の「刑事ジヨンブック/目撃者」をつくつた人ですが、こういう のもつくるんだと少し驚きました。
 さて、あのロビン・ウイリアムが教師役で主演といえば、これはもうお約束のアメリカ版金八先生だと思いつ つたのであります。
 だいたい金八的ではありますが、なかなか哲学的でもあります。いいセリフがいっぱいあるんです。絵もきれ いです。紅茶でも飲みながら深夜ゆっくり見たいシネマなのです。タイトルがストレートすぎて気恥ずかしいや ら、ちょっと抵抗を感じたりはしますが、それはそれ。要は内容なのですから。
 物語は、高校生が全寮制の高校に入り、そこに元卒業生のロビンが教師としてやって来るところから始まりま す。伝統と格式と権威として機能します。学校や親の意向が優先し若者たちはだんだんと飼い慣らされていくの ですが、ロビンの存在がその流れを変えようとします。生きること死ぬこと存在することなど、ロビンの語りか けは若者をエンパワーメントさせていきます。若者たちは自分の頭で心で物事を捉えようとします。生き生きと しだすのです。自分本当にやりたいことに行き着いた1人の若者は、それを許さぬ親との葛藤の中で自殺します
その責任をロビンがとらされ学校を去って行くのです。
 こころがせつなくなるシネマなのです。組織という権威というかそういう非人間的なものが人間を苦しめてい くというせつなさと、せっかくエンパワーメントした若者が、志をディスバワーメントさせられていくのではな いかというせつなさが紅茶をにがくします。
 やりきれないまなざしで生徒に別れを告げるロビンを振り向く者などもう1人もいないのです。ロビンが去ろ うとするその時、1人の若者が机の上に立ちロビンを見送ります。教師の静止を振り切って又一人、そして又一人 机の上に乗りロビンに敬礼をするのです。金八先生ならここで中島みゆきの「世情」が流れるよなと思いつつ、涙 がぽろりと落ちたのであります。

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-独断と偏見と自己満足で送る2001年-

SOS・10大ニュース
1.障害児ARTカレンダー見参 障害をもつキッズ達の感性がきらめくカレンダーが完成。来年から市長の机の上 や買ってくれた多くの人の机の上できらめくぞ。
2. 養護学校研修生辻君見参 礼儀正しい辻君登場。有松師匠と共にパソコンのホームページ作成や動画のソフ   トに挑戦。永ちゃんファンのお父さんとやさしいお母さん差し入れありがとう。
3. 末藤組長見参 つい組長と呼びたくなる雰囲気十分の末藤さん晴れた日は名犬チロと共に毎日もやいに登場。   就学猶予に在宅45年。やっと電動車椅子で娑婆へ。優しい人なのです。
4, ビーズ作品見参 何気なく始めたのにプロの教えを受けて上達し、今やもやいの主力製品に。奇跡です。買   ってくれた人ありがとう。
5, インターネツトオークション見参 もやいでは今年よりインターネットオークションに参加し開店。ビーズ   など色々売ってます。パソコンで遊びに来てね。
6, 障害学ノススメ見参 障害者の日記念としての学習会は久々です。コツコツと来年も少人数でも続けていき   ます。
7, NPO法人見参 障害者の地域での自立と解放を目指してエンヤコラってな感じです。正義のつまみ食いと成り 替わり主義のパターナリズムVS共に生きる革命を目指す当事者のエンパワーメントの戦いは続くのであります。
8, ケアマネジャーリーダー養成講座中央研修見参 タイトルがながいぞ。厚生労働省主催の講演に参加。来年   の大牟田開催に大きな弾みとなります。いいぞ。
9, プロジェクトXのパロディー見参 何で忘年会の余興に命張るわけ。などと野暮なことはいいっこなし。10年   前のあぶない刑事のパロディー「あぶないCP」に続く映像編で今年は勝負をかけます。
10, SOS合コンに見参 障害者の集団見合いの枠を超え障害あろうがなかろうが誰でも集え、そして出会えってな   もんで、久留米の障害者支援センター主催の合コンがあります。24日クリスマスイブの日誘われてふらふら。
SOSもクリスマス難民を集めて行ってきました。
もやい新聞今年最後です。いつも読んでくれているみなさんありがとう。直接は会えなくてもみなさんの存在が 励ましとなり新聞ができあがります。来年もよろしくお願いします。良い年を。

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-活動報告-

 

12月

  1日 障害者の日イベント 100名を超える参加者で有意義な学習会ができました。
  2日 ガイドヘルパー利用者の緊急会議 ガイド利用者の半分以上の人が使えなくなる状況になっていると
     いうことで緊急に集まりをもち、改悪反対の要望書を出す事となりました。
  3日 池田さん三池小学校で講演 
  4日 事務局会議      有松さんと池田さん白川小学校で講演 大場さん倉永小学校で講演
  6日 協議会会議 ガイド利用者の人達と共に改悪反対の要望書を提出する事と今後の協力を確認しました。
  9日 障害者の日のイベントに参加
 10日 ガイドヘルパーに関する要望書提出
 11日 事務局会議 同推の教師の人達と意見交換 今後の人権への取り組みについて話し合いをしました。
 18日 事務局会議 各人の取り組み報告と忘年会の障害者の介護手配などについて話しました。
 23日 SOS忘年会
 24日 合コンに参加 久留米市役所で障害のあるなし関係なく出会いをつくる合コンにいきます。
     事務局反省会 今日の反省明日への自信
 27日 事務所お掃除 狭いかららくです。
 28日 冬休み 気分転換に遊びきわろう。一年のおつかれもとってね

1月

  8日 SOS・もやい2002年の活動再開
 ウーロン茶でささやかな出発式をやりました。今年の干支は馬。
     うーん。跳ねまわってみよう
★編集後記★

  新世紀の1年。みなさまいかがでしたか。もやいも今年は無事に新聞をだせました。顔を合わせられない人達と この新聞でつながってると思うと手はぬけません。見えない思いが背中を押してくれます。来年もこつこつと出 し続けたいと思います。よろしくお願いします。
では、よいお年をお迎えください

2001年11月30日発行

ページ1

-夢の扉を開く鍵は誰もが持っている-

お元気ですか。12月1日の用意に追われています。多くの人に訪れてほしいのです。
みなさんよろしくお願いします。街はクリスマスバージョン白い恋人たちの季節ですね。エンジョイして下さ い
その人は、薬害で両手の機能をなくした。以来食事は両足を使用する、レストランではテーブルの上で食べる。
自国のレストランでは入店を断られる。しかし、アメリカのレストランではADA法(障害者差別禁止法)の影響で 断られることはない。その女性は弁護士になった、今自国で活躍中。そのうち彼女の国でも差別禁止法ができる のだろうか。
 バリアフリーが進んだ先進国で1つの裁判があった。動物園で観光の楽しみを壊しす気味の悪いもの(重度の障 害者)を見せられたとして慰謝料を要求する裁判だ。訴えた人は勝訴した。一体その人は何に勝ったのだろう。
 システムができる制度が進む。が、しかし、少し楽になっても幸せの温度は上がらない。どうすれば幸せの実 感ってやつに出会うのだろう。その鍵はどこにあるのだろう。

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-生きてることに乾杯!!-

クリスマスイブの前日だと 君が言ったから今年の SOS忘年会はクリスマスイブなんてね
おおむた障害者応援センター並びに共同作業所もやいの2001年の活動おつかれさまでした。陰に日に私たちのつ たない活動を支えてくれた多くの皆さん。ありがとうございました。心よりお礼申し上げます。
ささやかながら年に一度のお祭り、恒例のSOS忘年会を行います。ぜひご参加いただきますようお願い致します。
ラッキーな年だった人もそうでない人も集まって下さい。森羅万象、四面楚歌、自問自答、七転八起、百鬼夜行、 誠心誠意、何があっても何がなくても、とりあえず生きてることに乾杯!

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-秋は盛りだくさん-

芸術の秋/池田邦博さんおめでとう!
 秋の美術展に作品を出展した池田さん。なんと「古賀秀一賞」を受賞されました。おめでとうございます。
素敵な色使いで大胆に素直に花の生命力が表現されています。
バザーの秋/みんなお疲れ様でした!
 サンアビ祭りは雨が降らないという神話はもろく崩れ初日は雨なのでした。その上寒いのでした。ヒェーって な感じです。しかし、しかし、頑張ってバザーはやってきました。久冨さんや末藤さんの作品が売れたりとそれ なりの成果がありました。翌日は晴れ。お祭りの抽選会でなんとなんと、久冨さんは抽選で米10キロ獲得。松本 優子さんは食器洗いをゲットしたのであります。障害者同士の結婚式などもあり、記憶に残るサンアビ祭となり ました。みなさんお疲れ様でした。

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-シネマで愛して/ 仁義なき戦い-

うまく説明できないけど「好き」って言うことがあるのであります。それでも「何故」って問われると「好きなも んは好きだからしょうがないのである」と言わざる得ないのであります。自分でもわからないことを説明できる 訳がありません。このシネマ理屈ぬきに大好きであります。大好きなものはそれだけで価値があるので、大切な 恋人のように人にお勧めしないのがよろしいと思います。でも言わずにはおれないのであります。
 古い古いシネマとなりましたが、年に1回は必ずビデオで見直しているのであります。シネマが好きになると きというのは、その時代の中で自分が無意識に探しているものとリンクする作品と出会ったときではないかと思 うわけです。うーん、やくざ映画がどうリンクするんだと自分でも思いますが、多分私はこのシネマを「東京物 語」という家族のありようの日常を淡々と描いた名作と同様にとらえていたのであります。
 盃を起点とした疑似家族に温かさと安心を求める男たちの心情も痛いくらいにわかりました。逆にその関係を 利用した利己主義的な義理人情の押し付けに対する若いやくざたちの暴発にも共感を覚えます。
悶々とした施設暮らし。疑似家族化される管理体制。不満はあっても仁義の前にうなざれるしかない現実。
今で言うパターナリズムの極地ですごしていた私は、画面の中の若いやくざと同じ年でありまして、いろいろ感 じたのであります。しかし、感じたことを自分の中でまとめあげることなどできるはずもなく、単純な私はスク リーン全編を彩る広島弁を使う事によって、このシネマと一体化した気になったのでありました
何はともあれ、一つだけ思い定めた事は外から押しつけられた義理人情よりも、自分の内から湧き出る義理人情 を大切にしようということでありました。

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-障害学X・劇団MAM-

捨てたんだよ、あんた捨てたんだよ! 「 LINE・歌え自分の歌を」より
障害や障害者というと、福祉の枠内でしか捉えられないし語られないという現実があります。それは人間関係に も影響して、障害のない人となかなか対等になれなかったりするものです。しかし福祉という軸をずらしてみると 障害や障害者という存在から社会や文化をとらえ直すと違う世界がみえてくると思います。
 私たちが昨年演じた劇「ムーン」の縁で知り合った、日本初の精神障害者劇団MAMの北九州演劇祭出場作品を戸畑 市民会館で鑑賞してきました。レッテルをはられ、決めつけられがちな当事者たちが舞台という場を得て、表現す る意志と情熱でレッテルを投げ返すというよりも、レッテルをいったん引き受けて抱きしめながらも、なおかつそ の意味を無意味化し、さらにレッテルをはることで存在証明を行う人々へ「そんなことはしないでもあなたはあな たとして存在している」という空気を送りだします。それは舞台から会場へ、会場から社会へと流れ出していくよ うに思えます。そう空気のようなもの、それを文化と呼べばここには障害当事者がつくり出した共に生きる文化が 見事に存在しています。
 主役を務めた藤井さんは言います。「観客の拍手を聞いたとき、自分の中で何かが変わった」と。
レッテルや福祉の枠をずらし自己表現によって社会に登場する当事者の文化たち。なんだかうれしい。なんだか誇 らしい。エンパワーメントする当事者の表現活動にわくわくするのです。
 藤井さんの「睡眠薬を飲んだことありますか」で始まる独白のセリフの重さ。出演者全員がひとり一人希望を語り 出すシーンは胸をうちました。まさにMake A Move(動き出そう)という劇団名にふさわしい劇でした。2週間後の山 口での公演を控えているMAMの皆さんの成功を祈りたいと思います。

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-活動報告-

         

10月

  31日 バリアフリーワークショップ 100名を超える参加で中心街のバリアをチェックしてきました。もや
    いも協議会の一員として参加しました。バリアフリー基本構想に活かしてほしいものです。

11月

    1日 講師派遣
 糸島郡前原中学校にて「健康と福祉」について講演してきました
3〜4日 サンアビ祭り
 バザー出店しました。
  6日 講師派遣
 ホームヘルパー養成講座で「共感的理解と基本的態度」について話しました。
     SOS事務局会議
 各種取り組みや12.1イベントについての打合せをしました。
  7日 協議会事業部会
 委託事業の委託に向けての話し合いをしました
 10日 劇団MAM公演激励
 ムーンを通じて若干の交流ができた精神障害当事者劇団「劇団MAM」の北九州演
     劇祭での公演が行われ激励をかねて観劇してきました。劇はとにかく良かったです。
 13日 SOS事務局会議
 12.1イベントと忘年会についてを中心に話しました。
 14日 企画・政策部会
 いきいきふれあい祭りに関してなど。
17〜18日 いきいきふれあい祭り
 バザーをおこないました。
 20日 ユニバーサルデザインシンポ
 市主催のシンポにパネラーとして有松ゆ出席。
     講師派遣
 ホームヘルパー養成講座で「疾病の理解」にさいて講演。
 22日 行政と協議会意見交換会
 提出していた要望書に基づいての全体の意見交換。
 24日 SOS集会
 活動報告と意見交換
 27日 障尊塾救援コンサート
 久留米にてCIL八女、CIL浮羽の救援コンサート。
     SOS事務局会議
★編集後記★

寒くなりました。みなさん元気ですか。今年もあとわずか早いですね。さて、渡辺さんがもうすぐ鹿児島に引 っ越しされます。寂しくなります。お母さんも含めお世話になりました。長い間ありがとうございました。遠い ですけど時々遊びに来てもらえればと思います。体を大切にお過ごし下さい。
 では、みなさんも風邪に気をつけて下さい。では。

2001年10月30日発行

ページ1

-ブルーライトヨコハマ そして東京砂漠-

お元気ですか。イマジンの詩が身に沁みる時代です。逃げまどう難民の人たちの悲惨さと、逃げることも難し い障害を持つ人の悲惨さに心が向かいます。憂愁の季節です。みなさん風邪に気をつけて下さい。

初めての横浜は夕暮れで、ちらほらと灯りがともり始めておりましていい感じでありました。「街のあかりが とてもきれいねヨコハマ」と思わず懐メロがでるとこが悲しい所であります。さて、障害者援護協会という障害 者やその親たちを中心にした組織が行政から色んな委託事業(年40億)を受け、注目すべき取り組み(共同作業 所・デイサービス・人権擁護・生活支援センターなどなど)を行っているとのこと。ずーと行きたいところの1つ でありました。今回やっと行くことができました。
担当の人とゆっくり話をしました。協会の基本的原則は3つあります。当事者性・運動性・開拓性です。この原 則を大切にして、けして行政の言いなりにならずイコールの関係で、当事者の真のニーズを施策化し運営してい くことが実践されています。
 今後の協会の方針として人権擁護の活動を強めたいと言うことでした。翌日は東京でDPI障害者人権擁護セン ターや、支援センターハーツの職員と合流し参議院会館に堀議員(全盲の障害者議員)を訪ねました。
その後、なせか新宿をさまよったのです。久しぶりの東京で超低床バスを頻繁に見かけたり、大江戸線のバリ アフリーなどを体験。しかしなにより人の群れのすざましさと、誰一人知らない人々に囲まれ頭痛発生。
薬を飲むのに水を探しました。うーん。まさに東京砂漠だ。

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-DPI訪問そして障害者の日イベント-

本の町神田、地下鉄のすぐ目の前にある総評会館の1Fに、DPI日本会議の事務所はあった。資料の山に埋もれ て金さんはワープロをたたいていた。福岡から東京に移り住んでもう何年たったんだろう。時の流れは速い。
障害者スタッフは、来年に迫った札幌でのDPI世界大会の準備に追われている。隣の事務所は障害者総合情報セ ンター。ここでも重度の障害者スタッフが全国の活動家への情報発信に追われていた。闘う空気に包まれて元気 をもらってきたのでした。
21世紀最初の障害者の日イベント もう一度人権からはじめよう
 今回で15回目になる「障害者の日記念イベント」。振り返ってみるといろいろやってきたなと思います。多く の人に支えられて、やってこれたんだなとあらためて思います。今は亡き砂田明さんの鬼気迫る水俣一人芝居 「天の魚」。小室等さんのコンサート。知的障害者の世界を描いた「しがらきから吹いてくる風」。大牟田高校の吹 奏楽と障害者の手紙ジョイント。そして昨年のムーン。色んなシーンが頭を巡ります。
 そして迎えた21世紀最初の障害者の日イベント。会議を重ねた結果SOSで昨年から始めている「障害学」という 名の学習会と運動する形で、ちょっと大きな学習会をやろうということになりました。
福祉が大きく変わるときです。ソーシャルワークのありようも障害当事者のあのようも変革が求められています。 また、21世紀は人権の世紀といわれます。わかったようでわかりません。人権とは何か。人権を支える文化とは なにか。わからない時は語り合うしかありません。「もう一度人権からはじめよう」そう思います。
 ソーシャルワークを志す学生さん。現場で立ち働く施設職員の方、地域のヘルパーの方、障害当事者のみなさ んや親御さんたち、福祉に興味ある方など。ぜひ多くの人に参加してほしいと思います。心よりお待ちしています

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-ヒューマンライフ・スクランブル-

SOS・10月集会の報告
 横浜の援護協会の取り組みの報告が資料を使って説明されました。予算や各種事業の取り組み状況などSOS活動 に参考になる話でした。
12月1日の「障害者の日イベント」は、チラシと資料引換券をみんなで分け、宣伝していこうということになりま した。そのほか、サンアビ祭り、バザー、アンテナショップ、カレンダー販売などの各取り組みの担当者から報 告やお願いがありました。
 課題が多くて、今回のミニ障害学「セルフヘルプグループ活動」の学習は次回に回すこととなりました。
参加者のみなさまおつかれさまでした。

もえの国から
 20日の土曜日のお昼から、第4回目の「もえちゃんの就学を考えるつどい」が行われました。
前回は、障害児のお母さんたちや教師のみなさんなど参加者が多かったのですが、今回は、少し参加者が少なか ったです。しかし、もえちゃんが小学校の運動会でかけっこに参加したことなど、その後の報告やこれからの取 り組みに向けての知恵が出されまた。

セルフヘルプグループ活動への第一歩
 はやく、ゆっくりまいりましょう

 ヘルパーを利用している障害者同士が顔見知りになって、ヘルパー制度を自分たちの制度としてもっと自由に 使いたい。そんな思いで何人かの人と一緒にヘルパー利用者に呼びかけました。
10月13日、30人近くの人たちが集まりました。1回目ということもあり自己紹介くらいで終わってしまいました
けど同じ団地の人の顔がわかったり、障害によって使える制度に差があるという意見が出たり、話を深めるとこ ろまではいかなかつたけど、これからのきっかけにはなったかなとは思います。
 障害も年齢もいろいろで気づかない事や失敗も多かった1回目でしたが、次回は来年3月〜5月頃になります。

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-短歌で啖呵-

生きよ我が歌より強く 常に病む者の哀しみを 傍らにおき

かへるでのまさをなる葉は風に揺れつつ
      仰ぎてわれは 深く息吸う

街路樹の淡き葉影の揺動を
      踏みつつ歩む春 あつき真昼

潮ひけば濁る川底あらはれて
      形崩れし 廃船のあり

ふたたびは帰り得ざると思いつつ
橋渡りゆく 明日はあるべし

はるかなる君より来たる手紙読む
若かりし日の 裏切り苦し

作者Fさんについて PARA2

 2回にわたりFさんの短歌を楽しませてもらいました。中間色の彩りの淡さが詠んだときに  な空間を与え てくれます。いいなーと思います。前回の5首に比べてゆきすぎる季節と立ち止まる恋が具体的にうたわれて て、前回の人生そのものをゆるやかに抱きしめているのとは趣がちがい記憶に残ります。短歌といえば寺山修 司や道浦母都子しか知らないのですが、両者の緊張感を強いる間合いみたいなものもいいけど、五木寛之風に 言えば「大河の一滴」風なFさんの短歌は癒やし系の音楽みたいで気が楽になる気がします。
 などと勝手に解釈しております。みなさんはどう思われたのでありましょうか。これからも時々短歌を書いて ほしいなと思いますし、エッセーなども披露してほしいなと思います。Fさんどうでしょうか。

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-活動報告-

9月

  29日 障害者フォーラムに参加
 障害者協議会で取り組んだフォーラムは300名を超す参加者と、当事者や関係者のアンケート に基づいた議論や参考にすべき先進地の報告講演が行われました。
  30日 NPO会議

10月

     2日 SOS事務局会議
 各種取り組みの報告や12・1名義後援やポスターチラシ等について話を深めました。
  バリアフリー住宅士要請講座へ講師派遣
 ノーマライゼーションの起源や理念について話してきました。
     5日 肢体協会研修旅行参加
     9日 SOS事務局会議
 各種取り組みの報告や今後の予定についての確認。
    11日 CILくるめ古川所長来訪
 今後の障害者施策の動向についての意見交換と12月1日の障害者の日イベントの打合わせ。
    12日 協議会の要望書を市長に提出
 2001年度の協議会の統一要望書を市長に提出するのに参加しました。今後、行政とこの件 についての意見交換をする事になっています。
 14日ー17日 横浜・東京訪問
 SOS並びに協議会の今後の展開の参考に、横浜市の援護協会の取り組みやDPI日本会議の取り組み を学びに行ってきました。SOSの方は集会で報告しましたが、協議会は11月の企画政策部会でおこ なおうと思っています。
    20日 SOS集会
 次回11月集会は24日(土)午前9時30分から福祉センター。
      もえちゃん就学
 しなやかにしたたかに、元気に知恵を出そう。
    23日 12・1イベント外回り
 すこしでもヒューマンライツを拡げようとイベントの宣伝に動き始めました。
       SOS事務局会議
 事務局体制になって10年目ということは、500回近い事務局会議が行われたということです。SOSは金と 力は気持ちがいいくらいありませんが、会議だけは気絶するくらいあるのでした。
★編集後記★

末藤さんの愛犬チロ失踪事件発生。末藤さんは落ち込みみんなは心配しましたが、もやいの大家さんの犬好き のネットワークが活躍し奇跡的に発見しました。チロは家を出ておそらくもやいを目指して来たのでありましょ う。途中でヒモが何かにひっかかり保護されたとのこと。しかし、もやいを目指すチロの姿を思うとグッスン。 泣けてきます。

2001年9月30日発行

ページ1

-障害児カレンダー旅立て-

障害児ARTカレンダー「きらめきKIDS」が皆さんのご協力で少しずつ売れ、現在200枚を超えました。
子どもたちの作品がいろんな所へ旅立ちます。これからカレンダーの季節。多くの人に宣伝して、さらに拡げて いきたいと思います。

 シネマで愛して/ドライビング・ミス・デイジー

 人は覚えたものを糧に明日への扉を開いてきた


ちょっとうれしい事があると、頭の片隅で流れるメロディーはビートルズだ。それも初期の頃のちょっとボッ プな奴。これが定番だ。確かこのシネマを見たときもそうだった。その気分にさせてくれたのは、主演のジェシ カ・タンディの演技と存在でありました。見た人も多いと思うけど、いいよなー。素敵に可愛い女性なのです。
アカデミー賞、そりゃ取るでしょうよって感じです。このシネマしゃれてますもんね。日々の暮らしの中で人は コツコツと何かを覚え、積み重ねてささやかな幸せを築きあげようとするわけですが、しかし、時に差別や偏見 という名の迷路に迷い込みます。悲しいことに人は迷いこみます。
 ユダヤ系の未亡人もまた、迷路の中にあり、黒人の運転手との間に、滑稽なほどの誤解が生まれ笑いさえ誘い ます。そう、この黒人の運転手のモーガン・フリーマンも演技に味があるのです。未亡人が少しずつ迷路から抜 け出し、そしてついに出会いから25年。80才と90才を超えた二人の心は見事に通い合うのです。そのラストシー ンの何気なさは本当に自然で美しいのでありました。うーん、このシーンが、ビートルズにつながるんだなと思 うのであります。
 考えてみたら、僕らも他者も受容の信頼を求め、迷路の中でドライブを続けているようなものかもしれません。
さてさて、忙しさにかまけてシネマを見る暇もないとは思いますが、皆さま、季節は秋。心が何かを吸収したが る季節です。しばし時を止めて素敵なシネマをいっぱい見て下さいね。
そして、心をちょっとポップにして、好きな歌を口ずさんで思いっきり秋にしましょう。

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-障害者就労フォーラム/夢をあきらめないで-

 一人でも多くの人に来てもらえるよう呼びかけます

もやいも参加している障害者協議会主催で、上記のように「障害者就労フォーラム」を開催します。
現在、協議会としてみんなの力を集め、障害者の働く場・生きる場つくりを始めていますが、今回の催しは、も ちろん行政の出席も得て、みんなで協働で社会的就労の場を作ろうとするものです。400人を超える人の思いを 集めたアンケートを中心に議論を進めます。また、障害者団体と市民と行政が協働して色んな働く場をつくり出 している大阪の取り組みも報告されます。一人でも多くの人に集まってほしいのです。いそがしいとは思います が、ぜひ、当日会場へきてもらえませんでしょうか。心よりお願いします。

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-ヨーヨー・マのグリーンデスティニーを聴きながらローヤルでも飲めたらなと思います-

☆☆ 13年前キム・ジョンオクさんは松葉杖をついてやってきた
   狭いアパートに気兼ねしていたが
   その日は泊まってくれて語り明かした
   そして、今年12月に再びやってくる
   DPI障害者権利擁護センター所長として
   車椅子に乗って明日のために☆☆
 真夜中、パソコンを打ちながら、喉が渇くとヤクルトを飲んでいます。何故、ヤクルトなんだと思いつつ、ち ょっと絵にならないなとため息をつきます。夜のため息はいけませんね。一気に心が重くなります。パソコンの CDからはマイナーな曲が流れ、見事に心は盛り下がる一方なのです。こうなってはいけません。暗い思い出がよ みがえったりします。トラウマアゲインなのです。咳払いをし、流れを変えようとCDを変えてみました。ちょっ と楽になりました。
 秋の夜長、どんな音楽を聴くかもけっこう大切です。モーニング娘でもかまわないと思いますが、夜中男が一 人で聴くには少々恥ずかしく、ある日偶然手にしたCDを聴いたらこれがいいのです。いろんな人の作品が入って ますが曲だけなので、詞を追いかけてパソコンが止まるということがありません。今はこのCDのお陰で仕事が少 しはかどってきましたし、一服して真夜中の考え事にも少し余裕が出てきました。曲の中に偶然、僕の好きな「 サイダーハウスルール」という映画のメインテーマ曲が入っていました。いいシネマだったのでシネマで愛して でも取り上げました。それと、ヨーヨー・マの曲もいいのです。この曲に合わせてヤクルトをサントリーロイヤ ルに変えようと思いますが、僕は酒が飲めませんので、せめてミルミルに変えようと思います。(何のこっちゃ)  長いメールになりました。キムさん障害者の日のイベントはよろしくお願いします。

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-秋のバザーシーズン/第一弾IN恵愛園-

こんなにさわやかな風が吹いたバザーはめったにありません。いつも寒すぎたり、暑すぎたりとかなり苦戦して いるのです。今回はラッキーでした。チームを組んだ若いボランティアの人たちもすごく良かったし、製品もず いぶん売れたし、秋のバザー第一弾は、いい船出ができました。今年の初めから始めたビーズ作品も、みんなで 楽しみながら工夫して、作品も増えつつあります。とびっきりいい素材で、オリジナルティーにこだわった作品を つくり続けたいと思います。今後もよろしくお願いします。参加者のみなさんお疲れ様でした。

辻君研修アゲイン

 今年の春、大牟田養護学校からもやいに研修に来た、元気印の辻君が再び秋の研修生として帰ってきました。
前回の研修でホームページの作成を取得した辻君。今回は新しく買ったノートパソコンを持ち込んで、ホームペ ージのパワーアップや動画のマスター、さらにもやいと合同でのチラシづくりもこなしてくれました。担当の有 松温之さんの教え方にも慣れ、息はピッタリ。うーん美しい師弟愛なのであります。やさしいお母さんと永ちゃ んの大ファンのユニークなお父さんも時々訪ねてくれます。差し入れありがとうございます。
ぜひ、みなさんも辻君のホームページにGOしてくださいね。

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-啖呵で短歌-

*生きよ我が歌より強く 常に病む者哀しみを 傍らにおき*

◎碧落に桜は映えてわれは病み
            ひとりしなれば暗き春かな

   ◎遂げ得ざる恋を思へばせつなきに
            ひと焼く煙なびく夕空

   ◎心病む若き女の首ほそく
            照る秋の陽にさらされており

   ◎捨てられし古き机や木の椅子の
            月にほのかに華やぎており

   ◎ふかぶかと黄昏にわれはつつまれて
            世界はいまやひとつの母胎
作者/HFさんについて
 心の奥深いところから言葉が紡がれる時、怒りや哀しみが渦巻いているのでしょうが、たぶんHFさんはそこか ら遠い地点で歌を詠むのだ。静かに静かに言葉が積み上げられて歌となる一瞬。その一瞬には、それでも人であ ろうとする身もだえの擦れる音がするのだろうか。どんなに静かな短歌でも、諦念の彼方からやってきた短歌で も、それはひとつの存在証明のために土壇場で切られる啖呵ではないのか。などとつい思ってしまう。精神障害 当事者として、ふらりふらりともやいに訪れるHFさん。凪いだ海の様におだやかな時をつくりだしては、ふらり ふらりと帰路につかれる。かって荒れた海をこなした漁師の背中で・・・。しばらくはHFさんの短歌を楽しんで ください。それにしても僕らは何を傍らに置いて生きているのだろう。もの思う秋なのです。

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-活動報告-

         

9月

   1日 協議会合宿
         合宿2日目は、障害者就労フォーラムに向けての事前学習会をやりました。
         両日とも前回を上回る参加者で熱気につつまれました。
     もえちゃん就学問題
         2回目の集まりがもたれました。近く3回目がもたれます。
  4日 SOS事務局会議
         バザーの手配や協議会の取り組み等の報告がありました。
  6日 全体手芸
         9月15日のバザーに向けて制作
  10日 養護学校研修生受け入れ
         前回研修生としてもやいにきてくれた辻君が元気に2回目の研修にやってきました。今回は          9日簡。パソコンの動画の操作ともやいの仕事でチラシ作りをやりました。
  11日 企画・制作部会
         就労フォーラムに向けて最終的な詰めをおこないました。
  13日 全体手芸
        バザーに向けての最終調整作業をしました。
  15日 恵愛園バザー
        前日の雨で、天気を心配しておりましたが晴れ。しかも涼しい。バザー日和となりました。久         しぶりに津留さんも手助けに駆けつけてくれました。玉名の銀河ステーションのリレートーク         の参加者の女性も手伝ってくれて助かりました。手芸教室の皆さんお疲れ様でした
  17日 アンテナショップの会議
        商店街の入り口に福祉施設や作業所の製品を販売するアンテナショップが10月1日からオープ
        ンするのに伴い参加団体での運営会議があり有松由里子さんがもやいを代表して参加しまし
        た。

★編集後記★

ここ数年で、もやいに来てくれてた精神障害者のFさん、Sさん、Tさんと亡くなられ寂しい思いをしています
とくに秋になるとなおさらです。他のメンバーも長期入院が進んでいます。時々の差し入れと電話のつながりだ けしかできません。つらいものがあります。僕らはもっとエンパワーメントしていきたいと思います。
では、みなさん又来月。風邪に気をつけて。

2001年8月30日発行

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-銀河ステーション・解放区-

残暑です。なんとなく季節のはざ間が続きます。みなさん、夏の疲れと思い出は整理できたでしょうか。
松尾さんの子どもの名前が「夏海(なつみ)」ちゃんとつけられたとのこと。サザンの曲が聞こえそうでいい名前 だな。

                                      

      「銀河ステーション・解放区」と名付けられた、24時間リレートークは
              8月4日セミ時雨の中12時スタート
     知的障害者の通所施設の施設長であり障害者の親でもある阿部さんの
    どうにも収まりのつかない深淵の彼方からの「怒り」が作り上げた祭りは
           5日セミ時雨の昼下がりに終了しました
       大学教授陣や市民グループの代表そして障害当事者と若者たち
             24時間投げかけられた言葉と思い
              形にならないもどかしさの中で
            奏でられたのは若者に対する希望の歌と
          タテからヨコへ人のつながりへの願いありました

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-よかったすよ。うん、たのしかったです。かなり。-

24時間を完走した原田君は、ファミレスで遅い昼食をたべながら、左のような感想を述べたのでした。
案浦さんが発言し、それを間違って受け止め、議論を進めていた大学教授に、訂正を求めたり、障害者の性にま つわる疑問を会場に投げかけたりと、物怖じしない態度は見事に解放区にありました。
 特別セッションで、重度の女性障害者のダンスが幻想的におこなわれ、それが障害者と芸術の議論を呼び、さ らに、有松さんの「障害者の恋愛と性」についての提起で恋愛論へと、リレートークは深夜に佳境へとはいって いきました。
福祉とはなにか、ボランティアの義務化は是か非か。課題はつきません。最近、福祉系の学生が、実習先での現 場の矛盾に突き当たり立ち尽くしたり、就職後矛盾に押しつぶされ、やめていくケースが増えています。
バーンナウトと名付けられたこの現象は、若者の特性故にふえています。
 矛盾の壁の前で、間違ってるのは自分の方だと思い込む人、思い込めない人、いろいろですが、思い込めない 人に、あなたは間違ってはいないこと、そして、そこからもっとしなやかに、したたかに矛盾と格闘して行こう よと呼びかける声が、いろんな人から形を変えて会場に投げかけられました。
 主催者の阿部さん怒りをあらわにした施設の虐待の実態。仙台から来られたユニークな市民活動特に宅老所活 動で知られている池田さんは、弟さんが障害を持っていたことから感じた社会的な怒りの表現をされるなど、心 が凛とする話が散りばめられた24時間でした。
 「これから久留米に花火大会を見に行きます」原田君はこともなげにいってのける。若さに圧倒されつつ、一 刻も早く眠りたいと、SOSの参加者はこれにて解散ということで、ファミレスを後にしたのでした。

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-夏祭り こころ浮かせる 闇を待つ-

秀島さんの元気がみんなを引っ張り、市民総踊りの夜は大いに盛りあがりました

恒例になった、市民総踊りへの参加。今年ももやいは30名で参加しました。久しぶりの山道さんや初めて参加 してくれるヘルパーさんたち。それに昨年度欠席だった秀島さんが今年は参加。「花火がドーン」が復活し、楽 しい踊りとなりました。みんなで宣伝のために着た「きらめきキッズ」のTシャツも好評でした。
 参加者のみなさん、おつかれさまでした。

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-ケアマネージャーリーダー養成講座・中央研修IN神奈川-

一昨年、久留米でのケアーマネージャ養成講座に参加していた関係で、福岡県の方から、今年の中央での「リ ーダー養成講座」への参加の要請があり、これを受けて有松由里子さんが、サポーターの沖中久美子さんと共に 19日から5泊6日の講座を受講してきました。
 おそらく、来年は国の試行事業として大牟田でのケアマネージャー養成講座開催という事になるようです。そ の時は、有松さんと沖中さんが主導的働きをするようになります。乞うご期待です。多くの障害当事者の受講と 人権を中心に据えた、いい講座にしてほしいと思います。お二人ともお疲れ様でした。

SOS8月集会報告


 めずらしく朝早くからの集会となりました。夏の集会はその方がいいのかもしれません。
各活動の報告は、障害者協議会の活動報告や今後の予定。ケアマネージャー「リーダー養成研修」の報告。カレ ンダー販売の状況。夏祭り総踊りの件。などなど。
障害者の日のイベントの案も検討され「障害学ノススメ/日本そして世界のヒューマンライツ」という、学習会 をおこなうこととなりました。また、ホームヘルパーの派遣に関しての要望が出されみんなで話を深めました。
次回の9月集会は22日(土)9時半から福祉センター。参加お待ちしています。

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-もえの国から・・2001-

ワーキングみほママのもえ'Sヒストリー!

携行品には、着替えなどはもちろん1日2回の定時に服用している薬、とっさのときの座薬、携帯用酸素ボンベ 体温計、紙おむつ、食事をすりおろすためのおわん(すり鉢)とすりこぎ、スプーン、小さなカップなどなど、準 備になかなか大変である。それでも、車に乗って出かけることが好きなもえは、車に乗ると目をらんらんと輝か せてはしゃぐ。「眠ってたまるか」とばかり、大きな声をあげる。車椅子で歩き回るときも足をバタつかせてお おはしゃぎだ。その後、南阿蘇、霧島温泉と泊まりの旅行へとチャレンジしてきた。この夏、どこにいこうかね? もえ。本当に年々、たくましくなったもえの成長ぶりに驚いている。
 もえのような染色体の異常のある子どもたちがつながってできたFOURーEAVESーCLOVERS(FLC/四葉のクローバ ー)という組織がある。染色体異常と言うと、ダウン症は良く知られているが、実に様々な異常が存在している。 思えば23本が2対、つまり46本もある染色体のどこか一部が入れ替わったり、少し多かったり少なかったりする のもうなづける。
 小さい頃、記念グランドで四つ葉のクローバーを必死で探していた。本当に見つけたときは、本当に幸せがき たような気がしたものだった。この四つ葉のクローバーもまさに染色体異常そのものである。
もえも、私たちに幸せを運ぶ四つ葉のクローバーなのかもしれない。

  ★2000年1月号からスタートした「もえの国から」も、20回の連載となりました。
 もえちゃんも来年小学校。時の過ぎるのは早いものです。さてさて、就学前のもえちゃんのヒストリー  は、これで一段落となりました。まとめて読み返したい方は、ホームページで一括してお読み下さいね
 もえちゃんの小学校編をいつかまた、書いてほしいと思います。
 今まで読んでくれたみなさん。ありがとうございました。いろんな人が読んでくれてて、連載が終わると  淋しいという声も聞きます。必ず連載開始をお願いしたいと思います。
 もえちゃん。君は四つ葉のクローバーですよ。ではまた★

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-活動報告-

8月

  2日 障害者協議会ヒアリング
        協議会として行政に提出する要望書作成のため、参加団体の要望を聞く。有松由里子さんが出         席し、SOSの要望を説明しました。
 3日 市同研主催の実践交流会
        研究協力者として1名派遣。会場では障害児ARTカレンダーの販売もしてもらいました。
 4日 24時間リレートーク
        玉名の銀河ステーションのお誘いで案浦さんや原田さんなど4名参加。熱烈バトルにもくわわ         り完走しました。
 6日 ピースサイクル来訪
        毎年恒例のピースサイクルの皆さんが立ち寄られました。交流の後、猛暑の中を自転車で長崎         目指して出発。もやいのビーズ作品を買っていただきました。うーん。ピースサイクルという         よりもビーズサイクルだ。ありがとう。
 7日 研修
        杷木で1泊2日の研修をしました。「エンパワーメントとパターナリズムについて」
 10日 夏祭り反省会
 19日〜24日 ケアマネージャーリーダー養成研修IN神奈川
 20日 バザー
        文化会館の「母と子の映画を見る会」でカレンダー等を販売させてもらいました。
 21日 事務局会議
 22日 企画政策部と事業部合同部会
  研修や就労フォーラムに向けた話し合いをしました。
 25日 SOS集会
  ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
  ☆ 視点は人権、視線は共生/SOS障害者の日記念学習会・障害学ノススメ ☆
   ☆    スピーチ 「日本そして世界のヒューマンライツ」      ☆
  ☆       DPI障害者権利擁護センター所長・金 政玉       ☆
  ☆   ガチンコトークセッション 「人権文化をいかにつくるか」    ☆
  ☆          パネラー5名VS参加者全員            ☆
  ☆        12月1日(土)午後1時スター              ☆
  ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
          ★編集後記★

 西山敦子さん、月山和彦さん、松尾ご夫婦、それぞれ素敵な暑中お見舞いありがとうございます。
木のはがきだったり、夏海ちゃんがセブンイレブン生まれ?だったり、引っ越しされたりと、いろんな情報や工 夫があって、楽しませてもらいました。それでは、みなさん秋に向かってエンヤコラと歩き出しましょう。

2001年6月30日発行

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 梅雨が明ければ、大蛇の山のお囃子の音がどこからとなく聞こえ始め夏を実感します。今年の夏もいっぱいの 汗が流されるのでしょうが、夏の終わりに希望のしっぽでもつかまえられたらうれしいものがありますよね。
では、よき夏を!!

-シネマで愛して・・・サウンド・オブ・ミュージック-

「君は若いしナチの本当の正体を知らない。私たちといっしょに行こう」


ミュージカルシネマと人参は苦手なのであります。あのマドンナが数年前「エビータ」でミュージカルシネマ に出たときも、心は揺らいでも結局見なかったのです。ただ、10代の後半、なぜかこのシネマだけは見たのです。 主人公のマリアとトラップ大佐との恋愛や、子どもたちとマリアのふれあいのあまりの純粋さと正しさに、なに か恥ずかしさを感じながらも、劇中歌「エーデルワイス」と、舞台の背景になっていたナチスの侵略や、その不 当性と戦うトラップ大佐の凛とした生き方は記憶に残ったのであります。
 その日から十年以上の時が過ぎ、僕がノーマライゼーションの父といわれた、デンマークのニッケルセンの生 い立ちを知ったとき、このシネマが記憶の底から浮上したのです。シネマと同じナチスと戦い、収容所に入れら れたニッケルセンは、そこで人権を剥奪され人間の悲惨さを体験し、終戦後、同じようにナチスと戦い収容所に 入れられた多くの障害児の親たちと力を合わせ、障害者を特別な場所に隔離せず、全ての人と共に地域の中で生 きていくべきであるというノーマライゼーションを唱え実現しました。
 そして今、ノーマライゼーションという人が人であるための革命は、障害者に限らず全ての人の隔離を許さな い思想に成長し、世界中に静かに共感の和を拡げています。
サウンド・オブ・ミュージックは、アカデミー賞を受賞した作品なので、多くの人が見てると思います。
ドレミの歌はあまりにも有名で、ジュリーアンドリュースも超有名。監督のロバートワイズは、その後「スター トレック」のシネマ版も制作。しかし僕にはそんなことより、何となくノーマライゼーションを連想するシネマ として再記憶された不思議なシネマとなったのでありました。

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-サマーキャンプ今年度中止のお知らせ-

サマーキャンプで
 どれだけ夏のともだちをつくってきたことだろう
 どれだけ夏のおもいでをつくってきたことだろう
 毎年毎年大変な作業に追われても僕らはどこかで楽しんでいたのだ
 懐かしい顔との再会と新しい顔との出会いがそこにあったから
 しかし
 2001年サマーキャンプのない夏を迎えることとなりました
 残念な思いをもたれる人のことを思うと心が痛みます
 中止の理由は複雑です
 一つは事務所を広くするための改造を行うこと
 一つは新しい障害者の社会的就労をつくり出す動きを起こすこと
 一つはサマーキャンプのバージョンアップを検討すること
 などなどです
 メールや電話でサマーキャンプの問い合わせがあります
 皆さんに報告が遅れて申し訳ありません
 2001年のサマーキャンプは中止とさせてもらいます
 よろしくお願いします
 また来年心機一転必ずお誘いをさせてもらいます
                          

 SOS事務局


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-SOS6月集会とフリマ報告-

狭い事務所での集会は久しぶりでした。20名を超えると身動きもできませんが、それもまたよし。要は気合い と思いかもしれません。
話の中心は障害者協議会の取り組みの説明と、各取り組み等の報告。協議会主催の9月「障害者就労フォーラム」 に向けてみんなで頑張ろうということになりました。また、NPOや事務所改造の件、キャンプ中止の件、ヘルパ ー利用者の会の立ち上げの意味や経過について、さらには、国のガイドヘルパーや単身入居の規制緩和を受けて、 この街もそうなるように活動を強めようということになりました。
 ソーシャルワークのありようについても意見がでました。狭い事務所には、その日思いがあふれたのてした。
次回の7月集会は14日(土)になりました。時間と場所も含めて後日連絡します。多くの人に参加してほしいと思 いますので、よろしくお願いします。

フリマ第2弾/鳥栖


 暑い、売れない、しかし、これもフリーマーケットにはありがち。これしきのことと思えど暑い1日でした
ニコニコドーの駐車場。みんなでニコニコとはいかなかったけど、みんなお疲れ様でした。

障害児ARTカレンダー発売


 1月から用意にかかっていた「障害児ARTカレンダー」が完成し、7月1日より発売開始となりました。
早くも10枚預かるよなどと、声をかけてもらってます。ありがたい事です。
CD型の卓上カレンダーを買ってくれるかた、また、何枚か預かって売ってみていいよと言われるかた、ご連絡お 待ちしています。定価は1000円。売上げは「障害者の日イベント募金」となります。よろしくお願いします。
障害をもつ子どもたちの、可能性や元気を、CDケースにパックして多くの人々の机の上に届けたいと思います。

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-障害学/エンパワーメント-

★「エンパワーメント」という言葉が、このごろよく使われるようになった。どうも外国からやってきたらしい  せっかくならしっかりと意味や成り立ちを学びたいと思い学習会を始めました。うーん。学ぶほどにむずかし  い。でも、自分の身にひきつけてみたら、HO、すこし見えてきたぞ。★
 エンパワーメントとは、スティグマ化されている集団の構成メンバーであることに基づいて加えられた否定的 評価によつて引き起こされたパワーの欠如状態を減らしパワーを回復し自己肯定による自己決定を獲得すること。 うーん、なんだか全然わからないのである。顔中スジだらけ状態である。しかし、言い換えてみるとこうなる。
 
エンパワーメントとは、障害者だからダメだといわれて「わたしはダメだ」と思いこまされているのを。ダメ じゃないじゃん。とあたりまえの自分にもどすこと。
障害者を女性や、子どもや高齢者など、権利を奪われがちな人達にも言い換えられる。このエンパワーメントが 福祉の仕事をする人達にひろがって25年くらいになる。しかし、正しく理解され実践されてるはいえない。それ どころか、逆に福祉がエンパワーメントできないような状態をつくりだしている。
「マジッすか?」「マジッす!」こういうときは、はじめにもどること。そう、双六のように振り出しにもどって 出なおしである。そもそもエンパワーメントが福祉の世界にデビューしたのは、1960年代アメリカ。
 当時のアメリカは「公民権運動」という差別された人たちが中心となった差別をなくす活動が活発に行われて いた時代でした。ボブディランが歌い、キング牧師が静かに、マルコムXが過激に戦っていた時代でした。
その時代、ソロモンは、黒人に対する偏見差別の戦いの中で学び考えながら、大学院で黒人問題に対応する福祉 の仕事のやり方を研究していました。
 そして1976年。一冊の本を書き上げます。
黒人は、白人から差別抑圧されている暮らしの中で、「ダメな奴ら」と扱われパワーがけずりとられている。パ ワーを強めていくことを福祉の仕事の中心にしなくてはいけないという。「黒人のエンパワーメント」という本 です。それが始まりでした。   (つづく)
 

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-明日があるさ-

施設を出ていく奴がいる/施設に残った俺がいる
    焦ることないさ/焦ることないさ/心に言い聞かす
       明日がある/明日がある/明日があるさ
 イソップ物語が心にしみる時ってありませんか。普通ないよなー。けどわたくしには時々ありまして、例えば 「キツネと葡萄」がそうです。自分の手に届かないところに葡萄があると、キツネは「あの葡萄はおいしくない のだ」と決めつけることで、手に入らない悔しさを紛らわす。これって人間もありがちです。いわゆる負け惜し みって奴です。さらにこれが進化すると、手に届くとこにあっても「全ての葡萄はおいしくない」となります。 いわゆるやせ我慢って奴です。さらにそれが進化すると、葡萄を食べてはならないという常識・道徳・思想・文 化がつくれます。おー息苦しい。さてさて、葡萄は人によって何ものかに言い換えることができます。僕らの場 合「自立」に置き換えると、リアリティーがありすぎます。葡萄は届かない、だから焦る、しかし欲しいものは 欲しい、焦ることない、明日があるさと、自分の夢を隠さずにしっぽをピンとたてたキツネでいたいなと思うの であります。
今度のヘルパーは20代/やさしそうで明るそう
    これはチャンス/これはチャンス/大事に育てよう
       明日がある/明日がある/明日があるさ
 人間関係は難しい。そうかなり難しいことがいっぱいある。自立障害者の一番身近な他人はヘルパーだったり しがちだ。そのヘルパーといい関係が結べるかどうかはこれまた大きな問題なのだ。ここでいい関係が結べれば 、ほかの他人との関係に自信がもてたりする。「他人の関係」は、けっこう人生を左右したりするものかもしれ ない。世代が全然違うヘルパーとの関係。考えたら色々パターンがある。自立したてだと、けっこう関係をつく るのにしくじったり、誤解を受けたりと大変だ。なかなかきちんと話せなかったり、指示ができなかったり等々 。落ち込んだり、焦ったり、ため息ついたり、天を見あげたり。自立生活がうまく進んでいくには、人間関係の ひろがりが欠かせない。そしてその入り口がヘルパーとの関係だったりする。だとしたら失敗はゆるされない。 しかし緊張しすぎても良くないよな。ぼちぼちいこう。今日の反省明日への自信!明日があるさ。

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-活動報告-

6月

1日 就労Aチーム会議
        障害者の就労に関する資料づくりを行いました。
  2日 障害者施策セミナー
        2003年度から始まる「支援費支給制度」の学習会がクローバ春日であり、案浦さん他3名が
        勉強してきました。超満員の会場は熱気にあふれてました。
  3日 フリーマーケット
        福祉系のバザーだけでなく一般のフリマに進出しようということで「トリエス久山」という巨         大なショッピングモールに行って来ました。
  5日 事務局会議
        SOS集会の用意が中心となりました。
  6日 就労Aチーム会議
10日 街づくり講座に講師派遣
        先進的な取り組みをしている「すみよか街づくり」の依頼で1名講師を派遣し「ノーマライシ         ョン」について話をしました。
    NPO法人よかよかネットワーク総会
        声をかけてもらったので行って来ました。「常に自己検証が必要だ」という話や「見学」とい         う言葉の意味についてなど有意義な話が聞けました。
12日 就労Aチーム会議
13日 企画・施策部会議
        福祉課も参加しての学習会や「事業部会」の設置の確認とメンバーが決定しました。いよいよ         本格的な就労問題へと活動が始まります。
15日 就労Aチーム会議
16日 SOS集会
        約20名の参加で、NPO法人SOSとしての活動や、今後の行事について話をしました。次回は7月
        14日(土)です。今回参加出来なかった方も次回はお待ちしています。
17日 フリーマーケット
        鳥栖のニコニコドー駐車場でありました。
18日 県福祉課と打ち合わせ
        ケアマネの中央研修と次年度のケアマネ養成講座モデル事業について話をしました。
19日 事務局会議
        取り組みの報告や、障害児ARTカレンダーの配布の計画を立てました。
        7月1日から発売予定でする
23日 就労Aチーム会議
24日 ミニ交流会
        門司のレトロに行って来ました。
★編集後記★

障害者の就労に関する取り組みが本格化してきました。働く場のノーマライゼーションに向けて大きな風が吹 くかもしれません。さてさて、話は変わりますが陽水の最新CD「カバー」が泣かせるのです。
まるで陽水と一緒にカラオケに行った気分になります。では、また。夏に。

2001年3月30日発行

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ありがたきは人の情けであります。バザーの呼びかけにいろんな方が提供品を持って来てくれました。ありが とうございます。心よりお礼申し上げます。みなさん。きれいな桜を楽しんで下さいね。

満開のさくらの樹の下で


きらめきキッズのコレクション静かに静かに発進であります

桜を見ると思い出すのであります。養護学校中学部の卒業式。僕は答辞を読んだのであります。卒業後行き場 のなかった僕はやけっぱちとなり「僕には行くところがありません」と答辞で言ってしまいました。一部の親が 泣き出しました。式終了後呼び出され、怒られると思いきや放送室で答辞の録音をさせられました。未だにその 意味がわかりませんが、桜が満開になると、自然と僕と同じ後輩達へ思いが至るのであります。
 先日、県庁の帰りに入院中の案浦さんのお見舞いに我が母校を38年ぶり訪ねました
子供たちが色んな歩行器で、車椅子で、松葉杖で、ベンチレターで元気に遊んでいました。きらめく子供たちの 行き交いに、僕はタイムスリップした気がしました。桜は咲けど、きらめきキッズの旅立ちを拒む社会の有り様
21世紀初めての桜を愛でつつ、あらためて「はがいさ」を噛みしめるのであります。
 さてさて、年明けの事務局会議で、今年の活動の大筋が決まりましたが、その中のひとつの取り組みで「障害 をもつキッズたちのプロジェクト」がたちあげられました。子供たちの「きらめき」がキーワードなのでありま す。大牟田養護学校のご協力のもと作業が進められています。自分たちの後輩とともに作る作業は、やはり楽し いものがあります。「きらめきキッズのコレクション」今年の6月頃には完成です。その時は、みなさんのご協力 をお願いいたします。
 梅は咲いたか桜はまだかいな。
僕等の本当の意味での花見が出来る日に向けて、いざ。

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-ムーン久留米公演報告-

2月25日、久留米市民会館大ホール。ボランティア80名が配置についた。朝早くからリハーサルをこなしたム ーンチームもスタンバイ。副音声のアナウンサーも位置についた。障害福祉課の課長さんの挨拶が終わり、つい にブザーが鳴った。久留米公演スタート。
 前日夜遅くまでの通し稽古で疲れた体を引きずり、午前9時前にはほとんど全員が市民会館駐車場に集合。
各人ゴンビニで手に入れたパンやおにぎりをパクツキながら、寒さに震え会場が開くのを待つ。10時リハーサル 開始。主催のピア久留米のスタッフは前日も当日も本当に動きがよく多方面に気を使ってもらいありがたい。
 リハーサルは、字幕も副音声も照明も音響も映像もこまかくチェック。聴覚障害者と視覚障害者にも参加して もらい当事者の視点から指導していただいた。セリフや動きや段取りが久留米バージョンになっているので役者 も大変だ。
 午後1時。聴覚障害者の松尾さんの上手な司会でスタート。
ピア久留米運営委員会の小野会長の挨拶に続き、来賓の障害福祉課の課長さんの挨拶を受ける。福祉課の職員の 人も何人か見に来られている様子。ちなみに、来賓というと、すぐ引き上げるのが多いのですが、課長さんは劇 を最後まで観劇され「いい劇でした」と感想を伝えていかれた。お見事。
80人のボランティアも、なるべく劇を見たいという事で会場に入ってもらう。劇は順調にスタート。役者の熱演 が続く。照明や音響等、スタッフもいい仕事で熱演に応える。
 午後三時ムーン終了。
カーテンコールに応える役者に主催者より花束贈呈。代表してパソコ役の荒巻さんが受け取る。続いて、わざわ ざ大牟田から来てくれた宮本さんから花束が。
つめかけてくれた700人のお客さんに感謝しつつ、ムーン終了。
後片付けのあと、近くのお店でささやかに夕食と打ち上げを兼ねて乾杯!!

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-CINEMA THE ムーン-

☆障害者等が人間の存在を問うオリジナル劇を公演
●朝日新聞筑後版より
☆新しい文化がまたひとつうまれました
●市の広報誌より
☆この劇はすべての人に向けて作られた文化です
●FBSニュースより
☆この劇は少しむずかしかった。
☆FMの副音声とパソコン字幕などの配慮に感心しました。
☆月と共に泣いたり震えたり・・・
☆すごい迫力!内容、セリフ、すばらしかった。
☆泣きました。言葉が見当たりません。深いです。
●会場のアンケートより
  

劇団ポリC入魂の久留米公演完全収録ビデオ発売

 劇団ポリCの久留米公演をカメラ4台で追った「CINEMA THE ムーン」が今月中に完成します。
生の舞台とはひと味違ったムーンが見れると思います。主題歌もSOSバンドの完全オリジナル変更しました。
4月から販売します。「買ってやろうじゃないか」という方はご連絡下さい。インターネットでの販売も開始し ます。一人でも多くの人に見てもらえればと思います。よろしくお願いします。
  ムーン映像監督/有松は
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 春うららバザー

 新製品の手作りストラップも登場したぞ

21世紀共同作業所もやいのバザーは、弥生3月春うららの日曜日。大にぎわいの諏訪公園。もう今年で何回目 でしょうか。なんだかかいを重ねるごとに大きなイベントになっていく感じがします。
いろんな人の協力でバザーの品物もいっぱい揃いました。手作りの品物も出しました。新製品の「手作りスト ラップ」も実験的に出させてもらいました。これは、今後もやいで力を入れてコツコツと作っていきたいと思い ます。ウーン大牟田中の携帯にぶら下げたいなと、夢は大きな少年剣士なのです。
 参加者の皆さん、介護者の皆さん、お疲れ様でした。次のバザーもよろしくお願いします。
   

 希望を手放すな!!

    

シネマで愛して・・・サイダーハウスルール

 それはそれはせつないシネマなのです。タイガーマスクがそうであったように、施設で育ったシネマの主人公 もまた哀しみを背負って生きているのです。施設を飛び出してもう一つの現実に飛び出した主人公は、貧しい季 節労働者の黒人たちとりんご園で働き始めます。彼らの寝床はサイダーハウス。何もない小屋なのです。若い主 人公は初めて自由と恋愛と働く喜びを手にします。未来は輝くと思えました。しかし、人であることの現実が襲 いかかってくるのです。いやになるくらい絶望的な愛や、思いを翻弄する宿命なるものに打ちのめされます。
 ドラマチックな展開の中で、何気ないシーンに心が奪われる時があります。このシネマもそうでした。サイダ ーハウスの中に、黒人たちが守るべきルールが書いた紙が貼ってあります。経営者が貼っているのですが、黒人 たちは字が読めずに主人公が読みます。それを聞いた黒人のリーダー格の男が、哀しみや怒りを押し殺した静か な声で言い放つ言葉が、僕は胸が震えたのでした。
 Iさん、君に見てほしいシネマなのです。元気でいますか。元気でなくてもかまいませんが、希望を手放しては いけません。このシネマの主人公のように。最後、彼は施設に帰ります。育ての親の先生は死んでいないのです が、施設の子どもたちが、雪の中で彼を迎えるのです。孤児院という名の施設の子どもたちの喜びの表現に、僕 の人生がフラッシュバックして涙がポロリ。ヤバイ!年だ!

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もえの国から・・・2001

   

ワーキングみほママのもえ'S History

「大牟田にはほかにもこういった子供のための施設がありますよ」「児童相談所はご存じですか」などなど、 ていねいに話しかけてくる。ここで、何もわからずに相談に来た障害児の親なら、その勧めにうまくのっても本 当に不思議ではない。(こんな親たちをつないでいく組織があればなあといつも思っています)
 わたしが聞きたいことは、どうしたらもえが居住地にあるT保育所に通えるようになるか、そのためにどんな ことが必要なのかということだった。加配をつけてもらえないか。給食の工夫(ミキサー食など)段差の改善(ス ロープ)など、具体的なことを話すには直接T保育園を訪ねることしかないと、半分覚悟していた。そのせいか、 福祉課からも特別障害児児童手当の申請をすることで、加配1名が確保できることなど聞き出すことができた。
とにかく手続きを急いだ。仕事をしながらの申請はなかなか大変で、その度ごと職場に年次休暇を出し、時間を 作って病院に行ったり、市役所に行ったり、病院の証明にはお金がかかったりなど、途中でもういいやなどと、 あきらめる人もいるのではないかと疑ってしまうほどだ。(ここでも相談にのってくれる組織でもあればなあと 思いました)
 一方、福祉課のほうはいい顔をしなかったが、直接T保育所の所長さんに会ってみることを許可してもらった。 あとは行ってみるだけ。もえの運はいつもついているのか、このT保育所の所長さんは、わたしが前任校での保 護者で、学級の役員まで引き受けられたお母さんでもあり、わたしのことを知って「もえちゃん連れてこんね」  と、見学をすぐOKしてくれたのだ。
4月号につづく

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活動報告

2月

   24日 ムーン久留米公演リハーサル
        かなりハードなリハーサルをやりました。
  25日 ムーン久留米公演本番
        大勢の人の協力で公演ができました。何より観に来てくれた700人のお客さんに感謝です。主         催者やボランティアの皆さん本当にありがとうございました

3月

  1日 クローバ春日出張
       県内の共同作業所の研修と助成金の授与があり、もやいから1名参加しました。
  4日 ムーン主題歌録音
        ムーンビデオ制作のため、オリジナル曲SOSバンドで録音。悪戦苦闘のすえアコーディオンバ         ージョン完成。
  5日 「きらめきキッズコレクション」スタート
        大牟田養護学校の先生や校長先生と全体のうちあわせをおこないました。
  6日 県庁出張/事務局会議
        花見の打ち合わせや各取り組みの報告と相談をしました。
  9日 村上みかさんお通夜
        CIL久留米の村上みかさんが急に亡くなられ急遽3名でお通夜に主席。ご冥福をお祈りします。
     研修生1名来も
        施設のありようについて話が深まりました。
     施設ピアカン
    有松ゆりこが担当しました。
  12日 県庁出張
    県の職員と個別に学習会をしました。
  13日 事務局会議
        バザートの打ち合わせを中心に話がはずみました。
  15日 ストラップづくりスタート
        ますば材料をそろえようと言うことで、みんなでお買い物。
  16日 キッズコレクションづくり
        久冨さんを中心に制作作業をおこないました。
 18日 諏訪公園バザー
        うららかな日差しの中で、バザーがんばりました。
 21日 障害者協議会企画政策会議
        当事者の真のニーズについて出し合いました。
  23日 課外研修ミニ交流会
        博多に行ってまいりました。
  25日 はやめ天満宮バザー
        初めての経験ですが天満宮でバザーを出しました。
  27日 佐賀よりもやい見学
        ムーンを観られた障害児のお母さんと教師の人達がやってきました。おもに劇の話を聞きたい         とのことでした。
★編集後記★

 ホームページの訪問者がついに1万人を超えました。嬉しいものがあります。この新聞もいろんな人が見てく れてると思うと、力がでるのであります。春真っ盛り、空の広さを確かめながら自分の翼で飛んでみたいとなと 思います。では、また来月。風邪に気をつけてくださいね。

2001年2月15日発行

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「梅は咲いたか桜はまだかいな」っていう時期になりました。木の枝の先をじっと見ると、小さなつぼみが見 えました。春の用意が進んでいます。春を歌った歌は多すぎるほどありますが、皆さんはどんな歌を口ずさまれ るのでしょうか。

可能の王国へ/シネマで愛して・・生きる

厚生労働省社会援護局障害保健福祉部障害福祉課長補佐補佐・宮原さんは「介護保険制度と障害者施策」とい う与えられたテーマから意図的に脱線し、障害福祉の今後の有り様を熱を込めて話した。そう、人権をキーワー ドに、話は熱を帯びた。一方、国土交通省総合政策局交通消費行政課交通バリアフリー対策企画官・水信さんも又、 省内で孤立しながらも、パブリックコメント等を活用しながら、当事者の意見を集約しバリアフリー法に生かし切った 経過を真摯に話した。
 少数であれ、戦う官僚は、自分の持ち場で凛とした政策を貫らぬこうとしている。大きく福祉が変わる。昨年 その前兆が相次いだ。
 バリアフリー方が施行され、福祉法も改正された。総合教育も法的に位置づけられた。いや、そんな大きな事 だけでなく障害者市民の移動の権利を確保する、ガイドヘルパーの利用を規制していた要綱が改められた。単身 入居の差別条項も改められた。
 近年、システムが整っても、障害者市民の「幸せの実感」はわからない状況が続いている。今回のいろんな改 正も現場の運営主体が何もしなければ、このままなのだと思う。障害者市民に一番密接な問題を置き去りに、人 権は語られるだけで、形作られることはない。
 僕らは、「幸せな実感」を物差しに身に沁みる課題と格闘して行きたいと思う。戦う官僚からボールは僕らに 投げられた。早くゆっくり僕らのペースで僕らのテンポで戦いを進めていこう。
 カーテンを開くと、シーホークホテルから海が見えた。夜景は未来都市を照らし、光の流れが雨で滲み、そこ から幻の舟が現れそうな気がした。その舟には、疲れ切り、窪んだ眼孔を愛用の帽子で隠した、あの人が乗って いるのではないかと思えた。あの歌を歌いながら。
  1952年の作品「生きる」はシネマではない。生き物である。見ようとすれば、心の奥のスクリーンで、 今も見ることができる。

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-障害者議員全国ネットワーク会議IN熊本-

もっこすの里で議論百出!

先月の28/29の2日間。全国の障害者議員ネットワーク会議が熊本で開かれたのであります。早いもので大牟田 で開催したのが3年前、九州で2回目の開催となりました。熊本には車いすの県会議員と市議会議員がいて用意を 整えてくれました。
 初日は午後より「交通バリアフリー法と自治体」のテーマで、基本構想のありようなどについて議論を進め、 議論の後、超低床の市内電車の乗車体験を行いました。夕方からは、交流会がもたれ、ざっくばらんな全国の情 報の交換に話が弾みました。
 2日目は、「介護保険と障害者」というテーマでしたが、2003年の利用者契約方式をひかえて、当事者中心の介 護派遣事業、ケアマネージメントの展開の必要性などが議論の中心となりました。2002年からは精神障害者施策が、 2003年からは知的障害者施策が、自治体の行政事務に代わります。自分の住んでる街を当事者中心にどう作って いくかが問われます。
 最後は、今後の参議院選挙に、車いすの戸田二郎さんと、樋口恵子さんが立候補されるので、議員ネットとし て推薦決定を行って終了しました。私たちの仲間では国会議員は全盲の堀さんだけなので、二人にぜひがんばっ てほしいと思います。
報告/おおば

バザー用品提供をお願いします

 桜吹雪とはまいりませんが、3月18日の日曜日。春一番が吹き抜ける諏訪公演を会場に、朝礼、号令、恒例の。 恵比寿フリーマケット。商工会議所のお誘いを受けてもやいも一仕事。
と言うわけで、今年もバザーに頑張ります。もし、ご家庭に不用品がございましたら、何はともあれご提供頂け れば助かります。よろしくお願いいたします。
 できれば3月15日ぐらいまでに提供してもらえれば嬉しいです。

ページ3

-ムーン-


    あなたは私の娘です。目をそらしてはなりません。見るんです。
    精子の着陸地が、母親を決めるのではありません。
    あなたが娘であらねば、命が成り立たない哀しみを抱いたものこそ母親なのです。
    あなたは私の娘です。耳をふさいではなりません。聞くんです。
    あなたは私の娘です。口を閉じてはなりません。呼ぶんです。
   久留米市市民会館大ホール

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-もえの国から・・2001-

ワーキングみほママのもえ'S History 16の1

口蓋裂の縫合と小さな副耳の除去手術もすみ、1998年9月13日、ほぼ20日ぶりに家に帰って来た。退院したと はいえ、指を口の中につっこんだりしては、再手術にもなりかねないから、まだまだ「てかせ」といわれるもの をはめての生活である。
 私の方は、1998年度から始まったばかりの「看護休暇制度」が、申請通り二ヶ月間認められ、二学期そうそう の忙しい時期を、もえの看護にゆっくりあたることができた。この年はちょうどお兄ちゃんの六年生最後の運動 会もあり、たまたま看護休暇中のため、応援に行くことができた。職業がら、わが子の運動会は見れないものと 思っていたのが、小学生最後の運動会〜応援団、鼓笛隊、騎馬戦、組体操などなどじっくり応援できた。これも もえのおかげ!
 11月、私はまた元の職場にもどり、もえはまた家で、Hお姉さんと過ごす毎日にもどった。その一方で、4月か らの保育所入所のために動き回らねばならなかった。保育所入所は市役所の福祉課と決まっているが、昨年度の いきさつもある。ちょっと簡単な気持ちなんてとんでもない。なんと言われるか、こんなこと言われたら、どん な風に切り返そうかなどと考え考え、福祉課へ足を運んだ。
「障害があるその子のために」「その子にあった」というのは、あまりにあちらこちらで聞かされる言葉なのに、 多くの場合、その裏に「排除」の思想があることが多い。もえのことにしても窓口での対応はまさにそのものだ った。保育園の入所に関する法律が改正されたのを契機に保護者が保育園を選択できるようになった。それは、 障害の有無に関わらずに認められるべきなのだ。

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-活動報告-

1月

28〜29日全国障害者議員ネットワーク会議
  熊本市役所を会場に障害者政策について議論をしました。
今年の夏の参議院選挙にメンバーの2名が出馬する事としました。
 30日ムーン練習/ハイジユニット
  交流ホームで地味な練習を重ねています。

2月

  6日 ムーン練習/奈美恵・施設ユニット
 文化会館のリハーサル室でおこないました。
    バリアフリー住宅士養成講座講師派遣
           全国初の取り組みの第2回目の講座に講師を派遣。ノーマライゼーションと居住福祉を            話しはなしました。
  7日 事務局会議
 オリジナルカレンダーやムーン久留米公演の打ち合わせなどについて話しました。
   花見の日程についても話しました
  8日 障害学/単身入居とガイドヘルパー
           障害学実践編として身近な課題を取り上げました。市民の権利として、国の交渉の味改            正させた要綱を、今度は現場で実践させていく事が大切ということになりました。
  9日 施設ピア・カウンセリング
 有松ゆが行きました。
  13日 事務局会議
 パラリンピックの予選についてや、久留米公演の配車計画などについて話しました
     ムーン練習/ハイジユニット
           小山内刑事は練習日を忘れて少し遅刻しました。ハイジは突然セリフが増えてショック            を受けたのでありました。しかし、大牟田公演を上回る出来であります。乞うご期待
  14日 手芸教室
  とは名ばかり、この日はチョコレートが乱れとんだのであります。バレンタインデークライシスを迎えた某おじさんもめでたくチョコをGET。胸をなでおろしたのであります。
  15日 もやい新聞づくり
もえの国からの原稿をGET。1日かけて新聞2月号を作りました。考えたらこの新聞ももうすぐ20年。ヒェー!
★編集後記★

 今度のムーン久留米公演を見に養護学校の恩師が来るとのこと。ヤバイ!ヤバイ!よなと思ってたら、メールが  届いた。久保田恵も来るという。ヤバイ!なんか知ってる奴が来ると照れるよな。まいいか。こうなりゃ養護  学校の同窓会だ。ではまた。

2001年1月15日発行

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あけましておめでとうございます。
多くの方から事務所に年賀状いただきました。ありがとう。心がこもっておりました。
今年も「もやい」出し続けます。よろしくお願いしますね。では、21世紀よーいドン!

空を超えて/星の彼方

いくぞアトム/ジェットの限り!

 21世紀がやってきたのであります。
私たちは、遠くにあった21世紀をどんなイメージでとらえてたのでしょうか。「鉄腕アトム」で「ウルトラマン 」で「サンダーバード」で「スーパージェット」で?イメージとは違ったかもしれませんが、まあ、とりあえず 21世紀は総ての人にやって参りました。
20世紀の経験の一つとして、私たちは、当事者の切ない素朴な思いが、非当事者で権戚や権力を持った人たち に抑圧された歴史を知ったのであります。
ならば、アトムよ、私たちが超える空とは何か。目指す星の彼方とは何かを、歴史の経験から導きだし、あな たの世紀を進まねばなりますまい。そう、アトムよ、あなたのように10万馬力で、そしてジェットの限り!
 てなわけで、SOSの21世紀の歩みを始めたいと思います。時に議論をぶつけ、共に悲しみ、共に笑い、人間な るものと格闘しながら、365日の同伴旅行者として、今年もよろしくお願いいたします。
2001年1月

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-シネマで愛して・奇跡の人-

普通校に行っていた小学校2年生の時、遠足の日は障害者の自分は外され、自宅でごろりごろり。見かねた父 が三交代で寝てないくせに、自転車に私を乗せシネマに連れて行ってくれたのであります。
 大きなスクリーンで見た股旅ものは、それは素敵な世界でありました。どんなに苦しくても必ず正義が勝つ世 界。その日がシネマを愛した瞬間でありました。
 その後、数は少ないが、シネマの旅を続けて参りました。たとえおもしろくない映画に当たっても、惚れた弱 みで最後までのおつきあってな調子であります。
 でも何故か障害者関係のシネマだけは見たくなかったのです。しかし、気は進まずとも見らされることもある わけで、「奇跡の人」もその一遍であります。
 小学校の高学年、反抗期に近づいていた私にとって、それは重たいシネマでありましたし、予想通りに、シネ マの主人公と私は比べられ、「あなたも頑張らないと」と、親や先生に怒られる始末。子ども心にも何かおかし いレトリックが使われていると思いつつ、そこは子ども、反論できずにうつむくばかりであり、大嫌いなシネマ となりました。
 しかし、40年後私は知るのです。聞こえないしゃべれない見えないという、三重苦を抱えながらそれを克服し た「奇跡の人」が、実は、女性の性に悶々とし、その情熱から駆け落ちするなど、まさに、与えられた教科書的 な役割としての、奇跡の人としてでなく、等身大の女性として、人間として、精一杯生きていた事実を。
 その事を知ったとき、木や草の匂いで、風のざわめきで、海の響きで、光の熱で、水の冷たさで世界を感じた 少女のヘレン・ケラーの、40年間という上映時間の長い長いシネマが終了したような気がしたのであります。
そして気づくと、私は、このシネマをいつのまにか愛しておりました。
 ともあれ、パティーデュークの熱演と監督アーサーペンが後に「俺たちに明日はない」を作り、このシネマに 夢中になった記憶が懐かしく甦るのであります。

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->第15回 SOS忘年会報告-

お陰様で、約百名の参加で忘年会はにぎあいました。子ども達の参加も多く、とても嬉しく思いました
20世紀も多くの人と共に打ち上げられたことを感謝したいと思います
今年もみんなで汗を流して楽しい忘年会を!
○毎回あいさつに趣向を凝らす有松代表。今回は腹話術の人形に挑戦。ソニーちゃんとして見事なデビューを果  たしたのであります。
●今回の忘年会は子ども達が主役となりました。21世紀の主役の子ども達が盛り上げてくれたのでした。
○長期入院が続く松山さん。それでもキャンプや忘年会は必ず参加してくれます。松山千春を熱唱したのです。
●SOSの初期からのメンバーで長期入院が続く見田村さんと毎回忘年会を盛り上げてくれる田中先生の大人のデ  ュェットでした。
○長岡さんと金納さんの演歌の真髄。長岡さんの歌の上手さと金納さんの踊りの熱演はカラオケ大会のハイライ  トとなりました。
●カラオケ大会優勝は渡辺恵美さんでした。一緒に歌ったお母さんも大喜び。20世紀最後の記念となりました
○手に汗握るテーブル対抗ゲームが会場を沸かせました。ここでも主役は子ども達。優勝は久井原まさき君。
●病気をされてましたが、元気に回復された鳥越さんとお母さん。久しぶりに登場された岩元さん。
懐かしい顔がそろうと嬉しいのであります。

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もえの国から・2001

ワーキングみほママのもえ'S History その15

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-活動報告-

12月

3日 ケア・マネ養成講座/久留米市民会館
     奥野・有松ゆ最後の講座に参加。2名とも全過程終了証明書を頂きました。
 5日 ムーン全体練習/文化会館
          小ホールを使い本番を想定した通し稽古を行いました。
 7日 サンアビリティー祭り反省会/サンアビ
            担当の久冨が出席しました。
 9日 障害者協議会イベント/リフレス
          設立1周年記念イヘントに参加。
10日 ムーン全体練習/文化会館
          照明の取り付け作業と全体の通し稽古
12日 ムーン上演/文化会館
14日 有明新聞取材
            ムーンについての取材を受けました。
20日 障害者協議会会議/福祉センター
         有松ゆが出席しました
23日 SOS忘年会
           今年も多くの人に参加してもらいありがとうございました。
26日 事務局会議
           毎週1回やりつづけている事務局も今年最後。いろんな感想を言い合いました。
28日 大掃除
        たぶん日本一狭い作業所と思いますが、それでも掃除は大変。狭いところほど掃除がしにくい       と言う事実を今年も体験したのでした

1月


 9日 事務所開き/事務局会議
     今年も心あわせていこうと言う事で盛り上がりました。
11日 街つくり会議
         有松ゆが出席しました。
  人権講演
        平原小学校の人権講演に講師を派遣しました。
14日 久留米公演打ち合わせ
      スタッフ6名で雪の中、市民会館スタッフと打ち合わせ。続いて「ピアくるめ」のピアカウンセラー       の会議で挨拶と説明をしました。
★編集後記★
 21世紀初めての発行と言うことで、21世紀のヒーローをカットに使いました。全部ヒーローの名前がわかる人 たいしたものです。賞品はありませんが、拍手を送ります。みなさん、今年も良い年にして下さいね。
では、風邪などに気をつけてください。成人式を迎えた人、おめでとうございまーす。



2000年12月30日発行

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今年1年「もやい」を読んでもらってありがとうございました。
いよいよ松本いよ、違う。いよいよ21世紀です。
皆さんにとっていい1年であります事を祈ります。また、来年もよろしく。

劇・ムーン終了!


立ち見でホールいっぱいの拍手の中カーテンコールが終わり、存在しない「ムーン/山本月」紹介されると10 人の役者達が月を取り囲んだ。
光りと煙の中で、尾崎豊の「I love you」が流れ、役者達が振り向くと同時に幕が静かにおり始めた。1時間45 分のオリジナル劇/ムーン終了。
 12月12日の文化会館小ホール、午前9時。スタッフと役者が、緊張感漂う中で作業を開始。当日の朝はコーヒ ーの味などしない。積み重ねた練習の日々が頭を巡る。しかし、次々と作業が続き、スタッフが合流する。
 午後7時。超満員の観客を眺め、多くの人の協力のありがたさが心に沁みる。
7時8分。映像と音響監督の有松が左手で高だかとOKサインを挙げる。携帯で照明室や音響室と舞台袖の役者に電 話をかける。「ムーン始めます」。7時10分開演のベルが鳴った。
脚本と演出を手がけた者として一言。
 私の稚拙な脚本や演出などはるかに飛び越えて、この日ムーンの劇はそこにあった
 観客の一人として、心から役者やスタッフや協力者に、拍手を送りたい。
歩 利雄

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-ムーンは小さな文化です-

ムーンは、役者とスタッフとボランティアと多くの協力者。
そして寒い中、見に来てくれた人(518名)で共に作り上げた12月12日の小さな文化です。

※受付を担当してくれた成光さんとお孫さんの良太君。そして通称「ラン」ちゃん。
 開場前から多くの人が訪ねてくれました。
◎開場が始まる中、楽屋ではチーム滝沢の必死のメークが続きます。緊張と空腹をゆるめるように差し入れの手  作りサンドイッチが届きました。
※開場と同時に、次々と席が埋まっていく場内に観客席の作者歩利雄も感激の様子。
◎真っ赤な照明と衣装が印象に残る奈美恵ユニット。観客を物語へと引きずり込んだ鬼子母神の奈美恵と刑事秋  岡のファーストシーン。
※劇の中で強烈なインパクトを与えられたとの声が多く、架空の施設シーンユニット。
 存在しない「山本月」の存在感を見事に浮き立たせた彼らの演技と思いこみこそが銀河流星群を突き抜けたの ではなかったか。
◎刑事秋岡と小山内とハイジが舞台最前線で一直線に並ぶハイジユニットのシーン。
 重ねられるセリフの体積が徐々に物語の温度を上げていく。
※ブルーの照明の中で上弦の月を背中に、月への思いを叫ぶハイジ。月は私の命。私の業。私の愛。逆光の照明  が静かに消え、シーンは施設ユニットへ。
◎秋岡と小山内とハイジのキャラクターがぶつかり合い、ラストシーンが近づく。ハイジの独白が続く中でハイ  ジが流す一筋の涙が照明に光って美しかったとの声。

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-劇団ポリシー初公演御礼-

ムーンを見にきてくれた全てのみなさん、本当にありがとうございました。
これを力に、又いつの日か、新しい劇を作り上げます。その時また見に来ていただければ幸いです。
では、よいお年をお迎え下さい
当日楽屋に差し入れしてくれた皆さん、花を届けてくれた皆さん、また、カンパをしてくれた皆さん、そして、 僕らが気付かないところで応援してくれた皆さん、本当にお世話になりました。ありがとうございました。
                              

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-ケアマネージャー養成講座報告-

12月3日障害者の日のケア・マネージャー連続養成講座が終了しました。
2005年からは、障害者も介護保険にくみこまれるので、今回はそれにそなえて開かれたわけです。
私としては、障害者のケア・マネージャの講座ということで、ともかく参加できればいいという感じで5回の講 座に出席しました。修了証書もいただき、無事に終わったわけですが、講師のほとんどが当事者というのがこの 講座の面白さであり、私にとってはとても力になる話しを聞かせてもらいました。
 ニュース等で表面的に得る部分や、ケア・プランのための表だけを見てみると、障害者の生活管理表そのもの で、現在のケア・マネージャーの仕事は実際そうなっていると私自身も思ってはいました。しかし、障害者の持 っている力をひきだし、思いや希望をかなえることが、ケア・マネージャーの仕事で、思いや希望が1一つずつ かなっていくこと、障害者が本当の自分を取り戻していくことが、この仕事の醍醐味だといってた講師の人がい ました。自分もこの人のように本当に心から言えるようになるのか、自分が障害者当事者であることの重みと、 力のようなものを考えた講座でした。
 朝早くから介護で講座に付き合ってもらった介護者のみなさん。本当にお疲れ様でした。
有松 由里子
 11月から12月にかけて障害者のケア・マネージャーの養成講座が久留米でありました。自分も講座にいきまし た。最初に障害者のケアマネと聞いて、いろんな人に会えると楽しみにして行ったんだけど、残念ながらほとん どが健全者で少しがっかりしました。でも、たくさんの障害当事者が講師で話をしてくれた事がすごく良かった です。自分のわからない部分が多く、とにかく視力障害者の気持ちとか、内部障害者の人の話を聞かせてもらえ たことが、自分自身の勉強になりました。
 2005年からは障害者も介護保険にはいります。その時に、障害者の立場しかわからないので、障害者のケアマ ネは必要だと思いました。
当事者が毎日の生活をできるようなプランを一緒に考えていけたらいいなと思いました。
奥野 英男

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-SOS事務局より/T年間お疲れ様でした-

障害者の皆さん20世紀最後の年をいかが過ごされましたか
ついに私たちが一市民としての権利を握りしめることができなかった
           20世紀が行きます
         戦争の世紀でありました
   それはとりもなおさず差別の世紀であったことを証明します
               しかし
     その中にあって静かに希望の種は心ある人々によって
            蒔かれているのです
        この国の片隅の私たちの街においても
         希望の種は蒔かれているのです
  疲れた体でバリアフリーの住宅士養成講座を受講する人の背中に
  タウンモビリティーの試みに静かに汗を流す介護者の汗の中に
 閉ざした心の隙間からそれでも0.1%の希望を抱く人のまなざしに
学校現場で誰も受け入れぬ障害児を受け入れる挙手をするその指先に
           蒔かれているのです
            21世紀が来ます
       権利を奪われた替わりに与えられた
        保護収容管理を20世紀に置いて
      権利とそして責任を私たちは手に入れ
 希望の種を蒔く人たちと21世紀を歩いて行きたいと思います
    さりげなくどうどうと歩いて行きたいと思います

2001年Keep walking

来年もよろしくお願いします。

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-2001年幕開けに!-

2001年幕開け早々
全国の障害者議員と障害者運動の仲間が集う

障害者議員ネットin熊本開催

1月28/29日

 交通バリアフリー法は街を変えるか
障害者の介護保険とは何か
       詳細は次号で
★編集後記★

 雪が見たいなと、先日山鹿の露天風呂に生まれて初めて入って、空を見ながら切実に思ったのでありました。
酒はほとんど飲めませんが、雪見酒のまねごとをしてみたいです。
ではでは、良いお年をお迎えくださいね。

2000年11月10日発行

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-障害者の日記念イベント特集-


今回は障害者の日記念イベント特集号となりました。当日入場整理券もつけてますので切り取って当日見に来て もらえばうれしいです。
早いもので今年もあとわずか2000年の365日の旅はいかがでしたか。 11月号

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-見事に自分って奴を裏切ってみせるさ口笛を吹きながら明日のジョーになるんだ-


障害者の日記念イベントは、この15年間20人程度から500人の参加者まで大小数々のイベントを行ってきまし た。今は亡くなられた砂田明さんによる水俣の悲劇の中での人間像を表現した一人芝居「天の魚」の上演
全盲の歌手長谷川きよしさんの透き通った歌声と神業のギターのテクニックに酔いしれたコンサート。知的障 害者でおおらかでゆったりとした世界を映し出した「しがらきから吹いてくる風」の映画上映会。
一昨年の大牟田高校吹奏楽部の皆さんと障害当事者の手紙のジョイント「そよ風の贈り物」等々。
 そして、今回20世紀最後のイベントは、今までのあり方と違ったコンセプトで挑戦です。,br> 障害者の日のイベントといえば、ボランティアする者される者、啓発する者される者とに分けられがちでした。
しかし、今回はそれを裏切りたいと思います。無謀とは思いますが障害者と健全者が共に劇をつくり演じ、それ を多くの方に見てもらうことでひとつの劇が完成する共同作業を試みたいと思います。とはいっても劇などが自 分にできるはずがないと自分が自分を守ろうとします。夢はいつも寝床に置いとくもんだと自分がささやきます
 しかし、遠く近くかすかに口笛が聞こえてくるのです。「そんな自分を裏切っちまうのさ」と声がするのです。
振り向けば「あばよ」と、泪橋のむこうに背中を向けて走り去る矢吹丈の影がありました。
舞台に立つ者も、それを支えるスタッフも、できるのだろうかと問いかける自分自身を見事に裏切るために稽古 というリングの中で格闘が続きます。
12月12日舞台の幕が下りた時、真っ白に燃え尽きた明日のジョーになるために。
劇団ポリC一同
   みなさまへ
 正月、真夜中にキーボードを叩き続け生まれて初めての戯曲を書き上げました。
それは、自分が自分でなくなるような、いや、本当の自分に出会うような不思議な体験でした。
 完成した戯曲に、障害者と施設職員とホームヘルパーで作った「劇団/ポリC」が300日の時をかけ心を吹きこみ ました。
あとは、みなさんに見てもらいそれぞれ感じていただくことで魂を吹き込んでもらえたらと願います。
寒い中恐縮ですが「愛とは何か」、「人間とは何か」という問いに一点の思いがあれば、ぜひお出かけいただ きたいと思います。
 どうぞ、よろしくお願いいたします。

ページ3

-ワーキングみほママのもえ'S History -


その14−2  退院後、しばらくは通院での定期的な検診もいる。食事訓練もある。この口蓋裂の手術後は指しゃぶりなどで 口の中に指を突っ込んだりしたときに、縫合したあとが破れてしまうことがあるため、丸い手作りのつつ状の 「手かせ」をしばらくつけて過ごすことになる。その管理もいる。・・・などなどの理由で夏休み明けの9,10月 の2ヶ月は学校を休むことにした。
 もえにとっては、またまたラッキーなことに昨年度までは「看護欠勤」という制度しかなかったのが、1998年 度春から「看護休暇」制度スタートしていた。
南筑後教育事務所管内では、初めてという制度利用者として、2ヶ月使う事にした。
 「初めて」というのが幸いしたのか、初日の9月1日より終了するのは10月31日までの2ヶ月の間、1日も空白の 日がなく代替えのクラス担任が配置されることになった。しかし8:30〜17:00の完全なる常勤講師だ。
 夏休み明け早々の学校は、運動会の準備で忙しい、その中、常勤講師の配置は本当に嬉しい。(とはいっても これが当たり前に運用されるべきだと思うが・・・)
 暑い8月の終わり、もえと私は、新しく届いた水色の「小さな車いす」とともに聖マリア病院形成外科病棟に 入院し、その生活が始まった。
※読書のみなさん。
 いつも読んでくれてありがとうございます。今年の1月から始めた連載も1年が経過しようとしています。
来月よは活動報告特集になるので1回休ませてもらいます。2001年T月号からふたたび「もえの国から2001」 として連載します。来年もよろしくお願いします。よいお年を。

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-20世紀を打ち上げよう SOS 忘年会のお知らせ-


20世紀を打ち上げよう SOS 忘年会のお知らせ
   初めてのSOS忘年会は、僕らが手にした初めてのお祭りでしたる
街の中で、店の中で、知らないお客が行き交う中で、初めて乾杯したときの高揚感は幸せと名付けてもおかしく なかったのです。あれから17年。随分と時を重ねました。SOSの活動は当事者性真ん中にすえていますので、各駅 停車のゆったりとした歩みしかできませんが、それでも、多くの人々が「それでいいじゃない」と支援してくれ ます。遠く近く、いろんな場所で、いろんな形で、たとえばこの新聞を読んでくれることで、僕らを支えてくれ ています。そういう人々に、僕らはうまく感謝の言葉を伝えることができませんが、日々の活動を続けていくこ とで、つながる事ができると信じています。
 ささやかですが、18回目の忘年会をやります。日頃会える人はもちろんこと、なかなか会えない人も、初めて の人も、ぜひぜひご参加下さい。
去っていく20世紀と、やってくる21世紀の狭間で、なんの縁があってか、知り合うことのできた人々と乾杯できれ ば嬉しい限りです。
★編集後記★
 学校での人権講座は、事務局の障害者で手分けしておこなっています。けっこう皆んな子ども好きなのです。
僕らの思いが少しでも子ども達に伝わればと思いつつ、講演のお礼のお菓子をみんなで食べるのであります。
 では、みなさん、忘年会で会いましょうね。風邪に気をつけて過ごして下さい。

2000年10月30日発行

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北の国ではもう雪が降っているとのこと、九州では紅葉の時期なのに・・・日本は南北に細長い島だなと改め て思います。皆さんお元気でしょうか。風邪に気をつけて下さいね。

-銀河流星群を突き抜ける日-


10月18日。お昼のニュースで北海道は旭川で初雪が降っている映像が流れた。早いよなーと思いつつ弁当を食 べていたのですが、降る雪に北海道の車椅子の少女の事を思い出しておりました。
 会ったことはないのですが、この世で会いたい女性の一人なのです。中学まで普通校に通ったその少女は、当 然高校も普通校を目指したのですが、そうはさせない壁が立ちはだかり少女の高校への進学の夢は裁判という場 に持ち出されたのです。少女は成績のよい子でした。本人一人の入学なら裁判は100%勝利の見通しでした。
 しかし、少女は弁護士や周りの静止を振り切って自分一人の入学を争う裁判ではなく、すべての障害者の高校 への入学の機会均等を訴える裁判を望み戦いました。当然裁判は負けました。
この少女のことが僕は頭から離れません。雪が降るたびに浮上してくるのです。
 95年。厚生省が毎年出す「厚生白書」は、僕にとって衝撃的でした。冒頭こう書かれていたのです。「私達は今 まで障害者に超人的努力を要求してきたのではないか」と。
 社会システムや差別法をそのままに、個人的な問題は超人的な個人努力で解決し甘えるな。という価値観の前 に多くの障害者の努力が評価されず人生が奪われてきたことか。
 冒頭の言葉を書いたのは一人の厚生省職員でしたが、周りの職員や上司から表現を変えるように随分圧力がか かったといいます。しかし、彼は最後まで突っ張って戦ったのです。弱視の彼は厚生白書を通してメッセージを 送りたかったのだ思います。それに、少なくとも確かに僕の胸に届いたのです。人が思えば人に届くものです。
車椅子の少女といい、弱者の厚生省職員といい、二人とも自己の体験と他者へのまなざしを重ね、そのかたま りが思いとなり心の宇宙にある銀河流星群を突き抜けたのだと思います。解き放れた思いはきっと心ある人々の もとへと到着するのです。
 さてさて、12月12日の障害者の日記念イベントに向け、繰り返される練習と伝えたい思いを重ね、僕らは当日 銀河流星群を突き抜けることができるでしょうか?そして、訪れた人の胸に僕らは着陸できるのでしょうか?
つかれた体を引きずって今日も練習へ。いざ!

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-今SOSのホームページがおもしろい-


この新聞もホームページで毎月更新していますが、好評連載中の「萌の国から2000」は要望に応えバックナ ンバーを用意しました。第1回目から連続して見れますのでご利用下さい。
 また、12月12日の「障害者の日記念イベント/ムーン」のページも完成しています。劇/ムーンに関しては「E・福 岡ネット」がリンクして劇の宣伝をやってくれています。福岡・山口の市民団体の幅広い活動を紹介しているペー ジでとてもおもしろいです。こちらも是非アクセスを。SOSのホームペーシーのアクセスも今年中に10000の大台 を突破するのではないかと思われます。福祉マップや作業所の製品の販売に、そして私達の自立への熱い思いを 伝える場として今後も進化しますので、どうぞアクセスを!
ケア・マネージャーに挑戦
当事者主体の地域自立をつくろう

世界中で障害者が求めているのは、介助者を自己管理して生きがいのある自由な人生を送りたいということです
その夢を満たす方法の一つは、当事者自身がプランを作るセルフマネジドケアです。当事者がプランを立てら れないときはピアカウンセラーが同じ立場からケアコンサルタントとして支援します。今回、その夢に近づくための学 習として久留米の障害者支援センターの「ケアマネ養成講座」をSOSより2名が受講することとなりました。
11月5日より12月3日までの毎週日曜日に講座があります。朝9時より5時までびっしり詰まっています。
講師陣も、SOSにゆかりの深い姜さんや志村さん。それに大牟田から大場と内部障害の当事者として高田さんも 参加されます。そのほかにも、精神・知的・身体の当事者達がそろった良い企画となりました。ピア久留米のセ ンスが光ります。SOSを代表して事務局の奥野と有松ゆが学んできます。日曜日がつぶれて大変ですが、地域自立 を進めるために二人でみんなの分もがんばります。
ムーン支援Tシャツへのご協力ほんとうにありがとう
お陰様で400枚完売しました。

 劇上演に向けてのカンパとして「ムーンTシャツ」販売したところ多くの方に買っていただき本当にありがとう ございました。心よりお礼を申し上げます。皆さんのご協力に答応えるためにも、当日は心を込めて演じるつも りですので見に来てもらえればうれしい限りです。よろしくお願いします。

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-劇団ポリC公開練習は「13日の金曜日」という不気味な日に行われたのでありました。-


「ヒューマンライツ」という学習会の中の企画で、シネマライブの第3回目として13日の金曜日に劇の公開練習 を行いました。20人くらいの参加者で(部屋の広さからいってこれくらいが限界でした)畳の部屋でやるもので すから役者もやりにくかったのですが、参加者の皆さんもきっと見にくかったと思います。ごめんなさい。
 しかし、真剣に見てもらったお陰で役者もいい緊張感をもって全力投球ができ、今の段階の練習成果はすべて 出し尽くせたのではないかと思います。
 メークも衣装もスモークも映像も字幕も照明もない中でセリフの熱だけが問われる状況でしたがいかがだった でしょうか。交流会では色々意見がもらえてとても参考になりましたし、今後それらも何らかの形で取り入れ、 もっといい劇に仕上げていきたいなと思います。
 20世紀最後の13日の金曜日という不吉な日ではありましたが、皆さんのおかげで本当にいい練習ができました。
ありがとうございました。本番まであとわずかの日数となりましたが完成目指し頑張りたいと思いますので、で きれば劇の宣伝よろしくお願いします。

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-回転饅頭だけが確かに在った。-


バザーへの協力ありがとう!
 何故か秋はバザーが多いのです。荒尾のキャーギャラ市に始まり、諏訪公園のバザーよかもん市、そして最後 は商店街の大文化祭の一環として行われるタウンモビリティーバザー。先月号で不用品の提供のお願いをしたと ころ早速電話をいただいたり事務所まで持ってきていただいたりと多くのご協力をいただきました。
とても助かりました。ありがとうございました。
手作りの手芸品や、いただいた品物や手作りのTシャツやCDやカレンダーなどを売りました。
 当日、ボランティアとして動いてくれた皆さん、お疲れ様でした。けっこうバザーはつかれますよね。私も応 援に駆けつけたのはいいけど、具合が悪くなり車の中で延々と寝ておりました。うーん。邪魔しに来たようなも のだと反省。年のせいにしてはみたものの皆さんには申し訳なかったです。お疲れ様でした。
回転饅頭だけが確かに在った。
 Nさんのお母さんが逝かれてもう4年がたつ。小さな体に背負いきれないものを背負いながら凛として生きられ た人だった。お母さんの死後、Nさんは地域の中で頑張って生きていたのだが、地域の支援体制の不備に押しつ ぶされるように市内の精神病院に長期入院して2年がすぎた。久しぶりにNさんの好物の回転饅頭を持って訪ねる とNさんは恐ろしく痩せていた。僕自身を誰だか解ってもらえずに、切ない空気が流れるのだが回転饅頭を食べ る横顔に一瞬笑顔が浮かんで少しほっとした。
いつももやいで皆を笑いの渦に巻き込んでいたNさんはそこにいなかった。会えただけでも何故かほっとしたけ ど帰りの車の中で心が座り込んでしまう。中島みゆきのファイトが頭を駆けめぐる。社会的入院を余儀なくされ ている人は多い。地域の支援施策と彼らを迎え入れる文化をつくり出すために、ファイト!

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-萌の国から・2000-

-ワーキングみほママのもえ'S History -


その13
 1998年を迎える頃から、もえの介護を中心的にしてくれたSさんの出産もあり、新たなもえの介護人探しが始ま った。いつもの綱渡り状態というか泥綱式というか、いろんな人のつてで子ども劇場などに関わっているHさん。
その知り合いのMさん。Nさん。
 寝返りだけは上手になってきたもえは少しずつのども広くなってきてミキサー食から少しずつ卒業していった。
とはいえ、まだまだ食べさせるのはむずかしい。(口蓋裂のため口の中に「オプチュレーター」というものを常時 はめている)新しい出会いの中でも適応力が早いというか、はたまた悲しいかな親と他人との区別がつかないのか、 もえは誰に抱っこされても平気でアーウーニャンニャンマンマンマンなど嬉しい声も挙げるようになってきた。
その年の春、身体障害者手帳を申請。(療育手帳は後回しにした)姿勢保持のための車椅子も申請。
その14
1998年夏、聖マリア病院で口蓋裂をふさぎ小さな副耳を3つ切除する手術(全身麻酔をかけるなど)であるため、 手術に直接かかわる形成外科だけでなく麻酔科、新生児科、耳鼻咽喉科などのドクターとの連係をとっての手術 になった。入院は、8月31日=夏休み最終日の前5日より3、4週間ほどの予定。手術しばらくは一般病棟でなく、 完全看護のある小児ICUで過ごす予定ですすめられた。

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-活動報告-

9月

 29日障害者協議会会議出席<
  障害者の日のイベントのあり方についての話でした。有松ゆが出席しました
   シネマライブ2上映会<
  「2つの地平線」を見ました。参加者は少なかったけど、とても熱い思いやひたむきさが感じ取られるシネマでした。
 30日「えんとこ」上映会に参加<
多くの人が見に来てくれました。人と人とは出会い思いは形となり人である                 ことが輝き始めるシネマです。

10月

  3日事務局会議<
 この月はバザーや出張や監査もあるので全体的な流れを確認しました。
  住まい街づくり/講座へ講師派遣<
 バリアフリー住宅士の養成講座でノーマライゼーションをパソコンを使って説明しました
  5日ムーン練習<
 恵愛園をお借りして特訓を積みました。
  7日ムーン練習<
 福祉センターで長時間練習に励みました。
 10日事務局会議<
 バザーの具体的な打ち合わせを中心に行いました。
 ムーン練習<
 恵愛園を借りて13日の公開練習に向けた特訓を積みました
 11日UUクラブ懇談会<
 ピア・カンメンバーと担当職員との意見交換会を行いました。
 ムーン練習<
 公開練習に向け文化会館練習室で特訓しました。
 13日シネマライブ3特別編/ムーン公開練習<
 リフレス大牟田で20名を超える参加があり緊張の中で90分の劇が行われました。そのあと感想を出し合っての交流会が行われました。
 15日荒尾バザー/キャーギャラ市
 毎年恒例のバザーです。久しぶりに横田かよこさんも応援に駆けつけてくれました。
 17日事務局会議<
 10月後半の日程の打ち合わせを中心に新聞の内容やバザーの人員配置の打ち合わせをやりました。
 22日諏訪公園バザー<
 恒例のバザーみんなで頑張りました。
★編集後記★

 若い人と久しぶりに真剣に話をしました。人とあろうとするエネルギーが自分自身のありようにぶつかり少々 苦しそうではありましたが、彼の話は襟を正して聞かねばならないひたむきさに満ちておりました。
ノーストップの5時間。言葉の海の航路は刺激的でありました。もの思う秋に乾杯。

2000年9月30日発行

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インターネットで月暦を見ると、いつ上弦の月が出、下弦の月が出るのか。いつ満月になるのかがすぐわかり ます。平井和正のウルフガイ犬神明ではないので満月に向かって吠えたいのではありませんが・・・
みなさんもきれいな月をみてください。

-シネマで愛して・・・/エレファントマン-


早いもので、もやいのホームページを立ち上げて3年が経つのであります。「石の上にも三年」のことわざとい い「3年経ったのに」をリフレインする泉谷しげるの「帰り道」といい、3年というのは何か意味があるのかもしれ ないのであります。
 そういえば、先日3年目にしてインターネットでもやいの手作り品を見も知らぬ東京の人から注文が受け発送
インターネットビジネスを体験したのであります。
 僕らは今、日日常的にEメールで連絡を取り合っていますが、昔は文通というものがあったのです。天から落 ちてくるひとひらの雪のように、施設に舞い降りる一通の手紙が壊れかかる心をとどめてくれた日もあったので あります。活字に弱い僕はよく送られてくる通信に通しますが、ある日、不登校と関わっている水俣の友からの 通信にこんな話が載っていました。不登校の子ども達が集会を開きその中で壇上に立った当事者がこう宣言した のです。「僕が不登校になって親も、学校も、周りの人も、僕が人間じゃなくなったように見ます。僕は確かに学 校に行けなくなりましたが、僕は今も人間であり続けています」
 プレイバック・プレイバック、今の言葉プレイバック(いつも古い歌を引きだしてすいません)「僕は今も人間で あり続けます」この言葉に僕は胸を突かれたのであります。これは不登校のレッテルを貼られた子の「水平社宣言」 ではありますまいか。
 そして、ふいに古いシネマのセリフがプレイバックしたのです。
異形の者故、群衆に追いかけられ公衆トイレに追いつめらたメリックが叫んだあの言葉。
 lm not an animal l m a human  そう「エレファントマン」です。私は人間だ。というギリギリの自己肯定。
あまり気が進まないままに見たこのシネマで、唯一残ったこの一言がよみがえったのであります。人という共通 の種に存在しながらも、あまり違うことの真実の前に人はどうあるべきかを問うシネマでありました。

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- 見る前に飛ぶ女性が始めた上映会-


最近無茶な人をみかけない。思い一つを胸に抱き砂塵を巻き上げ突っ走る人。周りは大変だけど思い一つにか けるいさぎよさが他者をして「いざ、助太刀を」という気にさせる人。いないよな。と思っていたら「見る前に跳 ぶ」女性が現れました。砂塵を巻き上げるというより、砂をきれいに松葉箒で掃除するといった感じのもの静かな 女性なのですが思いの深さは圧倒的です。
思われたのは左のチラシのとおり「えんとこ」なる映画です。重度の障害者の自立とそれを支える若者達のドキュ メント。どのシーンが彼女の心の琴線をかき鳴らしたのか定かではありませんが、いずれにしても、上映会をせ ねばと彼女は思い定めたのでしょう。
 その日から、悪戦苦闘が始まったことと思います。夏の日差しは陰りを見せ、木枯らしの到来の近さを予感さ せる9月。気がつけば上映会までほんのわずかな時間となりました。
みなさん。いざ、助太刀を。人を跳ばせたこの映画。見に来て下さいね。

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-障害者の日記念イベント/稽古不足を幕は待たないぞ-


 言葉の量と意味と間合いみたいなものに振り回されつつ、少しづつ身についてくる言葉。身についた言葉達が 少しづつ織っていく物語。劇団ポリCの稽古は続きます。
不安・ためらい・後悔・自信・ため息・拍手・叱責・不満・可能性・発見・変身・心中で発光する思いは星とな り見えざるものを照らし出す。その時役者は役者になるのです。
あ・え・い・う・え・お・あ・お 「じゃ、最初からいきます。よーいスタート」

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-障害学/小浜温泉宿発-


2000年キャンプが終わった後、5人で帰る途中で小浜に立ち寄った。頭の片隅に2年前沖中さんや四牟田さん と福岡に聞きに行った「タウンモビリティー講演会」でジェトロ(日本貿易振興会)の菊池さんの話から、小さな温 泉街の小浜がタウンモビリティーへの挑戦を始めた事が頭の片隅に残っていたからだ。ちようど昼飯時であり食 事の場所を求めて商店街をさまよっていたら、その中に車椅子利用者も使える「多目的トイレ」がドーンとありま した。それだけでなく、大きな温泉ホテルの前では従業員の人たちが電動カートの実習を楽しそうにやっていま した。
 小さな温泉宿におじゃまして海を眺めながら昼食をとりましたが、何だかこの町の目指しているものが感じら れて食事もよりおいしく感じました。温泉宿を出るとき店のご主人と偶然話ができました。彼は語りました。み んなでタウンモビリティーに取り組んでいること、厚生省の補助金で商店街の真ん中に多目的トイレを作ったこ と。通産省の補助金で電動カートを15台用意したこと。障害者のために福祉センターに温泉を作ったら、当事者 から普通の温泉街がいいといわれ、当事者の思いは当事者に聞かねばならないと感じたこと。情熱を込めて話す 彼の顔を見ながらこういう市民を作り出すことができるということが、タウンモビリティーの取り組みの大きな 成果ではないかと思いました。最後に大きな温泉卵をプレゼントされたから言うわけではありませんが、又行きた くなる町として記憶に深く焼き付けました。始まったばかりの小さな温泉町の大きな実験はすべての人を大切に しようという試みでもあります。

不用品提供のお願い・・秋のバザー続々
作業所もやいは秋のバザーシーズンを迎えました。諏訪公園/サンアビ/長洲/銀座商店街と続きます。ご家庭で 不用な品物等ありましたら、申し訳ありませんが提供よろしくお願いします。電話で連絡もらえれば伺います。

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-萌の国から2000ワーキングみほママのもえ'S History-


その12
もえs Historyノートは、この日から「書き手(記録者)」が増えた。朝食は何をどのくらい食べたかとか。ウン チはしたのか。熱はどうか。お昼寝は?そして、もえの様子は?など。その時に入った人が記入していく。それを 次の人にバトンタッチしていく。1日のうち3、4人の筆跡のある日もある。
 でも、言葉で自分のことが伝えられないもえにとっては、このノートは生命線の一つとも言える。時々、忘れ かけたころに起きるけいれん発作に対しても、このノートの冊数が増えるたびに対応の仕方にちょっぴり余裕が もてるようになった。とはいえ、このけいれん発作がいつ起きるかわからない。もし昼間介護に入っている人の 前で起きたら?との不安もある。それについても話をして部屋の壁に病院への電話(電話番号。Drの名前など)救急 車への電話とその言葉まで貼りだした。「○○町の○○○の横の坂田もえ、0才の女の子です。今、けいれんチ アノーゼを起こしています。かかりつけ病院は市立病院です。すぐきてください。」実は、もえ10ヶ月の時始めて けいれんチアノーゼを起こし呼吸困難になったとき、あまり取り乱し「ちょっと救急車に電話して」と、あわてる 私に上のお兄ちゃんが「お母さん、お母さん、救急車は電話番号は何番?」と、忘れてしまったという経 もある。
(不幸中の幸いというか、このけいれん発作は朝夕2回飲むフェノバールという薬の血中濃度が落ちてくる夕方過 ぎに集中しててたため、全く介護の人が救急車を呼ばなければならないといった場面はこれまでには起きていな い。さすがもえなりの知恵か)   つづく

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-活動報告-

8月

19日キャンプ地視察
奥野・久冨・案浦の3名がCIL久留米主催のキャンプ参加という形で大分のキャンプ場を見学に行って来ました。お疲れ様。
20日キャンプ場視察
大場・有松ゆ・木下・池田の4名が天草の海のキャンプ場を見に行きました。お疲れ様。
22日事務局会議
 いろいろな取り組みの報告やキャンプ場の視察の報告と検討を行いました。
26日ムーン練習
 福祉センターで10:00〜15:00までみっちり練習しました。
29日事務局会議
秋のミニレクレーションについてや、SOS集会の日程について話しました。

9月

  1日研修/長洲未来館見学
障害者の日のイベントにそなえ舞台照明の実演とお話をききました。
  2日ムーン練習
1日練習しました。
  5日事務局会議
SOS集会で使う資料の整理などをしました。
障害者協議会/企画・政策部会会議
主に障害者の日イベントについての話でした。
 7日SOS集会
いろんな取り組みの報告や、キャンプの感想やレクレーションのアイデアについて出し合いました。
  9日ムーン練習
1日練習でした。久留米より2名劇を見に来られました。
 11日ムーン練習
夜の特訓を積みました。
 12日事務局会議
ケアマネ養成講座の打ち合わせなどをおこないました。
 13日学習会参加
SOSの「打ち上げ学習会」でやったことのある「成年後見人制度」について3名で学んできました。いい復習となりました。
 15日バザー出店
恵愛まつりに参加しTシャツを中心に手作り品や本を売りました
 16日ムーン練習
長洲未来館の小ホールで初めて舞台での通し稽古をやりました。
★編集後記★

 シドニーオリンピックがもりあがっています。スポーツの秋だなと思います。終了後、パラリンピックが開催 されるのでしょうが、これもテレビ中継してほしいなと思いますね。一度も見たことがないので一度は見てみた いものです。では、風邪に気をつけてください。

2000年8月30日発行

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キャンプ終了後、山門高校の亜紀子さんと恵さんが手作りのクッキーを持ってもやいを訪ねてくれました。
バザー用の作業まで手伝ってくれた二人に感謝。又のお越しを待っています。夏っていいな。

-子どもはキャンプの王様だ-


キャンプにご協力いただいた団体や個人の皆さん
2000年キャンプ/子供達を中心に120名の参加で無事終了しました。
    ほんとうにありがとうございました。
  そして参加者の皆さんお疲れ様でした。
 スタッフの皆さんゆっくり疲れをとってくださいね。

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-シネマで愛して・・・遠い夜明け-


「夜明け」っていう言葉の響きに弱いのであります。10代中頃訳もわからず読み上げたあの本も「夜明け前」とい うネーミングにつられたし、10代後半「夜明けのスキャット」という歌を口ずさみ、やがて「夜明けは使いよ」をリ フレインする「友よ」という歌のキダーコードの反復練習に明け暮れたのです。
 何故でありましょうか。夜明けなるものをどこかで待ち望んでいたとするのは、あまりに単純にすぎるでしょ うか。施設の闇は深かったことだけは確かであります。地域に出て狭いアパートで地域の闇と出会ったとき、歴 史はくり返すといいましょうか。再び「夜明け」にすがったのであります。30を超えて出会った「夜明け」は、デン ゼルワシントンの「遠い夜明け」というシネマでありました。
 俳優の名前を覚えるのが不得意な私は、黒人俳優といえばシドニーポワチェとエディーマーフィーくらいしか いえなかったのであります。しかし、このシネマにおける演技でデンゼルワシントンが加わる事となりました。
 シネマのラストのクレジットで、虐殺された黒人達の名前が次々と出てきて、一つ一つの名前がアパルトヘイ トの差別を打つのであります。
 切ない、苦しいシネマであるのですが、解放運動のリーダーピコとしてデンゼルワシントンが語るセリフのひ とつひとつが心の奥に着陸するのです。
 差別する者達へ差別される者達へ語りかけるピコの人として凛としたもの、それこそが「夜明け」ではなかった かと真夜中に一人思ったのであります。
シネマの後半はヒッチコックかと思うようなサスペンスへと展開するのですが、これもまたシネマであります。
手に汗握って堪能いたしました。
 今、デンゼルワシントンは新作シネマで脊髄損傷の障害者の役を熱演中であります。この役作りため障害者と 寝起きを共にしていろんな話をしたとのことであります。さすがであります。レインマンにおけるダスティーホ フマンやレナードの朝におけるロバートデニーロや楢山節考における坂本スミ子を彷彿させます。
 「夜明け」を持っている方は必見です。夏の夜デンゼルワシントンと出会って下さい。遠いけど夜明けはあるこ とがしみじみと伝わってくるのであります。

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-もえの国から・2000-

ワーキングみほママのもえ`S History


その11
その後、保育園を訪ねることがありこのことを聞いてみた。当時、大牟田の保育園で看護婦の免許をもった保 育士がいる保育園は2、3ヶ所しかなかった。(この看護婦の免許にこだわるのには理由があった。養護学校で 今まで在宅だとされた子どもも毎日学校に通いたいといった運動が展開されてたころ、吸入、吸引などは医療行 為だから、養護学校の担任教師などがやってはだめだと言われた事があったから。医療の目覚ましい進歩の中で は吸入、吸引はまさに「生活行為」であるととらえられている。が、しかし文部省管轄の学校はなかなかそうは考 えてくれない)
 そうこうしているうちに、もえのことを看護していいよとOKをだしてくれる人がいた。Sさん。養護学校で一 緒に勤めたことのある若いお母さんである。なかよし会のお母さん3人。ダウン症の子どもをもつ3人のお母さ んである。連れ合いの看護欠勤の期限が切れる前にはもえのことをいろいろ知ってもらう必要があった。
 夏休みには早速ローテーションを決め介護に入ってもらう。こうしてもえは1才6ヶ月を迎える頃より新しい 出会いの中育てられることになった。

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-活動報告-

7月

  23日夏祭り総踊り
今年も女性は浴衣を着て皆で元気に踊ったのです。
 24日キャンプ作業
キャンプに向けて山ほどある作業に取り組みました。
 25日事務局会議
 キャンプが中心課題の会議でした。その他いろんな報告がされました。
 26〜28日キャンプ拡大実行委員会作業日
夕方より夜遅くまで取り組みました。
 29日交流キャンプ
 30日交流キャンプ
 31日講師派遣
セキアヒルズにて福祉基礎構造改革についての講演

8月

  1日事務局会議
キャンプ関連の今後の作業の打ち合わせの会議となりました。
 2日手芸全体作業日
バザーに向けていろんな製品作りに取り組みました。
 3日市同研実践交流会
文化会館で行われ研究協力者や実行委員として動きました。
 6日キャンプ反省会
 いいところ、悪いところを出し合い来年にいかす会議となりました。
  ピースサイクル来も
      今年も立ち寄られました。冷たい麦茶とらっきょでお出迎え。
 7日キャンプ参加の高校生来も
     いってらっしゃーい。又おいで。
 8日事務局会議
     今後の打ち合わせ
 9日バザー
     福教組のお誘いで文化会館で
   夏祭り反省会
     福祉センターでありました。奥野さん参加
   住まい街づくり会議
     担当の有松ゆが参加。
10日研究生来も
     3名の方が来ました。障害の概念という基本的な事を話しました。
 ゆうゆうクラブ
     案浦さんが担当しました。
★編集後記★

 残暑お見舞い申し上げます
皆さん夏を乗り切りましたか。後は秋の枯れ葉に身を包むのみです。先日インタ ーネットを通じ福祉マップの注 文を受けました。あれから4年が経つのですね。はやいよなー。
 福祉マップの作りかえの時期が近づいています。

2000年7月20日発行

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-ゴダイゴが夏祭りにやって来る!-


今年の夏祭りに「ゴダイゴ」が再結成でやって来ます。ガンダーラ・ガンダーラと思わず口ずさむ懐かしさ。
うーん。夏目雅子フォーエバー。夏の蜃気楼。政治の森善郎よりロマンがあるよね。
 先日もやいを訪れたキッズ達からお手紙が届きました。メールもいいけど手紙の文章ってさすがにいいよなー と思います。高山はやと君はじめお手紙をくれたみんなありがとう。夏休みは目の前だ。残された一学期頑張れ

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-シネマライブのお誘い-


暑い日が続きますがお元気ですか。
 さて、SOSでは昔から色んな形で学習会を重ねてきましたが、ここのところみんなに呼びかけての学習会とい うのはありませんでした。しかし、20世紀も後わずかとなったこの時期、SOSと縁のある「リボン社」が70年 代に制作した障害者の8ミリ映画をビデオ化し販売を開始しました。アメリカやイギリスや北欧から障害者の自 立生活が始まったというのが福祉業界の定説となっていますが、このシネマを見てもらえればどの国よりも早く 、この日本で70年代前半に障害者達が自立生活を開始し、共感する健全者達がそれを支えていることがわかり ます。SOSもこのビデオを入手しました。このビデオをみんなで見てそれぞれが何かを感じてくれたり、人の熱 みたいなものに触れてもらえればと思い「シネマライブ」と名付けた久しぶりの学習会を企画しました
 ひと月1回、3ヶ月連続の学習会になります。人権問題に取り組んでいるヒューマンライツの事務局にも協力 を求め了承を得ました。多くの人達に集まってもらいあの時代についての疑問や質問や感じたことなどを話し合 えればと願います。

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-障害学/見えないもの-


SOSの「青年H」さんが行政交渉を前に、目の色を変えて資料を集め分析し理論武装に必死になっていたのは何年 前だろう。結局、行政交渉も個人的な行政へのアタックも無に帰したけど、あの思いは宙を舞い続けて今日にい たり酒の席で突然爆発したりもする。
その、宙に浮いたHさんの思いは時を超え、7月10日建設省での政令改正となり11日の閣議決定となった
「一人暮らしの要介護の重度障害者の公営住宅への入居」が可能になったのだ。
 Hさんならずとも全国の自立を目指す重度の障害者が拒まれてきた。差別法の一つが実質崩壊した。つい先日も SOSの「欠格条項学習会」で取り上げたばかりだったので何か因縁を感じてしまうる
 バリアフリー・ユニバーサルとハードの面では時代は確かに進んできたが、ソフトの面では時代が進まない。
建物は見える分だけ理解が容易なのだろう。しかし、Hさんの思いは見えるわけでもない。見ようとしなければ見 えないものがこの世に多すぎる。
 逆に言えば見せようというのは大切なことではないかと思う。障害者劇団「変態」が障害者の身体を舞踏によっ て見せるように、又、障害者プロレスが常識をラリーアートで粉砕する格闘技を見せるように、高橋竹山が津軽 三味線で障害者の昇華された情念を見せたように、乙武くんがあっけらかんとした明るさを見せたように・・
見せないと治まらない障害者の「思い」は山ほどあるのだから。

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-萌の国から・2000-

ワーキングみほママのもえ'Sヒストリー!


その10
実はこの3ヶ月は、その後のもえをどうするかについて動き回った日々でもあった。
まず市役所福祉課。とにかく口蓋裂の手術まではいろんな病気に感染するおそれのある場所へあずけれない。
風邪一つでもこじらせたら救急車で搬送し2週間の入院は必死だ。在宅でなんとか見てくれるような制度はない ものか?と考えたからである。答えはNO!自分でベビーシッターさんを探して下さい、家政婦協会などがありますよ という返事だった。小さな「障害」児がいるのに、しかも父親の収入もあるのに、なぜ母親が働くのか「障害」児の 看護は母親の仕事だ〜言葉としてははっきり出さないが、そう言う思いがひしひしと伝わる。
家政婦協会に電話。「障害」がある子どもへのベビーシッターが必要だと告げる。できれば急な対応も必要なので 看護婦の免許のある方をとお願いする。
 ところが毎日でしかも長時間にわたるので、必ずしも同じ人か毎日対応できないかもしれない。看護婦の免許 を持った人が少ない。何よりその費用が膨大になることがわかった。いろんな知人・友人のつてでもえを見てく れる「人」探しが始まった。
その間、久留米の聖マリア病院新生児科に設けられた療育相談に行ってみた。
久留米市では、各保育園にはいろんな子どもに対応できるようにと必ず看護師の免許をもった保育士がいるのだ そうだ。もえをみてこのくらい元気だったら保育園でも大丈夫ですよと、ひとしきりに話されて「大牟田の保育園 ではどうですか?」と、質問が返ってきた。  つづく 

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-活動報告-

7月

1日SOS集会
   キャンプの実行委員会を兼ねた集会となりました。西村さんより「知的障害者のヘルパー」
   大場さんより「障害者のディーサービスとショートスティーについて」の情報提供。
 3日大牟田小学校交流授業
   奥野・案浦・久冨・有松ゆ参加。福祉マップの発表。
 4日事務局会議
   キャンプ・夏祭りを中心に話しました。
 5日ゆうゆうクラブ職員との懇談会
   おもに障害当事者の心の部分についての意見交換を行いました。メンタルヘルスの必要性を全員で認識しました。
 7日大牟田小学校交流授業
   奥野・案浦・久冨・有松ゆ参加。ゲームを通しての参加。
 8日演劇「ムーン」の全体練習
   12/12の公演に向けての努力が続いています。現在台本読みの段階。
   大牟田住みよい町づくり推進協議会会議
   有松ゆ参加。バリアフリーからユニバーサデザインへ。この町をハードの面から変えていく会議です。これから先期待がもてそう。
 9日ヒューマンライツ事務局会議
   シネマライブについての検討を行いました。
 11日事務局会議
   キャンプと夏祭りに全力投球の会議となりました。
 16日平和の集いでもやいバザー
   共同作業所もやいのバザーも出させてもらいました。
 18日事務局会議
      キャンプの最終打ち合わせ
 19日夏祭り総踊りの会議
   社会福祉協議会にて各団体最終の打ち合わせ
 20日キャンプオリエンテーション
   学生と障害者それぞれのオリエンテーション。
★編集後記★

キャンプの用意で毎日バタバタしています。梅雨なのに意外と雨が少ないなと思いつつキャンプ当日の天気が 気になります。今回のキャンプは子どもが多いので、元気でゆったりと楽しめるキャンプを作りたいものです。
参加予定のみなさんよろしく。

2000年6月30日発行

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-好奇心キッズ もやいを占領!!-


夜空を見上げると陽水の歌「傘がない」とKくんの愚痴「金がない」を思いだすのであります。
梅雨真っ盛り、みなさんいかがお過ごしですか。ここまで書いたらもう「後がない」のでありました。

狭い事務所でごめんね。と心で詫びつつ、6月23日もやいは小さなしかし多いお客様をお迎えしたのでした。
好奇心いっぱいの大牟田小学校のキッズたちは福祉マップを作らんと奮闘中。ならば協力せざるを得ますまいと もろ肌脱がしていただきました。
その小さき体には、みんなが住みやすい街をいざ作らんと大きな志。うーん。あっ晴れキッズなり!この街がた とえバリアフリーになったとしても、それだけでいいのかな?となにやら難しい宿題をだしつつも「君たちの好奇 心と率直こそが僕らの希望です」と、つぶやくのでありました。
 少しは勉強になったかな。みんなおつかれさまでした。また遊びにおいで。

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-シネマライブ・T U-


シネマライブ・T 1972年 モノクロ・1時間10分
カニは横に歩く

閉ざされた日常との決別を目前にして、重度脳性マヒ者たちが街に身体をさらし、言葉を放つ。
障害者解放運動の先駆をなした群像の記録。
※Sさんは疾走する車を眼下にしながらひとり歩道橋を登っていく。
「これがオレの歩く手法だ」自己肯定への歩みが始まった。
ビール片手に/20世紀打ち上げ
シネマライフ゛

 SOSが取り組む学習会でシネマ3本と「演劇」公開練習の企画です。
早ければ8月より月1回のペースでやろうと今調整中です。決定したら次回の新聞7月号で連絡します。
シネマライブ・2 1975年 カラー 1時間12分
 何色の世界

不安としがらみの海を渡って「自立生活」を始めたある女性障害者。24時間介護が必要とする彼女が在日と言う 過去と現在を背景にして見据える社会はどんな色彩をおびているのだろう。
※『カニは横に歩く』が密閉された場から「大脱走」の記録だとしたら『何色の世界』はその後理念として「障 害者の自立と解放」を具体化し、新天地を開こうとする「開拓史」ということができるだろう。

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-シネマライブ・V/番外編-


2000年 劇団ポリシー公開練習 1時間20分
銀河流星群を突き抜ける ムーン 男と女の道行は

 刑事秋岡と対峙したハイジは過去と向き合わざるをえず、過去への旅は現実の奥にあって人を突き動かす心の 最深部への旅となった。一方、身体を所有しない「X」は魂を所有し、刑事秋岡の身体を借り受け叫ぶ。
「なんでてめえが生きてんだ」
※これら、3本のシネマの「芸術」としての完成度はともかく、情念に立脚した障害者解放運動の社会的影響力や  その高揚期の有り様は21世紀を目前に控え閉塞感とあきらめに対するメッセージとしてのエネルギーです。
 ぜひ、このシネマを熱く迎えてください。また、番外編として運動の一端を担ったと自負する私たちも、多く  の亡くなっていった仲間たちのレクイエムとして、原点に立ち戻り「演劇」という新たなる表現活動に挑戦しま  す。ビールを片手に人の熱をつまみに楽しくやりましょう。若干のカンパも要請しますがよろしくね
シネマライブ・4 1977年 カラー・T時間22分
 この二つの地平線

教育が与え奪ったものは何か。車いすのバス乗車を拒否し障害者を自殺に追いやる社会。"79年養護学校義務制化 を前に障害者の戦いが始まる。
※1977年、川崎市に全国から障害者が集まった。障害者たちがバスに乗車すると以前から車いすでの乗車を拒否  していたバス会社は他の乗客をバスから降ろしバスの運行を中止した。川崎駅前は車いすの障害者を乗せたま  ま動かないバスで埋まる。障害者解放運動の歴史に名高い「川崎バス闘争」である。動かないバスの窓からハンドマイクを突きだし市民の理解を訴える障害者達。

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-中止と延期のお知らせ-


サマースクール3/ 夏休み子供達と一緒に陶芸や手作りの手芸をつくったりと好評だった「サマースクール」 は準備が進んでいましたが残念ながら今年は中止となりました。来年は装いも新たに何らかの形でサマースクー ルをやりたいと思っています。その時はご協力よろしくお願いします。
SOSツアー2000/ 第1回目は昨年「北海道ツアー」を行いましたがとても好評でした。今年もということで韓国ツ アーを企画中でしたが、担当者が健康上の理由でしばらく安静が必要となり、残念ながら実施時期を来年に延期 することとのりました。積み立てしていた人にはご迷惑かけます。

-障害学/障害者の仕事-


 その子が3歳の時、お母さんは外に連れ出していろんな音を聞かせ物に触らせた。子どもはある日サ ッカーの試合に興味を示し、お母さんがボールを触らせると彼はボールをポーンと蹴った。子どもがスポーツと 出会った瞬間だ。いいシーンだなと思う。生まれつき全盲のその子どもは、今、成長しテレビ・ラジオでスポー ツ解説者として働いている。素晴らしい解説に全国から電話が殺到するという。中国の話だ。
 障害者の仕事の固定観念を気持ち良く裏切ってくれていると思う。
障害者の就労が進まない。雇用率が上げられジョブコーチ制度も検討されている時代にあってそれは何故なのか。 その理由は複数あるが、一つには障害当事者と健全者双方に、障害者の「仕事」に対する固定観念が強すぎるので はないかと思う。労働=物の生産に限定され、そして健全者の価値観から評価がくり返される中で就労は停滞し ているのではないか。ピアカウンセリングや相談事業への障害者の就労に見えるように、これからは生産中心の 与えられる仕事より、人間中心につくりだす仕事が就労の形態を変えていくだろうし、物理的な能力をすべての 判断・評価に結びつける価値観をも変えていくだろう。
 一方的に押し付けられた価値から抜け出し、本来あるべきおおらかな価値の取り戻しを進めていきたいものだ。
大牟田市も職員もメンタルヘルスを支援する職員配置の取り組みや障害者の雇用を具体的につくりだす動きが始 まりつつある。
就労にかかわる障害者の人権無視の発想を抱く流れを完全に断ちきるための一歩にしよう。

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-萌の国から・2000-

ワーキングみほママのもえ'S History


その9
思い出してみると、私が養護学校に勤務している時に出会った多くの「障害」児の母親は仕事をしていなかった。 たまに勤務の仕事をしている母親は同居の祖母などが子どもの面倒を引き受けていた。父親と別れる家庭も多く 、ほとんどの場合、母親のもとに「障害」児が引き取られる。生活のために保護をもらおうとすると自家用車が使 えなくなる。重度の「障害」児にとっては車は必需品なのにである。ならば何か仕事でもと相談する。「保護をもら わずに仕事に出られるのなら、お子さんを施設に預けるしかありませんね」と、冷たく言われたと語ってくれた母 親がいた。
 バリアフリー・「障害」者にやさしい街づくりとはいうが、「障害」児の母親もまたバリアフリーでなければなら ない。そのために行政が何をするか、ではないのか。
 ともあれ、1996年4月私の職場復帰。もえ1歳3ヶ月。先天性の股関節脱臼を治療するためリーメンベルトをは め、口蓋裂手術のための診察。その他リハビリなどなど。病院の治療カードや予約カードがさいふなどに到底入 らない。もえ専用にと手帳を買い予定を入れこむ。大牟田市立病院小児科・聖マリア病院新生児科・形成外科・ 言語治療科・小児歯科・耳鼻科・米の山病院小児リハビリ・小児科。予定を立て通院するのが、もえにとっても 「楽しいお出かけ」である。気になっていた「聞こえ」のことも詳しく検査し中等度難聴と判明。補聴器での効果が 大と言うことで補聴器をつける。
 1才の誕生日にはすっかり、口からうまく飲み込む食事がようにはなっていたが、ていねいにミキサーをかけ る必要があった。1回の食事30分。おやつ2回も含めると1日目5回。
 このような、すべてにおいての介護は、私から連れ合いにバトンタッチされた。当時できたばかりだった「看 護欠勤」は、最長3ヶ月しかなかった。私がダメなら次は父親しかないのだ。こうして、私の職場復帰と同時に、 父親によるもえの看護欠勤が始まった。

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-活動報告-

6月

3日 障害者セミナー
 クローバ春日にて「介護保険と障害者」の学習会があり参加しました。色々問題山積みだなと思いました。
 6日 事務局会議
 主に自立プログラムについての話が中心でした。
 8日 ゆうゆうクラブ取り組み
 個人個人とピアカウンセラーが話し込みプログラム作成の基礎づくりを行ないました。
 10日 障害者の日イベントプログラム
 中央公民館において練習を行いました。まだまだ公開までには時間がかかると思います。
 11日 結婚チャレンジワークス報告
 SOSで取り組んだ「結婚チャレンジワークス」が終了し報告をまとめた本も完成。この日は福岡にて研究発表を行いました。
 13日 事務局会議
 キャンプについての話が中心でした。下見や実行委員会の立ち上げの時期などの打合せが行われました。
 14日 ゆうゆうクラブ来も
 今後の動きについて話し合いました。この日は手芸の日でもあり合わせて13名が集合。狭いもやいでは酸素不足になりました。
 17日 人権教育の打ち合わせ
 「萌の国から」の作者坂田みほさんの要請で小学校の取り組みを行うようになりその事前の打ち合わせを行いました。
 20日 事務局会議
 「70年代の障害者解放運動」のドキュメントシネマが手に入るので連続上映会をやる話が中心になりました。多くの人の参加をお待ちします。詳しくは来月号で。
 23日 大牟田小学校来も
  小学生がもやいに勉強に来ました。とてもにぎやかな日になりました。
★編集後記★

 電動車椅子でよくもやいに遊びに来る末藤さん。その末藤さんのお供していたゴロが先日もやいの前で事故に 遭い死にました。末藤さんの肩が落ちるのを見るのがつらかったです。もやいのみんなとも慣れてきていたゴロ だけに残念です。 黙祷。

2000年5月30日発行

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今年は10日ほど遅れて沖縄が梅雨入りしました。まもなく九州も雨の世界が広がることでしょう。せっかくな ら雨の世界を楽しみたいのですが、どんな方法があるのかな。あったら教えてほしいと思います。

-シネマで愛して・・あー君にお説教して私が目がさめた-


泉谷の歌じゃないけど意味もなく「眠れない夜」があるのであります。そんなとき人はどんなことを思うのであり ましょうか。何故か先日不覚にも「瞳がウルルン」した自己史をひもといたのであります。子供の頃、長谷川伸の 人情劇に、てもなく引っかかりグスングスン。かとおもえばキックボクシングの二流の選手が沢村の前座で観客 も注目していない中、何度も倒されながら起き上がったとき、涙がジワリ。長渕剛のオルゴールをワンパターン とぼやきつつラストの父と子が駆け寄り抱きしめ合うシーンに不意をつかれたようにウルウル。そうこうしてい るうちに、何故かチャップリン「ライムライト」が浮上したのであります。
 悲観して自殺未遂をするバレリーナと、絶望のあまり酒におぼれる老コメディアンの物語は、ストーリをたど る必要もないほど有名だしありがちな題材でもありますが、なぜか、目頭をぬぐった記憶があるのであります。
ウーン何故だ。と思うとますます眠れなくなったのであります。
 シネマの前半、老コメディアンがバレリーナを支えます。しかし、後半は関係が逆転します。バレリーナが老 コメディアンを支えるのです。援助する側とされる側が入れ替わり、それぞれの魂の後ろ側に隠れた希望を分か ち合うのです。引き出しあうのです。
「あー君にお説教して私が目が覚めた」老コメディアン、チャップリンがつぶやくセリフが秀逸であります。
他者との関係の中で自己が形成されていく様や、他者を裏切らないしみじみとした情感が全編をつうじて伝わっ て、当時の自分の乾いた部分に水分を与えてくれたのでありましょう。ウーン、しかし泣いた話ばかりじゃね。
次に「眠れない夜」がやってきたら今度は笑いの自己史をひもとこう。またチャップリンが出てきたりして。

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-バザー/ピープル/ミニ交流会-


5月の連休のバザーや、交流会、そしてピープル5年目への出発を祝うパーティーなどフォトエッセイ風に
ご報告したいと思います。
★4月30日、佐賀のバザーは雨で中止。急きょミニ交流会に早変わり。唐津城見学としゃれこんだのであります。
 なぜか夫婦で参加していた有松温之さんと由里子さんにとっては、ちょうどよい結婚記念日となりました。
 SOSでも「結婚チャレンジ」という障害者の結婚問題の研究に取り組みましたが、数字化できない部分にこそ問題  の核心があるのかもしれません。ともあれ仲良きことは美しき哉。車椅子後方は忙しい中、介護に駆けつけた  U子嬢と「ハーイ・ハイ」のI君。
◎日傘を見ると、時代屋の女房のファーストシーンの夏目雅子を思い浮かべます。
5月4日のバザーは、何故か金  魚の郷長洲。それはそれは暑い日だったのです。帽子と日傘のバザースタッフ。この日は奥野ファミリーも顔  を見せてくれました。ブルーシートの上で暑さに耐えて日傘をくるくる回していると、なんだか私たちが金魚  になったような感じですといえば「そんなはずはないだろう勝手に決めつけるなフン!」と金魚が怒るかもしれ  ません。こういうのを「金魚のフン!」というのかな?「いうはずないだろう!」
★5月21日久留米。久しぶりに福祉系のバザーです。
大がかりなバザーで色んな障害者団体やボランティア団体  が参加していて新鮮でした。最重度の障害者の参加も見受けられ、親御さんたちの積極性に拍手。もやいに関  係のある色んな障害者達と話ができて非常に有意義でした。瀬戸島さんも参加。そして大学生になった野中君  も偶然大学のボランティアとして参加していて、私達のテントに昼飯を食べにやってきてくれました。先客万  来のテントは暑さもあって少々疲れましたが売上げは上々でした。
○ピープル活動が始まって丸4年。
5年目へと入った21日、日頃ピープルとして顔を合わせることのないメンバー  に集まってもらいささやかな宴が催されました。現在の公的介護保障だけで池田さんの自立生活が成り立たな  い状況が続く限り、ピープル活動が必要なのですが、単に介護だけの物理的な応援だけではなく、ピープルの  持つ意味はもっと人間的なものへと広がりをもつものと思えます。大げさに聞こえるかもしれませんが、鍋の  湯気の向こうに池田さんの見え隠れする中でそんな実感をもちました。
 池田さんという一人の重度の障害者に、縁あって様々な人々が連れなり鍋を囲み酒を談笑する。そんな時間を  共有できることがうれしいし、毎日の地味な活動の上にその時間があることが、ほのぼのとして正直で少しの  充実感があっていいのです。
 ピープルはささやかに5年目に入りました。池田邸にある「ピープルのーと」には、池田さんの自立生活の記録と  自立生活を共に歩むピープルのメンバーの静かで確かな言葉が咲いています。読んでいると皆で旅をしている  気分になります。5年目の旅もよろしく。
障害学/ろう文化宣言
 ニュース23で先日放映された「R4」というろう者の劇団は、言葉がすべてのコミュニケーションで手話はその補 助手段だ位に思いこんでいる僕らの価値観に心地よいインパクトを与えてくれた。「ろう」のRと4人の劇団員から 取られたネーミングもおもしろいが、劇自体も生命力にあふれおもしろく、満員の観客のろう者の人々も生き生 きと笑い転げ、終演後、音のない大拍手が送られた(見た人にはわかると思うけど)
 「日本語で翻訳できないんで台本はありません」。「今度産まれたときももろう者でありたいです」。代表者の数々 の発言の向こうから、たとえば日本語と異なる言語を操る「言語的少数派」として自己を位置づけた誇りと自信が 立ちのぼってくる。それに裏打ちされた独自の文化を創作する者たちの矜持さえ立ち現れる。そうか、文化はこ うして産み落とされるのだと実感する。思わず僕はテレビに向かい拍手をしてしまった。音のある拍手ではあったが
※1995年の「ろう文化宣言」は、自らを障害者としてでなく日本語とは異なる言語少数派として規定しました。
 このことは「聴覚障害者」の教育や福祉に携わる人々に大きな衝撃を与えました。しかし、「ろう文化宣言」を支  持するろう者の声は止むことがありません。

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-萌の国から・2000-

ワーキングみほママのもえ`S History


その8
まず、6月の風邪をこじらせ肺炎になり大牟田市立総合病院に入院。10月、嘔吐と共にチアノーゼから呼吸停 止に陥り、初の119潘通報(この119の救急車の我が家への出勤はその後も続き通算15回くらいになるだろうか。最 近では我が家のタクシーがわりとなっている感もあるかな)
 そんな時、その年から公務員に導入された「看護欠勤」と巡りあった。また管内でも何件はしか前例のない制度 ではあったが、これは使わない手はない。さっそく、事務の先生と打合せ。医者の診断書、その他準備すると最 高の90日「看護欠勤」が認められた。この時の制度はまだまだ不十分なところが多く、あくまで「欠勤」にこだわり 代替の職員は一切採用しないとのことであったが粋なはからいというか「看護欠勤」にもかかわらず、非常勤なが ら代替の職員が配置された。ほんとにたまたまでありラッキーとしか言いようがないが、我ながらうまく綱渡り をやっているもんだと感心してしまう。
 とにかく私の職場復帰は、もえ1才3ヶ月の春、1997年4月へと延期させた。   つづく

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-活動報告-

5月

   4日 長洲バザー 
もやいのバザーは連休中でもやるのです。熱い中関係者はご苦労様でした
  8日 障害者協議会
 2000年度の事業計画や予算案が検討されました。今年度は学習会中心の活動が組まれました
  9日 事務局会議
 サマースクールやキャンプなど夏のイベントの打合せを中心に話を進めました。
 16日 事務局会議
 各取り組みの報告やお知らせ、検討はキャンプだけにしぼり当面の動きを話しました。この日よりカンパ・参加のお願いで外回りを開始。
 17日 ゆうゆうクラブとの合同会議
 一人一人の状況に合わせた自立生活のプログラムを作ることと、当事者・地域の障害者・それに施設がそれぞれの役割を果たす事が必要との話合いでした
 18日 企画政策部会学習会2
 前回の精神障害者問題に続き、今回は知的障害者の問題を取り上げました。
 20日 講演会への参加
 木村ケイさんの誘いで障害者当事者の講演会に参加しました。
 21日 もやいバザー
 恒例の久留米の福祉バザーに参加しました。懐かしい人達の顔が見れて楽しかったです
 23日 事務局会議
 ヒューマンライツのあり方に関してが話の中心になりました。運動は形を変えてその魂を伝えて行かねばならないと思います
 24日 ゆうゆうクラブ担当職員との意見交換
 地域自立を作り出すために今何が必要かを本音で話し合いました。地域の障害者ができること、当事者ができること、施設ができること、それぞれの役割がなんなのかを 見極めて実践することが大切のように思えました。今後も定期的に職員との懇談。利用者との懇談を行っていきたいと思います。
★編集後記★

 SOSのホームページは、開設以来約7000人の人が訪れました。この新聞も毎月更新されています。
どんな人が読んでくれているのかと想像すると楽しいものがあります。見も知らぬ人へ、また会うこともない人 へ、心を込めていくばかの思いを発進し続けたいと思います。では、また6月に。

2000年4月30日発行

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 桜からツツジへ。ツツジから菖蒲へ。花で季節を追うようになったのは年のせいかなと思うこのごろ。汗ばむ 日が多くなりました。こういうとき風邪ひくんだとよな。気をつけて!

-老夫婦のため息はどこに落ちていくのだろう補償努力なるもの-

「そして僕は途方に暮れた」。そんな歌を聴いたのはいつの頃か忘れたけど、「途方に暮れる」というフレーズは 心の現実の奥にあって僕を突き動かす場所に不時着したらしく今も頭を離れない。
 桜の花が咲くとき、途方に暮れた記憶もまた咲く。行き場のない15の春。その中で、軽度の障害を持った者 は、それなりの行き場を持ったのだ。重度の僕は当時それをうらやみながら生き始めた。暗いよな。しかし、行 き場にたどり着いた者たちが待たざるをえなかったものが「負けない」という祈りにも似た志であり、「負けない ため」のぎりぎりの背伸びをくり返すことでの存在証明だった。体はきしみ、心は悲鳴を上げても自分を変える補 償努力なるものが続く。そして35年。リストラで首を切られた友は、長年の無理がたたり障害の重度化で寝たき りとなる。いったい彼は、何に負けてはいけなかったのだろう。いや、そう思わなければやつていけないと思わ せる周りのまなざしは、友に何の証明を求めたのだろう。
 「私の71年の人生は何も楽しいことはなかつたですよ」
つい先日、障害年金の受給を希望するKさんに、法的な壁があり受給できないことを告げたとき、Kさんは突然言 った。中学を卒業し洋服屋に弟子入りし辛酸をなめ尽くした末に、店を持ち子供を育て上げたKさん
 「私は足がこげんあるし中学しかでとらんけん、子供だけはと思うて大学ば出したとです。障害も重くなって 仕事もできんし、障害年金もらえんなら国民年金の3万円でどげんして暮らすですか」うつむく奥さんを見やった 後、大きなため息が一つ落ちた。今は仕事もされていない小さな洋服屋で、老夫婦を前に僕は途方に暮れていた
咲き誇った桜が散り尽くした物足りなげな桜木を見上げるとき、また桜が満開になる21世紀の春も、僕はたぶん 同じように途方に暮れてるのだと思えた。

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-連休が終われば梅雨が明ければ2000年キャンプの幕が上がるぞ-

福岡県内の障害者団体のキャンプに参加させてもらった時代。複数の団体と共催という形でキャンプを行った時代。
そして、15年前よりSOSキャンプとして障害当事者が中心となり、多くの健全者や学生の協力のもとキャンプを作って きました。
 振り返れば、いろんな夏のドラマがあったのです。夏のドラマは甲子園だけではないのです。熱い思いを持つ 人間がそこにいればドラマはうまれるのです
高良山山上でのキャンプで行われた、車椅子同士の結婚式は、静かな感動を呼びました。数え切れないくらい の高校生が障害者と共にキャンプを体験してきました。台風に悩まされたキャンプもありました。
公共交通機関を使ってのバリアフリー体験型のキャンプもやりました。ウーン。思い出は尽きないのです。
マンネリ化したぞ、との声も聞こえますが、キャンプの原点とドラマを思い浮かべると、こころの奥の方から力 が湧いてくるのです。
 さて、2000年キャンプ。早くも昨年のキャンプ終了後、下見を済ましキャンプ場を選定。今年に入って2月には 予約成功。今年の実行委員長は奥野。副委員長は有松温に決定。現在様々な書類づくりや関係団体への依頼等を 完了。連休明けには、いよいよ市内を動き回っての参加要請や、カンパ要請活動が始まりす。
 そして、、梅雨が明け。大蛇山のお囃子の余韻の中。いよいよ2000年キャンプが!

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-今年のキャンプはここが違う-

例年、参加してくれる学生向けにオリエンテーションをやってますが、今年は「参加障害者向けのオリエンテー ション」もやりたいと思います。そして、両者の顔合わせも同時にやって、キャンプでの交流につなげていきた いと思います。協力よろしくね。
今年のキャンプはここが違う
 同じキャンプ場では、例年「長崎脳性麻痺者協会」の人達がキャンプをやられています。ボランティアを含め1 00人規模です。固定キャンプ場は、SOSと脳性麻痺者協会での貸切状態となりました。交流は難しいかもしれませ んが、一緒の場所でやれるので楽しいキャンプになりそうです。

   サマーキャンプブルース/歩 利雄
 男と女を遠ざける/さだめと言う名の時のマジック
障害者と健全者を遠ざける/差別と言う名の人のマジック
   男と女を遠ざけても/愛が二人をほっとくものか
 障害者と健全者を遠ざけても/夢が二人をほっとくものか
     だからサマーキャンプ同じ時を使い
       だからサマーキャンプ同じ夢を探し
      だからサマーキャンプあんたとおいらの
         心こすれるブルース奏でよう

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-伝言板 皆さん連休楽しんでね-

伝言板 皆さん連休楽しんでね
○今年も「サマーキャンプ・もやい」をやることになりました。今年で3回目となります。
 今回は、陶芸オンリーで「皿と壁掛け」を子供たちと一緒にワイワイガヤガヤと作りたいと思います。
 ボランティア等の呼びかけもさせてもらいます。その時は協力よろしく。
●「結婚チャレクジワークス」では、皆さんに大変ご協力いただきありがとうございました。研究調査はお陰様で  終了し、6月にはアンケート調査の発表会がクローバ春日であります。
現在どんな形で発表するか実行委員会で検討中です。  結婚チャレンジワークス
◎宮原の末藤さん。電動車椅子で時々もやいに参上。ほのぼのとした笑顔と愛犬ゴロウの組み合わせもよし。う  らうかな陽射しとともに現れて、しばらくみんなと話しては、去って行くのでありました。
○瀬戸嶋さんのお父さんが3月亡くなられました。また、つい先日、宮本恵さんのお父さんも亡くなられました。
 ご冥福をお祈りします

障害学ノート/T

 参加者は少ないけど、「20世紀打ち上げ学習会」と名付けた学習会を去年から定期的に始めているのです。これ があと8ヶ月でおわります。2001年からは「2001年夢中の旅」と名付けた。「学習会」なるもの始めようと現在資料を あちこちから集め始めたところです。障害当事者が作り出してきた、文学・音楽・演劇・コミニュケーション・ 価値観・デザイン・プロレス・心理・映画・法律・解放運動・自立生活・ピアカウンセリング・存在証明等々。 様々なジャンルに及ぶ文化の総ざらえを、1年簡かけて議論や分析を通して、一つの学問として僕らの手のひらに 乗せたいものです。できようができまいがを超えて少し胸がわくわくします。
 障害学と言えば、反施設運動から始まったイギリスが先頭を走っているようですが、最近は、アメリカを始め 他の国でも取り組みが強められています。大学においても「障害学」は、「障害学講座」から「障害学学科」設置に向 かっています。障害当事者たちの取り組みは進んでいます。福祉と医療の枠をはずし、文化としての障害、障害 者として生きる価値から始め直す学問は僕らも望む所です。  次回へつづく。

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-萌の国から・2000-

ワーキングみほママのもえ`S History

その6
もえが産まれてからつけ始めた「もえ`S History」と名付けたノートも、この春15冊目を数える。その1ページ、 1ページはもえと我が家の一日一日の歴史でもある。
 事実、退院してからもえのいる生活は息つく暇もなかった。1日6回の授乳。時間をかけて特殊な乳瓶で飲ま せ、その残りを注射器で肩の中に注入。そしてその消毒。ちょっと泣くと喉が細いため、軽いチアノーゼのよう になるため、泣かせまいとあやす。股関節脱臼治療のためのリーメンベルトのためおしめもお風呂も一苦労
定期的に通院するのも一日がかり。家族のスケジュールはもえを中心に動く。でも、これが我が家では当たり前 のことになっている。
その7
 T年後の育児休暇がきれるときまでにはなんとかなるだろう。漠然とかなり楽観的に考えていたものの、実際、 「障害」児の母親がフルタイムの仕事をするとなると、社会には大きな壁ばかりがあるのに直面した。退院の時、 1年の内には体重も増えるだろうし、口蓋裂の手術もできるでしょう。股関節脱臼の方もめどがつくのではなどと いわれていたので、この1年間さえ頑張れば、という甘い考えもあった。もえのマイペースは、そんな私の計算を 計算をことごとく破っていった。  つづく
1996/4/4(木)
もえ3ヶ月と20日。桜は満開。でも肌寒い。もえが産まれたのは真冬。聖マリア病院まで通う車窓の風景は、ほ とんど色のない世界だった。今年の冬は例年より寒かったのだが、その12月、1月、2月をすっかり20℃で管理さ れたNICU.GCUですごしたもえ。しかし、季節の移り変わりは確実にやってきた。久留米まで通う道では、麦は小さ な緑の緑色の穂を出し始めたし、「かちがらす」の巣があちらこちらで完成しているし、色とりどりの草花。木々 の新緑の葉が顔を見せてきた。
延び延びになっていたもえの退院も、栄養チューブと注射器、携帯用酸素ボンベとともに4月6日(土)に決まった。 でも、これからが大変だ。

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-活動報告-

4月

    1日 SOS花見
 恒例の花見は、今回は玉名の蛇谷公園でおこないました。満開の桜の下でゆっくりと時を過をごしました。 場所取りのため密令をおびた案浦さん一行、真夜中から泊まり込みで根性を見せる。
  4日 事務局会議
 「サマースクール3」や花見の反省会などの話をしました。
  8日 20世紀打ち上げ学習会3
 障害者の社会参画を拒む欠格条項について学びました。次回は「介護保険と障害者」の予定です。6月は合宿で「地方分離化の市町村の動き」「福祉基礎構造改革」「介護福祉部と機構と役割」「介護保険と障害者パート2」「精神障害者の歴史と施策」「障害学とは何か」の集中学習会でした。
  9日 障害者の日イベントに向けての打合せ
 コツコツとその日に向けてミューティングをやっています。
 11日 事務局会議
 ピープル5周年交流会の打合せや今後のバザーの予定やパソコン購入などについて話す
 13日 障害者協議会企画政策部会
 精神障害者の自立と社会参加のテーマで学習会を行いました。
 15日 ふれあい後援会
 恵愛園主催の恒例の講演会に参加してきました。
 18日 事務局会議
 キャンプに向けた打合せやサマースクール3の日程やSOS集会の連絡網づくりなどについて話しました。

★編集後記★

 アメリカのトルーマン元大統領は、車椅子を利用するポリオの障害者だったことは知らされていません。
今アメリカの障害者団体がトルーマン元大統領の銅像は車椅子姿をと要求しています。それが自然だよな。
自然に生きたいのに、そうは簡単にはいかない世の中がつづきますね。

2000年3月30日発行

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春をながめる余裕もなく、泉谷しげるは名曲「春夏秋冬」で歌いましたが、春をながめる余裕ぐらいはもちた いものです。桜もう目の前です。

-花が咲いたらプレイボール-


弱小チームホークスが起こしかけていた昨年9月。オリックス戦。山口からきた脊髄損傷の車椅子の家族。福岡 養護学校の後輩の車椅子の友人。そのほか重度の障害者数名。福岡ドームはホークスに夢をかけた障害者の声援 が飛び、延長十回裏サヨナラ勝ち。その後奇跡の優勝へ。さてさて今年再び優勝できるかな。
負けたよなと思っていたのであります。ところが9回同点に追いつき、なんと10回裏、柴原の打った打球は僕ら の車椅子の障害者のいるスタンド近くにグーンとやってきた。全員が立ち上がり見守る中、次の瞬間。大歓声! 前の座席にいた感情の起伏を表すことのない介護者の池田君が僕を振り返りガッツボーズ。さよならホームラン でありました。僕は、ホームランと池田君のガッツボーズに驚きながら、横を見ると障害者達も車椅子をたたい たり重度の人は首を振ったりとガッツボーズのノーマライゼーションでありました。
 弱さには定評があったホークスが優勝できた一つの要因には、12球団でただ1球団ホークスのみが、選手の精 神面を支えるメンタルトレーナーを導入したことがあると思うのであります。選手たちが生き生きと活躍できた のにはわけがあったのであります。こころが元気になって自分を信じることができた選手は、のびのびと才能を 発揮し日本シリーズでは予想を覆し、中日を破り日本一となったのであります。
 さてさて、大牟田でも障害者の心を元気にする当事者によるピアカウンセリングが始まりT年半になろうとし ています。長い差別偏見の中で自分の可能性にふたをした自分から抜け出し、本来の自分の可能性というホーム ランをかっ飛ばすために、共に悩み、共にコンプレックスを一つ一つはぎ取っていくのであります。
 自分らしく生きるためのプレボール!どうぞ気楽にピアカウンセリングを。

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-二千年バザー発進! 浮羽の里で「いってらっしゃい」-


 福岡県内のボランティアの研修会場(浮羽)でのバザー出店。これが「もやい」の2000年バザーの第1弾。手作り の人形や陶器。そして、福祉関係の書籍も売れました。お金を手にうつむいているけど喜びが隠せぬ小百合嬢
「おつりは間違えないでね」と冷静な直美嬢。
バザーが終わればミニ交流会に早変わり?大分はひな人形の里「豆田町」におじゃま虫。ミニ交流会初参加の優子 嬢。そして匿名希望の介護者B君もエンジョイしたのであります。こころが安まる街づくりがうらやましいと思い ました。

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-共同作業所もやいのバザー日程と不用品提供のお願い-


エマックス・フリーマーケット
 3月26日新栄町のエマックスにおいて、始めてのフリーマーケットだそうです。
 がんばって参加したいと思います。
いつもいつもご協力ありがとうございます。またまたご迷惑かけますが、近日中に、上記のように
大きなバザーがあります。もし不用品がありましたらご連絡下さい。よろしくお願いします
東京へ行って来ました・JIL加盟手続き報告,br>  「方言は使わんめえね」「うんそげんしょう」「わかっとったい」と方言丸出しの女性三人組が、全国自立生活セン ター協議会加盟のための手続きで東京出張。珍道中を繰り広げながら無事帰って来ました。SOSは運動団体の色 彩が強いので加盟は一時保留となりました。5月に再度話し合いを待つこととなっています。
 三人の方、おつかれさまでした。

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-萌の国から・2000-

ワーキングみほママのもえ`S History


その4
インフォームドコンセントというのか、医者と患者との会話が大切なのはわかるけど、もえの担当の若い女医 さんは淡々ともえの最悪の事態を話す。あとでこの担当の新生児科医者だけでなく、形成外科、整形外科、耳鼻 咽喉科、小児歯科、言語治療室などなど実に様々な医者などに出会うことになるが、話し方の差はあれ、必ず、 予想しうる最悪の事態を保護者に伝えた。その時は打ちのめされた気がしたが、今にして思えば「大丈夫ですよ」 などとぬか安心させられるより、はるかによかった。
 最近、ヒトゲノムの研究とかで、22番目の紫色体が解明されたそうだが、もえは、この22番紫色体と11 番紫色体のT部が多く、それがくっつき合って小さな1本ができているそうなのだそうだ。通常46本といわれ る人間の紫色体が、もえの場合は47本なのであね。聖マリアを退院するとき紹介状として渡されたもえの症状 の欄に詳しく記載されている。この紹介状をコピーしてお母さんもきちんと見て、持っていてくださいと渡され たのには感心した。子供にとっての一番の医者は親だと言ってるのは毛利子来さんだが、なるほどとうなずける し、それを認める医者もありがたい。
その5
 もえの症状はすべて紫色体異常に起因するものらしい。紫色体異常と言うと「ダウン症」しか知らなかった。で も、考えてみれば45本もある紫色体だ。どこかの1本ぐらいおかしいことはそう珍しくはないのではないか。 医学の進歩は反面、おそろしい。
合併症として、軟・硬口蓋列裂、喉頭骨軟化症、股関節脱臼、副耳、あとでわかるのだが中程度の難聴、そのほ か全身の筋肉の緊張がなくぐにゃぐにゃしていること。何度か心電図を取ったりしたが、心臓や内臓には合併症 はみられなかった。発達については、本当に前例がないということはありがたいことか、困ったことか、医者も 「わからない」と言う。この子が成長したいように成長していくでしょう。この子のペースでつき合ってください
 養護学校の教師として、はたまた多くの障害者の知人として、人より多くの障害児・者とすごしてきたはずな のに、わが子となるとどうにも分からない。前例がないことは、希望が持てることなのだと自分に言い聞かせる日 々が続いた。とにかく、合併症の方は、一つ一つクリアするための治療をしなければならないのだ。ワーキング マザーとして働き続けたいという思いだけはあったので、とにかく育児休暇の切れる1才のもえの誕生日までには、 なんらかの見通しが立ってほしかった。そんな親の思いとはうらはらに、もえはすでにマイペースを決め込んで いるようだった。   つづく

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-活動報告-

2月

  20日 松尾さん野村さん結婚式 セキアヒルズにてて賑やかに二次会まで行われました。
 21日 経済対策補助金交付 クローバ春日に出席。共同作業所もやいに国より補助金交付。学習会用にビデ オプロジェクターを購入することになりました。
 22日 SOS事務局会議 キャンプの担当や障害者の日のイベント等について話しました。
 23日 障害者協議会企画政策部会 来年度の運動方針案がまとまりました。身体・知的・精神それぞれの状 況を知り合うための学習会が中心となりました。
 27日 もやいバザー出店(浮羽)
 29日 SOS事務局会議 花見の件を中心に話しました。

3月

   4日 人権講演会講師派遣 大川工業高校で障害者の人権問題について話をしました。
     介護保険のビデオ作りの編集会議 ルポライターの牧坂さんを迎え深夜まで続きました。
  5日 JIL加盟手続きのため東京出張
  7日 SOS事務局会議 キャンプに向けた各種手続きの打合せと作業を行いました。
 10日 安積遊歩さんと懇談会 ピアカウンセラーを中心に夕食をしながら色んな情報交換を行いました。
 11日 安積遊歩講演会 自立生活プログラムの最後を飾って講演会に多くの人が参加してくれました。
 14日 SOS事務局会議 花見やピープルやバザーやSOS集会のことや東京の報告などがありました
★編集後記★

 忙しいからできないと言ういいわけを言う人は、忙しくないときに何もしない人である。という厳しいことわ ざがありますが、そりゃそうだと思いつつ桜の開花を待つ日々です。花見の時にはゆっくりと花を愛でましょう ね。 では、その日に。

2000年2月15日発行

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SOS活動が始まって15年目を迎えています。手書きで始まった新聞も通算200号を超えました。内容はともかく 300号を目指していざ、思いの一歩を進めたいと思います。

-シネマで愛して・・・「幼児語を使わないでください。もう十六才なんです」-


介護保険がいよいよ始まるのであります。高齢者を中心に据えたシネマも花盛りという感じですが、なんとな く思い出すのが「東京物語」という、それはそれは古いシネマであります。淡々と家族の日常を描いたこのシネマ は、高齢者を意識して作られたものではないのですが高齢社会の今こそ見るべきシネマだよなと、つぶやきたく なるのであります。
 邦画もいいよなという気分で見たのが「学校B」山田洋次の世界。長崎の施設にいた頃「幸福の黄色いハンカチ」 を見た。武田鉄矢のうるさい演技と健さん静かな演技と桃井かおるのけだるい演技がぶつかりあって面白かった のであります。
 今回のシネマは良くも悪くも大竹しのぶの独壇場あります。
何かを失った中高年の悲哀と焦りと再生を縦軸に、大人の恋愛と自閉症の青年の存在が横軸としてからむのであ ります。レインマンほどその演技性において障害者が演じられている訳ではないけれど、障害者を取り巻く社会 状況は少々リアルに表現されています。
「幼児語を使わないでください。もう十六才なんです」 道路の真ん中を自転車で行くことが好きな自閉症の青年 が車に跳ねられ入院。母親の大竹しのぶが意を決し看護婦にいうセリフであります。
 このシーンの母親の葛藤、当たり前のことをいうのに意を決しなければならないせつなさを、目で演じれる大 竹しのぶはやはりすごいのだと思うのであります。 明石家さんまも野田秀樹もそのことは認めざるを得ないのでありましょう。さだまさしが苦手な私としては彼の 登場でちょっとたじろぎましたが、ラストシーンが山田シネマにしては珍しく単純なハッピーエンドではなく、 淡い希望と不安がいい感じで表現されておりました。
クレジットとともに中島みゆきのあの歌声が流れ〆はOK。いい感じで眠りについたのであります。

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-ヒューマンライツ姜博久(カンパック)宣言報告-

障害者と健全者はわかりあえないというところから、始めていかないといけないと思うんです。
 「九州に初めて足をふみいれたんですわ」と、姜さんは少しタバコの煙がけむたそうに目を細めた。障害者運動 に携わる人は何か独特の迫力を持っている人が多いし、まして本場の大阪の人だからという、僕の勝手な思いこ みを姜さんはひょうひょうと裏切ってくれる、ヒューマン二度目の一泊学習会に参加した20名を超す誰よりも物 静かで落ち着いていた。修羅場もくぐった人がたどり着いた地点なのだと思う。「障害者問題は人権の問題だ」
「カンパックという本名宣言は解放運動の仲間がいたからできたと思う」ソフトな口調から繰り出される実感から 導き出された数々の言葉たち。「介護保障と人権」という本に、姜さんの障害者だけでなく高齢者への思いもかい ま見え、僕らの運動の裾野のひろがりを感じる。
 在日の障害者故に無年金差別を受けている現実なども語られ、質問もいくつか出て交流会へと突入した。
翌日は、一部のメンバーと共に柳川の川下りに挑戦した姜さんにヒューマンライツはどう映ったのだろう。
 とにもかくにも、2000年のヒューマンライツが始まった。知識教養を増やすだけか、魂を耕す場になるのかと いう間に一人一人が答を探す旅が続く。

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-萌の国から・2000-

ワーキングみほママの もえ S History

その2
 もえは、町中の開業医の産婦人科で帝王切開にて産まれた。12月15日の午後から手術しましょうという、いわ ば計画出産である。まあ、9年前の出産で中毒症のため急遽微弱陣痛の段階で帝王切開に切り替わった経緯もあ ったし、もえの場合は子宮ないで10ヶ月過ごした割に、2500gほどしかなく、かえって子宮内で育てるよりも外 に出してあげましょうとのことだった。こう言う場合、産婦人科の医者としてのカンみたいなものがあるのだろ う。もしやということが頭の中でよぎっていたに違いない。なぜなら、この9年のうち、立て続けに流産したた め、習慣性流産の検査の紹介状をもらって大学病院まで通ったことがあったからだ。
帝王切開とは手術台の上とはいえ、下半身のみの麻酔のため、すべてのことが瞬時に理解できる。会話もはっ きりわかるし、辺りの様子も察しがつく。確かに、もえの産声は弱々しかったが聞こえた。血まみれわが子との 対面も医者からの「元気な女の子やったよ」の言葉とともにすぐにできた。そのあと、連れ合いや母や父をぼーっ と見ながら病室で眠りについた。
その3
 誕生のその夜、手術の痛みが出てきた深夜、突然の医者の来客。祝い酒でいい気持ちになっていた連れ合いに 連絡。聖マリアから救急車が来る。「口蓋裂」がありミルクを飲み込む力がない。とりあえず聖マリアに搬送して 他の検査もするとのこと。ベットから動けないため、新生児室の保育器のわが子との対面もできない。その思い も感じてか当直の若い看護婦さんがポラロイドカメラで写真をとって来てくれた。
すやすやと気持ちよく眠っているもえとの2度目の対面だった(これからあと、とうとうポラロイドカメラを購入 するはめになった)。
 寂しく病室でおっぱいを絞り出す毎日。二学期もあと少しという忙しい時期、その冷凍した母乳を、近道を探 しながら運ぶ連れ合い。入院していた私を気遣ってか、その時聖マリアのNICUでもえが何度か呼吸困難に陥り、 危ない状態だったことはあとで聞かされた。
 1995年の暮れ、退院したその足で聖マリアへ。ずらりと並んだ赤ちゃん。保育器の中で小さな紙オムツ一 つ。心電図などをとるコードがベタベタと貼られ、鼻から胃まで管を通してここから母乳を注入する。
ただ、黙って立ちすくむことしかできなかった。(続く)

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-連絡のーと-

☆障害者協議会
  大牟田市内の約20の障害者団体の連合組織(精神・知的・身体含む)障害者協議会が昨年12月設立。今年1月に「企画・政策部会」が開かれ、 三つの障害がひとつになったのだから、協議会でなければできないことを活動の基本にする事が確認されました。21世紀の大牟田の地域福祉 づくりに向け協議会の動きが注目されます。
☆サマーキャンプ2000・速報
  2000年キャンプは、早くもキャンプ場予約に成功しました。99実行委員会の最後の仕事として昨年キャンプ終了後、候補地の下見をし第 一希望地を選び、2月5日には現地に泊まり込んで予約に成功。2000年キャンプは「長崎は雲仙の諏訪の池キャンプ場」に決定。ほっとしました。7月29日・30日の土、日です。これで、今年   の実行委員会に引き継ぎが出来ます。当日は、長崎の「脳性麻痺者の会」のグループ(約100名)とSOSの貸し切り状態になります。皆さん 参加してくださいね。     99実行委員長 案浦 
☆全国自立生活センターJILにいよいよ加盟です
  SOSの新しい動きとして、全国の自立生活運動のグループと連携をとって行くために、いよいよJIL(全国自立生活センター協議会)に加盟 の手続きをとるため3月7日東京に行きました。ピア・カウンセリング、ILP(自立生活プログラム)や障害者の権利擁護など、当事者主体の活 動をさらに進めていきたいと思います。
☆もやいスクランブル交差点          やっぱり人間の最大のごちそうは人間だ!
     ●三池工業3年生の野中君。希望通り佐賀の某大学に合格。元気な顔を見せてくれました。●バレンタイデーの横田舞さんからSOSにチョコレートの差し入れありがとうございました。●毎日顔を見せてくれる藤吉さんパソコン上達中。●自転車で倒れ足を怪我した西田さんお大事に。●風邪で入院した跡部さん無事退院めだたし。●精神病院からよく電話をくれるNTさん。MNさん。MYさん花見に来てね待ってます。●津留ひとみさん手話の勉強を開始。がんばれ。●恵愛園より長岡さん来も。話が盛り上がる。同じく堀田さん事務局会議に特別参加。この日も盛り上がる。

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-活動報告-

1月

  13日 SOS新聞「もやい1月号」完成
 新年号が完成し発行作業をおこないました。「萌の国から」の新連載がスタートしました。
 14日 障害者協議会会議
 事務局と企画部会の部長との打ち合わせ会議を行い、1回目の「企画政策部会」の持ち方を決めました。
     福祉で町がよみがえる会会議
 ルポライターの牧島さんを中心に高齢者問題の映画を作るための打ち合わせをしました。
 18日 SOS事務局会議
 それぞれの今年の担当を決めたり、T年間の行事計画を決めました。
 21日 ハーツ運営委員会
 障害当事者の立場から少し意見を述べました。
 23日 池田さんと有志の新年会
 池田さん宅で、お姉さんの手料理などをご馳走になりました。
 25日 SOS事務局会議
 ガイドヘルパー制度を障害当事者が使いやすくするために話合いを行いました。
 26日 手芸教室新年会
 今年もみんなで力を合わせてやっていこうと新年会を開催。
 27日 障害者協議会企画・政策部会
 来年度の活動方針と予算を決めるための前段の基本方針を話合い、協議会でしかできないことを本気でやっていこうという事を確認しました。
 29日 ヒューマンライツ合宿
 大阪より羹博久さんを迎え在日と障害者の視点から話を聞き交流をしました。
     ILP:自立生活プログラムT
 ピア・カウンセラーで連続3回講座の第1回目を開催しました。

2月

   1日 SOS事務局会議
 奥野さんのレジメで各取り組みの報告やキャンプの予約について話しました。
  6日 自立セミナーIN久留米
 久留米の支援センターの招きで交流も兼ねて参加しました。
★編集後記★

 風邪が猛威を振るっていますが、みなさん大丈夫でしょうか。梅のつぼみがもう開いているんですね。
もう、桜も近いなと思います。風邪をひかずに満開の桜の木の下に立ちたいなと思いましたが、風邪をひいてし まいました。どなたも風邪にご用心。

 

2000年1月30日発行

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-船室を選ぶ自由に GOOD BYE 航路を選べ二千年-

こんなに暖かいお正月は珍しいよなと思いつつ、おせちに飽き、テレビに飽き、泉アキ(誰も知らないよな)街 を眺めておりました。
 ミレニアム2000年の騒ぎとは関係なく、Y2Kの心配とも無縁で街は「御伽草子」のように穏やかでありました。
皆さんどう新年を迎えられたのでしょうか。子どもたちはお年玉に一喜一憂し大人は福袋に一喜一憂し、ささや かな歓声とちょっと切ないため息がお茶の間で交差したのでしょうか?
 さてさて、たかが2000年、されど2000年。福祉のありようが大きく変わります。20世紀は、与えられた船室を 選ぶ自由を手に入れるために、一喜一憂した世紀といえるかもしれません。
 21世紀は、当事者がどこでどのように生きるか、また福祉サービスのあり方を自分自身で決める「航路を選ぶ世 紀」にしなければと思います。
 春一番が吹く頃、安積遊歩さんがやってきました。「I LIKE ME」彼女のメッセージを帆にして。長い差別や偏見 の中で、ともすれば自尊心や自信を見失いがちな障害当事者や親御さんが、航路を選び始めるとき人と人の変わる 文化が芽吹くのだと思います。
古い船に新しい水夫が乗り込んでいくだろう!少々波風を立てながら針路は共生です。
2000年。僕らは僕らのペースで早くゆっくりと参ります。陰に陽に応援してくれる皆さん。今年もよろしくお願い します。                              SOS事務局一同

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-'99SOS活動打ち上げパーティー みんなの協力で盛り上がったぞ!!-

99年の打ち上げパーティーは午前10時よりスタッフが会場設定を開始。けっこう裏方は大変です。
しかし、みんなで楽しむためならと、頑張るのであります。映像のチェックに余念がない有松代表ご一行。
☆ご存じ久井原ご一家の手話による歌今年はお母さんも舞台の上に。お父さんは腕を組みをしてにこにこ顔で見  学だ。
☆総合司会は案浦さん。元気のいい司会でした。その横に久冨さん。短い気合いの入った挨拶が好評でした。
☆その横はほのぼのと乾杯の音頭をとった西山さんであります。
☆オープニングの舞台は、木村ケイさんの詩吟。みんなで荒城の月を熱唱したのです。
☆参加型ゲームの司会は秀島さんと有松由里子さんの名コンビで進行。色んな人が舞台に上がって盛り上げてく  れ たのでした。ジェスチャーゲームに挑むヘルパーチーム熱演。
☆オカリナの音色が流れたとたん、会場がカーネギホールと化したのだ。というほど大げさではないけどいい感  じの雰囲気が流れたのであります。
☆こうきたか。恵愛園!!「てめえ。なめんじゃないよ」とも思ったけど妙におもしろかったです。コスプレ系の真  骨頂発揮であります。この日の「ダメダメダメ!」がSOSでは流行になっとります。来年も期待がもてるぞ。
☆見、見、見たくなかった!という意見も一部あったのですが、この努力!ハーツのパワー爆発だ。
☆SOS事務局は映像と郷ひろみの「アッチッチッ」で勝負をかけました。

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-萌の国から・2000-

ワーキングみほママの もえ S History

2000年を機に新シリーズ「萌の国から」を始めます。車椅子に乗った小さな命から見える世界はどうですか。
不思議な国からの一通目の便りです。

ちまたでは、もえのことを「重度心身障害児」と、呼ぶのだそうだ。もえがいることは我が家の暮らしの中では当 たり前の日常なのだ。そして、私もそんな子どもが居ても、朝八時から夕方五時過ぎまで働く。普通のワーキン グマザーなのだ。
そんなもえのいる我が家のこの四年間の歴史をちょっぴり紹介する機会を与えてもらった。書き出すとあれもこ れもと長くなってしまう。
 しばらくの間(いつまでだろう・・?)おつきあいのほどを
その1
 西暦2000年まで後一週間という日曜日。我が家では恒例の《もえのbrithday&Xmesパーティー》が開かれた。
もえは、1995年12月15日午後1時22分産声をあげた。一才の誕生祝いで「もちふみ」をさせたいというおばぁちゃん 誕生日のその夜から一人、久留米の聖マリア病院のNICUに入院したまま100日以上も過ごした初の女の孫がいとお しかったのだろう。
一方、8年間以上も一人っ子として、我が家で大きな顔をして、わがままし放題過ごしてきた兄の光平としては、 24日のクリスマスの方が気にかかる。この二つの難問を見事にクリアできる、まさにグッドアイデアとしてこの パーティーを始めた。二人のおじいちゃん、おばあちゃん、そして父、母、兄。司会進行、プログラム作りはも っぱら兄の役目。今年はうなぎにしようか。おすしにしようか。ケンタッキーの予約とケーキにビールに・・と 母の方は忘年会気分。結局、もえは酒の肴に甘んじているのが事実。
 1999年12月。もえは4歳になった。
 大きなチョコレートケーキにろうそく。
光平がもえの横から吹き消す。全く何があっているのか訳のわからないもえだが、いつもになく、にぎやかな我 が家の様子を全身で感じているのか、手足を思いっきりばたつかせる。「あ〜あ〜」と発生練習。不思議なもので、 4年も年月がたつと、この一連の仕草を見るだけで、もえの体調や具合が病院のどんな医者よりも的確にわかる 気がするから不思議だ。

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-二千年の初風が もやいのポストに メッセージを届けたぞ-

★あけましておめでとう。今年もがんばります。★今年もどんどん遊びに行きます。★キャンプお世話になりま  した。今年も子供を連れていきます。★様々な企画楽しみにしています。忘年会のビデオ面白かったです。
★今年はなるべくお手伝いしたいと思うので電話をして下さい。★障害の重い仲間が地域でいきていくために作  業所の役割は重要です。今年もよろしく。★昨年はお世話になりました。★SOSにとっていい1年になりますよ  うに。★みんなの力をあわせて「人が真ん中」で頑張っていきましょう。★いろいろな関わりをしながら。なかな  か寄れないけど・・。★二千年です。お互い頑張りましょう。★みなさんお元気ですか。今年も輝く1年であ  りますようにお祈りいたします。★あけましておめでとう。今年もよろしく。★初春のお喜びを申し上げます。 ★皆様の仲間としていつもお手伝いできればと頑張っておりますので、よろしく。★今年は大蛇の年。おおむた  の年だ。暴れまくって楽しい風を。我が家のアイドル萌共々よろしくお願いします。

たくさんの年賀状 ありがとうございました。

茂見建設さん・大羽さん・小堺さん・西村さん・佐藤愛子さん・地域福祉を考える会さん・自立生活センター久留 米さん・全日本国立医療労働組合大牟田支部さん・むつごろう作業所さん・岩元さん・ピースサイクル加茂さん・ タキ商会さん・下川さん・松山鳴成善さん・お弁当の「おきん」さん・心身障害者育成会さん・広津さん・銀河ステ ーションさん・社会福祉協議会さん・久井原さん・わかたけ作業所さん・三井東圧化学労働組合大牟田支部さん・ 福岡県身体障害者福祉協会さん・障害者労働センター連絡会さん・共同作業所ごろりんハウスさん・郵政九州労 働組合さん・ピースサイクル長崎ネットワークさん・支援センターハーツさん・稲垣さん・恵愛園さん・恵愛ワー クさん。

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-活動報告-

12月

  16日 打ち上げパーティー
 100名を超える参加者で盛り上がりました。ビデオを見たい方は事務局までご連絡下さい。
  27日 事務所大掃除
 思い切っていらないもの処分して随分すっきりしました。みんな近くまで来たら寄ってね
 

1月

   7日 事務所開き
 ウーロン茶でささやかに2000年の旅たちに向け乾杯。奥野さんも活動開始。久留米の古川さんも駆けつける。
   9日 結婚チャレンジワークススタッフ新年会
 ガーデンホテルで中華料理をつついての新年会となりました。別のスタッフは早朝より打合せのため山口県立大学へと雨の中を走らせる。大変。大変。
  11日 事務局会議T
 各担当部門の報告やら今年の大まかな行事の確認等を話しました。小堺さんの手作りカレーをみんなで食べました。中辛のうまいカレーでした。
      障害者トイレデザイン会議
 行政からの働きかけでアイデアをポケットに入れてSOSからも参加しました。
  12日 手芸教室仕事始め
 作業所部門の活動開始です。2月には「浮羽バザー」とのこと。今年も楽しくやっていこう。
  14日 障害者協議会事務局会議
 来年度に向けての打合せの話し合いです。
      福祉で街がよみがえる会議
 映画制作の打合せについての話し合い
  15日 ハンド…トークス開始
 地道に続いてるハンド。今年もいろんな人の参加お待ちしています。
  17日 福祉で街がよみがえる会議
 宅老所にて、映画制作についての話し合い。
  18日 事務局会議U
 前回の会議の積み残しや取り組みの報告など、レジメ担当は中西さん。
  21日 ハーツ運営会議
 いろんなアイデアを持ち寄って当事者が基本的人権を守られ、主体生を持って自立生活を送れることを基本に、 そのためにハーツはどうあるべきかを考えます。

★編集後記★

 石丸菜見子さん城野未知子さん井上泰孝さん成人おめでとう。♪おとなの階段上がる・・。この歌も古い。 「20歳の原点」と言う本を僕は成人する前に読んだのを思い出します。これも古い。

とにかく、大人の世界へようこそ。

1999年11月1日発行

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  2000年がもう目の前。
 SOSのコンピューターは大丈夫かな?福祉が変わる時代。いい方向に変えたいですね。

 シネマで愛して・・・ウイズ・ユー

 新聞を読んでも、テレビを見ても、ひとつの言葉にいきつく昨今であります。「感動」。コンサートの帰りの若 者が「感動したっす」。ボランティア参加者が「感動な1日でした」。コメンテーターが「感動的なインタビューでし た」。確かに感動は人を元気にしたり、やる気にさせたりと心地よいさわやかさがあっていいのです。
 僕も、年のせいか気のせいか早急に感動を求める様なとこがあるのであります。しかし、これだけ感動が幅を 利かせ求められると柔道一直線、東大一直線、感動一直線となり、なんだか重たすぎるし、求められた方も少々 窮屈だ。シネマの世界も感動が求められ、それに答えるためのストーリーが無理して造られるようなとこがある のであります。とくに、福祉系となると「またかよ」てな感じでそれが強くなります。
 空想好きの少女と知的障害者の男性の1週間の出会いと別れを描いた「ウイズ・ユー」という作品は、そういう 地点から遠いところにある作品です。
この作品には、あらかじめ用意された感動はなく、淡々と一つひとつのエピソードを丁寧に重ねていく手法が とられている。
 少女の自由な感性と知的障害者のゆったりとした心が交差する、印象に残るシーンが、どこからとなく涼風が 吹き渡るように自然にスーッと胸に入ってくるのです。有名な役者の演技に頼るでなく、劇的なストーリーを仕 掛けるでなく、暗さや明るさにこだわらずに、自然な感じで感じで造られたこんな作品を見ると制作者に拍手を 送りたい気になります。
 さてさて、99年が終わろうとしています。感動も自然も呑み込んで、時は短距離ランナーのようにあっとい う間に過ぎるのであります。
みなさん今年もいいシネマに出会いましたか。おもしろい作品があったら教えて下さいね。ではまた。

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 共同作業所もやい・・バザーでがんばる!

 北へ南へ東へ西へ〜♪という歌は確か長渕剛の「ひまわり」だったと思いますが、歌詞のように、もやいもこの 時期は、日頃つくりためた手作り品や支援者の皆さんからいただいた不要品等を抱え、各地のバザーに東奔西走。 お仕事に汗を流しました。
 バザーというのは、色んな人に会えるという楽しみや、自分たちの作った作品が目の前で売れていくという喜 びがあります。また、バザー終了後、みんなで飲みながらにぎやかな夕食をする楽しみもあります。知らない土 地に行けるというのもあります。
しかし、つらいことも結構あります。それは売れないとき、ウーン商売は待つのが仕事とはわかっていても一寸 きついのです。もう一つは寒いとき。結構長い時間やるので北風が身にしみるのです。でも、うれしいことや、 つらいことがあるので終わった後の充実感があるのであります。バザーの売り上げは、障害者の社会参加のための 活動費になっていくので、なるべく頑張って売り上げたいとおもいます。バザーのたびに、介護に付いてくれた 人たち今年1年ご苦労様でした。来年もよろしくお願いします。
 また、バザー用品を提供してくれた皆さん、本当にありがとうございました。来年もよろしくお願いします。
共同作業所もやいは、来年も頑張ります。2000年を記念して新製品も考えたいと思っています。

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 ヒューマンライツ・合宿報告

 ヒューマンライツと言う名の学習会が始まって1年が過ぎました。11月の6日・7日と初めて合宿が行われました。 若い人たちが多く参加する学習会なので、時代を反映してか議論が沸騰せず、消化不良に終わることが多かった のですが、その反省にたって事務局も知恵を絞りいくつかの試みを仕掛けた学習会となりました。
果たして、議 論は沸騰し心と心がきしむ音は、リフレス大牟田にこだましたのでしょうか。


 70年代の障害者運動をリードした詩人でもある横田弘さんは、すごくいい年の取り方をされたと思わせるドキ ュメントビデオで、学習会は幕を開けました。そしてもう一本。知的障害を理由に強制的に子宮を摘出された女 性が、なぜ自分がそうされたのかを究明していく優性思想を問うドキュメントが続きました。ここで一息。
 夕食はカレーライス。CIL久留米の古川所長や山口県立大の志村教授とお供の学生さん2名も飛び入り参加。 学習会もにぎやかになりました。お風呂に入る人もいましたし、なんだか各人いい感じのリラックスムード。7時 より大場さんの問題提起があり、70年代の障害者運動が提起した問題を中心に、在宅や施設を例に取りながら話が 進みました。翌日は、城野さんからの問題提起があり、その後、事務局より2本問題提起があり、2つの分科会に 分かれ討議をし昼食後全体会でまとめをおこないました。
 1泊2日の初の合宿でしたが、単なる会議と違って肩の力が少し抜けて、本音に向けて一歩前進した気がしまし た。次回もまた、参加したいと思います。

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  SOS活動打ち上げパーティー

 皆の衆皆の衆ノストラダムスの予言もはずれ、99年も後わずか。喜怒哀楽の紙吹雪、魑魅魍魎の闇に投げ、 百花繚乱咲き誇る、差別偏見のこの娑婆に、ひととき叶わぬ夢を見る、SOSの活動も、停滞倦怠失態と、見事成ら ざる体たらく、2000年の足音に、原点回帰の法螺貝を心を込めて吹きまする。介護保険を始めとす、福祉維新の 時来たり、慌てず騒がす迷わずに、人への歩みの志、たった一つを手に持って、四面楚歌をおそれずに、熱き連 帯求めつつ。共に生きる本物の福祉の町をめざします。99年も変わらずにSOSへのご支援を、いただきました方々 に、日頃の無礼を詫びながら、感謝を捧げる宴の場、明日へ向かう祭りの場、忘年会へのご参加を、七重の膝を 八重に折り、事務局一同御ん願い奉りまする。

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恵愛園自立チーム+SOSのウォークラリ参加者感想

 10月31日。約50名の参加でウォークラリーが取り組まれました。五つのコースに分かれ町の探検に出発。
楽しみながら、汗を流しながら、市内の各地をボランティアの人と歩きました。参加をしてくれた若い人たちは 何を感じてくれたかな。感想の一部をご覧下さい。

●車椅子の人が1人でJRを利用するのは大変だと思った(大学生)
●大牟田駅のリフトが遅い(社会人)
●乗り降りするときに乗客の視線を受ける(専門校生)
●映画館はエレベーターもなく女性だけでは抱えるのは無理な段数でした(高校生)
●障害者に対する意識が差別・偏見であったり介護意識であったりで心のバリアフリーはほど遠い感じがしまし  た(専門校 生)
●人の手を借りないと段差を上れないことを話し合いました(中学生)
●動物園は坂が意外に多くて大変だった(専門校生)
●初めて車椅子に乗ってすごく怖かったです。特に坂道はジェットコースターのようでした。小さな段でも振動  はきつかったです(専門校生)
●ゲームセンターや飲食店に入ってみて通路が狭いことに困ったり、トイレのドアが開きにくいことに気がつい  た(専門校生)
●自動販売機で車椅子だと買いにくいと思った(専門校生)
●恵愛園の坂は急なので危ないと思った(高校生)

年賀状印刷サービス

 コンピューターで年賀状の制作・印刷サービスをやります。「もやいでいいか」と思われる方は連絡下さいね。
 大牟田一安い価格で印刷します。お好みのイラストと文章を指定してもらえれば、レイアウトはこちらでします。
 年賀状だけは持ち込みでお願いします。担当は案浦です。
 初めての試みですが、うまくいけば来年は少し拡大していきたいと話し合っています。よろしくお願いします。

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★☆活動報告☆★

10月

  • 23日 サンアビリティー祭りに参加
  • 24日 諏訪公園フリーマーケット出店
  • 26日 SOS事務局会議
  • 29日 障害者協議会準備委員会出席
  • 30日 SOS集会(久しぶりです)
  • 31日 自立チームとウオークラリーを実施
  • 11月

  •  2日 SOS事務局会議
  •  3日 小郡フリーマーケット出店
  •  6日 ヒューマンライツ合宿
  •  7日 ヒューマンライツ合宿
  •  9日 SOS事務局会議
  • 13日 第2回20世紀打ち上げ学習会
  •      成年後見制度・欠格条項・地域福祉権利擁護制度について
  • 14日 吉野フリーマーケット出店
  •      ミニ交流会
  • 16日 SOS事務局会議
  • 『いつも新聞を送ってもらいありがとうございます。楽しく読ませてもらっています。  人権を大切にした活動を、障害者の皆さんがやられている様子が伝わってきます。  何もお手伝いできませんが、応援しています。私もいじめを受けた傷から早く立ち直りたいと思います。  8月号のキャンプの文書を読んで涙が出ました。私も学校を途中で辞めました。  中島みゆきのファイトを聞きました。また、涙が出ました。  誰が書かれたのか知りませんが、ありがとうファイトですよね。』 MK

    ○●○編集後記●○●

     大阪の釜ヶ崎でホームレスを支援するグループがNPO法人をとりました。いいぞ。大牟田の宅老所もまもなく とります。いいぞ。僕らも近いうちにと夢がふくらみます。夢がもてると、寒い冬も少し心がぬくもり、心が風 邪をひかなくなりました。
    漫画  

    1999年10月1日発行

    ページ1

     先日桜の花が咲いているのを見ました。金木犀の香りと桜の花の取り合わもなかなにか不思議でいいです。
                                                

    ダイエーホークスと吉田たくろうライブ99

     養護学校という名の施設にいた頃。僕は地元のライオンズの熱狂的ファンだった。12才の時ライオンズは優 勝した。僕らは動く野球は出来ないので鉛筆を小さく切りそれを転がして、ストライクだの、ヒットだのホーム ランだのと決め、それぞれに球団を持ちスコアをつけ、かなりリアルな野球を楽しんでいた。「コロコロ野球」と 名付けたリーグ戦は結構みんな燃えて、喧嘩の原因にもなった。そう、よく僕らは喧嘩をした。中学生になると喧 嘩の季節も終わり、僕らは一斉に女の子目指して走り出し、ライオンズは優勝から遠ざかりコロコロ野球も終わ りを告げた。
     授産施設と言う名の施設にいた頃、僕はたくろうを聞いた。6人部屋の畳一畳のベッドの中で壊れかけたラジ オから、イメージの詩のギターのイントロが流れた瞬間と叫びのようなブルースハーフの音が今も心に刺さった ままだ。1週間後、僕は弾けもしないモーリスのギターを手に入れていた。職員室に呼び出され事務長から、肩 まで伸ばしていた髪を切るように説教されながら、僕はイメージの詩のギターコードの回転を反芻していた。
     地元の球団が優勝してから36年。たくろうを聞いてから28年が経過した99年8月。僕は福岡ドームでホ ークスの奇跡的なサヨナラゲーム見た。そして10月。サンパレスでイメージの詩がオープニングのたくろうの ライブを見た。僕の原体験である施設の記憶の琴線をホークスとたくろうが揺らしてくれる。あの狭い空間で見 えた、人の悲しさや、弱さや愚かさ、そんな中にあっても、たちあがってくる凛としたやさしさ。理不尽なもの への怒り。自分の空の下にあった差別なるもの。うーん。ホークスが信じられない連敗をしようとも、たくろう が、にやがってカップスターを歌っても、ここまできたら心中するしかないぞと、1人で力む秋となりました。

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    北海道に行って来ました!

     天気に恵まれ、リフトつき観光バスに恵まれ、メンバーにも恵まれた僕らの前に北海道は元気に姿を現したの であります。SOSでこんな遠くに、こんな大勢で旅行するのは初めての体験で、少々心配もしていましたけど、 JRの協力などもあり、無事に2泊3日の北海道旅行を終え帰ってきました。
     さわやかな風と空。透き通った水と空気。風が走り抜ける草原。すっきりとした日射し。北の国の凛としてゆ ったりとした有り様は、僕らの心を和ませてくれたように思います。
     このツアーで初めてお会いした人も何人かおられましたが、2日目となると自然と介護をしあったり、自然に なじんでいい笑顔が行き交いました。帰りの車中では、次回は海外にとの意見もでました。今回はスタッフが1 人で大変だったと思います。次回はスタッフも少し増やしてもっと楽しい「SOS2000年ツアー」を企画したいと思い ます。参加のみなさんおつかれさま。

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    想像力を飛ばし合おう!!自分を他者を愛することが人権だ

       

    ○20世紀打ち上げ学習会

     福祉の基本的構造が変わりつつあります。 福祉の産業化。福祉の規制緩和。介護保険の導入。措置費制度の崩壊。福祉の明治維新が始まっています。そ して21世紀までの後450日を切り、新世紀のカウントダウンが始まっています。こんな状況の中で障害当事者は、 しっかりと現実を見つめ、当事者の立場から様々な施策に迫っていかなければと思います。20世紀を総括すれば、 当事者抜きの福祉施策の世紀でした。21世紀は当事者参加の世紀にするために、障害者解放運動の原点の確認、 最新のシステムや施策の把握まで20世紀の私たちの運動を打ち上げと、21世紀に向けた展望を模索する障害当事 者の学習会をスタートしました。希望者は参加してください。

    ○ヒューマンライツ合宿11月6日/7日

     ヒューマンライツが始まってずいぶんになりました。若い人たちが中心に「本音で語るヒューマンライツ」をテ ーマに、毎回取り組まれています。「全然本音じゃないじゃなーい」などと批判されつつここまで来ています。熱 い議論が交わされ、他者へあらん限りの想像力をかたむけ、自己の主体と解放が主体と解放とイコールであるこ とを確認する作業が出来るのかどうかは、1人1人の心の深く眠っている魂の問題です。果たしてその日がくるの かなーと思っていたら、ヒューマンライツ初のが合宿が設定されました。
     この合宿がヒューマンライツの明日を決める正念場だなと思えます。

    ☆お知らせ

    ◇ミニ交流会3は小坂・案浦担当で11月柿狩りをただいま計画中
    ◇今年も「モムのカレンダー」の季節となりました。吉田たろうさんの新作の妖精たちが2000年に踊ります。
    阪神大震災の障害者作業所の支援にともなっています。よかったら買ってください。
    ◇障害者の地域での自立と解放を目指す季刊誌「そよかぜのように街にでよう」の最新版入りました。希望者はご連絡を。
    ◇ガイドヘルパー制度の充実を目指し行政へ要望書を提出する予定です。

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    ★活動報告です

    9月

  • 27日 障害者施策協議会準備会議出席
  • 28日 SOS事務局会議
  • 10月

  •  1日 欧州の福祉事情講演会参加
  •  2日 「ちぎれ雲」試聴会
  •  3日 SOS北海道ツアー出発
  •  4日 SOS北海道ツアー観光
  •  5日 SOS北海道ツアー帰省
  •  6日 ちぎれ雲上映に向けた会議参加
  •  9日 事務局会議
  •       20世紀打ち上げ学習会(成年後見制度について)
  • 15日 事務局会議
  • 16日 20世紀打ち上げ学習会(成年後見制度と障害者欠陥条項)
  • 17日 荒尾バザー・もやい出店
  •       ヒューマンライツ(障害者の結婚・愛・性)
  • 19日 事務局会議

  • ○共同作業所もやいのお知らせとお礼

            秋です
    バザーの季節となりました
     前回新聞でバザー用の不要品の提供をお願いしたら
        多くの方から提供していただきました
         心からお礼を言いたいと思います
          本当にありがとうございます
     又、全然見知らぬ人からもよかったらバザーにと
       持ってきてもらいました。ありがたいです
        さてバザーボランティアも募集中です
       手伝える方はご連絡くださいね。お願いします

    10月17日 荒尾駅前バザー(荒尾商工会議所主催)
    10月23日 サンアビ祭りバザー(サンアビ主催)
    10月24日 諏訪公園バザー(商工会議所主催)
    11月 3日 小郡バザー(小郡市主催)
    11月14日 吉野小学校バザー(吉野街づくり主催)


    ◇◇編集後記◇◇

     不思議な秋でしたよね。熱すぎたり雨が降りすぎたり、みなさん体調の方は大丈夫でしたか。
    北海道に行った方はおつかれさまでした。色んなお土産話を聞かせてくださいね。
     ではでは、体に気をつけて冬に向かいましょう。
    漫画  
    1999年9月1日発行

    ページ1

     おかしな天気が続きました。みんな元気ですか。
    秋本番。いざ、それぞれの方法で秋を楽しんでくださいね。

     シネマで愛して・・・人生は琴の弦のように

     秋は無礼者である。と昔からも思っている。秋になると恥ずかしい位に落ち込むのだ。秋は「サー落ち込んで ください」などと、心に土足で上がり込んでくる。枯れ葉を散らし星を近くにし、ムードを盛り上げ夏は逃げた でしょう。冬は遠いでしょう。私とつきあうしかないでしょうってなもんである。そう言われるとその気になっ てついつい、地獄の底が抜けたようなため息をついたりするのだ。そんなとき酒が飲めない僕はウーロン茶飲む。 ウーロン茶を飲めば香港シネマである。ジャッキーチェンである。うん、ジャッキーチェンもいいけど、苦しいと きは地味な北京シネマ「人生は琴の弦のように」が静かに寄り添ってくれる。
     三弦琴の旅芸人は、一生を琴の演奏に捧げ、弦を千本弾き切ったときに、琴の弦の中に入れた処方箋で目が見 えるようになるという師の教えを信じていたのでした。艱難辛苦の末丘の上でついに千本目の弦が切れるのです。 しかし、処方箋は白紙だったのです。視力障害者に対する偏見差別の様子も、かなりリアルに恋愛を軸に描かれ ます。この芸人は自暴自得になり葛藤の末、何かを悟り人の心を打つ琴を弾き続け死んでいくのです。救いのな いドラマですが琴の音の迫力と哀切さが心にしみます。このシネマを見てると希望が大切なのであって、それが 現実するかどうかは二次的なもので、最後の弦が「プツン」と切れるまで、人生の弦「ビーン」と張って生きてる人 は、もしかしたら幸せではないのかという思いにとらわれます。
     僕は果たしてぴーんと弦が張られてるのか、そして、プッンと弦を切られる日が来るのか、と思うとなおさら 落ち込みそうですが、プツンと切れなくても、処方箋は手に入らなくても、ともかく、自分なりにピーンと弦を 張ろう。そう思うと無礼者の秋がちょっとたじろぎました。
     さすがは、中国4000年の歴史。滔々と流れる黄河の大地。120円のウーロン茶。少々元気が出てきたのです。
    秋が過ぎれば、冬の重たさの中でコーヒーを飲みながら、次は、アメリカシネマをみよう。

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    荒巻直美の365日のマーチ

    いつもそれはできずに心の中にしまっていました。辛かったけど・・・

     共同作業所もやいに行くようになって1年が経とうとしています。その間たくさんの人達と知り合い語り合う ことができ私にとってはとても良かったと思います。以前だったら人と人の交わりを頑なに拒みつつ、私なりの 世界に自分を閉じこめていたそんな毎日を送りつつも、外に心を向けられない私でした。大場孝子さんに何度も 誘ってもらったけど、私は独りがいいからと断っていました。でもそう強がっていたものの友達はいない、独り では外にもいけない。誰も相手にしてくれない毎日に耐えられず、ストレスを父にぶっつけたりもしました
     そんな折り、中学校の頃同じ施設で共に過ごした友達が、何十年ぶりかに電話をくれました。その話口調や受 話器を通して伝わる明るさにわたしはショックを受けました。随分明るくなったねというと「そう、先生のお陰 なの」と言った。「直美ちゃんも明るくなりなさいよ、知らない世界が見えてくるから」と、まさか同じ境遇、同 じ性格を持った彼女から、心を奮い立たさせられようとは思ってもみなかった。このことを機にわたしの気持ち も少しづつではあるものの変化しようとしていた。
      

    カレンダーに文字が踊るようになりとても一年が早く感じるようになりました。

     わたしは、色んな所を渡り歩いてきた。その土地土地で様々な人間模様に遭遇することができ、日々の暮らし の中で奮闘してきたように思います。幼い頃はただ泣くことでその場を逃げ、娘に成長する過程では少し我慢す ることを学び、大人になってからは相手に対して自分の意見をはっきり言うことを知り、でもいつもそれはでき ず心の中にしまっていました。辛かったけど。「いつも直美ちゃんはおとなしい子、すぐ泣く子、それにら何も いわないから何を思っているのか解らず気味の悪い子」などといわれ続け、それはいつもわたしの中に劣等感とし て残り付いてきていた。このことを引きずっては良くない。父も高齢で自分1人になってもおかしくない。今の 内に自分を磨き鍛えておかねばと思い、意を決して隣のおばちゃんに相談した。ここまで来る道程は少し長かっ たみたい。自分はこれでスタート地点に立てたと思いました。
     もやいに通うようになってから色んな体験をする事ができました。忘年会や桜の下で行う花見。自然あふれる キャンプ。雲仙への日帰り小旅行。科学館の見学やくつろぎの場のカラオケ大会など、とても満足しました。何 処に行くのも初めて、何をするのも初めて、そう初めてづくしの1年。みなさんとの心の距離を少し近づけるこ とができました。カレンダーにも文字が踊るようになり、とても1年が早く感じるようになりました。作業所の 仲間たちやあるいはハーツのヘルパーさんたちはじめ、多くのみなさんの支えがあったからここまでこれました。 ありがとうございます。これからも色んな人達と心のあやとりができるようにがんばります。
     荒巻直美さん  9月11日生まれ。御年は秘密。98年8月27日木曜日もやいデビュー。
      長年の施設暮らしに閉じ込められた在宅生活。その中から彼女自身の力で脱出。持ち前の好奇心と前向きの   明るさと文章による表現力で存在感アピール。青春は始まったときが青春であるとすれば、彼女は今確かに   言葉の全き意味において青春である。耳を澄ませて直美さんの自立と解放のマーチが聞こえてくるぞ!

    ページ3

    らくがきの〜と

     ●不要品提供のお願い 担当:西山小百合
        バザーが続くシーズンを迎えました。家で眠っている不要品等があればよろしくお願いします。
        できれば10月20日までにご連絡をください。

     ●ひとり暮らし始めます  荒巻直美
         父が老人ホームに入所することになり、1人暮らしを始めます。
        少し不安ですけどがんばりますので、みなさんご協力をよろしくお願いします。

     ●講演会のお知らせ  結婚チャレンジワークススタッフ
        志村徹朗山口県立大学助教授を講師に「障害者の結婚・恋愛・性」の講演学習会を11月27日午 後6時30分より中央公民館で行います。よろしく。

     ●楽しんでくれた?  ブルースシンガー 山本シン(談)
        SOSの人たちの前で歌ったのは久しぶりだよね。みんな楽しんでくれたかな。
        また一緒に遊ぼうね。ありがとう。

     ●事務局会議の発信から
        障害者の日のイベントを忙しいからやらないと言うのは、相撲取りが本場所さぼって、バラ エティに出てるようなもんじゃないとね。一つの意見として言うとくよ。

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    SOS・2000年キャンプ

     今年よりキャンプ実委は来年のキャンプ地の選定までやっておくことになり、実行委員長を始め下見班で9月 5日と12月の2日に分け、阿蘇方面と雲仙方面に行って来ました。両日とも雨の中の下見となりましたが、そ れなりに楽しい下見となりました。阿蘇方面の候補地はかなり条件が悪くあきらめざるを得ませんでした。
    一方雲仙の方は下見班全員納得の好条件で、SOS2000年キャンプはここで行おうということになりました。後は 予約をとることに全力を尽くします。これで、次回の実行委員になる人たちにバトンを渡したいと思います。
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    活動報告

    8月

  • 22日 サマースクール終業式
  • 24日 事務局会議
  • 26日 施設ピアカウンセリング
  • 27日 福祉で町がよみがえる会学習会・・行政も含め60名の参加でした
  • 28日 山本シンコンサート・・60名の参加でいいライブでした。
  • 29日 ミニ交流会(セキアヒルズ)
  • 31日 事務局会議
  • 9月

  •  2日 障害者協議会準備会議
  •  3日 池田君送迎会(有志)
  •  5日 キャンプ下見
  •  7日 事務局会議
  • 10日 共同作業所と県の福祉課との懇談会
  • 12日 キャンプ下見
  • 14日 事務局会議
  •       人権の街づくり講演会(60名)
  • 15日 恵愛まつりバザー出店
  • 19日 ミニ交流会2(湯布院)
  • 21日 結婚チャレンジワークス会議
  •       事務局会議
  • 27日 施策協議会準備会議
  • 28日 事務局会議

  • ●●編集後記●●

     なんだか最近、SOS活動の大切な部分が見えなくなってきている気がします。
    障害者の当事者性と主体性をもっともっと発揮しないと、健全者との生き生きした対等な関係ができないと思い ます。社会を覆う空気みたいなものに切り込んで、新鮮な空気に変えていくことが文化だとすれば、僕らの活動 は誰もが窒息しない空気を作り出す事となります。
    障害者のみなさん。誇りを持ってさりげなく堂々と行きましょうね。そのことが出会えない障害者とつながって いく唯一の証しかも知れません。
    漫画

    1999年6月1日発行

    ページ1

    元気でいますか。げんきでいてくださいね。夏のイベント特集となりました。ご参加待っています。
     

    シネマで愛して・・・自転車泥棒

     いくつの頃から少年ジャンプを読まなくなったのかな。いつの頃からテレビドラマを見なくなったのかなと、 「いつの頃から」が思い出せないところが「年」だなと、最近つくづく思うのであります。
     この映画もいつ頃ビデオでみたのか思い出せないのでありますが、切なさがしばし胸を揺すったのは記憶して おります。妻と息子を食わせるために自転車を手に入れた父は、その自転車を盗まれ子供の共に探し回りますが、 自転車は戻らず追い詰められた父はついに、見知らぬ人の自転車を盗むのであります。父は大衆に取り押さえら れ騒ぎを聞きつけた子供は父の足にしがみついて泣くのです。
     第二次世界大戦の貧しいイタリアの都市が舞台のシネマなのですが、この映画の1シーンに食事を求め多くの 人が集まる施設がでてきます。食事を与える条件はミサに参列することであります。その食事費用はお金持ちが 負担しているのですが、そこには何か対策ではない「ギブアンドテイク」なるものが見え隠れするのであります。
     これって「福祉」にありがち!「自転車泥棒」イタリアシネマの実力発揮の作品です
    昨年の、12月9日のイベントに参加してくれた聴覚障害者の古賀さんが「聴覚障害者を差別する法律を改正する 請願書」の紹介議員になるようにと、要請にこられたのであります。私も、この差別法の改正の学習をしていたと こでもありますが、当事者の話は胸を打ちます。
     私は見たことはありませんが、聴覚障害者が犯罪に巻き込まれ、無罪の罪を着せられ死んでいくという「四つの 終止符」というシネマがあります。自殺する主人公の聴覚障害者の遺書はこう書かれます。
    「私の耳は聞こえません。が、みんなの耳も聞こえませんでした」
    聴覚障害者だけでなく、精神障害者や知的障害者を差別する「欠格条項」の見直しを進める運動が今進められてい るのであります。

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    車椅子をこげば、それは旅のはじまりだ。荒巻なおみの遠くへいきたい

    長崎旅日記

       5月23日日曜日。リフトバスト車を使い「もやい」の仲間と「長崎・雲仙」への日帰り旅行に行ってきました。行 く途中でみんなを拾いながら、一行はフェリー乗り場である長州港に向かいました。当日はあいにくの雨でした ので車内での会話もお天気の話が中心でした。
     長州港についたら、フェリーに乗ってしばらく船の上でみんなそれぞれ船内での時間を過ごしていました。少 し退屈でしたが、船の隙間から見えてくる波の波動をみながら海の偉大さを独り感じていました。およそ40分位 すると船は長崎の多比良港という港に接岸しました。ここから雲仙の方に向けて車を走らせ、途中で普賢岳のふ もとの街島原や、多くの被害を受けた深江町などを視察しては、きれいに復興または整備された生まれ変わった 景色を目の前にしてとても感動しました。
     雲仙を目指して走るものの、山の方はガスがかかって何も見えなかったです。これが晴れていたらと思うと残 念でした。昼食は小浜町というところで、本場のチャンポンをいただきとても美味しかったです。車内で温泉卵 に舌鼓をうちながら今度は出島の方へ向かいました。ここへくる頃は雨の方もなんとかあがって、やっと車内か らでて、長崎の地を歩いて回ることができて嬉しかったです。色んな資料館を見て回り、お土産などを買いなが ら楽しい時間を過ごすことができとても満足しました。
     最後に、今回の旅を通して、長崎の良さを知り、また反対に坂が多くて、お年寄りや我々障害者には大変だと 思いました。少し疲れましたが、よい思い出と勉強ができたと思います。

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    ★★★活動報告★★★

    5月

  •  28日 案浦くん「人権研修」で宮崎市に出張
  •  29日 相談員協議会役員会出席
  •  31日 PPM(福祉研究会)会議

  • 6月

  •  1日 SOS事務局会議
  •  5日 聴覚障害者に対する差別条項学習
  •  6日 SOSパソコンツアー

  •       ヒューマンライツ学習会
  •  7日 PPM会議
  • 10日 SOS事務局会議

  •       夏祭り振興会会議に参加
  • 12日 福祉で町がよみがえるスタッフ合宿

  •       (大分玖珠町・10名)
  • 15日 SOS事務局会議
  •       PPM会議
  • 18日 キャンプ99の参加要請団体周り開始
  • 20日 古家さんを偲ぶ会
  • ◆古家さんが亡くなられました

      ダンディーな人でした。 たばこの煙の向こうに少しせつなさが漂う人でした お酒の好きな人でした。駄洒落の好きな人でした。あなたについて、いくつかのことを僕らは確 かに知ってはいたけど、あなたを形作る深い闇のような憂鬱にふれることは叶わず、幻の船は出航 してしまいました。 お参りする場が与えられなかった現実に佇みながら、僕らはせめて寂寥感と戦うために、平凡な日 々の中で心を飛ばしあい他者へのまなざしを持ち続け人権なるものの意味とその在り様を探し続け たいと思います。  たった一度、あなたが川尻小学校時代の先輩だということがわかったとき見せた笑顔あの笑顔に向 かって僕らは歩いていかねばならないのだと今思います。
    先輩、さようなら。  合掌

    ★★「もやい」新聞も1月1回の発行になってもう10年を超えます。最初は手書きで10部そこそこでしたが、今 は約300部位でています。伝えたいことがあるうちは続けていきたいと思います。
    色んな人の原稿がほしいなと思います。皆さん何か書いてもやいに送ってね。待ってます。

    ○○○ 編 集 後 記 ○○○

    ♪雨が空から降れば思い出は地面にしみこむ♪♪
    梅雨になると口ずさむこの歌がやけに身にしみます。SOSにまつわる人たちの訃報が続きました。
     ご冥福を祈りたいと思います。
    では、また来月。 みんな体に気をつけて。

    1999年5月1日発行

    ページ1

      連休はエンジョイできましたか。疲れはとれましたか。気分もあらたに、夏に向けて活動開始です。よろしくね

       

       旅立てジャック 自由には地図がない 靴には羽がない だけどジャック 心には道がある

     とにかくこの何ヶ月、人との出会いを重ねるために、市内をぐるぐる回っておりました。
    雪の中。梅の香りの中。桜ふぶきの中。菜の花の中。うぐいすの鳴き声の中。そして今、若葉のみずみずしさが 心にしみて、思わず天地真理さんの「若葉のささやき」など口ずさんだりします。出会いと旅立ちの季節を走り抜 けた気がします。心に残る出会いがいくつも生まれましたが、出会いというと「池田邦博」さんとの出会いを思い 出します。6,7年前、社会福祉協議会から「お友達を求めてある重度障害者の人がいるのでお願いします」との 電話があり、介護者の人と伺いました。そのとき、池田さんの少年のような感性と、とても個性的な池田さんの 一枚の絵と出会いました。
     その絵の色彩と、池田さんの人間性。さらに戦争の時代を障害者として生き抜いた大先輩として尊敬しておつ きあい願っています。出会ってからの池田さんは、その人柄で多くの出会いを作り出し、一人暮らしの池田さん を支える介護者グループ「ピープル」ができ、自立を支え3年目をこえました。
     その池田さんがめでたく「還暦」を迎えられました。60年。池田さんの笑顔の裏側にどんな人生があったのか、 僕らは学び続けたいと思います。還暦。一つの節目です。新たな「旅立ち」の時といえるかも知れません。
     夜、ブーンという音と共に、池田さんのFAXが届きました。少年のような透明なまなざしが情報機器を通じて、 今日も、多くの人のもとに届きます。
     池田さんの、旅の同伴旅行者として、健康を祈りたいと思います。 おおば和正

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    みんな、みんな、風になったのだ!

    僕らの1議席を守ったぞ

    福祉で日本一安心できるまちづくりをすすめようという僕らの声に、2213人の人が答えてくれました。

     「おめでとう!」4月25日の真夜中。拍手とクラッカーの音がはじけた。長い選挙が終わりを告げた瞬間でした。 「福祉で町をよみがえらそう」と、僕らの仲間で、車いすのおおばさんが出馬し、思いを同じくする多くの仲間が 手作りで取り組んだ選挙戦でした。重度の障害を持つ人もパソコンを使い、また電話をかけて思いを伝えたり、ボランティアの人も共に様々な役 割をこなしました。みんなで支え合い、励まし合いながら、まさに「人が真ん中」の選挙戦でした。
    結果は、2213人の支持をいただきました。みなさん本当にありがとうございました。
     この選挙を通じて、色んな出会いがありました。1人暮らしの高齢者の方の不安感。高齢者同士の介護による 疲労感。高齢者と障害者の閉塞感。障害児のお母さんの将来への絶望感など、重たい現実の前に襟をただす日が 続きました。また、多くの人から「がんばって」「福祉を進めようね」など、励ましの言葉をもらったり、涙ぐみな がら握手を交わしたりと、いくつもの元気をもらいました。
     「もやい」の読書のみなさんからも、直接、また電話を通していっぱい激励をいただきました。この場をかりて、 お礼を言います。「ありがとうございました」今後もよろしくお願いします。

    ページ3

    体は疲れたけど、心は快晴です。

    スタッフから一言言わせてもらいます。

     ☆始めて選挙に関わりました。選挙というといやなイメージしかありませんでしたが、おおば選挙は、とても 楽しく同世代の若い人が多かったのですごく良かったです。
     ★何故、選挙をして何故障害者を通さなくてはいけないかがよく分かったので僕は燃えました。これからも活 動していきます。
     ☆色んな人と出会いました。世の中の現実の一部を拝見しました。僕なりに考えることがいっぱいできました。
     ★僕は動けないので、パソコンで頑張りました。
     ☆色んなお宅を訪問して、何故おおばさんが人権を言うのかがよく分かりました。
     ★同じ思いをもって、共通の目的に向かってともに苦労することが、こんなにきつくこんなに楽しいことと始 めて知りましまた。完闘式でおおばさんが歌った「ファイト」が頭の中でぐるぐる回ります。
     ☆おおばさんの介護はきつかったけど、本当にいろんな人に会えました。その人の向こう側にある物を見抜く 力を身につけたいと思いまする
     ★若者の力を再認識しました。
     ☆障害者のがんばりすごいと思います。
     ★狭いところで人も思いもあふれていました。その輪の中にいたことをうれしく思います。
     ☆精神障害者の人があまり関わらなかったのが残念でする
     ★色んなミスはあったけど、熱い思いとチームワークがあったので良かった。
     ☆SOS活動も幅が広がってきたなと思います。さらに広げましょう
     ★福祉がこれで一歩前進です。さらに今後の活動でもう一歩前進をしましょう。
     ☆スタップで今後も時々集まろう。ビデオもみんなで観ようね。
     

                             みんなみんなお疲れさま

                                                        

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    ☆★☆★☆ 掲 示 板 ☆★☆★☆

    5月

     
  • 7日 池田さんの還暦祝いをささやかに行いました。
    池田さんおめでとうございました。
  •  
  • 9日 県障害者体育大会
           SOSからも2名参加しました。
  • 16日 久留米でバザーです。
    もやいも行きました。
    この日、ハーツではホームヘルパーの研修があり、講師としてSOSの古いメンバーの菊次万里子さんが来ます。
    なつかしい。


  • ◇◇◇トビックス◇◇◇◇

     もやいに「印刷機」がやってきました。これは、政府の経済対策で全国の共同作業所の中から選ばれた作業所に 100万円相当の補助金が送られ、それで品物を購入する物です。もやいは、新聞などをつくりますので印刷機を購 入しました。みんなで有効につかいたいと思います。5月の終わりに来ます。漠書房の方に置くつもりです。

    編集後記

     青空から鯉のぼりが消えて、夏空へと変わり始めました。
    今年のキャンプがそろそろ話題になるころです。皆さん、今年のキャンプもよろしくお願いします。
    では、また6月号でお会いします。

    1999年2月1日発行

    ページ1

        風邪との戦いに明け暮れた昨今。みなさんも大丈夫ですか。
    応援センターも風邪で全滅に近かったです。しかし、みんな回復。さあ、活動だ。

    投票って行けない人多いよな、と 満開の梅の木の下で考える

       両手両足がなく、電動車椅子で生活している早稲田の学生の書いた本「五体不満足」が売れている。「不便だけど 不幸じゃない」というメッセージと共に、225万部を売っている。
    「直木賞」を受賞した、京都大学の茶髪とピアスのお兄ちゃんの本と共に、今読んでみたい本の一つだ。あー本を読 む時間とゆとりがほしい。といつつ、ビデオで「タイタニック」は見るんだよな。活字世代の自分としては反省。
    人を訪ねて、何故か外をくるくる回っていると、ふとした瞬間に庭や道路の草花に目がいき心が和む時がある。 今梅が美しい。通りすがりの一瞬に満開の梅を見るのはいいものだ。「梅は咲いたか桜はまだかいな」と、いきなり 和風系の心模様だ。
     しかし、早稲田の学生のいう、「不便」の部分に少しこだわると、社会的「不便」というものもまたあつて、これを 社会的に解消するとずいぶんと楽だ。
     例えば選挙。投票所は段差だらけ、障害者をおっくうにさせる。介護が必要な障害者が使える「ガイドヘルパー 制度」が拡大され、投票にも使えるが、知らない人が多い。在宅での投票は「郵便投票」があるけど、これもまた、 制度としてどれだけ知らされているだろう。「バリアフリー。段差を無くせよな」それじゃもう古すぎる。最初から 段差を創らないユニバーサルデザインでいこう。ガイドヘルパー制度や、郵便投票などを使い投票にいこう。
     そのことがきっと街を変えていく。障害者にとって「投票」はとても遠いところにある。ならばこちらから近づ こう。「梅は咲いたか選挙はまだかいな」 早稲田の学生と同じことを、40年前に三重苦の障害者といわれたヘレン ケラーが言っている。「私は不幸とは思わない。私を不幸にさせる社会があるだけだ」。
     人を不幸にさせる社会?ならば変えよう。いざ、投票に。

    ページ2

    お仕着せ福祉・お任せ福祉に

    Goodbye!

    語るに落ちぬ本音のトークでいこう

    三人寄れば文殊の知恵ならぬ福祉の知恵だ

    ☆支援センター所長・・古賀敬之さん
    ☆恵愛園園長・・・・・叶 義文さん
    ☆市議会議員・・・・・大場和正さん
    「物の豊かさより心の安心」と古賀所長

     大場 これからの福祉について方の語りたいのですが、まず、県南地区初の「市町村障害者生活支援センター」の所長から口火を。
    古賀 ハーツを始めて感じるのは、障害者に制度が知られていないと言うことです。「福祉サービス」ですから、 これじゃいけない。「必要な人に必要なサービスを提供する」これがこれからの福祉です。
    大場 支援センターは全国でどのくらいですか。
    古賀 73ヵ所ですね。
    大場 ハーツの特徴は何かありますか。
    古賀 相談事業のほか、ガイドヘルパーやホームヘルパーの派遣もやってるのはハーツが全国初です。
    大場 全国初。いいですね。
      僕は、これからは障害者や、共に活動している人たちが「こういうのをつくってほしい」と提案できる制度 が大切だと思います。それと、「福祉が街を元気にする」ことを提案したい。
    大場 先月行われた講演会で、叶さんはそのことを言ってましたね。反響はありました。
      大牟田市長の栗原さんはじめ、何人かの方から、おもしろい話なので資料がほしいといわれまして、渡し ところです。
    古賀 それはすごい。
    大場 僕も資料を見て勉強したけど、福祉を充実すると、働く場が増えて、街の景気もよくなるという結果が数字 で出てました。

    「人が真ん中の福祉をつくっていこう」と大場さん

     古賀 僕らはそのことを言ってきたけど、数字で証明出来なかったわけですが、それが証明されたというのは、 うれしいですね。
      これで、福祉はお金のかかるお荷物ではなく、街を元気にする薬だと言うことになります。
    大場 具体的に大牟田の場合で言うと、どういうことになりますか。
      じゃあ、ハーツがやってる障害者の外出を助けるガイドヘルパーの例で説明しますね。1年間に大牟田の ガイドヘルパー事業にかかる総額が2400万円とします。その3/4の1800万円は国と県から補助金として大牟 田に入りますので、大牟田市の支出は600万円になります。また総額2400万円の内、約7割がスタッフやヘ ルパーさんの人件費になりますので、常勤換算で約4人の雇用が生まれます。つまり、大牟田市は600万円 の支出で2400万円の事業ができ約4人の雇用を生み出します。また、スタッフやヘルパーさんたちの給与の 一部は、市民税として市に還元されますし、さらに給与が地域で消費されたり、外出した障害者や高齢者が 街で買いものすることによって商店街も賑わい街のバリアフリー化も進むことになります。
    古賀 わずか600万円の支払いでいろんな経済効果がありますよね。しかもほとんどのお金が大牟田の街の中で使 われるというのがいいですよね。
    大場 叶さん、経済学者みたいですね。
    古賀 園長は体は大きいけれど、細かい数字に強いんですよね。
    大場 思い切って福祉にお金をきちんと使う。そして「人が真ん中」の政策を進めることが、大牟田を元気にして いく ということですね。そうなると、福祉の街づくりですよね。色んな人たちと一緒に幅広くやって いきたいですよね。

    「日本一安心して暮らせる街をつくろう」と叶園長

       特に福祉は私には関係ないと思い込んでる方に、大牟田の街づくりとして共にやりませんかと、呼びかけた いですね。
    古賀 賛成です。大体今までの福祉がお仕着せであったり、お任せであったりだったりと思います。これからは、 当事者を真ん中に、みんなの協力で福祉をつくっていくという考えで進みたいものです。
    大場 確かにそうですね。今までの福祉にGOODBYEして、新しい福祉というか、街づくりというか、そういう考え で21世紀の大牟田をつくっていきましよう。その際、人権という物差しをきちんと持ちたいと思います。
    古賀 それは大事な点です。ハーツのヘルパー会議においても、障害当事者に入ってもらったりしています。
    大場 古賀さんも胃がいたむでしょうが、ハーツに寄せられた期待は大きいので頑張ってください。叶さん、最後 に一言何かありますか。
      はい。一つだけいいですか。「日本一安心して暮らせる街づくり」この言葉をはやらせたいんですよね。
    大場 なるほど、気持ちはわかります。
      新聞に載せるとき、この言葉だけは大きな字でお願いします。
    大場 では、日本一大きな字で書きますか。
    全員 (笑い)

    ページ3

    ★★こんなことやりました報告★★

    2月

  •  2日 応援センター事務局会議
  •  7日 自立生活プログラム

  • 第1回「おたがいを知り合おう」
  •  9日 応援センター事務局会議
  • 12日 自立生活プログラム打ち合わせ会議
  • 16日 応援センター事務局会議
  • 17日 自立生活プログラム打ち合わせ会議
  • 20日 自立生活プログラム
  • 第2回「料理講習会・実践と栄養学講座」
  • 21日 ヒューマンライツ
  • 第8回「部落差別学習の総括」
  • 23日 応援センター事務局会議
  • 26日 ピア・サポート会議
  • ♪♪♪案ちゃんの自立生活日記♪♪♪

     自立生活始めて3ヶ月になります。暮らしてみればなんでも一人でやっていくのは大変です。
    でも、毎日もやいに行ってます。月・水・金の朝からヘルパーさんに来てもらっています。主に料理を作っても らっています。メニューを考えるのが難しいです。
     もやいの一番楽しみは、障害者の仲間や健全者の人たちとの出会いです。夜は、大場さんの選挙を応援してい ます。みんな家に遊びに来てね。

    ☆編集後記

     皆さん、お元気ですか。2月号お届けします。春の近さを喜ぶ人と、冬の遠さを哀しむ人とふた通りあると思い ますが、さて、あなたはどちらでしようか。いづれにしろ、風邪は遠ざけましょうね。ではまた。
    漫画

    1999年1月10日発行

    ページ1

    共生願年1999年今年もよろしく

    自立賀信念。あけましておめでとう。

    -うさぎのようにぴょんとね-

       99年まで後30分を切ったとき、テレビでは安室奈美恵さんが泣きながら歌っており、劇的な芸能界復帰を遂げ ておりました。初めて安室の歌を全曲聴いたのであります。一昨年はX・JAPANの歌に聴き惚れましたが、去年は 安室に歌に聴き惚れました。
     その余韻がさめやらぬ内に近くの寺の鐘の音が聞こえ始めまして、今度は鐘の音に聞き惚れていましたところ 静かに99年に「ウサギ年」がやって参りました。
     皆々様。99年「もやい1月号」をお届けします。あらためて、おめでとうございます。
    「応援センター」に「もやい」に年賀状をくれた方ありがとうございました。年賀状を読むと、この新聞を陰ながら 読んでくれている人たちがいっぱいいることがわかりました。けっして立派な新聞ではありませんが、今年も手 を抜かずにがんばりたいと思ったのであります。
    さて、さて「うさぎ年」であります。「おいしいですよねスタミナも付くし」それは「うなぎ」でしょう!チャンチャン  新年早々つまらぬギャグでもうしわけありません。跳びたいなと思います。「跳びます」という歌を歌ったのは 山崎ハコでしたっけ。♪うさぎのようにぴょんと跳びたいな♪
     もやいも、今年「全国自立生活センター協議会・JIL」に、正会員として加盟する用意を進めています。応援セン ターのNPO法人獲得に向けてスタートも切ります。
     みんなの力を合わせてぴょんといきたいものです。たったひとりの差別に哀しむ声を聞き逃さずに、ぴょんと 跳んで、人の心に寄り添うために、今年もみなさん、共に活動をやっていきましょう。いざ、ぴょん。

    ページ2

    「人が真ん中」でいこう!

     ☆あけましておめでとうございます。今年も毎日もやいに来るよ。
                                  もやいの大魔神 瀬戸島明さん
    ★みんなで元気に頑張って下さい。退院したらもやいで活躍します。
                                 お正月帰省の 中小原文公さん
    ☆あけましておめでとう。今年は仕事を探します。
                                 自立チーム 木原茂さん
    ★ピールのみなさん、もやいのみなさん。今年もよろしく。
                                  画家 池田邦博さん
    ☆あけましておめでとうございます。今年もよろしくね。
                                  98年SOSデビュー 荒巻直美さん
    ★あけましておめでとうございます。今年は就職活動に頑張ります。
                                  自立チーム 牛島幸恵さん
    ☆あけましておめでとうございます。今年こそは宝くじ当てるぞ。
                                  もやいの大先輩 中川透さん
    ★今年はお金を貯めてマイペースでやっていきます。
                                  自立チーム 杉本亮さん
    ☆あけましておめでとうございます。   今年こそは、地域で自立したいと思います。頑張ります。よろしくね。
                                   自立チーム 堀田裕次郎さん
    ★あけましておめでとうございます。今年もよろしく。
                                  いつも写真を撮ってくれる 大久保和幸さん
    ☆あけましておめでとうございます。今年は結婚したいと思います。よろしくお願いします。
                                  自立チーム 今村広子さん

    新春早々、自立に向けた自立生活プログラムについて話し合い中。ファイト!!


         

    ページ3

    「福祉で町がよみがえる」でいこう!

    -社会構造が変わったんで、これからは福祉サービスに投資をすべきです。

     「福祉で街がよみがえる」という、ショッキングなタイトルで学習会を開きました。
    講師は、大阪の自治研センター永峰さん。公共投資を建設オンリーにした場合と、福祉サービス投資した場合と、 その経済波及効果と雇用効果を、数字化し、具体的に福祉サービスに投資した方が、経済効果も雇用効果も大き く上回ることを証明された方です。この永峰さんの研究は全国的に反響を巻き起こしています。
     今回は、市の職員、福祉施設経営者、市民生活協同組合、教師、市会議員、女性団体などなど、大牟田の街つ くり、それぞれの立場から真摯に取り組んでおられる人たちに集まってもらい、2時間30分にわたり学習が深め られました。
     一昨年は三池閉山。昨年はネイブルランドの閉園と厳しい状況が続いている中、これからの街づくりはどんな 形で進めるのか、市民の目線で考え提起していくことが必要です。福祉サービスを進めた方がいいと思っている 人は多いと思いますが、その根拠を示すのができなかっのです。しかし、永峰さんの研究のおかげで、数字とし て証明ができ堂々と「福祉で街がよみがえる」ということを政策にすることができます。
     人を真ん中にした、福祉サービスを充実させることで、経済の活性化と、雇用を作り出す街づくりを自信をも って進めていきたいと思います。そのためにもこの日集まっていただいた人たちと、この輪を広げていけたらい いなと思います。皆さんお疲れ様でした。

    ページ4

    「ヒューマンライツ」でいこう!

      なにが悲しくて、正月の雰囲気漂う1月10日に、こんな学習会が開かれるのだ。とおもいつつも、それでも集 まるピープルがいることになんだかうれしさを感じたりして、ついつい張り切ってしまった99年ヒューマンライ ツのスタートは「障害者解放の現在・過去・未来」というお堅いタイトルで始まりました。
     古事記やギリシャ神話、今昔物語からネアンデルタール人遺跡からと、障害者の歴史や戦後の福祉の話などが てんこ盛りでありまして、解放運動のおせち料理が並んだ感がありました。まーお正月と言うことでお許しを願っ て話は進みました。
     21世紀に向けた、新しい方向性も提案され、少々、希望も見え始めた気もします。お勉強ばかりじゃね。知識が ひとつ増えたよね、教養一つふえたよね、男一郎ままよとて。の世界ではつまりません。
     自己解放や自己肯定ができたり、心と心がバトルして認識が変わったり関係性が変わったりと、ドラマチックレ インでなければと思います。
    最後に、新春らしく夢の話になりまして、一つの夢が語られました。とにもかくにも、99年のヒューマンライツが スタートしました。ワイワイガヤガヤと議論が沸騰し色々遠慮なく言い合っているうちに、ふと気づいてみると、 なんだか自分がいとおしくなっていたり、他者に対する思いが深まっていたりと、そんなところをめざして、いざ、 錨をあげて、出発です。

    ページ5

    今年もやるぞ。活動報告と予定です。

      12月
            
    •  23日 事務局の反省会と交流会
    •  
    •  24日 施設ピア・カウンセリング
    •  
    •  27日 SOS忘年会 (100名)
    •  
    •  28日 もやい大掃除と仕事納め


    • 1999年

        1月

    •  5日 もやい事務所開き
    •  9日 「福祉で町がよみがえる」実行委員会会議
    • 10日 ヒューマンライツ番外編
              「障害者解放運動の現在・過去・未来」
    • 12日 事務局会議
    • 14日 ピア・カウンセラー会議
    • 16日 「福祉で町が」講演会
    • 19日 事務局会議
    • 22日 ピア・サポート会議
             「もやい・1月号」発行
    •  
    • 26日 事務局会議
    • 27日 九州身体障害者福祉大会
    • 28日 九州身体障害者福祉大会
    • 30日 ハーツヘルパー学習会
    • 31日 福祉セミナー21講演会
             大牟田文化会館午後1時
    • 2月
       
    •  2日 事務局会議

    • ★ ★ 伝言板 ★ ★

        ○月山さんより、今年も電子年賀状をいただきました。賞品付きです。
       ○漠書房は正月明けより急に売り上げがのびてきました。うれしい。
       ○CIL久留米より、「今年もよろしく」との訪問がありました。
       ○もやいには約70通の年賀状やFAXが届きました。みんなありがとう
       ○SOSのホームページも新春バージョンで対応しています。現在までのアクセスは2000件をはるかにこえました。
       ○毎月もやい新聞が読めます。パソコン持ってる方、よろしくね。
       ○12月9日のイベント活動で、ついにもやいのコピーが壊れ、現在修理中です。城崎さんの古いコピー機を借りて代用しています。早くなおれ。
       ○年末には、色んな方からみかんなど差し入れが相次ぎました。一人一人にお礼を言いたいのですが、紙面を借りて心よりお礼を申し上げます。
       ○恵愛園自立チームとSOSの合同チームの事務局会議が8日行われました。今年は自立生活に誰が挑戦するのか楽しみです。

      編集後記
         99年いよいよ始動。読者のみなさん。今年もよろしくお願いします。
         新聞への投稿もお待ちしています。風邪に気をつけてね。
      漫画

1998年12月1日発行

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1988年・・12月号 みんなが心を一つにして取り組んだイベントの報告集です。さらば98。ことしも1年の活動お疲れさま。

世界人権宣言五十周年記念・障害者の日イベント

6通の手紙は500人の心のポストにストーンと落ちた

    イエローサブマリンが流れた
    舞台中央にスライドが写った
     ナレーションが重なった
       スライドが消え
     ナレーションがおわると
    スポットの中に流介君がいた
  一呼吸おくと流介君はしゃべりだした
   一人一人のこころの在処に向けて
いや、それらの遙か向こうに向けてかもしれない
12月9日大牟田文化会館小ホール午後7:00
     1通の手紙が届き始めた
   それが僕らのイベントの始まりだった
       人が真ん中をめざして

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12月9日障害者の日イベント

総力レポートだっちゅうの!!

 キャンプが終わり、日差しのなかに秋の気配が漂うころ。 「障害者の日のイベントなにしようか」。で、今回のイベントがスタートとなりました。色々案は出ますが、今ひ とつぴったりとこない時、障害当事者の意見発表を色んな伝え方でやったら、という意見と音楽の演奏会を合体 させたらということになり、これならいけるということになったのであります。 後に、手紙形式にしたらいいのではないか、あるいは、大牟田高校の吹奏楽部に頼もうか、最後に「花」という詩 を朗読しようとか、アイデアが追加され中身も洗練されていきました。 とにもかくにも、実行委員会が作られ、若い人たちを中心にイベントを自分たちで作りあげる熱気みたいなもの が、渦巻きはじめました。遠いところから偉い人を呼ぶわけでもなく、お金のない中で実行委員会の武器は情熱 とアイデアだけでした。  地元の人たちが作り、障害当事者が出演し思いや夢を語るという、完全手作りのイベントにとまどいや、大変 さがつきまといましたが、時がたつにつれ、イベントの内容の良さがみんなの気持ちを高めさせ、ハードで本当 にきつい作業も、気持ちはルンルン(なつかしい)。募集したボランティアもイベント間近になってどんどん増え 始めました。大牟田高校の全面的協力、色んな団体の協力も相次ぎ雰囲気は盛り上がりました。人が動けば人に 出会う。まさに、多くの人たちの力をもらいと当日を迎えたのであります。流した汗、失った時間は戻らないけ ど、それ以上のなにものかを、僕らは確かに手にしたのではなかったか。それは、目に見えぬものだけに、もっ ともたいせつなもののような気がします。実行委員の皆さん、またやろうね。

☆★大牟田高校吹奏楽部の高度な演奏技術と若さあふれる歌謡ショーのエンターテイメントぶりは、お年寄りか   ら子供たちまでそれはそれは楽しませてくれたのでした。ありがとう大牟田高校。

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トーキングマシーンがそして手話が心に向けて

福岡県大牟田市有名町
            大牟田市 様

◇1通目
  ウルトラマンが好きな流介君が、友達がいっぱいほしいと元気に伝えました。 少し熱があったけど、流介君の思いはきっと届いたと思います。おつかれさま。
★2通目
  26歳の女性の夢が語られました。  つらい過去をはなしたくなかったけど、という言葉はみんな重く受け止めてくれたと思います。 「すてきな恋愛」つかんでくださいね。
◇3通目
  ここに出てくこと、語ること、渡辺さんの勇気が会場に伝わりました。 精神障害者に対する差別偏見に、静かに立ち向かうあなたの姿に共感が広がったと思います。
★4通目
  知的障害を持った雪竹さんの、これまでの生き方と普段の生活の様子がよくわかりました。  とくに、「老化が早い障害なので頭が痛くなってきているし、親の高齢化の心配もあります」という話しは、 耳に残ります。
◇5通目
  手話の美しさや豊かさを、再発見させられたような気がします。僕らの知らない世界である、聴覚障害を持 った人に対する差別がこんな形であるのかと思い知らされました。当事者性の大切さがよくわかりました。
★6通目
  悲しみを越えること、それは自分自身との戦いでもあることがじーんと伝わりました。人にとって一番つら いのは、自分を変える作業だと思います。会場に静かな共感が広がったような気がします。

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12月9日のイベントに寄せる  

参加者の声・こえ・KOE(当日のアンケートより)

  # 1部では、障害を持ちながらがんばってる姿を見て涙が出ました。2部では大牟田高校のすばらしい演奏、日々の 努力がすごいと思います。それから、最後の詩は花にたとえてのすばらしい詩でした。又泣きました。
# 大牟田高校の吹奏楽部には感動。とてもとてもとてもよかった。
# 駐車場のことを考えて欲しかった。
# 障害者の方の深いところの気持ちが聞けて良かったです。またパソコンでコミニュケーションがとれることを 初めてしりました。人権意識をはぐくむとてもよい企画だと思います。
# 音楽がとても楽しかった。フルートの音がきれいでとても楽しかった。
# 来て良かった。6人からのメッセージ心に届きました。
# 今日は「そよ風の贈り物」を見に来れて本当に良かったです。りゅうすけくんが言いたいことがすごくよく伝わ りました。
# 6通の手紙とても心に残りました。
# とてもすばらしい企画でした。障害者の日に心に残る1日でした。せつなくて、哀しくて、2部では楽しくて。 大牟田でも1日 でも早くノーマライゼーションのできる日が来ますように。
# 障害者も健全者もみなに熱くなる中身でした。どちらも励まされ、勇気づけられ、優しさと暖かさに胸がいっ ぱいになりました。
# 手紙を聞いて、人には分からないことがたくさんあることがわかりました。大高の演奏は噂通りご立派でした。
# 子どもと一緒に来ました。子供たちも感じることがあったと思います。音楽を聴く機会がないのでよかったです。 最後の詩もよかった。
# とてもよかつたです。手紙よかったです。最後の花が特に。
# 歌をまねっこするのがたのしかった。楽器を吹くのも上手だった。みんな真剣にやっいて、すごいと思った。
# 来賓挨拶などなくて、すっきりしてていい。
# 障害者の作品展がよかった。折り鶴も絵も。
# 手紙に返事を出そう。

ぺージ5

 スタッフからの手紙だ

反省・感動・愚痴・感想・提案・12/9のヒューマンドラマ。今だからはなせる!

◆演出・舞台・人間、色々勉強させてもらいました。みなさんにありがとう。
          仕事も休み打ち込んだHさん
◇6通の手紙はよかった。みんなの力で6人が喜ぶような返事を出そう。
                         受付のお姉さんのJさん
◆本当に今回は、皆さんお疲れさまでした。みんなのがんばりがイベントの成功につながったと思います。
 楽しかったと終わってみて思いました。みんなみんな本当にありがとう。
                         司会のお姉さんO・Kさん
◇当日は人がたくさん入ってくれてよかった。実行委員会の会議時の司会の人はきつかったと思いますが、今  考えるとそれがよかったのかも。
                         パンフ製作にがんばったOさん
◆初めて参加しましたが、とても楽しく過ごすことができました。また、色んなことが発見できたり、感じるこ  とができたりととても有意義だした。ありがとうございました。                             託児担当のFさん
◇なにも協力できなかったけど、成功して良かったです。初めてこういうすばらしいイベントに参加できてよか  ったし、とても勉強になりました。
                          ガイドヘルパーでがんばるMさん
◆このようなイベントに、スタッフとして関われたことがとてもうれしい。感謝します。イベントの成功がなに  よりうれしい。
              勤務後ネクタイ姿で会議に参加していた姿が印象的な舞台担当のMさん

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☆★活動報告★☆

12月

  • 1日 事務局会議
  •    障害者イベント会議
  •     イベントの用意で、連日事務所の中では作業に取り組みました。
        深夜まで打ち合わせが続いたりと大変でした。特に台本作りは 何度も打ち直したり、時間との戦いでした。
        みんなふらふらになって、いよいよ当日を迎えました。
  • 7日 イベント最終会議
  • 8日 最終リハーサル
  • 9日 イベント実施(500名)
  • 13日 イベント看板撤去
  •     実行委員会反省会
  • 15日 事務局会議
  • 18日 恵愛園クリスマス会
  • 22日 事務局会議
  • 27日 SOS忘年会
  • 28日 もやい大掃除
  • 29日 もやい正月休み
  • 1月

  • 5日 活動開始
  •     事務局会議
  • 10日 ヒューマンライツ
  • 14日 ピア・カウンセリング学習会
  • 19日 事務局会議
  • 22日 ピア・サポート会議


  • ★☆伝言板☆★

    今年も一年間お疲れさま。来年もよろしく

    ・ハンドドークス(手話の学習会)は、本田さんや西山あつこさんの協力で続いています。おつかれさま。
    ・識字の勉強会は、城野さんや久富さんや西山さんが参加して、恵愛園でたのしい勉強が進んでます。お疲れ様
    ・池田邦博さんを支える「ピープル」の活動も3年を越えました。介護者の人たち本当にお疲れさまでした。
     来年もよろしくお願いします。
    ・送迎を担当してもらっている小堺さんや、手伝ってくれてる跡部さん。バイクでもやい一番乗りの瀬戸島さん  はじめ本当に多くの人たちに支えられて活動ができています。なかなか目に見えない部分で応援してくれるす  べての人に、心から今年1年の応援を感謝します。そして、このつたない新聞を読んで下さる皆さんに感謝し  ます。来年もがんばります。

    ◎編集後記◎

     紙面一新で6ヶ月。読者も200名を越えました。来年は、さらに充実させていきたいと思います。
     よい年をお迎え下さいね。


    1998年11月1日発行

    ページ1

    しし座流星群が夜空を横切った日から、やけに星がきれいになったような気がします。
    冬の夜空もすてきです。だけど風邪には気をつけよう。

    変わる・変える・みんな遊びにきてね

    一人からの革命

     「変わる」「変える」これが21世紀に向けてのキーワードのような気がします。 効率ではなく、能率ではなく、競争ではなく、人間が一番という考え方に沿って人間と人間の関係を、あるいは 環境をというふうにキーワードを使いたいものです。「変わる」「変える」のために行動が必要です。
     今回、案浦さんが施設を出て自立生活(1人暮らし)を始めました。
    手に入れた自由と、自由を形作る自己責任と自己決定の必要性で、彼は「変わる」でしょうし、彼の生活や活動が、 彼の住む地域の人たちを「変える」ことと思います。
     恵愛園の自立チームの自立第1号として注目を浴びつつ彼の新しい生活はスタートしました。
    さてさて、クリスマスソングが流れる街角に、車輪の一歩踏み出した彼に、サンタクロースはなにをプレゼント するのでしょうか。

    案浦丈晴

     1973年、次男として糟屋郡で生まれる。重度の先天性脳性小児麻痺。新光園から養護学校。卒業後、別府のリ ハビリセンターに入所。退所後在宅生活を経験。96年に恵愛園に入所。ツインバスケットチームに入り活躍中。
    また、利用者の自立を推進するために作られた自立チームの一員として、自立のための学習や体験を行う。持ち 前の明るさと、礼儀正しさで多くの友人を獲得。しかし、一方では、不安材料に対して落ち込んだりするときも あるが、障害者仲間などに積極的に相談する率直さでなんとか乗り切っている。 夢は「もやい」の活動を通じて学び、いつか福岡で新しいグループをつくること。

    ページ2

    夢は奏でられるか!

    12月9日イベント迫る

     「障害者の日」を知っている人は、障害者でも30%を切ります。うーん残念。障害者の日イベントを始めてやが て10年。今回は「大牟田高校」の応援を受けて規模を大きくしました。  実行委員の人たちが北へ南へ、東へ西へと長渕のひまわりの歌詞のように、今動き回っています。これで少し は「障害者の日」の認知度が上がるかもしれません。さて、いよいよイベントまであとわずかとなりました。障害 当事者の思いを伝える言葉たち。ノーマライゼーションを目指し放たれるメロディーたち。その夢の現実に、一 人でも多くの人に立ってほしいと、心から思います。 チケット販売、そして当日のボランティアの確保に向けて、最後の努力が続けられています。何らかの形で応援 できる人は、連絡をお願いします。  当日、開演のベルが鳴る前に、文化会館小ホールの席にあなたがいることを願っています。

    12月27日(日) SOS忘年会

    東西東西
    経済不況に冷えたピザ,ヒ素入りリストラ商品券。20世紀の世紀末、なんでありの世の中でSOSの一年も、天変 地異の五里霧中。思いの果てにつく息を、誰が名づけたため息と。なんどもため息つきにがら、ふっと気づけば、 この年も、土俵際でありまして、ならば一年泣き笑い、深いため息寄せ合って、ひかる笑顔を寄せ合って、年の 終わりのひと戦、忘年会でござります。
    毎時夜時無理を言い、無理に時間を作らせて、ハードな介護を求めたる、我らの願いを聞き入れて、動いてく れた人々に、陰でささえし支援者に、感謝を込めたお祭りを、心を込めて開きます。みんなの力を寄せあって、 ガイドヘルパー拡充や、支援事業の開設や、配食サービススタートと、手にした成果を確認し、今後の夢を背に 背負い、グラスを高くかかげませう。肩より高くこうべ挙げ、明日にむかっていくために、七重の膝を八重に折 り、忘年会のご参加を、すみからすみまで、ずずずぃーと御願い奉りまする。

    ページ3

    にぎわったぞ、サンアビ祭り!おつかれさま。

     11月14日、15日。いい天気の中、祭りは多くの参加者でにぎわいました。
    「もやい」も、例年通りバザーを出品しました。手作りの品や、カレンダーや本などが結構売れたのであります。
    いつもより人出が多く、とてもにぎやかな祭りとなりました。ガイドヘルパー制度が肢体障害者や、知的障害者 にも拡大されたこともあり、ガイドヘルパーと共に祭りに参加し、ゲームや劇や抽選会。そして、障害者団体や 共同作業所や福祉施設のバザーでのお買い物を楽しんでいる障害者の人が何人もおられました。 とてもいい制度ができたなと実感します。担当の人たち、朝早くから、お疲れさまでした。

    ★「もやい」の新聞読みたい人。読ませたい人がいたら知らせてね。心を込めて送ります。

    いろんな人に、私たちの思いや活動を知ってほしいと思い、新聞を出し始めて10年。10部程度から始まり、 今は200部を越えました。少しづつ内容も豊富になったと思います。もっと楽しく元気な新聞を目指してがん ばりたいと思います。詩・エッセイ・何でもいいから原稿書いて送ってね。よろしく。

    ★福祉のことで、悩みや、知りたいことがあればご連絡くださいね。
     

      もやい新聞を見て相談が何件かありました。今後も、どんなことでも遠慮なく言ってください。連絡があれ ば出向きます。12月議会では福祉の質問をしようと資料とにらめっこの毎日です。 すごく寒くなってきました。身体に気をつけて、心に火をつけて、差別のない福祉の街づくりに、共にがん ばりましょう。

    ページ4

    ぶらり温泉

    夢紀行・6

     誰にも教えたくないのです。心がスーッと淋しくなるとき一人でじわーっと入って、毛穴の中から自分自身の やるせなさを整理したいときに行くんです。 ここは、奥山鹿温泉旅館の内湯。静かなたたずまいの温泉宿の中、顔見知りの人には見せたくない表情でいたい んです。人混みも本当は好きじゃないけど、反面淋しいから人とつながっていたい。  仲間を欲しているのかもしれません。ムンクの様に心に叫びを秘められた方、日常のストレスがちょっとたま ったかなと思う方、介護で少々疲れ気味の方、みんなまとめてめんどうみてくれます。  また、聞いていませんが、聞くまでもないくらい障害者割引も障害者トイレもなく、段差は山あり谷ありなの ですが、いいんです。お湯質も雰囲気も、汚れてしまった心をなごませてくれるんです。言葉での説明はいらな いほどに良いのです。 平山温泉は、美肌効果、アトピーに対する効能もすぐれ、納豆のようにぬるぬるです。シャワーの水も納豆です。 静かな内湯はあなたの思い出のスクリーンをかもし出し、露天風呂ではあきずに空を見上げ、ミストサウナでは 五里夢中の霧があなたの人生を迷わすことでしょう。

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    ◆活動報告◆

    11月

      
  • 3日 福入さん結婚パーティー
  • 7日 市民議会に参加して発信
  • 10日 事務局会議
  •     そよかぜ実行委員会
  • 14日 サンアビ祭り参加
  • 15日 サンアビ祭り参加
  •      吉野の集いバザー出店
  • 17日 事務局会議
  • 19日 ピア・カウンセリング学習会
  • 20日 行政へ要望書(ガイドヘルパー要項の拡大)提出
  • 24日 事務局会議
  •      そよかぜ実行委員会
  • 28日 そよかぜ実行委員会一部打ち合わせ
  • 12月

  • 1日 事務局会議
  •    そよかぜ実行委員会
  • 3日 ピア・カン学習会
  • ☆伝言板☆

      ◎なんとなんと、中小原さんが実に7年ぶりに外泊で「もやい」に訪れてくれました。元気でした。社会的入院  をなくすために、がんばらねばと思います。
     ◎中西さん、1泊2日の熊本ピア・カウンセリング養成講座を受講。うーんいいぞ。
     ◎瀬戸島さん、朝一番のりで、イベント用のяホ応をこなしてくれます。お疲れさまです。
     ◎荒巻直美さんがガイドヘルパーを使って折り紙教室へ。見事な鶴を折りもやいへ持参。よくできてます。
     ◎中川透さん、同じくガイドで福岡美術館へ。「冷泉家の秘宝」はいかがでしたでしょうか。

    ★編集後記★

     師走。教師も走れば、テレビでは松田優作も走る。
     そして、ガイドヘルパーも走る。忙しい季節。風邪に気をつけよう。では、また来月に。

    漫画
    1998年9月1日発行

    ページ1

    夕焼けの美しさ、木々の色の変化、朝の冷気、夜の深さ、雲の形、日差し熱の薄さ、いつの間にか秋。

    シネマで愛して・・・FILM

     「今にもう秋誰もいない海」いきなりロマンチズムが漂う季節となりました。秋は人を深くさせるようです。 こんなときは静かなラブストリーがいいです。
     サーフィン大会の出場を待つ若いカップルに、出場を告げるアナウンスが流れるが、耳が聞こえない二人は聞 き取れず失格になってしまう。そんな印象的なシーンが心に残る「あの夏一番静かな海」。いつも障害者を撮った シネマは、健全者の世界からカメラが回っていてうんざりしますが、無駄な音や音楽や言葉のないこのシネマは 聴覚障害者の世界からカメラが回っています。うーんしかし、何故ビートたけしさんはこんな感性をもっている のでしょうか。12人の陪審員のうちのたった一人の中年の冴えないおじさんが、小さな疑問を提出し死刑確定の 少年の無実を主張し、11人を説得していくのであります。スラム出身の荒れた少年への偏見と、うだるような暑 さの中で早く終わらせたいと思う人たちを相手に、一つ一つ論理積み重ねていく密室劇を私は10代の頃見ました。
     ヘンリーフォンダの悲しげな目と、真理は多数に勝てるというラストシーンは大人になっていろんな場面で思 い出されるのであります。20代になるとヘンリーの息子のピーターフォンダの「イージーライダー」にはまり、ス クリーンという本を買いグラビアを切り取り施設のベットの枕元に張ったのであります。さらに、娘さんのジェ ーンフォンダのベトナム戦争反対に向けて過激な活動にもあこがれてしまいました。ヘンリーフォンダー家には、 お世話になっているのです。「12人の怒れる男」。暗いけどいいシネマです。ヒューマンライツの時、ふとこの映 画が頭をよぎりました。
    シネマではありませんが、アメリカの実話を一つ。田舎の若い夫婦に子供が生まれました。ダウン症でした。
    地域の人々は、そのことを知り誰もがお祝いに行くことをためらっておりました。その近所に、同じダウン症の 青年が住んでいました。彼は、ダウン症の子が生まれた聞いて、小遣いをはたき花を買い、その家を訪れました。 祝福の花束を笑顔で渡すと、両親は彼を抱きしめて喜んだそうです。命の誕生を喜ぶという当たり前の事を成し 遂げることがで出来たのが彼一人だったというのは悲しいもがありますが、その彼は役者です。ダウン症として てくつかの映画に出演しているとのこと。シネマの世界にこんな役者さんがいるのはうれしい限りです。SOSも 「あぶないCP」に続く映画を作りたいものです。

    ページ2

    新しい福祉の風が吹く

    オオムタ福祉セミナー21

     

     新しい風が吹く時がある。時代を吹き抜ける風。その新鮮さとさわやかさが、多くの人に届くときがある。
    今、福祉セミナーの、新しいコンセプトで斬新な取り組みが注目を集めている。いったい「福祉セミナーって何も のだ」。今回は、福祉セミナーに関わっている方にメッセージを書いてもらいました。君は風を感じるか。
     こんにちは。オオムタ福祉セミナー21です。 私たちは、平成8年11月、福祉=くらしの視点から、行政や医療、福祉の現場、ボランティアを含む地域の各 団体などと手を携え、様々な福祉(くらし)問題を市民レベルで考え、情報発信、情報提供をしながら互いに学び あい、誰もが輝いて生きることのできる「優しい社会」への提言をしていこうという基本理念のもと設立しました。
     福祉は、自分らしく生きたいという願いを叶えることであり、生き方に関わることです。そのことは、理想や 雲の上の話ではなく、あなた自身の人生に関わる重大な問題としてとらえてほしいのです。
    これまで「北欧デンマークの福祉に学ぶ」講演会。介護フェスタ。やさしい福祉の街づくりーウォークラリーや、 街つ゜くり講演会など、市民の皆様を対象にした様々な活動を行ってきましたが、今年はもっと身近なところで、 もっと皆様の声を受信しながら、草の根的なネットワークを拡げていきたいと考えています。  何も資格はいりません。私たちの福祉(くらし)を真剣に考えてみたい方、年老いても、障害をもっても、「自 分らしく生きたい」と思う方。「何となくこのままではいけないのではないか」と、不安な方など、こころからご 参加をお待ちしています。

    98年度行事計画

     地域の方々とのより密接なつながりを求め、今年度は下記の行事を予定しています。ご参加をお待ちしています。
    4月〜7月 「やさしい福祉(くらし)のまちづくり体験学習会・記録集」の編集・発行
    8月〜3月 出前福祉セミナー
    10月4日 スポーツ交流会
    11月1日 ウォークラリー交流会
     奇数月に広報紙「せみなぁ通信」発行
    「寝たきり老人のいる国いない国」の著者で、朝日新聞論説委員の大熊由紀子さんの講演会を予定しております。

    大熊由紀子さん講演会

        とき:1月31日
       ところ:大牟田文化会館

    ページ3

    ☆サタデー・ナイト・さおり織りだ

     土曜の夕方、青年の家「なかよし会」のさおり織りが進んでいます。久しぶりに久富さんが遊びに行きました。 秀樹君や直子さんや雅子さんも元気にフィーバーしてました。さおり織りって本当に良いです。みんな来て下さいね。

    ◎首の痛みに耐えながら帰ってきたぞ

     独特のキャラクターが光る久富さん。2次障害ではないかといわれてた首の痛みに耐え、ショートスティも終  了。やや肥えて元気に現場復帰を果たされたのであります。復帰するやいなや、識字など学習会に取り組み始め るなど、精力的。小説家のような顔つきでくわえタバコでワープロに向かうお姿にうっとりしておりました。
    しかし、この3秒後、タバコを膝に落とし飛び上がり、10秒後「あれ、僕の財布は・・」。あーいいな。ほっと します。おかえりなさい。

    ◇福入さんおめでとうございます

     「キャンプ小僧」こと福入さんも、ついに年貢の納め時。
     ついに結婚されます。おめでとうございます。野外の行事や宴会のリーダーとしていつも元気な福入さん。
     結婚後もよろしくね。

    ※荒巻さんもやいデビュー

     荒巻さんが、中川透さんの紹介で週1回木曜日に来られることになりました。いいぞ!
     施設経験もあるのですが、地域の中で生きていきたいという強い意志をもたれた方です。いいぞ!
     松本優子さんや西山小百合さんたちと手芸作品づくりに励まれています。世間話がたのしいといわれています。
    みなさんよろしくね。

    ページ4

    ぶらり温泉

    夢紀行・4

     不思議な夜でした。遠い昔の思い出が沸々とよみがえる様な闇の中を、我々家族は宮崎から人吉と急いでいた。 前日での宮崎でのキャンプ場で管理人の方に、人吉方向でなにか良い温泉はないかと尋ねたところ、人吉で一番 古い「元湯」というところがあるとのこと。人吉城のなかの人吉市役所を正面に見て右へ曲がると、すぐその「元湯」 というのがあった。玄関のオレンジ色の照明が遠くかすむ灯台の明かりのごとく、その古びた温泉をおぼろげに 表していた。中は空いていて男湯は私一人でした。スロープもなければ、障害者トイレもない。段差はあるわけ で、障害者にとっては限りなく不便の有様である。脱衣場から風呂場まで三、四段の段差を降りると、大人二人が 手足を伸ばせばそれっきりくらいの小振りの浴槽である。打ちっ放しコンクリートの壁に、お世辞にもきれいだ とはいえない鏡。シャワーもない、それでも私はゆっくり手足を伸ばし、胃腸に良いとされる、その琥珀色のお 湯を一口飲む。又、一口飲む。ウーム何となく効いてきたみたいだ。しかし、段々妙な気配を感じるようになる。 何かこの温泉は妙だ。そんな私の思考とは別に、隣の女湯では奇妙な山肌に迫る霧のような時間が流れていた。 妻と子どもが入っていると、年の頃は70過ぎの一人のおばあさんが入ってきた。一体の人形を抱きかかえるよう に、そのうち、その老婆は洗面器に湯を張り人形を入れる。まるで大事な我が子を風呂に入れるように。そして 丁寧にその人形の身体をさするように洗う。娘二人は、それまでの楽しい入浴タイムから驚愕タイムへとチェン ジしていた。目を瞠り、口を開け、唖然自失の呈。そのうち妻は「あっ」と声にならない声で叫ぶ。「あの人形は 確か小学生の頃持っていた大事な人形ににている」今は1998年。およそ30年の月日が流れている。「早くお風呂か ら上がろう」娘二人は恐怖におののき今にも泣き出しそうである。妻は意を決して風呂から上がろうとすると、 突然山婆が入ってきた。髪は白く、総逆立っている。尋常な立ち方ではない。妻と子は泣き叫ぶのをこらえなが ら脱衣場へと逃げる。そこはこの世の世界ででもあるかのように人間が番台に座り、テレビニュースが流れてい た。まるで風呂場との間に、何かしらえもいわれぬ不気味な霊空間かメビウスの輪でつながってでもいるようだ。

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    集会のお知らせ

      応援センターの集会は、月1回のペースで開かれています。 今月は19日の土曜日に中央公民館で午後1時30分から開始です。 今回は、10月から市内全域で始まる「ゴミリサイクル」の説明会も兼ねています。 ルールを知って障害者の視点から問題点があれば出し合いましょう。 ゴミリサイクルのことがよく分からない方は来て下さい。清掃部の人が説明します。

    時:9月19日(土)
        13時30分
    所:中央公民館

    10月18日  「おもしか市」のバザーです

     家庭の不要品等ありましたらご協力お願いします。

    商工会議所が毎年やられてる「おもしか市」があります。もやいも毎回参加しています。 昨年から場所が諏訪公園になりました。今年もがんばります。毎回すみませんが、提供出来る物品がありました らお知らせ下さい。よろしくお願いします。連絡は事務所まで。

    ページ6

    ★活動報告★

    8月

  •  1日サマーキャンプ(阿蘇)
  •      全障連全国大会(大阪)
  •  2日 サマーキャンプ阿蘇
  •      全障連全国大会(大阪)
  •  5日 実践交流会
  •  6日 ピースサイクル来も
  •  7日 恵愛園夏祭り
  •      障害者議員ネット(新潟)   
  •  8日障害者議員ネット(新潟)
  •      サマースクール 
  • 10日 ヒューマンライツ1回目
  • 11日 事務局会議
  • 16日 ヒューマンライツ2回目
  • 18日 支援センター会議
  •      事務局会議
  • 21日 ピアカンカウンセリング
  • 22日 サマースクール修了式
  • 23日 ヒューマンライツ3回目
  • 24日 介護保険学習会
  • 25日 県共同作業所会議
  •      事務局会議
  • 28日 ピアカウンセリング
  • 29日 SOS集会
  • 30日 ヒューマンライツ4回目
  • 31日 支援センター会議
  • 9月

  •  1日 事務局会議

  • □伝言板□

    ●毎週木曜日に小浜の荒巻直美さんが来られるようになりました。よろしくね
    ●恵愛園で火事が発生しましたが、利用者や職員も大した被害もなくほっとしました。
    ●ヒューマンライツ5回連続講座が終了。参加者の皆さんお疲れ様。
    ●最近売れ行き不調の獏書房。読書の秋に巻き返しを計ります。宣伝よろしくね。

    ☆編集後記☆

      お元気ですか。物思う秋です。秋の夜長、自分探しの旅へ出るのもいいかも。お金もかからないし。9月号お届けします。

    漫画

    1998年8月1日発行

    ページ1

      みんな元気ですか。夏の活動報告特集です。秋は目の前だ。夏負けせずにね。

    夏光線の中で、僕らは燃え尽きた そう明日のジョーのように 真っ白に

     今年の夏は、特別な夏として長く記憶に残ると思います。ずーっと続いてるキャンプと平行して、夏まつり総踊 りへの参加、その中「仮装パレード」の初参加。さらに、新しい試みとして子供達を対象とした「サマースクー ル」など、いくつもの行事が夏に集中し目の回る忙しさだったのです。
    そのすべてが終了した今、よくやれたなと思います。又、たんにやれただけでなく大きな成果も手にすることが できました。出会いという名の成果は、もちろん他者や団体や地域との出会いという意味ですが、もうひとつの 夏の活動を通じて、変わろうとする自分との出会いも見受けられました。うれしいことです。
     他者と出会い、自分と出会う中で、関係性とであい、社会と出会う。その先に、見えてくるものを僕たちは追 いかけたいと思います。そういう出会いを求めて、一部有志で「ヒューマンライツ」学習会が五回連続で取り組 まれるとのこと。本音でぶつかり合う中で、心を耕す作業に期待したいと思います。
     夏がいこうとしています。なつかしい秋風の中で蜃気楼のように、あのときの暑さのなかで、確かに何らもの か出会ったという、夏の記憶がよみがえる事を期待しつつ、ゆく夏にグッドバイ。

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    人が動けば人に出会う。98サマーキャンプ報告!!

    かくて、阿蘇は僕らの解放区になった

       阿蘇の風に吹かれてきました!! そう、毎年恒例のサマーキャンプです。やっぱり山の空気はうまいっす!
     8月1日〜2日にかけて、97名の大所帯で行ってきました。少し雨に降られたけれど、みんな雨をふっ飛ばしいろいろと楽しんできました。

    ○初参加の人、初めて障害者の介護をした人もいた、戸惑い気味だったけどだんだん溶け込んで賑やかだった。
                                                by/くぼた
    ○阿蘇の風に吹かれて来ませんでした!!今年は用事が重なり参加できませんでしたが、実行委員会のがんばりと、 キャンプ 参加者の感想を聞くと、楽しいキャンプがつくれたんだナーと思います。「ゆっくりしたキャンプで楽 しかった」と障害者の人が言っていました。これはキャンプが成功だと思います。来年は必ず行くぞ。
                                               by/ふさんか君
    ○初めての参加でしたが、ベテランでも初心者でも、差別なく迎え入れてもらい、とてもうれしかったです。
     障害者の人の介護は初体験でしたが、精一杯やることができました。1泊2日のキャンプでしすが、少し短すぎる と思います。せめて、2泊3日にしてもらえませんか。お願いします。
                                              by/ボランティア
    ○ボランティアの人の動きもよかったです。一部で騒ぎすぎてる人たちもいましたが、キャンプだから少し羽目 をはずしてもいいかと思います。
                                               by/ 障害者
    ○車椅子をおしました。楽しかったです。ご飯もおいしかったです。
                                                by/小学生
    ○いつも息子が楽しみにしています。家から出ることが少ないので、キャンプは楽しみの一つになっています。 今回はとても楽しかったようです。これからもずっと続けてほしいと思います。本当にありがとうございます。
                                             by/障害者の親

            汗ばんだ体に吹き寄せる山の風
              心に近づく星座たち
         車椅子の上から落ちる水滴が僕の頭に滴る
            君の汗の落ちる音を聞くとき
            車輪のきしみの音を聞くとき
         黒こげの肉をほおばる君と視線が合うとき
           誰かのギャグにほほえみ合うとき
           朝の冷気の中で挨拶を交わすとき
              いくつかの一瞬に
             共に生きる輝きがみえる
           この一瞬の存在に杯を上げよう
               君が君のままで
               僕が僕のままで
               杯を上げるのだ
            そして差別を飲み干そう
             サマーキャンプ98
         小さな文化がカルデラの中で立ち上がる

     みなさんお疲れ様でした。いろいろ反省点もありますが、ゆったりとしたキャンプができました。
    いい思い出を作ってもらえたと思います。ご協力ありがとうございました。
               キャンプ実行委員会一同

    もやい新聞の読者募集します!

           

     紙面一新したもやい新聞。それなりの評判です。と言うことであの人に送ったらという、こころ あたりがありましたら、お知らせ下さい。すぐ送ります。
      久保田 恵
                            

    市政相談をやっています!

      福祉や教育など、生活に身近な相談があれば気軽にご相談下さい。一緒に悩みながら解決に向けて がんばります。
    市議会議員 おおば和正

    ページ4

    ぶらり温泉・・・弥生の湯の巻

     

     夢紀行3

       温泉に行くのに遠くまで行くのは面倒だ。温泉の種類が少ないからおもしろくない。そんなあなたにピッタリの 場所があります。「もやい」から車で10分少々の所。三井グリーンランドの隣の第3セクターでつぶれたアジア パークの裏にある「弥生の湯」。泉質はアルカリ性単純温泉で、効能はどこでも表示してあるような効能があります
     また、男・女風呂を合わせて15種類もの温泉が楽しめる。たとえば、サウナだけでも、うつむいて汗をした たらせ自分の過去を悔いることができる。遠赤外線サウナ。薄暗い釜風呂では、瞑想の世界にひたれる。アルフ ァインスチームサウナは、人生開き直ってさっぱりする。それから「ここでは泳ぐな」と書いてある運動浴では、 悪ガキどもが泳ぐのを押しのけ、叱りつけ、歩行訓練ができる。ちなみに私の滞在時間は2時間でした。
     あとはね。玄関はスロープがついていて脱衣場までは車椅子でいけますが、その後はやっぱり介助が必要です。
    車椅子トイレはありません。
    まずはご自分の目で身体でおためしあれ。中は広々として人が多くても大丈夫です。

    ページ5

    夏の障害者の甲子園・・・西から北からのレポートです

    ◆全障連全国大会 8月1日/2日・・大阪

     500人を越える参加者の熱気の中で初日の全体会が始まりました。元全国青い芝代表の横田弘さんを始め、 関西大学教授の大谷強さんなどを中心に各パネラーが、戦後の障害者運動の総括と今後の障害者解放運動の方向 性を探る議論を行いました。未来を作っていくためには過去にさかのぼる必要性を痛感しました。
     翌日の分科会は「総合教育」と「精神障害者施策」と「差別の単純化を問う」3つの分科会がもたれました。
    精神障害者施策は、精神障害者自身から問題提起が出され、人権に取り組む弁護士や支援者などからも提起がさ れ、根強い精神障害者差別の状況が見えてきました。
     「差別の単純化を問う」にも参加しました。知的障害者のえん罪などを中心に、朝日新聞の女性記者などから問 題提起がされました。会場にはベットに寝たまま人工呼吸器をつけた女性の障害児が2名こられていました。
    人工呼吸器をつけたまま、自立生活を送る一人の女性が仲間の人たちに呼びかけてグループができたという話は 聞いてましたが、頼もしい限りです。ここにきていた障害児たちは人工呼吸器をつけたま、普通校への就学を戦 っているとの事でした。

    ☆障害者の政治参加をすすめる

    全国ネットワーク・8月8/9日・新潟

     地元新潟の障害者の人たちのがんばりと、ボランティアの協力で2日間にわたって徹底的に「介護保険」につい て論議をしました。
     今回の参議院選挙で当選された、全盲の堀利和さんや、昨年熊本の県議員になられた車椅子の平野みどりさん 始め、全国から集まった議員や障害者運動の代表たちで、新潟も熱気に包まれました。介護保険は、高齢者だけ の問題ではないこと。2002年位には、障害者もその中に入れていくための輪郭が決まり、2005年には、 実施ということになるようです。そうなれば、障害者の自立生活に決定的に影響を及ぼします。
     そういう情報をつかんでいた私たちは、前回も介護保険について大牟田大会で論議をしたのですが、今回はさ らに問題を掘り下げて徹底討論をやりました。
     結論としては、11月にもネットワークで厚生大臣と会い、障害者の自立生活の視点から何点かの要望をする 事としました。
    SOSとしては24日には有志で学習会を行います。希望者はどうぞ。楽しく分かる学習会を目標にしています。

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    活動報告

    7月

  • 1日 デンマークの福祉学習会
  •  2日 支援センター会議
  •  7日 事務局会議
  • 10日 ピア・カウンセリング
  • 13日 大養の保護者の方来訪
  • 14日 キャンプ実行委員会
  • 21日 事務局会議
  • 23日 サマースクール陶芸教室
  • 25日 サマースクール手芸教室
  • 26日 夏祭り総踊りへ参加
  •     仮装パレードに参加
  • 28日 支援センター会議
  • 29日 市同研「交流実践会」打ち合わせ会議出席
  • 30日 サマースクール陶芸教室2
  • 8月

  •  1日 全国障害者運動全国大会に参加
  •     サマーキャンプ
  •  2日 同上
  •  5日 実践交流会に出席
  •  6日 ピースサイクルのみなさん来訪
  •  7日 恵愛園夏祭りに参加
  •  8日 障害者議員ネットワーク全国大会に参加
  • 10日 ヒューマンライツ(1)

  • この新聞の7月号の音声テープが完成しています。希望される人はご連絡をおねがいね。

    ◎暑い夏、毎年やってくる平和の使徒。ピースサイクルのおじさんたちです。なんと宣伝カーから「友よ夜明け前の闇に中に」のメロディーが流れており思わず涙。一休みした後、長崎目指して出発。もやいの「香り猫」を買ってそれを自転車にくくりつけ、もやいの代表として連れて行ってくれました。ありがとう。

    ★伝言板

     □98年恵愛まつりが9月15日になりました。もやいも出店します。来て下さいね。
    ■介護保険の学習会をやります。関心のある人来てね。
     8月24日13時30分中央公民館の和室でやります。
    □久富宏二さんは、体調不良のため恵愛園ショートスティ中。8月いっぱいの予定。
    ■野口妙子さん退院。なつかしい人が帰ってきました。おめでとう。

    ◇◆編集後記◆◇

     かんざしのようなサルスベリの花を揺らしながら、吹いてくる風に少し秋の気配を感じられるようになってた きました。しかし、まだまだ暑いです。夏バテしてませんか?秋までもう少しがんばりましょう。

    漫画

    1998年7月1日発行

    ページ1

     夏夏夏夏ココナッツ〜♪いい汗かいてますかー!。今年も総踊りやるぞー。よろしくね。
                                      

    ♪巡る巡るよ時代は巡る 喜び悲しみ繰り返し〜♪

     介護保険なるものが、2000年4月からスタートします。高齢者の介護をこれでまかなっていくわけです。 これには65歳以下の障害者は入っていませんが、2005年位には、障害者もこのこの介護保険に入るようで す。介護保険が始まったら、財政が厳しい大牟田はどうなるの?と心配になります。お金の部分を計算してみま した。介護保険が始まっても市の支出は増えません。逆に収入は大きく増えます。大切なのは、この増えた収入 を介護保険の特別会計に入れて、福祉サービスの充実にきちんと使っていくことです。ここはすごく大切な事な ので、皆さん目を光らして下さいね。  福祉の構造改革が進んでいます。来年の国会で決まると思いますが、その内容は、福祉の改革に近いです。 「措置制度」から、「利用者の選択」へと、福祉に対する基本的な部分が変わります。今まで、行政が施設や住宅サ ービスを「措置」していましたが、それを個人的に利用者とサービス提供者の契約に変えることになります。 このことによって、福祉サービスの充実と、一部に見られる社会福祉法人の不正や障害者虐待の問題をなくして いこうとするものです。また、いろんな団体が社会福祉法人をつくりやすくして、サービスの競争をやらせよう という目的もふあります。  ウーン、介護保険といい、福祉の構造改革といい、21世紀は否応なしに制度が変わります。物事が大きく変 わるときに大切なことは、その改革を見ていくことだと思います。僕らの手にした「人権」と「共生」という名の物 差しを突きつけて、今後の改革に備えたいものです。  中島みゆきを口ずさみながら21世紀に向かいましょうか!。      

    ページ2

    98/夏 障害者と健全者の交流サマーキャンプ

    世界最大のカルデラの中で君と出会おう

          

     8月1/2日のキャンプ場情報をお伝えします!

                               98キャンプ実行委員会下見班一同

     6月28日、下見班はもやいへ集合。お茶を飲みつつミーティング。「おいしいねこのお茶」などと言いつつ入 念に打ち合わせ。そしてリフトバスで出発。阿蘇は雨でした。しかしながら、キャンプ場を隅から隅まで完全チ ェック。障害者トイレを2ヵ所発見。テントも何人寝れるか、調理場は使いやすいか。雨の場合は避難場所は取 れるのか。けがをしたり、具合が悪くなったときの病院との連携は等、何点ものチェックをやりました。
     結論としては、とても使いやすいキャンプ場だというのが大まかな感想です。さすがに阿蘇は空気がおいしく 心が解放される気がします。例年のキャンプと違ってゆっくりと自由時間をとって、自然を抱きしめてほしいな と思います。また、キャンプ場には貸し自転車やいろんな遊びが出来るところがありまして、遊びを通じて交流 が深まるのではと思います。
    子供からお年寄りまで参加してもらって、楽しいキャンプが出来る予感がしたのであります。

    ページ3

     お楽しみは、なんとキャンプ場の隣に温泉があります。なぜだ!よくわからないけど、うれしい。しかも重度 障害者用の配慮(室料1000円割り勘にすれば安いよ)がされていて、車椅子ごと入れたりと、なかなかの温泉なの です。露天風呂もあります。
     当日は全員お風呂の用意を忘れずにね。入浴料金は大人400円です。安い! 風呂は自己負担でおねがいね。 入る方は少々現金を持ってきてくださいね。
     実行委員会では楽しいキャンプ目指してがんばっています。皆さんの参加を心からお待ちしています。
                       下見班:有松由里子・高橋 力・福入 靖・沖中久美子・平田聖子

    ☆福祉情報

     ■今年度より福祉タクシーのチケット(年間24枚・初乗り料金が無料になります)が、聴覚障害者も利用でき るようになりました。どうぞ、ご利用ください。
      問い合わせと申請は・福祉課 40−2663

     ■知的障害者の社会参加事業の予算が組まれ、育成会と地域福祉を考える会の皆さんたちが、市内全域の知的 障害者の社会参加事業と知的障害者のボランティア養成講座にそれぞれ取り組まれています。

     ■老人ホームの市条例の中の入所要項に伝染病を持つ人と共に精神障害者の入所も出来ないとなっていました が、精神障害者の部分が削除されました。精神障害者に対する偏見は根強くまだいろんな条項に差別がある と思います。点検していきたいと思います。

    ◎もやい新聞の読者募集します!
                 

    紙面一新したもやい新聞それなりの評判です。と云うことであの人にも送ったらという、こころあたりがありましたら、 知らせてください。すぐ送ります。
                                               連絡先:もやい (пEfax56−9142)
       

    市政相談をやってます!

    福祉や教育など、生活に身近な相談があれば気軽にご相談くださいね。一緒に悩みながら解決に向けて がんばります。
                                                市議会議員 おおば和正

    ページ4

    障害者の地域自立を応援する

    障害者生活支援事業を丸かじり

     10月スタートの事業メニューを聞きました

    10月から始まるこの事業。どんな事業なのか調べました。障害者の自立の味方「生活支援センター」の明日はどっちだ

    こんなサービスがあるそうです

    ○ピア・カウンセリング
      障害者自身がカウンセラーになり、障害者の悩みや問題について話を聞き共に考えアドバイスをします。
    ○総合相談
      公的な福祉サービスの情報提供をしたり、その手続きのお手伝いをします。
    ○自立生活プログラム
      障害者が地域自立をするために、その人にあったプログラムをつくって応援します。
    ○ホームヘルパー派遣
      身体・知的障害のある人に、家事援助、身体介護のホームヘルパーを派遣します。
    ○ガイドヘルパー派遣
      知的、視覚、身体に障害があり外出が一人で困難な人に、外出の応援をするガイドヘルパーを派遣します。

     障害者長期行動計画の中でもあがっていた、支援センターが始まりました。障害者の自立に向けて大きな前進 と思います。さらに、知的障害や精神障害の支援事業も早く始めてほしいと思います。
     この3つの事業が、地域の中で一緒にやれたら地域福祉もずいぶん進むと思います。今後長期行動計画の実施 計画がたてられていくとゆうことなので、その点を主張したいと思います。
     障害者当事者や、保護者の人たちが気軽に相談できたり、訪れたりでかる気さくなセンターでおってほしいと 思います。詳しいことはまだ決まっていないようですが、わかる範囲内で支援センターのことを書きした。
     みんなで期待をもって待ちましょう。

    ページ5

    ぶらり温泉・・夢紀行U

    ご好評に答えさすらいの温泉マンが贈る第2弾。 アイラブ湯ーに湯ラブミーあなたのお名前なんてーの!トニー谷かおまえは!

     ♪夏がくれば思い出す はるかな温泉 高森温泉館♪
    私がこの温泉に浸ったのは、昨年の夏。2泊3日の家庭奉公キャンプの最終日、帰路の途中であった。
    疲労、充血した眼中に飛び込んだ高森温泉館の看板は、まるで人生砂漠の中のオアシスを発見したかのごとく、 フラフラ〜ッと私を無意識のうちに入館させました。
     まぁ、ここの特色といえば温泉から眺望できる阿蘇。根子岳の素晴らしさであろう。アルカリ性単純泉の湯と この阿蘇ならではのロケーションは、心身ともにほっとさせるのでは。
     造りとしては、大浴場、低温湯、サウナ、露天風呂、その横に歩行浴場(悪ガキ共が泳ぎまくって歩行どころで はない)等々がある。それにすべてのお風呂には、手すりがつけられているとのことです。
     また、これらとは別に、スロープ付きの小浴場があり本当か嘘か知りませんが、車椅子の人が利用しやすいそ うです。この高森温泉館のすぐ近くにあるキャンプ場が、今年のサマーキャンプの場所とのこと。ぜひ、ぜひ皆 様、キャンプに参加されまして、ご自分の目と心で温泉を味わって、湯っくりした時間を過ごされて下さい。

    ページ6

    △▼活動報告△▼

    6月

  • 4日 「サマースクールもやい」に向けての会議
  •      キャンプ実委2回目
  • 6日 ハンドトークス
  • 9日 事務局会議
  • 12日 福祉の学習会
  •      支援センターの会議
  • 13日 「銀河スティーション」の開設のお祝いに参加しました。
  •      応援センターの6月集会
  • 16日 事務局会議
  • 21日 瀬戸島さんといくビアガーデン(希望者のみ)
  • 23日 事務局会議
  • 26日 ピア・カウンセリング
  •       ピア・カウンセリング学習会で初めてテストをやりました。
          市同研会議
  • 30日 事務局会議
  • 7月

  •   1日 デンマークの福祉講演会
  •  2日 支援センター会議
  •  7日 事務局会議
  • 10日 ピア・カウンセリング
  • 12日 お楽しみレクレーションがサンアビであります。

  •   ※この新聞の6月号の音声テープが完成しています。希望される人はご連絡をおねがいね。

    ☆伝言板☆

    ■応援センターのホームページが完成。世界に向けて情報発信中です。障害児のお父さんや、いろんな方からメ ッセージも寄せられています。
    ■「やさしい福祉の街づくり」記録集が完成しています。見たい方はご連絡を。
    ■そよ風のように街に出よう59号が入荷しました。700円、希望者はご連絡を。
    ■みんさん夏風邪にご用心!

    ※編集後記※

     今回はお休みでーす。

    漫画
    1998年6月1日発行

    ページ1

    みなさんお元気ですか。紙面一新しました。意見・感想・批判お待ちしています。
                                       

     ○シネマで愛して

     テレビが家にやってきた時、僕のヒーローはなぜか「ペリーメイスン」と「スーパーマン」だった。特にスーパー マンの千里眼とマントにはあこがれてました。ヒーローは時代を超えてシネマで復活しクリストファ・リーブス がかっこよく演じておりました。そのリーブスが落馬し重度の頸椎損傷の障害者となったとき、うちひしがれ奥 さんに生命維持装置をはずすように頼みます。そのときの奥さんの言葉「あなたはあなた何もかわつていません」 生命維持装置を外さず手をにぎりしめたのでした。
     ダウン症の人が主役を張る「8日間」は誰も真似できない心が温かくなる演技、嫌らしさがなくすーっと感情移 入ができるのであります。なぜだろうと思っていたら、ストーリーと演技に嘘がないのだと納得しました。
    ハリウッドの対極にある地味な映画ではあるのですが、サングラスをかける、外すといった何気ないシーンの中 で、大げさに言えば社会のありようを一瞬に切り取るところなど映画の力を感じたのでした。家族の葛藤もさり げなくでてくるのですが、主人公の笑顔と社会とのきしみのおもしろさが、せつなささえもいやしてくれてイギ リス映画の奥深さを堪能しました。
     なぜかよくわからないけど、見直したい映画ってありますよね。落ち込んだとき、音楽とラストシーンが脳裏 を駆けめぐる映画。「カッコウの巣の上で」精神障害者を主人公にしたこの映画のラストシーン。ガラスが破られ 自由の大地にかけていく男が一人。古い映画ではありますが、忘れられないのであります。
                                               

    ページ2

         福祉マップ特別探検団が行く!

    広い、広ーい。セキアヒルズ

     セキアの噂は聞いておりましたが、今回、思い切って探検して参りました。「ひろーい」と言うのが第一印象で す。日本一のリゾート施設とパワーセンターがこんな所にできるとはびっくりです。
     ホテルも大きくて、満杯状態です。トイレは障害者用が1階にありました。全体的に、お店の入り口は段差が なくて便利です。私たちが行ったときはデイサービスの高齢者の社会参加もこういう形でやってもらいたいもの です。ナイキの前の車椅子のおばあちゃん。絵になります。各店の駐車場には車椅子用のマーク。ほっとします。
     だいたい、標準的なバリアフリーの整備はできているな、という感じです。が、階段に手すりがないのはどう したことでしょう。実害もでているようです。それと、視力障害者への配慮は見受けられません。等々、気にな る点も大いにあるのです。それは、障害者や高齢者がどんどん出ていって、少しずつ変えていかなくてはいけな いと思います。
     まだ、100%完成したわけではなく、これからもっと充実していくとのこと、ともあれ、この不景気の中しっか りと消費者の立場にたって、がんばっていってほしいと思います。その消費者の中には障害者も高齢者もいるの だからと言うことを忘れずにと、願いながら広いセキアヒルズを後にしたのでありました。

    ページ3

    ●知って得する福祉情報

    ☆10月1日・・ついに障害者配食サービス50食スタート

     高齢者用の「配食サービス」(自分で食事を作るのが困難な人に、月曜から金曜日まで、1食400円程度で自宅ま で届けるサービス)はありましたが、障害者用にはありませんでした。しかし、今年10月から50食分の障害者へ の「配食サービス」がついにスタートします。400円で自宅まで温かい食事が届きます。さらに、安否の確認にも なります。「本物の福祉」に向けて一歩前進です。必要な方は積極的に申し込んで下さい。
    社会福祉協議会が窓口になります。  

    ◆障害者は歯が命!

     「あつさか歯科」では、障害者や高齢者の歯科治療のため、バリアフリーの診察室を完成させました。車椅子の まま治療ができます。外出困難な方には、「訪問歯科治療」もOK。本当に助かります。先日もやいに阿津坂先生が 来られました。皆さん、どうぞご利用ください。

    ページ4

     特別な場所ではなく、地域の中で生きたいという、私たちの願いは高齢者の人たちでもおなじなんだなと思い ます。大牟田で始まった「宅老所」は、そんな思いを現実する試みと思います。注目したいし応援したいと思いま す。そのスタッフの一人の田中さんに文章を書いてもらいました。

    ぼけても、障害をもっても地域の中で!  

    大牟田発 「宅老所」 スタートへ

    住み慣れた町で暮らして行くために

      福祉関係の雑誌に福岡の「宅老所・よりあい」の記事が載っていた。老いの居場所の現状に限界を感じた3人の 女性が始めた宅老所。早速見学に行き、生活のにおいがする方法に感動する。どんなに高齢になっても、ぼけや 障害が重くても、住み慣れなれた町で馴染みの顔や、思い出の品に囲まれて、のんびりゆったり暮らし続けたい。 特別なことではなく、誰もが思うささやかで、ごく当たり前の願いです。
     「よりあい」のその試みを目の前し、「大牟田にもあつたらいいね」から、「大牟田に造ろうよ」という思いだけで 走り出してから3年。開所が目の前になった。口コミで賛同者を募り、自由に改造してもいいよと言ってくれる 借家を探し給料なんておぼつかないが、やる気いっぱいの運営スタップに巡り会い、「宅老所をつくる会」が発足 した。赤字覚悟で改築工事をやってくれてる公務店。それを手伝うつくる会の仲間。改築資金をカンパしてくれ る人。開所のために家具などの物品を提供してくれる人。仲間づくり、面倒な手続き資金確保など大変なことば かり、最初から問題を考えれば一歩も進めなくなる。素人集団の浅はかさと、知らない強みで走り出している。 様々な人たちが、それぞれできる範囲で関わり、一人一人の力は小さいが、集まればできあがっていくのを、目 のあたりにしました。
     黙っていても何も変わらない、声をあげてもなかなか変わらない、だったら自ら動きだそう。もっと多くの人 に関わってほしい。ぼや障害があっても、人として尊厳され安心して生活できる家。住民参加の町づくりの核と なり、地域に開かれたミニ介護ホームを私たちの手で実現させるために。
     本当に大変なのはこれからです。支援の程よろしくお願いします。

    ページ5

    ☆ぶらり温泉・・・夢紀行1

     以前は、温泉に行くことなど私の生活や趣味の範疇ではありませんでした。ここ数年前からの体の疲れと、3 人「かしまし娘」との同居等による、神経の衰弱により頻繁と出かけるようになりました。これが行き出すと、今 現在の年齢と相まって、しみじみといいのであります。加えて、最近の温泉ブームとやらで、あちこちに新しい 場が立っている。かくして、家庭サービスと称して温泉の入り口までは一緒に、それから先は一人男湯にどっぷ りつかり、悦に入る次第です。
     今日から始まる「温泉夢紀行」。第1回目は何となく「八女ベンガラ村」です。
    この温泉の特徴は何と言っても「八女茶風呂」でしょう。緑色の湯船に身体を沈めると、あら不思議。それまでの 神経のいらだちが「フーッ」と抜けるのです。ただし風呂のスペースが2〜3人分くらいの広さしかないので、隙 あらばさっと入って手足を伸ばし独り占めすることをおすすめします。
     大浴場は広い方でしょう。しかし、天井が高くスペースがゆったりしているので気分がいい。他にサウナ・ハ ーブ湯・露天風呂とあるが、変わったところでは木の桶風呂がある。ここの温泉は2階にあるが、エレペーター が完備し、木の桶風呂以外は少々の段差があるくらいです。それでも、介助者さんがいた方が良いのでは。
     なお、これとは別に身障者の方が利用しやすい、スロープ付きの「天恵風呂」というのもありそうな。
    りつかり、悦に入る次第です。
     今日から始まる「温泉夢紀行」。第1回目は何となく「八女ベンガラ村」です。
    この温泉の特徴は何と言っても「八女茶風呂」でしょう。緑色の湯船に身体を沈めると、あら不思議。それまでの 神経のいらだちが「フーッ」と抜けるのです。ただし風呂のスペースが2〜3人分くらいの広さしかないので、隙 あらばさっと入って手足を伸ばし独り占めすることをおすすめします。
     大浴場は広い方でしょう。しかし、天井が高くスペースがゆったりしているので気分がいい。他にサウナ・ハ ーブ湯・露天風呂とあるが、変わったところでは木の桶風呂がある。ここの温泉は2階にあるが、エレペーター が完備し、木の桶風呂以外は少々の段差があるくらいです。それでも、介助者さんがいた方が良いのでは。
     なお、これとは別に身障者の方が利用しやすい、スロープ付きの「天恵風呂」というのもありそうな。

    ページ6

    ◆活動報告と予定

    5月

  •  6日 合同の自立チームの取り組みをしました
  •  8日 ピア・カウンセリング
  • 10日 バザー(荒尾に初めて進出しました)
  • 12日 自立チーム取り組み(今年度の方針を決めました)
  • 14日 サマースクール・もやいに向けて関係者で初めての会議をもちました。
  • 16日 新聞の編集会議を開きました
  • 19日 事務局会議(色々夏の行事が立て込んできたので少し整理をしました)
  • 20日 木村ケイさんの出版記念式典がありましたので、何人か参加してきました。
  • 22日 ピア・カウンセリング学習会を行いました
  • 24日 川原畑純さんのお父さんが亡くなられました。お葬式に出席しました。
  • 26日 事務局会議(いろんな動きの役割を決めました)
  • 30日 人権フェスタに参加しました。
  • 31日 自立チームで、ウォークラリーを行いました。

  • 6月

  •  2日 事務局会議
  •  4日 サマースクール会議
  •      サマーキャンプ会議
  •  6日 ハンドトークス
  •  7日 ふれあい卓球大会
  •  9日 事務局会議


  •   【サマースクール・もやい:参加申し込み受付開始!】

       小学生を対象にした、障害者とふれあいながら「作品」をつくるきかくです。

    ★陶芸教室
    7月23日・30日 13:30〜
    中央公民館にて 参加費1人1200円
     ・花瓶やマグカップをつくります
     ・当日汚れていい服装(タオル持参)
     ・保護者の参加も出来ます
            
    ★手芸教室
    7月25日・8月8日 13:30
    中央公民館にて 参加費1人1200円
     ・さおり織り・キーホルダー・ポプリマス
     ・コット(各自、裁縫道具持参)
     ・低学年は保護者付き添いも出来ます

         ※サマースクール修了式を8月22日13:30より中央公民館で行います。
      作品の引き渡しはその日におこないますので、必ずご出席お願いします。
                         問い合わせ:「共同作業所もやい」事務局 

    ◎編集後記

      みなさん元気ですか。いろんな行事や取り組みを少ないスタッフでやってます。
      みなさん事務所の近くに来たら顔を出してね。少し手伝ってもらえら、最高です。
      では、来月号を期待してくださいね。


    漫画
    1998年4月1日発行

    ページ1

    みなさん新年度です。これから企画が目白押しです。よろしくね。
                              

     障害者生活支援センターは希望の学習の場ではないのかな

     「桜の苗が大きく育つ頃僕らはみんな大人になるんだ」
    古い古いテレビドラマ「記念樹」の歌詞が、桜をみると鮮やかによみがえってしまいます。雨にたたられ続けた花 見も、今年は甘木山の山頂に見事に咲き揃い、暖かで緩やかな桜の時間が50人を越える参加者で共有出来たの でありました。
     今年「障害者生活支援センター」という苗が大牟田の地に植えられようとしています。この事業は、障害者の地 域での自立を支援する相談事業ですが、さらに、署名活動で市に要求した「ガイドヘルパー」や「介護人派遣」など もこの中に委託され、市内全域の障害者の自立を推進します。
     長い間の差別偏見の中で、あきらめと、ため息を友に、絶望を学習し、その責を自己の障害に帰していくとい う、相変わらずの道から脱出し、障害者の自立の道を切り開いていくきっかけを作っていく「支援センター」の活 動は、1点の人権侵害も許さない、希望の学習の場でもあるのかなという気がします。
     「支援センターの苗が大きく育つ頃僕らはみんな自立をするんだ」と、来年は桜を見ながら口ずさんでいるのか な。満開の桜の下での幻想に終わらないように、関係者の奮起と、後方支援の盛り上がりを期待しています。

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     ★障害者福祉のビックバンが始まりつつあります。

     

      厚生省分科会が中間報告 99年度めどに法見直しか

    【地域生活支援】

    施設中心から障害者から地域で暮らせるように訪問介護事業の充実が強く出されています。家  族負担軽減としてショートステイ、作業所や学校への送迎などのサービスを弾力的に行うとなっています。又、  精神障害者喚起で訪問入浴や、ホームヘルパーの派遣。さらに、常時介護を必要とする重度・重複の知的障害  者を受け入れる新しいタイプの施設や、レスパイトサービスなど夜間介護などが盛り込まれています。障害者  の人権擁護の面では、障害者が各種の資格を取得する祭のネットになっている「欠格条項」の見直しが入ってま  す。又、知的障害者への人権侵害に対応するため、相談事業の充実など障害者の苦情を受け付ける機関の創設  (障害者110番)が唱われています。

    【感 想】

     大きな流れとして、1、今までの「措置制度」から利用者本意の福祉(気をつけないと自助努力が強調さ  れすぎています)。2,市町村に福祉サービス決定権限をすべて任せる。この2つがあります。結論的にいうと、  その町その町で福祉サービスをやりなさいということになります。今まで施設では一人入れれば必ず措置費が  きてましたが、されをなくさないと施設が悪いことをしたり、障害者へのサービスに手抜きを続けたりすると  ころが減らないというのが理由になっています。福祉が大きく変わろうとしています。運動の側がしっかりす  ればいい制度が作れるし、そうじゃなければ福祉が後退していきます。この状況をプラス思考で受け止めて、  精神・知的・身体一緒になって、地域生活ができる「大牟田のシステム」をつくりあげていきたいと思います。
      この中間報告は、99年度をめどに「法改正」をされるようです。「介護保険」も目前に迫る中で、いま、確か  に福祉の仕組みが基本から変わる時代です。さらに、土木工事による公共事業から福祉による公共事業へ転換  で、この大牟田がよみがえることも可能な時代となりました。土木か福祉か。物か人か。隔離か共生か。多く  の人に問いかけ、福祉に対する誤解偏見を解くことが重要な時代となりました。

     今年の夏は燃え尽きそう!

    ■サマースクールもやい

      障害者とふれあいながら、なんと猫の香り袋・焼き物・さおり織りなど、夏休みの宿題ができてしまうぞ。
      うーん、福祉と宿題と合体だ。中央公民館の協力で7月末から計4回の講座を準備中です。小学生集まれ。

    ■夏祭り総踊りに向けて、「もやい踊り隊」をつくります

      緑ちゃんの「それ、それ、それ、それ」と秀島さんの元気な元気なリアクションがいまだに夢の中にでてくる のであります。昨年から始まった総踊り、今年もやります。やるからには派手に踊ってやる!こうなったら 死んでやる!まあ、そこまで言うこともないのですが、元気に祭りをエンジョイしたいと思います。みなさん 今から時間をあけといてね。7月26日です。詳しいことは新聞で又伝えます。

    ■阿蘇の風が君を変える!第10回 応援センターキャンプ

      8月1日〜2日 阿蘇国民休暇村 障害者もいける温泉まで歩いて1分
                  障害者用トイレも2つあります。
                実行委員会をまもなく作ります。よろしくね。


      ※くっくっくっ・・・と、まだまだ笑いがとまりません。当たってしまったリフトバス。5年かかったので後1年ぐらい笑っとこうと思います。さて、そのリフトバス。ついに定期運行開始であります。月曜から金曜まで  朝は10時に「もやい」着。帰りは4時から5時の間に出発。ルールは1つ前日の3時までに「もやい」まで連絡す  ること。以上です。小堺さんが運転してくれるようになりました。障害者の人使ってね。何だか養護学校のス  クールバス状態ですが、乗り心地はなかなか良いのです。

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    ☆★活動報告☆★

    3月

  • 21日 諏訪公園でバザーをやりました。 
    おかげさまで過去最高の売り上げがありました。
    不要品をカンパしてくれたみなさん。ありがとうございました。今後もよろしくお願いします。
    また、当日の参加者のみなさんお疲れさまでした。
  • 27日 「第2回ピア・カウンセリング学習会」
  •      障害者のコミニュケーションや自己認知等、中央公民館で12名の参加でした。
  • 30日 事務局会議
  • 4月

  •  4日 花 見
  •      甘木山にて50名の参加でした。なかなか弁当の評判がよかったようです。
  •  7日 事務局会議
  • 10日 自立マップ作成会議
  • 11日 ハンドトークス
  • 14日 合同自立チーム取り組み
  •      今年度の目標設定と個人目標設定と自己認知と他者認知について
  • 17日 自立マップ制作会議
  • 18日 恵愛園15周年記念事業に参加
  • 21日 事務局会議


  • ◇編集後記◇

      「ごく普通の子が」とマスコミが言います。障害者にとって、この普通という言葉ほど気をつけなければいけな いものはありません。確かに普通という感覚は存在していて、その最大公約としての「普通」がこの世を支配して います。多様化しているように見えて、画一化しているこの社会。どうすれば周囲から気に入られ波風が立たな いかが透けて見える社会。そのことにいらいらを多くの人が感じている時代。だが、イライラしている人たちは 頭だけで先を見ているのではないでしょうか。体で見ると又物事は違って見えてきます。胎内に宿った新しい生 命、それが障害を有するかどうか、今100%判定できます。そして、親の100%が堕ろします。これは頭で  考えたことです。だが、障害児を育てた親の80%は「産んで良かった。思いもしなかった価値観に出会った」と 言います。これは体で考えたこと。今の若い人にこの事実の違いを伝えたいと思います。先が透けて見えている ような社会ですが、不思議なことがいっぱいあるのです。こんな時代だから、障害者と歩んでみてほしい。体が 何かを感じるはずです。それにしても、普通を振り回すマスコミは普通じゃないですよね。ウーン郷ひろみもし かり。なーんちゃって!


    1998年2月1日発行

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     ♪♪春はまだかと古い友だちに聞いてみろ♪・・・と浜ちゃんが唄っております。
      答えてあげよう! 「もうすぐそこまで来てるバイ」

    ピア・カウンセリング学習会やってます!

     去年からスタートした「ピア・カウンセリング学習会」は、養成講座を終了した人も、初めての人も参加して続 いています。1970年代に、アメリカの「自立生活センター」り障害者たちが、自立を目指す後輩の障害者のために 始めたピア・カウンセリング。1986年頃からアメリカに行って勉強してきた日本の障害者たちが、リーダーにな って全国各地で「養成講座」を開き、仲間を増やしています。
    今では、行政の委託を受けて「仕事」として障害者カウンセラーが働いています。障害者故に、自分はだめな人 間なのだと思い込まされてきた自分自身の歴史をピア・カウンセリングを通じて、そうでなく障害を個性として とらえ、自分に対する信頼を取り戻す再評価のカウンセリングは、実は昔から自立の先輩たちが後輩に伝えてい くという形で日本でもやられていました。
     これを希望する障害者の一人一人にあわせてやっていくために、まずは学習と実践です。
    40時間のプログラムを組みました。頑張ります。

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    ◆伝 言 板◆

    5坪の小宇宙もやい、いろんな人が訪れるいろんな夢が現れる
    SMAPの夜空ノムコウをくちずさみ今日ももやいの一日が終わるのでした。


    ★池田邦博さんのお姉さんただいま体をこわされて入院中・邦博さんはやむなく老人ホームにショートステイ  しています★久保田めぐみさん久しぶりに集会に参加街頭の署名活動にも参加して元気なところをみせてくれ ました★中川透さんも街頭に出て寒い中頑張られたのです★もやいに去年の後半から顔を出し始めた跡部さん いろいろ手伝ってくれています★杉本拓郎さんもたまに訪れて遊んで行ってます。もやいも若い人が少し増え  てきました★街頭署名でがんばった古賀みどりさんも必ず本を買いに来てくれます。百人一首が得意技という  彼女現代と古代が入り交じったミステリアスガールであります★三池工業の山口先生がホームページの作成指 導に来てくれいます。有松代表と二人三脚で頑張っていますホームページの完成は4月1日です★茨城県や田  川市などから「福祉マップ」の注文が入ってます。全国的な影響があってるようです★久留米商店街・田原坂土  産物店・雇用開発センターに加えて八女の共同作業所・久留米の共同作業所に「手づくり」を卸してます。どこか他においてくれる所を紹介してもらえるとうれしいです(^0^)**

    みなさ〜ん! お願いがあります!バザー用品を求めてます。

     バザーのたびにお願いお願いで恐縮ですが、お願いします。家の中で眠っている不要品があれば提供して下さい。
    よろしくお願いします。
             

    と き:3月21日 (土)          

    ところ:諏訪公園

     当日は10000人の入場者が見込まれています。出せば売れると思います。
    できれば、3月18日までにいただければうれしいです。
     また、当日バザーを応援できるぞというかたご連絡下さい。楽しく商売しましょう。

    ◎活動報告

    2月

  •  3日 事務局会議
  •  8日 街頭署名活動
  •       とても風の強い日で寒かったのですが、障害者そしてボランティアと多くの参加
    があり盛り上がったのです。
          参加者の皆さん本当にお疲れ様でした。
  • 10日 自立チームと合同取り組み
  •       ガイドヘルパー制度の勉強と介護を使う時のロールプレイをやってみました。
  • 13日 ピア・カウンセリング
  •       恵愛園で月2回やっています
  • 15日 キャンプ場下見(阿蘇)
  •       平田昭二さんの車で、五人で行ってきました。
  • 16日 キャンプ場下見(阿蘇)
  •       もうひとつ滑り止めに緊急にいってもらいました。
  • 17日 事務局会議(もやい)
  •      3月8日の「講演会」に向けての話し合いでした。
  • 20日 ピア・カウンセリング学習会
  •      第2回ピア・カウンセリングの歴史と、基本的技術とオープニングのロールプレイ
    12名の参加で行いました。
  • 24日 事務局会議(もやい)
  •       24時間テレビ愛は地球を救うでもらえるようになった「リフト付きバス」がやってきました。

     今事務所では、バザー用の製品作りや署名活動の整理やホームページ作成の作業を中心に動いています。
    もし近くに来られたらお手伝いお願いします。
    久富宏二さんのお父さんが亡くなられました。ご冥福をお祈りします。

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    ◇再び、大下勝正さんがやってくる!

        と き:3月8日 (日曜日) 午後1時〜4時
      ところ:労働福祉会館大ホール
      主 催:福祉セミナー21
          :福祉の町づくり体験学習会実行委員会
       参加費:無料
     

     2年ぶりになると思います。知的障害者の働く場(ダリア園やリス園)づくりや、福祉の町づくりを障害者や親 御さんの意見を真剣に聞きながら行った大下さんの話は感動的でした。
     今回は、ウォークラリー体験の報告の後に1時間30分程度お話をされます。
     時間のある方は、是非、ご参加くださいね。

    ★☆編集後記★☆

      署名活動でスタートした98年。あっという間に2月、あと少しでサクラがみれるとこまできました。
     皆さん風邪のほうは大丈夫でしたか。ひいてない人もまだ油断は禁物です。気をつけてくださいね。
    「聖者の行進」というテレビ番組が人気があるとか、私は残念ながら見てないのですが。知的障害者虐待事件が続 発した世相と関連して居るとのこと。そういえば70年代に「大久保製瓶事件」がありました。あれから約30年。 全く変わらぬ差別事件が起きています。昨年ピープルファースト会議が京都であり、知的障害者が宣言した七つ の言葉中に「僕たちを子供扱いしないで」というのがあります。人間以下にも人間以上にも扱うなと言うことと思 います。この当事者の言葉を真摯に受け止めなくては思います。

    1998年1月1日発行

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     いよいよ98年スタート。視点は人権。視線は共生。今年もよろしくお願いします。

     「なんだか正月の風情が薄れたね」と、毎年同じ事を思う正月も、おっという間に過ぎ去り、1月もあと少しを 残すのみ。みなさんお元気でしょうか。
     東京は珍しく大雪が降り、おわてふためく「大都会」を、ワイドショーがおもしろおかしく取り上げておりまし たが、それを見ながら北国の障害者は大変だろううなとつくづく思いました。
     さてさて、「介護保険」なるものが2000年からスタートします。高齢障害者の介護は本当にこれで大丈夫なのか と心配です。その「介護保険」からさえも切り捨てられた65歳未満の若年障害者の介護はどうなっていくのか本当 に心配です。しかし、心配ばかりもしていられなくて「介護施策」をやってくれと突きつけていかないと状況は変 わりません。そんな中、多くの個人・団体の協力を受けて「介護保険」の署名活動をスタートさせました。
     今まで出会うことや、一緒に取り組むことのなかった人々と、やれることに新鮮な運動の広がりを感じていま す。この署名活動が実を結びシステムができれば、それは、障害者も健全者も共有(もやい)できる文化ののひと つになると思います。
     視点は「人権」視線は「共生」を合い言葉に、98年の活動のスタートです。今年もよろしく。

    ☆1月10日・11日の2日間、全国障害者議員と障害者市職員、各地の障害者運動の代表者が集い、「障害者の長期 計画」や「介護保険」について学習会を開催しました。(於いて:大牟田ハイツ)

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    新春創作エッセー

           

     猫が姿を消す訳・・・ 小堺隆資

      4,5年前から雄の虎猫を1匹飼っている。大場孝子さんによれば、雄の飼い猫は3,4年すると忽然と飼い主か の前から姿を眩ますそうだ。そう言えば、思い当たる猫が何匹かいた。
     飼い主に、牛皮のベルトでこっぴどくしごかれたとか、猫の仲間内でのあったので、あるいは、彼女猫の争奪 戦に敗れたことが原因というのではないそうな・・・
     先日、NHK教育を視ていたところ、このことを50年近く研究している、御仁が画像に映っていた。帯広畜産大学 酪農家の石神謙次名誉教授、83歳。彼の永年の研究によれば、姿を眩ました猫は佐賀の虹の松原から密かに朝鮮 海峡を泳ぎ渡り、大昔、白村江の戦いに大敗した日本軍の犠牲となった多数の雄猫たちが眠る霊山に集合し、キ ムチ漬けの白菜と沢庵をお供えした後、対馬の海に没するそうだ。
     孝子さんが幼少の頃、老婆から聞かされた理由と殆ど同じだった。一般に、猫の評判は芳しくない性格だが、 こんなに情の深い雄猫の性格とは驚くばかりです。

    ◇なかよし会にさおり織り機がやってきた!

      昨年暮れ、なかよし会にさおり織りを、ということでカンパ活動をやりましたが、お陰様でさおり機を一台 購入することができました。10日の日にそのお披露目がありました。秀樹君や直子さんや雅子さんが目を輝かせ て織り機に立ち向かっているようすが、新聞で報じられました。なかよし会の新たな出発です。
    カンパを寄せてくれた人、本当にありがとうございました。詳しい会計報告は後日やります。

    ★中尾大先生のメッセージ

      長期入院が続いている中尾さんのメッセージをお伝えします。
    「みなさん元気しとっですか。私も元気です。幻聴はもうなかっですよ。退院したかっですけどね。できんとで すよ。地球党の出番がきとっとですけどね。あせりよるとですよ。以上。」
    中尾さんは少しやせてましたけど元気そうでした。幻聴がなくなったのが嬉しそうだったのが印象に残りました。

    ◆年賀状アラカルト

     「今年も色んなイベントに参加します」小森宣和さん・「なかなかよれないけど・・」江崎文寿さん・「今年もがん ばっていこ」下田雅彦さん・「皆さんのパワーに押されないよう私も頑張ります」沖中久美子さん・「お互いに愛し 愛なさい」恵愛園・「本年もよろしく」身体障害者福祉協会連合会会長内田勝巳さん・「みなさんのご健康お祈りし ます」三井東圧労働組合さん・「今年もよろしく」前川直文さん・「共に生きようよ自立生活センター浮羽さん
    「ご多幸をお祈りします」久井原誠一さん・「皆様今年もよろしくね」見田村祐二さん・「年男なので頑張ります」鐘 尾郷旨さん・「昨年のキャンプでは子供達も楽しい経験ができました」大橋恭子さん・「応援センターの仕事おも しろいですか」大久保和幸さん・「高取聖マリア幼稚園に就職がきまりました。いつでも声をかけて下さい」石橋 康子さん・「お手伝いがある時は言って下さい。暇さえあれば手伝います」富安朋子さん・「今年は是非遊びに行 きたいと思います」小宮里子さん・「当たり前に当たり前の事ができるやさしい大牟田をみんなの手と心と足で作 っていけたらいいですね」坂田美穂さん・「今年もよろしくお願いします」四牟田妙子さん・「今年も昨年以上にも やいの活動、行事に参加していきたいと思っています」松尾茂さん・「みんなの幸せのために共に頑張りましょう」 ・有明新報記者島哲夫さん・「いろんな行事に参加したいので連絡下さいね」井上洋子さん
    すみません・・後はお名前だけです。
     松本優子さん・奥野英男・陽子さん・西田雅子さん・野村優子さん・古賀緑さん・野島スマ子さん・共同作業 所エンゼルさん・共同作業所自立舎さん・自立生活センター久留米さん・岩本昌克さん・県障害者情報センター さん・月山和彦さん・下川芳生さん・心身障害者育成会さん・青いリンゴの会さん・大羽和弘さん

    皆さんありがとうございました。この中から切手シートが2枚当たりましたよ!

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    ★☆活動報告★☆

    12月

  •   2日 事務局会議
  •   4日 手芸教室
  •   7日 ウォークラリーシリーズ第2弾
  •       「ウォークラリー体験報告会」SOSよりウォークに参加しました。 ほとんどの人が参加しました。
  •   9日 SOS・恵愛園合同自立チーム取り組みで、街頭情宣(障害者の日のビラまきとアンケート調査)をやりました。

  •  13日 「障害者の日記念イベント」を主催し、60人の参加がありました。
  •  14日 合同自立チームの忘年会
  •  16日 事務局会議
  •  20日 ハンドトーク年会
  •  26日 ピアカウンセリング
  •  28日 SOS忘年会
  •       90人の参加で盛り上がったのでした。
     

    1月

  •   5日 小坂君署名用紙をとりに事務所を訪れる。今年一番乗りだ。
  •   6日 事務局会議
  •       ささやかなお酒で乾杯。
  •   8日 有松由里子さん祖母お葬式
  •  10日 全国障害者議員ネットワーク学習会が大牟田で開催
  •       議員12名を含む60人の参加でした。
  •  11日 障害者議員ネット学習会見学編
  •       炭坑跡地の見学をしました。
  •  13日 合同自立チーム取り組み
  •       久留米「CIL久留米」訪問
  •  17日 ハンドトークス
  •  19日 人権講座に講師派遣(三橋教育会館)
  •  20日 事務局会議


  • ◇◆編集後記◇◆

     ただいま有松代表復活して、もやいとSOSと議員ネットのホームページ作成中。
     福祉マップに続いて情報発信の第2弾です。
     今年は「障害者自立マップ」の作成も検討中。皆さんのご協力を!お願いしますね。


1988年10月5日発行

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漫画

静かな高田の森の影から

もう起きてみたいと育子が鳴く

  ===広津育子の巻===

ONNA・35歳

  静かな人である。松山千春なのである。魚なのである。トランプゲームなのである。ハイトーンなのである。 「広津さんのメガネのずり落ち具合で調子の波がわかるね」といったら笑い転げていました。冗談がすきなので ある。手紙なのである。甘えん坊なのである。やさしい人なのである。赤い車椅子なのである。そして女・35才 なのである。

ルート28号線の後ろ姿

  28号線で高田町を通り抜けていた時、広津さん親子をみかけた。お母さんは少し疲れた顔で、広津さんはうつむ き加減に道路をみつめていた。そして二人の後ろ姿を車の中から見ただけなのに妙に印象に残っている。 二人の後ろ姿を見た気になっていたが、お母さんが車椅子を押す関係上、広津さんの後ろ姿は隠れるのであり、 見えるのはお母さんの後ろ姿だけなのだ。そんなあたりまえの事に気づいて、なおさら28号線の後ろ姿の印象が 強くなってしまった。

隣り町

  大牟田の隣り町高田町はしっかり田舎である。早朝たんぼの畦道を縫いながら、バイクにまたがった物静かな青 年篠田君が「元気です」を歌いながら朝刊を配る毎日新聞で始まる。広津さんはそんな高田町にお母さんと二人 でひっそりと暮らしている。広津さんにとって大牟田が隣り町であるように、SOSも隣り町なのかもしれない。 もしかすると、今まで通過してきた養護学校にしろ施設にしろ、そこのなかで出会った多くのひとたちの存在も 隣り町だったのかもしれない。 広津さんと会って話した後、2、3日後に手紙が届く。話せて楽しかったこと、自分はだまってたけど十分おもし ろかったことなどがいつも書いてある。手紙は60円で隣り町に届くけど広津さんの心は直接隣り町に届くことが ないように見える。 2週間に1回あいうえお塾に出てきて、その流れで遊んだり1泊したりするのが今の広津さんの活動だ。その時の 広津さんははしゃがないけど明るい。あまりしゃべらないけどたのしそうだ。そんなとき隣り町という心の情況 もくそもない付き合いができそうに思える。

====プロフィール====

  1953年8月登場・B型・おとめ座・CP・軽度神経症・35歳 4才→ゆうかり学園・6才→退園・8才→地域の小学校入学(親の付き添いが条件)・12才→ゆうかり学園再入園・ 16才→ゆうかり学園退園・18才→授産施設入園・22才→退園・以後在宅・29才→大牟田の授産施設に入園・ 32才→退園以後在宅。 1985年11月コンサートをきっかけにSOSを知り参加。現在お母さんと2人暮らし。

本人独白

  あいうえお塾に参加するのが、今の私の楽しみです。 もっと健全者が増えれば、もっとおおくの障害者が集まれると思います。 言いたい事も言えないので、なかなかみんな振り向いてくれないかもしれませんが、頑張りますのでよろしく おねがいします。

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障害者よ、深く静かに団結しよう
障害者解放センター建設を!
反差別を縦軸に団結を横軸にして・・


  9月18日、福岡で障害者の自立と解放を目指す障害者6団体(全障連・へばりつい党・福岡青い芝・障害者の自立 を考える青年の会・くすの木・大牟田障害者応援センター)で、障害者解放センター建設を実現させる共闘会議 が作られました。 9月26日、共闘会議は、県庁で福祉課との第1回の交渉を持ちました。既製の福祉センターがあるではないか、と いう福祉課の発想と解放センターでなければならないとする共闘会議の発想は、真っ向からぶつかり継続して交 渉を持つかどうか2週間後に返事するという福祉課との約束で終わりました。 福祉センターは管理運営は総て健全者の手によってなされ、今年の6月久留米においては障害者の宿泊が3回に わたる交渉のすえ断られたように、福祉センターは障害者差別と闘う障害者の拠点とはなりえないようになって います。共闘会議が言っている障害者解放センターは、障害者自らが管理運営し、地域の中でお互いの存在をみ とめあうために、障害者差別と闘う拠点であり、障害者の文化を育み、行政と障害者のパイプともなり、障害者 団体の共同の事務所として、また作業所としても機能するものです。福岡で障害者解放に向けて闘う障害者の団 結を中心に障害者の親やいろんな団体の協力を得て実現させたいと思います。 今後の経過は紙上にてやっていきたいと思います。

砂田 明 一人芝居

10月16日(日) PM:7:00

女の平和

原爆被爆者・ミナマタ病患者・沖縄戦被害者等の詩や遺書をもとに
  場所:正山町教会
   当日券のみ1000円
  主催:アジアを考える大牟田の会
   後援:SOS


1988年6月30日発行

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漫画

SOSキャラバンU

東京・大阪(1988,5,31→6.4・障害者3名・健全者2名)
地域の中に根を下ろし、したたかにしなやかに生き、闘い続ける障害者や健全者たちとの出会いは、とても刺激 的で、いい勉強になりました。報告書集をできれば7月中に出したいと思います。

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施設or在宅?の中間を行く!

21歳・久冨宏二青春の門でQ&A

     ===久冨宏二の巻===

===プロフィール===

  1966年7月24日登場。障害CP2種2級。A型 しし座
大牟田生まれ男ばかりの3人兄弟で、双子の弟。現在両親と双子の兄と同居。自宅より毎日施設に通所(電子科) 3歳の頃ゆうかり学園母子棟へ入園、リハビリを繰り返す。その後ゆうかり学園へ転園。10歳の時、田主丸養護学 校へ通う。18歳で退園。大牟田市内の施設に通所。2年前からSOSに参加。現在4人で「あいうえお塾」を始め、塾 長として活動中。

Q 自分の現在の状況について
A 経済的に不満がある。施設の工賃が高くなってほしい。

Q 通所してる施設について
A 働きやすい所。

Q 通所してる施設の職員について
A 案外いい人ばかり。けど職員の立場でしかものを言わない。

Q 通所してる施設の障害者について
A 自分も含めて自分がしたいことをするべきと思う。

Q 通所している施設出た自立障害者について
A 施設を出たからこそ施設の障害者とつながってほしい。

Q 在宅のねたきり障害者について
A 介護者が増えないと、ねたきりの障害者は生きれない事が分かった。
  あいうえお塾で健全者を増やしたい。

Q SOSについて
A 過激といわれてるけど過激じゃない。若い女の障害者が少ないので元気が出ない。

Q 親について
A 今まで、僕の生き方をきめてくれた人。でもこれからはそうはいかない。

Q 恋愛について
A (急にニタニタと笑い出し「やっときたね」とうれしそう)障害者健全者問わず、好きになったら誰でもいい。 ただ、健全者が障害者を好きになるてあんまりなかね。今心に思う人が二人おるので、楽しくもあり苦しく もあり。

Q SEXについて
A (笑い転げるだけで答えなし、笑いすぎてタバコを落としあわてる)

Q 差別の体験について
A された→生き方を親や施設の職員に決め付けられたこと
        でも、半分は自分の責任と反省してる。
   した →町で遊んだ後、酒を飲みに行こうと歩ける障害者だけで行き、同じ施設の車イスの障害者のOさんを 置き去りにしたことがあった。介護者がいないせいもあったけど、本当に悪いことをしたとずっと 思っている。

Q 印象に残る障害者について
A 中山善人・大場和正、年をとっても活動してるから。

Q 印象に残る健全者について
A かのう・三宮、SOSの人と出会わせてくれたから。

Q 展望について
A 共同作業所を作りたい。そして結婚をしたい。がんばります。

Q あいうえお塾について
A 塾を通じて人とつきあいを増やし、介護者を作り出し重度の人と一緒に活動していきたい。

ぺーじ3

7月

活動報告

  •   2日 反原発集会(久留米)
  •      青い芝教育講演会(久留米)
  •   3日 障害者労働センターと熊本市民生協の取り組み学習(熊本)
  •       障害者会議(サンハウス103)
  •   4日 中小原さん見舞い(二日市)
  •   9日 つどい実行委員会2(久留米)
  •      あいうえお塾8
  •  10日 つどい実行委員会3(久留米)
  •  16日 つどい4(久留米)
  •  17日 つどい5(久留米)
  •  21日 田主丸養護学校「障害者差別と同和教育」講演
  •  22日 サムルノリコンサート
  •      高校部落教育研究会(物販と障害児教育部会へ参加)
  •  23日 高校部落教育研究会
  •  25日 青年キャンプ(田川) 
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  •  26日 青年キャンプ(田川)
  •  29日 全国障害者解放運動連絡会全国大会(滋賀)
  •  31日 全国障害者解放運動連絡会全国大会(滋賀)
  •  30日 あいうえお塾9
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    障害者と健全者の交流キャンプ

          8月20日・21日

      佐賀県三瀬村北山キャンプ場

              会費:3000円

    健全者の参加を求めています!!



    1988年2月10日発行

    ページ1

    漫画

    いつでもわい談・どこでもポルノ

    松山忠雄の自画像

    松山忠雄の巻

    デッサン1「性格」

    ていねいな自己紹介、やさしい言葉づかい、しつこい質問、きわどいわい談、純情さと素朴さと大胆さと謙虚さ を持ち合わせている。学生時代のいじめられた体験と、中途でなった障害者体験が二本柱として、現在の性格を 形作っているように見える。さまざまに屈折しながらも総体的にはおとなしい好青年なのかな・・にたどりつき ました。

    デッサン2「表情」

      面長で白い顔は理知的、すんなりと伸びた鼻は意志的、やわらかく細い目は慈愛的、すっきりした唇は魅力的。 しかし、わい談が始まると一変する。白い顔は赤らみ伸びた鼻はふくらみ細い目はヤニ下がり唇を舌なめずり。

    デッサン3「仮面」

      責任感の強さは並ではありません。並でない責任感は時として人を張り切らせたり、落ち込ませたりします。彼 は時々極端に落ち込みます。だから、落ち込まないように、わい談という仮面を被っておどけてみせます。 今やその仮面が血肉化しているようにしか見えませんが「あくまで仮面なんですよね」と本人が申しております。

    デッサン4「酒」

      とにかく酒を飲むとパワーアップ。主役にならずにはおれません。歌って踊って明るくなります。ポパイのほう れん草の役目を果たしているようです。

    デッサン5「明日のジョー」

      教育を奪われた障害者を中心に「あいうえお塾」を作り、中心メンバへーとして活動中。理屈でなく固定された 目標もないが、しつこくシコシコとこの塾を続けていくのかもしれません。続けていくことのすごさをみせてく れるかもしれません。長い落ち込みを抜け出した彼は、「あいうえお塾」を通して明日とかかわり始めています。 過去にしばられていた昨日ジョーから、明日のジョーに変身中。

    ◆本人独白

       僕はカワカブリになりたくない。  趣味は、音